一宮が変なお菓子食べちゃった

お題︰一宮幼児化


※1は三人称視点、2〜5まで各キャラ視点、6は三人称視点という激キモ構成です

※ゴコイチ本(BOOTHで販売中)に登場するキャラ、七海弦が出ますが、読んでいなくても多分大丈夫です。変な実験が好きな様子のおかしいイケメンです

※陰キャどもの番外編、「漆が変なお菓子持ってきた」の派生ネタです。同じ世界線です。五藤と木闇は一応友達です。そして七海と漆は非公式クラブ「楽しい科学会」で怪しい実験をする人たちです




1


  一宮が園児になった!

 理由は明白、七海弦から貰ったお菓子を一宮が食べてしまったから!


「「「「は?」」」」


 ボン! という漫画のような音を立てて煙が発生し、直後その中から一宮にそっくりな園児が生まれた。

 周りの四人は小さい一宮を見て口をあんぐりと開けた。


「……えっ、あれ? ここどこぉ……?」


 小さい一宮は辺りをキョロキョロ見渡した。さっきまでいたのはお迎えを待つ保育園の一室だったはず。こんなにもお城のような部屋は今まで見たことがなかった。ここは二井の家だった。


 クッキーを食べた途端小さくなった一宮、おまけに記憶まで退行している。これだけで周りの一部は何が起きたか理解した。五藤はこめかみに青筋を立てた。


「だからあれほど他人から貰ったものを食うなって言ったのに……!!」

「信じられない。とりあえず七海に連絡する」


 唯一七海と関わりがある四ツ谷は、憤りを見せながら七海宛てにメッセージを送った。ただ、七海はめったにスマホを見ない。


「は? なんだ、これはどういう……」

「覚えてない? 七海って前に二井に逆惚れ薬飲ませた……」


 二井は目の前の光景が信じられず狼狽えていた。三好は七海と直接関わったことはないが、あの期間間接的に大きな迷惑を被ったことは忘れられない。


「あ、ああ……。……一宮はなんでそんなやつの怪しすぎるモノ食べるんだよ!!」


 二井の怒りはごもっともだった。全て一宮の警戒心の無さのせい。

 そして自分の名前に反応した小さい一宮は肩を揺らし、泣く寸前まで顔を歪めた。突然見知らぬお兄さんから怒られたと勘違いしたのだ。それを見て、三好が慌てて一宮の側に向かい視線を合わせる。


「えっとー……! 突然知らない場所に来て驚いたよね。でも大丈夫。お兄さんたちは怖い人じゃないよ」

「……し、しらないひとと、しゃべっちゃいけないから」


 一宮が声を震わせて呟く。ここにいる全員が今の一宮よりもこの頃の一宮の方がよっぽど警戒心があると感心してしまった。


「あのね、俺達だよ! 俺は三好叶斗!」

「……かなと!?」

「だから、ね、ほら、周りのお兄さんも、いつものみんなだから」

「えー!?」


 三好の発言を聞いた途端、一宮は一気に緊張と警戒を解いて目を輝かせた。それを見て一同にほっとしたけど不安は残った。やっぱり一宮の警戒心はこの頃から変わらない。


「なんでみんなおおきくなったの!?」

「一宮が小さくなったんだよ」

「いちみや……」

「……守くん!」


 この頃はまだ全員がお互いのことを下の名前で呼んでいた。ついいつもの癖で一宮と呼んでしまった三好はすぐさま訂正した。

 

「なんでー!?」

「不思議だよねぇ……」

「えっ、じゃあ、あれは?」


 そう言って、一宮が指をさしたのは四ツ谷だった。自分に視線がいくと思わず、四ツ谷はたじろぐ。


「あれは四ツ谷……天音だよ」

「あまね!? なんで、でっけー!!」


 一宮は四ツ谷の足元まで走って行き、そしてその巨体によじ登ろうとした。四ツ谷は面白いくらいに挙動不審になった。


「こっ、これ、どうやったら戻るの」


 四ツ谷は子どもと接するのが得意ではない。一宮も例に漏れなかった。傍からなんともいえない目線を送ってくる三人に助けを求めた。


「……俺、これと全く同じ状況、木闇から聞いたことあるぞ」


 何かを閃いたらしい五藤が口を開く。


「木闇って……あのジャーマンヤンキー?」

「そう。木闇も、漆くん……? から貰った得体の知らないクッキーを食べたら幼児化したって」

「漆って、二井の亜種ロボットみたいな人?」

「そう」

「俺の亜種ロボット……?」

「それってどうやって元に戻ったの?」

「それは……あの話見ろよ」

「メタい」

「そんなの読んでる時間ないよ」

「俺の亜種ロボットってなんだ……?」


 五藤は気まずそうに視線を逸しながらまごついた。


「だから……そう……キスしたら戻る、らしい」

「は?」

「って木闇は言ってたけど」

「口に!?」

「木闇はデコって言ってた。どこでもいいんじゃない?」


 全員──特に二井と四ツ谷は咄嗟に一宮を見た。当の本人はどうやって四ツ谷の肩までよじ登ろうかと格闘している。四ツ谷は一宮の手を優しく振りほどいてしゃがんだ。


「いちみ……守」

「ん?」

「この中から、一番いいなって思う人選んで」

「お前、そんな聞き方ってないだろ」

「ええー、えらべないよー」

「……そうだよねぇ〜」 


 どこか安心したように、三好は腕を組んでうんうんと頷いた。


「もうちょっと平等に公平にいこ。それぞれと対話して最後に一宮に決めてもらう。文句ナシで、ね」

「……」


 全員が無言で頷く。ここまで緊張感が走る勝負は、これまでにやってきた格ゲーには無かった。






2 三好と一宮


 他の人のガヤやちょっかいが入らないように、と俺以外の全員は別室に移った。チビ一宮は一気に減ったみんなを気にしていたようだけど、宿題をやりに行ったとテキトーに誤魔化しておいた。


 それにしても。


「いち……守くんは可愛いねぇ」


 一宮はきょとんと目を丸くして俺を見つめた。今の一宮をそのまま小さくして、顔のパーツをより幼い配置にした感じ。髪の毛も今より細いからふわっふわだし。

 園児の頃の一宮ってこんなに可愛かったんだ。一緒に成長していったから全然知らなかった。気付いた頃には俺が一番可愛かったし。


「えぇ? おれかっこいいのほうがいい」

「そうだねぇ」

「かなとのほうがかわいいもん」

「えー? 俺可愛いー?」

「うん」

「高校生の俺でも可愛い?」

「うんっ」

「へっへっへ」


 俺の質問にいちいち頷いて答える一宮が可愛すぎる。体に対して頭の比率が大きいから頷く動作も大きい。全力で答えてくれて可愛い。無駄に質問したくなる。


「守くんは俺のこと好き?」

「えー? えへへ」

「えへへへ、なあにー?」

「えへへへへー……すきだよー」

「え〜〜〜〜〜〜へへへへへ」


 もー勝手にチューしたろかな。

 やり場のないこの感情をぶつけるため、一宮のお腹をくすぐった。一宮はケラケラ笑いながらカーペットの上で身悶える。ポメラニアンのようで涙が出そう。可愛すぎて。

 一宮は笑いながら息を整えると、完全に俺に心を開いたのか俺の膝の上に乗ってきた。いやもう、これで俺選んでくれなかったらおかしな話だよ。


「みんなこーこーせなの?」

「うん、みんな高校生だよ」

「じゃあみんなこーこーせになったおれのこと知ってるの?」

「そうだよ」

「じゃあおれおかねもちになってる?」

「お金持ち? うーん、高校生だから、まだそれは無理……かな」


 こんな質問をされるとは。一宮に富豪が夢な時ってあったっけ。


「じゃあ、おかねもちのおとーさんはいる?」

「……え」


 あまりにもイノセントな瞳でそんなことを聞いてくるもんだから、言葉が詰まってしまった。

 いやまさか、こんな雰囲気でここまで答えづらい質問をされるとは。

 一宮は幼い頃からお父さんがいない。確か小学校低学年くらいまでは一宮と一宮のお母さんと一宮のおばあちゃんの三人で暮らしていた気がする。が、一宮の父親という存在を見たことがなかった。この頃にはもう離婚しているんだろう。

 そして、今現在の一宮にも戸籍上父親にあたる人物はいない。


 なんて答える。俺は、こんな小さな子になんて答えればいいんだ……!


「えーあー……。お父さんは、もうちょっと待った方がいいかも」

「えーっ! おれこーこーせになってもおとーさんいないの!?」

「でも、でも、でもね! 守くんのお父さんより楽しくてゴキゲンなお兄さんがいっぱいいるから大丈夫だよ。守くん毎日楽しそうだよ〜」

「おにいさん?」

「俺達のことだよ。みーんないるよ」

「ふーん、じゃいいか」

「いいんだ……」


 意外とアッサリしていた。なんだこの年にしてお父さんへのこの執着の無さは、と思ったけど、確かに思い返してみると、今まで一宮の口からお父さんに関して何か話題が出たことが無かったかもしれない。こんな時から割り切っていたのだろうか。いやでも、一宮の時々見せる大人な男性への強い憧れは、絶対に何かしら因果はあると思う。


「……ちょっと寂しいなーって思ったりしないの?」

「……えー? おもわないよー。だってみんないっしょなんでしょ?」

「うん」

「かなとくんもずっとおれといてくれる?」

「うん、もちろん」

「ならいいよぉ」

「ウッ」


 ニコニコと笑いかけられ、このいろいろと穢れきってしまった魂が消し飛びそうになった。これだけは駄目だと思っていたが、もうお構いなしに一宮を抱きしめてしまう。

 俺は一宮とずっと一緒にいた訳ではない。いろいろとあった。中学に入ってから今まで。だからこそ罪悪感でどうにかなりそう。でも一宮が可愛い。俺に強くハグされてくふくふ笑っている一宮が可愛いすぎる。でも罪悪感。


「……もう俺が守くんのパパになっちゃおっかな……」

「それはいやだ」

「あ、そう」


 それは嫌らしい。






3 五藤と一宮


「ほんとにそら?」

「そうだよ」

「えー……えー!!」


 園児ってこんなに小さかったっけ。

 俺が立っていると一宮の頭部しか見えないので、しゃがんで一宮と目線を合わせた。一宮は照れくさそうにもじもじしている。


「なんでそんなにかっこよくなったの?」

「俺かっこいい?」

「うん」


 こくこくと頷く。小さい子特有の、照れを隠せてない笑顔で。あまりにも可愛いので頭をわしゃわしゃと撫でると、一宮は着ていた服の裾をぎゅっと握った。


「おれもそらみたいになりたい」


 昔から時々言ってくれてたけど、まさか園児の一宮からも言われるとは。こいつ、この頃から俺の顔好きなんだな。


「こーこーせのそらもモテモテ?」

「モテ……いや、どうかな。制限かかってるし……」

「さっきねーそらでケンカになったんだよ」

「さっき?」

「おむかえであそんでたんだけどね」


 この時間帯だと、お迎え待ちだったんだろう。一つの部屋にいろんな園児が集められるので、普段遊ばない子とも遊ぶ日もあった。


「おうちごっこでー、ほのちゃんとまゆちゃんがそらくんのおよめさんになるって」

「二人?」

「うん。でもねうわきってだめなんだよ」

「よく知ってるな」

「だからどっちがそらくんのおよめさんになるかケンカしてた」


 ……なんか、この話覚えがあるぞ。確か……。


「それ、どっちが勝ったの?」

「え、おれがそらくんのおよめさんになるから、ほのちゃんもまゆちゃんもちがうよってゆって、おわった。おれのかち」

「ハッハッハッハッハッハ」


 笑いが止まらない。

 そうだよな……。あの頃の一宮って俺と結婚できるって疑わなかったよな……。結婚を一生一緒の誓いか何かだと思っていた。


「はー……。それさ、高校生の守はもうそんな約束覚えてないんだよ」

「なんで?」

「なんでだろうな。時々その話しても、え? って顔されるんだよ。俺悲しくてさー……」


 泣き真似をしながらチラッと一宮を見ると、園児ながらに気まずそうな顔をしていて笑いそうになった。こんなお兄さん駄目だな。


「だから、守はその約束覚えててくれる?」

「うん!」


 一宮は元気な返事をし、俺が何を言わずとも、あまりにも小さい小指を立てた。俺も小指を伸ばし、絡めて指切りをする。一宮は満足そうに頷いた。


「おれやくそくまもるよ。そらのおよめさんになって、そらのふようにはいって、いえのことして、そらがしごとからかえってくるのまつね」

「待って、そんな言葉どこで覚えた?」

「え? そらがおしえてくれた」

「……俺がそんなこと言ってたの?」

「うん」


 これを教えた俺も……この一宮と同い年だよな……?


「それどういう意味かちゃんと知ってる?」

「うん。おうちごっこは、おれがせんぎょうしゅふになったよ」

「せ、専業主婦……」

「そらはー、これとってとかー、あれやってとかー、なにゆってるかわかんなかった」

「……ん?」

「おれわかんないっておこっちゃったんだけど、そしたらね、そらがね、だれのおかげでせいかつできてるんだってゆってたんだよ。いみわかんねー」

「ド亭主関白じゃねえか」


 俺って……昔からそういう感じなんだ……。






4 四ツ谷と一宮


 一宮にされるがまま、あれよあれよという間に、俺は仰向けになって横になった。

 そして、仰向けになった俺の上に、ト○ロのあのシーンのように、一宮が登ってきた。腹の上で寝転がり、興味深そうに俺の顔をじっと眺める。


「ときねくんじゃないの?」

「あまねです。マジでそれだけはやめて」


 この一宮が言う時音は、俺の兄貴だ。

 もしかするとこの頃の一宮からしたら、今の俺は兄貴そっくりということか。嫌すぎる。整形させてくれ。


「ほんとにほんとにあまね?」

「そうだって」

「ほんとにこんなにおおきくなるの?」

「なるよ……なったから今こうなってんだよ」


 俺だってここまでデカくなるのは想定外だった。


「あまねおれよりちっちゃいのに」

「そうだったね」


 この一宮が疑うのも無理はない。小2くらいまでは一宮よりも背が低かった気がする。この小ささから見たら俺なんて巨人だろうな。だから今倒木にされてるし。


「そっちの俺ってどんな感じ?」

「そっち?」

「保育園の俺」

「んとねー、あまねはねー、ぜんぜんしゃべれないから、おれらとじゃないとしゃべれないからねー、おれがまもってあげてるんだよ」

「ふ……」


 そうだったな。身長が一宮を越してもこれは成長しなかった。特に園児の頃なんて、まともに他人と話した記憶がない。担任の先生すらも。あいつらとしか話さなかったし、誰かと何かをやりとりしないといけない時は、間に一宮が入っていた。多分俺がお願いしたわけではないと思う。一宮は昔からおせっかいだった。


「こーこーせのあまねはもうだいじょうぶなの? ケンカばんちょう?」

「喧嘩番長……? そう思う?」

「うん。なんかねこわいし、つよそう」


 一宮は短い手を伸ばし、俺の耳たぶを触った。ピアスの感触を確かめている。くすぐったくて笑いそうになる。


「こーこーせのおれってね、あまねのことまもってないの?」

「……そんなことないよ。なんかね、ずっと頑張ってるよ。俺らのために」

「そーお?」

「うん。それが鬱陶しい時もあるし勘弁してくれって思う時もあるけど」

「?」


 きょとんとしている。意味が分からなくて当然だ。別に分かるように言おうとも思わない。でも一宮はニュアンスで読み取ったようだ。


「あまねイヤだった?」

「今はイヤだって思う時もあるけど、保育園にいる俺ならなんにも思わないんじゃない?」

「えーでもー、なんかねぇ、ぜんぶやってあげるとね、ゆうこせんせーにさー、あまねくんはひとりでできるよってゆわれるんだよ」

「ゆうこ先生はそう言うだろうね。でも俺は全部誰かにやってほしいって思ってるよ」

「おれがやっていいの?」

「いいよ」


 知らんけど。


「守は俺のどんなこと手伝ってるの?」

「あのー、てあらうのとか、ふくきがえるのとか、きゅーしょくたべるのとか、おにわいくのとか、おひるねとか、おゆうぎかいのすずとか、せんせーにさよならってゆうのとか」

「俺ヤバ」


 全部じゃん。保育園児ができること全部。園児に保育されてたの?


「流石に自分の怠惰さが怖くなってきた。多分俺自分でできることたくさんあるからちょっとはやらせよう」

「いいの?」

「いい。思ったよりヤバかったから。絶対手洗いとか寝るとか自分でできるだろ。甘えすぎ」

「ん……」


 自分のクズ人間っぷりにどこかで拍車をかけなければ。かけるとしたら、絶対にここだろ。あと普通に一宮が可哀想。

 でも提案してみても、一宮は浮かない顔をしていた。


「……おれ、ひとりでねほいくえんのパズルできるよー」

「すごいじゃん」

「でもねー、こたろーがさー、いっしょにやるとさー、おれイヤになるんだ。ひとりでできるもん」

「ああ……そうだね」

「あまねもおれがいっしょにやるのイヤだったかな」


 自分が嫌だから同じような状況の俺も嫌かもしれないと。自分がされたら嫌なことは他人にもするなという教えを守っている。今の一宮より賢いんじゃないか。


「俺は嫌だって思ってないと思うよ」

「なんでぇ?」

「多分……そうだね……、そう……、それが嬉しいから」

「うれしい?」

「それが一宮だからね。みんな一宮の懐で守られてるよ」

「むずかしくてわかんない」

「ごめん、俺小さい子と話すの苦手だから」

「じゃおれのことニガテ?」

「意外と大丈夫」


 俺の言葉を理解しているのかしていないのか、一宮は満足そうに笑った。

 笑い方今と全然変わってないな。

 唐突に、柔らかそうな髪の毛に触れてみたくなって撫でてみる。一宮は目を細めて俺の手のひらを受け入れた。


「え」


 数回手を往復するうちに、一宮は完全に目を閉じてしまった。ゆるやかな寝息が聞こえる。この一瞬で。傍から見たら俺が寝る時もこれくらい唐突なんだろうか。


「この状態で……」


 そろそろ肺が苦しい。誰か助けに来てくれるだろうか。俺が今起こすのは忍びない。

 起こさないようにゆっくりと息を吐いた。いっつも俺が先に寝るばかりだから、変な感じだ。


「ていうかもうちょっと警戒心持てよ」


 こいつは、俺のことを本当に未来の四ツ谷天音だと信じて疑わず、安心しきって眠っているのか……。


「……」

 

 幼い寝顔を見て、なんとも形容しがたい気持ちになった。

 疲れた。早く元に戻ってほしい。






5 二井と一宮


「こたろーなんでそんなはなれてるの?」

「いや、ちょっと」


 一宮は部屋の隅、俺はその対角にいる。

 この頃の一宮ってどうすればいいんだ。

 どう対応すればいいんだ。

 何を話せばいいんだ。

 俺が近付いてしまっていいものか。


「んねー」

「お、」


 一宮が3歩ほど俺に近寄ってきた。反射的に俺も逃げてしまう。


「なんでー!」

「いやいや」


 追いかけ続けられるので、こちらも逃げ続ける。

 一宮はただ追いかけるのが楽しいのか、ケラケラと笑いながら走っていた。

 俺は……ただ距離感を保って対話したいだけなのに……。


「こたろーまってー!」

「そっちが止まったら俺も止まるから!」


 未だ笑い叫びながら走っていた一宮だったが、突然バタン! とカーペットに倒れる音が響いた。床につっぷして、一瞬ぽかんとしたような表情をする。あ、と動揺している間に、一宮はぐしゃぐしゃに顔を歪めた。


「う、う……」

「ああ……」


 ヤバい。泣くやつだ。

 構えていると、予想通り一宮は大きな声で泣き喚いた。ああ〜……。

 とりあえず一宮の側に寄ると、一宮は泣きながら俺にしがみついてきたので、流れのまま抱き上げてしまった。小さい手で俺が着ているワイシャツをぎゅっと握りしめられ、一瞬心臓が止まりかける。


「ンッ……、だい、だいじょうぶか」

「ん」


 大丈夫ではなさそうな声色で、一宮はこくりと頷いた。そして、びしょびしょに泣きながら俺の顔を見上げて一言呟いた。


「なんでメガネなくなったのぉ……?」


 そこ?

 ちょっと笑ってしまった。


「嫌か?」

「ううん。ちょっとびっくりしたけどね、かっこいい」


 涙は止まっているが、しゃくり上げながらそんなことを言われてしまい、思わず一宮の背中を激撫でした。父性が……。


「コンタクトをしているからメガネは掛けていないんだ」

「こんたくと」

「よく目が見えるように、薄くて柔らかいレンズを目に入れるんだ」

「めに……いれる……」


 一宮は口を歪め、眉をひそめた。


「いたくないの?」

「大丈夫だ。コンタクトをしている子は小学生でもいる」

「おれしょうがくせいになったらこんたくとする?」

「一宮は今の所ずっと目がいいからな……コンタクトは付けてないな」

「あのね、そうだよ、おれめがいいからねほいくえんのパズルひとりでできるよ」

「へえ、すごいな」

「こたろーはねー、メガネとったらね、せんせいのえほんみえないって」

「俺、その頃からそんなに目が悪かったのか?」

「こんたくとだったらメガネもういらない?」

「そんなことはないかな。コンタクトを外したらメガネ掛けないと何も見れないし」

「なんでずっとメガネじゃなくなったの?」

「それは……えっと……、メガネ外したほうがかっこいいんじゃないって、言われたから」

「そなの? ゆうこせんせー?」

「いや、ゆうこ先生はそんなこと言わない」

「んじゃこたろーのママ?」

「いや……ママじゃなくて……」


 なんだこれ、恥ずかしいぞ。


「……俺の好きな人」

「えーっ! おれ?」

「ンッ!?」

 

 え。こいつ今何を。


「な、なんでそう思ったんだ」

「だってね、こたろーね、きょうまなみちゃんにすきってゆわれてたんだけどね」

「は、はあ」

「そしたらー、こたろーはね、まもるがすきだからごめんなさいってゆってたよ」

「……ッ」


 おい、俺、そんなに昔から……!!

 自覚していなくても、そんなことを……。


「こたろーかおあかい? ねつ?」

「いや……大丈夫だ……。そ、それより、もう痛くないか?」

「うん。もういたくないよ」

「そうか。偉いな」

「んふふ」


 さっきまでの涙はどこへやら。すっかり元気そうだったので、抱き上げている一宮を床に下ろそうとした。すると、一宮は床スレスレで足をジタバタさせた。


「んーっ!!」

「えっ」

「おろさないで!!」

「お、おお、……はい……」


 凄まじい叫びだった。このまま下ろせばまた泣かれるのは予想に容易かったので、言われるがままもう一度抱き上げる。すると今度は絶対に離さないと言わんばかりに、一宮の短い腕が俺の首に回った。

 父性が暴れて血管が切れそうだった。

 こんなに可愛いくて危なっかしい存在が、よく高校生まで生き残れるものだ。


「んふふ、たかーい」


 一宮はコロッと機嫌を戻した。笑いながら床を見下ろしている。


「おれもこーこーせになったら、こたろーくらいおおきくなってる?」

「そ、そうかもな」

「おれこーこーせになってもこたろーといっしょにいる?」

「ああ」

「ほんとに?」

「本当だ。どうしてそんなこと聞くんだ?」

「……あのねー、だって、こたろーね、もうちょっとでひっこすんだよ。しょうがくせいになったら、ちがうおうちってゆってたよ。ひっこしなくなったら、こたろーずっといっしょかな?」

「そうか……」 


 そういう時期だったか。

 俺と一宮は昔、同じ市営住宅に住んでいた。それも向かい合わせの部屋で。引っ越すと聞かされた時は、流石に俺も信じられないくらい泣いた記憶がある。


「引っ越すことは変えられない。今俺達がいるこの場所が引っ越した先の家だ」

「え!? こたろーおしろにすむの?」

「城じゃない。普通の家だ」

「えー……すごーい……」


 城……、に見えるのか。確か、俺の家に初めて遊びに来た一宮も同じような感想を言っていた気がする。


「んじゃね、おれこたろーとバイバイする?」

「いや、バイバイはしないぞ。俺とお前はずっと一緒にいる」

「ほんと?」

「ああ。毎日一緒に学校に行くし、毎日お昼ご飯も一緒に食べている。帰る時も予定が会えば一緒に帰るし、休みの日はよく一緒に遊ぶ。保育園にいる時とあまり変わらないかもな」

「……やったぁ!」


 一宮は俺の首に回した腕に力を込めた。

 引っ越しの日、俺は信じられないくらい泣いていたけど、一宮だってマンションの壁にヒビが入りそうなほど泣き叫んでいたのは覚えている。

 この言葉で少しでも強くなれるといいけど。


「じゃあおとなになってもずっといっしょがいいねー」

「……本当にな。俺はそのつもりなんだけど……」

「つもり?」

「俺はそうしようと思ってるってことだ」

「ほんと? じゃあおれこのおしろいっしょにすんでいい?」

「勿論是非」

「えへへー、こたろーかおこわーい」


 どうか、一宮がこの約束をずっと覚えていますように。






6


 かくして、四人+一宮はもう一度一つの部屋に集められた。


「ということで、誰か一人選んでほしいんだけど」


 三好が一宮に尋ねたが、勿論一宮は首を傾げた。


「えらぶ?」

「お話して誰が一番楽しかった?」

「え? うーん……。みんな!」

「じゃあ、誰が一番可愛かった?」

「おい! コントロールするな!」

「そんなつもりないんだけど。じゃあ、誰が一番かっこいいと思った?」

「……そんなことで選ばせないでよ……」

「えらばなきゃいけないの?」

「はい」

「ええ〜……」


 全員の視線が一宮に集中する。一人残らず子どもに向ける表情ではない。一宮も空気を読んで、真剣に誰が一番かっこいいかを悩んでいた。


「あっ、えっとね、んじゃ──」


 一宮が何かを言いかけたところで、リビングの扉がバァン!! とけたたましい音を立てて開け放たれた。一同、驚きながらそちらを向く。


「一宮くんっ!! 小さき命に戻られたとは本当ですかっ」

「は!?」


 一番に反応したのは四ツ谷だった。

 突然現れた不自然極まりない人物は、七海弦だった。

 全員が目を丸くして七海を眺める。


「おいっ!?」


 七海は、物凄い勢いでズカズカと一宮に駆け寄る。この家の人間、二井はこの不審人物にただただパニックになっていた。


「こいつ誰だ!?」

「例の七海。……あ、そうか……。俺が七海に連絡したんだった……」

「お前、俺の住所コイツに勝手に教えたのか!?」

「いや、流石に教えないって。なんで七海はここに一宮がいるって分かったの……」


 そんな会話はお構いなし。七海は目の前の小さくなってしまった愛しい恩人の前で勢い良く五体投地をした。


「あああああ一宮くんっ……おおお……かっ、可愛いっ……小さいっ……ただでさえ小さかったのにっ……、こっ、こんなに……こんなにもっ……握りつぶしてしまえる……!!」

「おい……」


 直接の面識はないが、五藤は七海の体に容赦なく蹴りを入れた。七海はそれに一切反応しない。


「一宮くんっ」

「だ、だれぇ?」


 七海は顔を上げ、一宮の小さい手を握った。一宮は怯えながら七海を見下ろす。


「七海弦です。ああ、まさか『礎』の一宮くんに出会えるなんて……光栄です……!」


 言葉が何も分からず、一宮はただ困惑しながら七海を見つめていた。そんなことよりも、七海は小さい一宮に見つめられているこの状況に興奮していた。


「いやもう♡ 本当に可愛いんですから♡」

「ぅ」

「……ちょっと、七海」


 七海は人差し指を一宮の頬に優しく指した。一宮はあまり驚いていない。何故なら、日頃から母親に揉まれているから。相手が不審者とはいえ、この行動には慣れてしまっていた。

 そして、それを冷たい目で咎める四ツ谷。四ツ谷だけはなんとなく嫌な予感がしていた。


「なんですかこの頬は♡ ンンン勘弁してくださいよ食べちゃいたくなるじゃないですか」


 ……と、言いきった束の間、七海は本当に一宮の頬を食んだ。たわむれのように、軽くパクっと。


「は」


 そして、すぐさま爆発音が鳴り、二人の周りに煙が充満した。

 全員の思考がまとまる前に、煙の中から一宮が顔を出す。

 見事、元の高校生の一宮に戻っていた。


「ん……? 俺、今何を……?」


 幼児化している間の記憶は保持されない。一宮は今まで自分が何をしていたか思い出せずポカンとした。

 クッキーを食べようとしたことだけは覚えている。ただ、その後が全く思い出せない。しかも、何故か部屋が煙たい。

 そして、周りの全員の視線が床に向いている。しかも怒りを纏っている。

 一宮も自然とそちらを向いた。

 七海が伸びていた。


「えっ、なんで七海くん!? ここ二井の家なのに!? あれ、俺呼んだっけ!? え!? てかなんでそんなにボコボコなの!?」

「あら、高校生の一宮くん……♡」

「はい!?」


 七海は、煙が舞っている間に五藤にボコボコにされていた。それなのに、一宮と顔を合わせた途端溶けるように笑った。一宮は本能的におぞましいと感じたが、今更だった。


「そうか、俺の目覚めのキッスがトリガーで……♡ あ痛っ、ちょ、四ツ谷くん、髪の毛引っ張るのやめてください」

「ええ……? 何……? ごめん俺寝てたの? 何があった?」

「思い出さなくていいよ、ほんとに」

「え、教えてよ、なんで七海くんがここにい──」


 せめてこの家の住人は答えてくれと、一宮は二井の方を向いた。が、言葉は続けられなかった。

 二井がぷるぷる震えながら、顔を真っ赤にして涙を堪えていた。


「え?」

「こいつはなんなんだ!! この狂った男は!! おっ、おれっ、俺ですらっ……! まだなのにっ……!!」

「え?」

「なんでこんなどこぞの馬の骨にっ……!!」

「え?」


 二井が叫び、七海の胸ぐらを掴んで腕を振り上げた。そして、それを三好が咄嗟に引き止める。


「二井ダメだって! 五藤が殴るのと二井が殴るのは全然違うから! なんか重さが!!」

「だってこいつ!! だって!!」

「あーあーあー! 分かったから! もう十分殴られてるじゃん! ね! 二井ルートだってそのうち書かれるから!」

「メタいって」


 三好は荒れ狂った馬を宥めるように二井を説得していた。胸ぐらを掴まれたままの七海は、能天気にも二井と軽い挨拶を交わそうとした。この期に及んで。 


「あ、二井くんと直接話すのははじめましてですよね? 俺、一宮くんに命を助けられた鶴の七海弦です。是非一宮くんラバーズ同志として仲良くしましょう! ではお近づきの印に楽しい科学会お手製のクッキーを」

「おい四ツ谷こいつをつまみ出せ! 不法侵入だ!!」

「はい……流石にごめん……」

 

 四ツ谷は七海の首根っこを掴み、そのままずるずると玄関に引きずって行った。

 無駄な抵抗はしなかったが、去り際、「それではみなさんまた」「一宮くん、初体験をありがとうございました」とだけ溌剌と口にした。


「二度と話しかけてくるな!!」

「怖っ」


 一宮は事の顛末を知らないので、七海にブチギレている二井がただただ怖かった。二井は特別柔和な訳ではないが、普段から理性的で滅多にキレたりしない。ここまでブチギレているのはかなり久々だった。


「二井をここまで怒らせられる七海くん何?」

「七海って誰だ?」

「もう忘却の進行が……」


 その後、一宮が他のみんなに聞いて回っても、全員が静かに首を横に振るだけで、誰一人として何があったかを答えてくれなかった。


 一宮はこの日のことを『二井がガチギレした日』として深く記憶に刻んだ。それ以上のことがあったと言うのに。



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