晴れ、曇りに即す 下

9

「今日ねー、新しい地酒仕入れたから、これね。もしも開店までにポップ作れたら作っといて。あー、今日のおすすめのとこにも書いてくれたら嬉しいかも」

「うす」

「あと新しいエプロン届いたし、上のとこあるから持ってっていいよ〜」

「うす」

「……安曇くん、なんか姿勢おかしくない?体調悪いの?」

「へっ!?」

「あっ、分かった!昨日やらかした事引きずってるんでしょ!」


 俺は大袈裟にぎくー!っと肩を跳ねさせた。店長は俺を見て笑っている。ある意味、物理的に引きずってるけど!


「大変な目に合ったねえ。でも大丈夫!あんまり気にしちゃ駄目だよー」

「あはは……はい、あざす……」


 店長の優しさが今は心苦しい。俺は苦笑いを浮かべながらさりげなく痛む腰を擦った。


 昨日……いや、日付が変わって、今日の真夜中か。あの後俺は疲労と無力感により放心したまま動けなかったが、その状態のまま虹汰くんにまたお風呂場までずるずると連れられた。虹汰くんに洗われて掻き出されて選んでもらった部屋着を着させられ泥のように眠り……もとい気絶し、気付けば朝になっていた。

 目が覚めて、隣でなんの恥じらいもなく「オハヨー」と声を掛けてくる虹汰くんを見て、1発殴ってやろうかこのクソガキと思い拳をかざしたが、やっぱりそれはできなかった。

 だって俺、この子の事ずっと応援してきたし。


「俺、帰ってからあの子達の事気にするようになったんだけど、凄いね!だって昨日ライブ終わったばっかでしょ?今日の朝ニュースのスタジオにゲスト出演してたよ〜。俺思わず撮っちゃった!」


 そう言って店長はスマホの画面を見せてきた。スタジオにいたのは、センターのアカリくんと、それと虹汰くん。


「疲れた顔も見せずに凄いね。朝から爽やか!」

「……」


 俺はこんなに死にかけているというのに、ツヤツヤとした笑顔をかましやがって……!クソ、本当に顔がいいな!


 このイライラを紛らわすようにモップで床を強く磨いていると、カランカランと入り口のチャイムが鳴った。


「あ、すみません、まだオープンしてないんです……よ……は」

「えへ、知ってます」

「っ!?」


 その人物は中に入ると、サングラスと帽子を取りてへへと頭をかいた。


「こ、虹汰、くん、なんでいんの!?」

「だって茜さん全然返信くれないんだもん」

「いや……まだ数時間しか経ってないだろ!?」

「ええー!いらっしゃい!昨日の子だよね?安曇くん、友達になったの!?言ってよ〜!」

「はい、お友達になりました!」

「やっ……めろ!くっつくな!」


 驚く店長を前に、虹汰くんは俺の腕に自分の腕を絡ませた。心臓がもたない。


「てか、こんな所に一人で来て大丈夫なの……仕事は?」

「外でマネージャー待ってるから、長居はできないね。多忙な俺がわざわざ時間を割いて会いに来たんだよ、茜さん♡」


 ファンなら間違いなく黄色い悲鳴をあげているだろう。虹汰くんはそのまま俺の耳元に口を寄せて、俺だけに聞こえる声で囁いた。


「今日の夜も俺の家来てね」

「……!い、嫌だ!2日連続はやめろよ!」

「え〜?嫌なの?悲しい!」


 虹汰くんはしゅん、と項垂れたかと思いきや、次は前にいた店長のほうに目を向けた。


「店長さん!この人昨日凄かったんすよ!すげえ声であえい」

「ワーッ!!ワーーーッ!!!分かったから、分かったから!!マジでお前正気!?」


 慌ててこのクソガキの口を手で塞いだ。店長は疑問に思いつつも、仲がいいねえ!とニコニコ笑っている。

 虹汰くんは俺の手を剥ぎ、目を細めた。


「今日はもっと楽しいことしようね」


 じゃあね!と言って、虹汰くんは店を出て行った。


「ッはぁぁぁぁぁぁぁぁーーー……」

「いつからそんなに仲良くなってたのー!?言ってよー!」

「いや……仲良くってか……」


 脅されているだけだ。

 あの1回だけであわよくば終わってくれないかと思っていたが、あの行動力を見る限り、それも叶わないようだ。


「店長、俺お祓い行こうかな……」

「おっ、いいよいいよ。うちの寺1万かかるけど」

「高ェ〜……」




 普段俺はラストの夜1時まで出勤な事が多いが、今日はたまたま早帰りできる日だった。だから早く帰ってゆっくり寝ようと思っていたのに。


「すみません、お先失礼しまーす……」

「おつかれさんでーす」


 トボトボと足取り重く家に向かう。

 駄目だ、食欲もわかない。また昨日みたいな事をされると思うと憂鬱で仕方なかった。

 推しと一線越えてこんな気持ちになるとは思わなかった。これが、もし虹汰くんが女だったら変わっていたのだろうか。


「……」


 いや、それはないな。なんせ虹汰くんはあまりにも性格に難がある。まさかあんな子だとは思わなかったけど、嫌でも知ってしまった。脅して俺を性欲の捌け口にする、一言で言ってしまえば、最悪な男だ。昨日は俺もいろいろとパニックになって流されてしまったけれど、本当にこれでいいのだろうか。


 自分の住んでいるボロボロのアパートに着くと、部屋の鍵が既に開けられていたので不審に思いながら扉を開けた。

 玄関には、オシャレそうなスニーカーが1足。それを見ていたら奥からどたどたと走ってくる音が聞こえた。


「おにーーーちゃーーーんっ!!」

「どわっ!!」


 弾丸みたいなスピードで俺に抱きついてきた塊は、ぐりぐりと俺の胸元に顔を擦り付けた。


「おかえり!待ってたよ!」

「えっ!?雪、なんでここにいるの!?」

「お兄ちゃん、最近家に帰ってこないから寂しくて会いに来た!」

「ゆ、雪……!」


 可愛い、可愛すぎる!

 俺の実の弟、雪が可愛くて頭をわしゃわしゃと撫でると雪は嬉しそうに顔を綻ばせた。


 安曇雪は現在17歳の高校2年生だ。本当に俺の弟か?と思うくらい顔も中身も可愛い。お互いブラコンと呼ばれた頃もあったが、別にそんな事はない。俺は可愛い弟を普通に可愛がっているだけだし、雪も普通に俺を慕ってくれているだけだ。


「お兄ちゃん、今日お仕事終わるの早いんだね!どっかご飯食べに行こうよ」

「あー……」


 生返事で声を出していると、雪が俺を見ながら悲しそうに顔を歪ませた。


「ごめん、今から予定あんの」

「えーっ!じゃあ帰ってから一緒に映画見ない?お風呂も一緒に入ろうよ!」

「ごめん、多分今日は帰れない、かな……?」

「……なんで?」

「あの、……友達んち、泊まるから」

「へえーーーーー」


 一瞬、ほんの一瞬俺を見つめる目つきが暗くなったような気がしたが、多分気のせいだ。雪は瞳を潤ませて俺にしがみついてきた。


「俺より優先しなきゃいけないの?なんでなんで〜!寂しい!せっかく遊びに来たのに!お母さんにも今日お兄ちゃんのとこ泊まるって言ったのに!」

「うあーーーっごめん、マジでごめん、許して」

「ううーっ、お兄ちゃん……」


 雪は顔を上げ、悲痛な表情で俺を見つめた。


「ウッ……ごめんな……!また埋め合せするから……」

「ホント?」

「ほんとほんと!」

「……今日お兄ちゃんのベッドで寝ててもいい?」

「いいよ!いくらでも使え!」

「やったやった!」


 雪は嬉しそうにきゃらきゃらと笑う。そんなに兄のベッドで寝るのが好きなのだろうか。


「んじゃねぇ、埋め合せ絶対だよ!あのね、俺、お兄ちゃんと一緒に遊園地行きたい!」

「そんなんいくらでも連れてってやる!まかせろ!」

「お兄ちゃーん♡」


 雪はまた俺をぎゅうっと抱き締めた。

 いつまでも小さい頃のままだなあ。本当に可愛い、俺の弟。

 ごめんな、兄ちゃんは今から不健全で破廉恥な事をしに出かけるんだ。





10

「俺、あの後すげー快眠だった!セックスって質のいい睡眠にも繋がるんだね!」

「……」


 よくもまあライブ終わりに激しめの運動して俺よりも早く仕事に行けるよ、と廃れきった目で虹汰くんを見る。


「俺今までライブ終わりとかさ、疲労と興奮で超ムラムラしてたんだけど、これから茜さんとヤればいいんだ。そっちのが健康にいいしね!」

「わ、若……」

「そう?茜さんはいくつ?」

「25」

「へぇ!もっと年上かと思った」


 それは暗に、俺の事を老けて見えると言いたいのか……?


 虹汰くんは楽しそうに手を動かし、俺が身に付けているベルトを外した。


「どうせ脱ぐのに。裸のまま出てくればいいじゃん」

「そっ……んな事、できるかよ……」


 虹汰くんの家に到着した俺は、また虹汰くんにお風呂で体の中を洗浄されそうになったが、必死で抵抗し、死にそうになりながら自分で中を洗った。なんで俺年下のこんなクソガキ(推し)に抱かれるために自分でケツの中に指突っ込んで綺麗にしてんだろ……と、情けなさすぎて泣きそうになった。


 虹汰くんは俺の着ていたTシャツを捲り、お腹をすっと撫でた。


「もっと年上かと思ったけど、茜さんの体は元気だったね」

「っ……」

「……この奥さ、まだいけるんだって。昨日は行き止まりかな?って思ってそれ以上はいかなかったんだけど」

「……は」

「今日はもっと奥まで挿れたいな」

「……いや、無理だろ。もうあれ以上入んねえよ……」

「いや、普通に考えて全部繋がってるはずだから、いけるいける!やってみよう!どんだけ気持ちいいかな」


 この好奇心の悪魔みたいな男は、そそくさと俺の身を剥がして俺をうつ伏せに寝かした。


「ほんとは茜さんの顔見たいんだけど、こっちのが楽なんだって。掲示板の人が言ってた」

「……それ、いつ調べたの」

「収録の合間!」

「マジでやめよう!?他の人に見つかったらどうすんの!?」

「もーうるさいな。もう解してもいい?やるね?はい、お尻上げてね」


 どこにそんな力があるのか、虹汰くんはうつ伏せで寝転がっている俺の腰を無理やり持ち上げた。


「まっ……この体勢、嫌すぎるんたけど!」

「大丈夫、そんな事も言ってられなくなるから。指入れるね」

「あっ……ハ、ァ」


 ローションを纏わせた指が、昨日の感覚をまだ覚えている孔に入ってきた。こっちの心の準備が整う前に行動を起こされるから、本当に困る。


「ん、昨日よりすんなり入った!なんかまだ柔らかい……へへ、これ毎日続けてたらゆるゆるになるんじゃないの?」

「ぅ……ふ……だま、れ……」

「おー、こわい」


 虹汰くんが言ったとおり、俺の気持ちとは反して体はもうこの異物を受け入れる態勢ができているようで、昨日より苦しさや痛さは無かった。これ程自分の体の頑丈さを呪った事はない。


「は、はいるんなら、も、……はぁっ、さっさと、いれて……」

「今入れたらどうせ痛い!っつって泣くでしょ。デカいしね、俺の」

「ンッ!!あっ、あっ!!」

「ここ好きだねー。きもち?」

「あ"っ、んっ、ううっ!ふっ、ぅ!」

「そっかそっか」


 何も言ってないのに勝手に理解してうんうんと頷く声が後ろで聞こえ、イライラした。虹汰くんは自分が気持ちいいだけでは満足せず、俺の体を弄ぶのが楽しいようだ。だって、なんか、この指の動きが愉快そうだもんな。


「ここをさ、トントンって叩くのか」

「う、あっ!あっ、あっ、あっ!」

「ぎゅーって押されるのか」

「ッ!んう"う"う"ぅぅあああっ〜〜〜!」

「押されながらぐりぐり揺らされるのか」

「〜〜〜〜〜ッあ"あ"あ"っ!!ア"ッ!あ"うううッ!!」

「どれが好き?」

「お、あ"、あ"っ!!や"め"っ、やめろっ!!」

「全部好きか!欲張りだなあ」


 言ってねえ!本当に人の事聞かねえ!!


 俺はみっともなく叫ぶ自分の声が嫌になり、近くにあった上質そうな枕を手で鷲掴みにして口元にやった。が、それも鷲掴み返し(?)され、俺は口元を覆う手段が自分の手のみになってしまった。虹汰くんはそれを分かっているかのように俺の片手をぎゅっと力強く握った。


「声我慢しないで。縛っちゃうよ」

「ア"ッ、う、うううっ!なんっ……でっ」

「なんかねえ、茜さんの声、すげークる」


 そんな事を言われたら、余計に声を出したくなくなる。でも予測不能のこの快感は、我慢しようにもできなかった。


 ぐぽっと音がし、最早何本入っていたか分からない指が抜き取られた。そしてすぐさま質量感のある熱があてがわれる。昨日の快感を思い出し、俺は反射的に体を震わせた。


「んじゃ、入れるね」

「……っは、はあ、はぁ、はあぁぁぁッ!!」

「あーーーっ……。やっぱイイね、ふ、はは」

「ア"ッ、ま"っ……て……これぇっ、あ"ぅ、き、のう、と、ちがっ……」

「気持ちいいとこに当たりやすいのかな?でもまだ先っぽしか入ってないよ。もっと入れるね」

「あ"、あ"、あ"っ〜〜〜!!」

「す、げ、……まだ2回しかしてないのに、すんなり入る!へへへ、茜さんのえっち〜」

「お"、あ"あ"、あ"あ"あ"……」


 後ろの方が楽と言われたが、これは楽というか、快楽の方じゃないか?昨日よりも良い所に当たった時の負荷が強すぎる。普通に入れられただけでも既にとんでもないくらい気持ちよかった。


「ここ、んっ、きっつ!」

「っウ"、アっ!?」

「この先、まだ入んないね。どうすればいいかな?何回も叩いてれば開くかな?」

「や"っ、や"め、う、あ"あっ!!あ"あ"ああっ!」


 行き止まり、と思われる、実際は開通するらしい所を目掛けて何度も腰を打ち付けられる。

 ヤバイ、なんか、口から出そう。気持ち悪いはずなのに、ゾリゾリと何度も良い所を行き来され、その行き止まりに虹汰くんの先端が当たる事が気持ちいいと脳が勘違いを起こしてしまいそうだ。


「はははっ!はぁ、抜くたびにさ、めっちゃ締まるんだけど、なに?行ってほしくないの?奥、ぐりぐりしてあげよっか?」

「!?、ッッあ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」

「〜〜〜っあーーー、ヤバ!絞り取られそ」


 虹汰くんの動きがそのままの状態で止まり、俺にとっては永遠みたいな時間が流れた。ジェットコースターの頂上滞空がずっと続いているような感じ。快感とこの先の怖さでぶるぶると体が震えた。


「でもまだ先行けないね?もっと気持ちよくなればいい?」

「…………あ"っ、あっ、ま、まって、は、ほ、ほんとに、まって、嫌だ、そこ、」

「えい♡」

「____ッは、あ" あ" あ" あ" あ" っ!?」

「うわっ、最高!おっ、先いけそー」


 あられもない声が出た。俺の住むアパートだったら事件だと通報されるレベルの声が出た。

 虹汰くんは行き止まりのところをコンコンと叩きながら、ガラ空きの俺の乳首をぎゅっ!と力強く摘んだ。無理だ、こんなの耐えられるわけない。ちくしょう、なんで俺こんなに乳首弱いんだ。


「〜〜〜〜っお"、お、あ"、っ、っ、……っ」

「はは、痙攣凄いね。もしかしてイッてる?」

「ん、っ!、ぅ、……」


 止めてくれ!という意思を込めて、思いっきり頷いた。しかし頷けているかも微妙だ。快楽を逃す事で精一杯すぎて、なにも上手く言動できない。確かにイッている感覚はあるのに、何も出ていない。これがいつまで続くか分からず、ただ恐怖でしかなかった。


「出さなくてもイけんの!?偉い!優秀!もうちょっとだけ頑張れ!」

「う"、ぐ、うぅぅ、あ"あ"あああっ!!」


 次は何度も弾かれるように乳首をいじめられ、それが辛すぎてぐりぐりと頭を布団に擦り付けた。骨折してギプスの中に虫が入った時よりしんどい。でもこの快感によって何を勘違いしたか、俺の中の行き止まりと思われる部分が油断したようで、


「は、はっ、行けそう!いれるね、いいよね?いれるね?」

「!! ま、____オッ……ア"ッ……〜〜〜〜〜ッは、はあ"!!っは、あ" あ"あ"っ!!ッぅ〜〜〜〜〜ッ」

「……っは、はいっ……た、ぁ♡すげ、……っ、気持ちいい、気持ちいい!」


 行き止まりが開通してしまった。何と言う事だ。これは、人体的に大丈夫なやつか?

 常に頭を鈍器で殴られているような衝撃的な快感のせいで、俺は本能のままに喘ぎ散らかした。恥ずかしさなんて感じる余裕も一切無かった。


「あ"っ、が、ぁ、ッ、ッ、おっ、〜〜〜〜〜ッ」

「奥、はぁ、最高、もっと、気持ちいいの、やろ」

「っ!?」

「ごめん、ちょっと苦しいかも」


 そう言って、虹汰くんは俺の腰を無理やりベッドに伏せさせ、そのまま上に乗っかかるかのように体重を掛けてきた。つまり、俺のモノは否応なしに布団と虹汰くんの体重で押しつぶされるし、その上奥の奥の方を力いっぱい責められる訳で。


「〜〜〜〜ッ、ッウア"ッ、アアッアッ……〜〜〜ッ、アアッ、ン"、んう"う"う"う"ッ〜〜〜!!」

「あ"ーーーっ!寝バック気持ちよすぎない!?」


 俺も、間違いなく気持良すぎた。気持良すぎて訳が分からなくて、この時の記憶はほぼ無い。気持ち良さと体重が掛かっている物理的な苦しさで息もうまく吸えず、俺は断続的に母音しか発することしかできなかった。


「__ッ、ッ、ア"っ、__、ア"♡」

「奥出すね、……っは、あ」

「う、う、う……」


 奥の、感覚的にもうこれは胃袋なんじゃないかと思う所に勢い良く精液を打ち付けられる。そして俺も、最早どこが決定打になったか分からないが、同じくらいのタイミングでやっと男本来の絶頂を迎える事ができた。他人のベッドのシーツだという事も考えず、ドロッと濃い精液を漏らす。

 熱が抜かれた瞬間すらも気持ち良くて、最後の最後まで痙攣が止まらなかった。なんか奥すぎて全然精液も零れてこないし。俺が男で本当に良かったなこのサイコパス種馬クソガキアイドルめが、とへろへろになりながら闘志を燃やした。

 そう言ってやりたい。面と向かってちゃんと怒ってやりたい。なのに。


「えへ、へへへ♡茜さん、気持ちよかったぁ!俺、今まで我慢しててよかったな〜。どうでもいいとか言ったけど、茜さんが初めてで嬉しいかも」

「……は、ぁ、……は、……そう……」


 俺の横に倒れ込み、とろとろの笑顔で俺にそう言うのだ。なんというか、惚れた弱みというか、推した弱みというか、こんな顔でこんな事を言われては俺も溜飲が下がってしまい、何も言い返せない。満足気な推しはいつだって尊いものだ。


 息を整えていると疲労感により急に睡魔が襲ってきて、俺はゆっくりと瞬きをした。


「眠い?俺キレイにしとくし、寝てていーよ」

「ご……め」

「ん、ふふ、ヤッた後、子どもみたいだねえ」


 昔から運動した後はめちゃくちゃ寝付きよかったなあ、となんだか場違いな事をうっすらと考えながら目を閉じた。


 朝起きると体は綺麗になっていて、無理やり伸ばされた俺の腕には、天使みたいな顔ですやすやと眠る虹汰くんの頭が乗っていた。





11

 虹汰くんと出会い、脅され、体の関係を持つようになってから、数カ月が過ぎた。


「ん"あ"あ"〜〜〜〜〜ッ!!あぁあああッ!あ"あーーーー!」

「んっ……じゅっ……耳、舐められるの気持ちいいんだ」

「それっ!それっ!!あ"あっ!〜〜〜ッ、は、あぁぁっ!こ、こえ、声ぇ、あ"あ"あ"ーーーっ!」

「ん?ふふ、俺の声好き?」

「はう、あ、あ"あ"あ"あ"あ"っ!」

「耳だけでイけそうだね。どこも性感帯じゃん」


 耳を執拗に責められたり、


「はっ、ひっ、ひっ!?っんぐうううぅぅぅ!!」

「あー、締まる、めっちゃ締まる……縛られんのがいいの?それとも、目隠しで興奮してる?」

「あ"うっ!わかっ、あ"あ"、わかんないっ!!」

「どっちもかな?ほんとにマゾだね、茜さん」

「ちがっ、ちがう、ううう、ううっ」


 どこで才能を発揮しているんだというくらい綺麗な結びで亀甲縛りをされ、さらに目隠しをされてガツガツ掘られたり、


「あ"あ"あ"あ"あ"っ!!あ"あ"ーーーーーっ!!はっ、__っ、ぉ、__っ!!」

「あっ!トばないで!もー、相変わらずクソザコ乳首なんだから!耐えて、頑張れ!」

「ッ!?__っ、く、あっ、あ"っあ"っ!!つよいっ!つよ、いっ!!とめてっ!!とめて!!」


 なんか、大人のおもちゃでいじめられたり。


 言葉にすると恥ずかしすぎる数々のプレイを経験してしまった。数ヶ月前まで童貞だったやつの行動だとは思えない。

 俺も虹汰くんのせいでいろんな事を卒業してしまった。こんな不名誉な卒業、迎えたくなかった。


 そして俺は事後、虹汰くんのベッドの上でふと今更すぎる事をもやもやと考えた。


 __俺、大人としての矜持無さすぎない?


 普通に考えて、5歳も上の男がこんなクソガキにいいように扱われてみっともない姿ばかり晒してるの、絶対おかしいよな。

 いや、5歳も下の子に俺の不注意のせいでアルコールぶっかけてしまった時点で矜持もクソも無いかもしれないが、それにしたって俺は虹汰くんに何1つ年上らしい振る舞いをした事がない。最近は俺の事揶揄って時々「茜くん」「茜ちゃん」「茜」「あかねん」「茜っち」と呼んでくる事もある。俺、マジで舐められすぎだろ。


 虹汰くんはメディアで本性を現す事なく上手くやっているみたいだが、俺達の関係は本当にこれでいいのだろうか。ただ我儘なガキを生成する手伝いをしているだけなのでは……。


 なんて事を考えても俺がどうするべきかなんて答えは出ず、朝を迎えた。隣ではアラームの音でしっかり目覚め、もそもそとゆっくり動く虹汰くんの姿が。

 眠気眼でスマホの画面を見て、虹汰くんはあー……と不機嫌そうに呟いた。


「茜さん、俺今日からドラマの撮影あるし、長丁場だからあんまり会えなくなるかも。……や、嘘。会える時間、遅くなるかも」

「ドラマ!?えっ、マジで、マジで!?え、ドラマ、初めてじゃない……?」

「うん、そーなの」

「はーーー、そっか……うん、凄いな……頑張れ!楽しみだな。あっ、無理して俺と会おうとするなよ。休息が一番大事だから」

「……うーん、うん、まあ、うん」


 なんだか煮え切らない様子の虹汰くん。もしかして、お芝居そんなに好きじゃないのだろうか。




 今日は土曜日で、本来なら絶対にシフトが入っている日だけれど、今日はたまたま店長の気まぐれで休みを貰えた。珍しい。虹汰くんも多分撮影で今日は会えないだろうし、酷使したこの体を休ませてあげようと思い、るんるん気分で自分のアパートに戻った。すると玄関には、なんだか見覚えのあるスニーカーが。


「雪ー?来てるのかー?」


 雪は合鍵を持っているので、いつでも俺の部屋に来れる。いつの間に作られていたか知らないけど、まあ母さんがあげたのだろう。

 1Kの部屋の扉を開けると、そこにはムスッとした顔をして俺のベッドの上で枕を抱えている雪の姿が。


「あ、雪……?」

「なんでいっつも朝に帰ってくるの?」

「え、え?」

「俺何回か夜お兄ちゃんに会いに行ったのに、いつ来てもいないんだもん」

「えっ、そうだったの!?連絡してよ!」


 あー、盲点だった!

 最近はもう虹汰くんから呼び出しをくらったら、仕事終わりに直行してたからな。まさか雪がそんな……健気に俺の部屋に通っていたとは思わなかった。

 雪は仏頂面で俺に近寄った。


「誰と会ってるの?……彼女?」

「いや!彼女なんていない!ふ、普通の友達、だから!」


 ぎくーっ!内心焦りまくりだ。彼女じゃないのは確かなのに、何故か冷や汗が止まらない。

 雪の前で好きな人とか彼女とかをあまり仄めかさない方がいい。なんせ、こんな可愛い顔して俺の彼女と関係を持っていたような弟だ。雪はお兄ちゃんの彼女って知らなかった!と言っていたので俺はそれを信じているが、それ以降雪の前で恋愛とか彼女とかの話をした事がない。


「へぇーーーーー……」

「お、わっ!?」


 雪は俺の胸ぐらを鷲掴みし、首元や衣服、服の中の匂いをすんすんと嗅ぎだした。そして雪はぴたっと止まって思考する。


「……なんか、この匂い知ってる」

「……え?」

「……どっかで嗅いだことある……昔、どれだろ……」

「た、たまたま、じゃない?」

「……」


 そんな訳がない。一般人の俺達が芸能人と関わる機会なんてない。ましてや、匂いが分かる程度に近い範囲にいられる事なんて、あるはずが無い。きっと似たような匂いをどこかで嗅いだのだろう。


 雪はちょっと強ばっていた顔を一転させしゅん、と落ち込み、うるうるとした瞳で俺を見つめた。俺はどうしてもこの顔に弱い。


「お兄ちゃん、今日はどこも行かない?行かないよね、ね?」

「う、うん……」

「ねー、俺、寂しいよー。……お兄ちゃん、アレ、やらせて」

「……えっ」


 俺は雪の顔を見ながらぴしっと固まった。

 アレ。って、多分、アレしかない。


「……いや、流石にさ、……雪ももう17、だし」

「……ダメなの?」

「う……」


 雪が俺のおでこに自分のおでこをくっつけながら、まっすぐに俺を見た。


「俺、お兄ちゃんに全然会えなくて、お家でちょっと泣いたんだよ?ずっと寂しかったのに、ダメなの?やらせてくれないの?」

「ああ〜……」

「お兄ちゃん……」

「ああ、あああああ〜……………………」


 なんでそんなっ……子犬みたいな顔で……!もう!俺の事大好きだな!


「わ、分かったから……」


 俺が小さく呟くと、雪はぱっと顔を明るくした。そして、俺は自分の着ていたTシャツの裾を鎖骨の辺りまで捲り上げた。


 どうか、こんな俺を頭のおかしいやつだと思わないでほしい。これも全部、可愛い弟のためなのだ。

 雪は目の前に晒された俺の乳首を凝視していた。


「……あの、雪……やるんなら、早く……」


 何を考えているか分からないような顔でまじまじと見つめ、雪は訝しげに口を開いた。


「なんか……ちょっと大きくなった?」

「えっ……エッッッ!?」


 嘘!?嘘だろ。


「そっ、そんなこと、ないと、思うけど……」

「ふーーーん……ま、いっか」


 雪は躊躇なく、俺の乳首をぱくっと加えた。そしてそのままぢゅっと吸われる。俺は口を手で抑え、あらぬ声が出ないようにぎゅっと口を結んだ。


 これだ。俺が乳首激弱人間な原因。


「ん、んー、……えへ、俺がちょっと舐めるだけですぐ固くなるね。吸いやすーい」

「……ッふ、う、っ……」


 困った事に、雪に小さい頃からこうやって吸われてきた。

 最初は忙しい母さんに変わって泣いている雪をあやしていたところ、おっぱいが飲みたいとせがまれ、いやいや俺無いから出ないからと否定したら更に泣き叫ばれたからしょうがなく、本当にしょうがなく、見様見真似で吸わせたところからだった。味をしめたのか、雪は泣いたり寂しがったりするたびに俺のあるはずの無い母乳を欲しがった。

 が、不思議な事に、母さんへの乳離れはとっくにできたはずなのに、俺への乳離はどれだけ大きくなってもできなかった。

 流石に俺が独り暮らしを始めるタイミングで辞めさせようと思ったが、こうやって定期的に俺に会いに来ては、未だに時々乳吸いをせがまれる。高校生にもなってこれは多分ヤバイのだろうが、あんな顔をされては俺も拒否しずらしい、ネタにすらできない。

 俺の乳を吸っていると安心するのだろうか。終わればいっつも満足そうにするのだけど。


 なんか、今日はいつもよりしつこい。


「んッ……ぅ、……ふ、ぅ、うっ……」


 視覚的にも申し訳無さが凄いので目を瞑り、雪の可愛い幼少期の姿を思い出したりした。これは幼児をあやすためにやっている行為。そこに下劣なものを感じてはいけない。

 雪はそんな俺を見て、そのままの状態でもごもごと喋った。


「なんで我慢ひてうの?声、れそお?」


 我慢なんてしていないぞ。普通普通、と取り繕おうとしたが、マジで無理だった。ちょっとでも手を離せば雪がビックリするような声を出してしまいそう。おかしいな、ほんと。だって昔はこんなに敏感じゃなかったのに。


 雪が無自覚テクニシャンなのか、俺がド変態なのか。どっちかは分からないが、雪に少し強く吸われたり甘噛みされるたび、俺は快感を逃そうと身をよじらせた。


 すると雪は乳首を舐めながら俺の腰をぺしっと叩いた。


「お兄ちゃん、腰、動いてる」

「!!」

「俺、吸ってるだけだよ〜。俺に赤ちゃんみたいに乳首吸われて、気持ち良くなっちゃったの?」


 雪はニヤッ、とも、ニコッ、とも取れる、なんとも絶妙な顔をしながら俺を見上げた。

 恥ずかしいやら情けないやらで、俺は顔を赤くしながらぶんぶんと首を横に振った。これで気持ちいいなんて言おうものなら、雪にドン引きされる未来しかない。

 雪はその可愛いほっぺたをぷくっと膨らまして、えいっ、と俺の乳首を指で弾いた。雪にとっては遊びなのだろう。俺は予測しなかった快感に、大袈裟に体を揺らした。


「ぅあ"ッ!?……あっ」


 ヤバイ変な声出た、と涙目になりながら今一度強く口を手で抑える。


「自分ばっかずるい〜!俺の事ちゃんと構って、ヨシヨシして!」

「……ッ」


 雪はまたちゅうちゅうと音をたてて吸い始めた。俺は口元にやっていた片手をゆっくりと雪に近づけ、震えながら雪の頭を撫でた。可愛いな、雪は可愛いんだ。可愛いけど、なんかこれっておかしいよな。

 俺が頭を撫でた途端、雪は満足そうに目尻をでれっと下げた。


「はぁ……お兄ちゃん大好き……んっ」

「あうっ!!……っ!」


 今までより一際強く吸い上げられてしまった。なんで声我慢できないんだよ、俺。


「俺、大学生になったらお兄ちゃんと一緒に暮らしたいな。毎日一緒にご飯食べて、毎日一緒にお風呂入って、毎日一緒のベッドで寝るの。いいよね。ね?ねー、お兄ちゃん!」


 雪は口を離し、目と鼻の先まで俺に顔を近づけて、薄ぼんやりと笑いながら口を開いた。


 何故か俺は背筋に冷たいものを感じ、すぐさま雪の肩を掴んで距離を取った。


「おっ、俺、俺!トイレ行ってくる!!」


 雪に気付かれないように若干前かがみになりながら急いでトイレに移動する。

 便座に座って深く呼吸をし、そして襲ってきたのは大きな罪悪感だった。


 あーーーーー、こんな虚しい事ある?

 実の弟に乳を吸われ、普通に快感を拾ってしまうなんて。雪があんなに歪んだ習慣を身につけてしまったのは、俺のせい。俺がまた中途半端に甘やかして中途半端に受け入れたから、こんな事に……。

 俺はきっと、こういうのの積み重ねで生霊に呪われているんだろう。





12

 虹汰くんが言っていたドラマの撮影は随分とタイトスケジュールらしく、1日の拘束時間は本当に長かった。なんでも、深夜ドラマだから予算もかなり限られているらしい。

 慣れないお芝居というのもあってか、俺と会う時間帯には毎日げっそりとした顔をしていた。

 今日もかなりお疲れなようで、俺が虹汰くんの家に到着するなり手を引かれそのままベッドまで直行し、暫くの間無言で俺に抱き着いて深呼吸をしていた。


「はあ〜……茜吸い……」

「……やめろよ……」

「この料理と汗と茜さんの匂い……これが1番だよ」


 どうやら相当疲労が溜まっているようだ。


「疲れてるんならもうさっさと寝ろよ。どうせ明日も撮影だろ?」

「いーや、勿体無いもん。ただでさえストレス溜まってんのに、ヤりたいの我慢しなきゃいけないのやだ」

「はあ……」

「お風呂面倒くさいし、このままやろ」

「えっ……」

「俺が慣らしてあげる。脱がすね」

「ちょ、ちょっ!ハア!?嫌だ!絶対嫌だ!」


 ジタバタと脚を動かしたが、受け入れハードルが最高に低くなってしまった俺の肛門には虹汰くんの指が難なく侵入してきた。いちいち見えない所に片付けるの面倒くさいよね!と開き直って枕元に置いていたローションが憎い。

 最悪、汚いしアイドルにこんな事させたくないし俺が抵抗しても全然力で敵わないし。

 クソ、クソ、もう絶対許さない。と、声には出さなかったが何度も唸ってせめてものお気持ち表明をした。

 すると最初は意気揚々と慣らしていたのにそれがだんだんと力が弱まり、遂にはぴたっと手の動きが止まった。


「……?」


 不審に思い後ろを向くと、俺の中に指を突っ込みながら大きく船を漕いでいる虹汰くんが。


「えっ」


 虹汰くんはそのまま座った状態で完全に寝落ちしてしまった。いや、俺、めちゃくちゃ間抜けな状況じゃん。


 起こさないようにそっと指を抜き(自分のいじらしさにちょっと笑いそうになった)、ウエットティッシュで指を拭ってあげ、そのままゆっくりと体を横に倒して寝かせてあげた。アラームとかは知らん。マネージャーがどうにかしてくれるはずだ。


 うっすらと隈の浮かぶ虹汰くんの目元を見つめ、薄くため息をついた。




 次の日の夜、虹汰くんからメッセージが届いていた。


『なんで勝手に帰ったの』


 あー……と思いながら返信を打つ。


『虹汰くん寝てたし』

『起こしてよ!やり損ねた!最悪!』


 あの状態で起こす方が最悪だろ。やっぱり俺は虹汰くんがちょっと分からない。


『ちゃんと休んで』

『今日絶対来て。茜さんの仕事終わるまで待つから』


 嘘だろ。

 今日はラストまでのシフトだし、多分虹汰くんの方も明日朝早く撮影があるだろう。


『俺帰るの遅いし、会うの辞めたほうがいいよ』

『絶対来て』


 どう返すべきか。いろいろと考えていると、虹汰くんから写真が送られてきた。俺はそれを見て目を剥いた。

 確実に事後の、いかにも“快楽に負けました”みたいな顔でベッドに横たわる俺の写真が。


「あ"ーーーーーっ!!」


 急いで返信を打つ。


『頭おかしいんじゃねえの!?消せ!!』


 しかし、それ以降虹汰くんからの返信はなかった。無言の脅しだ。直接交渉しない限り絶対にこのデータを消してくれないだろう。


「はあ……」


 正直、虹汰くんの相手を何度かすれは飽きて手放してくれるだろうと思っていた。けど実際は何ヶ月もこのよろしくない関係が続いてしまっている。


 画面で見る虹汰くんはいつも明るくてキラキラしている、理想のアイドルを形にしたみたいな人だ。でも多分、そうじゃない。無邪気さや好奇心の方向がズレていて、時々不安になってしまう。まるで抑制された幼さを捨てきれないまま二十歳になってしまったかのようだ。きっと俺の存在が虹汰くんの歪みを助長させているのだろう。


 どこかで矯正させないと、駄目な気がする。





13

 結論だけ言うと、手酷く犯された。イライラが隠せない様子の虹汰くんは慣らす事もおざなりに、いきなり突っ込んで力任せに腰を動かしていた。言葉数も少なかったし怖かったし、俺が否定の言葉を言うたび口を塞がれたし、気持ちいいより痛いという感覚の方が大きかった。

 俺の中に精液を注ぎ終えると、虹汰くんは力尽きたみたいにバタンと倒れ込み、死んだみたいな顔で寝息を立てた。

 いつもだったら俺の方が先に落ちるのに、最近は虹汰くんの方が先に力が尽きてしまう。隈も前より少し濃くなっている気がするし、顔色も悪い。推しとして、年上の立場として心配だ。


 そんな中、久しぶりにベビスタの生配信があった。もうすぐ新曲をリリースするし、次のツアーも決まったから、それの告知らしい。

 俺と虹汰くんは最早他人では無くなってしまったが、ファンである事に変わりはない。今までも欠かさず配信は見ていたので今回もちゃんと見る事にした。


「……そんでその時のリーダーが天然すぎて!自分で預けたくせに無い無いって必死に探してんの、ポケットの中。いや、目の前にいる俺今持ってるんだけどって。普通に怖くなったもん。え?俺が持ってるのって一体何?って」

「めっちゃ馬鹿」

「あれは……はは、自分でも笑うな、視野狭すぎる」

 

 トークも聞いてて飽きないんだよな、この人達。大体いつも告知は程々にして、その後は時間いっぱいフリートークをして終わる。俺はそれが凄く好きだ。

 虹汰くん早く喋らないかな、と思っていると、なかなか会話に入ってこない虹汰くんに気を遣ってか、リーダーが話を振ってくれた。


「でもあの時コウタも一緒になって探してくれたじゃん、俺だけじゃないから」

「……え?……ん、うん!へへへ」


 あまりのキレの無さに拍子抜けし、ポカンとしながら画面を見た。いつもだったらもっと元気よくリアクションするだろう。

 ちょっとおかしいなと思い見ていたら、虹汰くんが画角に映る場面が少なくなっていった。不審に思って見続けると、画面の端っこの方で頭をカクッと下げてはハッとして元に戻す虹汰くんの姿が映った。そして、すぐさま他のカメラに移り変わってまた虹汰くんは画面から消えていった。


 __絶対体調悪いじゃん!


 仕事に支障が出るレベルで睡魔が襲ってきているのだろう。だからあれだけちゃんと休めと言ったのに。周りのメンバーもなるべく虹汰くんに話を振らないようにしているが、見ている人からしたら違和感はかなりあるだろう。俺はもう気が気じゃなくなり、ハラハラとしながら配信を最後まで見た。


 そして、配信だけではなかった。週刊誌の表紙も、虹汰くんの表情だけパッとしなかった。なんだか昔より老けた印象だ。フレッシュさが売りなのに、それが感じられない。大人っぽいという意味合いならいいのだけれど、そうじゃなくて明らかに覇気が無いように見える。


 やっぱりしんどいのだろうか。

 見ないようにしていたが、最近虹汰くんをSNSで叩くファンも増えてきた。

 忙しいから仕方ないよね、と擁護する人もいれば、そこはプロなんだからちゃんとしてほしいと至極真っ当な意見を言うファンもいる。


 割と身近に虹汰くんのコンディションが悪くなっていく様を見届けていたので、他人事に思えなくて自分も心を痛めた。

 確かに俺の言う事を聞かないし我儘だし、仕事の場で不調を顔に出すのは駄目だけれど、それでも虹汰くんはどんな仕事も一生懸命取り組んでいた。だからこそ、今こういう状況になっているのは自分の事のように苦しい。




 もう虹汰くんを無理やり休ませようと思い、呼び出しのメッセージをまるっきり、全て無視した。脅されているとか、その後の反動が怖いとか、もうどうでもよかった。今はとにかく虹汰くんに休んでほしい。鳴り止まない通知音をミュートにし、布団を被って寝る事にした。なんか言われたら寝てましたと言おう。


 ……と思ったが。


 ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!


 アパートのインターホンがしつこいくらいに何回も鳴った。こんな夜中に。俺はまさかな……と思いつつも、ドアスコープをゆっくりと覗いた。


「ひっ!」


 まさかじゃんそんなの、まさかあっちから来ると思わないじゃん。

 扉の向こうには、暗闇の中ドアスコープをガン見しながらインターホンを超速で押す虹汰くんの姿があった。怖っ……怖い!

 虹汰くんは力任せに扉を素手で叩きながら、インターホンを押している。本当にやめてほしい、隣の部屋の生活音すら普通に聞こえてくる薄い壁なのに。こんなの近所迷惑に決まっている。

 俺は慌ててドアを開けた。


「おい!!ふざけんな!!」

「は?ふざけてんのはそっちでしょ」


 そう言うなり虹汰くんはズカズカと部屋の中に入って来た。俺は逃げるように居室の扉を開けたが、絶対駄目だった。ああもうと思った頃には狭いベッドの上に押し倒されていた。


「なっ……なんで俺の家知ってんの!?」

「免許証見た」

「勝手に人の財布の中見んな馬鹿!!」


 虹汰くんは俺を無理やり押さえつけ、痛いくらいの乱暴さで俺の着ていた服を脱がせようとしていた。俺も俺で力の限り抵抗する。


「おいっ……!やめろ!!マジで!!」

「……もーウザい。黙っててよ、茜さんのくせに」

「……!」


 目に光は無いし、明らかに顔色も悪い。喋る言葉にも元気がない。それでも俺を無理やり暴こうとする手だけは止まらなかった。


「俺がちょっとなんかするだけで話題になるんだよ。分かる?俺、影響力あんの。知ってるでしょ、茜さんなら」

「……」


 十分に分かっている。

 ちょっとの仕事のモチベーションの低さでも叩かれてしまうんだ。最近、嫌という程思い知らされる。

 虹汰くんの唇が微かに、ふるっと震える。


「……俺が茜さんの事悪く言えば、茜さんが俺のファンの敵に今すぐにでもなれるって事、忘れてないよね」


 ああ、もう。


 絶対やっちゃいけないのに。

 ビールをぶっかけるよりマズい。アイドルに、推しに、絶対にこんな事してはいけないのに。


 気付けば俺は虹汰くんの頭を平手で思いっきり叩いていた。

 壁の薄さも忘れ、勢い良く怒号を発する。


「もうちゃんと休め!!!」


 叩いた手がじんじんと熱を持つ。誰かに一生懸命暴力を振るったのなんて初めてで、心臓がバクバクと音をたてた。

 虹汰くんは何が起きたか分からないというような顔で、目を見開いて俺を見ていた。


「見てらんないんだよ!今の虹汰くん!」

「…………………………」

「頼むから、もう、寝て、寝ろ……」


 このままベッドに寝かせようと虹汰くんの体を倒そうとした。しかし伸ばした手を思いっきり握り締められ、ぐいっと顔を近付けられた。


「なんでヤらせてくんないの?」

「……は」

「なんで俺の言う事聞いてくれないの?なんで?」

「なんで、って……」

「俺頑張ってんじゃん!やりたくない事やって、したくないこと続けて、自由な時間なんて殆ど無くて、一緒に遊べるような友達だって一人もいない!じゃあ家に帰ってからくらい、俺が一番やりたい事やらせろよ!なあ、俺に脅されてんの分かってんの!?」

「っ……!お前が!体調悪すぎるせいで叩かれてんの知ってるからな!?そんな事はちゃんと自分の体調気にかけられるようになってから言え!!」

「俺……っ、俺はっ!!」


 俺の手首を握り締めている虹汰くんの手が震える。怒りなのか、悲しみなのか。


「望んでアイドルになった訳じゃ、ない……!」


 激昂した自分と虹汰くんの荒い呼吸が室内に響く。聞きたくなかった。

 でも、俺はこの先を聞かないといけない。虹汰くんと関係を持ってしまった責任を、ファンとして心の声を、ちゃんと負わないと、知らないと。


「俺の夢じゃない……。勝手に親が履歴書送って、知らないうちに事務所に入れられて、無理やりレッスンさせられて、家でも、学校でもいろんな事制限させられて……」


 テレビやライブで見る虹汰くんはいっつも笑っていて楽しそうで、不満や不安なんて1つもないみたいな顔をしていた。でも、それも必死に我慢していたのだろう。


「……あんなに恋愛の曲いっぱい歌ってんのに、俺、1回も恋愛した事ないんだよ?まともに友達もできたことないのに。……ほんと、笑っちゃうよ。こんなやつがさ、人の心を謳った曲なんてどんな顔して歌えばいいの?」

「……」

「……もう別にいいよ。ファンとか、他人の意見とか、どうでもいい。……どうでもいいよ、撮影も歌もダンスもライブも。全部やめたい、終わらせたい。……だから、“コウタ”じゃない時くらい、俺を満たしてよ……」


 力無く、俺の肩に額が乗せられた。


 __ああそうか。この子は多分、大分不器用なだけだ。


 押さえつけられた感情をどこにどう向ければいいか分からないだけの、20年生きただけのただの子どもなんだ。

 なんかもう、本当に、ほっとけない。


「はあ……。良かった、虹汰くん普通の人じゃん……」


 俺は優しく虹汰くんの頭を撫でた。俯いたままの虹汰くんの肩が、少しだけ震える。


「まー、そうなるよな。親とはいえ勝手に自分の生き方決められて。多分、そう思うのが普通なんだと思う……。俺が虹汰くんだとしても、そう思うよ」

「……」

「だから偉いよな、虹汰くんは。やりたくない事もずっと続けてて。俺は……うん、アイドルなんかより全然簡単な事を何回も投げ出してきたから。続けるって才能だから。本当に凄いと思うよ、虹汰くん」

「……」


 虹汰くんは何も言わない。ただベッドシーツにぽたりと水滴が零れ落ちた。


「ここまでちゃんと“コウタ”として続けてこれたんだからさ、多分……他の人には真似できないようなプロ意識はあるんだろ。……俺がとやかく言えるような立場にはないけど。言い方乱暴かもしれないけど、撮影も歌もダンスもライブも、仕事だから。一人でも誰かお客さんが見てるんなら、ちゃんとプロ意識持って仕事しなきゃ。嫌いでも、やりたくなくても、……仕事だから」


 本当に俺が口出しできるような立場にいない事は分かっている。それでも、5年分は虹汰くんより長く生きてきた。

 大学を中退して、流れるように社会人になって、ちゃんと社員として働くようになって、最初の頃は何度も思った。「なんかみんな楽しそうでいいな」と。

 大学に馴染めなかったのも、中退したのも、同期よりも早めに社会人になったのも全部自分の責任だ。でも、まるでモラトリアムのように学生生活を送っている人を見て何度も羨んだ。


 バイトしていた所なんだから社員として働いてもそんなに変わらないだろう、と思ったらそうでもなかった。社員は社員なりに大変な業務も多いし、負う責任も多い。最初はああ、社会人ってこんなもんか。と諦めて働いていたけれど、その意識もだんだん変わってきた。多分店長が支えてくれたお陰だろう。今は流れで続けてしまったこの仕事も、ちょっと楽しいと思える。


「それに、パフォーマンスしてる時の虹汰くんの顔、……あー……多分、本気で嫌って思ってたらあんな顔、できないと思うんだ」

「……!」

「……いや、まあこれは勝手な俺の意見だけど……。だから、しっかり休んで、もう一回ちゃんと仕事と向き合って、それから本当に続けたいか続けたくないか考えればいいと思うよ」


 虹汰くんはゆっくりと顔を上げた。目元は少し赤い。でも、最近抱えていた靄のようなものは消えていた。

 虹汰くんは小さく口を開く。


「……それでもし、俺がアイドルやめるって、芸能界引退するって言ったら、茜さんはどう思う?……いいの?俺がベビスタじゃなくなっても。俺が、“コウタ”じゃなくなっても、いいの?」


 嫌々でもここまで徹底したアイドル像で活動を続けてこられたのは、きっとそれなりに周りの目を気にしていたからだろう。勢いに任せてファンとかどうでもいいなんて言っていたが、不安を滲ませている目を見れば多分嘘なんだろうなと思ってしまった。


 久しぶりに心の底から可愛いと思える虹汰くんの姿を見て、俺は笑いながら頭を撫でた。


「めっちゃ嫌だけど……まあ、推しの幸せが1番だし。“虹汰”くんが自分の意志で決めた事なら、それでいいよ」

「__!」

「……って、はは……。俺なんかがファン代表みたいな事言っちゃいけないんだろうけど。まあ、自分の人生だし、自分のやりたいようにやればいいと思う」


 俺はゆっくりと虹汰くんの肩を押し、今度こそ本当にベッドの上に寝かせた。抵抗感は全く無く、簡単に体を倒す事ができた。


「とりあえず今は寝ろ!明日……あ、もう今日か。何時に起こしてほしい?」

「……ろ、6時……」

「早ー……。ま、俺も頑張って起きるわ」


 そのまま俺も横になり、布団を掛けて上から虹汰くんのお腹をぽんぽんと叩いた。

 数分後には穏やかな寝息が横から聞こえてきたので、俺も安心して目を瞑った。


 なんだかんだ、体の繋がり以外で夜を二人で過ごすのは初めてだ。

 これでちょっとは守られたかな、俺の矜持。





14

『本当はずっと好きだった。ずっと、小さい頃から、ずっと。だから俺を選んでよ……』


「……うわあああ〜〜〜……うわ、……うわーーーっ……」


 虹汰くんが出演しているドラマが始まった。虹汰くんは主役の女の子に密かに思いを寄せ続けていた幼馴染役だ。めちゃくちゃいい。俺は素人意見しか言えないが、贔屓目無しに見ても魅力いっぱいだった。普段が明るくて無邪気なぶん、こういう表情はなかなか見れない。それもよかったのかもしれない。


 初回くらい一緒に見ようと虹汰くんを誘ったら、意外にも「絶対に嫌」と返ってきて、大人しく一人で見る事にした。




 あの日以降、虹汰くんはまた真面目に仕事に取り組むようになった。

 撮影期間中は俺を無理に呼び出す事も無くなったし、会ったとしてもたまに俺の部屋に来てベッドを占領してすやすや寝るくらいだった。

 体調の悪さは全部睡眠不足が原因だったようで、ちゃんと眠ったら前みたいにツヤツヤの顔をしていた。一安心だ。


 SNSで「コウタ」とキーワード検索すると、虹汰くんを褒めるコメントで溢れていた。


『コウタくん、演技上手くてびっくりした』

『コウタ?って子、めっちゃかっこいい』

『誰この子逸材すぎるって思って調べたら、ベビスタの子か!最年少のコウタくん、初出演とは思えない』

『コウタ、最近超良い。見事沼落ちしました』


 俺はうんうんと一人で大きく頷きながら画面をスクロールしていった。

 そうなんだよな、最近虹汰くんが異常に評価されている。若者層だけでなく、大人な年代の人もファンになったという声を聞く。アイドルって最初のうちはどうしても古参ファンだけで固まってしまうから、新規のファンがたくさん増えてくれる事は、俺も嬉しい。……ちょっとだけ寂しいけど。


 1話のクレジットが流れ、俺は虹汰くんに感想を送った。


『めちゃくちゃ良かった!凄いじゃん。初めてお芝居したとは思わなかった』

『まあ俺って天才だからね』

『否定できないんだよ』


 すぐに返信が返ってきた。虹汰くんもテレビの前で自分の演技を見ていたのだろうか。俺はふっと笑みを零した。すると、少し間を空けて虹汰くんからメッセージが届く。


『俺、かっこよかった?』


 ああもう、可愛いな。直接会ってちゃんと言ってあげたい。


『勿論!』


 そう送ると、ヤッター!と喜ぶ猫のスタンプが返ってきた。直後、メッセージが連投される。


『俺明日休み』

『休みだよ!1日オフなの!』

『久しぶりだよ』

『茜さんの家遊びに行くね』

『茜さん明日休み?』


『休みだよ』


『家いてね。行くから、絶対』


 相変わらず俺の意見を聞かない。忙しなくて身勝手で思わず眉を下げて笑ってしまった。





15

「おじゃましまーす!相変わらずボロい部屋!安心するね!」

「おい!」


 来て早々失言をかまされたところで、虹汰くんは勢い良く俺のベッドにダイブした。


「はあーーーっ!これこれー……この匂い。落ち着く〜……。俺の家の寝具より全然硬いけどこれがいいんだよなあ……もう俺ここに引っ越そうかな……」

「独り暮らし専用です……」

「じゃあ俺んちに住む?」

「論点すり替わってない?」


 虹汰くんはこのベッドが一等お気に入りのようで、家主より先に占領しようとする。まるで猫のようだ。この狭い部屋にはソファーなんて気の利いたものも置けないし、座るところといえばベッドか床くらいなものなので、仕方ないけど。

 何か飲み物でも持ってこようとキッチンに行こうとしたら、虹汰くんが仰向けで寝そべったまま「ん!」と俺に両手を広げてアピールしてきた。


「……なんですか」

「来て来て〜。今日は一日中茜さんとイチャイチャするって決めてるから」

「イチャイチャ……」


 あんなイチャイチャどころでは済まないあれやこれやをしておいて今更ながら、その言葉に恥ずかしくなって俺は顔を赤くした。

 というのも、虹汰くんを俺の部屋で寝かせて以降、ちゃんと会うのは久々なのだ。なんかちょっと顔つきも変わって大人っぽくなったし、ドラマの役も役だっただけに……物凄くかっこよく見える。改めて考えると、ずっと推していたアイドルが俺の住んでいる6畳半の部屋にいるの、現実味が無さすぎる。


「早く早く、来ないととんでもなく大きい声出すよ」

「脅し方が絶妙なんだよいつも!」


 俺は諦めて腕を広げている虹汰くんの元に飛び込んだ。あー、熱い。俺、どんな顔してこの子と今まで会ってセックスしてたんだよ。

 虹汰くんはぎゅっと俺を抱き締め、俺の頭上でふふふと笑った。顔を上げると、愛おしそうに俺を見つめる虹汰くんの表情が目に飛び込み、俺は何も言えずに固まった。


「はあー……。なんか、くっついてるだけでヤバイかも……出そ〜……」

「表情と言葉が合ってねえんだよ……」

「だってずっとやってないじゃん俺ら。有り余ってるよ、精力」

「……当たってるんすけど、腹に……」

「んー?んふふ、当ててんだよ。……よいしょ」

「うおっ」


 虹汰くんは俺の尻を掴んで俺の体を少し上にずらした。顔がよりいっそ近くなる。おまけに、俺達の身長は殆ど一緒なので、その……、虹汰くんの硬く膨らんだ中心が俺のものに当たる。


「なんだ、茜さんも勃起してんじゃん」

「………………」


 あー、俺の下半身、雰囲気に流されすぎ。もう本当に悔しい。こんなはずでは。


「……ふふ、俺達、ちょっと会わないくらいでこんなんになるんだ。茜さんもスケベだなあ」

「……お前のせいだろ……」

「うん、俺のせいだね」


 そう言って虹汰くんは俺の尻を強く掴んだまま、自分の下半身をぐりぐりと擦りつけてきた。


「っ、ふぁっ!?」

「あ、はぁ……」


 もどかしい快感に、足がぷるぷると震える。安いベッドフレームがギシギシと悲鳴を上げる。ゴリゴリと力任せに押し付けられ、でも決定的な快感はなく、情けなくも俺も猿のように擦りつけた。


「ははっ……めっちゃ、乗り気じゃん……あ"ー……これ、気持ちいいけどもどかしいね……」


 下唇を噛み締めながら、小さく頷いた。

 すると虹汰くんは上に乗っている俺を横に転がし、添い寝をするみたいに顔を向き合わせた。


「やっぱり、直がいい」


 虹汰くんは俺の腹を撫で、そのままするっと下着の中に手を移動させた。そして俺の中心をやんわりと握り、上下に扱く。既に先走りで濡れていたそこは、すぐにぐちゅぐちゅといやらしい音をたてた。


「は、ぁっ、あっ、あっ……」

「茜さんも、俺の触って……」


 ベッドシーツを握っていた手が虹汰くんにもぎ取られ、そのまま虹汰くんのお腹の辺りまで誘導された。俺はごくりと唾を飲み、恐る恐る虹汰くんの下着の中に手を入れた。

 すぐに手に当たったそれは、実際に触ってみるとめちゃくちゃ大きい。同じくらいの身長なのに、俺のと全然違う。俺とくっついただけでこんなふうになるんだ、となんとも言えない恥ずかしさでいっぱいになった。

 弱く握ると、虹汰くんの俺のものを掴む手に少し力が加わる。俺は短い嬌声を呟きながら、ゆっくりと虹汰くんの熱く膨らんだ中心を扱いた。


「あっ、……あー、……ッ……ふ、ぅ、ヤバイ、気持ちい……」

「ん、ふぅ、……う、う……」


 お互い快感に顔を緩ませながら、目線を合わす。顔が近い。虹汰くんの熱い吐息が俺の口にかかり、頭が沸騰しそうだった。

 ぬるま湯につかるような快楽の中、虹汰くんはいきなり俺の弱いところ……亀頭の部分を強くぐちゅぐちゅと擦ってきた。


「ア"ッ!?っ、あ、まっ……ン"ン"ッ……」

「手ぇ止めないで……はぁ、もっと、強くして」


 俺はがくがくと腰を震わせながら、虹汰くんのものをぎゅっと握って手を動かした。虹汰くんが眉間にシワを寄せて息を詰めた。可愛くて、かっこいい。なんだか胸がいっぱいになり、生理的に目がうるっと潤んだ。虹汰くんはそんな俺を見て、更に動きを早くする。


「あ"っ、あ"っ、あ"っ、う、はぁ、はぁっ!!」

「あ、あぁ、ふ、気持ちい……めっちゃ幸せー……茜さんは気持ちい?」

「んっ、んっ!」


 虹汰くんを見つめながら、こくこくと頷いた。ああ、もうそろそろヤバイかもしれない。


「はあ、茜さん可愛い、可愛い、どうしよ……。イッていい?俺、もうイキそ……」

「うんっ、おれっ、おれもっ……あアッ!!」


 虹汰くんの身体に力が入り、俺の手に熱い粘度のある液体がかかった。それにびっくりして、俺も反動で達してしまう。


「は、ゥ……」

「……はぁー、はぁ……ん、ふへ、一緒にイけたね」


 虹汰くんは下着から手を引き抜き、手のひらについた俺の精液を自慢気に見せつけてニコニコと笑った。

 だから、表情と言葉が合ってないんだよ。


「もー、茜さん可愛いのやめてほしい。全然可愛くないのに」

「は……」

「俺より可愛いの禁止」

「……?」


 俺が呼吸を整えていると、急にインターホンが鳴りびくーっ!と体を震えさせた。

 その瞬間虹汰くんは明らかに不機嫌な表情になり、俺の体をぎゅっと抱き締めた。


「おいやめろ!」

「俺達の水を差す悪いやつだよー、出なくていいよ」

「馬鹿!離せ!」


 虹汰くんの腕を力づくで解き、慌てて手についた精液をティッシュで拭って身を整えて玄関を開けた。


 そこには、満面の笑みで立つ雪の姿が。


「お兄ちゃん!遊びに来たよ!」

「雪……!っあの、雪!一応前も言ったけどな、来るんなら前もって言って……!」

「……えー?ダメなの……?」


 雪は捨てられた子犬のような顔で俺を見る。勝てない。ダメじゃないんだ、ダメじゃないんだけど、今日に限っては、本当にちょっと。

 俺がどうするべきか迷っていると、雪は玄関に目線をやり、俺のものではない靴を発見したようだった。


「……誰?誰かいるの?」

「!え、えっと」

「……お友達?」

「あー、う、うん。そう、友達だから、えっとな、だからごめん。今日は……」

「へえ、そっかーーーーー」


 雪は貼り付けたみたいな笑顔のまま、また俺の方に視線を戻した。


「じゃあ、挨拶くらいさせてよ」

「へっ!?」

「いいでしょ?……それともできないの?」

「いや……」

「……怪しいなあ。なんで俺に紹介できないのかな?」


 雪は玄関の中に1歩踏み込み、俺にずいっと顔を寄せた。

 駄目じゃない?普通に。だって国民的アイドルだぜ?俺の家に今います、なんて言って紹介できるはずもない。それに虹汰くんの事だ。うっかり雪の前で「お兄ちゃんとセックスしてます!よろしく!」なんてアホみたいな事言うかもしれない。絶対駄目だ。


「雪、あのな?マジで、普通の友達だから。えっと、そいつ超人見知りで。初対面の人に凄く緊張しちゃうから駄目だ」

「大丈夫!俺誰とでも仲良くなれるよ!」

「そういう問題じゃないんだよな!」


 俺達がぎゃいぎゃいと騒いでいると、痺れを切らしたのか居室のドアがガラッと勢い良く開いた。


「ねえーーーっ!貴重な俺のオフの時間、奪わないで貰えますかーーー!?」

「あっ!馬鹿野郎!」


 全然変装とかしねえコイツ!

 それどころか、なんで上半身裸なんだよ。なんでちょっと準備進めてんだよ。俺は慌てて虹汰くんの元に駆け寄って引っ込めようとしたが、この馬鹿力は俺の横を通り過ぎて雪に近づいて行った。


「あー、あー、あー……」


 もうそう言うしかなかった。こうなっては俺では歯止めできない。どうしようかとオロオロしていると、雪は虹汰くんの顔を見つめ、そして大きな声を出した。


「えっ、こうちゃん!?」

「!?」


 待って、こうちゃん!?


 訳が分からず雪を見ていると、虹汰くんも雪の顔をまじまじ見て一言。


「雪じゃん」


 雪じゃん!?


「なっ、なっ……」


 お兄ちゃんはもうパニックだ。


「なんでっ……二人知り合いなの!?」

「え?うん」

「……」


 虹汰くんはきょとんとしながらそう答え、雪は目線をきょろきょろと動かしながら気まずそうに服の裾をぎゅっと握った。


「え?ていうか茜さん、雪と知り合いだったの」

「え?え?……はい、知り合いというか、弟……」

「弟!?……あっ、安曇!雪も茜さんも安曇じゃん……」

「ええ……雪と虹汰くん……どういう関係……?」

「え?なんで、弟なら知らないはずないでしょ」

「待って……マジで分かんないんだよ……」


 雪ちゃんどういうこと!?と思い雪をじっと見つめていたら、雪は俺の視線に気付いたようで苦笑いを零した。

 なんで……お兄ちゃんに隠し事を……。


 そんな俺と雪の表情を見比べ、虹汰くんは大笑いした。


「マジで知らないの!?雪、俺の事務所の研究生だったんだけど」

「じっ……ジムショノケンキュウセイダッタンダケド!?」

「あーもう!秘密にしてたのにぃ」

「待って……え……本当に……」


 俺は頭を抱え、汗をかきながら雪に詰め寄った。形成逆転だ。雪の方も気まずそうに笑っている。


「いつ、なんで、どうして……」

「いつだろう……14歳くらいの時、スカウトされて」

「スカウト!?」

「ちょっとだけね!ちょっとだけ、歌とかダンスの練習してたんだよ。合わないからすぐやめちゃったけど」

「なんで俺に言わなかったの!?」

「だって言ったら絶対にお兄ちゃん反対してたし、俺にくどくど説教たれてたでしょ」

「いっ……否めねえ……!」


 雪がアイドル!?断固拒否だ。雪に劣情を抱くやつが出てくるかもしれない。駄目だ、雪がアイドルになんかなってしまったらもう俺の手の届かない存在になってしまう。


「絶対駄目!アイドルになんてなるな!」

「おーい、現役アイドルここにいるんだけど」

「だからもうやめてるじゃん!」


 雪は俺から視線を逸し、そして次は虹汰くんの方に近付いて行った。そしてぴくっと眉を動かし、すんっと鼻をきかせた。


「あっ……?」

「……?」

「待って、この匂い……」


 雪は少し何かを考え、そしてにっこり笑って虹汰くんを見上げた。いや、にっこり笑っているけれど、全然目が笑っていない。


「ねえこうちゃん、お兄ちゃんとどういう関係なの?」


 ぎ、ギクーッ!

 変なところ勘が鋭くて怖い。雪は俺の左腕に自分の腕を絡めて、ぴとっとくっついてきた。

 俺は勢い良く横にいる虹汰くんの方を見る。頼む、頼むから、変な事言わないでくれ。


「お友達でーす♡」


 今度は虹汰くんが俺の右腕に自分の腕を絡めてきた。なんだよこれ、両手に花じゃん。じゃなくて。


「あ、あの、俺の働いてる店に虹汰くんが来て、それで、まあ、友達に……」

「……そうなんだーーーーー!へえーーーーー!そんな事一言も言ってくれなかったねえ、お兄ちゃん!!あれっ!お兄ちゃんってこうちゃんのファンじゃなかったかなあ?そんな凄い事あったら俺にも教えてくれるはずだよねえ!!」

「……あは、はは……」


 お前も研究生だった事隠してただろう!という言葉はとても言えなかった。だってなんか、雪怖いし。

 でも虹汰くんは怖いもの知らずなようで、雪の顔を覗き込んでニヤッと笑った。


「雪どうしたの?お兄ちゃん獲られて寂しいの?俺、ただの友達だよ?」


 ああ、ああ……。火花が見える。二人の間にバチバチと、火花が……。

 なんで、この二人仲悪いのか。なにがあったんだろう。

 俺が青ざめながら二人を見ていると、雪の大変可愛らしい顔から世界で一番不釣り合いな音が聞こえてきた。


「チッ」


 舌打ちした!?

 俺にもした事ないのに。なんか、寧ろちょっと羨ましいぞ……!


「……た、だ、の、お友達ならいいんだけどねえ。ね?お兄ちゃん」

「……あー、……あははは!よし、みんなでどっか食べに行くか!俺の働いてる居酒屋行こ!」

「はあ!?」

「ハ?」

「雪、外出るぞ。虹汰くんも早く、……服着て。行かないんならここに二人閉じ込めて俺一人で行く」

「嫌だよ!?なんでこうちゃんと二人で過ごさなきゃいけないの!?」

「こっちのセリフなんだけど!?」


 1Kの部屋に二人の声が響く。全然平和じゃないけど、やっぱり二人の顔が可愛いからちょっと和むな。……いや、全く穏やかじゃないけど。


 居酒屋に着いた俺達は店長にキラキラとした顔で個室に通され、俺の奢りでご飯を食べる事になった。

 誰がどの席に座るかという小さい事で揉めたので二人を無理やり横に並ばせ、俺は二人の造りのいい顔を眺めながら食事をした。

 売り言葉に買い言葉で言い合いをしていた二人だけど、なんだかんだ馬は合うみたいで、皮肉を交えながらもレッスンの話とか俺の話とかをしていた。なんか俺、この光景を見れただけでもう十分かも。





16

「茜さん、もう次のライブのチケット申し込んだの?」

「うん。倍率かなり高そうだから当たるか分かんないけど……外れたら一般も申し込むし、まあ、気持ちでは負けない」

「……本当に俺らの事好きだよねえ。正直最初はファッションだと思ってた……」

「俺は虹汰くんがテレビに初めて出た時から追ってるから」

「はは、恥ずかし〜」


 夜、仕事終わりに虹汰くんが遊びに来て、そしてそのままアイスが食べたいと駄々をこねたので二人でコンビニに向かっていた。

 昔はセックスして終わるだけの日しかなかったけれど、今はこうやって二人でどこかに出かけたり、一緒のベッドで健全に寝たり、ご飯を食べたりしている。

 

 時々、本当に時々、気まぐれに虹汰くんは俺の手を取って繋いでくる。それは俺がスマホを触っている時だったり、今日みたいに夜に散歩している時だったり。


 虹汰くんは俺の手をぶんぶんと振りながら、今日はこんな事があったあんな事があったと、まるで園児のように俺に報告している。

 街頭にうっすらと照らされた虹汰くんの横顔は楽しそうで、俺もつい笑ってしまう。


 声を掛けずとも合う歩幅。俺達の今の関係って、なんなんだろう。


「もしチケット外れたらねえ、俺が関係者席通してあげるよ」

「それって俺みたいな一般人が入ってもいいの?」

「分かんないけど、俺がお願いすれば聞いてくれるでしょ!」


 今日も世界はこの子を中心に回っている。今ではもう可愛い暴君と思えるけど。

 俺はありがとう、と一言呟いた。


「でも、大丈夫。自分の力でチケット取るから」

「なんでー?確実な方が良くない?」

「んー……。やっぱり俺も普通のファンだから。普通に申し込んで一喜一憂して、それでみんなと同じ客席でちゃんと見たいんだ」

「ふーん……。そういうもんなの?」

「うん。俺はね。大丈夫、なんか当たる気がするし」


 ベビスタはライブ頻度が高くて嬉しい。でも今回ばかりは絶対に当てたかった。だって、俺と虹汰くんが出会って初めてのライブだから。


「俺ねー、1曲だけセンターで歌うやつ貰えたの」

「そうなの!?」

「うん。あとね、本当はまだ誰にも言っちゃいけないけど……俺、ドラマの主演に選ばれた」

「えーーーっ!!」


 予想しなかった嬉しい報告に、俺は思わず虹汰くんに抱き着いた。まさか抱き着かれるとは思わなかったのだろう。虹汰くんもびっくりしている。


「んへっ!」

「嬉しい!凄い、虹汰くん凄いじゃん!」

「……んー、んふ、へへへ。俺凄い?」

「うん、凄い凄い!」


 抱き締め、頭を撫で、そしてまた抱き締めた。


 凄い成長っぷりだ。もともと努力家だったから、今いろんな所で実を結んでいるのだろう。虹汰くんは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「……俺、最近仕事楽しいよ。アイドル、俺の天職だもん。辞めるのなんて勿体無いね」

「……! うん……。そっか、よかった……」


 どうやらもう暫くはこの仕事を続けてくれそうだ。俺は胸を撫で下ろした。

 虹汰くんを見る。お芝居をしてから、随分いろんな表情をするようになった。今だって、俺の見たことない穏やかな顔をしている。


「ライブ、絶対茜さんの事見つけるから。楽しみにしててね」





17

 ライブ当日になった。

 俺は、開場前の列にそわそわとしながら並んでいた。


 当落が発表された日、SNSで次々と落ちました報告をするファンを見て手に汗握ったが、『おめでとうございます。第一希望で当選です!』のメールを見てガッツポーズをしながら嬉々として虹汰くんにメッセージを送った。


『当たった!』

『やったー!今日はすき焼きだ!』


 はは!と声を出して笑う。どうせ俺が用意するんだろう、と思ったけど意外にもその日の夜虹汰くんが材料を全部買ってきてくれて、俺の家で準備も全部してくれた。

 虹汰くんの自炊能力はほぼ皆無に近いので包丁を握った時はヒヤヒヤとしたが、どれも全部楽しそうだった。




 そして今。

 待機列にはちらほらと男の人もいるが、殆どが女性ファンだったのでなんだか自分が浮いて見える。まあ、俺は何度もこの列に並んできた。今更なんだ、という感じではあるが。


 流石にこの客の多さで虹汰くんがステージ上から俺を見つける事は困難だろう。そう思いつつも、一応ペンライトは買っておいた。虹汰くんのメンカラ、白のペンライトを持つ冴えない男の顔、頑張って見つけてほしいな。……いや、流石に無理があるか。


 会場に入る前のチケットチェック後でしか自分の席がどこになるのかが分からないシステムなので、入口前で俺はドキドキとしていた。どうしようかな!?すっごい前の席だったら。その方が見つけて貰いやすいし、そうであってほしい。

 そう願ったけど、実際はフツーにフツーな席だった。可もなく不可もなく。まあ、俺らしい。


 会場の中に入って席に座ると、ライブがもうすぐ始まるんだという実感が少しだけ湧いてきた。ザワザワと喋り声が会場中に飽和している。近くにいたファンも虹汰くん推しのようで、白くて可愛らしいワンピースを身に纏い、楽しそうに横にいる友達に喋りかけていた。


「コウタくんね、今一番かっこいいよね。今までもかっこいいけど、今が一番。配信とか撮影とかも凄い楽しそうだし、私も幸せなの」


 俺は心の中で勝手に大きく頷いた。

 そう、虹汰くん、最近は凄い楽しそうなのだ。だからこそ、今日のライブも楽しみだ。きっと今まで以上に素敵なライブになるだろう。


 会場に流れていた客入れソングが徐々に小さくなっていき、客電が消え、客の気持ちを煽るエムゼロが流れ出す。周りにいた客も気持ちが高まり、キャッ!と声を出していた。エムゼロも止み、アルバムに収録されているとっておきのテンションが上がる曲が流れた。会場がわあ!と騒ぎ出す。俺も広角が勝手に上がるのを感じた。


 そして暗かったステージが照らされ、そこにはメンバー4人の姿が。

 途端に、黄色い悲鳴が会場中に沸く。男だけど、俺もそれに混じってちょっと声を出してしまった。


 会場の悲鳴をかっさらって、センターのアカリくんが一言。


「会いたかったぞお前ら!!」


 そこからの勢いはもう凄かった。


 5曲程続けてパフォーマンスし、盛り上がりが最高潮になった所で軽い挨拶、そしてまたぶっ通して何曲もパフォーマンスしていた。ベビスタはMCの時間や休憩時間が短いのが特徴だ。客が息つく間もなくパフォーマンスが続く。


 性格がバラバラなのにぴたりと揃うダンス、ライブ特有の荒っぽい息遣いの歌声、遠くからでも分かるキラキラとした表情。

 最高だ。めちゃくちゃかっこいい。全員が、世界で一番輝いている。本当にみんなかっこいいけど、でもやっぱり、俺にとっては虹汰くんが一番かっこいい。虹汰くんばかりを目で追った。


 最近仕事楽しいって言ってたな。

 それが顔にもダンスにも表れている。虹汰くんが凄く楽しそうで、俺はちょっとだけ泣いてしまった。


 もうそろそろ最後の曲に近付いてきた。流れてきたイントロで、虹汰くんがセンターを貰えたと言っていた曲だと分かった。初めて音源を聴いた時、虹汰くんパートが多くて心臓を震わせた。虹汰くん、歌めちゃくちゃ上手いもん。多分これからもっと歌の仕事も増えるだろう。

 俺は期待に目を輝かせ、ステージを一心に見つめた。


 正に王道アイドルソングみたいな曲だった。性格は難アリだけど、虹汰くんの世間的なイメージにぴったりな曲だろう。

 虹汰くんを目立たせるようなメンバーのパフォーマンスにも感動しながら、瞬きも少なくじっと見守っていた。

 見進めるたびにドキドキとする。なんせ、ラスサビ前で虹汰くんのセリフが入るのだ。それがもう、また。……初めて聴いた時は何回も再生させた。


 ああ、もうすぐ、もうちょっと。


 浮足立ってそわそわとしながら虹汰くんを目で追っていると、俺のいる客席とは違う方を向いていた虹汰くんが、こちらにくるっと体を向き直して、そして、客席に向かって人差し指を向けた。会場に虹汰くんの澄んだ声が響く。


『全部好きだよ』


 途端に沸く会場。

 でも俺は、本当にその指で心臓を撃ち抜かれたみたいに全く動けなかった。


 だって、だって。

 絶対、俺の事見てた。俺の事指差してた。


 これは勘違いとかではない。直感的に、絶対に、俺を狙っていたと分かってしまった。

 こんなに大勢いるのに、虹汰くんファンの子なんていっぱいいるのに、白いペンライトを持っている子なんてたくさんいるのに、たった一人、俺に向けて、そう言った。


 セリフである事は分かっている。それでも、勘違いが止まない。俺に向けて言ってくれたセリフだ。


(ああ……。ああああー……)


 ステージを見なきゃいけないのに、俺は顔を下げて沸騰しそうな程熱くなった顔の熱を冷ました。





18

 ライブが終わり、客がまだ夢から醒めない気分の中、俺もぼけっとしながら駅に向かってゆっくり足を進める。


 本当に最高だった。みんなの熱量と、虹汰くんのセリフがまだ心を支配している。生まれてよかった、出会えてよかった!と体中が叫んでいるのが分かる。


 ライブのパフォーマンスを頭の中で反芻しながら、俺は一つの事を決意していた。


 今日のライブで確信した事がある。

 それは、虹汰くんの事だった。


 俺はあの頃の虹汰くんに脅されて体の関係を持ってしまった。きっといろんな感情をコントロールできていなかったからだろう。俺が男とはいえ、アイドルがファンとこんな関係を持つのは、一般的によろしくない事だ。もしもパパラッチに引っこ抜かれたりでもしたら、虹汰くんが世間からどんなに反感を買うか分かったもんじゃない。

 俺も中途半端な人間だからそれをちゃんと否定する事ができず、かと言って虹汰くんの全部を肯定していた訳でもなく、脅されていたから仕方ないと自分を正当化して虹汰くんに付き合っていた。


 でも、多分、虹汰くんはもう大丈夫だ。

 きっと俺がいなくてもちゃんとやっていける。今日のライブを見て、そう思ったのだ。




 土日と続いた公演が終わり、オフだと言っていた月曜に虹汰くんに会いに行った。その日は俺もオフだったので、じゃあゆっくりできるねと虹汰くんは笑っていた。

 虹汰くんの家に上がると、ご機嫌な笑顔で俺に抱き着いてきた。


「茜さーん、俺どうだった?かっこよかった?」

「うん!超かっこよかった!」

「アカリくんよりも、ソウくんよりも、リーダーよりも?」

「うん!虹汰くんが一番かっこよかった」

「……んへへへへっ!」


 赤ちゃんみたいにきゃらきゃらと笑いながら俺に頬擦りをする。めちゃくちゃ可愛い。一昨日はあんなにかっこよかったのに、今日はこんなにも可愛い。


「俺、すっごい頑張ったんだよ。歌もダンスも、毎日遅くまで練習したんだよ。全部ね、茜さんが見てくれるから頑張ろーって」

「……うん」

「だから、頑張ったから、俺茜さんからご褒美ほしい」

「ご褒美?……何がいい?俺の財力で買える?」

「んーん!物じゃないよ。えへ、後で言うね。今じゃなくてもいいや!」


 そう言って、虹汰くんは俺の手を引っ張って寝室まで連れて行こうとしていた。この流れだと、多分、やる事やるんだろう。俺はそれに待ったをかけた。


「あ、あの、虹汰くん。話したい事がある」

「……なに?畏まって」


 虹汰くんは俺を訝しそうに見ている。俺は気持ちを落ち着かせるため、ふうと息を吐いた。


「俺が働いてる店、2号店出すんだって」

「えーっ!凄いじゃん!お祝いに行かなきゃ」

「うん……で、店長が俺に、そこの店長やってみないかって。その、話を持ちかけられて」

「わお!茜さん店長になるの?かっこいい!」

「……」


 虹汰くんは素直に喜んでくれている。この先は言い辛いが、いずれは伝えなければいけない事だった。


「で、どこに出店すんの?」

「……それが、店長の地元なんだけど」

「へえ。どこ?ここら辺の近く?」

「いや、……もっと遠く」

「……遠くって?」

「……電車で5時間はかかる」

「…………………………は?」


 たっぷりと時間をかけ、虹汰くんはその意味を理解した。途端に顔色を無くす。


「……じゃあ、茜さんも、そこに行くの。そんな遠くに」

「う、うん。……そうなる」

「……………………」

「……虹汰くん」


 虹汰くんは俯いてしまって、表情が読めない。


「俺、正直ちょっと怖いんだよ。このまま虹汰くんと関係を続けて、もし世間にこんなのバレたらって。多分、俺らはもう普通の友達には戻れないだろ。俺なんかと一線越えたせいで、それがバレて、虹汰くんが辛い思いをしたらって考えると、……怖い」

「……」

「……良い機会かもしれない。虹汰くんはきっとこの先もっと伸びていくし、多分、俺なんかがいなくても、もっとちゃんとした人が支えてくれる。だから、1回、離れてみるのもいいかもしれない」


 こんなに懐いているのに酷なようだけど、もうただの友達に戻れないのなら俺とは関係を切った方がいいだろう。これは虹汰くんの人生のためでもあった。

 

 虹汰くんは俯いたまま、肩をふるふると震わせている。もしかして、泣いているのだろうか。


「虹汰くん、まだ引っ越すまで時間は全然あるし__」


 それまでは普通に遊ぼう、と言い切る前に、俺は物凄い力で背を壁に叩きつけられた。


「ヒッ!?」


 あまりの唐突さに、俺は目を白黒とさせて前を見た。俺を叩きつけた人__虹汰くんは、俺の体を壁に縫い付けたまま、目を真っ黒にさせてじっと俺を見た。


「は?何言ってんの?」

「……っえ、」

「良い機会?何それ?」

「……こ、うた、くん」

「……はあ、最悪だよ。せっかくさあ、せっかく……。初めては、もっとちゃんとした雰囲気が良かったのに」

「な、なに……」


 いつもの虹汰くんじゃない。まるで感情を失ったみたいに、ぴくりとも目が笑っていなかった。


「ご褒美ほしい。今ちょうだい」

「ご褒美、って……なに……」


 考えるているうちに、虹汰くんの顔が俺の顔に近付いてきた。近いよ、と言う前に、俺の口は塞がれてしまった。他でもない、虹汰くんの口に。


「__!?ン、むッ、んん!?」


 壁と虹汰くんに挟まれて逃げ場がない。閉じる隙もなかった咥内には、虹汰くんの舌がぬるっと入り込んできた。そして何度も何度も、しつこいくらい俺の舌を舐め上げて掻き回して、俺の口の中を甚振った。口の端からは唾液が溢れてくる。


「あ、ハぁ、ああッ!ッンン!ンウウウぅッ」

「んっ、はぁ、ちゅ、ん……」


 酸欠で意識が飛んでしまいそうな時、やっと虹汰くんの口が離れていった。俺はみっともなく舌を伸ばして大きく息を吸った。


「はぁーーーっ!はぁーーーっ……」

「知ってる?俺達、これでも初めてのキスなんだよ。あんなに凄い事いっぱいしたのにね」

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

「……茜さん、勃ってるよ」

「ッ、あっ!?」

「キスしただけでこんなんになるんだよ。ド変態だね。いなくて困るのは、茜さんの方じゃない?」


 俺の中心を虹汰くんにぎゅっと握り締められた。恥ずかしくて情けなくて、俺は歯を食いしばりながら虹汰くんを睨んだ。


「ッ……!」

「……はは、ははは!『お前のせいだろ』、でしょ。そうだよ、俺のせいだね。でも言えないよね、そんな事言ったら俺の責任になるし、じゃあ俺が責任を取らないといけなくなるから。俺が、茜さんの側から離れられなくなるから」


 あんなに無表情だったのに、今は不自然なくらい笑顔だ。それが俺にとってはとても怖くて、微かに足が震えた。


「離れてみるのもいい?もっとちゃんとした人が支えてくれる?……ふざけんなよ、じゃあ探してこいよ、もっと “ちゃんとした人” 」

「……」

「ちゃんとした人じゃないのに、なんで俺を救おうとした?なんで俺と一緒にいてくれた?こんな関係、事務所や警察に突き出せばどうにでもなるだろ。でも茜さんはそれをしなかった。弟にすら言わなかった。バレるのが怖いなんて、今更すぎるだろ。俺達、もう何回会ったと思ってんの?いいよ、バレても。そんなの俺がどうにかする」

「虹汰、くん」

「もう普通の関係に戻れない時点で終わってんだよ俺達は。俺だけじゃない、茜さんも」


 股座に虹汰くんの長い脚が入り込む。逃げる術が完全に無くなり、もう一度深い口付けが落とされた。鼓動が整わないまままた咥内を掻き乱され、目が上へと向いてしまいそうだった。

 虹汰くんの口が離れていき、糸がつうっと途切れる。


「絶対に逃さない。例え茜さんが泣いても嫌がっても絶対に逃さない。逃げたとしても、ファンでもメンバーでもスタッフでも金でもマスコミでもなんでも使って茜さんを追いかける。何があっても一生逃さないからな。何があっても、地の果まで追いかけ続ける。一生、一生な」


 虹汰くんは最後にニコッと笑い、またいつものような雰囲気を纏った。怖い。結局俺は、虹汰くんが分からない。


「なんで、そこまで、俺……」


 息を整えながら、途切れ途切れにゆっくりと口を開いた。虹汰くんは俺をぎゅっと抱き締めて笑う。


「唯一の友達だし、初めての恋愛だから」


 俺は息を呑む。


 どうすればいいんだよ。どうすればいいんだ、俺の背後にいる生霊。もう中途半端になんてできやしない。


「キスはロマンチックにできなかったし、せめて告白はちゃんとしたとこでやりたいんだ。どこがいいかな?ヤりながらさ、一緒に考えよ」

「あ、頭おかしい……」

「ええ!酷いな。健気で可愛いでしょ」


 虹汰くんは俺の手首を掴んで寝室へと引っ張った。俺は抵抗する気力も起きず、引かれるがまま着いて行く。

 やっぱり虹汰くんはどこかおかしい。あんなに俺を脅しておいて、今は何事もなかったみたいに楽しそうにしている。


「あ!この近くに3号店建てればいいよ。俺が出資するし、茜さんはそこの店長になればいいんじゃない?2号店は別の人にやってもらおうよ。いい考えじゃん俺!天才!」

「は……」

「そうと決まれば店長に相談しに行こ。行ってみたいなあ、茜さんのお店!俺、茜さんの作るご飯大好きなんだ」

「虹汰くん、待って」

「ね?いいよね?ねえ、茜さん。ねえー?」

「…………………………」


 何も言い返せず、笑顔の圧力に負けて俺は知らないうちにこくりと頷いていた。

 虹汰くんは、ん!と嬉しそうにし、満足そうに見つめ、俺の口にまたゆっくりと唇を重ねた。今度は触れるだけの、遊びみたいなもの。


「店長に反対されたらどうしようかなー。んー……。脅すか」

「マジでやめて……」

「あはははっ!冗談!」


 いちいち心臓が痛くなる。


 3回目のキスを拒まなかった時点で、多分、俺もこの暴君に相当絆されてしまっているのだろう。


 結局俺は流されるがままの人生だ。

 まあ、俺が唯一ちゃんと救えたと思っていた人に流されていると思えば、こんな人生も悪くない。






 んなわけないだろ、馬鹿。









「開店祝いなにしようかな?あ、ビールかけやるか!今度は俺が茜さんにぶっかけるの!楽しそー!」

「いや……あの、その節は……ごめんなさい……」

「へへへ、最高の出会いだったね!」

「過去最悪だよ……」




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