1
「俺最近すげえ体重くてさ……」
「え、俺も。起きてからずっとぼやぼやしてんだよ」
「だよな!? 俺授業も集中力続かなくて」
「ぼーっとしてる間に一日が始まって、ぼーっとしてる間に一日が終わる感じ」
分かる分かる、俺も最近そうなんだよ、と思わずクラスメイト達の会話に混ざりたくなった。なんならさっきまでやってた古文の授業も記憶がない。途中で爆睡をかましていたらしい。ヤバイ、と思って体を起こしたらクラスのほぼ大半が死んでいた。教科担任、一体どういう気持ちで授業やってたんだろう。
「早乙女、帰ろ」
「あ、うん」
古文の授業で今日は終わりだった。支度を終えた水上は俺に声を掛けた。一緒に帰ると言っても、俺は寮生で水上は実家暮らしだからほぼ玄関までだけど。
寝起きのせいか、やけにぼーっとした頭で先程までの屍の山のような教室を思い返す。
「最近気力のない人多くない?」
「早乙女ってそんなパワーキャラだっけ」
「いや、そうじゃなくて……みんな元気ないっていうか」
「気圧とかのせいじゃない? 寒暖差も酷いし」
「うーん、そうなのか……」
「知ってる? 今年って夏が半年続いてるらしいよ」
「え、マジ?」
オイ、春夏秋冬美しい日本はどこいったんだよ。俺達の秋を返せ。そりゃみんな元気なくなるよ。
「そういえば早乙女、今日はなんの日だ」
「ハロウィンだろ」
「ブッブー。日本茶の日でしたー」
「部分点くらいはくれてもいいだろ」
「ということで、ハイ」
水上はカバンから何かを取り出し、俺に手渡した。日本茶のパックだった。
「俺からのハロウィン」
「ハロウィンじゃん、ハロウィンって言ってるじゃん」
「早乙女は俺になんかないの?」
「ハロウィンヤクザが……」
じゃあ、と俺はお返しに胸ポケットに奇跡的に入っていた飴を渡した。水上はあからさまに渋い顔をしていたけど、キレなかっただけ自分を褒めたい。水上はその封を開けて飴を口に放り込んだ。
「ハロウィンってさ、先祖の霊と一緒に悪霊も来ちゃうらしいから、変なモノとか落ちてても拾わないほうがいいよ」
「なんで?」
「台湾とかって、道に落ちてる赤い封筒拾ったら駄目じゃん。ああいう感じ」
「……え、怖」
「まあハロウィンに関しては今俺が作った迷信なんだけど」
「なんでそんなこと言うの?」
水上はニタニタと笑って靴を履いた。今までに水上のついた嘘、語録にできるんじゃいか。
「じゃあね早乙女、ハッピーハロウィン!」
「おーう」
手を振り返して水上と別れた。自分で言っときながら、おーうってなんだよ。ハッピーハロウィンって言われてなんて返すのが正解だ。ハッピーハロウィンでよかったのか? そもそも日本にない文化なんだから、ハッピーハロウィンって言われてもな。何をもってハッピーなんだ。ハッピーハロウィンってなんだよ。
誰のハッピーハロウィン?
2
一般生徒と芸能科の生徒が簡単に交流できてしまう場を作るんじゃない。隔離しろ、絶対誰の目にも触れることのないような辺境の地で管理しろ。
「魔物かと思ったら、なんだ早乙女か」
「……」
風呂上がりにフラフラーっと自販機に寄ったのがいけなかった。いや、俺の行動にいけない点なんてない。コイツの存在そのものがいけない。俺は視線をまっすぐ目の前の自販機に固定して、無名ブランドのお茶を選んだ。
「おい! 無視すんな!」
「あ、魔物なんで人間の言葉分かんないです」
「喋ってんじゃねえか! クソが!」
「ッ痛ァ!!」
隔離すべき存在、射手矢が俺の肩を掴んで無理やり体を翻してきた。
「なんだよ、鬱陶しいな早くどっかいけ!」
「あ゛あ゛!? お前今日がなんの日か知っててそれ言ってんのか!?」
「は?」
射手矢は眉をひそめて俺に手を差し出した。なんだよコイツもヤクザかよ。
「はい」
「いらねえよ!」
射手矢に今自販機から取り出したお茶のペットボトルを渡したが、受け取ってくれなかった。
「今日は日本茶の日だぞ」
「え、あ、そうなん……いや、じゃなくて! 違うだろ、もっとあるだろ!」
「あー、もう、分かったから」
俺は、奇跡的に何故かジャージのポケットに入っていた飴を射手矢に渡した。水上にあげた物と一緒だ。
「ん」
「……なんだよ、あんのかよ……」
「あ? 貰っといてその態度はないだろテメー」
「……」
なにやら射手矢は大層不満なようで。
お菓子強請って貰えるだけ感謝しろよマジでこいつら。飴をなんだと思ってんだ。
飴をポケットにしまった射手矢は、今度はもじもじと落ち着き無く体を動かしていた。気持ち悪いな。
「お、俺に聞いてくれてもいい……ぞ」
「なにを?」
「だから……ハロウィンの、文言」
「ああ」
「……」
「……別に俺お菓子いらないから言わないけど」
「……ッ……クソッ!! 俺がせっかく……!! アホ! 早乙女のアホ!」
「なんなんだよお前ほんとムカつく!!」
射手矢ってなんでこうも俺だけに気持ち悪いほど突っかかってくるんだ。悪口を言うだけの執念が凄すぎる。こんなのが本当に芸能界でやってけてんのか。王子様だと騒いでるファン、見る目なさすぎだろ。
さっさとこの場から逃げようと思い、自販機の釣り銭を取ろうと取り出し口に手を入れた。すると、硬貨がぶつかる音と一緒にカサカサっと紙のような音がした。
「なんだこれ」
手のひらを広げると、折りたたまれた白い紙が釣り銭に混じっていた。誰かが置いていったのだろうか。なんでこんな所に?
「なんだよそれ」
俺の声に反応したのか、射手矢も俺の手元を覗き込む。その紙を広げると、数本の格子が書かれていた。あみだくじのようだ。
「……は?」
「……早乙女、射手矢、……獅子倉の名前もある」
「え、本当になにこれ、怖すぎる」
それはただのあみだくじではなかった。何故か俺と、俺にゆかりのある人たちの名前が書かれていて、そしてその反対側の先端には、吸血鬼、ゾンビ、悪魔などのいかにもハロウィンらしいモチーフの名前が書いてあった。
「……これ射手矢が書いた?」
「こんな気味の悪い物書くわけないだろ」
「射手矢が書いてない方が怖いんだけど。誰が書いたんだよこんなの……」
ふと、水上の言っていた変なモノは拾わないほうがいいという言葉が頭の中を高速でよぎり、俺はすぐさまこの紙を射手矢に押し付けた。
「お前、飴だけじゃ物足りないだろ。これあげる」
「は!? いやいらねえよ! お前が拾ったんだからお前が責任持って管理しろ」
「いやホント、俺こういうの駄目なんだって」
「こんなのどうすりゃいいんだよ!」
呪物の押し付け合いをしていると、その紙ははらっと俺達の手から離れていき床に落ちてしまった。あ、と俺達は一緒になってその紙を見下ろす。
すると突然、強烈な酩酊感に襲われ視界がぐにゃりと大きく歪んだ。
俺の記憶はここまで。やっぱりハロウィンに変なモノは拾わないほうがいいかもしれない。
3
「──これが火属性魔法の発生要素ですね。どれか一つでも欠けていては魔法は使えません。ではこの中の一つが足りないとき、何で補えばいいのか、または何かを代用して他の属性の魔法が使えるのかをレポートにまとめてきてください」
落としていた視線の先をじっと眺めた。俺のノート。俺の字だ。今俺は椅子に座っていて、黒板と向き合っている。
訳が分からない。これはなんの授業だ。これは、本当に俺が書いたノートなのか。知らない文字と記号がたくさんある。
「……まあ、あなた達はレベル0ですから、ただ予想することしかできないでしょうけど」
顔を上げた。いかにも、な尖った眼鏡を掛けたおばちゃん教師だった。こんな先生は見たことがない。意味は全然分からないけど、多分悪口を言われた気がする。
ここでチャイムが鳴った。聞いたことがない古めかしい鐘の音だった。ゴウンゴウンと学校に響き、俺はふと教室を見渡した。知っている生徒が全くいない。窓の外の景色も見たことがない。空はどんよりと黒い雲に覆われていて、まるで夜みたいだった。
授業が終わった途端、周りの生徒はさっと立ち上がって身支度を済ませ、足早に教室を出て行った。友達同士の会話も、授業が終わった開放感もなにも感じられない。俺は不安になって近くにいた生徒に話しかけた。
「あ、あの、ここって」
「……」
その生徒はちらっと俺の方を見たけど、俺の言葉尻を聞くまでもなく無視して去って行った。どこか怯えているようにも見えた。
どうしよう。俺はとんでもなくアウェイなところに来てしまったのかもしれない。
呆然と立ち尽くしていると、背後から誰かに肩を叩かれ、思わず声が出そうになった。
「早乙女、帰ろ」
「み、水上!!」
「ん?」
水上だった。これは普通に嬉しい。俺が大げさに反応したせいか、首を傾げている。よく見ると水上の着ている制服もいつものと違うようで、かなり格式張ったようなつくりになっている。
「お前、水上だよな」
「え、うん」
「お前いつからこの世界にいる?」
「は?」
水上は宗教? と言って、大して俺を気にすることなく歩き出した。やっぱり俺だけがおかしいのか。
「あみだくじ、水上が書いた?」
「なんの話?」
「なんだっけ……俺が人間で、水上が……」
「ん?」
「ていうか俺って気絶したからこうなってんの? 明晰夢? ここって俺の空想?」
「大丈夫?」
流石に俺の発言に違和感を持ったのか、水上は俺のおでこに手を伸ばした。ぴたっと手のひらが吸い付いた瞬間、何故か俺は得体のしれないゾワゾワとした感覚に襲われて鳥肌が立った。
「熱……あるのかな。分かんないな、俺だと体温低すぎて比べられない」
水上の手はかなり冷えていて驚いた。この冷たさで衝撃を与えても元の世界に戻らない。頭の打ちどころでも悪かったのだろうか。
「ヤバイ……俺の三途の川、こんなに異世界なのかよ。もっと川と綺麗な花畑とかのが良かった……」
「本当に大丈夫?」
「この学校って川とかある?」
「いやー、池はあるけど川はないね」
「向こう側に渡る儀式とかはなさそうだな」
池だったら向こう側に渡っても徒歩で元の場所に帰ってこれそう。どうにかして目を覚ますまで、俺はこの世界で生きていかなければいけない。とりあえず水上に着いていくことにした。
「さっきの授業さ、レポート書けなんて無理じゃない? 俺魔力1mmも持ってないから実践もできないのに」
「魔法使える人に手伝ってもらえばいいじゃん」
「そうなったらもう俺水上しか頼れないんだけど」
「えーーーまあ、えー、どうしよっかな」
「なんで勿体ぶるんだよ。てか水上くらい魔力持ってるやつがレベル0のクラスにいるのがおかしいんだよ」
「実力テストのとき手抜いたからね」
「それ絶対他の人に言うなよ……なんで手抜く必要あるんだよ」
「だってレベル5のクラスとか行ったら絶対大変だもん。テスト勉強しなくても単位取れるくらいのレベルがいいでしょ」
そうだった。水上はこういうやつだった。お前は相変わらずだな、と言うとまあね、と返ってきた。
必要最低限の灯りしかない廊下を歩くと、いつの間にか玄関に辿り着いていた。俺は寮生で水上は実家暮らしだからここでお別れになる。
「レポート手伝ってあげてもいいよー」
「上から目線ムカつく」
水上が手を振ったので、俺も振り返した。水上の背中が遠のいていく。
あれ、なんかこの光景見覚えあるな。
……あ、そうか。前の世界でもこうやって水上と別れたんだった。別れて、いつも通り寮に戻って、いつも通りご飯を食べて課題をして風呂に入って、そして……。
と、やっと思い出して俺は冷や汗を流した。
俺なんで水上と当たり前のように会話してたんだ。魔力とか魔法とかレベルってなんだよ。前の世界ってなんだよ。恐ろしいことに、たった少し水上と話しただけで自分が元々ここの世界の住人だと錯覚していた。
4
かろうじて舗装されたような石畳を抜けると、凄まじく大きな洋館のような建物がそびえ立っていた。そうか。ここは学生寮だ。俺はこの世界でも寮生らしいので、ここで寝食をするのだろう。
中に入るととあるホールにいろんな生徒が吸い込まれるように入って行ってた。中をチラッと確認すると、夢みたいに良い匂いが漂っていた。大きな机が各所にあり、その上にはバイキング形式で様々なご飯が乗っていた。中はかなり広く、いたるところに生徒用の飲食スペースがある。ここは俺も利用していいんだろうか。いいか。どうせ俺の空想だしな。
ホールの中にはいろんな生徒がいた。頭から耳が生えていたり、ふさふさの毛が生えていたり、物凄く体が大きかったり、極端に小さかったり、明らかに人間じゃない人までいる。逆に普通の人間な俺が目立つくらいだ。自意識のせいか、やけに周りからの視線も感じる。普段だったら気にするけど、まあこれ俺の空想だし大丈夫。
それより目の前に広がるこのご馳走。どういう仕組みか、生徒がどれだけ取っても元の出来たてのような形に戻る。量が減らない。つまり好きなものを好きなだけ食べられるのだ。最高だ。さてなにから食べようか。
食品サンプルくらい綺麗な色をしたローストビーフを取ろうとトングに手を伸ばすと、会場内がざわついた。気になって俺もみんなが見ている方向に視線を向けた。
「きゃあっ、なんでここにいるんだろ!」
「珍しいねーっ。普段こんなとここないのに!」
「二人ともかっこいい〜……」
周りの角の生えた女の子達が噂をしていた。なんだか嫌な予感がした。
そして嫌な予感どおり、注目されているその二人は、ローストビーフを大量取りしている俺の目の前までやって来た。
「フン、貧乏人は下品な盛り方をするな」
「じゃあ貴族はお上品にパセリ一つでも食ってさっさと出て行ったらどうですか」
射手矢だ。出会い頭にコレだよ。声を聞くだけでイライラしたので、ローストビーフの大皿に添えてあったパセリを一つだけコイツの皿に置いてやった。射手矢は一瞬だけ鬼の形相になったけど、流石に周りの目を気にしているのか、静かに息を長細く吐いた。この世界の射手矢はアンガーマネジメントを覚えているようだ。
なるべく射手矢との接触を避けたかったので、ローストビーフを盛った皿を両手で持ちながらすたこらとテーブルに移動した。すると射手矢と──その後ろにいた獅子倉くんも着いてくる。席に座ると、何故か二人とも同じテーブルに座り出して、当たり前かのように食事を始めた。最悪だ。よく嫌いなヤツと飯食えるな。
「お前の可哀想な成績見たぞ」
「は?」
「ただでさえレベル0なくせに、その中でも更に下位なんてな」
「……」
成績……最近教室外に張り出されていた定期テストの順位表を見たのだろう。定期テストはクラスごとに内容が違う。そしてクラスは0〜5のレベルごとに人が分けられている。レベルとは、習熟度みたいなもので、レベルが高いほど高度な魔力が使える。そして俺はレベル0だった。1ですらない。レベル0の生徒の殆どは、魔力を一切持たない普通の人間であることが多い。俺はそのレベル0のクラスの中でも成績が下の方だった。落ちこぼれ中の落ちこぼれらしい。
「お前はなにやっても駄目だな。俺と一緒の空気を吸えることに感謝しろ」
「願ってないんですが……」
「なんか言ったか?」
俺が小さく舌打ちをすると、射手矢はギッと俺を睨んだ。ワイングラスに入った赤黒い液体を綺麗に飲んでいる。射手矢の手元の更にはハムスターの食事か、というくらいの量の料理しか乗っていなかった。そうだった。射手矢は吸血鬼だった。あれ、俺普通にコイツと会話したけど射手矢って元々この世界の人だっけ。俺と一緒のタイミングでこの世界に来たはず。……この世界に来るってなんだ?
「俺飲み物取ってくるけど、おかわりいる?」
「ああ」
射手矢が、隣にいた獅子倉くんに空いたグラスを渡した。獅子倉くんはそれを受け取って、ついでに俺にもなにかいるか聞いてくれた。この空間における唯一の良心かもしれない。そんな獅子倉くんは、他の生徒や射手矢と違って、見た目は至って普通の人に見える。獅子倉くんってなんの人だっけ。あまり関わったことがないから獅子倉くんのことをよく知らない。
「射手矢っていつから吸血鬼だっけ」
「頭沸いたんか?」
「いや……俺ってずっとレベル0だった?」
「自分の魔力の無さにとうとう現実逃避か」
「現実逃避か……」
なんだか頭がぼやぼやする。俺が射手矢にまともに返さなかったせいか、射手矢は柄にもなく調子を崩していた。
「射手矢、ご飯それだけで足りるん」
「……お前今日やけに喋ってくるな」
「……確かに。何故か聞きたいことがたくさんあって……別に射手矢にたくさん話しかけたいとかではない」
「お前は魔力がない上に言葉選びも最悪だな」
お前が言うな選手権堂々の一位。もう飽きたぞこの選手権。
「俺は栄養の殆どを血で摂取してるからこれで全然問題ない。寧ろ料理もいらないくらい」
「じゃあ食べなくて良くない? なんでこんなとこいんの?」
「……」
射手矢は俺を睨みつけて舌打ちをした。なんだよコイツ。どこまでも意味が分からない男だ。
射手矢の顔を見ているとなんだか食欲が減衰してきたので、大量のローストビーフをさっさと口の中に詰め込んで、トレーを持って席を立った。
「おい、待てよ!」
射手矢が少し強めの声で俺を呼び止める。なにか言いたいことがあるようで、口をもごもごと動かしていた。
「何?」
「その……お前、なんというか……気をつけろ」
「は?」
「お前みたいなザコの人間には気付けないだろうが、多分何かに狙われてる」
「……え?」
「お前みたいなザコの人間には気付けないだろうが」
「そこを復唱してほしいんじゃないんだよ」
狙われてるとは。なんだよそれ。いつもの射手矢の俺に対する脅迫だろうか。
「俺を狙う酔狂なやついないだろ。もっと獅子倉くんとかの方が気にしたほうがいいんじゃない」
「あ゛? 獅子倉?」
「怖」
あ、そうだった。射手矢って獅子倉くんガチ勢だった。ちょうど獅子倉くんが席に戻って来てなに? と話に入ってきたので、俺はめんどくさくなって食堂を後にして自室に戻った。
あれ、俺なんで自分の部屋の行き方知ってるんだ。
5
この学校は、俺の所属するレベル0クラスに到達するまでに必ずレベル5〜レベル1までのクラスの前を通らなければいけない。嫌でも。レベル5クラスの前を通ると射手矢と獅子倉くんの姿が見えて、走って通り過ぎた。関わらないのが一番。それにしても、窓の外は今日も陽の光が少しも射さない良い天気だ。
教室に入ると相変わらず静かでピリついた空気が漂っていた。環境音と生活音しか聞こえてこない。そんな中でも俺は水上に挨拶をした。このクラスで唯一水上だけは俺とまともに会話してくれる。
午前の授業が終わり、昼食の時間になって俺は水上に昨日射手矢に言われたことを聞いてみた。
「俺って誰かに狙われてんの?」
「早乙女って誰かに狙われてんの?」
「いや俺が聞いてんだって」
「早乙女も遂にモテ期かぁ」
「そういうことじゃなくて……」
それだと嬉しいんだけどな。でも多分射手矢が言っていたのはそういうことではない。
「そんなの今更じゃない?」
「え?」
水上があっけらかんと言ってのけた。
「魔力を持ってない普通の人間って美味しい味がするから」
「あ、味!?」
「だからクラスの殆どの人が学校終わったらさっさと実家に帰るんだよ。他の生徒に食べられないようにね。早乙女くらいだよ、人間なのに寮で暮らすの」
「そうだったの!?」
「鮫の群れの中に生肉入れるようなもんだから」
「え、俺ってめっちゃアホじゃない?」
「そうだよ、アホだよ。なんで寮暮らしなの?」
「……なんでだっけ?」
なんでだろう。思い出せない。俺の意志とは関係なしにこの生活が突然始まったような気さえする。
「早乙女が狙われてんの、今更気にする? 美味しそうだからだよ」
「そういうこと……なのか?」
「そういうことでしょ」
「そういうことなのかぁ……」
9割その答えな気がするけど、1割の疑いが晴れずモヤモヤする。今更そうなのだとしたら、いちいち射手矢がああ言ってきた意味はなんだろう。
なにはともあれ、俺は普通の人間なので、朝購買で買ったパンをお昼ご飯にしていた。目の前の水上はなにもせず、なにも食べず、ただじっと俺の食事風景を見ていた。
「水上、飯食わないの?」
「だから、固形物食べても意味ないんだって」
「あれ……そうか。なんだっけ、バク……と、悪魔の……」
「夢魔ね」
「……夢魔の」
「分かりやすく言うと淫魔ね」
「俺がわざわざオブラートに包んで言ったのに」
俺は一応健全な高校生なのでね。若干卑猥なワードも避けたいのだ。
水上は獏と夢魔のハーフだ。獏は夢を食べる生き物で、夢魔は人の夢の中でエロいことをして栄養を摂取する悪魔。でも水上の魔力比的には獏の力の方が強いらしく、エロいことをしなくても人の夢を食べるだけで十分栄養摂取ができるらしい。
「ずっと気になってたんだけど、夢ってどうやって食べるの?」
「説明するの難しいな。いろんな食事形式があるんだけど、例えばアレ」
水上は机に突っ伏して寝ている生徒を指差した。
「俺がアイツの頭の中に入って、その記憶を半分貰う。入るってのは俺の意識とアイツの意識の周波数を合わせるみたいなことね。この教室にいる人達の距離感だったらできそう。これが一番オーソドックスかな。でもこれは対象の人が近くにいないと出来ない。いちいちそんなことやってらんないし、殆どの日は俺の影の半分を外の世界に飛ばして、無差別で間接的に人の頭の中に入ってる」
「自分の影にも意識があるってこと?」
「うーん……影に意識はないんだけど……。まあ、ネットショッピングしたら自動的に俺の家に荷物が届くみたいな、でもその商品は選べない感じ」
「分かりやすいような、そんなこともないような」
「分かんなくていいよ」
「でもそんなランダムに夢食べてたら、当たり外れもあるんじゃない?」
「あるよ。すっごいある。だから、外れが続いて全然栄養取れないときは、無理矢理調理してる」
「調理とかできんの?」
「夢を濃厚にする裏技ね」
「え、聞きたい」
「……えー、じゃあこれ誰にも秘密なんだけど」
そう言って、水上は自分のノート数札を重ねて机の上に置いた。そしてなんの前触れもなく、そのノートにボールペンを勢い良く突き刺した。メキョッ! と聞いたことのない音が聞こえる。ボールペンがノートに食い込んで、数冊が貫通していた。一瞬俺の心臓が止まった。これが人間と悪魔の違い。
「な、な、な、なんすか、秘密にしないとお前もこうなるぞってことっすか」
「違うよ。このノート見て。一冊目は完全に貫通して、二冊目はギリギリ貫通、三冊目は数ページしか貫通してないでしょ?」
「あ、ハイ」
水上はノートに突き刺したボールペンを勢い良く引っこ抜いた。何故かボールペンは無傷だった。こうなると水上が凄いのかこのボールペンの耐久力が凄いのか分からない。
「俺が普段食べてる夢はこの一冊目の夢。で、二冊目の夢はもっと美味しい」
「どういう意味?」
「夢の中の夢って言えばいいのかな。時々無い? これは夢だって分かってる夢の中で、自分が更に寝てたりすること」
「ああ、時々あるかも」
「そういう夢の中で寝てる人の夢に入ると、夢がめちゃくちゃ美味しいし栄養価も高い。でも二冊目のノートは俺の力ギリギリで貫けたみたいに、普通の夢より潜入するのが難しい」
「なるほどね。じゃあ夢の中の夢の中の夢はもっと難しいってこと?」
「うん。そういうこと。夢の中に入って、俺の魔力で相手を眠らせてその夢の中に入ることはできるんだけど、更にその中で相手を眠らせてってなるとちょっと厳しい。途中で本人に『誰かに介入されてる』って気付かれる可能性が高くて、夢から覚められるから」
「ほー、獏も美味しいご飯食べようと思ったら大変なんだな」
「そうなんだよ。だからか知らないけど、最近普通の食事じゃ満足できなくて」
「……調理が足りない?」
「いや、ご飯の種類というか」
「?」
「んー……母親に似てきたのかな……」
「……水上の母親って」
「夢魔だね」
「……」
……ちょっと想像して、やっぱり友達のそういうところを想像したくないのでやめた。
「……普通の夢でいいなら、俺の夢食っていいから」
「あ、ほんと? でも早乙女の夢ってなんか苦くて硬いんだよね。もっと甘くてふわふわな感じにしてくんない?」
「人の夢にケチつけんな。ってかいつの間に俺の夢食ってんだよ」
「早乙女なんか授業中に食べ放題だよ」
あ、そういうこと。やっぱり授業は真面目に受けるべきだな。
6
水上のあんな話を聞いた後なので、俺の行動も今更慎重になってしまう。学校が終わって寮に戻り、昨日食事をしたホールをチラッと覗いて、満員だったので諦めて自室で夜ご飯を食べようとした。ここで食事ができないとなるととても不便だ。寮生はちょっと外に出るだけでも外出届を出さないといけない。コンビニエンスな店にふらっと行くことも出来ない。なので購買で余ってる何かを買うという手段しかない。俺はメロンパンを手に引っさげて寮内の廊下を歩いた。
すると奥の方からドタドタとうるさく走ってくる音がした。その音はこちらにどんどん近付いてきて、そして俺が危険を感じて顔を上げた頃には、その人物に締め上げられていた。
「ウグ!?」
「早乙女くん見つけたー!!」
「ンー、ンーッ!!」
窒息間近。三途の池を渡るんじゃなくてここで普通に死ぬかも。
俺が反射的に両手をパタパタと動かしていると、その人は俺の持っていたメロンパンに顔を近付けてすんすんと匂いを嗅いだ。
「これ亀のマークの会社のー?」
「ンンンン」
「ここのメロンパンが一番ケチャップと合うよねー」
「ング……」
あ、ヤバイ。そろそろ……。
白目を剥きかけたところで、目の前に垂れ下がっていた髪の毛の束を弱々しく引っ張った。すると漸く自分の馬鹿力に気付いたらしいその人は、パッと両手を俺から離した。
「はぁ……。蟹井くん……この世界にもいるんだね……」
「このセカイってなにー?」
「……この世界ってなんだろう?」
自分で言っといて、この世界ってなんだよ。他の世界なんてないだろ。
「グラウンドに絵描くやつ?」
「それは石灰……あとあれは絵を描く道具ではないよ」
「俺あれでグラウンドに絵描いたことあるよ」
「なんの絵描いたの?」
「大きいお墓の絵」
「……」
蟹井くんは相変わらずだ。お絵描きジャンキーなので、手段と場所を選ばず描きたいものを描きたいときに描くのだ。
そんな蟹井くんを見上げると、頭の上で猫の耳がぴょこぴょこと動いていた。人間の耳もあるので、蟹井くんは人の何倍も音を拾えるらしい。鼻も良く効くらしく、俺の足音が聞こえればすぐに飛んでくるし、俺の匂いをしきりに嗅がれる。あまりにも執拗に嗅ぐので、もしかしたら俺からバッドスメルがするのではないかと思い蟹井くんに聞くと、挨拶だよ、と返された。挨拶長くない?
「蟹井くん、今日もずっと寮にいたの?」
「うん、そうだよー。早乙女くんもずっと自分の部屋いればいいよ」
「そんなことできないよ。俺がそうなったらマジで留年しちゃう。レベル0クラスにすら入れてもらえない」
「なんでー? 俺は授業受けなくてもレベル3いけるよー」
「俺みたいな魔力0の人間と蟹井くんとではね、違うんだよな、なにもかも」
「んふ!」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
蟹井くんは楽しそうにゆらゆらと揺れ、尻尾まで陽気に揺れていた。んん、非常に可愛い。
「早乙女くん、いつもみたいに撫でてー」
「はいはい」
こんな往来で大男を撫で回すのは恥ずかしいので、人目のつかない階段下に移動した。蟹井くんは俺が撫でやすいように頭を下げ、長い尻尾をタシタシと床に叩きつけていた。
猫の方の両耳の間に手のひらを置き、くしゃくしゃと撫でると耳がぺしょ……と垂れ下がった。可愛かったので隈なく頭の上を撫でる。更に顎の下に指を当ててこしょこしょと動かすと、蟹井くんの鼻からゴロゴロと人間には出せない鳴き声が聞こえてきた。めちゃくちゃ可愛い。俺の実家ではデブ猫を飼っているので、こういう大きな猫には大層弱い。
ご機嫌になった蟹井くんは俺にすりすりと体を擦り付け、そして長い尻尾を俺の体に巻きつけた。これされると中々抜け出せないんだよな。
「早乙女くん、いつになったら俺のこと使い魔にしてくれるのー?」
「え……? そんな話があったの?」
「あったよ!」
「あったっけ?」
「あったよー」
「あったかぁ……」
そうだっけ。蟹井くんとの会話って内容が二転三転するから記憶に残らないことが多い。そんな話聞き覚えがないけど、ご飯と絵の話に挟まれていたのかもしれない。
「いや、俺魔力0の普通の人間だから使い魔は契約できないよ。悪魔とか魔女とかに頼まないと」
「できるよ。俺のことペットにすればいいよ」
「ペットは、蟹井くんの中で使い魔と一緒な感じなの?」
「うん!」
「ペットか……。ペットな……。でも蟹井くん、どう考えても人型だからな。ペット扱いはちょっと気が引けるかも」
「なんで? 俺黒猫だよー」
「でもめっちゃ人じゃん」
「俺猫だよ!」
「猫だけどさあ……」
「俺のこと、撫でてくれてるよ!」
「猫扱いはできるけど、ペット扱いはできないよ。なんかそういうプレイみたいになっちゃうじゃん。それとこれとは別」
「んみゃー!!」
蟹井くんは眉毛をきゅっと引き上げた。俺を巻きつけている尻尾に更に力が加わる。蟹井くんはただの猫ではない。魔力を持った化け猫なので、人間の比にならないほど力が強い。なので尻尾で締められてもかなり苦しい。
「蟹井くん痛い痛い! ごめんて、でもやっぱり蟹井くんは人にしか見えないから!」
「早乙女くん、俺の目見て」
見て、というか、強制的に向かされた。蟹井くんの力だろうか。無理矢理目が合った蟹井くんの目は、いつもの色と違って赤く光っていた。逸らすに逸らせない。思考が全て止まって、頭の中が蟹井くんの声で埋め尽くされる。
「早乙女くん、俺のこと使い魔にして」
「あ……」
「いいよね? 頷くだけでいいよー」
「お、俺」
「ね?」
「……」
そうだよな。頷くだけでいいんだもん。ただ首を縦に動かすだけ。蟹井くんの目を見てると全てのことがどうでも良くなってくる。俺は何を躊躇ってるんだ。頷いちゃえよ、不都合なことなんてないんだし。こんなに可愛いし。
「蟹井せんぱーーーい!!」
「ミイッ!!」
突然遠くから声が聞こえ、蟹井くんは無い体毛を逆立てた。途端に俺に巻き付いていた尻尾は離れ、声がした方向とは反対の方にドタドタと逃げてしまった。
そしてその後を追うように、軽やかに走ってくる生徒が一人。
「あー、逃げられちゃった」
俺の側で立ち止まって肩を落とした人物──八木沼くんは、ふさふさの尻尾を垂れ下げた。その割に顔は悲しくなさそう。
「あ、早乙女先輩。ちす」
「ちす……」
俺のことなんか眼中になかったみたいに、今気付いたような素振りをされた。八木沼くん、もしかしたらこの学校で射手矢より苦手かもしれない。
「俺の声しただけで逃げてくのどう思います? 酷すぎません?」
「あー……。……あー、アレじゃない? 蟹井くん猫だし、八木沼くん狼だし。狼ってイヌ属だし、本能的に逃げちゃうんじゃない?」
「犬と猫が仲良く共存できてるご家庭もあるのに。世は不思議っすね」
「そうだね……」
多分普通に八木沼くんのことが嫌いなんだと思うよ、とは口が裂けても言えなかった。
八木沼くんは人狼で、蟹井くんのように耳と尻尾がついている。狼は群れで行動し、その集団の中にも厳しいカーストや戒律があるらしいけど、多分八木沼くんはそういうタイプではない。昔群れを追い出された、とも言っていたような気がする。そりゃそうだよな。八木沼くんはサークルクラッシャーでしかないだろう。
「どうしたら蟹井先輩と仲良くなれると思います? 追いかけっこも楽しいんですけど、流石に背中だけ見るのも飽きたっていうか」
「追いかけないほうがいいんじゃない?」
「蟹井先輩見つけると本能で走っちゃうんすよ。興味無くさない限り追いかけちゃう。……俺って可愛いね」
「か……わいいね」
八木沼くんはにこっと笑って俺を見た。可愛くない。なんでコイツこんなに怖いだよ。
「早乙女先輩はなんで蟹井先輩に好かれてんすかぁ?」
「俺も聞きたいよ」
「匂いかなあ」
「俺ってやっぱ変な匂いすんの?」
「変ってか……」
八木沼くんは俺の体に鼻を寄せて、すんすんと匂いを嗅いだ。
「あ! そうだ。早乙女先輩、俺にマーキングしてくださいよ」
「え!?」
「俺から早乙女先輩の匂いがしたら、蟹井先輩も俺のこと好きになってくれると思うんすよ」
「マーキングってなにすればいいの」
「俺に体液ぶっかけるとか」
「え!?」
「血とか尿とか精液とか」
「え!?!? 絶対嫌だよ!?」
「俺も嫌っすよ」
「なんで言ったの?」
「流石にね、俺も人狼として人の価値観と感性は半分あるんで」
あーもうこの人怖い。本当に苦手。嘘ですよとか言いながら嘘を本当にするくらいの行動力あるし。
「先輩ってチャームかけられたことあります?」
「ちゃ、チャーム?」
「かけられたことない? そんな餌が丸裸で歩いてるみたいな人間のくせに」
「それは俺も最近自覚したけど」
八木沼くんは、今度は俺のおでこに鼻を寄せてしきりに匂いを嗅いだ。
「へ!?」
「直近で蟹井先輩のチャームを感じる……あと射手矢先輩と……これ誰だ?」
「さっきからチャームってなに?」
「え、またまた! ハハハ! 何年この世界で暮らしてんすか!!」
「あれ、俺何言ってんだろ……ハハハ……」
「ま、本格的にかけられたことないっぽくて楽でいいっすわ。誰かに強いチャームかけられてると他でかかりにくいんで」
だから、チャームってなんなんだ。俺は数年もここで生きてきてチャームという存在を知らないのか。なんで知らないんだ。
「んじゃ、俺の目見てください」
またさっきと同じだ。さっき蟹井くんと目を合わせたとき、俺は蟹井くんの言うことしか頭に入ってこなかったし言うことに従おうとしていた。八木沼くんもそういう力を使うのだろうか。本能的に怖くなってぎゅっと目を瞑ると、頬をぱちんと叩かれた。驚いて目を開けてしまう。その一瞬だった。八木沼くんと視線が重なり、視界が狭くなって八木沼くんしか見れなくなる。満足に体が動かせず、碌な抵抗もできない。力が抜けて俺はその場に座り込んだ。
すると八木沼くんはおもむろに着ていた自分の衣服を脱ぎ始めた。
「え……?」
「どーぞ、舐めてもいいっすよ」
「なっ……」
「唾液ならまだマシかなって。あ、知ってます? 人狼も親愛の意を込めて他人を毛繕いしたりするんですよ。まあ俺は誰にもやったことないしやられたこともないんすけど。だからハイ、俺に毛繕いしてよ」
八木沼くんは俺に目線を合わせて、なにもまとっていない上半身を俺に近付けた。ありえないことに、八木沼くんの体が物凄く美味しそうに見える。裸体を前にして、口の中が唾液で満たされた。
「ほん、とにいいんですか」
「いいっすよ。ベロベロに舐めても」
「はわ……」
なんだってこんなに美味しそうに見えるんだ。抗えない。では失礼して、とアホみたいに舌を伸ばして八木沼くんの皮膚に近付いた瞬間、脳内にビリッと電気が走ったような気がした。静電気を脳みそに直接感じるような。びっくりして俺は動きを止めた。そして冷静になって、自分のとんでもないセクハラ行為未遂を振り返って冷や汗を流した。
「……俺今なにをしようと……」
顔を上げると、八木沼くんは俺を見てあからさまに不機嫌な顔つきになって舌打ちをした。
「誰だよ、誰か操ってんな」
「え?」
「あーあ、萎えた……。俺、チャーム中に阻害されるの本当に嫌いないんですよ。気分悪い」
そう言って、八木沼くんは俺に気を遣うことなく立ち上がった。
「先輩って誰か専用の餌だったりします?」
「どういう意味……?」
「分かってないんならいいっす。はぁ、とんだ猿芝居でしたわ。俺狼なのに」
「?」
じゃあね、と八木沼くんは一気に興味を無くしたかのように去って行った。どういうことだよ。なにが起きたのか、なんで急に帰っていったのかも分からない。
ふと窓の外を見ると、月は少し欠けていた。これが満月だったら八木沼くんはもっと凶暴だったんだろうか。とりあえず嵐が去ったことに安堵して胸を撫で下ろした。
7
俺っていつもこんなに危ない目に遭いながら生活してたっけ。今までどうやってのうのうと生きてきたんだ。そもそもレベル0の人間が魔力保持者の捕食対象であるということも忘れていた。それだけじゃなくて、射手矢や水上は普通の食事が必要ないことや、蟹井くんが俺の使い魔になりたがってる話も忘れていた。なんでこんなに忘れっぽいんだ。最近頭の中がはっきりしない。常にモヤがかかってるみたいだ。
そういえば部屋の鍵どこにやったっけ。制服のポケットに手を突っ込むと、鍵はしっかりあった。よかった。そしてポケットの中には、鍵と一緒に飴が一つ入っていた。
この飴、見覚えがあるようなないような。ポケットに入れた覚えはないのにどこかで食べた気もするし、人にあげた気もする。なんだかこの飴をスルーしてはいけないような気がして、俺はこの出処を一生懸命考えた。
「……あ」
思い出した。
俺、今までなにやってたんだ。なに当たり前かのようにこの世界に溶け込んでんだよ。俺はこの世界の住民じゃない。これは俺の空想で、きっと俺の本体は現実世界で横たわっているはずだ。この世界に完全に馴染んでしまったら、意識が戻らなくなったりするんじゃないか。
ゾッとして鳥肌が立った。油断したら駄目だ。どういう仕組か、ここの世界の人と話すとすぐに「俺はここの世界の人じゃない」ということを忘れてしまう。それがなによりも怖い。
途端にこの魔物がいっぱいいる寮に無防備で歩いていることが恐ろしくなって、走って自室に向かった。そして一階分上ったところで俺はふと足を止めた。
あれ、俺の部屋ってどこだ。
昨日までちゃんと行けていたはずなのに、自分の部屋が分からない。なんでだろう。不安になって二階のフロアを往復してみたけど、全然ピンとこなかった。この寮って何階あるんだ。こんなことしていたらキリがない。どうやら、この世界に気を許していないと、この世界で生きていた俺の記憶の一部は俺の脳みそから抜け落ちてしまうらしい。最悪のシステムだ。
「どうしよう……」
頼れる人がいない。誰がどこにいるかも分からないし、誰が安全なのかも分からない。本格的に今の自分の危うさに気付いてパニックになったとき、後ろからぽんと肩を叩かれた。
「ヒッ」
「どうしたの」
振り返ると、そこには獅子倉くんがいた。が、獅子倉くんだけじゃなかった。
「ヒッ!?」
獅子倉くんと、その後ろにおびただしい人数の廃人のような生気の無い人達が佇んでいた。
「ヒィ〜ッなにこれ!」
「え? ……ああ、なんだ。勝手に着いて来てたんだ」
「なになに!?」
「俺の眷属達」
「眷属……?」
「俺ゾンビだから」
「ゾンビ!?」
獅子倉くんを見ると、元の世界の獅子倉くんとほぼ変わらない見た目のような気がした。蟹井くんや八木沼くんのように、特徴的な異変があるように思えない。
「俺には普通の人間に見えるよ」
「俺も普通だと思ってるんだけどな。力はゾンビらしい」
「じゃあ、ソレは……」
俺は獅子倉くんの後ろにいた、まるで死んでいるかのような人達を指差した。
「噛んでってしつこく頼まれたから、仕方なく」
「ヒィ〜……」
「俺は別に繁殖させる気ないんだけど、生身の人間に追いかけられるよりはマシかなって」
なんだよそれ。怖すぎるだろ。仕方なく噛んでくるゾンビ怖すぎ。合意の上でゾンビになりたい眷属側もどうかと思う。ゾンビなんて絶対なりたくないだろ。腰が抜けて俺はその場で尻もちをついてしまった。そんな俺を見て獅子倉くんは目を丸くさせ、大丈夫? と手を伸ばしてきた。
「あ……」
「なにもしてこない限りなにもしないよ。部屋、戻れないの?」
「な、なんで分かったの」
「いや、早乙女くんがここでうろちょろしてるのずっと見てたから。案内するよ。なんで俺が知ってんだって話だよね」
「いや、俺もなんか自分の部屋の行き方うっかり忘れて……助かるよ」
俺は獅子倉くんの手のひらに自分の手を重ね、引っ張り上げて貰った。獅子倉くんの手は温度がなかった。これがゾンビか。
獅子倉くんが歩き出したので、俺も後ろから着いて行くことにした。
「時々あるよね」
「あるかな……」
「部屋の扉開けても自分の部屋に繋がってるとか、エレベーターがずっと同じ階で止まるとか、夢から覚めても夢とか」
「いや、それはなんか違うくない?」
「階段の数数えてみる?」
「嫌だよ!」
「深夜二時に合わせ鏡を」
「見ないよ! 数えないよ!」
獅子倉くんは口だけ笑っていた。目が全く笑っていない。獅子倉くんってやっぱり怖い人かもしれない。
「射手矢が早乙女くんのこと心配してたよ」
「心配? アイツが?」
「うん。普段食堂に来ることなんて滅多にないのに、あの日早乙女くんがのこのことやって来たから」
「のこのこ……」
「射手矢も俺もあんまり食堂使わないんだけど、射手矢がどうしてもって言うから。早乙女くんのこと心配だったんだろうな」
「ええ……?」
「あんまり一人でふらふらしちゃ駄目だよ」
じゃあどうしろって言うんだよ。ボディーガードをつけろとでも。寮の中じゃ特に無理じゃないか。蟹井くんはあんなんだし、八木沼くんもあんなんだし、獅子倉くんは俺がゾンビになってしまう可能性が微レ存だし、射手矢のことは嫌いだし。水上も学校でしか会えない。自分で自分の身を守るのが最適な気がするけど、俺になにができるんだろう。
「俺ってそんなに美味しそうなの?」
「うーん……。まあ、そうなんじゃない?」
「獅子倉くんは俺を食べたいと思わないの?」
「食べさせてくれるの?」
「そういう訳では……」
「はは。食べさせてくれるんなら食べたいよ」
「……」
「冗談」
真顔で言わないでほしい。なにも冗談に聞こえなかった。
獅子倉くんに着いて歩いていると、とある部屋の前で止まった。その部屋の番号は俺の元いた世界と同じ番号だった。変な話だけど、ちゃんと元々の部屋番を覚えていたことに安心した。獅子倉くんが俺の部屋番を知っていたことは疑問に思ったが、悪用する気配もなかったので深く考えることをやめた。とにかく部屋には辿り着けたので、獅子倉くんにお礼を行って中に入った。
「じゃあ、おやすみ……」
俺は獅子倉くんの背後を見て首を傾げた。
「どうしたの?」
「後ろの、その、眷属は?」
「どっか行ったね。みんな寝たんじゃない?」
「そんな自由な感じなの?」
「そうだよ。俺は自由主義だから」
「ゾンビにも派閥があるんだね……」
頭の中片隅5mmくらいのところで、「もし世界がパンデミックになってゾンビが蔓延したら獅子倉くんに管理されるのがマシかも」と考えてしまった。
「じゃあ早乙女くんも俺の眷属になる?」
「…………いや、いいです」
なんだよこの人ゾンビじゃなくてエスパーかよ。
8
真夜中、なんだか胸騒ぎがして俺は目を覚ました。誰かが俺を呼んでいるような、いないような。もしかしたらトイレに行きたいのかもしれない。なにかに呼ばれてるって尿意のことか?
とりあえず外に出てトイレに向かってみることにした。俺はこのとき、一人で寮内を徘徊することが危ないことだとすっかり忘れていた。
辺りは真っ暗で、部屋から持ち出したランタンだけが頼りだった。窓はカタカタと揺れていて、外は強い風が吹いていることが分かる。俺の空想のくせに、なんでこの世界はこんなにリアルなんだ。
「いてて……」
さっき尻もちをついた際に出来た手のひらの傷が地味に痛む。空想なのに痛覚があるのも嫌だ。どうせならもっと楽しくて明るい世界が良かった。
用を足してトイレから出ると、さっきは気付かなかったけど近くの自販機が煌々と光っているのが見えた。なんとなく気になって寄ってみると、見たこともない銘柄の飲み物がたくさん置いてあった。というか、俺は飲めないものばかりだ。輸血パックとか、お酒とか、薬草ジュースとか。ただ唯一一つだけ覚えのある飲み物がある。あの日元の世界で買った無名ブランドのお茶だ。なんだか買わないといけないような気がして、小銭を入れてボタンを押した。ガコン、と音がして、取り出し口からお茶のボトルとお釣りを取り出す。
すると、釣り銭に混じって折りたたまれた白い紙が落ちていた。あのときの紙と一緒。中に書かれた奇妙なあみだくじまで一緒だった。この文字の感じ、よく見たら見覚えがある気がする。
意識を飛ばしていると、背後から足音が聞えた。完全に失念していた。俺が一人で出歩いていたら危ないということを。
どうしよう。いざとなったときに出来る対処が「大声を出す」くらいしか思いつかない。一か八かで遠吠えをして八木沼くんを起こしてみる作戦もアリかもしれない。ここ立ち止まってばかりはいられないので、俺は思い切って振り返ってみた。
「うわ! なんだよ、射手矢かよ……」
驚いたけど安心もした。見知った人物だった。
「つか怪しそうに近寄ってくんのやめろよ。いつもみたいにうるさくしろ。俺を驚かすな」
「……」
「……射手矢?」
……射手矢の様子がおかしい。ずっと俯いていて反応がない。よく見ると肩を大きく上下させていて、荒い呼吸を繰り返しているのが分かった。
「どうしたんだよ、体調悪い?」
「ち……」
「ち?」
聞き返す間もなく、射手矢は凄い速さで俺の右手を掴んだ。瞬きも出来なかった。本当に一瞬だった。射手矢は俺の右手をメキメキと掴んで、瞳孔の開ききった目で手のひらの患部をじっと見つめた。さっきより一層射手矢の呼吸が荒くなる。
あ、まずいかも。
「ハァ……美味そう……」
「ままま待って! 待って! 不味いよ! 俺不摂生だもん、最近ずっと寝付き悪いし今日の夜ご飯メロンパンしか食ってないもん!!」
「ハァ、ハァ……」
「うあああ〜っ!! なんでよ〜!! ガチ勢の獅子倉くんの血でも啜っとけよぉ〜!!」
左手で必死に射手矢の顎を押し上げているけど、もう時間の問題かもしれない。クソ、俺握力無さすぎる。このままだといずれコイツに血を吸われる。食われてしまう!
「誰か助けてぇー!!」
対処法、大声。誰か来てくれる気配はないけど、それでも叫ばずにはいられなかった。目をぎゅっと瞑って時が来るのを待っていると、俺を拘束していた力は突然弱まって、床からドサリと倒れ込む音が聞えた。
「え……」
射手矢が身を縮めて唸りながら震えている。俺は唖然として射手矢の後ろに立っていた人物を見た。
「え、なんで」
「いやー、危なかったね」
いやまさかお前が来るとは思わないじゃん。
「水上……なんでいんの」
「なんでって、早乙女が助けてって言ったじゃん」
「いや、そうなんだけど」
水上は手に香水の瓶のような物を持っていた。これはもしかしてアレか。
「聖水?」
「いや、ガーリックオイル」
「わあ、美味しそう……」
そういえば射手矢の方からほんのりと食欲を刺激するいい匂いが……。そっちで倒すタイプなんだ……。
「いや、そうじゃなくて、なんで水上がここにいんの?」
「いちゃ駄目?」
「駄目じゃないけど」
「じゃあいいじゃん。助けてやったんだし」
「それはありがとうだけど。……違う! そうやって誤魔化すな!」
「ハイハイ」
まあまあ落ち着いて、と言わんばかりに、水上は俺の背中をぽんぽんと叩いた。
「早乙女にもお薬かけといてあげる」
「え? うわっ、くさ……いい匂い」
「怖いねぇ吸血鬼は。今のうちに早く逃げちゃお」
水上にそのまま肩を抱かれ、強制的に歩かされた。どうしても気になって俺はうずくまっている射手矢に視線を落とした。
「待って、射手矢が……」
「大丈夫だから」
水上は俺のおでこに手のひらをかざした。得体のしれないゾワゾワとした感覚が俺を襲う。
「あっ、な、なに」
「眠たいでしょ。寝てていよ、俺が部屋まで送ってくから」
「う、ぅぁ……」
急激に瞼が重くなり、視界と頭の中にモヤがかかる。
「──っおい、早乙女! 待て、駄目だ! 早乙女!!」
「……い」
射手矢、と呟こうとすると、おでこに吸い付いていた手が移動して、俺の口に人差し指がかざされた。
「シー……」
瞼が完全に閉じる寸前、水上がいたずらに笑った。
9
「いやお前かいな!!!!!」
正に魂の叫び。自分で言ってこんな大声を出せることに驚いた。ハァハァと呼吸を整えると、自分は今ベッドの上にいて、上体を勢い良く起こした後だと言うことが分かった。
俺の部屋のベッド……じゃない。あれ、ここどこだ。今俺どこだ。
「痛ぁ……」
「え……?」
蚊の鳴くような声が下の方から聞こえる。恐る恐る床を覗いてみると、水上がおでこを手で抑えながら静かに悶絶していた。そういえば俺のおでこもヒリヒリする。頭もシェイクされたみたいに痛い。水上のおでこが俺のおでことぶつかったのかもしれない
「あ、悪い」
「目覚めいいね……おはよう……」
水上はベッドの上の俺を見上げて苦笑いした。
俺が寝ていて、水上がいる。でもここは俺の部屋ではない。俺の部屋ってのは元の世界の寮の部屋じゃなくて、あっちの寮の部屋。……ややこしいな。とりあえず俺の部屋ではない。
「ここどこだ?」
「頭打って混乱した? 俺の部屋だよ」
「水上の……? え、どうやって? 俺のことおぶったの?」
「は?」
「俺をおぶって徒歩で水上の家に帰ったの?」
「何言ってんの? 早乙女が俺んち遊びに行きたいって言ったんじゃん。早乙女が徒歩で来たんだよ」
「……え?」
「ギヌをゲージから出したら、早乙女驚いて気絶したんだよ。めちゃくちゃビビったからね」
「ギヌ……」
ギヌって……。そうだ、水上が飼ってるペットの蛇だ。部屋を見渡すと、蛇が入れられたゲージが飾ってあった。水上の部屋だ。前に一度遊びに行ったことがあるしこの部屋は見覚えがあるから間違いない。
ということは、ここは元の世界か。
自分の体の匂いを嗅いでもガーリックオイルの匂いがしない。俺、元の世界に帰ってこれたんだ。
「はぁぁぁぁ良かった……」
「でっかいため息」
「水上、ハロウィンに変なモノ拾っちゃ駄目だぞ」
「それ俺のネタ」
「なんなんだよアレ。レベルとか食うとか食われるとかチャームとか。俺シナリオライターの才能あるんじゃないの」
「?」
水上が不思議そうに俺を見た。なんだよ本当に。夢の中の夢のが栄養たっぷりって。獏と夢魔のハーフとかも都合良すぎだな。
どれだけ俺が気絶していたか分からないけど、ベッドの側の窓からは明るい陽の光が差していた。まだお昼の時間帯だろう。気が抜けた途端お腹の音がぐうと鳴った。
「お昼なに食べる?」
「早乙女が気絶する前に食べたでしょ。ハロウィン限定スイーツ」
「あれ、そうだっけ。やっぱりスイーツを昼飯にすんのやめない? 絶対お腹空くって」
「まあメインは食えてないよね」
水上の家の近くってご飯屋さんあったっけ。最悪コンビニでもいいけど。
ベッドの上で伸びをしながら水上の側に置いてあるローテーブルの上を見てみた。ハロウィンパーティらしく、限定もののお菓子が散りばめてあった。これがお昼ご飯だったのかよ。そりゃお腹空くよ。
「俺らなんで男二人でハロウィンパーティやってんだよ」
「そんなの今更すぎない? 早乙女が言い出しっぺだからね」
「そうだっけ」
「そうだよ」
そうなのか。気絶してた間のことが濃すぎて現実世界での自分の行動があやふやになっている。そんな話、前にしたようなそうでもないような。まあいいか。
なんとなく机のん上を眺めていると、あの飴が一つ転がっていた。何度も登場した俺の飴だ。射手矢にあげて、水上にもあげて、確か水上は俺が渡したその場でそれを食べて。
あれ?
あのとき、確かハロウィン当日だったよな。ハロウィンの日の放課後、学校で俺は水上からお茶のパックを貰って、そして俺はこの飴をあげた。確実にハロウィンの日の出来事だ。つまり、10月31日。
じゃあ今は?
あれ、俺なんで今水上の家にいんの。なんでハロウィンパーティやってんの?
ここって、今、なに?
「……いや、俺……あれ? 違う、だって、俺、射手矢と……一緒に……」
「……」
「……なあ水上、これって、……ノート何冊目?」
水上はうっすらと笑いながらベッドに乗り上がってきた。おでこがじんじんと熱を持ち始める。今までにないくらい心臓がバクバクと暴れた。
「何冊目だと思う?」
──今になって分かった。
あのあみだくじの筆跡、水上のノートの字とそっくりだ。
訳が分からない。どこからどこまでが水上の作った世界なんだ。
「俺もね、メイン食えてないからお腹空いてんだよ。ハロウィンだからとびっきり美味しいご飯食べたかったんだけど、ちょっと失敗しちゃったな。目敏いやつばっかだった。早乙女くらいだよ、どこに行ってもこんなにチョロいの」
俺の体を抑える水上に驚いて声も出ない。水上は俺の着ているTシャツをゆっくりと捲った。
「なんで、そっち……」
「そっちって、夢魔のこと? せっかく練りに練った計画失敗してメインディッシュ食べ損なったんだよ。あのまま上手くいけば夢を食べるだけでよかったんだけど。だから味変くらいさせてよ。俺を労ってよ」
水上の瞳を見ると、視界が狭くなって水上しか見れなくなってきた。満足に体が動かせず、碌な抵抗もできない。頭にモヤがかかっていく。これは、そうだ、チャームだ。
「終わったらちゃんと起こしてあげるから。いただきまーす」
唇が重なり舌が触れ、俺の体が暴かれていく。ただただ水上のことと、気持ちいいことしか考えられなかった。
俺、起きたら一体どの世界に戻れるんだ?
↓こじひね本編
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