【一宮だけ女体化】1マイクロくらいは進む話


お題:一宮だけ女体化




⚠注意⚠ 

 ・一宮だけ先天性の女体化です

 ・男×女です 

 ・が、全くいちゃついていないし嫌われてます

・これの続きです↓



1


「守、今身長何センチだっけ」

「……155」

「盛ってるでしょ」

「それ言えるならだいたい分かってよ」


 ゴールデンウィーク最終日だった。

 明日から学校が始まってしまう、宿題も終わっていない、またあのクラスに行かないといけないという三重苦を抱え、現実逃避でリビングで何もせずにぼーっとしていた。

 すると買い物から帰ってきたお母さんが、唐突に尋ねてきた。ちなみに実寸153センチだと信じている。そうであってくれ。


「最近の子ども服って可愛いんだよね。子ども服だから大人のより安いのも多いし」


 そう言って、お母さんは紙の手提げ袋から白いワンピースを取り出した。フリフリ……とまではいかないけど、ふんだんにレースがあしらわれている。


「どう? 160サイズ」

「いや、ハハ、三十路半ばにはちと厳しいデザインなんじゃないですか」

「殴るぞ」


 怖。娘にそれ言う?


「私じゃなくて、守に買ってきたの!」

「……高校生の娘にキッズ服選ばないでよ!」

「でもサイズ合うでしょ。ほらぴったり」


 お母さんはワンピースを持って私の体に宛てた。確かにサイズは合いそうだけど。


「私ワンピースなんて似合わないよ……」

「何言ってんの! 世界一可愛いのに」

「そりゃ母親はそう言うでしょ」


 そんなことを言うのは本気でお母さんしかいない。お母さんの可愛いはカウントしない。

 私は、中学でみんなから制服のスカートが似合わないと揶揄われてから、こういうのはとっくに諦めている。


「ほんとに可愛いって。せっかく買ったんだし、着てみてよ」


 せっかく、とか、わざわざ、とか付けられたら断れない。お母さんだって、こんなに女気がない娘の女の子らしい服装を見たくて買ってきたんだろうし。

 渋々脱衣所で着替えてお母さんに見せると、お母さんは目を輝かせながら何枚も私の写真を撮った。


「やっぱり似合ってる!」

「似合ってない」

「今から一緒に買い物行こう」

「さっき行ってたじゃん」

「近所のスーパーでいいから。好きな夜ご飯作ってあげる」


 何故かお母さんの方が張り切り、圧に押し負けてお母さんと一緒にスーパーに行くことにした。

 さっきまでお母さんが買い物に行っていた大型ショッピングモールならアレだけど、近所の小さなスーパーくらいだったら流石に誰とも遭遇しないだろうと思っていた。ゴールデンウィーク最終日だし、ほとんどの人は出払ってるだろうし、どこも遠出しないにしても、こんなスーパーに高校生は来ないだろうと。

 そうたかをくくったのがいけなかった。


「あら、一宮さん」

「二井さん!」


 遭遇してしまった。二井のお母さんと。

 お母さんと二井のお母さんはきゃぴきゃぴと挨拶をし、私がお母さんの背中に隠れる前に二井のお母さんは私を見て目を丸くした。


「あら、あらあら……! 守ちゃん、可愛い服!」

「あ、ありがとうございます……」


 二井はアレだけど、二井のお母さんは好きだ。優しいし綺麗だしいつもいい匂いがする。どこかに旅行に出かける度に私用にお土産を用意してくれる。

 好きだけど、今は会いたくなかった。帰ったら絶対二井に言うじゃん!


「可愛いでしょ。これね、キッズサイズ」

「お母さんっ!」

「あらあら」


 やめてくれ〜。私がキッズ服のワンピース着てたこと絶対二井に言うじゃん。二井のお母さんって上品な割に口が軽いから。絶対言う。


「私の着なくなったワンピースいる?」

「いやっ、二井ママの服とか引きずりますから! この服も今日だけです!」

「えー、せっかく買ったんだからもっと着てよ」


 あ、そういえば、とお母さんが全く関係のない話題を上げてくれたので、なんとかこの話は乗り切った。が、立ち話が長すぎた。私もこの格好で不用意にフラフラできなかったし、普通に苦行だった。


 長時間精神的苦痛を与えられたので、お母さんにローストビーフを作ってとお願いした。お母さんはあからさまにめんどくさそうな顔をしていたけど、ちゃんと約束を守ってくれた。帰ってから速攻下準備に取り掛かっていた。

 一方私は、リビングに置いてある電源が付いていないテレビを鏡にして、自分の姿をまじまじと観察していた。

 どう考えても似合っていない。男の子がワンピースを着ているみたいだ。中3あたりから頑張って髪の毛を伸ばしてみてはいるが、いかんせん天パが強すぎて思うように可愛く伸びてくれない。美容師さんからは、もしもこれがストレートだったら相当長いよと言われたこともある。ちらっとお母さんの髪の毛を見て、いらないところで似てしまったなと小さくため息をついた。


 真っ黒な液晶画面を睨みつけていると、インターホンが鳴った。生肉を触っているお母さんから対応してと言われたので、駆け足で玄関に向かう。

 扉を開けて言葉が詰まった。

 二井(息子)だった。


「……え」


 予期しなさすぎた。判子まで持ってきたのに。

 二井って。二井!?

 私の家に来るのなんて何年ぶりだ。


「うっ、ぉ、あ、……」

「え?」


 二井は異様にまごつき、全力疾走後くらい額から汗を流していた。Tシャツの首周りが汗で色が変わっている。ラフな格好をしているので、さっきまで家にいたのかもしれない。まさか本当に走ってここまで来たのか。結構な距離だぞ。


「あの、何用ですか……」

「こ、これ、を」


 震える二井から袋を受け取る。砺波チューリップ公園と書かれている。中には本物のチューリップが何本か入っていた。


「チューリップだ、きれー」

「土産で……」

「え、ああ、どうも」


 ゴールデンウィーク中に家族で旅行に出かけたのだろう。こういう時は大抵二井のお母さんがお土産を持って来るのに。


「ごめん、うちどこも出掛けてないから返せるものなくて」

「いやっ、返すとか、いいから、土産って、そういうものだし……」


 二井は尻すぼみに言い、走った後で暑いのか頬を赤くしながら私をじろじろと見た。

 そこでハッとする。そういえば自分は今ワンピースを着ていたんだった。嫌だ。今更だけど絶対見られたくない。


「……じゃ、気を付けて! チューリップありがとう! おかーさーん、お土産もらったー」


 恥ずかしくなって、二井の言葉を待つ前にまくし立てて自分の方からリビングに入った。数秒経って、玄関の扉が閉まる音が聞こえた。


「あ、虎太郎に持たせたって連絡入ってたわー」

「早く言ってよ……!」


 お母さんは手を洗って袋の中からチューリップを取り出した。


「ピンクと白。可愛いじゃん」

「可愛いけど」

「虎太郎が選んだんだって」

「へー……」


 それは、さぞ店も盛り上がっただろうな。


「いつも貰ってばっかで悪いから、うちからも今度何かあげよう。守が持ってったら二井家みんな喜ぶんじゃない?」

「え、嫌だよ」

「嫌じゃない」

「嫌だって。決めつけないでよ」

「そのワンピース着て」

「嫌だって!」


 なんでよりによって二井は今日来たんだよ。






2


 ゴールデンウィーク明け、登校日。

 みんなの表情がどんよりと暗いのは、連休が終わってしまった悲しみもあるけど、天気もどんよりとしていたからだ。更に登校を拒絶させる大雨。この湿度だと、私の髪の毛はとんでもなくうねる。

 朝から鏡を見て嫌な気持ちになった。獣みたいだったから。この髪質なので、髪の毛をくくらない日は無いけど、今日はまとめても半分爆発している。


 そして、ヘアゴムが千切れかけのものしか見つからず、仕方なくそれで結んでいたのがいけなかった。

 お昼ご飯を食べ終わったあたりから髪の毛がぱさりと音を立てて首元に広がった。嫌な予感がして床を見ると、完全に千切れてしまったヘアゴムが落ちていた。

 慌てて首元に手を当てて髪の毛を押さえつけた。多分、この手を離した瞬間私は終わる。

 どうしよう。黒野ちゃんに頼りたいけど、黒野ちゃんは普段から髪を結ばないみたいだからヘアゴムなんか持ってないかもしれない。それに黒野ちゃんに会うために不用意に廊下に出歩くのも恥ずかしい。

 それならまだこの髪のまま、片手で髪の毛を押さえながら6限までこの教室で耐え抜く方がマシかもしれない。

 今この教室にはほとんど人がいない。活発な生徒ばかりのクラスだ。いつもお昼休みは私と数人の生徒しか残らない。この人達はきっと大丈夫。自分も他人も興味が無いような感じだから。

 問題は今出払ってる人達。特にギャル達に捕まったら……。一宮さん爆発してんじゃーんと格好のネタにされるに違いない。悪い人達ではないのは、1ヶ月ほど一緒に過ごしてきてなんとなく分かったけど。時々お菓子くれたりするけど。でもネタにされたくなさすぎる。


 どうにか千切れたヘアゴムで髪を結べないかと試行錯誤していると、何故か三好が教室にやってきた。しかも一人で。いつもは昼休み終了のチャイムが鳴っても帰ってこないことも多いのに。

 三好は教室に入るなり、私を見てぽかんと口を開けた。


「えっ、髪っ……」


 なんならギャル達より三好に一番見られたくなかったかもしれない。そのへんの女子より髪綺麗だし。

 一気にいたたまれなくなり、必死に両手で髪の毛を押さえた。


「え、どうしたの、イタズラされた?」

「されてないよ。ヘアゴム切れただけ」

「ああ」


 三好の中で私ってそういう立ち位置なのか。それはそれで他人に思われてると嫌だな。


「あー、じゃあさ、俺くくってあげる」


 三好は目の前で自分の髪を解き、私の背後に回った。


「え」

「伸びたねー」


 私の髪の毛を手に取り、手ぐしで数回といた。むず痒くて変な感じがする。途端に今汗はかいていないだろうかとかベタベタしていないだろうかとかを考えてしまう。


「誰かに髪セットしてもらったことある?」

「お母さんくらいかな……」

「ふ〜ん」


 やけに伸びのいい声で反応され、あっという間に三好の手によって私の髪の毛が一つにまとまった。

 三好のスマホの内カメで確認したが、見事な出来栄えだった。


「いい感じじゃない?」

「おお…」


 左右をくるくる向いて確認したけど、ただ一つに結ぶだけなのに何故こうも私の時と違うんだ。天パのうねりすらオシャレな気がする。


「三好絶対美容師なれるよ」

「え、覚えてたの?」

「え、違ったっけ」

「違うくないけど……」


 三好は何故か気まずそうに目を逸らした。

 チャイムが鳴って瞬時に現実に戻り、私は三好に早く席に戻ってと顎を動かしてジェスチャーする。

 三好と喋っているところをクラスの人に見られるなんてとんでもない。しかも髪をくくってくれたなんて言えるはずがない。どんな噂を立てられるか。


「あ、髪の毛ありがと、超助かった!」

「……いいえ〜」


 三好はにこっと笑って席に戻った。

 ほんの少しだけ三好が一緒のクラスであることに感謝した。






3


 連休明けで疲れ切った体に、追い打ちの塾。

 私は二井と同じ塾に通っているけど、二井はゴールデンウィーク中に集中講習みたいなのに行っていたらしく、今日は休みで私とは被らない。ラッキー。

 今日の内容はテストだった。なんで学校以外でもテストをしなければいけないのか理解不能。そもそも私が塾に行く意味すら理解不能。

 テストが終わり、疲労のどデカため息を吐いていると、横にいたナガタケがおどおどと話し掛けてきた。


「お、おつかれさま……」

「あ、うん、おつかれ……」


 ビクッと肩が揺れる。

 前にあんなことがあったばかりなので、非常に気まずい。というかどいういう顔して対応すればいいのか分からない。だって、ナガタケって、私のこと好きだったみたいな……。

 急いで帰る支度をして教室を出たら、ナガタケも私に合わせて着いて来た。


「ひぇっ」

「いっ、一宮さん、まだ星好き?」

「ほ、星? 好きだけど……」


 まだ、ということは、小学生の頃私が星が好きだとということを知っていたのだろうか。今も好きだし、天文部が廃部になっていなかったらきっと入部していた。

 答えると、ナガタケは長い前髪の隙間から目を輝かせた。


「えっと、俺も好きで……。俺の部屋に天窓があって、望遠鏡で覗けるんだよ」

「へー、凄い」


 天窓のある子供部屋なんて海外のアニメの中だけだと思っていた。

 私の歩行に着いて行きながら、ナガタケは自分のスマホを取り出し、私に写真を見せてくれた。

 天窓から月の光が射しているように見える。きっと自分の部屋なのだろう。望遠鏡がいくつか置いてある。惑星の模型が置いてあったり、壁に宇宙のポスターが貼ってあるのが分かった。


「……裕福?」

「えっ、いやっ、そんなことないっ……」

「望遠鏡ってこんなにいるの?」

「あ、これが一番最初に買ってもらった安いやつで、これが月とか惑星とかを見るやつで、これが星雲とかみるやつ……」

「へ〜……」


 絶対裕福だ。私とは星好きの土俵が違う。ここまで到達できない。望遠鏡ほしい的な話を小学生の頃にお母さんにしてみて、普通に断られたのを思い出した。今ならお母さんが断った理由も分かる。高いし、場所が悪いし、置くところもないし、そもそも私に継続力がないし。

 それでもちくちくと劣等感を刺激されるようで、なんとも言えない気持ちになった。ナガタケは悪くないけど。

 だんだんと焦点が合わなくなってきた私を、ナガタケはちらちら見てそろっと口を開いた。


「……あの、今度、よかったら……」


 塾の玄関まで到達したところで顔を上げると、ドアの外で見知った人物が立っていた。


「……四ツ谷?」


 扉を開けて声を掛けると、四ツ谷はゆっくりと振り返った。でも何も言わない。


「なんでいるの?」

「今日俺の当番だから」

「当番って……なに、これシフト制なの……?」


 あの一件以降、塾の帰りは誰かと一緒に帰ることになってしまった。二井ならまだしも、……嫌だけど、甘んじて受け入れるとして、なんでわざわざ三好とか四ツ谷とか五藤が迎えに来るのかが分からない。


「帰るよ」

「あ、ちょ……」


 後ろを向くと、ナガタケが所在なさげに立ちすくんでいた。これではあまりにも可哀想。


「ごめん、ナガタケばいばい」

「あ、うん……バイバイ……」


 私達を一瞥して、四ツ谷は前を歩いた。慌てて私も着いて行く。もう少し配慮してくれてもいいのに。


「あんなやつにバイバイしなくていいだろ」

「無視して帰るのも変だろ」

「……」

「……」


 無言。気まずい。気まずすぎる。

 なんで昔は仲良くやれてたんだろう。身長の差が心の距離かもしれない。

 話が続きそうな話題が全く見当たらず、頼むから四ツ谷の方から何か喋ってくれと念じていると、本当に四ツ谷が喋った。


「……なんであの塾に通おうとしたの」

「え?」

「二井がいたから?」

「は?」


 え〜、逆逆。二井がいたから通いたくなかったのに。


「いやいや……。私は選んでない。お母さんが勝手に決めただけ」

「あ、そう」


 四ツ谷は一人で納得した。

 そしてまた無言。勘弁して。

 あまりの気まずさに癖で髪の毛を触ると、四ツ谷はちらっと私を見た。


「……髪型、どうしたの」

「あ、ああ、変……?」

「変じゃないけど……いつもと違うし」


 私のいつもを知っている……?

 嘘つけ、微塵も興味ないくせに。


「昼休み、三好に髪くくってもらって」

「は? なんで?」


 食い気味の反応で驚く。

 そりゃそうか、普通おかしいと思うか。


「ヘアゴム切れて、そしたらたまたま居合わせた三好が自分の髪のヘアゴム取って、くくってくれて……」

「……」


 今度は何も言わなくなったな、と思っていると、いきなり自分の髪の毛がぐん! と下に引っ張られた。驚いて立ち止まると、首元に髪の毛が広がる気配を感じた。

 まさか、と思い四ツ谷を見ると、案の定四ツ谷は今さっきまで私の髪に結ばれていたヘアゴムを手にしていた。……解かれた!


「え!? なにすんの!?」

「ムカついて」

「なにに!? せっかくお母さんに見せようと思ってたのに!」

「はあ、お母さんに」


 鼻で笑うような素振りを見せられた。

 ギーッ!! むかつくなんだよコイツ!!


「なんだよその反応!!」


 カチンときて、四ツ谷にいろいろと言ってやろうとした。性格が悪すぎるとか、昔はそんなんじゃなかったとか、髪の毛を引っ張るなとか。

 口を大きく開けた瞬間、真横の家のブロック塀から、大きな黒い塊が凄い勢いで私達の前を横切った。


「「ウワーーーッッ!!」」


 あまりにも突然だったので、私達は同じように叫んだ。お互いが反射的に中央に寄る。

 道に着地したその黒い塊は、野良猫だった。

 私達をちらっとひと目見て、何事もなかったかのようにスタスタと歩いて行ってしまった。


「っ、猫……」

「高いとこ得意な猫もいるんだ……」


 呆然としすぎて、私は感覚を失っていた。

 四ツ谷の腕に思いっきり抱きついてしまったことを。今もなお抱き続けている。

 私より先に四ツ谷がそれに気付き、巻き付いている私の腕を無言でガン見した。

 ようやく何かがおかしいと気付き、咄嗟に腕を離す。

 お互い顔を見合い、唖然と言葉を無くした。


「お、ぉ……はは……」


 私は、笑ってごまかすしかできなかった。

 四ツ谷に対して何でキレていたのかもとっくに忘れた。

 四ツ谷は私に抱きつかれたのがよっぽどショックだったのか、口を開けたまま足を引きずって歩いた。


 結局この日はこれ以降、私の家に着くまで無言が続いた。もう二度と四ツ谷のシフトが回ってきませんように。





4


 突然だけど、私には最近SNSで繋がったメイドカフェの店員さんがいる。

 本当に顔がタイプで、今までの投稿写真を見漁った後すぐフォローした。

 その子はフォロー数も多かったので、フォローバックするタイプの子だったのは承知だけど、調子に乗ってショートメッセージを送ってしまった。すると是非お店に会いに来てねーと返事をされた。

 こんなの行くしかない、と。

 一人で勇気を振り絞って、秋葉原へと参った。


 行ってみたはいいもの。

 お店を前に、私は足踏みしていた。

 窓から中をチラッと見たけど、見えた範囲に女一人の客がいない。あまりにもアウェイすぎて怖い。そもそもメイドカフェ自体初めてなのだ。


「えっ、一宮?」


 突然背後から通行人に声を掛けられ、びくりと振り返る。


「ご……」


 五藤だった。この地が似合わなさすぎる。


「は? なんでここに」

「いや……店入ろうと思って」

「なんで」

「常連だけど」

「常……連」


 さらっと言った。

 高校生で? メイドカフェ常連? この顔が?

 おかしいよ。世の中狂ってるよ。


「一宮は……え、一宮も入る?」

「……」


 恥ずかしくて言い訳のように、ここの店員さんが好きで……フォローされて……メッセージくれて……としどろもどろ説明すると、五藤はまるで聞き流しているのではと思うほど抑揚なく、ふーんと呟いた。


「じゃ、一緒に入ろ」

「え!?」


 そう言って、五藤は躊躇いなくメイドカフェのドアを開けた。慣れたように近くにいたスタッフに声を掛け、二人席がどうとか時間がどうとか席料がどうとかの説明を受ける。このスタッフはメイドさんではないらしい。


「メイドのご指名はありますか?」

「あ、えっと、りりあちゃんで……」


 五藤が横でへー、と茶々を入れる。ウザい。

 スタッフさんはりりあちゃんを呼んでくれた。ちょうど空いていたらしく、すぐに駆けつけてくれた。


「お待たせしました! お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様♡」

「ぅあッ」


 生りりあちゃんの可愛さに初手で食らってしまった。胸を抑えていると、お嬢様大丈夫ですか!? と心配されてしまい、それにも食らう。

 このままだとただ突然心臓を悪くした人だ。

 りりあちゃんと繋がったSNSのメッセージ画面を開き、それを本人に見せた。


「あの、私、メッセージでりりあちゃんと……」

「あ! まもるちゃん! お待ちしてました〜!」

「うぅ……認知嬉しい……」


 りりあちゃんは手を組んで喜んでいた。これが演技だったとしても私は嬉しい。


「ご主人様は……あっ、五藤様! お久しぶりのご帰宅ですね♫」

「あ、はい、試合が多くて」

「認知されてる……」


 私より先に認知されてるのがムカついてきた。

 なんだよこいつ。よく冷静でいられるな。


「今日はお二人でご帰宅ですか?」

「はい」

「……あら、五藤様とまもるちゃんはお付き合いされてたのですか?」

「えっ!? え!?」

「あー、はは、そうです」

「え!?」

「ご主人様お嬢様ご帰宅で〜す!」


 否定をする前に、店内全スタッフからのお帰りなさいませの挨拶を受けてしまい、誤解を解けずに席に案内されてしまった。

 りりあちゃんがメニューを持って、私達の席にやって来る。


「五藤様はお分かりかと思いますが、まもるちゃんのためにも本日のメニューをお伝えしますね♡」


 五藤、マジでどれだけ来てるんだよ。ひと目見ただけでメイドの方から名前が出るって凄いな。これだけ顔良かったらメイドの方も覚えるか。


 りりあちゃんのプロのメニュー説明を受け、私達は二人ともフードと写真撮影ありのセットにした。五藤は私の意見を聞く前に、オムライスだよな? と決めつけてきた。まあそうなんだけど。

 慣れた手付きで卓上のベルを五藤が鳴らすと、りりあちゃんはニコニコと笑いながら駆け付けてくれた。ウーン可愛い。

 五藤は私の代わりに全部オーダーしてくれた。初めてなので正直ありがたいけど、慣れすぎていて怖い。メイドカフェに慣れている男子高校生嫌すぎるだろ。


 オムライスは勿論人気メニューで、しかもここのカフェでは唯一火を使う料理なので、提供までに時間がかかるみたいだ。

 その間、五藤に聞きたいことは山ほどあるのに、どこから踏み込んでいいのか分からなかった。


「一宮、こういうの好きなの?」

「へ、……す、好きかな……? 可愛い女の子が好きというか……」

「へー」


 本当は私も全く同じ質問をお前にしたいよ。

 私達がつるんでいた頃、五藤はオタクだということは知っていたが、まさかここまで手を出しているとは思わなかった。

 五藤は店内をじっと見渡し、卓の横を通りがかったメイドさんをじっと目で追跡し、そして私に視線を向けた。


「……一宮も将来ここで働いたら?」

「は??」

「可愛いメイドに囲まれるだろ」

「……いや……、あー……、そうだな……キッチンとか最初の案内係とかなら……」

「いや、メイドの方で」

「メ イ ド の ほ う で」

「うん」


 ……五藤の認識能力が……もしかしたら……ちょっとおかしくなっているのかもしれない……。可哀想に。まだ高校生だっていうのに。


「ハハ……ご冗談を……」

「いや別に冗談じゃないけど」

「……」


 怖いんだよな。目が。やっぱりこいつと店内に入ったのが間違いだったかもしれない。


「ご主人様、お嬢様、お待たせしました! オムライスお持ちしました♡」


 結局お前はいつからそうなったんだと聞ける前に、りりあちゃんがサービスワゴンにオムライスを乗せてやって来た。

 私達の前に皿を置き、私お絵かきが得意なんですよ♡ と言って、その場でケチャップを使って絵を描いてくれた。マスコットキャラクターのうさぎの絵。可愛い。


「このままでもと〜っても美味しいんですが、更に美味しくするために魔法をかけます! 私と一緒に、たーっくさんの愛を込めて、萌え萌えきゅん♡ と呪文を唱えてくださーい」

「あっ、よく見るやつ」


 え、これ、一緒にやらないといけないのか。

 しかも振り付き。


「恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ〜♡ では一緒に、せーの、萌え萌えきゅ〜ん♡」

「萌え萌えきゅ〜ん」

「五藤、お前……ッ」


 タイミングも動作も声も完璧だった。なまじ顔が良いのが逆に変すぎる。なんでそんな……恥じらいもなく……!  


「あら、まもるちゃんもやってくれないと! 萌え萌えパワーが減っちゃいます〜」

「えっ」

「萌え萌えパワーが減るんだって」

「え」

「では私と一緒にもう一度! 萌え萌えきゅ〜ん♡」

「……も、もえ、もえ、きゅん……」

「ハハハ」


 大恥。これならさっきのターンで一緒に思いっきりやればよかった。恥じることこそがこの世界において失礼であることは承知だけど、でもやっぱり恥ずかしい。

 五藤笑ったな……と思い恐る恐る見ると、五藤はスマホをこちらに向けていた。

 撮られている。


「ちょっと!」

「あー、消す消す、すぐ消すから」


 そんなことを言いつつも、動画を消したことを確認させてくれないまま、五藤はスマホをしまった。


「うふふ……。それでは、萌え萌えパワーが冷めないうちにお召し上がりください♡」


 りりあちゃんは一礼して去って行った。

 正直、りりあちゃんの給仕が無くなってしまえば、五藤とこの場にいる意味が無い。普通に居心地が悪い。ここまでリードしてもらってアレだけど、視界に入らない席に移動してほしい。そんなことは言えるわけもないので、黙々と写真を撮った。

 五藤はうさぎの描かれたオムライスをじっと見て、ぽつりと呟いた。


「一宮も絵描くのうまかったよな」

「……いや、あれは……」


 五藤が描いてって言ってたから。

 私も知らないような謎の美少女キャラを見せてきて、顔はこれで、ポーズはこんな感じで……と指定されてよく絵を描かされていた。時間がかかるし描いてるとイライラするし、私はこの作業があまり好きではなかったけど、その絵をあげると五藤はめちゃくちゃ喜んでいた。


「真似して描いてただけだから」

「俺は真似しても下手だったからな」


 五藤の唯一の欠点、絵心が無さすぎる。

 五藤のクラスメイトはそれを美術の時間で把握しているのか、それとも五藤が上手いことその才能を隠しているのかは知らないけど、全員に1回見てほしい。本当に、マジで、絵が下手だ。


「このオムライスに絵描けそうだったら才能あるって」

「私のこと本気でメイドにしようとしてる?」


 私に高校卒業後の夢がないばかりに、五藤にここへの就職を勧められている。早く自分で将来を考えないと。


 その後は五藤にいろいろ聞かれ、私が返して、早くこの地獄の時間が終わるように、この可愛いオムライスを無理やりかき込んだ。

 残るは写真撮影のみとなった。

 五藤がベルを鳴らすと、りりあちゃんがやって来て、写真撮影用の場所に移動することになった。


「まもるちゃん、どんなポーズがいいですか?」

「ポーズ……ピースしか思いつかない……」

「じゃあ、一緒にハート作りましょ♡」

「はひっ」


 りりあちゃんが真横にやって来て、片手を半ハートにして私に近付ける。近い、いい匂いがする、可愛い、緊張して泣きそう。震える手でハートを作り、りりあちゃんの手と合わせると、スタッフの人がチェキで写真を撮ってくれた。

 出てきた写真を見て、りりあちゃんはにこにこ

笑った。


「まもるちゃん可愛い〜」

「いやいや……」


 そんなわけなさすぎる。本当に可愛い人に言われると申し訳ないやら劣等感やらでどうにかなりそう。


「では次は五藤様ですね! どんなポーズにしますか?」

「あ、俺じゃなくて、この子ともう一枚撮ってください」

「はい?」


 聞いてないんだけど。

 りりあちゃんもきょとんとした顔を一瞬したけど、特に異を唱えることもなく、もう一度私と写真を撮った。さっきとはまた別のハートのポーズ。


「では、もっと可愛くなるようにお絵かきをしてくるので、少々お待ちください!」


 りりあちゃんは厨房の方に入って行った。

 どいういう気持ちで同じような写真に落書きするんだ。


「なんで?」

「いや、はは、俺りりあさんと何枚も撮ってるし」


 じゃあ写真撮影無しのコースにすればよかったのでは。

 気まずい中途半端な時間を過ごし、りりあちゃんは写真を2枚持ってやって来た。


「お待たせしました! 可愛くお絵かきできました♡」

「わー……」


 絵が得意なのは本当みたいで、熟練の技でデコってあった。私の顔だけが残念すぎる。


「こちら、どうされます? 2枚ともまもるちゃん?」

「あ、俺片方貰います」

「え?」


 私が口を開く前に、五藤はりりあちゃんの手から1枚を抜き取って素早くカバンの中に入れた。

 私はてっきり、五藤が写真を1枚分奢ってくれたのかと思って違うポーズにしたのに。


「え?」

「ん?」

「いや……。え?」

「ん?」

「……いや……」


 五藤は何か問題が、とでも言っているかのような表情で私を見てきたので、圧力に負けて何も言えなかった。なんとも言えない気持ちになった。この写真撮影で最後だ。五藤とは早く離れたいけど、りりあちゃんとお別れするのはさみしい。

 りりあちゃんは出口までお見送りしてくれた。


「寂しい〜……! まもるちゃん、また帰ってきてね〜!」

「うんっ……」


 眉を下げてしょんぼりとするりりあちゃん。これが嘘でもいい。可愛すぎる。こんなこと言われたら絶対にまた来てしまう。


「五藤様も、可愛いまもるちゃんとまた一緒に帰ってきてくださいね♡」

「ぅあっ!?」

「はい」

「はいって……」


 ばいばーいと最後まで手を振ってくれて、りりあちゃんと別れた。

 オタクの聖地に佇む、私と五藤。


「じゃ、俺、用事あるから。一人で帰れる?」

「あ、うん」

「気を付けろよ」


 五藤はスタスタとどこか別の店を目掛けて歩いて行った。

 なんとなく、周りの人が避けて歩いている気さえする。この街が似合わなさすぎるのに適性がある男だ。






◎一宮 守(♀)

幼馴染への耐性が少しずつついてきた自分が嫌になっている。


●二井 虎太郎(♂)

ママから「まもるちゃんがキッズサイズのワンピース着てて〜」としっかり教えられ、直後にガンダで一宮の家まで行った。時間にしてほんの数十秒しか見られなかったけど、永遠にも感じられた。


●三好 叶斗(♂)

すっごい優越感。その後も、自分があげたヘアゴムを一宮が使ってるのを何回も見て、どうしようもない。


●四ツ谷 天音(♂)

左腕の感覚が一生残っている。本当に思春期。


●五藤 空良(♂)

全ての流れを変える男。

この日は物凄く楽しい1日だったらしい。


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