もし幼千②




●一宮 守

通常の世界線より更に根暗で捻くれている。友達が全くいない。最初は千田くんのグループに入れてもらってたけど系統が違いすぎてついていけなくなって離脱→新しく友達を作るタイミングを失って今に至る。


●千田 環

健全な男子高校生なりに気の合う友達と遊びたいし、はしゃぎたいお年頃。一宮のことはもうタイプ違うなーと思い新しい人間関係を築きつつも、いつもどこかで気に掛けている。一宮が離れたら離れたで焦る。ある程度側に置いておきたいという気持ちはある。


※なんか時間経過がおかしい気がするので、一宮の学校は冬休みがめっちゃ早く始まると思ってください。※


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1


 冬休みに入って連日惰眠を貪り続けた結果、三日目の朝には早朝に布団を剥ぎ取られた。その日お母さんは早番の勤務だったらしく、同じ起床時間のAM5:00に叩き起こされてしまった。いくらなんでも早すぎるって。

 お母さんはジト目で俺を見下ろしいていた。多分、昨日部屋の掃除をしろと言われたのに結局ミリも変化していない部屋の現状に怒っているのだろう。俺は眠気眼で口を開いた。


「……同じ哺乳類なのにさあ、人間には冬眠が許されないの、おかしいよね」

「あんた馬鹿なくせにそういう考えは持ってんのね」


 早朝から働く女性の返しは鋭い。俺は正真正銘馬鹿なのでなにも言い返せない。

 お母さんは俺の部屋のカーテンを開け、ついでに窓も開けた。冷気が布団から出ている俺の顔に直に当たり、物凄く嫌な気分になった。


「……もー、分かった、起きるからさぁ……」

「守、バイトやらない?」

「……バイト?」


 更に嫌な気分になった。避けに避けてきた三文字だった。


「私昔ハピバで働いてたでしょ? そこの店長が、今の時期人員足りないからまた働かないかって私に聞いてきてさ。でも私そんな時間ないから、守やってみない?」

「えぇ……」


 ハピバとは、ハッピーバーガーショップというめちゃくちゃ胡散臭い名前のファストフード店。比較的安価で飲み食いできるので、学生にも人気のイメージだ。つまり俺くらいの学生や大学生がたくさんたむろする。


「嫌に決まってんだけど」

「あんたホントああいうの嫌いよね。誰の子かしら」

「俺ホント誰に育てられたんだろうね」


 お母さんはぺしっと俺の頭を軽く叩いた。地味に痛い。


「あそこの店長優しいよ? 社割りでバーガー買えるし」

「それだけで俺はやるって言わないよ」

「あーもう、若いのにうだうだ言ってないでバイトの一個くらい経験積まんかい! 部活もやってない、勉強もロクにしない、友達とも遊ばないアンタにはぴったりでしょうが!」

「キィ〜、なにも言い返せねぇ……!」


 クソ、せめてどれか一つでもやっていれば。友達さえいれば。親として見逃せないくらい俺にはなにもないらしい。


「欲しいゲームあるんでしょ? もうお小遣い前借りはナシだからね。既に三ヶ月も前倒ししてるし」

「……お年玉前借りは?」

「アホ! 働いて金の有り難みを学んでこい!」

「……はぁい……」


 圧に負けて渋々頷くと、お母さんは早速店長に連絡してみるねと言った。知らぬ間に俺が顔から不安を滲ませていたのか、お母さんは俺を見て快活とした笑顔で励ましてくれた。


「大丈夫! 注文聞いてパネル操作したり、決められた手順通りフード作ったりするだけだから! 簡単簡単」


 親子と言えどここまで性格が違う。太陽から生まれたのは陰だった。

 お母さん。俺は多分、その作業を簡単と言えるまで、物凄くたくさんの時間を使わないといけないタイプの人種なんだ。






2


 なんやかんやことが進み、お母さんにド正論を突きつけられた次の日には面接をして、そしてその次の日にはもう研修を受けていた。

 お母さんの言ったとおり、確かに店長さんはかなり優しそうなおじさんだった。この人の元でなら働いてもいいかな、と感じたのも束の間、ちょっと厳しそうなバイトリーダーのヨネヤマさん(38歳、パートさん)が俺の教育係に付くことになり、ここに就職したことを早くも後悔した。


「なんで? レタスと玉ねぎ間違えることある?」

「は、はひ……」

「だからピクルス抜きってここに書いてあるでしょ? ここ押せばいいって言ったじゃん。こんなに分かりやすく書いてあるのに読めないの?」

「ごめんなさい……」

「お客さんに謝るときはごめんなさいじゃ駄目だからね?」

「申し訳ございません……」

「一宮さんの息子さんだからって手加減して指導しないからね」


 最初の指導、注文パネルの操作でもう挫けそうだった。

 ヨネヤマさん、俺のお母さんとかつて一緒に働いていたらしい。お母さんは、ヨネヤマさんっていう凄く頼りになる先輩がいるから安心して、と俺に言っていた。まさかこういうタイプだとは思わないじゃん。


「それとしゃきっとする! ちゃんと聞こえる声で言う!」

「はいっっ!」


 涙が出そう。こんな体育会系だとは思わなかった。俺はまる一日かけて注文の研修を受けた。そして本当に人手不足なようで、もう次の日には俺は表に出てお客さんの注文を取ることになった。信じられないスピード感だった。

 キッチンに店長とヨネヤマさん、そしてレジに俺ともう一人のバイトの先輩の計4人。先輩は現在大学生で高校の頃からここで働いているらしく、レジをしながらドリンクも作っていた。俺に任せられた仕事はただひたすら注文を取って慣れること。ヨネヤマさんは「分からなくなったら勘でパネルを押さずすぐ他の人に聞け、お客さんの注文が聞き取れなかったら勘でパネルを押さずにすぐお客さんに聞け」と言っていた。


 俺がデカデカとした「研修中」のプレートを胸につけていたのが功を奏したのか、大体のお客さんはビギナー向けの注文をしてくれたし、ゆっくりと伝えてくれたので助かった。時々常連のおじさんらしき人が「新入りか?」と絡んできたりしたのが鬱陶しかったけど、そういうお客さんもほんの一握りだった。

 ヨネヤマさんはスパルタなので「慣れるよりまず実践」と言って早々に俺を表に出させたけど、それは本当にその通りで、不慣れながらも少しずつ容量を掴めてきた気がする。

 お昼どきを過ぎてお客さんが少なくなってきた頃、隣にいた先輩が気を遣って話しかけてくれた。


「大丈夫? 疲れてない?」

「あ、はい、少し」

「そうだよね。今日のシフト終わったら店長が好きなもの奢ってあげるって言ってたよ」

「え、ほんとですか」


 ラッキー! 社割りで買えると言えど、金欠の俺にはありがたすぎる。先輩も優しそうだし、ヨネヤマさんはちょっと怖いけどやっぱりここで働けてよかったかも。


「お昼より夕方の方が混むとき多いからね。もう少し頑張ろう」


 まじすか、という感情が全面に出てしまった。先輩は俺を見て笑った。


 先輩の言ったとおり、今日は平日ということもあって夕方頃から急激にお客さんが混んできた。俺の家から自転車で20分弱くらいの距離なのでご近所さんもチラホラ……遊び帰りの同じ学校の人もいた。身構えたけど、俺自身の影があまりにも薄すぎてバレなかった。というか、多分同じ学校だからといって俺の存在を認識しているヤツなんてほとんどいない。なんせ俺は友達がいない。……一人を除いては。逆にこれでよかったのかもしれない。変に友達が多くてもこういうところで絡まれたら厄介だ。頼むから来ないでほしい。あの軍団が今ここに来たら最悪だ。


 注文を取った直後に店内のチャイムが鳴ったので、反射的に挨拶をして入り口を見た。


「いらっしゃいま──」

「あ、ほんとにやってんじゃん」

「メッ」

「マメ?」


 そうだよな。俺はフラグを立てるのも回収するのもうまかった。

 今店内に入ってきたのは、あの軍団ことめぐるとめぐるのお友達集団だった。最悪だよな。めぐるだけならまだしも、めぐるみたいなヤツがあと四人いる。遊び帰りなのだろう。めぐるは空いている俺の方のレジに向かい、俺をじろじろと眺めた。


「制服似合ってんじゃん」

「なんで来たの、なんで俺がここで働いているの知ってんの!?」

「おばさんから聞いたんだよ」

「クッソ……なんで二人仲良いんだよ……」

「てか俺お客さんなんだけど。注文聞いてくれないんですか?」

「……ごちゅーもんお伺いしまーす……」

「えっとねー、ハピバのセットでー、あ、オニオン多めで。あとポテトとー、あ、ケチャップも付けて。……ポテトワンサイズアップね。あとレモンティーのホットで、ミルクいらないから砂糖付けて。あ、俺クーポン持ってたんだった。クーポンの番号言ったほうがいい? もう遅い?」

「お前今一番来てほしくない客ランキング1位すぎて俺は感動しちゃったよ」


 もう分からなさすぎ(泣)。幼馴染権限で一旦最初からやり直そうと思って注文を取り消すと、まだなにも進められていないのに後ろからめぐるの友達(一応クラスメイト)がわらわらと集まってきた。


「よーっす。一宮くんじゃん」

「あ、よ、よーす……」

「俺もハピバのセットで。ナゲットとオレンジジュースな。ソースはマスタードで」

「え、いや、まだ……」

「おい、さっき俺の分奢ってくれるって言ってたじゃん! 一宮くん、俺もコイツのと一緒のやつで」

「え」

「一宮くん、俺はとりあえずバニラシェイクで。今ってシェイク50円引きだっけ?」

「え、え? そう……なの……?」

「一宮くん。じゃあ俺はスマイルで。おいくらですか?」

「……0円でーす……」

「おいお前らうるさいって。まもる困ってんだろ」


 泣きそう。よりにもよって本当に一番嫌なタイプの客だ。俺、高校に入りたての時一瞬でもこのグループに入れさせてもらってたんだよな。傍から見てしんどすぎる。これなら友達をつくらないという選択に走った俺の気持ちも自分で理解できる。

 俺が隣でオロオロしてるのを察してか、先輩がめぐるの友達を半分……というか、めぐる以外の全員を相手して注文を取ってくれた。俺は死んだ顔のままめぐるの注文を打ち直した。


「まもるがバイトするなんてね」

「冷やかしなら帰ってよ」

「冷やかすつもりないって。本当に似合ってるよ」

「…………ゲ、ゲーム。ほしいやつあるから、それで。前、めぐるとやろうって言ってたやつ」

「……ああー……。そういうこと、言ったっけな……」

「はぁ!? 言ったし! めぐるがやりたいって言ったから、俺っ……」


 ハッとして周りを見渡すと、めぐるの友達が目を丸くして俺を見ていた。教室では出さないような声を出してしまい、恥ずかしくなって口をつぐむ。

 めぐるはばつが悪くなったように頭をかいた。


「ごめん。じゃあ今度やろう」

「……いいよ。別に、俺一人でもやるし。……番号532番でーす。モニターの前でお待ちくださーい」


 ぶっきらぼうにレシートを渡すと、めぐるは何かを言いたそうにしながらもモニターの前に移動した。アイツあんな大きい声出すんだな、なんて声が聞こえてくる。仲良くない人の前では出さないですからね。やっぱりめぐるの友達とは仲良くなれない。






3


 バイトもぶっつづけでやり、数日経てばかなり慣れてきた。まだレジしかできないけど、先輩にも注文取るの早くなったねと褒められるようになった。友達もおらず予定もスカスカなので、とりあえず年末までびっしりシフトを入れてもらった。一人寂しく家で過ごすよりは、バイトをしていた方が孤独な時間を紛らわせられるから案外いいかもしれない。

 そして今日は24日、クリスマスイブだった。


「もー、また来たの……」

「その言い方なんだよ。たまたまお前がいたんだよ」


 千田環、ご来店。初日から俺のシフトを見計らったかのように度々来店する。しかも今日もっと気分を下げるのが、めぐるの軍団の中に女の子達もいるということだ。めぐるは友達も多いし大層おモテになるが、女の子と遊んでいるところはあまり見たことがない。今日はクリスマスイブだから特別なのだろうか。同じクラスの女子がいなかったのはまだマシだけど、俺からしたら他クラスの女子とどうやって繋がることができるのか疑問でしかない。


「……あの中に彼女いるの?」

「え? いや、彼女はいないよ」


 この彼女は、というのに含みがあるのを俺は察することができる。なんせ俺はめぐるの幼馴染だからな。多分あの女の子達の中の誰かしらから告白されたか、あからさまな好きアピールをされたけどなあなあにしたまま遊んでるんだろう。千田環はそういう男だ。八方美人でタチが悪い。


「ごちゅーもんお伺いしまーす」

「じゃあ、いつもので」

「はいはい、いつものね」

「覚えたんだ?」

「おかげさまで」


 ハピバのセットでオニオン多め、サイドメニューはポテトでワンサイズアップ、ケチャップ追加、ドリンクはレモンティーのホットでミルクなし砂糖ありだろ。おかげでこっちはカスタムの腕が上がったよ。

 無言でタッチパネルを操作してると、やけに視線を感じで顔を上げた。めぐるがなぜかニヤニヤしながら俺を見ていた。


「……なに?」

「いや、別に」

「700円でーす、バーコード決済でよろしいですよね」

「完璧じゃん」


 フン。こいつはもう敵ではない。さっさとレシートを渡して次の人を呼ぶと、めぐるの友達、もとい俺のクラスメイト、そしてこの集団の中でもまだマシな方の万代(ばんだい)くんが前に来た。初日に俺にスマイルを所望してきた悪ノリの人だ。悪ノリだけど多分優しい方ではあると思う。めぐるの軍団とライブハウスに行ったときも、もみくちゃにされた俺を一番に救出してくれたし。


「一宮くんのオススメは?」

「え? え……、どれだろ。これかな……」

「ベーコンエッグフィッシュバーガー……。これ食うやつ実際にいるんだ。このメニュー謎にしぶといよね」

「は、はは」

「じゃあそれで。あとスマイルください」

「……」


 出たよ万代くんの悪ノリ。ひきつった笑顔を見せると、万代くんにフッと鼻で笑われた。前言撤回。万代くんは優しくなんてない。


「え、スマイル頼めるんですかぁ? じゃあ私もスマイルください♡」

「ダルいノリやめなって! 店員さん困ってんじゃん」


 万代くんの後ろから女の子達が顔を出す。もうどうしていいか分からない。ノリがウザいどうこうよりまず、俺は女の子とまともに喋れないのだ。


「あれ、もしかして隣のクラスの人だよね?」

「あっ、は、はい」

「やっぱり、万代と同じクラスの! なんか見たことある顔だなーって思ったんだよね」

「えー、そうなんだ、知らなかったー」

「今日はずっとここでバイトしてたんですかー?」

「は、は、はい」

「そうなんだー。今日クリスマスイブだよ? 誰かと遊ばないのー?」

「……ば、バイトあるんで……」

「へぇー、なんか寂しーねー」


 悪気があるのかないのか、失礼だよ! と女の子達はクスクスと笑った。とんでもない辱めを受けてしまった。情けなくて手元がぷるぷる震える。


「あーもー、後ろ詰まってるから! さっさと注文しなよ!」


 いつから俺達を見ていたのか、めぐるがやって来て女の子達を注意した。やっと真面目に注文し始めたのを、なんとか正気を保って受け答える。今日に限ってクソ客や俺の愚痴を受け止めてくれる先輩はいないのだ。彼女とデートだから……。

 駄目だ。考えれば考えるほど嫌になってきた。なんで俺はクリスマスイブにこんな惨めな思いをしなければいけないのだ。






4


 めぐるの軍団は、俺の立っている位置からよく見えるテーブル席を陣取った。せめて見えないところではしゃいでくれればいいのに。どうあがいても視界にチラチラ入ってしまう。こうなればもう俺のシフトが上がるのが先か、あいつらが退店するのが先かだ。チラッと店内の時計を確認すると、俺はあと30分で退勤だった。どう考えてもあいつらは30分以上居座るだろう。30分が早く終わればいいのに、とため息を吐くと、店内のチャイムが鳴ったので慌てて気持ちを切り替える。


「いらっしゃいま……あ!」

「あ……」


 俺とその人は目を合わせて、お互い呆気にとられた。驚いたけど俺の口角は徐々に上がる。スタスタと長い脚でやって来たその人は、上質そうなマフラーを外しながら俺に笑顔を向けた。


「一宮、ここで働いてたのか」

「う、うん! 最近だよ、冬休みから」

「そっか。ラッキーだったな」 


 なんと、二井だった。時々連絡は取り合っていたけど、実際に会うのは夏休みにあの図書館で知り合って以来だった。


「二井もこんなとこ来るんだな」

「俺をなんだと思ってるんだ?」


 二井は凛々しい眉毛を下げて苦笑いした。おー、マジでかっこいい。同い年にはとても思えない落ち着きっぷり。


「まあ、普段はあまり来ないんだけどな。迎えの車が時間かかりそうだから、たまたまここに寄ったんだ」

「迎え?」

「予備校に行ってるんだ。ここの向かいの」

「ああ、そうなんだ! じゃあ俺達、もしかしたらちょっとくらいすれ違ってたかもな」

「そうだな。一宮が働いてるんなら行く日が増えそうだな」

「え、うんっ! 来てよ、予備校終わったら毎日来て!」

「毎日はちょっと」


 このまま会話が弾みそうだったけど、後ろにできた列を見て慌てて注文を聞くことにした。


「ごめん、今あんまり……」

「ああ、そうだな。シフトは何時までだ?」

「あと30分で終わりだよ」

「そのあと予定は?」

「無いよ。今日お母さん遅番だし、ここで夜ご飯食べて帰ろうと思ってた」

「よかったら一緒に食べよう」

「……うん!!」


 俺の顔から今日一番のスマイルが出た。ラッキーすぎる。捨てる神あるなら拾う神ありだ。そうだ、俺ちゃんと友達いるじゃん。二井っていう俺には勿体無いくらいの友達が。


 そのテンションのまま次々と注文を受け、列が途切れたときにふと顔を上げるとめぐるがこっちを見ていた。そこで改めて自分の顔がニヤけていて気持ち悪かったことに気付き真顔に戻す。めぐるは隣にいた女の子に話しかけられて視線を逸した。






5


 定時になってからの俺の行動は早かった。さっさと着替えて一旦裏から退店し、もう一度表から店に入って普通の客としてメニューを注文した。二井がさっき頼まなかったサイドメニューを多めに頼んでみた。二井食べてくれるかな。

 脱・クリスマスひとりぼっちなこともあって、スキップしたいくらいの気持ちで階段を登ろうとした。二井は二階で食べている。

 一段足を掛けたところで、ぽんと肩を叩かれた。


「ねえ、さっきの誰?」


 めぐるだった。珍しく不機嫌そうだった。


「前言ってた人だよ」

「誰?」

「イケメンの二井」

「……あいつか……!」


 以前めぐるに「俺の方があいつより顔良いよな」と聞かれた際に煮え切らない答えを返してしまったのが引っかかっているのか、めぐるはより一層顔をしかめた。


「では失礼して……」

「待ってよ、どこ行くの?」

「二階行くんだよ」

「俺らと食えばいいじゃん」

「はぁ?」


 チラッとめぐる達の席を見ると、万代くんが微笑みながら俺を見ていた。絶対嫌だ。嫌に決まってる。俺があの席でなにを話すんだよ。


「いや……二井と食べるし……」

「はぁぁぁ?」

「そういう約束だから。じゃ!」

「あ、おい!」


 なんかこういう時だけやけにしつこいんだよな、めぐる。普段俺と遊んでくれないくせにな。


 二階に上がると、奥の方の二人席に二井が座っていた。二井は俺に気付くと、お疲れ様と言って迎えてくれた。なんか少し緊張する。


「二井、ナゲット食べる? パイもあるよ」

「貰っていいのか?」

「うん。クリスマスプレゼントな!」

「フフ……ありがとう」


 二井は笑った。悪うと目尻に皺が寄って優しい顔になる。最初はもっと怖い人だと思ったけど、笑った顔は凄く穏やかだ。


「俺もなにか返せたらいいんだけど」

「いや、俺が勝手にやったんだし。いらないよ」

「……じゃあまた来るから、またこうやって一緒に食べないか? ……これじゃあプレゼントのお返しにならないな……」

「え、そんなことない! 嬉しいよ!」

「よかった。俺の幼馴染も一宮に会ってみたいって言ってるんだ。いつか連れてきてもいいか?」

「あ、前言ってた人達?」

「うん。俺が他校の友達作るのが珍しいらしくて」

「へぇー……写真とかないの?」

「写真……」


 二井はスマホを操作して幼馴染の写っている写真を探し出した。指が長くて細い。なんて綺麗な指なんだ。動く指に見惚れていると、二井はあった、と口を開き、俺にその写真を見せた。


「中学の卒業式の写真だけど」

「……ッ!? 、ッ、ほ、え、……え、本当に全員幼馴染?」

「? そうだけど……」


 その写真に写っていたのは、学校の前でピースサインをしている男四人だった。二井は中学の頃から相変わらずの美貌の持ち主のようだけど、驚いたのはその他の三人。揃いも揃って、タイプの違うイケメンだった。ちょっとかっこいいとか雰囲気イケメンとかではない。本当に、ガチの、イケメンだった。


「……幼馴染っていう名前の、顔で選ばれたボーイズグループだったりしない?」

「……いや、普通に、保育園の頃からの付き合いだな」

「なんてこった……」


 幼い頃からの四人の仲良しグループがいて、四人ともとんでもねえ顔の良さなことある? 二井は自分達の特異性に気付いていないんだろうか。


「このヤンキーぶってるのが三好。最近やっとまともになったんだけどな。こっちの背が高いのが四ツ谷。目付き悪いけど力はないからそんなに怖くない。で、この普通そうなのが五藤。この中では割と話しかけやすい方だと思う」


 ふ、普通そう?

 二井はこの顔を普通と捉えるのか。ずっと一緒にいるとそう思えるのか。


「……なんか、やっぱり、俺が混じったら場違いじゃない……?」

「そんなことないだろ。俺達が歓迎してる」

「歓迎……」


 この中に混ざる自分が全く想像できない。それこそなにも喋れず借りてきた猫のようになりそうだ。


「俺は一宮と出会ったとき、初めて会った感じがしなかった。こいつらも俺と同じことを思う気がする」

「あ、俺も! 二井は昔から友達だった気がしてた!」

「じゃあ一宮も俺達の幼馴染かもな」


 嬉しいけど、うんとは答えられなかった。恐れ多すぎる。


「俺にも幼馴染いるんだけどなー、全然分かんないんだ」

「分からない?」

「うん。趣味合わないから全然遊んでくれないくせに、俺が友達作ろうとするとムキになるんだよ」

「へぇー……」

「俺が楽しい思いをするのが嫌なのかな。……これってモラハラじゃない?」

「ふは! そうかもな」


 二井はくつくつと笑った。面白いポイントなんてあっただろうか。

 会話に花を咲かせていると、机の上に置いていた二井のスマホが振動した。


「……あ、迎えが来たみたいだ」

「そっか。じゃあ俺も帰ろうかな」

「ごちそうさまでした。美味しかったよ」

「へへ……作ったのは俺じゃないんだけど」


 なんて丁寧な人なんだ。さっき俺のテンションをドン底まで下げた集団を経験していると、どうしても二井の上品さに惹かれてしまう。俺もこういう大人になりたい。

 身支度をして階段を降りると、あの机にめぐるが一人で座っていた。


「えっ、なんでまだいるの。他の人は?」

「帰ったよ。俺らもさっさと帰るよ」

「なんで? めぐるも一緒にみんなと帰ればよかったじゃん」

「おばさんに一緒に帰ってあげてって言われたんだよ」

「ええー……」


 この歳になってもまだこんなお願いをするとは。俺だってもう高校生の男だぞ。


「……っあ、いつもはこんな過保護じゃないよ!? なんか、たまたま! たまたまね!」


 大人な二井にこんなことを聞かれたのが恥ずかしくて、謎の言い訳をする。二井はいやいや、と首を横に振っていた。無駄に言い訳した自分が恥ずかしい。

 めぐるはハッと二井を見上げて立ち上がり、これ見よがしに俺の頭に手を添えて無理やりお辞儀をさせた。


「ああどーも、うちのまもるがお世話になりましたー」

「ちょ……」


 めぐるに引っ張られて出口に向かう。すると反対の腕を二井に掴まれて立ち止まった。


「シフトっ、何曜日?」

「えっと、木曜から日曜まで!」

「分かった。また来るな」

「……うん!」


 二井は手を振った。俺も振り返す。めぐるに引っ張られて足がもつれてしまった。

 外に出ると冷たい風が吹いていて、思わず身を縮こまらせた。


「俺自転車だけど」

「俺電車で来たから。自転車押して歩いてよ」

「え、めぐる電車で帰ればいいじゃん」

「だから、お前と一緒に帰れって頼まれてんだって」


 頑なに俺のお母さんの頼みを守ろうとしているので、俺は仕方なく自転車を引いた。隣にめぐるが歩く。大層不機嫌なようで、全然喋ってくれなかった。


「……なんか喋ってよ」

「喋ろうと思ってたよ。喋ろうと思ってたらまもるが二階上がって行ったから。俺たちの席座ってれば喋ってあげたのにね。まもるはもう俺と喋る時間逃しましたー」

「なんだコイツ……」


 めぐるってこんなに面倒くさい人間だったっけ。俺がめぐるを睨むと、めぐるも目を細めて俺を見下ろした。


「まもるに似合わないよ、ああいうおぼっちゃんみたいな男」

「じゃあ誰が似合うって言うんだよ」

「……万代とか?」

「本気で言ってる? 余計似合わないだろ」

「アイツよりマシだろ」

「俺の人間関係に口出ししてこないでよ」

「……じゃん」

「え?」

「……俺でいいじゃん」


 思わず足を止める。めぐるは俺を無視してスタスタと歩き続けていた。今のは空耳だったんだろうか。俺は数歩走ってめぐるに追いついた。

 めぐるは耳と鼻の先を赤くして、ツーンと澄ました顔で前を見ていた。なんだかムカついた。


「じゃあそんなこと言うなら、めぐるも俺だけ選べよ」


 返事、無し。あれ、俺言葉ミスったかも。俺なんかめちゃくちゃ恥ずかしいこと言ったか。


「……や。やっぱ今の無しな」

「……あ、俺も……」

「……なんか寒いな……」

「……12月だしなぁ……」


 これ以降一切会話はなかった。

 ただひたすら歩くには長い道のりを歩き続け、めぐるは律儀に俺を家まで送ってくれて別れた。






6


「ただいまー……」

「おかえり守ー! 私も今帰ったとこー!」

「お疲れ様ー」


 リビングに入ると、お母さんはせっせと冷蔵庫から小さなケーキの箱を取り出した。開けるとケーキが2ピース入っていた。ショートケーキとタルト。お母さんはどっちがいい、と俺に聞いてきたけど、ショートケーキを選ばないとどうせ文句を言われるだろうからショートケーキを選んだ。お母さんはやった♪ と言ってタルトを手にした。

 録画していた深夜放送の海外ドラマを流し、ぼーっと画面を眺めた。労働後でお疲れなのはお母さんも同じようで、俺と同じ顔をしてテレビを眺めていた。一宮家にクリスマスの面影はない。


「あ、てかお母さん、俺流石に一人で帰れるって」

「ん?」

「そこまで過保護なの恥ずかしいし」

「ん?」

「……めぐるに俺と一緒に帰れってお願いしたんでしょ? もう俺も高校生だしさー、夜道も普通に大丈夫だって」

「は? 環くん?」

「は?」

「私なんにも言ってないけど?」

「え? 今日めぐるに、一緒に帰れって……」

「言ってないって。そういえば環くんに、まもるがあそこで働いてること言っちゃった! ごめん!」

「あ……いや……」

「環くんこの前久々に会ったけどまたかっこよくなってたわー。あれは近所で噂になるのも分かるな」


 お母さんはさっさとタルトを胃の中におさめ、皿を洗いに行った。俺はお母さんの言葉をぐるぐると考えていた。


 え、そーなの?


 え、そーーーなの?


 めぐる、自分の意志で俺と帰ってたの? わざわざ? なんで?


「なんでぇ……?」

「だから、環くんがかっこいいからだって。お母さんがあんたらと同い年だったらファンクラブ作ってるわ」


 その話じゃないんだよ。てかめぐるのファンクラブはもうあるんだよ実際。

 俺はスマホを取り出してめぐるのトーク画面を開き、キーボードの上で親指をふよふよと動かしてみたけど、なにを書こうか全く思いつかなかった。3分くらい考えても言葉が出てこず、結局『送ってくれてありがとう』とだけ打った。なんて返ってくるのか。数十秒後に、めぐるから返信。


『おばさんに、俺に送ってもらった報告とかしなくていいからねー』


 それを見て、俺は何故か分からないが心臓がうぞうぞとして、思いのままスマホをソファーに投げつけ、奇声を上げながらお風呂に入った。


 なに、なに? 本当になに? 俺の幼馴染の千田環ってなに?









●一宮 守

一宮守は自分から離れている存在に惹かれてしまう罪作りな男である。


●千田 環

押せばいけることにまだ気付いていない。



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