ファーストタイムキスまで



お題:水上の話


※こじひね本水上ルート、早乙女寝込み明け、二人がちゃんと付き合うまでの話

※こじひね本水上ルートを補完するような話なので、もしかしたらそっちを読んでからの方が…という感じではありますが、大丈夫、多分読んでなくても雰囲気で読めます

※状況だけ説明すると、大学生になって東京で暮らしてる水上が、熱で寝込んでしまった千葉に住む早乙女に会いに来たところです

※水上のソフトサイコは完全に鳴りを潜め、ただのゲロ甘となっております。水上も少し大人になりました(かなり素直)




1


 気が付くと日は完全に沈んでいて、先程まで外から聞こえていた小学生たちの喧騒は気が付けば無くなっていた。早乙女の家の近くには小学校があるらしい。

 俺は寝ている早乙女の前で何をするでもなく、ただぼーっとしていた。早乙女が寝る前の余韻が続いている。ついでにこの時間に複数のSNSのアカウントを消した。本当にどうでもよくなってしまったのだ。

 俺の確信待ちが、今日終わった。


「ん……」


 時刻は20時を回ったところで、早乙女は目を覚ました。薬の影響か、随分長いこと眠っていた。

 早乙女はまだ完全に目を開けていない状態で伸びをし、眠そうに目を擦り、そしてふとベッド脇にいる俺を見て、ベッドフレームに頭をぶつけていた。


「おゥッ」

「あー、痛そう」


 いい音が鳴った。石頭かもしれない。

 頭を抱えながら体を起こした早乙女は、俺の顔を見上げてあんぐりと口を開けていた。


「え? 何その反応。おはよう」

「え、いや……」


 体温計を取り出して体温を測らせると、平熱まで下がっていたので安堵する。早乙女本人は未だ意識がはっきりしていないようだ。


「夢じゃなかった……」

「夢だと思ってた?」

「ど、どこから、どこまで、本当?」

「多分、早乙女が夢だと思ってた全部」


 カッという音が聞こえそうなほど、一気に顔を赤くして、大丈夫か心配になるほど目を見開く。


「うあああああああああ……」


 叫んだ。布団に顔を埋めて、早乙女は長いこと唸った。こんなの笑ってしまう。


「じゃあ、俺……」

「うん」

「……ううううぅぅぅぅ」


 今度は両手で顔を覆い、叫びを押し殺した。

 耳と首まで真っ赤で流石に不安になる。


「熱ぶり返すって」

「……俺、着替えてくる」

「ん? うん」

「帰るなよ」

「うん」


 早乙女はフラフラと不安げな足取りでクローゼットから服を取り出し、部屋を出て行った。数秒後、ゴンッという音がこちらまで聞こえてきた。大丈夫だろうか。


 早乙女、寝る前に俺に言った言葉、あれ全部夢の中だと思って発言したのか。夢だと思ってても、起きた時に俺がいなかったら絶交するとか言ってたんだ。可愛いな。


 数分待つと、早乙女は新しい服に着替えて、アウターも羽織って部屋に入って来た。


「あれ、出掛けるの」

「水上も来い」

「ええ……どこ行くの」

「近所のドンキ」

「まあ、いいけどさ」


 今の状態の早乙女を一人で外出させるなんて不安でしかないしな。

 俺は荷物をまとめて外出する準備をした。

 早乙女に続いて靴を履いていると、早乙女はドアノブに手を掛けて数秒固まり、そして手を離して俺の方を振り返った。


「やっぱり今教えて」


 つり上がった目。でも眉尻が下がっている。強気そうなのに、弱気そう。器用な男だ。

 きっと、起きてから今のタイミングまで、ずっとこのことを考えていたんだろうな。


「……なんのこと?」


 分かってるけど。分かってるけどさ、早乙女があまりにも可愛いから。

 平常を保とうとしたけど、俺の発言を聞いてぷるぷると震える早乙女が面白かったから、ついニヤニヤしてしまった。


「……俺と付き合えるかって!!」


 玄関に早乙女の怒気を孕んだ声が響いた。多分外まで聞こえている。早乙女ってこんなに大きい声出せるんだ。


「え〜、どうしよっかな〜」

「……くたばれ!」

「おいおい」


 今度こそ激怒して外へ出て行こうとした早乙女を引き止めた。

 ここで抱きしめると怒られるかな。

 軽薄だと思われるかな。

 と、少しは思ったけど、俺は早乙女を背後から抱きしめていた。


「ごめんって。早乙女が可愛いからつい」

「……」


 早乙女の体が硬直する。熱は下がったと思っていたが、体は火照っているくらい熱かった。


「早乙女、好きだよ。付き合おう」


 俺の声は震えていないだろうか。

 これでも、ちゃんと告白するのは人生で初めてなのだ。

 ただ思ったことを伝えるだけなのに、告白ってこんなに緊張するんだな。


「……お前、ほんと、性格悪い……」


 早乙女は呟き、俺の腕を振り解いた。

 そして不安を感じる間もなく、強引に手を繋いでくる。

 熱く湿っていた。

 早乙女に引っ張られて出た部屋の外の空気は、のぼせ気味だった俺達の頭にはちょうど良かったかもしれない。






2


 なんと、ひと目もはばからず、俺達は店に入るまで手を繋いでいた。夜道は暗かったし人通りが少ないにしても、早乙女って意外と大胆なんだなと感心した。

 手を離したのは、入り口で男女のヤンキーそうなカップルを見た瞬間だった。手を自然に離すスピードが早すぎて思わず笑ってしまいそうになり、肩を震わせた。早乙女は頬を染めて俺を睨んでいた。


「何買うの?」

「歯ブラシとか洗剤とか」

「ご飯買っときなよ。早乙女の家食材なさすぎてビビったんだけど」

「いや、どうせ賞味期限切れるだけだし。俺はコンビニか外食でいい」

「今日みたいに急に体調悪くなった日とかは、家に食べるものあった方がいいでしょ」

「その時は水上が来ればいいじゃん」

「あのね、俺だってずっと暇なわけじゃないんだよ」


 買い物かごにゼリーやカップ麺やらを適当に入れると、早乙女は何かを言いたげにしながらも食材を元の場所へ戻しはしなかった。

 高校の頃早乙女は寮生だったので、水準以上の食生活を送れていたけど、一人で暮らすとこうなってしまうらしい。多分体調を悪くして寝込んだのも今回だけではないだろう。


 レジを目指していると、早乙女は服のコーナーで立ち止まった。


「水上似合いそう」


 早乙女が指差したのは、さっき入り口ですれ違ったヤンキーカップルが着ていたようなドギツい柄と色のジャージだった。


「いや、勘弁して……俺そういうの卒業したから。てかもともと着てないし」

「見たかったなー中学時代の水上」

「それずっとネタにしてるけどさ」

「何が嫌?」

「嫌でしょ。恋人が金髪で短髪って。普通が一番だって」

「恋人……」


 ……いや急に噛み締めないでよ。こっちまで恥ずかしくなる。


「じゃあせめて金髪にしてみて」

「えー」

「ちょっとお金出すから」

「どんだけ見たいんだよ」


 早乙女のこの異常なまでの、俺の中学時代見たさはなんなんだ。俺的にはもう黒歴史として扱っているからあまり思い出したくないんだけど。


「ジャージじゃなくてもさ、部屋着とか買ったりしないの?」

「今? なんで?」

「いや、今日泊まってくかなって」

「あー……」


 純粋な提案だということは分かるが、そうも簡単に言うか。普段からお互いの家を行き来していて、泊まることもままある関係なら分かるけど。

 俺達は今日半年ぶりにあって、ついさっきお付き合いを開始したばかりなのに。


「今日は帰るよ。終電間に合うし」


 早乙女は、露骨に、あからさまに、残念そうな顔をした。


「いやいや、そんな顔しないでよ」


 頼むから。病み上がりの恋人に間違っても手は出せないし。


「じゃ、次会ったら泊まってって」

「え、あ、まあ、うん」

「俺が水上の家に行ってもいいよ」

「……俺の部屋超狭いよ。5畳だし。ベッドじゃないし。一人分しか寝るスペースない」

「いいよ。一緒の布団で寝るし」

「あのさ、早乙女さん」


 え、何、俺試されてる?


「さっきから……その……ほら、俺も男だからさ、ね」

「うん」

「俺って元からバイなんだよ。だから、元から男もいけるってことだから、……。うん、濁さず言うと、泊まりとか、一緒に寝るとか、男同士でも、俺はその先のことを余裕で想像できるから。あんまり軽率に誘わない方がいいよ。小学生男子のお泊り会とは違うからね」


 俺にしては結構真剣に言ったつもり。

 早乙女はぽかんと口を開けた後、ばつが悪そうに口を尖らせた。


「……そんなの分かってて言ってるし……」


 さ、早乙女さん。なんて男だ。こんな魔性だったなんて。知らなかったぞ。


「いや〜、あのね〜、早乙女……、ウン、あの……。とりあえず、早乙女の覚悟は分かったから。焦らずいこう。俺今日は帰るから、早乙女もちゃんと体調治して」

「……」


 ふてくされたような顔。頬を突くと一層怒った。

 ほんと可愛いんだけど。






3


 店を出て夜道を歩く。

 早乙女の家に到達する前に駅があるので、このまま帰ろうと思えば帰れる。

 でも早乙女は来たルートとは違う道を歩いて行った。川沿いの夜風が気持ちいい所だ。


「ドンキで流れてる店内BGMとコメダで流れてる店内BGMが一緒だって最近発見した」

「へぇ、そうなんだ」

「ここの店舗だけかも」

「なんで分かったの?」

「コメダで課題してたら、凄い変な音がある曲が流れて頭に残って全然集中できなかったんだけど、次の日くらいにドンキ行ったら全く同じ変な音の曲が耳に入って気が狂いそうになった」

「どんな曲だよ」

「だから今度コメダからのドンキコースで。一緒に確かめよう」

「うん」

「あとうちの家の近くのスーパー、朝の時間だけいるおばちゃんが俺のお母さんに激似だから、それも見に行こ」

「ええ? うん」

「あと、この道、4月になると桜が綺麗らしい。俺4月ひきこもってたから全然知らなかったんだけど……。だからそれも一緒に見よう」

「ふふ……、うん」


 矢継ぎ早に、早乙女の口から次の予定が出てくる。

 今までの空白の時間は何だったんだというくらい。

 だからこそ今、空白だった時間を埋めようとしてくれているのか。


 早乙女はとりとめもない話を繰り返した。

 中身の全く無い話。相手の反応なんて一切気にしない、小さな話を。

 やっぱり、早乙女はいいな。

 ずっと一緒にいた高校時代に戻りたい。

 でも高校に戻ったら、俺と早乙女は恋人じゃないのか。

 高校に戻って、俺が真正面から早乙女に告白していたら、早乙女は俺の告白を受け入れていたのだろうか。と、考えてみたけど、多分、失敗していたと思う。あの頃早乙女は、俺に対して友達以上の関係を望んでいなかった。だから躱されたんだろう。

 早乙女は高校を卒業してから今までの、この俺と会わなかった間で、俺とどうなりたいかを考えてくれた。離れているからこそ、友達を超えるくらいの強い繋がりを求めてくれた。

 だから、俺達の虚しかった半年間も無駄ではなかったんだ。


 夜風が早乙女の前髪を揺らした。

 高校の時より短いから顔がよく見える。

 なんでこの男はいつでも不安そうな顔をしているんだろう。


「なあ、本当に今日このまま帰るの」

「帰るよ」

「……俺の服貸すよ。歯ブラシも多めに買ったし……」

「……まさか、早乙女がそこまでヤりたいとは。ちょっと気持ち整えていい?」

「違う!! バカバカバカバカ」


 早乙女は漫画のように、俺をぽこぽこと殴った。

 可愛い。


「今日はちゃんと帰るよ。早乙女も休みなよ。俺また早乙女の家遊びに行くよ?」

「……」

「大丈夫だって。どこにも逃げないよ」


 それでも早乙女は瞳に不安を滲ませたままだった。


「俺、なんか、まだ熱で浮かれてるのかなってずっと思ってて」

「熱下がってたよ」

「そうだけど。でも、ずっとふわふわしてて、俺、これがまだ現実だって信じてない」


 歩みが止まった。足元を見下ろす。街灯の明かりで伸びた影が、長くどこまでも続いていた。川がそよいでいて、夜風も穏やかで気持ちがいい。そして隣には早乙女がいる。

 確かに、全てが完璧で夢の続きを見ているようだ。


「だから、今度こそ、起きたら全部元に戻ってそうだと思って。起きたら、俺ら、また前みたいな関係に戻ってるかもしれない」


 早乙女はぽつりと呟く。

 家を出るときはあんなに大きな声を出していたのに。


「……から、夢ならもうちょっと引き伸ばしたい。朝起きて水上もいなくなってて、全部夢だったら、俺、立ち直れる気しない」


 ああ、なんて可愛い男なんだ。高校時代は知り得なかった早乙女だ。


「早乙女って、恋人にしたらそんなに可愛いの?」


 どうすればいいのか。

 どうしようもなく、堪らず、早乙女の頬を両手で包む。

 早乙女は頬を染めながらも、不安げに俺を見つめた。


「どうしたら夢じゃないって思える?」

「……キス、してほしい」

「ふはっ」


 やっぱり大胆。

 俺の恋人超めんどくさくて可愛い。

 いいよ、ここでも夢の中でも俺達キスしようよ。

 

 俺が顔を近付けると、早乙女はゆっくりと目を閉じた。




0コメント

  • 1000 / 1000