my lead is yours, your world is mine.


お題:サイコな攻×必死に咎める受  




1


 俺の今までの人生の話をするのなら、同時に立石真生の話をすることにもなる。俺の人生は真生くんと出会ってから始まったと言っても過言ではない。というか、それ以前の記憶はほぼ無い。思い出す価値もないくらい楽しいことは無かった。


 ツヤツヤのランドセルを背負い、新品の制服に身を包み、これからの学生生活に希望を抱いていた小学生の頃。明確なタイミングがあった訳ではないけれど、気付いたら俺はクラス中のいじめの対象になっていた。

 理由の方は明確だった。発育が遅くて女子と比べても一番身長が低かったし、足も遅かったし、おまけに給食を食べるのがめちゃくちゃ遅かったから。

 昼休みに入り、昼掃除のために全員分の机が教室後方に下げられた中で、一人孤独に給食を必死に食べる小さい男の子。これが、周りの男子達から揶揄われないはずもなく。

 俺に見せつけるように悪口を黒板に書かれたり、俺の邪魔になるように教室でボール遊びをされたり、俺の食べてる様子の実況中継をされたり。

 どうしてもそんな空間から抜け出したくて無理矢理給食をかき込んで、吐きかけたことも何度もあった。それすらも格好の餌食になっていじめっ子達のネタになった。

 嫌な思いをしてきたのは給食の時間だけではないけど、俺は特に給食の時間が苦痛で苦痛で仕方がなかった。


 そんな日々がやっと止まったのが、小5の時だった。

 隣の学校から、男の子が転校してきた。

 この地域は、大きい企業の本社や各支店・支社が多いため、家の都合で転校する子や逆に転校してくる子がいるのは珍しくない。

 ただ、隣の学校から転校してくるというのは聞いたことがなかった。


 その珍しいパターンで転校してきた子こそが、立石真生だった。


 先生に連れられて教室に入ってきた時、クラスのみんなが圧倒されたのを覚えている。

 なんせ体がデカい。小5にして、既にランドセルが不釣り合いなほどだった。そして、髪の毛の色が所々抜け落ちていて薄い。自分でカラーリング剤を使ったと言っていた親戚のお姉ちゃんの髪の毛に似ていた。

 あとは、堂々とした態度。緊張もしていなければ、にこやかでもない。まるで査定するかのようにクラス中を見渡して、流れで自分の名前だけ黒板に書いた。カタカナで、タテイシマオと。

 彼は先生に指示され、空いている席に座った。それは奇しくも、通路を挟んで俺の隣だった。これが後々俺達の人生を左右することとなる。


 俺はその日も、昼休みに突入しても給食を食べていた。いじめっ子達が体育館に遊びに行く前に、ついでに俺を揶揄っていくのもいつもと同じ。

 ただいつもと違う点が一つだけあった。

 通路を挟んで隣に座っている彼が一切動かず、真横を向いて俺の食事風景をじっと眺めていた。理解不能な行動に、緊張していつも以上にご飯が喉を通らない。比較的飲みやすいコンソメスープですらもほとんど残っていた。

 すると、いつも以上に食べ進めるのが遅いと気付いたいじめっ子達が、俺の側に来て、トレーの上からコッペパンを手に取り、それを細かく千切ってスープの中に入れ始めた。


「ほら、手伝ってやる」

「鯉みたいに食えよ」


 ケラケラと笑い声が教室に響く。情けなさと、転校生にこんな所を見られてしまったという羞恥で、俺は何も言えなかったし動けもしなかった。

 いじめっ子達は、転校生に顔を向けた。


「こいつさ、学年で一番小さいんだよ。女子より小さいんだよ、男じゃないよな」


 惨めすぎて体が震えた。でも俺は動けなかった。今までで一度も、まともに歯向かえたこともなかった。急いで食べた訳でもないのに、吐いてしまいそうだった。

 俯いて、ただこの人達がどこかに行ってくれるまで耐えるしかない。


 が、俺はこの直後、顔を上げざるをえなかった。否応なしに、反射的に。

 物凄い音がしたのだ。

 俯いた先にあった俺の給食がまるまる視界から消え、そして1秒もたたないうちに、あり得ない音が聞こえた。

 バシャッとか、バンッとか、カランカランとか。


「……は?」


 声が聞こえた方に顔を向けると、そのいじめっ子は、顔や服が汚れていた。コンソメスープの具材が服に張り付き、足元にはメインの食材や千切りかけのコッペパンが落ちている。そして、その横には牛乳パックやお皿やお箸が。

 恐る恐る転校生を見る。

 配膳用のトレーだけ持って、瞳孔をガン開きにしながら、給食に塗れたいじめっ子を見ていた。

 水を打ったように、静まり返る教室。

 机の上から無くなった俺の給食。


 もしかして。

 もしかして、今、彼は、俺の食べていた給食を、トレーごとひったくって、こいつにぶちまけたのか。


 あまりの状況に、誰も何も言えなかった。

 ただ一人、給食をぶちまけられたいじめっ子だけは、顔を真っ赤にしながら体をぷるぷると震えさせていた。

 その後ろにいた別の子は対照的に顔を真っ青にし、ようやく口を開いた。


「な、なんで」


 転校生は落ちたコッペパンを拾い、それを千切って、その子の口に無理矢理ねじ込んだ。

 俺は呼吸することも忘れてそれを眺めてしまった。

 怖すぎる。


「俺んちな、」


 転校生はイライラした様子で口を開いた。


「まともな食べ方する人いないんだよな。だからキレーにご飯食べる人見るの大好きなんだよ。俺が見てたやつ勝手に止めるのやめてくんない? マジでウザかった」


 唖然。

 いや、俺は今お前のせいでその食事を続けられなくなったんだけど。

 訳が分からない。たったそれだけの理由で、衝動的にこんなことを?


「……っ、う、うあああああ!!」


 給食塗れのいじめっ子はプライドがズタズタにへし折られ、号泣しながら、癇癪すら起こしながら職員室に逃げて行った。

 転校生は何も言わない。床にぶちまけられた皿やご飯を拾おうともしない。なんてことなかったかのように、もう一度自分の席に着いた。

 そして数分後、慌てたように担任が現れ、転校生はそのまま職員室に連行された。それ以降の授業には転校生は参加しなかった。午後分の時間を使って、みっちりいろんな先生から怒られたらしい。転校してきて初日なのに。なるほど、彼が隣の学校からわざわざ転校してきた意味をようやく理解した。きっと前の学校で問題を起こしたからだ。


 放課後、転校生の外靴がまだ下駄箱の中にあるのを確認し、俺は職員室の前で待機した。16時頃になって、転校生はやっと職員室から出てきた。どんな顔をしているのかと見てみたけど、泣いてもないし、げっそりもしていなかった。ただ、普通の表情。

 そんな彼は廊下で待ち構えていた俺を発見した途端、少しだけ驚いたような目をした。

 彼の歩くスピードに合わせ、俺も隣を着いて行く。


「何?」

「ありがとう、ちょっとスッキリした。ちょっとって言うか、かなり」

「え?」


 どこに驚いたのか、彼は歩みを止めて俺を見下ろした。


「もう俺の味方なんて誰もいなかったから、嬉しかった」

「……いや、別にー」


 照れくさそうに呟く。怖い一面しか見ていなかったから、この反応は意外だった。案外会話はできるらしい。


「給食の時、お前いっつもあんな感じになるの?」

「うん」

「じゃあ明日も横で見てていい?」

「俺が食べるの?」

「うん」

「いいけど……変なの。でももうあんなことしちゃ駄目だよ。給食センターの人に失礼だから」

「うん、分かった」

「あとお前じゃなくて風太って呼んで」

「フータ」

「うん。えっと、真生……くん」

「へへ」

「助けてくれてありがとう」


 俺の友達になった真生くんは、年相応にあどけなく笑った。






2


 それからは、真生くんが俺にひっついて行動するようになった。

 真生くんが転校して次の日には、真生くんの噂は学校中に回っていて、いじめっ子達をも凌駕するやべーやつと恐れられた。

 それにともなって、俺はいじめられることがなくなった。常に横に真生くんがいるから。

 やっとできた俺の友達は、手のつけられない番犬のような、守護神のような、それでいて疫病神のような男だった。


 俺の給食ぶちまけ事件から、真生くんは多分おかしな人なんだろうなという予想はついていたが、一緒に日々を重ねるごとに、真生くんのヤバさは輪郭をはっきりさせていった。


 まず、かつてのいじめっ子達が未練がましく俺を睨んできたら、真生くんはそれを睨み返す……なんて可愛いことはせず、そいつらの元まで歩いていき、普通に両目を潰そうとした。自分の指先を2本使って、ぐいっと。

 幸いそいつらは反射的に目を固く瞑ったので大事には至らなかったけど、十分なトラウマを与えた。それ以降は、本当に、一切、俺へ嫌味な態度を取ることがなくなった。

 後になんでそんなおっかないことするの、と聞くと、「風太が睨まれてウザいから」と答えた。


 真生くんのこの態度は全年代共通だ。

 雨の日に歩道を歩いていて、走行車から思いっ切り水しぶきを受けて体がびしょ濡れになった時は、咄嗟にその車を全速力で追いかけて、その時持っていた上履きが入った袋を車体に投げ飛ばした。真生くんは運動神経がいいので、その袋は見事に車のリアガラスにぶつかった。割といい音がした。

 その後のことは……思い出したくもない。車から飛び出てきたそのドライバーに、俺がただ平謝りしていた気がする。

 なんでこんなことをしたのか聞くと、「風太が水ぶっかけられてイライラしたから」と答えた。


 中学生になってからは、真生くんの行動はもっと苛烈になった。

 俺に日直の雑用を押し付けてきたクラスメイトは、翌日何故か右手の指3本ほどに包帯を巻いていたし、体育祭の練習中、俺の水筒のお茶を間違えて飲んだ隣のクラスの子は、練習後、自分の水筒が誰かに壊されたと嘆いていた。

 極めつけに、階段ではしゃいでいた男子生徒達が俺の肩にぶつかった直後、真生くんはそいつらを背後から突き落とそうとした時もあった。

 ここまでくると、俺も危機察知能力がかなり高くなっていたので、それが実行される前に真生くんの手を止めることができたけれど。

 流石に洒落にならない。笑い話にもならない。真生くんのあまりの凶暴性に涙目で咎めると、真生くんは「だって風太が危なかったから」と答えた。


 まただ。

 何回やればいいんだ。

 俺を理由に、どれだけ危険なことをするんだ。

 こいつは、もしも俺が途中で止めなかったら、一体どれだけの非行に走ってしまうんだ。

 何かが起こってしまう前に、俺が止めないと。

 じゃないと、こいつはまともに社会で生活していけないかもしれない。


 そう決心してから、俺は真生くんに今までよりもちゃんと説教するようにした。


「俺が睨まれても攻撃しようとしない。せめて睨み返すくらいにして。俺が誰かに雑用を押し付けられても、暴力で反撃するんじゃなくて、俺のこと手伝って。誰かと肩をぶつけても無視して。相手もわざとじゃない時がほとんどだから」

「でも」

「でもじゃない」

「だって、あいつら風太に肩ぶつけたこと気にもしてない。そのままにしておくなんてモヤモヤする」

「モヤモヤで人を突き落としていいわけあるか」


 真生くんは不満そうにふてくされる。

 相手が負傷するのをなんとも思っていない。


「なんでそんなに手と足が先に出るんだよ……言葉で伝えようとしろよ」

「だって、言葉なんて価値ない。伝えようとしても、どうせ俺が思ってること伝わんないし、それなら動いた方が早いしスッキリする。言葉意味ないもーん」

「オイ、開き直んなよ」


 だから、昔から突発的に力に走るのか。普通の人なら会話をしようとして口が開くそのタイミングで、真生くんは体の方が先に動いちゃうのか。なるほど。


「例えばさ、俺が真生くんと肩をぶつけたとするだろ? わざとじゃなくって、たまたま。で、俺がそれに腹を立てていきなりお前のこと突き飛ばしたらめちゃくちゃ嫌だろ?」

「うん。そんな風太見たくない」

「だろ。俺もそうなんだよ。誰かに暴力的な真生くんは見たくない。俺にされたら嫌なこと、他の人にもしたら駄目だから」

「うん」

「ちょっとズレてんだよ。俺がなんかされたから仕返ししたいっていう、その優しさはありがたいんだけど。でもその優しさはそういう使い方しないで。真生くんの優しさはもっと優しく扱ってほしい」

「……うん」


 真生くんはしおらしく返事した。


 絶対、確実に、もっと幼い頃に受けないといけないはずの教育を、俺は思春期の長い期間をかけて真生くんに説いた。並大抵の難易度ではなかった。警察のお世話にならずに高校進学まで真生くんを見守ることができた自分のことを褒めてあげたいくらいだ。


 そして、現在俺達は高校2年生。

 あの頃の一触即発な真生くんに比べれば、随分マシに、人間らしくなった、気がする。






3


「なんで、前の時は俺がやった。俺一人で持って行った」

「そういう時もあるだろ。でもほら、渕田さん一人で持って行って可哀想だろ。重そうだし」

「じゃあ俺も前の時可哀想だった」

「お前は可哀想じゃねえよ。男だもん」

「男女差別!」


 とある日のお昼休み。俺と真生くんは口論していた。

 真生くんはこのクラスの社会係で、教科担任に指示されたため昼休み中にクラス全員の歴史のワークを職員室に持って行かないといけない。そして、それをもう一人の係の子、渕田さんが一人でやっている。真生くんは、重そうなワークを運ぶ渕田さんの背中を見送るだけだった。どうやら、前回は真生くんも一人で荷物を持って行ったから今は無視しているらしい。


「手伝ってやれって」

「いいじゃん。俺前一人でやったから、渕田さんも今日一人で持ってく。何が駄目なの?」

「真生くん、なんか……そういうのやめよ。お前だって社会係だろ。そういう損得は考えないの。今回手伝ったら、またどっかで渕田さんが手貸してくれるかもだろ? そーやって社会は回ってんの」

「俺ら高校生だし」

「社会人じゃなくても、高校の中だって社会はあるよ。朝登校して、挨拶して、授業受けて、グループ作って勉強して、話し合って、日直とか係とか決められたことやって、宿題して、校則守って……全部社会な」

「風太、うるさい」

「コノヤロ」


 俺と真生くんが言い合う中、俺の横の席を借りて座っていたクラスメイトの山崎は、またかよという表情をしながらお弁当に箸をつけた。


「じゃあ逆に、真生くんが一人でクラス全員のワーク持って行ってる時に、山崎とか他のみんなに半分持ってもらったら嬉しいだろ?」

「別になんとも思わない」

「コノヤロ……」


 勝手に例題に出されて勝手に否定された山崎は真生くんを睨んだ。


 はあ。これだからな。


「……じゃあ、俺が半分持ったら嬉しいって思うだろ」

「思う」

「……な、そういうこと。だから、俺が真生くんにしてたら嬉しいことは、他の人にもやってあげてって話」

「うん」

「俺が重い荷物持ってたら半分持とうとするだろ? それと同じことを他の人にもやってあげてって、話」

「……分かったよー」


 渋々、渕田さんを追って廊下に出ていく真生くん。

 山崎が呆れたような、同情するような目を俺に向ける。


「言わんとすることは分かるけどさ……お前があいつに諭すようなことじゃなくない? 毎回こんなこと説教垂れてたらお前ストレスで胃に穴空くって」


 分かる。というか俺は既に何度も真生くんが生んだストレスをこの体で受け止めてきた。俺が真生くんの代わりに謝り倒すたびに、いつか禿げるとは思っていた。


「……真生くんは甘やかしちゃいけない。俺がちょっとでも甘やかすと、この先社会に馴染めなくなる」

「大げさじゃない? それこそ風太が考えることじゃないって。それに真生を根本的に『優しい人間』にするのは無理がある」

「そうだけどさ」


 一度真生くんをどうにかしようと決心した身だ。今更諦められない。


「別に偽っててもいいんだ。本心から起こす行動じゃなくてもいいし。俺にそう教えられたからって理由で偽善的な行動を取ってもいい。ただ、最低限でもいいから、大人になった時に社会に出てちゃんと働いて生活できるようになってほしい」


 そう答えると、山崎は目を細めた。呆れを通り越して、うっすら笑っている。


「お前、あいつの親みたいだよな」

「親か……」


 それを言われると、ちょっと複雑。親はあまり嬉しくない。


「まあ、家族みたいな関係にはなってあげたい」

「もうなってるんじゃない? 風太がいなかったら、真生、とっくにこんなとこで生活できてなかっただろ」

「まーな……」


 山崎は、真生くんがもともといた小学校にいた。つまり山崎と真生くんはかつて同じ学校の同級生だった。だから真生くんが幼い頃からどれだけ危険なことをしてきたか知っている。高校に入って再会してからは、山崎は真生くんの更生っぷりに驚いたらしい。


「俺、真生が転校した時はいよいよ『あと数年したら少年院だなー』って思ってたんだよ。だから、今マシになったと思う」


 お前の甘やかさない教育の賜物なんだな、と山崎は言った。


 真生くんは随分マシになったと思う。

 他人を慮る心は相変わらず要改善といったところではあるが、昔のようにすぐに手や足が出ることはなくなった。瞬間的にキレることもない。ムカついても無言でいる、とりあえず落ち着いて何もしないという技を俺が教えたから。


「マシだろ」

「というか、マシすぎるよな。渕田さん、絶対真生のこと好きだし。社会係だけありえない倍率だったし」

「女子ほとんど手挙げてたもんな」


 真生くんは、黙っていれば中々に見どころのある男だと思う。

 小学生の頃から発育の良かった体は順当に大きくなり、大体の生徒なら見下ろすことができるくらいには成長した。それに、幼いながらに人とは違う輝きを持っていた顔立ちも日に日に美青年らしく磨かれていき、なんと、高校に入ってからは度々告白を受けている。あの真生くんが。いくら顔や体格がいいとはいえ、いつバーサーカーになるかも分からない男がモテている。信じられない。

 

 思いを馳せていると、件の男が帰ってきた。異様に慌てながら。


「ご飯食べ終わった!?」

「まだ」

「まだって、もうちょっとで終わるじゃん」


 あと半分になった俺のお弁当を見つめ、真生くんは肩を落とした。


「見れないー」

「……」


 俺の食事シーンを。

 こいつは、あの時から、俺がご飯を食べるのを見るのが好きだ。一過性のブームとかではなかった。これがずっと続いている。小中の頃は席が離れていたり、そもそもクラスが違ったりしていて、毎日俺の食事シーンを見ることができなかったが、高校に入ってからは毎日欠かさず俺の食事シーンを見ることができるのが嬉しいらしい。

 山崎は最初、真生くんのこの性癖を知った時にちょっと引いていた。


「なんかめっちゃ感謝された」


 真生くんは俺の目の前に座り、俺と一緒の机の上にコンビニで買ったお弁当を置いた。


「なんで?」

「分かんない。ワーク半分持っただけだけど。『私ができることならなんでもする』って」

「へー……」


 渕田さん、真生くんのこと好きすぎるだろ。バレバレ。


「へーって。なんで褒めてくれないの?」

「いや、だって、別に特別褒めるようなことじゃないだろ。本来係って二人で協力してやるもんだから。当たり前というか」

「俺、別にやりたくもないことやったのに、風太に褒められもしないし、風太のご飯もうちょっとで終るし、最悪」

「今日一日だけだろ、明日……」

「明日土曜だし。明日学校ないし。一緒にご飯食べられない。あーあー。あーーーあーーー」

「……」


 わざとらしくため息をつく真生くんを横目に、山崎が俺に肘で小突いた。


「……分かった、じゃあ……、明日、一緒にコ○スとか行く……?」

「うん!」


 真生くんはみるみるうちに元気になり、ニコニコでご飯を食べ始めた。昨日もその前もコンビニ弁当だった。時々心配になる。


「山崎は別に、来なくていいよ」

「分かってるし、行きたいとも思わねえよ」


 山崎は真生くんの性悪発言を軽く受け流した。

 真生くんの性格を理解して、それでも俺達に付き合ってくれる優しい男だ。






4


「風太、アレもう好きじゃない?」

「アレって?」

「城とか車とか組み立てられるやつ」

「あー」


 土曜の昼過ぎ。

 真生くんは鉄板に乗ったホイルの包みにナイフを入れた。向かいに座っていてもいい匂いが漂ってくる。そして、唐突な質問。

 ちなみに、アレとは、アレだ。細かいカラフルなパーツを繋げていろんなものを作れるブロック、踏むと痛いやつ。


「いや、今はそんな……ちょっと前はハマってたけど」

「えー」

「えーってなんだよ」

「なんかないの、ハマってるの」

「ペン回しとか……」

「そういうんじゃなくて」


 じゃあどういうのだ。芸能人でもないからTMIなんて意識してないぞ。


「特に何も──」

「あっ、えっ、立石くん!?」


 大したことない答えを言い切る前に、聞き覚えのある声が通路から聞こえた。

 渕田さんと、その周りに女子が3人。部活のジャージを着ている。

 渕田さんは後付のように「……と、桃山くん」と呟く。桃山、俺の名字。恋する人間の視界は好きな人を捉えた途端一気に狭くなるらしい。


「渕田さん。部活終わり? お疲れ」

「うわー、恥ずかしー! 今ボロボロだから!」


 そう言って渕田さんは照れながら慌てて髪の毛を整え直した。俺にはイマイチ変化が分からない。

 真生くんは渕田さんグループを一瞥はすれど、興味なさげにハンバーグを切り分けた。渕田さんは周りの子に小声で応援されながら一生懸命真生くんに話しかけていたけど、真生くんは、うん、ううん、分かんない、へー、だけで会話を乗り切っていた。ほんと、こういうとこ。

 渕田さんはあまり気にしていないようだけど、見ているこっちがいたたまれなかったので、俺の方から渕田さんに話しかけることにした。部活の話でも聞こうかと渕田さんが肩にかけていた部活用のバッグを見ると、そこには俺の大好きな女性アイドルグループのグッズが付いていた。しかも非売品で、デビュー初期の頃にファンクラブに入った人にだけ頒布されていたキーホルダーだ。


「え、渕田さんフェリド好きなの?」

「あ、うん! もしかして桃山くんも好きなの?」

「うん、俺もファンクラブ入ってる」

「えー! そうなんだ! 周りに全然ファンいないと思ってたのに、こんなに身近にいたんだ!」

「いやでも、俺1年前にファンクラブ入ったばっかだから、新参者だよ。渕田さんのそれって、デビュー年にもらえるやつだから……ファン歴6年くらいってことだよね。めっちゃ先輩だ」

「いやいや、6年なんてあっという間だよ。それに、初期メンバーいなくなりすぎて、そろそろ追っかけるのやめようかなーって」

「えー、そうなんだ」

「まあでも、フェリドのグッズは私の歴史だからファンクラブ降りても絶対手放せないけどねー。特にこれはお宝だし」


 意外にも渕田さんと盛り上がってしまった。こんなところで共通点を見つけてしまうなんて。

 渕田さんは周りの子が既に席に着いているのに気付き、はっとして俺達に手を振った。


「あ、ごめんねー! お話止めちゃって。バイバイ」


 俺を見て、最後に真生くんの方を見て、駆け足で去って行った。確かに渕田さんはフェリドファンっぽい雰囲気がある。顔の造りがメンバーに似ている。いいな、可愛くて。


「フータ」

「ん?」


 呼ばれて真生くんの方に視線を戻すと、ストローで氷をつついていた。凄くつまらなさそう。


「風太、渕田さんのこと好きなの?」

「はあ?」


 いや、俺が渕田さんのこと好きなんじゃなくて、渕田さんがお前のこと好きなんだよ。

 とは言えず。


「んなことないって。なんでそう思ったの」

「だって俺と話してる時より楽しそうだった」

「お前もフェリド好きになったら一緒のテンションで話してやるよ」

「キョーミねー」

「ま、そうだろうな」

「ほんとに渕田さんのこと好きじゃないの?」

「好きじゃないよ。しつこいな」


 ってか。

 俺が好きなの、真生くんだし。

 とは言わず。


「俺が女子とちょっと喋るたびにそれ聞くのやめてくんない?」

「フン」

「フンってなんだよ」

「あーもー、ハンバーグ冷める」

「お前が始めた話だろ」

「……違うし、俺こんな話したかったんじゃない。あいつらが割り込んできたから聞けなかった」

「何を?」

「全然ヒントないから聞くけど、誕生日プレゼント何がいい?」


 誕生日か。確かに来週は俺の誕生日だ。自分でも月初以降気にしていなかった。

 真生くんは長期的なバイトをしていない。お小遣いも多い方ではないのを知っているので、そんな友達に高い物をねだろうとは思わない。


「ん、いや、特に」

「特にってなに」

「いらないよ」

「えー、何も?」

「何も」

「ちょっとも?」

「ちょっとも」

「そんなの俺が嫌だ」

「嫌ってなんだよ」

「なんかしてあげたい」

「……しなくてもいいんだけど……」


 なんかしてあげたいとかさ。時々そういうこと言うから苦しいんだよな。


「なんで、だって風太は俺の誕生日にビーニーくれたじゃん」

「あれはお前が俺と一緒のほしいって言ったから……」

「じゃあ風太は俺とお揃いのやつなんか欲しくないの」

「いやー……」

「ムギーッ」


 真生くんが漫画みたいに怒ったので苦笑いした。


「あー、……じゃあ、お金かけないで。物買うとか、いらないから。マジで」

「そんなの、何もプレゼントできないじゃん」

「だからいいんだって。おめでとうって言ってくれるだけでいいから」


 俺だったらそんなこと言ってくれる友達、楽で嬉しいけど。でも真生くんは不満そうだった。


「……絶対喜ばせたい!」

「や、うん、ありがとう。本当に、ほどほどにな」


 俺が否定したせいで、逆に躍起になってしまった。

 気持ちはありがたいけど、どうも遠慮が勝る。

 真生くんに無理してほしくない。

 真生くんが俺のプレゼントを買うためには無理しないといけないと決めつけるのは良くないけど、それでも気が引ける。


 俺が真生くんの家庭環境について知っているのは、両親や兄弟とあまり仲が良くないということと、家庭内での会話はほぼ無いということと、こんなことを言ってはなんだけど、家が物やゴミで溢れかえっているということだ。

 真生くんのお昼ご飯はほとんどコンビニか購買のご飯なので、貧乏……という訳では無さそうだけど、余裕がある感じもしない。真生くん自身も、お金をあまり所持しないイメージがある。お小遣いが少ないのは知っているけど、やっぱりお小遣いにまでお金が回らないのだろうか。それか貰いづらいのだろうか。それならバイトはやろうと思わないのか、思っても問題を起こさないように自分でセーブしているのか、それか家の人に禁止されているのか。

 そこらへんは何も深く追求したことがない。小学生の頃から一緒にいるけど、真生くんが学校を休んだ日の放課後に真央くんの家にちょっと寄るくらいで、家の中まで進出したことはない。家の人とも、その時に玄関先に出てきて真生くんを呼んでもらうくらいで、それ以上の関わりを持ったことがない。

 でも、真央くんのお母さんは愛想が全く無くて、声がしゃがれていて、俺のお母さんよりも全然若そうだったことだけは覚えている。そして、真生くんを直接呼ばず、真生くんがいた部屋の扉を苛つきながら足で蹴って合図していたのもしっかり覚えている。

 怖かった。俺の知っているお母さん像から外れていたから。真生くんのお母さんは今もちょっと怖い。

 小学校卒業前に授業で書いた家族宛の感謝の手紙を、真生くんは苦戦したあげく何も書かずに封筒にしまっていた。


 そんなんだから、プレゼントなんて無理に選んでくれなくてもいい。お金を貯めるにはそんな親とひと悶着しないといけないのなら、プレゼントなんてほしくない。もしお金が貯まっていたとしても、俺じゃなくて、自分のことに全部使ってほしい。


 でも真生くんは、気持ちだけでいいということを、いくら言っても聞いてくれない。去年だって、真生くんは俺の誕生日に、俺には不釣り合いなキーケースをプレゼントしてくれた。どうやってお金を貯めたのかなんて、とても聞けなかった。


 片思い相手からお祝いの言葉くれるだけで、俺は最高に嬉しいんだけどな。ちゃんと言えない俺も卑怯だな。


「あ、ピーンときた」

「え?」

「まあ、まあ、誕生日期待してて」

「え」


 真生くんは早々にハンバーグを食べ終え、頬杖をついて恍惚そうに俺の咀嚼を見守った。






5


 俺の誕生日になった。

 真生くんは朝からずっとそわそわしている様子だったけど、鬱陶しかったのであえて触れずにいた。

 お昼休みになって、俺は山崎からプレゼントを貰った。俺が追っていた連載漫画の新刊だった。


「えー、なに、ショボ」


 真生くんが漫画を見て一言。失礼すぎる。

 山崎はその通り、失礼すぎるだろと軽く突っ込んだ。


「おい、あのな、別に男子高校生の……ってか俺の誕生日プレゼントなんてこれくらいが一番いいんだよ。ありがとな」

「いやまあ、俺、お前から借りた漫画まだ返してないし、その贖罪でもある」

「じゃあ先にそっち返せよ」


 山崎と笑い合っていると、真生くんが割って入るように口を開いた。


「じゃあさ、風太びっくりするよ、俺のプレゼント」

「何? なんか緊張する」

「へへ……じゃーん!」


 真生くんは鞄の中から小さめに包装された何かを取り出した。どうしよう、高価な物だったら。


「あ、ありがとう。無理してない?」

「全然!」


 首をぶんぶんと横に振り、ぺかぺかの笑顔を浮かべる。

 その笑顔に何故か不安が拭えないまま、俺はラッピングを解いた。


 そして、中身を見て固まる。


「これ……」


 恐る恐るそれに触れ、回転させて細部を確認した。微かに汚れや色剥げがある。

 それは、俺が今好きなアイドルグループの、非売品のキーホルダーだった。つい先週、たまたま見たばかりの、デビュー初期にファンクラブに入っていた人だけが持てるグッズ。

 そのキーホルダーを持つ俺の指先が、どんどん冷たくなる。


「驚いた? 嬉しい?」


 真生くんは、ただ無邪気に笑って俺の様子を伺った。


「あ、あの、これって、どこで」

「え?」


 そんな反応がくるとは思わなかったらしい。真生くんは一瞬だけ目を泳がせた。


「……貰ったー」


 俺は咄嗟にクラスを見渡した。渕田さんはここにはいなかった。


「どうやって?」

「どうって、約束だったし」

「約束って、何」

「……だって、できることなんでもするって」

「……」


 言いたいことがたくさんあるのに、言葉に詰まって喉元を震わせることしかできなかった。

 対して、真生くんは、欲しかった反応が貰えなかったことに苛立っているようだった。


「え、フータ、怒ってるの」

「……」

「無視かよ」

「……」

「なんで、意味分かんない。プレゼント買わなくていいって言ったじゃん。だから買ってはないし、フータの好きなやつだし。……完璧じゃん、怒る意味分かんない」

「渕田さんの気持ちは?」

「は?」

「前、これは手放せないって。真生くんも聞いてただろ。あんなに大事そうにしてたじゃん。なんで人が大事にしてた物、強引に奪ったの」

「ゴーイン? なんで? 誰が?」

「お前が!」


 俺の声を聞いて、周りにいた数人がこちらを向く。山崎はただ俺達のやり取りを目で追うしかないようだった。

 俺が静かにそのキーホルダーを机の上に置くと、真生くんの顔が強張った。


「なんで! 渕田さんができることなんでもするって言ったから、俺その約束守ってもらっただけ! フータの好きなやつじゃん! 受け取ってよ!」

「俺欲しいなんて言ってない!」

「、」


 真生くんは言葉を詰めた。

 悔しくて涙が出そうだった。真生くんは、ただ、俺を喜ばせたいだけなのは分かっている。でも、それをしようとすると、必ず誰かが傷付ついてしまう。


「……俺、風太のために、好きなもの、あげたくて……」


 苦しい。そんなこと言わないでくれ。


「……俺のためにって、他人を傷付けていい理由にはならないよ」

「傷付けてないもん」

「なんで決めつけるの?」

「決めつけてんの風太じゃん……」

「……ちょっとでも、俺以外の人の気持ち、考えてよ」


 俺はキーホルダーを袋の中に詰め直して、真生くんに押し付けた。この期に及んで、真生くんの純粋な俺への好意を思って心が張り裂けそうだった。でも、俺はこれを受け取れない。


「俺はこんなもの貰っても嬉しくない。渕田さんに返して、謝って」

「……」

「もういらないって言われても、ちゃんと返して、ちゃんと謝って」


 目も合わせられない。俺の行動は正しいと信じたいのに、それでも罪悪感でいっぱいになる。

 真生くんの気持ちと行動を肯定してあげたいけど、それができない。苦しくて辛い。


 お昼休みが終わるチャイムが鳴り、真生くんは俺に向けて小さく「ごめん」と口にした。






6


 あれから一週間が経った。

 真生くんはあの日の午後に学校を抜け出して以降、登校していない。真生くんは気分で学校をサボりがちなので、連続して休むことはままある。でもこんなに休んでいるのは初めてだった。

 俺は、真生くんと連絡を取っていないし様子を見に家に行ってもいない。ただあの日を無かったことにするため、何も考えないようにして学校生活を送った。山崎には何がきっかけでこうなったかを話した訳ではないが、なんとなく全てを察しているようで、空元気な俺の態度に付き合ってくれている。気を遣われている。

 そして、渕田さんにも真生くんのことや手放したグッズのことを聞けずにいた。過ぎたことを掘り返したくなかった。


「進路希望調査出した?」

「ううん。山崎はもう決めてるんだよな」

「うん。俺はずっと体育大」

「いいな、目標があって」


 高2も後期に突入したので、いよいよ高校卒業後のことを考える機会が増える。

 本日最後の授業が自習になったため、俺と山崎とはそこそこにサボって雑談していると進路の話題になった。

 山崎は中学の頃から体育の先生になる夢を持っていて、それはずっと変わらないらしい。山崎のこういうぶれないところは憧れる。

 俺も、ちょっと前までは行きたい大学を何個か考えていた。でも、今その大学名を進路希望調査表に書くのは躊躇ってしまう。


「……とりあえず、書いときゃいいじゃん」

「うーん、なんか、……ね」


 山崎は煮え切らない俺の態度の訳を理解していて、それ以上は何も言わなかった。

 最初、俺は真生くんと一緒の大学に行こうと思っていた。真生くんも俺と一緒のとこがいいと言っていた。でも今こんな状況になってしまい、決意が鈍る。


「締め切り明日だけど、真生学校来るんかな」

「さあ」

「さあって……」


 ここに来て、俺達の間に初めて真生くんの名前が出た。俺もここまでくると意地になっていた。


「山崎、真生くんの家行って進路希望調査取りに行ったら?」

「代理提出駄目だろ。てかどうせ俺が行っても意味ないし。俺があいつ迎えに行ったところで喜ばねえだろ」

「山崎も友達じゃん」

「お前は家族だろ」

「……」


 確かに、そんな感じのこと言ったけど。

 家族みたいな距離だったからこそ、今どうしていいか分からない。


「……俺、多分、真生くんと一緒にいない方がいいんだと思う」

「はあ? 気味悪いほどずっと一緒だったのに」

「考えてみたんだけど、真生くんが暴れるのって、俺がいるからだった。全部俺のためって」


 風太が睨まれてウザかったから、風太が危なかったから、風太に喜んでほしかったから。

 全部そうだった。真生くんの行動の全部、俺を思ってのことだった。


「真生くん、俺以外の人の気持ち全然考えないけど、自分のことも同じくらい考えない」


 真生くんは今まで、自分を守るためだけに力を使ったことがあっただろうか。自分の好きな物ややりたいことを優先するためにわがままを言ったことがあっただろうか。いつだって、最初に出る言葉は「風太が」だった。


「……真生くんが学校に来なくなって、本当は、授業中とかずっと考えてた。今こうして俺と離れてる間は、家で自分の本当に好きなこととかやりたいことやってるのかなとか。俺のためにとか俺がいじめられないようにとか、そういうこと考えなくていいから、気を張らなくても良いんだろうなとか。山崎くらいの距離感の方が、いい関係性でいられたのかなとか」

「……え、何、俺そういうのにベストアンサーできる自信ないけど」

「……心情を吐露しただけ!」


 山崎のこういうとこ。いちいち真生くんに質問と答えをぶつけていたけど、本当はこれくらい適当に向き合えば良かったのかもしれない。


「山崎が先生になる夢叶えて、生徒がこんな感じで微妙な相談してきたらなんて返すんだよ」

「そんなの、その場の空気読んで、大変だなあっつって」

「はい興味ないー」

「実際そうだろ。俺のことじゃないし」

「そうだけどさ」

「どう悩んだってさ、結局今までの真生の人生は真生が自分で選んできたんだし。誰とつるむかとか、誰のことを信じるかとか、どう生きるかとか。他人がそれを否定したり、たられば言う権利はないよ。俺もお前も」

「……」

「特に、真生は超気分屋なんだから。自分のこと考えてないワケないだろ。俺はあんなに自己中な人間見たことねえぞ。真生は自分の意志で風太の側にいたんだよ。それが自分のためになってたんだって」


 いつになく真面目に山崎は答えた。

 それが、くらったというか。

 山崎の言葉が、驚くほどすんなり頭の中に入ってきた。一週間分の心の重みが、一気に崩れていくようだった。


「てか! 普通に! お前が真生の面倒見てなかったら、今頃多分少年院だからな! 一週間顔合わせないみたいな喧嘩どころじゃないって!」

「はは……」

「だからもう、さ、お前が真生の進路希望調査表取りに行けよ。早く仲直りしろ。……はぁーーー、やっと言えた。マジで、この一週間息詰まるかと思った」


 山崎は姿勢を崩して足を投げ出し、遠い目をして教室の天井を仰いだ。俺のせいで、山崎には随分気を遣わせてしまったようだ。


「代理提出駄目だけど……でも、ベストアンサーありがとう。山崎絶対教師なれるよ」

「そりゃどうも……。お前の方から俺の内申上げてっていろんな先生に言っといて」


 俺と真生くんはいい友達を持ったよな。






7


 真生くんの家に行くのは中学生の頃以来だろうか。軒先まで進み横のガレージを見てみたけど、俺の脳内にある真生くんの家の記憶よりも、不要そうな物が随分増えた気がする。家の周りに生えていた雑草も増殖している。小学生の頃学校で栽培していた朝顔のプランターは、昔あった場所にそのまま放置してあり、風化しきっていた。剥がれかかっている名前シールには、『きしもと まお』と拙い字で書いてある。真生くんの名字はこれまでに二度変わっている。


 表札の下にあるインターホンを押すと、暫くして家の人が出てきてくれた。俺が少し苦手な真生くんのお母さんではなかったけど、その代わりに俺が少し苦手な真生くんの妹が出てきた。中学の制服を着たままで、スカートの下にジャージを履いている。

 真生くんの妹は俺を確認すると、大きく扉を開けた。


「入って」

「え」

「兄貴でしょ。早くどうにかしてよ。ずっとブツブツなんか言ってるしひきこもってるしとにかくキモいんだよ」

「え……」

「私遊びに行ってくるから。適当にして」


 そう言って、俺が家に入る前に、真生くんの妹は外に出て行った。顔は真生くんと全然似てないけど、この行動の速さと強引さは少し似ている。


 一人残された俺は、おじゃましますと呟いて家の中に入った。玄関には、まとめられたゴミ袋がいくつも放置されていて、たくさんの女性物の靴が無造作に下敷きになっていた。俺が昔玄関先から家の中を見た時より汚くなっている気がする。

 中に入ったのはいいものの、俺は家の間取りを知らない。なるべく散策はしないようにしたいと考えていたが、そういえば、真生くんのお母さんが玄関に近い部屋の扉を足で蹴って真生くんを呼んでいたのを思い出した。

 その部屋の前まで行き、扉を確認する。何度も蹴られたような跡がある。隙間から溢れる光もない。人が存在しているとは到底思えなかった。


「真生くん」


 呼びかけてみたが、返事はない。


「真生くん、出てきて。じゃないと俺の方から入るから」


 返事はなかった。無言は肯定と勝手に捉えて、部屋の扉を開ける。

 真生くんの部屋は電気が一切付いておらず、カーテンも閉め切っていて薄暗かった。見えるのは、小さい本棚と、幼い頃のままの勉強机と、簡素なベッド。クローゼットのようなものはない。だからか、あの頃使っていたランドセルや制服や教科書までもが床に放置されていた。まだ捨ててないんだ。きっと捨てられないのだろう。真生くんの部屋は、まるで子ども部屋だった。

 ベッドの上には布団に丸まった物体があった。きっと真生くんだ。

 俺は、足元に散らばっているペットボトルや漫画を踏まないように気を付けながら進んだ。漫画、俺がおすすめしたタイトルばかりだ。


「真生くん」


 呼びかけても、やっぱり返事はない。布団の塊はぴくりとも動かない。


「真生くん、起きてよ」

「……」

「起きないと勝手に掃除するよ」

「……」

「……じゃあ、起きたらー……俺ができること、真生くんになんでもしてあげる」


 布団の塊はのそりと動き、隙間から顔を覗かせた。酷い顔をしているが、かろうじて生きている。


「……いっこだけ?」

「厚かましいな」


 声がガラガラだ。まともに水分も取ってないんだろう。何はともあれ、一週間ぶりに真生くんと顔を合わせることができた。

 真央くんの声に少し笑っていると、真央くんはゆっくりと体を起こした。髪はボサボサだし、目は腫れてるし、綺麗な顔が台無しだ。

 じっと俺を見つめて、声を震わせる。


「風太と仲直りしたい」

「!」

「約束いっこだけ、お願い」


 視線を絡めとられて固まる。

 ちょっとくらい冗談でも言って、笑って許そうと思ったのに。

 駄目だ。そんな顔で、そんな声で言うから。

 俺は考える間もなく、ベッドの上の真生くんを抱きしめた。


「そんなのでお願い使わなくていいよ……!」

「風太、風太」


 真生くんは恐る恐る俺の背中に腕を回した。俺は更に力をこめて真生くんを抱きしめる。真生くんは本当に、親を求める子のようだった。


「俺、真生くんと離れて、ほんとはこれで良かったんじゃないかって、これが真生くんのためなんじゃないかって」

「っなんで、嫌だ! 俺がいっぱい学校休んだから!? じゃあちゃんと学校行くから、い、今休んでるのは、違うから、風太が嫌になったとかじゃないよ、俺、俺、なんて謝ればいいか、ずっと考えてて」

「真生くん……」

「嫌だよ、離れるとか言わないで……」

「うん、そうだよな」


 山崎の言うとおりだ。真生くんは、真生くんのために俺の側にいてくれた。一週間離れただけでこんなになってしまう真生くんから、俺の意思で離れていいわけがない。


「風太は分かんないかもしれないけど、俺、本当に風太が好きなんだ。ずっとだよ。風太が一人で残って給食を綺麗に食べてた時から、職員室から出てくる俺を待っていてくれた時から、ずっと」


 真生くんは俺から離れないように、ぐっと手繰り寄せた。

 知ってたよ。そんなの、俺もずっと前から。


「……真生くんは分かんないかもひれないけど、俺、真生くんに人生救われたんだよ。大げさじゃない。毎日怯えて登校しなくてもよくなった。俺とペア組んでくれて、ご飯ゆっくり食べさせてくれて、俺の代わりにたくさん怒ってくれた」


 過剰だった時の方が多いけど、と添えると、真生くんはようやくくすりと笑った。


「でも、間違いなく真生くんが俺を救ってくれた。だから、そんなかっこいい真生くんに、他人を傷付けるようなことしてほしくない」

「……風太のためでも?」

「うん。俺のためでも。真生くんのその優しさはもっと優しく扱ってほしい。他人を傷付けてまで俺を喜ばせようと思うのは、優しさじゃないから」

「……うん」


 真生くんは俺の目を見て、こくりと頷く。腫れた目がなんだか無性に愛おしくて、その瞼を指でなぞった。


「でも、俺、風太のプレゼント何あげればよかった?」

「別にいらないよ。おめでとうって、祝ってくれるだけでいいから」

「言葉だけじゃん。価値ないよ」

「価値あるよ!」


 瞼にあてた手を下ろし、今度は真生くんの頬を両手で包んだ。目が見開かれ、薄暗い部屋のはずなのに瞳がキラキラと光る。


「立石真生くん、生まれてきてくれてありがとう。俺と出会ってくれてありがとう。大好き」


 ずっと、言いたくても言えなかった。タイミングをはかっていたなんて、都合のいい方便だ。俺が、今までの関係性を崩したくなくて卑怯になっていただけ。ちゃんと真生くんの気持ちも気付いていた。ただ俺が卑怯で臆病だっただけだ。

 でも、好きって伝えるのに、待つ必要なかったんだな。


「……って、どう? 本心だけど、嬉しくない?」


 俺の祝福を聞いて、真生くんはぽかんと口を開け、そしてゆっくりと頬を染めていった。


「う、嬉しい……」

「価値ない?」

「価値ある……。一番、……一番!」


 目を細め、口角を上げ、次は真生くんの方が俺の頬に両手を添えた。まるで、よく聞けと言わんばかりに目を合わせて。


「風太、生まれてきてくれてありがとう。俺と出会ってくれてありがとう!」

「うん……」

「風太、大好き!」


 宣言のようだった。誰もいない家中に真生くんの声が響き渡る。

 俺も、と返す前に、唇を塞がれてしまった。


 参ったな。誕生日プレゼントが言葉どころか、真生くん、なんて。






8


 音楽が途切れたまま放置していたら、イヤホン越しにうっすらと隣の席の会話が聞こえてきた。


「……あの隣の人、立石先輩と付き合ってるらしいよ」

「え、あの立石先輩? え? 男と?」


 こんなやり取りが聞こえてしまっては、もうスルーすることもできない。勉強しているフリをして会話を聞き続けることにした。

 ちなみにここは構内のカフェスペース。あれから俺達は見事に一緒の大学に進学することができた。現在3回生だ。ちなみにちなみに、山崎もちゃんと体育大学に通っている。


「そうみたい。狙ってたからちょっとショックでさー……。別に、今の時代、同性で付き合うのにあんまり差別とかないけど、なんでこの人なんだろ……って感じではある」

「あー、あんまり釣り合ってない?」

「うん。全然」

「似た者同士が付き合うって言うしねー。そういう意味では……ちょっと……かなり差はあるかも」

「ね」


 シャーペンの芯を折った。

 うるせーな。似てなくても奇跡的に凸と凹が合致する場合もあるんだよ。


「アレじゃない? 実はめっちゃ金持ちで金で釣ってるとか、実はめっちゃムキムキで男受けする体とか」

「えー、あの人のSNS探してたら情報出てくるかな」

「どーする? 上裸の写真とか載ってたら」

「痛すぎる! それは誰も望んでないって」

「立石先輩みたいな人と付き合えたんなら、俺って雄的魅力あるかも〜っつって、調子乗って勘違い投稿ありえるくない?」


 うるせーな! やってねえよそんな投稿! 俺はヒョロガリだよ!


 目に余る発言に思わず口から反論出かかったところで、その会話は止まった。割り込まれたのだ。


「なんの話?」


 まるで友達かのように、当たり前かのように女子二人の間に割り込んだ。片手にドリンクを持った真生くんが。


「もしかして、俺の恋人の話してる?」


 真生くんはにこやかに笑っている。対して女子二人は、完全に萎縮して顔を青褪めさせていた。

 俺の悪口が聞こえてもつっかからない。冷静になって、無視するか優しく駄目だよって言う。俺は真生くんにそう教えた。


「俺のこと噂するのは全然いいんだけど、俺の好きな人のこと悪く言うのはやめてね」


 うん、100点。


「自分の好きな人のこと、悪く言われると嫌な気持ちになるでしょ?」


 うーん、150点。

 ハイスコアだ。素晴らしい。文句のつけようがない。

 優しく諭され、女子二人もすみません……と素直に謝った。


「うん。あと、俺達小学生の頃から付き合ってるから」

「え?」


 は?


「だから、今更風太が調子乗るとか、ないから」


 女子二人はぽかんと口を開けたが、俺はそれ以上に口を開けている。


「ってか、俺が風太のこと好きすぎるから、調子乗るとしたら俺の方。逆だからね」


 審判不可。そこまで言わなくていいどころか、不実告知しちゃってる。

 真生くんは言いたいだけ言って、ごきげんそうに俺の向かいの席に座った。何も聞いてませんよ感を装って俺は顔を上げた。


「顔真っ赤〜」

「……」

「手止まってるから、聞いてると思ってたよ」


 真生くんを睨みつけながらイヤホンを外した。睨まれても、真生くんはニタニタ笑っている。


「あんな嘘つくなよ」

「小学生の頃から付き合ってるみたいなもんでしょ」

「話盛りすぎだ」


 真生くんは暴言を吐かなくなった代わりに、話を盛るようになった。子育てって難しい。


「いやでも……ちょっと感動した」

「俺が風太大好きってことに?」

「いや、ちゃんと言葉で自分の気持ち伝えようとしてることに」

「そっちかよ」


 机の下で足を蹴られた。真生くんの中でここまでの暴力は許容らしい。


「俺もさすがに大人だし、相手女の子だし、何もいたしませーん。平和的思考、平和的解決」

「涙出そう」

「なんで?」

「なんか、親心で」

「ウケる」

「冷笑をやめろ」

「子知らずと言いますから」


 真生くんは分からないだろう。山崎には少年院に入ると思われていたレベルの真生くんを、ここまで穏やかな性格に成長させられたこの嬉しさを。

 そういえば、山崎から先程連絡が来ていたのを思い出した。


「あ、次の冬休みさ、山崎がプチ同窓会開くって」

「そーなの? どの範囲?」

「高2ん時の……あのクラスが一番仲良かったし」

「へー」

「……へーって。お前もだからな」

「風太は行くの?」

「行こっかな。山崎に会いたいし」

「えー、俺には?」

「毎日会ってるだろ。真生くんは行く?」

「どうしよっかな」


 あまり乗り気ではなさそうだ。この反応を見るに、真生くんは高2のクラスが仲良くて楽しかったとか、そういう気持ちはなさそう。

 それに、高2の時のクラスは渕田さんがいる。俺の誕生日のせいで真生くんと渕田さんはひと悶着あったので、進んで会いたくはないだろう。


「俺それ行って、風太と付き合ってるの隠せる自信ない」

「あ、そこ?」

「え? うん」

「俺てっきり、気まずいから渋ってるのかと思った」

「気まずい? 誰と?」

「え?」

「山崎って俺と風太が付き合ってるの知ってる?」

「あ、それは、うん」

「じゃあそういう話になったら山崎に適当に逸してもらえばいっか」

「……あー、じゃあ、真生くんも参加する?」

「うん。飲み会に風太だけ参加させるなんて、無理無理ー。不安だもん」


 ということは、久々に三人で集まれるのか。それは嬉しい。

 けど、なんか、会話噛み合わなかったな。話が途中で脱線した。


「あ、真生くん、資材室の鍵まだ返してない?」

「持ってるよー。使う?」

「うん、使いたい」


 俺と真生くんは同じ学部だ。山崎からは学部まで同じはさすがにキモいとまで言われたけど、成り行きでこうなったのだから仕方ない。


 真生くんは鞄からキーリングを取り出した。俺には大層なキーケースをプレゼントしてくれたのに、自分のことは無頓着だ。安物の輪っかにとにかくいろんな鍵がじゃらじゃらと付いている。一介の大学生ってこんなに鍵を必要とするのだろうか。家の鍵とチャリの鍵とポストの鍵くらいで十分じゃないか。


「借りた鍵もそこに付けてるの?」

「うん。えっとね……はい」

「ん、ありがとー…………………………」


 鍵を受け取り、視線がキーリングの方に落ち、俺は言葉を失った。


 そのキーリングに、あの日、俺が受け取るのを拒否したキーホルダーが付いていた。


「は?」

「ん?」

「え、まって、なんでそれ持ってんの」

「鍵、借りたから」

「いや、そうじゃなくて……それ」


 指を指す。どう考えても、フェリドの非売品グッズ。あの日俺が受け取るのを拒否して、真生くんに突っぱねて、渕田さんにちゃんと返してと言ったあのキーホルダー。


「え、あの時のやつだよな」


 もう一度聞くと、真生くんは「あ」と呟き、それでも慌ててはいない様子だった。

 こいつは、なんでそんなに冷静でいられるんだ。


「……お、俺、ちゃんと、渕田さんに返せって言ったよな」

「あー、忘れてた」

「は、はあ!?」

「あ、忘れてたって言うのは、返すのを忘れたって意味じゃないよ。ここに付けてるのを忘れてたって意味」

「え、意味分かんない」

「迂闊だったなー。バレちゃった。こんなとこに付けるんじゃなかった」

「……説明を……」


 嘘だろ。今更なんだ、隠し事?

 頭がくらくらする。一体なんで……。


「説明、何言えばいい?」

「……まず、それは、渕田さんが持ってたキーホルダーで合ってるか?」

「うん」

「……返さなかったの?」

「うん」

「……っ、ま、……え……?」


 言葉が出ない。俺のあの時の行動全てを否定されたようだった。信じられないのが、真生くんはなんとも思っていなさそうな顔をしていること。


「……返さなかった理由は?」

「だって、くれたから。俺のものじゃん。本当は風太のものになる予定だったんだけど」

「いやいや、待って待って、あのさ、それ、渕田さんの大事なものだから返せって、俺言ったよな。それは貰ったとかじゃなくて、お前が俺にプレゼントするために、強引に受け取ったものだろ」

「強引じゃないよー」

「……え?」

「だから強引じゃなかったって。あの約束ここで使っていい? それ俺にくれない? って聞いたら、いいよーって」

「え? え?」

「大事にしてくれるんならあげてもいいよーって」

「え、え、え」

「だから返しにいく方が失礼じゃない? それに、渕田さんあの時くらいから応援してるグループ全然違うのになってたし」

「……」


 もし今真生くんが言ったことが全て本当だとしたら。

 そうなると、話が変わってくる。

 だって、俺はあの時、このキーホルダーは真生くんが渕田さんから強引に受け取った物だと思ってて、だから、そんなもの欲しくないって怒って、喧嘩して、一週間くらい真生くんは学校来なくなって……。


 え?


「あのさ、その、それは……そうだったら、途中で言えたよな」

「ん?」

「なんか、例えば、『強引じゃなかったよ、快くくれたよ』とか」

「あー」

「『大事にしてくれるならあげるって言われたよ』とか」

「うん、そうだね」

「……え? いや、なんか、なんて言うか、いかにも……真生くんが無理矢理奪ったっていうか、断れない雰囲気を醸し出して強制的に受け取ったみたいな、そういうニュアンス? 雰囲気? だったじゃん」

「え、うんっ!」


 は? こいつ、なんでちょっと嬉しそうなんだよ。


「……その、だから……俺達の口論、途中で止められたよな」


 冷や汗が止まらない。この話の終着点がどこに向かうか分からない。せめて作り笑いをしてみたが、呼吸は乱れたままだった。


 真生くんも、作り笑いをして頬杖をついた。

 その仕草に肌が粟立つ。


「そうだね」

「……や、……え、え?」

「風太がこのキーホルダー素直に貰ってくれないから、こうなっちゃった」

「え……?」

「まあでも、喧嘩して仲直りしたからこその、俺達の絆、みたいな」

「は?」

「ハードモードクリア、みたいな。でもやっぱり風太と一週間も会えないの辛かったなー。もうちょっと早く来てくれるかと思ってた」

「……」


 真生くんは。

 真生くんは、全部、計算して、演技してたんだ。

 あの時の真生くん全部を。


「……なんで、そんなことしたの……?」

「えー、そんなの、風太の頭の中、俺のことでいっぱいになってほしかっただけ!」


 ただ無邪気に笑う。それが怖かった。


「な、なに」

「何も考えずにキーホルダー貰って喜んでくれたんなら、それはそれで良かったんだけど。でも多分、風太なら受け取らないだろうなーって思ってた。そうなったら、風太はきっと俺のこと『悪いことした』って決めつけるだろうから、喧嘩して、それで俺がちょっと学校行かなくなれば、風太、罪悪感でずっと俺のこと考えるだろうなって」


 頭はクラクラするし、視界はぼやぼやした。

 分からない。

 今、真生くん、どんな顔してる?


「お、俺、は」


 じゃああの時、俺は、真生くんの話も言い分も良く聞かず、真生くんは渕田さんを傷付けたって勝手に決めつけて、勝手に怒って、俺が真生くんのことを傷付けて。

  

 俺、最低じゃん。


「……あの隣の席の女の子達が言ってたことって、間違ってないかもねー」

「……え」

「『似た者同士が付き合う』……って」


 心臓がバクバクと鳴った。良い意味ではない。俺は、その先は言わないでくれと思ってしまった。そう思ってしまった時点で、俺は真生くんの思うツボだった。


「風太も俺も、我が強くて、プライド高くて、自分の意見が絶対正しいって思ってる」

「……!」


 そんなことないなんて、とても言えなかった。

 ずっとそうだ。

 俺は、真生くんはヤバい人間だから、俺がどうにかしないとって、ずっと俺の中の「優しさ」を真生くんに押し付けていた。


「お、俺、じゃあ」

「うん」

「あの時、謝らなきゃいけなかったのって、俺の方」


 真生くんはあの日、最後に、チャイムの音と一緒に小さくごめんと呟いていた。

 謝らなきゃいけないのは、真生くんが俺のために他人を傷付けたと決めつけてしまった、俺の方だ。


「ふふ……」

 

 俺はいつの間にか俯いて一点を見つめていた。

 真生くんが場違いなほど優しく笑ったので、我に返って顔を上げた。


「今風太が何考えてるか分かるよ」


 目を細めて俺を見る。

 なんで真生くんは笑っていられるんだ。


「謝らないでよ」

「な、なんで」

「なんにも変わろうとしないで。風太はずっとそのままでいてよ」

「でも、だって、俺……真生くんのこと決めつけて、自分の意見お、押し付けて」


 本当に自己中な人間は俺だ。俺が真生くんをこうだと決めつけて、こうであってほしいと意見を押しつけて、今までずっと……。


「風太はそれでいいんだよー」

「え……」

「俺の今の人格は風太が作ってくれて、逆に風太は俺がずっと隣にいたからそうなっちゃってさ。だから俺のための、俺専用の風太でしょ」


 真生くんは少し身を乗り出し、机の上に置いた俺の拳に手のひらを重ねた。そして、じっと俺を見つめる。蛇に睨まれた蛙のように、俺は全く視線を反らせなかった。


「今更覚めないでよ、今更絶対謝らないで。謝ったら絶対許さないから。一生俺にうるさい風太でいてよ。一生俺に自分の価値観押し付ける風太でいてよ。俺だって何年もかけて風太専用の人格になったんだから。だから責任取って、何も変わらないでそのままでいて、俺から離れないでね」


 俺は、何も答えられなかった。

 真生くんは俺を見て言葉を付け足す。


「これだけは忘れないでね。俺はずっと風太と一緒にいたいだけだよ。風太のことが大好きだから!」


 だから、ね。

 と、俺の手をぎゅっと握った。


 俺は、ずっとずっと、俺がこいつを、誰も手懐けられないこいつのリードを握って制御してるんだと思っていた。

 でも、そうじゃなかった。違ったんだ。

 俺はいつから、真生くんの手のひらの上にいたんだろう。


「……フータ、なんでなにも言ってくんないの?」

「あ……」

「喋れなくなっちゃった? じゃああの時風太が無効にしてくれたお願い一つ、今使っていい?」


 お願い。

 俺が真生くんに、できることなんでもするって言った約束。真生くんはまだ覚えていたんだ。


「絶対に、俺から離れないで。一生」


 真生くんはうっそりと笑った。

 真生くんはいつもこの顔で、俺の食事を見守る。

 今俺は、真生くんに丸呑みされた。


「……うん」


 頷くと、真生くんは頬を染めた。





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