旧転校生の魔法は解けた

お題:王道学園もの(総受け)


※王道学園ものを書こうとしましたが、王道学園の設定を使っただけでむしろアンチ王道学園になってしまいました。本当に申し訳ないです…。止められなかった…。

※王道学園がピンとこない方へ→平成に個人サイト等で覇権を握っていたジャンルです。今でもたくさんの名作が見れますので是非いろんな方の個人サイトをサーフィンしましょう。nanoとかに多いです。




1


 今から3ヶ月ほど前。

 俺は初めてにして唯一のモテ期のピークを迎えていた。


「鈴本くん、本当に面白い子だね。好きになっちゃいそう」

「鈴本ー、今日の夜は俺の部屋来るよな?」

「鈴くん! 大好きー!」

「大好きー!!」

「……鈴本さんといると、安心できます」


「鈴本、お前は俺のものだろ?」


 これ、原文ママ。本来はこうだった。3ヶ月ほど前までは俺はこういう言葉を本当に言われていた。男しかいない学園で、勿論男しかいない生徒会の中で。


「えー、俺もみなさんのこと大好きですっ♡」


 そして俺も魔法にかけられていた。確実にみんなのことが好きだった。この先の俺の人生には絶対にみんなが必要だと。性別なんて関係ない。友達を越えた何かになりたいと。

 主人公らしく、心の底からそう思っていた。




 そして現在、2年生の中期頃。


「辻くん、本当に面白い子だね。好きになっちゃいそう」

「辻ー、今日の夜は俺の部屋来るよな?」

「辻くん! 大好きー!」

「大好きー!!」

「……辻さんといると、安心できます」

「辻、お前は俺のものだろ?」


「ちょっとちょっと、俺のこと取り合うのやめろよなー!」


 全部聞いたことのあるセリフだな、と思いながらも押し黙ってキーボードを叩いていた。

 目の前で繰り広げられる寸劇のようなやり取りをチラ見してイライラが止まらない。

 俺のかつてのポジジョンは、辻という新転校生にまるまる奪われてしまった。


 この光景をちらと見ただけなのに、丁度のタイミングで辻とバッチリ目が合ってしまい、辻はこれみよがしに俺の横に嬉々として座ってきた。そして俺にこそっと耳打ちをする。


「おいなんだよ鈴本、嫉妬か? 男の嫉妬は見苦しいぞ」

「うるせえカス。新入りのくせにしゃしゃんじゃねえよ」

「おーこわ……」


 辻は軽く嘲笑し、そして表情を一変させ生徒会室に声を響かせた。


「えーん! 鈴本がぁ! 俺に意地悪言うー!」


 げ、と思う暇もなく、生徒会のメンバーの冷ややかな視線が俺に刺さる。


「旧転の分際で、何故辻くんに卑劣なことをするんですか?」


 副生徒会長が言う。

 この人は男とは思えないほどに美しい。ツヤツヤの黒髪、白い肌、白い肌に映えるホクロ、長いまつげ、高い鼻、細く長い手足。この人が歩くところはランウェイになる。そして柔和な口調。全てが完璧なゆえ、過激なファンも多い。ところでこの人は重要人物にならないから上記の一切の情報を覚えなくていい。

 ちなみに旧転とは『旧転校生』の略だ。もう俺のことを名前ですら呼ばない。旧転ってなんだよ。

 

「辻に対抗意識燃やしてるんだろ。みっともねえな」

「してません」

「お前、そろそろ辻の格好真似するのやめろよ」

「いや逆逆、逆ですから!」


 この人は会計。プレイボーイ。垂れた目もと、ウエーブがかった柔らかそうな髪の毛、多数のピアス。色男で、学園内の男をひっきりなしに抱いている。ちなみにこの人も重要人物ではない。覚えなくていい。

 この人は俺が辻の格好の真似をしていると言っているが、時系列が全くの逆だ。

 BL王道学園の転校生あるある、もさい髪の毛に瞳が透けもしない瓶底眼鏡。気付けば俺はそんな格好をして転校生としてみんなの前で紹介されていた。そして俺がこの学園に転校してから1年も経たずして、辻は新たな転校生としてやって来た。辻はそんな俺と全く同じ格好をして登場した。だから逆なのだ。辻が俺の真似をしている。


「辻くん、旧転なんかほっといて俺達と遊ぼうよー」

「旧転に構うだけ時間の無駄だよー」


 そう言って辻を二人で挟む同じ顔。双子の書記だ。一卵性なので本当に同じ顔をしている。ふわふわの栗毛、くりくりの目、肉が薄く桃色をした唇。よくもまあこんなに可愛い顔が連続して産まれてくるものだ。

 往々にしてBL王道学園の双子はどっちがどっちかを見分けるとすぐに懐くという設定があるが、実際こいつらもそうだ。俺の時はそれで懐いてくれた。そしてこいつらも重要人物ではないから何も覚えなくていいし見分けなくてもいい。


「……辻さんが怖がっています。大きい声出さないでください」

「どう考えても叫んでたの辻じゃないですか」


 ぼそぼそと呟くのは広報。ぼそぼそとしか喋れないくせに広報なんかになるなとは思う。

 喋りの通り寡黙な男で、正に日本男児という佇まい。キリッとした眉毛と目元、整えられた短髪、大きな体。圧がある上に空手黒帯なので刃向かえる人は早々いない。勿論こいつも重要人物ではない。ほとんどの人物は覚えなくていい。


 辻がちょっと俺の愚痴を言っただけでこれだ。めちゃくちゃ言い返したいし辻のことは殴ってやりたいけど、その後を考えて尻込みもする。最善の言い返しが何かないか考えていると、我らが生徒会長が口を開いた。


「旧転、辻に謝れ」


 思わず従ってしまいそうになる口調、オーラ。これこそ全生徒のリーダーとなる器。一般人では到底手にすることのできないカリスマ性。華やかな顔立ち、燃えるような真紅の髪の毛、圧倒的なスタイルの良さ。この人は重要人物だ。覚えておいた方がいい。


「何を、謝れば、いいんでしょうかぁ……?」

「俺の辻を言葉で傷付けたことを謝れ。自分で言ったくせに分かってないのか」

「俺も十分傷付けられましたが」


 会長は俺の発言を無かったもののように無視し、再度謝れと命令した。会長の好感度はこれ以上下げたくないので、サッと辻の方を向いてごめんなさいとまくし立て、開いていたノートパソコンを脇に挟んですぐに生徒会室を出た。イライラが収まらない。救いを求めるように自室へ戻ることにした。


 初めてにして唯一のモテ期から暗転、これは俺のBL王道学園の第2シーズンだ。






2


 まずこの世界について。俺はこの世界がBL王道学園の世界観だということを認知している。何故なら、前世で姉に無理やりプレイさせられたBLゲーと全く同じ学園、キャラクター、ストーリー展開だからだ。ストーリー展開に関しては、辻が転校してくるまでに限るが。

 俺は前世──元の世界で不慮の事故に遭い、職場で命を落とした。そして目が覚めると俺はこの学園に転校していた。最初はどうも理解ができなかったが、俺と同じような境遇の人物が出現し、その人物からこの世界のことを説明されて「BL王道学園の世界に主人公として転生した」と受け入れ、腹を括った。


 最初の頃はまだ良かった。まだというか、全然良かった。気持ちが良かった。転校生の俺は、おもしれー男として生徒会のメンバーに気に入られ、元々生徒会になかった役職「雑務」を与えられ、生徒会に所属する。これは原作と同じ展開だ。

 生徒会の活動をしていくうちにメンバーとの絆も深まり、可愛がられ、ちやほやされ、俺はみんなにとってなくてはならない存在になっていた。この状況は実に気持ちが良かった。別に相手が同性でもいい。もてはやされることに変わりはない。むしろ、同じ男から認められて慕われてこそ満たせる何かがあった。

 元の世界で孤独に生きていた反動もあるのかもしれない。両親は仲が悪く家庭の空気は最悪、ネグレクトぎみ、唯一姉だけは味方でも学校では友達を作れない、それどころか俺が近寄ると気味悪がられる始末。社会人になっても根本的な俺の性格が変わらないせいで、職場の人間関係もうまく築けないまま人生を終えてしまった。

 だから、この世界に来てから、多くの人に愛される快感を知ってしまった俺は、みんなに夢中になった。

 辻が転校してくるまで、俺の転生は完璧だった。辻という、本来このゲームに出てこない人物が転校してくるまでは。




 校舎とは別に建てられている、寮の棟へ向かった。この学園自体まるで隔離されたような森の中に存在しているが、寮はとりわけ自由が全く無いと思わせるほどの生い茂った緑に囲まれている。この学園は全寮制なので、寮も校舎ほどの大きさがある。BL王道学園は都合良く青春のひとときを男だけで過ごすのだ。

 自室を開けると、既に同室者が帰宅していて机に向かっていた。俺の持っているノートパソコンなんかより断然立派なモニター3台はいつ見ても用途が分からない。でもこいつはちゃんと意味を持たせて使い分けている。

 この同室者──久藤はモニターから顔を上げ、俺の方を向いた。


「おかえり」

「タダイマ」


 イライラすると早口になる俺の癖を見抜いている久藤は、何も聞かずに俺の背中を見送った。久藤の作業机とは反対の壁に置かれている俺の作業机にノートパソコンを置く。ついでに椅子に座り大きくため息を吐いた。本当はさっき生徒会室で終わらせたかった仕事を持ち帰ってしまった。あそこはあまりにも居心地が悪い空間になってしまった。辻のせいで。

 死んだ目をしながらパソコンを開くと、久藤は特に心配する様子でもなく、のんきに口を開いた。


「こういう学園モノの生徒会の人たちの仕事ってマジでなにしてるんだろうね」

「いやほんとそうなんだよ。俺って今なんの仕事してんのこれ。一介の生徒に一体どんな重要な作業を任せてんの」

「鈴本も分からずにやってるの?」

「逆に久藤はなんで開発者なのにそういうディテール分かってないの?」


 久藤は小さく鼻で笑い、自分のキーボードを叩き始めた。前世でもプログラムを組んいでたくせに転生してもなお同じことをしたいらしい。ブラック企業の社畜で適応障害寸前だった俺からしたら考えられない。


 久藤は俺と同じ転生者だ。前述した「俺と同じような境遇の人物」というのが、この同室者の久藤だ。なんと、久藤は前世でこのBL王道学園のゲームの開発チームにいた。とは言ってもディレクターではなく、プログラマーだったからシナリオには一切口を出していなかったらしい。

 先に久藤がこの世界に来て、後の主人公の同室者というポジションに付き、次いで俺が主人公としてこの世界に転生した。久藤は変なやつで、ドのつくリバーピープルだから、自分が関わったゲームの世界に転生していると気付いた瞬間も「まあそれならここで生きていくしかないか」と簡単に受け入れたという。

 俺にとっては久藤という先駆者・理解者がいて不幸中の幸いだったかもしれない。


「最近こっちで仕事するようになったよね」


 壁打ちのように、キーボードを叩きながら呟く久藤。


「もう終わりだ。生徒会は狂ってる。今じゃ生徒会室はただのプレイルームだよ」

「辻くんか」

「そう、あのクソガキ」

「同い年でしょ」


 辻が転校してきて全てが変わってしまった。このBL王道学園の主人公は、1年の中期に転校してくる俺だった。原作もそういう話だ。それが、2年の中期より前、変な時期に辻というイレギュラーが転校してきた。つまり、「転校生」という肩書を持つ人物が変わってしまった。俺は旧転校生、辻は新転校生。どういうわけか、「主人公」の権利が俺から辻に移ってしまった。だから、生徒会の面々がちやほやする相手も、俺から辻に変わってしまったのだ。


「なんで原作にないキャラクター登場させるんだよ」

「俺に言われても……」

「久藤のプログラミングでちょいちょいって排除できないの?」

「できないよ。ここはゲームじゃなくて三次元の世界だから」


 あくまでも久藤はこの世界においてはただの観測者。この世界の知識はあれど、シナリオを書き換えるのは不可能らしい。


「もし辻くんを排除したところで、どうなりたいの?」

「そりゃもちろん、俺が主人公に返り咲く」

「そんなに主人公になりたい?」

「なりたいよ。ちやほやされたい」

「ど直球だよね」


 俺はなんとしてでもこの主人公の権利を取り戻したい。俺が本物の転校生だって証明し直さなければいけない。俺は愛される快感を知ってしまったから。






3


 定時を過ぎても当たり前のように仕事を続けるあの感覚。まさか生まれ変わってもなお味わうとは思いもしなかった。ただ違うのは机の上にエナジードリンクがあるかないかくらい。

 あの当時のことをほんのりと思い返しながら持ち帰った仕事をこなし、次の日を迎えた。

 片付いた仕事は一応会長に報告してデータや資料を渡さないといけない。生徒会の仕事と銘打ってやってはいるが、これがどういう意味のある仕事なのか、全く分かっていない。たまに会長の机の両脇に置いてある大量の紙の束、あれの正体も全く分からない。一体なんなんだ。元いた世界の職場でもあんなアナログすぎるシチュエーションは流石になかった。この世界はどれだけの団体が会長の印を欲しているんだ。生徒会は謎が多い。


 メタいところまで考えていると、生徒会室に着いた。扉を開けると、生徒会のメンバー+当たり前のように辻がいた。副会長の膝の上に座らされていて、思わずげと舌を出しそうになる。媚を売りやがって。

 なるべく視界に入れないようにして会長の方に向かい、昨日やった仕事を提出した。何かのデータをまとめて並べ替えて何かの傾向と対策を算出したもの。意味が分からない。これは生徒会がやる仕事なのか。というかこれに関しては、本当に俺がやらなくていい分の仕事だった。俺はあくまでも雑務。こういうパソコンカタカタ系は本来しなくていいはず。

 だけど、みんなが腑抜けて辻にばかり構うから、生徒会の仕事をしなくなってしまった。稀に、必要に迫られて、最低限度……最低限度以下をやるくらい。だから提出期限に間に合わせるために俺が仕方なくやっている。提出期限に間に合わせないと、今度は風紀委員長の好感度が下がってしまう。システム的に、生徒会と風紀委員はお互いの仕事を見張るような感じになっているため、生徒会の仕事ができていないと風紀委員からの信用度が落ちてしまうのだ。


「これ、確認お願いします」


 会長は俺の顔をちらりと見て、プリントアウトした資料を受け取ってペラペラと捲った。ここで問題、会長は俺にどんな感謝の言葉を寄越すでしょうか。


「……予算提案書がないな」


 はい、正解は感謝の言葉は無し、でした。ハァ〜〜〜〜〜……!? 把握してるんならお前がやれよてかお前の仕事だろ!

 とは言わず。嫌われたくないからうっすらと笑った口は崩さなかった。


「提出期限まだですよね?」

「ああ、そうだったか」


 会長失格だろこんなの。なにがカリスマだ。カリスマは提出期限を覚えなくていいのか。


「……会長、前までそんなんじゃなかったじゃないですか」


 会長ははたと顔を上げて俺を見た。何かを考えているようだが、多分何も分かってはいない。

 前の会長はもっと仕事熱心だった。どんなことも持ち前の器量でさっさと仕事を片付ける。俺が会長から任せられた仕事なんて、茶葉の管理くらいだった。それが今じゃこれだ。


「なんでもないです。それちゃんと先生に提出してくださいね」


 今の生徒会のみんなを見ているとイライラしてくるし悲しくもなってくる。楽しく会話を続けられない。自分が本当にモブキャラに成り下がってしまったとすら思えてしまう。

 そそくさと生徒会室を出て教室に向かおうとすると、辻に肩を叩かれ、否、がっしりと掴まれ、引き止められてしまった。お祓いに行こう。


「なあ、おい、待てって!」

「触るな早く離せ馬鹿の馬鹿力が」

「お前言うようになったよな」


 わざとらしく、感心したように辻は言う。


「昔はぼそぼそ喋って何言ってるか分かんなかったくせにな。喋る練習でもしたのか?」

「逆にお前は転生しても全く成長しないな。甘ったれの成金が」


 舌打ちが聞こえた。こいつは人を煽るくせに、煽られ耐性はない。昔からそうだった。昔というか、前世から。

 実は、辻も転生者だ。しかも、俺と辻は知り合いだった。小中高大ずっと同じ、なんなら会社まで同じ。腐れ縁とすら呼びたくないけど、どういう因果か俺の人生の隣には辻がいた。

 ご覧の通り、仲は全く良くない。良くなりたくもない。理由は、辻はマジで性格が悪いから。社長令息の権力を振りかざしてカーストの上に無理やり立とうとする男。それだけならまだいい。勝手にしろという感じなのだが、辻は何故か、カーストにすら入れないような俺に執拗く付き纏ってきた。いじめとまではいかないけど、なにかとつけて俺に嫌な絡みをしてくる。俺のテストの点数をバカにしたり、俺の体操服入れをリフティングしたり、トイレに着いてきたり。俺の図工の作品をおもいっきり真似してきたこともあった。

 作品だけではなく、高校と大学の進路まで真似された。挙句就活に失敗しまくった俺は何をトチ狂ったのか、辻の親が経営する会社の面接を辻に勧められるがまま受け、そこしか内定を貰えなかったので泣く泣くそこに就職した。この会社が超ブラックで俺は適応障害になりかけたのに、この馬鹿息子はろくな仕事を与えられずただタイムカードだけ押し続ける日々を過ごしていた。多分キーボードすらまともにタイピングできないだろう。


 前世でずっと俺に付き纏ってきた辻だが、まさかこの世界にもやって来るとは思いもしなかった。

 久藤は俺と同じように前世でたまたま命を落としてこの世界にやってきた。ということは、辻も俺達のように若くして亡くなったのだろう。それは別にどうでもいい。問題は、何故、よりにもよって、転生先が俺と同じ世界なんだということ。俺はいつまでこいつに運命を翻弄されなければならないんだ。


「何? 用があるんなら早く言えよ」

「お前さー、さっさと生徒会降りろよ。お前はもう転校生じゃないのに、いつまでも生徒会に居座り続けるから話が変になってんだよ」


 それは俺も分かっている。でももうこれ以上辻から何かを奪われたくない。前世ではいたる所で辻から奪われまくった。図工の作品は真似されたし、自由研究のテーマも真似されたし、ああ、そういえば辻に貸してた漫画返されなかったし、俺が好きになった女の子だって毎回辻と付き合ってた。辻が真似したものは、必ず俺よりいい成績を残す。これを性格が悪いと言わずしてなんだと言う。


「うるっさいな、どうせお前に俺のポジションを任せても仕事しないだろ」

「するって。俺今主人公? なんだろ。じゃあなるようになる」


 辻は当たり前のように、主人公だとか俺がいるから話が変になるとか言う。この世界のことを理解している。何故なら、辻も元の世界でこの原作をプレイしたことがあるかららしい。何故。BLゲームだぞ。


「絶対しない。なるようにならない。ていうかお前が主人公って俺は認めてないし」

「お前が認めてなくても他の人は認めてる。見れば分かるだろ、俺の愛されっぷり」

「生徒会のみんなが好いてるのは、お前自身じゃなくてお前の『転校生』って肩書きだけだからな」

「……ははあ。分かったぞ。そうか、まあ、そうだよな、やっと鈴本も理解したか」

「は?」


 辻は勝手に一人で何かを納得し、頬を染めながら調子の良さそうに頷いた。なんだこいつ。


「じゃあ、まあ、お前は生徒会を続ければいい。俺はただの新転校生でいる」

「はぁ……?」


 生徒会を降りろと言ったり続けろと言ったり。何が言いたいんだ。この小さい脳みそで一体どんな思考に至ったんだ。

 ニヤニヤと笑う辻が気味悪いのでさっさと教室に向おうと踵を返すと、今度は辻が会長に呼び止められていた。


「辻、あんなやつに無理に構おうとするなよ」


 辻は会長に引きつられて生徒会室に戻って行った。BL王道学園あるある、生徒会の謎権限で授業をサボれる。

 てかあなんやつって。数ヶ月前まで会長も俺にゾッコンだったくせに! 絶対もうちょっとで落とせたのに!






4


 今日の放課後には定例会があった。

 定例会とは、生徒会と風紀委員をはじめとする各委員会の代表が集まって、今後の学園の行事や施策を話し合う月一の会議だ。生徒たちだけで一体どんな方針を固めるんだ。何故ここの先生どもは何もしない。ずっと疑問に思ってはいるが、BL王道学園はこんなもんだ。

 今日は今後控える文化祭についての会議だった。

 本当はこの場には勿論生徒会長がいないといけない。前までの定例会だったら、生徒会からは会長と副会長がセットで参加していた。でも今二人は辻の尻を追いかけているので、皺寄せで俺一人が参加している。

 会議はリーダー不在のため、代わりに風紀委員長が進行を務めた。最近の定例会はずっとこうだ。俺に責任は全くないし、むしろ参加しなくてもいい俺が代わりに参加してやってるのだから、感謝されてもいいところを、委員長は呆れたように俺をじろりと睨む。会議中は特に何も言わないが、生徒会を責めるようなオーラはひしひしと感じられた。


 定例会が終わり、逃げるようにして会議室を飛び出したが、案の定委員長に止められてしまった。恐る恐る振り返ると、真顔の委員長がどっしりと佇んでいた。

 周りに冷ややかな風がそよいでいそうな美しい顔。眼鏡の反射すらも芸術的。鼻は高く目はキリリとつり上がっている。BL王道学園あるある、風紀委員のくせに異国の王子様のような髪色。お前の髪の毛が一番風紀を守れよ。


「生徒会長はどうした。何故最近定例会に参加しない」


 鋭い眼光を俺に向ける。その視線を送るのは俺じゃないだろ。


「なんでそれを俺に言うんですか、本人に言ってくださいよ。てか定例会くらい俺一人いれば十分なんじゃないですか〜?」

「その態度をやめろ」


 委員長につくった声は効かない。俺はこれで生徒会のみんなをメロメロにしたのに。原作でも委員長はなかなか主人公に靡かない設定だった気がする。


「会長が定例会に来ない理由なんて、会長を見れば分かりますよね」

「転校生か。新入りの面倒を見るのはいいが、構いすぎじゃないか」

「だからそれも委員長から会長に言ってくださいよ」


 委員長は何も答えなかったが、あからさまに嫌そうな顔をした。BL王道学園あるある、うちの生徒会と風紀委員のように独立している組織の長、仲悪いがち。


「鈴本が定例会に呼び戻せ」

「なんで俺が……」

「俺は風紀委員の業務で忙しい」


 んなわけねえだろ。言うくらいできるだろ。大体風紀委員って普段何してるんだよ。


「ていうか俺も一応言ってますからね。会長に定例会行けって。でももう日時を覚えようとする気すらない」

「それでもどうにかして参加させろ。生徒会長が次の定例会に参加したらお前のこと見直してやる」


 上から目線すぎる。委員長に見直されて一体何になる。

 とは思いつつも、俺はかつての「みんなから好かれてちやほやされる」ポジションを渇望している。好感度が上がるようなイベントは積極的に取り組んでいきたいのだ。それが例え以前まで落とす気のなかった委員長でも。


「……本当ですか?」

「本当だ」

「じゃあ俺とエンディング迎えてくれますか?」

「エンディングとは……」

「約束ですよ!」


 委員長に向かってウインクをしてみた。やっぱり、全く靡かなかった。






5


 今会長が生徒会の仕事を全くしなくなったり、定例会に来なくなったのは、確実に辻のせいだ。

 辻が来るまではちゃんと仕事をしてくれていた。生徒会雑務である俺と一緒に、生徒会室の中で。その頃は他のメンバーもいた。

 今彼らが仕事をしないのは、みんなの大好きな「転校生」が生徒会のメンバーではないから。生徒会とは関係ない転校生と一緒の時間を過ごそうとすると、生徒会の仕事なんてやってられっかとなっている。

 辻も言っていた通り、俺が生徒会を辞めて俺が与えられていた雑務という職を辻がやれば、きっと生徒会も前みたいに機能するようになるのだろう。でもそれは負けを認めることになるので絶対にやりたくない。


 そんな中で、俺が考えた会長を定例会に呼ぶ方法。まず1つめ、会長の好感度を意図的に上げる。もしも会長の好感度が爆上がりすれば、俺の言うことを1つくらいは聞いてくれるかもしれない。そして2つめ、無理やり引っ張って連れて行く。学もなにもない力技だ。以上。

 2つしか思いつかなかった。そして力技の方はなるべくやりたくない。会長と俺とでは体格差がありすぎるから、引っ張って連れて行こうとするとめちゃくちゃ大変だろう。

 だから俺はまず、会長の好感度を上げてみることにした。




「何作ってんの?」


 放課後、俺がキッチンに立っていると久藤が帰ってきた。久藤は俺の隣に立ち、俺の手元を覗き込む。


「フルーツサンド」

「へぇ」


 久藤の口調には、なんでまた、という興味が含まれていた。

 この金持ち学園の寮には各部屋にキッチンが備わっている。火は使えないが、フルーツサンドなら部屋の中でも作れてしまうのだ。


 俺はこの世界の原作を知っているので、ある程度は攻略キャラの好きなものは把握している。


「これで会長の好感度を上げる。今まで物に頼るのは恥だと思ってたけどそんなことも言ってられない」


 会長の好物は意外にもフルーツサンドだ。が、俺様キャラが意外と甘いものが好きとか動物が好きとかはあるあるの範疇。会長もそうなのだ。


「苺だ。生クリームとか学校の中で売ってたの?」

「この学園は都合がいいよな。購買で何でも手に入る」

「材料は手に入ってもそんな簡単に作れるもん?」

「いや、作ったことないけど。俺昔から手先だけは器用だから見様見真似でいけるんじゃない?」


 具材を耳を削いだ食パンで挟み、半々に切ってみた。予想した通りの出来栄えに自分で感心する。


「ほらな」


 得意気にフルーツサンドの断面を見せ、それを久藤の口元に持っていく。久藤はごく自然に大きな口を開けてぱくりと頬張った。


「ちゃんと美味しい」

「素材がいいからな」


 そのままむしゃむしゃと俺の手からフルーツサンドを食べ進めていく。自分で持てよとは思ったが、大型犬への餌付けのようでついじっくり見てしまった。


「これを賄賂に、俺は会長の好感度を上げに行ってくる」

「……それだけで上がる?」

「知ってるか? 久藤はプログラミングしたから知ってるか。会長はめちゃくちゃ単純だ。原作では好物1つ渡しただけで遊びに誘えるようになる。いかにもラスボスみたいな雰囲気を出しておきながら、攻略は作中でもトップクラスに簡単」


 久藤はそうだっけ、と興味が無さそうに机に向かった。自分が製作に関わったのにもう記憶にないらしい。久藤は今この世界で製作中のゲームのことしか興味がない。

 久藤曰く、転生した先が過去自分がつくったゲームの中なら、また次転生した時には今世でつくったゲームの中なんじゃないかという自論のもと、希望する転生先のゲームを開発している。つまり転生を自分で調整しようとしている。こればかりはこの世界を終えてみないと分からないが。今つくっているゲームはスローライフでめちゃくちゃ穏やかな世界観らしいので、とりあえず俺も登場させといてとは言っておいた。


 フルーツサンドをラッピングし、俺は部屋を出た。噂によると、今会長は放送室にいるらしい。なんでも、放送室の機材が壊れているらしく、それを確認するらしい。自分の仕事もまともにしない会長が何故他の委員会の環境を気にするかと言うと、辻が放送委員だから。この学園には学食があるので、お昼には複数ある定食のメニューを放送委員が学内放送で読み上げるという制度があるが、会長はこれで辻の声が聞こえなくなって悲しんでいるらしい。本当にイカれている。俺は世界で一番あいつの声が嫌いだから意味が分からない。

 ともあれ、放課後に放送室を見に行くと会長が言っていたはずなので、俺は放送室へ向かった。

 フルーツサンドの出来は完璧、ラッピングも綺麗、ついでに俺の笑顔も完璧。放送室のドアをノックして扉を開けると、そこには会長の姿はなく、代わりに辻がいた。


「は、ふざけんな、帰ります」

「おいおいちょっと待てよ」


 辻は前世から馬鹿力なので、ちょっとでも触れられてしまえば最後。手首をがっしり掴まれてしまい部屋の中に引きずり込まれた。辻は何故か俺の笑顔を受け継いだかのように満面の笑みを携えていた。


「え? 何? なんで鈴本?」

「こっちが聞きたいんだけど。会長は?」

「さあ? もうちょっとで来ると思うけど」

「タイミングミスった」

「鈴本もこれ直しに来たのか?」


 辻は机の上に置いてある放送用のミキサーを指差した。壊れて音が出ないとか言ってたな。


「全ッッッ然違うけど」

「んなこと言うなよ。お前オタクだろ、ぱぱっと直してくれよ」

「ウザいウザいウザいウザい」


 そう、このオタク呼ばわり。俺別にそこまでオタクじゃないし。昔からそうだった。絶対俺のイメージだけで決めつけている。


「てか俺機械に詳しいわけじゃないし」

「でもお前高校の時放送委員やってただろ」

「……やってたけど」


 そうだった。俺は高校時代放送委員をしていた。自分ですら忘れていたのに。じゃあなんだ、辻はまた俺の真似をして放送委員をやっているのか。辻の意図ではなく偶然だとしても怖い。

 辻がうるさいので、とりあえずミキサーをチラ見だけして帰ろうと思ったが、チラ見だけで音の出ない原因を見つけてしまった。


「なあ、これ、この状態のままオンオフで音出そうとした?」

「ん? うん」

「ゲイン0だぞ」

「ゲイン?」

「このつまみのとこ」


 恐らく放送用のマイクと繋がっているであろうチャンネルのつまみが初期位置、つまり音量0になっていた。

 辻はそれを見てもピンときていなかった。


「これ? 回せばいいのか?」

「バカバカバカそんなに回したら音で学校割れるぞ! このビニールテープの印のとこに合わせればいいんじゃないか」

「おお。さすがオタク」


 基本中の基本だ。オタクのレベルには及ばない。こんなのでオタク呼ばわりは勘弁してほしい。


「ちょっと声出してみるから、廊下で聞いてくれないか?」

「なんで俺が……」


 渋々廊下に出て待機していると、ちゃんとスピーカーから辻の声が聞えた。いっちょまえにマイクテストと繰り返していて、それすらもウザい。

 会長に会えるかどうかも分からないし、もうこのまま寮に戻ってしまおうかと思ったが、放送室の中にフルーツサンドを残していることに気付いた。ため息を吐いてもう一度放送室に入った。


「音ちゃんと鳴ってた、ぞ……」


 そして目の前の光景に体が固まる。

 衝撃。辻が俺の作ったフルーツサンドをもりもり食べていた。


「……は?」

「すげえなこれ! めちゃくちゃ美味い! お前が作ったの?」

「あ゛あ゛あああああああっ!?」


 この愚行を止めようとフルーツサンドを握っている手を掴んだが、既にあと三口ほどしか残っていなくて呆然とする。


「はあ!? なんで勝手に食べた!?」

「え、これ俺のプレゼントじゃないの?」

「んなわけねえだろクソが!!」


 もし仮に100億歩譲ってそうだとしても、それを無断で食べる思考回路が全く分からない。辻は未だなお鈴本の物は俺のものとでも思っているのだろうか。


「でもほら、シールに PRESENT FOR YOU って書いてあるし」

「そのフォーユーはお前じゃない! 目に映るYOUを全部自分だと思うな!!」

「はあ? 紛らわしいことすんなよ! じゃあ誰へのプレゼントなんだよ!」


 何故か逆ギレ。マジでこいつ凄い。1回殴ってやった方がこいつのためにもなるんじゃないかと思って震えていると、放送室の扉が勢い良く蹴破られた。


「どうした!? 辻、無事か!?」


 会長が息を荒立ててやって来た。遅い!


「おっ、会長。機械壊れてなかったぞ!」

「それは理解できた……凄まじい悲鳴が廊下に響いていたからな……」

「は!? まだ放送中なの!?」


 俺は慌てて放送のスイッチを消した。本当に辻が嫌になるほどバカで気が滅入る。


「ところで何故旧転がここにいる? さっきの悲鳴はお前のせいか?」

「俺のせいじゃなくて辻のせいで俺が叫んだんです!」

「は? お前は何をしに来たんだ」

「会長に! フルーツサンドあげようと思ったんです! なのにコイツが食べたから!!」

「えぇ〜……? これ会長のプレゼントだったのかよ……」


 俺は辻の手に握られている欠片になってしまったフルーツサンドを指した。辻は残念そうな顔をし、会長は目を丸くしている。


「俺に?」

「そうです! 辻、それをさっさと会長に食わせろ」

「ここまで食べたんならもう俺が最後まで食べてもよくない?」

「クソ、いけしゃあしゃあと……。会長、口を開いてください」

「お、あ?」

「早く!」

「あ、ああ」

「辻も早くここにフルーツサンドを突っ込め!」

「鈴本はそれでいいのか?」


 会長は戸惑いながら大きな口を開いた。なんて綺麗な歯並びだ。

 この期に及んで名残惜しそうにしている辻の脚を蹴ると、辻はやっとフルーツサンドの欠片を会長の口に放り込んだ。

 会長は口を閉じ、静かに咀嚼した。俺はもう縋るような気持ちだった。


「どうですか!?」

「……ああ……、美味いけど……」


 微妙そうな反応。けど、なんだよ。


「会長ってフルーツサンドが好きなんですよね……?」

「好きだけど……。俺苺って得意じゃないんだよな。つぶつぶが口に残るのが違和感あって」

「は?」

「俺が好きなのはシャインマスカットのフルーツサンドだ」

「なんッッで一番原価の高いやつをッッッッ」


 金持ちだからな、会長も。

 クソ、この情報は知らなかった。俺は一体なんのためにちょっと頑張ったんだ。なんのために辻の手伝いをしたんだ。俺の努力は一体。


「じゃあちゃんと美味しく食べられる俺が最後まで食べれば良かったんだよ」

「本当に黙れない? この窃盗犯が」

「窃盗って! 人聞き悪いな!」


 ケラケラと笑う辻の鳩尾を狙わなかっただけ自分を褒めたい。どう育てたらこんなクソガキが出来上がるのか、教育プログラム本を出してほしい。反面教師で爆売れするだろう。


 結局会長の好感度を全く上げられず、骨折り損のくたびれ儲けで泣く泣く寮に帰った。

 部屋に入り何も言わずベッドに飛び込んだ俺を見て、久藤は「努力ってしない方がいいよね」と口にした。なんてことを言うんだ。






6


 次の定例会まで時間がない。気が付けばあと1週間ほどとなっていた。

 会長の好感度を上げる余裕もなく、俺は生徒会の仕事に追われていた。

 謎の資料の束に印鑑を捺し、謎の資料の束の数字をパソコンに打ち直し、そして謎の膨大なデータをグラフや票にまとめ、また紙に印刷する。そして次の定例会は文化祭についての話し合いをするから、予算提案書を作成しないといけないし、外部の店や業者とのアポ取りや企画書作成も進めないといけない。

 なんだよこれ。なんで普通の高校生が予算編成とか外部とのやり取りをしないといけないんだよ。社会人の時ですらこんなにマルチタスクに働いてなかったぞ。マジでここの教員はどうなってるんだ。生徒会の権力がありすぎて逆にやらないといけないことが多すぎる。


「全部一人でやってんの?」

「そうだよ。みんな腑抜けだから」


 定例会前日の深夜。

 終わらない予算編成とにらめっこしていると、こちらも夜ふかしをしていた久藤が俺のパソコンの画面をチラ見して口を開いた。

 こんなの適当に金額を決めればいいだろと後回しにしてたかを括っていたが、意外と手強かった。限られた総予算の中でやり繰りするのが難しい。新しい企画やステージのために予算を回そうとすると赤字になるし、そうなるとどこかの予算を削らないといけないし、でも削ったところの生徒は絶対批判するし。金持学校のくせに、この予算は意外とシビアだ。

 数字を見るのが嫌になり、思考を放棄してありえない金額を打ち込んで遊んでいると、久藤は苦笑いした。


「俺にはなんでそんなに鈴本が頑張るか分からない」

「……だって、見直されたいし。やっぱり前みたいにいろんな人からちやほやされたいし」

「それにしてもいつも以上に仕事量多くない?」

「全員の仕事全部取ってきた」

「はあ……なぜ……」


 久藤は瞠目する。俺だって狂っているのは分かっている。


「全員分完璧にやれば流石にみんな俺の凄さに気付くだろ」

「最悪な方法で承認欲求満たそうとしてるな。もっといい手段あるんじゃない?」

「ないよ。ないから今こうなってんの」

「全員に認められる必要ある?」

「うん。誰かから強烈に愛されない限りは、いろんな人から一定ずつ愛されたい」

「……全員男だけど」

「全員男でも!」


 曲がりなりにも、俺はこの世界の主人公だ。主人公なりにいろんな人から愛されて幸せになる権利がある。俺が生徒会を続けるうちは、俺は自分で主人公だと言い張る。ここまで意地になっているのも、主人公としてのプライドがあるからかもしれない。


「なあ久藤、仕事手伝ってくれない?」

「やだよ。なんのメリットもないし。数字打ち込むならコード打ち込んでた方が楽しい」


 そう言って、久藤は俺の分のコーヒーを注いで、自分の椅子に座った。例の次の転生先の世界を作っている。確証もないのによくあそこまで頑張れる。でもそれは俺も同じか。




 そして翌日放課後。

 俺は目の下に特大の隈を抱えながら、定例会で使う全資料を会長に見せに行った。

 いつもはこんなにギリギリで確認してもらうことはない。定例会まであと1時間だ。もしここでミスが発覚しても直すことは厳しい。つまり会長に確認はしてもらうが、ぶっつけ本番になるだろう。

 そして俺には、この定例会に会長を連れて行くという使命も残っている。しかも手段は力技しかない。このフラフラな体でいけるのか。


「会長!」


 生徒会室を後にしてどこかへ行こうとしている会長の背中を引き止めた。横には憎き辻と、他の生徒会メンバーも並んでいる。まさか、悠々とどこかへ遊びにでも行くつもりか。そうだとしたら許せないが、こんなにメンバーが揃っているなら俺の仕事っぷりを見てもらうのにもちょうどいい。

 みんなが振り返り、俺を見る。『旧転校生』に引き止められて顔をしかめるメンバーの中、辻だけは俺を見てにやっと笑っていた。


「おっ、鈴本も一緒にビリヤード行くか?」

「はぁ……? ビリ……、なに、どこで……?」

「俺がビリヤードやりたいって言ったら、生徒会権限でビリヤード場作ってくれた」

「そんな馬鹿な」


 どこまで生徒会の我儘が通ってしまうんだ、この学園は。てかビリヤードって。できもしないくせに、辻は何をかっこつけようとしているんだ。無性に腹が立つ。いや、無性にとかじゃないな。俺がこんなに頑張った中、呑気にビリヤードだと。確実に腹が立つ。


「みなさん! ビリヤードは今置いといて! とりあえずこの資料たちを確認してください!」


 俺は、本来の責任者に自分がやった仕事の資料を渡した。各々が手元の資料を見て、そういえばこんな仕事あったなとか忘れてたとかを呟いていて信じられない。


「俺、みなさんの仕事やったんですよ、一人で!」

「おお」

「……おおだと……?」


 反応が全く芳しくなくて呆気にとられる。

 この人たち、俺へのリアクションの仕方も忘れたのか。

 まあ、最悪会長以外の反応はどうでもいい。大事なのはこの後会長が俺に従ってくれるかどうかだ。

 俺はペラペラと紙をめくって確認する会長に一歩近付いた。


「会長、俺、ぜーんぶやったんですよ。この謎の莫大な仕事量を」

「ああ、ご苦労だった」

「……それだけ?」

「? それだけとは」


 ハァ〜〜〜〜〜!?

 なんとなく想像はついていたけど、それにしても、いつもの何倍も頑張ったのに、得られたのはいつものような中身のない言葉だったことに愕然として一瞬鳥肌が立った。イライラしすぎて。


「へー。なんかよく分かんねえけど、めっちゃ頑張ったってこと?」

「うるっさい黙れ喋んな部外者」

「ちょっと喋っただけだろ」


 横入りする辻が今はウザくてたまらない。こいつに褒められても何も嬉しくない。俺が今こうなっている原因はお前にあるんだ。

 俺が辻に暴言を吐いたせいで生徒会のメンバーが俺にやいのやいの言っていたが、それは完全に無視して一旦深呼吸した。怒ってはいけない。俺が怒って反感を買うのは本意ではない。俺がまだ諦めていないうちは我慢しないと。


「会長、今日の放課後は何があるか知っていますか?」

「……辻とビリヤードに行くが」


 当たり前だろ、みたいな会長の顔。

 この人、完全に忘れている。というか最初から知ろうとしてなかったかも。


「定例会です! 今回は文化祭に向けた大事な話し合いもあるんです! 今日こそ一緒に来てください!」

「なんでそれに俺が出ないといけないんだ?」

「は?」


 耳を疑った。この人、本当に生徒会長か?


「いやいや……。しっかりしてくださいよ。定例会の進行は会長がやらないといけないんです。ここ数ヶ月は会長がいなかったから風紀委員長が代わりに進行してて迷惑そうでしたよ」

「それで上手くいってるんなら風紀委員に任せればいいだろ」

「本気で言ってます?」

「俺はそんなことより、辻の側にいてやらないといけない。辻は定例会に参加する権利が無いから、俺も欠席する」

「マジで?」


 思わず口調が乱れてしまった。

 辻の側にいてやらないといけないってなんだよ。ビリヤードに保護者いらないだろ。こいつのどこにそんな価値があるんだ。


「あ、じゃあ俺が定例会参加すればいいんじゃないか? そしたらみんなも来るだろ?」


 辻が呑気そうに口を開く。どういう訳か、今この場で辻が一番まともに見えてしまう。


「それは駄目だ。関係者以外は会議の内容を聞いてはいけない」

「それだけ責任感あるんなら来てくださいよ」

「旧転が一人で参加してくれ」


 狂ってるよ、こんな世界。

 まるで言うことを聞かない会長に目眩がする。なんとか立っているので精一杯だ。力技で連れて行くとか思っていたが、もうそんな気力すら起きない。

 フラッときて力が抜けた拍子に、手元からコピー用紙が1枚落ちてしまった。それを辻が拾い、目を通した。


「何これ? 文化祭の予算?」


 返せ、と言おうと思ったが、辻の言葉に固まった。


「これ桁おかしくない?」

「え」

「ゼロ何個付いてんだ」

「あ」


 そういえば、予算が行き詰まりすぎて、寝落ちする寸前まで膨大な数字を入力して現実逃避していたんだった。修正するのを完全に忘れていた。


「え、だよな。やっぱりおかしいよな」


 本来予算編成の舵を取らないといけない会計が訝しげに声を上げる。流石にこの数字はもっと早く気付けよ。俺が言えたことではないけど。


「えー? 鈴本、えー?」


 辻がにやにやと笑いながら俺を軸に周遊する。俺のミスを見つけられてよっぽど嬉しいのだろう。


「ま、こういうこともあるよな。予算10億円。フフ、一人じゃ仕事するのも大変だろ。これからは俺が見直してやるからな。お前はもっと俺を頼ればいいんだぞ」

「何を言うんだ。辻にそんなことはさせられない。大変なことは全部俺らに任せれば」


「…………うるせえよ!!!!」


 脳みそが弾けたような気がした。もう限界だった。ついに突破してしまった。

 気付けば怒声を飛ばしていたし、自分が持っていた資料は全部ビリビリに破いていた。

 俺の狂乱は止まらず、ポケットから全てのデータが入ったUSBを取り出し、それを思いっきり踏み倒した。何回も何回も足で踏み、USBは見るも無残な姿で砕けてしまった。

 それでもまだ俺は止まらない。弾けた脳みそと心と口が直結し、声を荒げ続けた。


「ふざけんな! ふざけんな!! 何が俺らに任せればだよ、定例会の時間にビリヤードしに行くお前らに何を任せられるんだよクソが!! 何が俺を頼ればだよ、俺の真似しかできない無能がよ!!」

「……きゅ……、す、鈴本……?」


 会長は見たこともないような表情をして俺を見る。あまりの怒りに視界がぼやけているので、それ以外の人の表情は確認できなかった。

 肩で息をしていると、辻がそろっと呟いた。


「い、いや、ちょっと怒りすぎじゃない? 俺普通に力になるぞって言いたいだけで」

「ちょっと怒りすぎ? 力になる? お前今までで1回も俺の力になったことあったか?」

「……あ、あっただろ……。就活の時とか……」

「ああ……そうだったな。本当にクソみたいな会社斡旋してくれてありがとうな。おかげで俺は今ここにいる」

「え……」

「尋常じゃないくらい残業しまくってた時期、お前の叔父かなんかに誰かのミスを超責められて、気付いたら階段から転落して……お前の親族、人格破綻者しかいないな」


 思い出してきた。転落中、階段から落ちたという意識はあったから、悠長にも「起きたら病室か、労災降りるかな」とか思っていた。そして、目が覚めると知らない全く部屋にいて、その後に部屋に入ってきた久藤にこの世界のことを教えられたんだった。

 あの時の辻の叔父──俺の上司の顔も思い出してしまい奥歯を噛み締めた。辻は俺の話を聞いて青褪めた顔をしている。


「え、な……、しん、心不全じゃなかったのか」

「心不全だったかもな。お前のお父さんが経営する会社のストレスで」

「で、でも、ちゃんと定時で帰れたし休みも多かったしみんな優しかったし、いい会社だっただろ……」

「そんなのお前が社長の息子だからだろうが。身内しか人間扱いされないクソ会社。やっぱり何も知らなかったんだな」

「……」


 前世では全く知り得なかった真相を知り、辻はとうとう押し黙った。


「就活……? 会社、って、なんのことだ」


 そんな中、会長や周りのみんながぽかんと口を開けている。それもそうだ。俺は今まで一度も久藤と辻以外に転生しているなんて言ったことがない。でも今はいちいち説明してあげる心の余裕化が一切なかった。


「お前らみたいなクソガキども、社会に出てすぐ痛い目見るからな。一生お前ら同士でちちくりあっとけよ」


 呆気にとられ、誰も何も言わない。

 俺は床に落ちた資料も粉々になったUSBもほったらかしにして、そのまま踵を返した。






7


「やっぱりな、久藤が全部正しかった」

「ん?」

「努力なんてしない方がいい」


 ベッドに伏せたまま、枕の隙間から声を漏らす。

 完全に顔を枕で潰しているから見えないが、久藤のタイピングの音が消えたから俺に耳を傾けているのだろう。


「そうだよ。報われるかも分からない努力を続けるより、簡単に拾えそうなラッキーを拾っていったほうがいい」

「その通りでした」


 定例会の終わる時刻よりもかなり早く部屋に戻って来た俺を見て、久藤は何かを察したらしい。俺に一言、おめでとうと言って出迎えてくれた。おめでとうはまた違う気がするけど。

 あの時暴れ倒したので、一時的にスッキリはしたが、ベッドにダイブした途端に心臓がずっしりと重くなった。そして俺が転校生としてみんなから愛されていたあの期間さえも、思い出して自己嫌悪に陥った。何故俺は、あんなにもあの人たちに執着していたんだ。


 久藤のタイピングの音を聞いて気を紛らわせていると、凄い勢いで扉がノックされた。久藤が出ろよ、いや鈴本の客でしょ、と押し問答しているうちに勝手に扉は開かれた。

 ずかずかと部屋の中に入ってくるその男は、風紀委員長だった。

 めちゃくちゃ怒っている。顔を見ただけで分かる。

 言わずもがな、俺が定例会をボイコットしたからだろう。

 あの後もしも正気に戻った会長が定例会に参加したとしても、俺はたくさんの資料を破いたし予算の数字も間違っていたしで、生徒会としてはまともに参加できないと思うので、どちらにせよめちゃくちゃな定例会になったはず。


「おい」


 委員長に声を掛けられても黙ったままでいると、普通に体を蹴られた。ありえない。一応委員長も攻略キャラなのに。


「いたっ」

「なんで定例会に参加しなかった」


 静かだが、声には迫力がある。聞く人が聞いたらこの声だけで発作を起こしそうなほど怒りが滲み出ている。でも今の俺は無敵なのだ。


「だって俺もう定例会参加しちゃだめですもん」

「は?」

「定例会の前に生徒会辞めてきましたー」

「……は?」

「顧問に辞表も出してるんで」


 よほど驚いたのだろう。委員長は眼鏡を外して目を擦った。今視覚は関係ないだろ。ちょっと可愛いな。


「これから大変な時期ですよね。委員長はなんにも悪くないから申し訳ないんですけど、もーいいかげん、俺も魔法が解けました」

「……今日の定例会に生徒会長を連れて来たら見直してやると言っただろう。諦めたのか」

「諦めました。すみません。ガハハ」


 力なく笑うと、委員長は俺が何を言わずともふらふらと歩いて部屋から出て行った。


「……いいの? あの人凄い顔してたけど」

「いいよもう。俺はこれから自分本位に生きていく」


 他人に興味ない久藤ですら心配するレベルだったか。まあ、そんなの、もうどうでもいいのだ。


「あ〜、モブってやることなくてサイコー」






8


 連日の徹夜がたたり、俺は授業もすっぽかして昼まで寝ていた。久藤は気を利かせて俺を起こさなかったらしい。これは気を利かせていると言えるのだろうか。

 ところで久藤は辻と同じ放送委員だ。今日は久藤が放送担当ということで、昼休みに放送室にお邪魔することにした。誰とも会いたくないけど、なんとなく久藤には同じ空間にいてほしい気分だった。

 生徒会のメンバーと委員長と辻に会わないようにこっそりと放送室に向かうと、久藤は壁にもたれ掛かってサンドイッチを頬張っていた。放送しなければいけない内容は言い終えたので、足を伸ばして寛いでいる。

 俺も横に座ってフルーツサンドをタッパーから取り出した。一度作ってから、なんだかんだハマってしまった。今は自分のためだけに作っている。

 一口食べ、若干空いている窓から吹き込むそよ風を感じで思わず目を細める。


「優雅だ……」

「ほんとに生徒会辞めちゃっていいの? 生徒会って食堂で特別メニューみたいなの食べられるんでしょ」


 確かにそうだった。生徒会のメンバーは、謎の権力でスペシャルランチが食べられる。しかもほとんどタダだった。和牛とか蟹とかトリュフとか。辻は生徒会に気に入られていたから、生徒会でなくとも食べさせてもらっていた気がする。そして今の俺にはそれを食べる権限がない。何故なら生徒会を降りたから。


「いいよあんなの。苺のフルーツサンドの方がよっぽど美味しい」


 あの頃はあれが世界で一番美味いと思っていたし、これを食べられるポジションこそ最高と思っていたけど、今は全く思わない。自分のためだけに自分で作るご飯こそ一番美味しい。


「魔法解けちゃったね」

「解けちゃったな」


 俺は今、何者でもない。

 「転校生」でも「生徒会雑務」でもなくなった俺は、正真正銘、ただのモブに成り下がった。

 生徒会辞表を提出してから、あれほどまで固執していた主人公の座が急にどうでもよくなった。みんなからちやほやされたいという欲求もなくなった。

 どうやら俺は、「主人公」の魔法をかけられていたらしい。


「なんでたくさんの男にちやほやされて嬉しかったんだろうな……」

「もう嬉しくない?」

「うーん。そうかもな。少なくとも大勢からの愛はいらない。というかちやほやされるんなら絶対女の子の方がいいに決まってる」


 主人公補正に加え、周りを見れば男しかいない空間がいけない。世界には女性がたくさんいる。モブになった今、広い世界を見ないと勿体無い。


「鈴本って女の人いけたんだ」

「何言ってんだよ。むしろずっと女の子が好きだった。彼女ほしい」

「無理だろうな」

「……今はって意味で?」

「うん、そう」

「……な。卒業したら絶対彼女つくる」

「その顔でそんな簡単にできると思ってんの?」

「ん、ん、久藤さん?」


 侮辱罪。久藤は意外とハッキリ悪口を言う。


「知ってるか? 器用な男はモテる。俺器用だし」

「はあ」

「あと俺歌上手いんだよ。カラオケ行けば一瞬でモテると思う」

「経験あるの?」

「……無いけど」

「歌ってみてよ。俺が採点してあげる」


 そう言われると恥ずかしいな。歌声には割と自信があるけど、歌うための空間以外で歌うのは少し勇気がいる。


「……ヤダ」

「はい非モテ。歌ってって言われて歌えないヤツはモテないよ」

「カラオケ! じゃあ今度カラオケ一緒に行こ!」

「俺は歌わない」

「はいお前も非モテ!」


 こんなやり取りすら安心材料になる。俺の頭を悩ませるものは一切無い。


 二人でぎゃあぎゃあと騒いでいると、放送室の扉がバン! と開かれた。全く身構えていなかった俺たちは、びくりと肩を揺らした。


「い、いた!」


 息を切らして放送室に入ってきた、今一番見たくない顔。と、その仲間たち。放送室は広くないので、溢れ出た人は廊下から顔を見せている。

 昨日の今日でこれは、縁切りをした俺も流石にビビる。報復の可能性もあるので、無意識に久藤の方に寄った。


「な、なぜ、みなさん、ここに」

「だって、放送が」

「放送?」

「あ」


 久藤は誤魔化すように手を口元にあて、ゆっくりと立ち上がってミキサーのボタンを押した。


「付いたままだった」

「お前ッ」


 こういうこともあるから、絶対にフェーダーは下げなさい。

 というか、じゃあ、ここに来てから今までの俺たちの会話は全校生徒に筒抜けだったと。歌声を披露するにいたらなくて本当によかった。


 俺が肘で突いて久藤を責めていると、目の前の会長と辻も俺たちと同じように肘で小突き合っていた。俺たちと理由は違いそう。お互いが言えよと押し付けあっている。そして、小突き合いの結果最初に口を開いたのは会長だった。


「お前……女がいけるのか?」

「え? はい、……えっ?」


 ちゃんとその会話までバレている。本当に俺たちの会話全てが公になってしまったらしい。恥。

 やっぱりこの学園って原作がBLゲームだから、男が好きな男の方が多いのだろうか。俺の答えが意外すぎたのか、会長はわなわなと震えていた。


「この、生徒会の人間よりも、女が」

「……普通に考えて性格の悪い男より女の子の方が全然いいですね。彼女ほしい、女体最高!」

「そこまで言うんだ」

「これ放送乗ってないよな」

「お前……じゃあ今までずっと……」

「え?」


 その瞬間、俺も何が起きたか理解できなかった。

 会長が俺の目の前で見事な土下座を披露した。


「今までの無礼な言動、心から謝罪する」

「は?」

「も、戻ってきてくれないか、俺たちの側に」

「は?」


 戸惑う間もなく、他の生徒会メンバーも次々と頭を下げていく。恐ろしい光景だった。


「ちょっと、なに、やめてください、本当に何」

「ああ、そうか、プロトタイプバージョン1.2だ」

「何!?」


 隣の久藤がごちて一人で納得する。俺と……顔を見るからに辻は未だに意味が分かっていない。


「あのゲームは最終形態になるまでに設定の違うプロトタイプを何個も作ってテストプレイしてた。で、多分この世界はそれのバージョン1.2」

「俺がプレイしたやつと何が違う……?」

「ノンケは希少価値がゆえ砂漠のオアシスみたいな存在で、みんなが絶対手に入れたいと思っている」

「ん゛?」

「この学園にはノンケが一人いて、みんなが探し求めてるんだけど、そのノンケは身を潜めている。そして主人公がそのノンケっていうシナリオだったかな」

「……えっ、もしかして今俺がその主人公になっちゃったの?」

「うん」

「……久藤が放送切り忘れたせいで?」

「そうかも。ごめん」


 全く気持ちがこもっていないごめんだった。こんな謝罪なら言われない方がマシとすら思う。

 俺は久藤の胸ぐらを掴んでぐらぐらと揺らしながら、背中に大量の冷や汗をかいていた。

 つい最近までみんなから愛されたいとか思っていたけど、こんなのは望んでいない。

 目の前の会長は土下座の姿勢のまま、恐る恐る顔を上げた。


「頼む、鈴本、お、俺たちを選んでくれ……」

「よくそんなこと言えますね……。全然嫌ですが……」

「苺! 好きになるから! フルーツサンドは苺が一番好きだ!!」

「後出しすぎるしそれで今更俺の好感度が変わると思いますか!?」


 薄々勘付いてたけど会長ってアホかもしれない。俺が会長を落とそうとしていた頃は、華麗に仕事を捌く会長の姿しか見ていなかったから気付かなかった。

 会長は絶望に満ちたような顔をし、また額が床にめり込むほど頭を下げた。土下座程度で俺の全ての憎しみが消えると思うな。


「す、鈴本、彼女ほしいって本当か」

「だからそうだって」


 今度は辻が戦慄きながら呟く。何故お前まで。お前はこっち側の人間だろ。


「お前、俺のこと好きじゃなかったのか?」

「っは、はあ!? 何を見てそんな……」


 引き攣るほど恐ろしい発言に寒気がした。かいた汗が一気に冷えていく。


「だって、だって、生徒会のみんなは、『転校生』を好むって。お前が言ったじゃん。お前だって生徒会だっただろ」

「いやっ、あれは……!」


 だからこいつは、なんで勝手に、全ての言葉に、俺と自分を当てはめるんだ!


「俺はちげえよ!」

「でも! だとしても! お前、前世からずっと俺のこと好きだっただろ!?」

「何をどう考えたらそうなる!?」


 一番嫌いだったよ!

 じゃあなんだ、こいつは、俺が喜ぶとでも思って、ずっと俺につきまとってたのか? はあ?


「お前のせいで人生めちゃくちゃになったよ! 今世でもしつこく付き纏いやがって! 好きなわけないだろ!」

「……!」


 言い過ぎたか。いやでも、前世で言えなかった分だ。俺が二生分負ったストレスを考えれば、これくらい小さなものだ。

 この程度の悪口耐えてほしいところだが、辻は子どものように顔を歪めてボロボロと涙を流した。


「鈴本の馬鹿あああぁぁ」

「え」


 捨て台詞を吐き、生徒会メンバーの人並みをぬって駆けて行ってしまった。

 ……。

 正直いい気味だとしか思わない。


「あの、ところで、みなさんも一旦お引き取りいただけないですか」

「生徒会にもう一度入らないか」

「入りませんから。しつこいな」

「欲しい施設なんでも作るから」

「えっ、カラオケも?」

「ああ、勿論」

「……うーん」


 すかさず久藤から「いや悩んだら駄目だよね」と口を挟まれ、我に返る。靡いてなんかいない。


「いや、俺はもう二度と生徒会に入りません。みなさんで文化祭の運営頑張ってください。それと俺は仕事を人に押し付ける人間とありがとうごめんなさいが言えない人間と簡単に人を差別する人間が大嫌いです。記憶のあるうちに、胸に手を当てて自分の行動を振り返ってください。はい、そうですね、みんなさんは俺の大嫌いな人間です。残念でした。さっさと帰ってください」


 俺はもう何も怖くない。

 積年(数ヶ月)の恨みを堂々と連ねると、生徒会のメンバーはがくりと首をもたげ、とぼとぼ歩きながら放送室を出て行った。


 気持良すぎる。笑顔が止まらない。


「鈴本ってそういうとこあるよね」

「ええ?」

「欲求満たせた?」

「うん。めちゃくちゃ」


 久藤は俺の顔を見て意地の悪そうに笑う。


「でも全校生徒が鈴本がノンケって知っちゃったから、この部屋を出たらもっと酷いだろうね」

「え、あいつらだけじゃないの」

「だってノンケはこの学園で鈴本だけだし」

「なあ全年齢対象だよな、大丈夫だよな」

「ごめんプロトタイプはR-15+だった」

「オイ!! よりによって+つけんなよ!!」


 魔法が解けた俺と、魔法がかかった全校生徒。

 モテ期は唯一ではなかった。

 俺のBL王道学園、最悪の第3シーズンが始まってしまった。








●鈴本

一度主人公を降ろされ、また主人公に舞い戻ってしまった正真正銘の主人公。「転校生」と「生徒会所属」の肩書きを持っている間だけは、みんなが大好きになる魔法にかかる。


●生徒会長

当初鈴本に落とされかけていた人。転校生以上にノンケに惹かれるカルマを背負って生まれてきた。本来はとても優秀で頭もキレる。


●風紀委員長

フン、アホな生徒会連中の中ではまだマシな方だなとか思って鈴本を気に掛けていたが、約束の後秒で生徒会を辞められて永遠なんてないと知る。


●辻

(無自覚で)鈴本が大好き。前世からずっと好き。むしろ(無自覚で)鈴本になりたいと思っている。前世の辻は鈴本の葬式の後に茫然自失になりすぎて車に轢かれて転生した。


●久藤

この学園のノンケは鈴本一人だけ。つまり久藤も……。自室で開発を進めていたゲームはスローライフとかではなく普通に鈴本を〇禁してお世話するゲーム。


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