晴れ、曇りに即す 上

1

 俺の過去最悪トップ3。

 1つめ、骨折した時ギブスの中に虫が入って来て暴れた反動で重症化したこと。2つめ、元カノが俺の弟と二股してたこと。3つめ、せっかく入学した大学に馴染めず単位も足りず留年して休学して親に迷惑をかけた挙句、中退したこと。


 昔からついてない人生だった。多分、そういう星の元に生まれてきたのだ。もういい年だし、粛々と日々を過ごそうと思っていた矢先。


 俺の過去最悪をたった今大幅に更新した。


「……………………」

「……………………」


 あんなに賑やかで華々しかった空間が、波を打ったみたいに静まり返った。原因は、俺が目の前の男に頭からビールを被せたから。


「ごっ、ごめっ、ごめんなさい……ごめんなさい、ほんと……」


 未使用のおしぼりを用意しながら、平謝りするしかなかった。相手は俺をポカンとした顔で見つめたまま、動かない。しかも普通の客じゃない。いつもは画面や紙で見るしかない、俺の推し。


 俺の人生、いっつもこうだ。こんなことになるなら本当にお祓い行っとけばよかった。

 俺は平謝りを続けながら、他人事みたいに頭の片隅で今日一日を振り返っていた。





2

「安曇(あずみ)くん見たよー、子犬にギャンギャン吠えられて溝に片足突っ込んだとこ。面白かったから記念に写真撮っといたよ。送ってあげようか?」

「いや、もう……勘弁してほしいっす……」


 開店前の居酒屋で、俺はモップで床を磨きながら店長と雑談していた。俺は大学2年生で中退して以降、バイトをしていたこの店でそのままずるずる働いている。


「前もさ、なんかこういうことあったよね、えーっと……。あ、そうだ。別れ話で揉めてるカップルの横通った時に何故か安曇くんがお冷ぶっかけられたやつ!」

「はは……」


 オーダーを取りに行き、厨房に帰ろうとしたその間での出来事だった。どうコントロールミスしたら俺の方に水が掛かるか分からないが、俺は見知らぬ彼女の怒りの矛先となってしまった。


「面白かったなー、あの時の安曇くん。用意周到に着替え持ってきてんだもん」

「あ、はは……珍しいことじゃないんで」

「これが珍しくない人生ってなに」


 そう。なんてことない。今までに考えうる最悪の状況というのは何度も経験してきた。水を掛けられたくらいどうってことないのだ。俺はそういう人間だった。


「でも最近なんというか……拍車かかってるんです。よく分からない外国人に人違いかなんかで廃れたビルに連れて行かれそうになったり、友達だと思ってたやつにマルチ商法で物売りつけられそうになったり、職質されたり……!」

「安曇くん人相悪いもんねえ」

「最終的に俺、うっかり死んじゃうような気がするんですよ、こう、アッて、考える間もなく、ぽっくり」

「説得力ある」

「むしろ俺はよく25までしぶとく生きてこれてるなって思うんです、それくらい最近の俺の悪運には目を見張るものが……」


 店長はほほう、とニヤニヤ笑いながら俺をじっと見つめた。


「え、なんすか」

「俺ね〜、見えるの。人のね、オーラというか、背後霊的なやつが」

「あー、はい、いつもの」

「ほんとだって!俺んち実家寺だからさ」

「え、マジすか」

「そうそう。だから昔からそういうのにビンカンで……教えてほしい?安曇くんの背後霊」


 俺はいやまさか、と思いつつも気がつけば首を縦に振っていた。そして店長は意味深に口を開く。


「安曇くんさあ、……うーん、こう……よく中途半端って言われない?」

「ああ、死ぬほど言われます」

「だよね!あはは!」

「あははじゃないんすよ!なんなんですか」

「いやだって、いるんだよ、いっぱいいる」

「は?」


 店長は俺に向かって手を合わせ、ナムサン……と呟いた。


「安曇くんが中途半端に助けた人間の生霊がね、いっぱいいるの、背後に」





3

 俺はトイレを入念に磨きながら、店長の言葉を反芻していた。

 嘘、俺ってそんなに恨まれるくらい中途半端な人間だったの……?というか、いっぱいって、何人。普通にヤバイのでは?店長が日頃お祓い行きなと言っていたのは、つまりこういうことか。俺が行動すれば不運な目に合うのって、こういうことか。俺が今まで善意で手を貸していたあいつらって、結局最後まで助けられていなかったのか。だから俺はこんな中途半端な人間になったのか。だから俺は……大学に馴染めなかったのか……?


(いやいや……いつもの店長ジョークだな)


 素人意見であるに違いない。思い込めば思い込むほど不運になっていきそうだ。今日はたくさん掃除もしたし、多分邪気も払われたはず。いや、ほんと、怖くなんかない。怖くないってば。中華マフィアみたいなのに目つけられた時に比べれば怖くない。俺は己の背後をバババと手で払い、空を切った。


「店長、掃除終わりました」

「お、ありがとう。えーっとじゃあ、団体さん来るまで適当に準備してて。全席使うから。40はいたかな」

「それくらいの人数久々っすね。貸し切りですか?」

「うん、そうそう。一応コースだけど飲みホだから、ドリンクは大変かも。時間も特別に4時間コースにしたし。バイトの子もいっぱい呼んだし、多分大丈夫だと思うけど。ドリンク場任せるね」

「はい」

「グラス割らないようにね!」

「……はい」


 フラグにしか聞こえない。俺はやるなと言われたらやらないでおこうと思っても勝手にそうなってしまう人間だ。


「お偉いさんいっぱいいるからね」

「エッ」

「いつもの小劇場の座組が打ち上げで来るのとは訳が違うよ」

「……どれくらいのお偉いさん……」

「秘密」

「け、警察とか……」

「秘密〜」

「秘密、結社……」

「ははは」


 店長は仕込みをしながらケラケラと笑った。不安でしかない。頼む、何も起こらず無事に今日を乗り越えてくれ、自分。





4

「キンチョーしてきたなあ」

「ねー、ヤバイよね」


 バイトの女の子達がお通しを小皿に分けながら、いつも以上にキャピキャピと会話していた。


「何が?」

「何がって、そんなん決まってるじゃないですか!」

「まー安曇さん疎そうだしね、こういうの」

「?」


 確かに40人規模の団体客は流石に緊張するかもしれない。俺も緊張してきた。いろんな意味で。


「私いつもより化粧濃くしてきた」

「可愛い可愛い。私も美容室行って髪の毛セットしてもらったんだよ」

「私ら必死すぎー!」

「あわよくばを狙いたいよねー」

「??」


 この子達は誰が来るのかを知っているのだろうか。だとするとなんで店長は俺に教えてくれないんだ。結局俺はこのなんだか黄色くて花が散っているような雰囲気に割って入ることができず、誰が来るのかを時間まで知らされることはなかった。


(あー、まあ、大きい企業の団体さんかな……)


 なんて、呑気に考えていた自分が懐かしい。いっそこの頃が平穏と思えるくらいだ。俺の人生が変わるまであとちょっと。


 カランカランと音を立てて、数名が中に入って来た。その人達の前に立ち、席を案内する。続いてぞろぞろと客がついてくる。


「全員お揃いですか?」

「数人後で来ます、少し遅れるかも……すみません」

「いえ。人数も多いので、最初のドリンクはビールかウーロン茶で絞らせて貰いますね」

「先に数数えといた方がいいですかね?」

「ああ、助かります」

「あー、えっと。多分大変だと思うんで、ビールだけピッチャーでいくつかいただければこっちで入れるんで……すんません、こんな大人数で」

「いえ!とんでも」


 なんだ、めちゃくちゃいい人達じゃん!たまにさっさと帰ってくれと思う予約客もいるけど、今回はなかなかやりやすそうだ。

 厨房に戻ってグラスを準備していると、客席から話し声が聞こえてきた。


「『ドラッグストア寄ります』だって。ほんと、うちのスター達は自由気ままだな……」

「あれだよ、コウタ酒解禁だから。薬でも買ってんじゃない?」


 酒解禁の歳かあ。なかなかに幅広い世代の人達が集まるようだ。一体どんな会社なのだろうか。


 そして数分後、音を立てて扉が開いた。作業をしていても分かる、とても賑やかな集団だった。


「おっ、やっと来たよ!年功序列って知らないのか〜?」

「スンマセン!まあ俺達主役なんで、大目に見てください!」


 俺は洗い場の蛇口を閉め、入り口の方向を見た。


「いらっしゃいま__」


 俺の挨拶は最後まで言い切ることなく、空中に消えて行った。


「こっちこっち!奥の方空けといたから」

「あざす、あれ、まだ始めてないんすか?」

「主役置いて始めらんないでしょ!」

「すみませーん!ほら、だから早く出ようって言ったのに……」

「えー、俺のせい?違うでしょ、リーダーが言い出したんじゃん」

「打ち上げ前にドラッグストアで爆買いするやつがいるかよ!」


「ねえねえ!ヤバイ、生で見るとみんな更にかっこいい〜……」

「どうしよ、写真撮りたい……!」


 俺は口と目を大きく開けたまま、その一行を目で追った。幻覚でも見たのだろうか。だって彼等は、俺の、俺の……


「はあ……一緒の空間にいれるだけで幸せ……。ほんとにイケメンだ」

「流石だね、国民的アイドル」


「「ベイビースタッツ!」」


「俺の推しッ……!!!!!」


「……え?」

「え、安曇さん、そうなの!?」


 俺は震える手を口元に持っていき、この信じられないような光景を目に焼き付けていた。


 そう、俺は突如としてこの空間に降り立った集団__アイドルグループのベイビースタッツ、略してベビスタが大好きだった。

 俺の人生、大体が碌でもないし全て中途半端なまま進んでいったが、ベビスタだけは出会った当初から追い続けていた。なんなら、ごく最近現地参戦していた。そうじゃん、今ツアーファイナルじゃん、今日千秋楽じゃん!?

 ということは、これはその打ち上げという訳で、さっきまで何万もの人に夢と感動を与えていた訳で。そんな人達が今この至近距離にいる訳で……。


「グウウゥゥ……」


 俺は心臓が苦しくなり胸元を握り締めた。


「安曇さん、大丈夫……?」

「マジでファンだったんだ……」


 俺は料理をしている店長の方を見ながら声を振り絞った。


「なんで言ってくんなかったんすか……!」

「サプラァイズ」

「そんなサプライズいらない!!」


 もう俺はその空間が直視出来ず、仏の顔をしてただひたすらにジョッキの中に氷を詰めていた。


「あー……あの、二人が注文取りに行って。あと料理とか運ぶのも、お願い……。俺はドリンクと洗い物全部やるし」

「えーっ!なんで、ファンなんですよね?」

「勿体無いですよ!」


 俺はふるふると首を横に振った。


「ファンだからだよ……。緊張でなにかやらかす未来しか見えない。俺は行けない」


 俺はここで調子乗って握手とかを求められるようなタイプではない。今真っ先に考えていることは、如何に誰にも迷惑をかけずに今日を終わらせられるか。

 バイトの女の子達はじゃあ遠慮なく、とニコニコ笑ってジョッキを配膳しに行った。


「なんでウチなんすかね」

「俺、主催者と同級生なんだよ。それで、手配楽だからって」

「へえ!?」

「でも俺そういうの疎いからさー。ベビスタ?がどんだけ人気なのか知らずにOKしちゃった」

「そんな、勿体無い!!本当に凄いグループなんですよ!」


 ベイビースタッツは1年ほど前にメジャーデビューした、新進気鋭のアイドルグループだ。グループ歴はそれほど長くないが、みんな下積みが長く、実力者ばかりだった。だからこそ彼ら個人個人を昔から応援していた身としては、こんなに素晴らしいグループ結成はまさに僥倖だった。このグループでデビューする、とプレデビュー曲が披露された時は、それはもう涙を流しながら画面を追ったものだ。メジャーデビューしてからは正に飛ぶ鳥を落とす勢いで売れ続け、今ではもうライブのチケットも入手困難になっている。

 豪快でワイルドなセンターのアカリくん、王子様キャラでアカリくんとシンメなソウくん、面倒みのいいリーダーのトキくん。そして、明るくて無邪気な最年少のコウタくんの、それはもう天才的な4人なのだ。


「確かにオジサンにはまだ知名度低いかもしれないですけどね、今の若い子はみんな知ってますよ」

「オジサン……俺の事……?」


 例え俺がベビスタのファンでは無かったとしても、きっとみんなの事は知っていただろう。それくらい、今最も熱いアイドルグループだ。


(だからこそ俺はここで静かに待機するしかない……)


 ワイワイガヤガヤと盛り上がるその集団を片耳に、寧ろ一周し冷静な気持ちでいた。


「いやあ〜……ヤッバイね……かっこよすぎて直視出来なかったよ」

「あんなに顔いいのにみんなめっちゃ優しかったねぇ……」


 ドリンクを渡しに行ったバイトの子たちが帰ってきた。興奮冷めやらぬという感じで、顔も仄かに赤く染まっていた。こういう子が行った方が彼らも喜ぶだろう。


「安曇さんも行った方がいいですって!もう二度と無い機会なんだから」

「はは……まあ、じゃあ、忙しすぎたらね……」





5

「あっ、マズイ」

「どうしたんですか?」

「氷が……」


 店長が製氷機の扉を開けて口をぱかりと開けた。


「もう少ないなあ」

「2階の製氷機あるから大丈夫じゃないですか?」

「いや、そっちの方でストック作るのうっかり忘れてて……」

「あらら」


 まだ飲み放題が終わるまで1時間半ほどある。確かにこの氷の量じゃ厳しいだろう。


「俺、スーパーで買ってきます」

「いやいや、私達行きますよ。ね?」

「うん」

「……いやいや、それこそ……いいよ、だって力仕事だし」

「いえ!こういうのは後輩に任せて!じゃあ行ってきます!」

「行ってきます!」

「あっ、ちょ……」


 意気揚々とバイトの子二人が出て行ってしまった。多分、俺に気を利かせているんだろう。俺は冷や汗をたらりと流し、店長を見た。店長も店長で、ニヤニヤと笑っている。


「先輩思いだねえ」

「……」


 最悪だ。俺はどうか二人が早く帰って来ますように、あわよくばその間なんのオーダーもありませんように、と祈りながらビールの樽を取り替えた。そして俺のそんな思いも虚しく呼び出し音が鳴る。


「ああ……ああ〜……どうしよう、どうしよう……」

「だーいじょうぶだって!オーダー取るだけ!はい、行っておいで!」


 店長に背中をバシバシと叩かれ、俺は震える脚を叱責しながらその集団に向かった。

 心臓がバクバクと音を立てる。いや、嘘。一周回ってもう止まっているみたいだった。そして、テーブル席の奥、座敷の空間にベビスタのメンバーが揃って賑やかに会話しているのが見えた。しかし残念ながら呼び出し音が鳴った席はこのベビスタのメンバーがいる座敷からだった。


(うう、本当に最悪だよ……)


 なんでファンなのにこんな思いをしているんだ。駄目だ俺。輝かしいベビスタのファンがこんなんでどうする。あまり彼らを直視せず、堂々と。


「はい、ご注文お伺いします」


 俺は一番端っこにいた、多分スタッフであろう人に声をかけた。その人はもう大分酔っ払っているようで、調整の出来ていない声量でその場にいたみんなに語りかけていた。


「おーい!のみもん!グラス空いてる人言いなー!」


 口々に出てくるドリンク名を聞いてハンディに打ち込む。みんなもうかなり酔が回っているらしい。えー、やっぱり4個じゃなくて3個で!とか、あれ、これ言いましたっけ?とか、オーダーも覚束ない。そこに、俺の鼓膜を揺さぶる凛とした声が響く。


「すみません、生もうひとつ追加で」


 思わず、俺はハッと顔を上げた。上げざるを得なかった。あ、まずい、と思った時にはもう遅かった。


「えー?コウタ、ビールいけんの?」

「やめとけって、どうせ苦いっつって飲めねえんだから」

「挑戦させてよー、せっかく二十歳になったんだから!」

「今まで日和ってカクテルとかばっかだったくせに」

「いいじゃんか!飲めなかったらリーダーが飲んでよ」


 直視しない、と決めていたのに、俺の目線はもう彼らに釘付けだった。特に、コウタくんに。俺は楽しそうにやりとりをするその集団を見て固まってしまった。


「……あのー、すみません、生1つ追加で」

「……っあ!ハイ、ハイ、すみません」


 俺はハッと意識を戻し、急いでハンディに打ち込んだ。ヤバイ、俺、コウタくんと会話した。


 すぐさまペコリと一礼し、足早に厨房に戻った。そんな俺を見て店長が破顔した。


「あはは!安曇くん顔真っ赤!」

「……………………」


 俺は口をぎゅっと結び、冷蔵庫から冷えたグラスを取り出した。油断したら脳内でぐるぐる回る言葉が口から溢れてしまいそうで、必死に堪えた。


 __俺、コウタくんと会話した!?


 いや、あれを会話と言っていいのかは微妙たけど。それでも、今まで遠い距離から応援するしかなかった彼と言葉を交わしてしまった。その事実に、俺の鼓動は更に速度を増す。


 いかんせん、俺の一番の推しは彼、コウタくんだった。俺よりもずっと年下、今年でやっと二十歳になった最年少。本名は、晴山虹汰。明るくて無邪気で多彩で、正に虹みたいにキラキラした人。


「はあああぁぁぁぁ……」


 手グセのように、グラスの中にビールサーバーからビールを注ぐ。俺の作ったこの一杯が、虹汰くんの体の中に流れていくのだ。凄くないか、それ。そんなファンなかなかいないだろう。


 しかし俺にとって油断ならぬ状況はまだ続く。これをあの席に持っていかないといけない。俺はこういう大人数の飲み放題の時に何度かやらかしている(零す壊す間違える)ので、安心なんて1mmも出来ない。


 トレーにドリンクを乗せて、ふぅ、と一息ついてそれを持ち上げる。男とはいえ、なかなか重い。緊張も相まって若干手が震える。ああもう嫌だ、嫌な予感する。ただの予感であってくれ。


 ゆっくりと足を進める。俺の脳内は嬉しいとかラッキーとかそういう感情なんて一切なく、最早どうにか無事にこの任務が遂行できますように、という切なる願いに支配されていた。


「失礼しまーす……」


 わははは!と身内ネタで妙に盛り上がるその空間に踏み入り、なるべく存在感を消してトレーを座敷の床に置く。よし、後はもう適当にジョッキを机の上に置くだけだ。


「レモンサワーと、あとウーロン茶です」


 なるべく感情を殺してドリンクを机の空いている空間に置く。よかった、零さず壊さず終えられそうだ。と、油断した直後だった。俺が最後のジョッキ__虹汰くんのビールを手にした時。


「兄ちゃん、ビール注ぐのめちゃくちゃ上手いねえ!?おい、コウタ!キレイな黄金比率だぞ!泡もいいし、いいビールだ!」

「へえ!そういうのあるんすね!」

「え、……え?」

「よかったらコウタに渡してあげて!」


 オイ!?……オイオイ!?


 俺は口をあんぐりと開けた。意味が分からない。もう酔っ払い嫌いだ。ふと顔を上げると、期待の眼差しで俺の事を見ている虹汰くんか目に入った。あまりの眩しさに一瞬目を強めに瞑り、心で涙を流しながらビールのジョッキを片手に持ち、恐る恐る奥に進んでいった。


 なるべく周囲を見ないようにしていたが、雰囲気で分かる。なんとなく、他のメンバーも俺を見ている。ヤバイ。そう考えた途端、一気に手汗が止まらなくなり、呼吸も浅くなった。だってだって、俺がいつも画面越しで見ているみんなが、俺を。


 そして、虹汰くんが、俺の最推しである虹汰くんが、ふっと微笑みながら俺を見つめた。


(あっ……かっこよすぎる……)


 と、そう思ったのは一瞬なようで、永遠なようで、まるでスローモーションみたいに世界が止まって見えた。本当に止まっちゃえばいいのに、なんて思った束の間、俺の視界は一気にブレる。


「ぅお、」


 虹汰くんに気を取られるあまり床を見ていなかったのがいけなかった。手前にいた男の人が床に手をついていて、俺は見事その腕に足を掛けてしまった。


 声も出ず、咄嗟にかばう事もできず、ただただその流れに身を任せた。

 俺を見上げる虹汰くんの顔、横にいたリーダーのアッと驚く顔、そして瞬間に「やってしまった」と気付く俺。




 バシャッ!!!!!




「……………………」

「……………………」


 目の前には頭からビールを被っている虹汰くん。俺は頭が真っ白になり、暫くその場から動けなかった。

 一瞬静まり帰った空間は、何が起きたか理解した途端、猛烈な笑い声に包まれた。


「わははははっ!!オイ、コウタ大丈夫か!?」

「やるなー!!アイドルの頭からビールを浴びせて!!」

「いい男はビールかぶってもイケメンだなぁ!アハハハッ!!」


 場の空気が変わったところで、俺は意識を取り戻し、慌てて未使用のおしぼりを大量に持って来た。


「ごっ、ごめっ、ごめんなさい……ごめんなさい、ほんと……」


 涙目になりながら、とにかく平謝りをする。俺は手を震わせながら虹汰くんにおしぼりを差し出した。


 最悪だ。本当に最悪。やっぱり生霊に呪われてるんだ俺は。


「あのっ……ああ、どうしよう……本当にすみません、これ、お使いください……」


 未だにポカンとしている虹汰くんは無言でそのおしぼりを受け取り、そして一瞬考えて口元にかかったビールの飛沫をぺろりと舐めた。


「……ニガッ」


 ぎゅっ、と顔を顰める虹汰くんはそれはそれは可愛かったが、今はそんな事を考えている余裕なんてなかった。


「ビールめちゃくちゃ苦いねぇ!俺飲みきれなかったよ絶対。だから大丈夫、気にしないでくださいね!俺、野球選手がビールぶっかけられるの、なんか楽しそうだなーって思ってたし!」


 そう言って、いつもの笑顔で俺にニコッと笑いかけた。


 __天使、天使か?背後から光が差している。


 俺は虹汰くんの優しさや笑顔や対応力に心を震わせ、酷くみっともない顔でもう一度謝罪した。


「本当にごめんなさい……」


 虹汰くんのおかげで一応の冷静さを取り戻した俺は、次に羞恥という感情に襲われた。俺、本当に情けなさすぎる。


 結局、周りにいたメンバーやスタッフがわははと笑い、ネタにしながら後始末をしてくれたおかげで俺は殺されずに済んだ。そこに残ったのはただ一人、自責が止まらず身を投げてしまいたいと落ち込む俺。

 もう1度最後に謝罪をし、とぼとぼと厨房に戻って行った。


 その背中をただじっと眺めている虹汰くんがいたなんて、俺は知る由もなかった。





6

「あ"あ"ーーーーーーーーーーーーーッッッ」


 クソ、クソ、俺のポンコツめ!!


 ちょうどバイトの子たちが帰ってきたタイミングで俺は顔を真っ青にしながら、店長に「トイレ掃除行ってきます……」と静かに言い、トイレに引き篭もった。普段こんなタイミングでやる訳ない。でも店長は何かを察したのだろう。なにも言わず、ただ無言で頷いていた。


 そして俺は腕を口に当てて言葉にならない声を上げた。一人反省会が始まった。


 最悪!最悪だ!よりにもよって、なんで、なんで虹汰くんなんだよ!いっつもそうだよ、俺!一番やっちゃいけない事が、俺の意図しない所で平気で起こってしまう!なんで、なんで俺は……25にもなって……あんな年下の、しかも……国民的アイドルに……何が上手なビールだよ!何が黄金比率だよ!何がキレイな泡だよ!全部無くなったじゃねえか!最悪の形で!あんなにキレイな顔に、体に、頭からぶっかけて!!


「なにやってんだよ俺ぇ……クソ、クソ……」


 便器の前で蹲り、己を責め続けた。もう嫌だ。もう誰とも顔合わせたくない。このまま定時までここにい続けてしまおうか。だってもうそろそろだろう、飲み放題の時間が終わるのも。


「うう……」


 ただただ母音を唸らせていると、キィ、と静かにトイレの扉が開いた。俺はそれにビクッと反応する。


「あっ、すみません、すぐにどくんで__」


 死にそうな顔で後ろを振り返り、息が止まった。


「お兄さん、酔ってる人より酷い顔してるね」

「__っ、ぁ……」


 虹汰くんがビールで濡れた髪の毛をサラッとかき上げながら、ニコッと笑った。


 エマージェンシー!エマージェンシー!と俺の心臓は警鐘を鳴らす。

 駄目だろ。特に今は、虹汰くんと一緒の空間にいちゃ駄目だ。いろいろと持たない。


「……あ、あの。くどいかもしれないですけど、本当にすみませんでした。クリーニング代、ぐらいしか払えないですけど、あの、渡しますんで、……すみません」


 なるべく視線を合わせず、外に出ようと1歩踏み出した。

 そして、その瞬間、扉の方からカシャン、と鍵を掛ける音が聞こえた。俺はぴたっと動きを止める。そんな俺を見て虹汰くんは笑みを深め、詰め寄って来た。


「お兄さん、もしかして俺達のファン?」

「!!」

「あはっ!図星?」


 じりじりと虹汰くんに詰め寄られ、俺は背を壁に預ける。そっと、体の横に虹汰くんの腕が添えられた。あり得ないことに、虹汰くんに壁ドンされているようだ。人って本当にパニックになるとなんにも出来ないんだなあ、とどこかで呑気に思考する。

 虹汰くんは俺に顔を近づけ、楽しそうに口を開ける。


「で、俺が一番好きなのかな?」

「……っ、や、え、……え?」

「分かりやすいね。顔に全部出てたよ!最初はすげー謝る人だなーって思ってたんだけどさ、だんだん俺の事顔真っ赤にしながらチラチラ見て来てさ、面白いね」

「は、……」

「俺の顔好き?」


 硬直する俺。なにも言えずにいると虹汰くんは、ん?と微笑みながら俺をじっと見つめてきた。あまりにも顔がいい。俺はいっぱいいっぱいになりながら、ゆっくりと小さく頷いた。


「んはっ!嬉しいな!俺、男のファン少ないんだよ。ねね、お兄さん、名前は?」

「え?え?……あ、えっと……安曇……」

「アズミ……下の名前は」

「あ、茜、です」

「茜さん!」

「ヒィ……」


 そんな、破壊力抜群の笑顔で、俺の名前を、俺の名前を!!これだけで多分生霊は浄化されたかもしれない。


「茜さんは、どれくらい俺達のファンなの?ライブとか行ったことある?」

「あ、あり、あります。今回のも、参戦しました」

「ええ、そうなんだ!凄いね。ちゃんとファンなんだ。なんで俺が一番好きなの?」

「エッ」

「なんで、なんで?俺の、どこが好き?」


 とんでもない近さでキラキラとした視線を浴びる。俺の残機はとっくに無くなった。ファンサが過ぎる。あとちょっとビール臭い。

 俺はいっぱいいっぱいいろんな事を考え、引きつる喉から声を振り絞った。


「……っぜ、っ、ぜんぶっ……っす……」


 俺はいたたまれず顔を手で覆いながら下を向いた。顔が熱い。改めて考えると、俺はとんでもない経験をしているのではないのだろうか。推しにアルコールを頭からお見舞いし、愛を伝える。おかしすぎるだろ。


 そして数秒後、虹汰くんはそんな俺の手を取り無理やり顔を対面させた。そこには、にやーっと笑う虹汰くんの顔が。なんというか、虹汰くんらしくない。普段あまり見ない顔だった。


「……へ」

「茜さん、俺ね、困ってる事あるんだ。メンバーにもマネージャーにも誰にも言えないの。茜さん、相談相手になってくれない?」

「……え、なんで、え?……俺?」

「うん。仲いい人ほど相談しにくい内容だからさ……ハイ、これ」


 虹汰くんから手渡されたのは、住所が書いてあるチラシの切れ端だった。トイレ前の洗面所に置いてある、近くの雑貨屋のチラシだ。


「これ、俺んちの住所ね。今日の仕事終わったらここに来て」

「____は」

「じゃあね!また!」


 そう言って虹汰くんは振り返って、鍵を閉めていた扉を開けた。そして、扉が閉まる寸前、あ、と顔をひょこっと隙間から出して、一言。


「絶対来てね、絶対、絶対」


 パタン、と扉が閉まった。何が起こったか分からず、俺はズルズルと壁にもたれながら腰を落とした。


「__え、夢?」


 右手にある紙の切れ端を眺める。……いや、アイドルがこんな簡単に個人情報を晒していいのか?普通に駄目だろう。もしかしたら何か罠なんじゃないか。……虹汰くんがそんな事をするはずもないと思うが。


 それでも、ずっと応援してきた推しのお願いを断る余地なんてどこにもない。


 そして俺はその日時間いっぱいまで心ここにあらずな状態でひたすらに洗い物を続けた。





7

(ここか……)


 高層マンションを目の前に、俺は手に汗握りながらごくりと唾を飲み込んだ。

 自動ドアを潜り、緊張した手つきでオートロックの呼び出しボタンを押す。


『はーい!ちょっと待ってくださいね〜』


 もしかしてドッキリなのでは、という考えも破られ、先程まで言葉を交わした虹汰くんの声がスピーカーから流れて来た。

 暫くするとガラスのドアが開き、俺はエントラスへと足を進めた。


 35階の、一番奥の部屋。メモにはそう書かれてある。とても綺麗に整備された廊下だった。

 恐らく虹汰くんが住む部屋であろう目の前で足を止め、震える人差し指でインターホンを鳴らした。


「茜さん、いらっしゃい!入って入って〜」

「……ッ、へぁっ……」

「固まってないで!入りなよ」

「お、お邪魔、します……」


 なんで俺、一般人なのにこんなアイドルの高級マンションに進出してんだろう。意味が分からない。


 部屋の中は、テレビで見るような広くておしゃれな空間だった。忙しさのせいか、はたまた虹汰くんの性格なのか、物はあまり置かれていなくてシンプルな家具ばかりだった。

 靴を脱いで上がったはいいものの、俺は現実味の無さにその場で佇んでしまった。


「もーっ、慣れてよ!これからたくさん出入りするんだから」

「……ん?……え?」

「こっち来て」


 虹汰くんは俺の手首を掴み、衣装部屋のような所に移動した。ウォークインクローゼットには、ずらっといろんな服が掛けてあった。まさに金持ちの道楽。奥の方に、質のいい部屋着やパジャマが並んでいる。


「どれがいい?多分俺たち身長同じくらいだよね。俺のほうがちょっと大きいかな?」

「……ま、待って、虹汰くん、……なに?」

「1日働いた服で寝たくないでしょー?」

「?は、はい……」

「俺が勝手に選んじゃうよ。ま、決めてもあんまり意味ないけど」


 どうしよう、虹汰くんの言っている全ての事が理解できない。虹汰くんは酔っ払っているのだろうか。それにしてはあまりにも足取りと言葉がしっかりしすぎている。


「あの、虹汰くん……は、早くお風呂入って、着替えた方がいいんじゃ……」

「なんで?……ああ、ビールぶっかけられたもんね、茜さんに!あはは!」

「……ごめんなさい」


 あれ、なんか、虹汰くんってこんなんだっただろうか。虹汰くんの行動や心が読めない。


 虹汰くんは適当に部屋着を何着か手にし、また俺の手首を掴んで次は脱衣所に移動した。

 そして、羞恥心もまるでなく、虹汰くんはその場で服を脱いだ。俺の視界に入るのは、綺麗な肉体美。


「ヘェッ!?!?」

「やん、慌てすぎ」

「なん、なん、なん」

「ナン」

「なんで」

「お風呂入ったほうがいいんでしょ、だから」

「アッ、じゃあ俺、出ていきますんで」


 慌てて出ていこうとした俺の肩をガシッッ!と掴み、虹汰くんはそのまま自然な流れで俺の着ていた仕事着、黒のワイシャツのボタンを背後から外していった。もう俺はパニックだった。


「こう、こっ、虹汰、くん」

「んー?」

「あの……なぜ」

「一緒にお風呂入るから」

「なんで!?!?」

「だってどうせ俺がやらないといけないし」

「何を!?」

「あーもう、茜さん、お兄さんのくせに一人で服脱ぐのもできないのー?」

「……っ」


 俺は虹汰くんに衣服をはぎ取られ、気付けば全裸の状態で蹲っていた。恐る恐る後ろを振り向くと、同じように生まれたままの状態の虹汰くんが。嘘、なんで俺虹汰くんの裸見てんの?なんで俺は虹汰くんに裸晒してんの?


「えへ、茜さん見すぎ!えっち〜」

「!」


 無意識にまじまじとその体を眺めていたようで、俺は指摘されて顔を真っ赤にし、勢い良く前を向いた。


「はい、一緒に入るよー。着いてきて」

「いっ、……嫌、です!駄目でしょう!?なんで!?」

「もう!男同士なんだから別に良くない!?銭湯に行く気分でさあ!」

「銭湯にこんなイケメンいない!!」

「えへ〜。照れるなあ」


 グイグイと引っ張られ、俺は風呂場の中に引きずり込まれた。現役アイドルの腕力ナメていた。


 俺はこの体を虹汰くんに見せてしまう事も、虹汰くんを見る事もできず、ただお風呂の床に身を隠すように蹲った。すると、温い温度のお湯が俺の体に降りかかる。


「ひっ」

「俺、ちゃんとやるんならキレイにしたいし」

「なにが……お、わ……」

「そのままの体勢でもいいけど、耳、お湯入るかもよ」


 虹汰くんは、横になって胎児の様に見を丸めている俺の髪の毛に泡立てたシャンプーを纏わせた。髪を、アイドルに、洗われている。


「なんっ、なん……で」

「だから、キレイにしたいんだって。汚いのは嫌でしょ?」

「あ、……うん?」


 案外力強く粗暴に洗われ、シャワーが髪の毛にかけられる。訳もわからずされるがままになっているけれど、本当に何をされているんだろうか。相談って、なんなのだろうか。これに関係するのだろうか。何も分からない。


「体も洗いますね〜。細いね、肉付き悪いタイプ?」

「!!や、あのっ!洗いますから!自分で!」

「いいっていいって。だからさ、どうせ俺がやるんだから」


 駄目だ、何も聞いてくれない。それに虹汰くんのはぐらかすような言葉も意味が分からない。

 必死に抵抗していると、ヌルっとした大きな手が俺の体を這った。


「ひっ……」


 最初は腕とか、肩とか。それならまだよかった。その手は徐々に際どいラインに近付いていき、そして俺の胸元を辿った。妙だ。触り方が……なんだか、そういう意図を含んでいるような。いや、あり得ないんだけど。


「っ、ふ……」


 さわさわと上にいったり下にいったり。何もないところが、変に熱を持つ。あれ?いや、おかしいのは俺か。普通に洗われているだけだ。

 頭の中で必死に素数を数えていると、その手は胸元から腹へ、そして更に下に下った。おい、おいおい。


「待って、虹汰くん!あの、本当に自分でやるから」

「体起こさないでよー。せっかく今の体勢がやりやすいのに」

「ぅ、へ……」

「横になってて」


 ぐい、と虹汰くんに上半身を押し倒され、俺はまた左半身を下にした状態で寝そべった。目の前にある虹汰くんの体を直視してはいけないような気がして、俺はきゅっと目を瞑った。が、これは作戦負けだったかもしれない。目を瞑ると、なんだか神経が敏感になったような気がする。俺の下生えを撫でる手がゆっくりと動き、さわさわと音をたてる。


「ぅ、く……」

「恥ずかしい?」

「は、……い……あの、本当に、俺、ッンう!?」

「あはは、意外と他人の触れた」


 度胸あるね、俺!と虹汰くんは笑う。虹汰くんは泡まみれのその手で、あろうことか俺のムスコをするっと撫でた。予想しなかった感覚に、思わず俺も大袈裟に反応する。


「こ、虹汰くん!?やめよう!?本当に、あの、アイドルなんだから、」

「でも茜さんも満更じゃないじゃん。見てよ」

「え……」


 俺は目をそっと開けて、自分の股間を凝視した。……た、たってる。


「3擦りで出せそー。そんなに気持ちい?俺に触られて興奮してる?溜まってた?」

「………………」


 俺は顔を赤くして虹汰くんを睨んだ。いくら推しとはいえ、俺のプライドがそろそろ限界を上げそうだった。でも虹汰くんは何食わぬ顔で、寧ろこの状況を楽しんでいるようだった。


「ごめんごめん、生理現象だよね」

「虹汰くん、……相談は乗るから、ほんと、あんまりからかわないで……」

「ああ、相談ね。相談。……じゃあ、もうちょっと付き合ってよ」

「え……ハ……っ、っ!?な、え、エ!?!?虹汰くんっ!?」

「んーーーキッツー。もうちょっと緩められない?」

「む、無理っ!無理無理、なんでっ!?抜いてっ」

「もー。茜さんうるさい、大人しくしてよ」


 出来るか馬鹿!!!!!


 推しでもこれはいただけない。おかしい。いや、推しだからこそ、絶対にこんな事されたくない。なんで、なんで俺はケツの穴に指突っ込まれてんだよ!!

 とにかく指を抜いてもらおうと必死に身をよじると、勝手が分からなさすぎるあまりぎゅっと中を締め付けてしまったようだ。え、ああ?そっか、駄目じゃん!!力入れたほうがいいのか!?待って、どうすればいいんだ!?


「待って、待って!?え、なんで!?虹汰くっ、んんんっ!!お、おかしいでしょ!?なんで!!」

「だから、キレイにしてあげてんの!」

「なんで!?」

「なんでもなにもないでしょ。汚いとこに突っ込みたくないじゃん」

「何を、なにを!?!?」

「えー、分かんない?カマトトぶってる?」


 本当に分かんないんだよ!もうこえーよ俺は!


 俺の内臓をぐぽぐぽとかき混ぜる虹汰くんの綺麗な指はしつこいくらいに上から下まで行ったり来たりした。この慣れない感覚に俺はもう息も絶え絶え、終いには足をバタバタと動かして抵抗を続けた。


「〜〜〜っ!!オイッ!!も、もう!やめろ、やめろ!!」

「ははは!怖いねー、やっぱりそんなに丁寧な人間じゃないんだね、茜さん。はい、お尻の中お湯入れるよー」

「いっ、っ……ぉ、お、ああああッ!?」


 き、気持ち悪い!出す側の所から水分が流れてくるの、気持ち悪すぎる!何よりも、虹汰くんが俺の肛門を指でぱかりと広げながらシャワーを流し込んでいるというこの状況が本当に最悪だった。気持ち悪いやら悔しいやらなんやらで、俺はばんばんと床を叩いた。


「あっ、こら!ご近所迷惑でしょ!……まあちゃんと防音されるしいっか。これからもっとおっきい声だすもんね、ね?」

「……」


 虹汰くんはシャワーのレバーを戻し、俺の中を弄ったその手を入念に洗っていた。こんな事をしてもなお虹汰くんはご機嫌だ。対する俺はヘロヘロになって死体のように横たわっている。


「ねえ!まだこれからでしょ!はい、起きるよ〜」

「も、なんですか……勘弁してください……」

「本番だよ」

「本番……なんの……」

「茜さん、まだ分かんない?本当に分かんないの?ここまでされて、ほんっとうに分かんない?」


 虹汰くんは俺の顔を覗き込んで、念押しに質問してきた。もうこの顔に綺麗とか可愛いとかかっこいいとかそういう気持ちを抱くことはなく、今はただ単純に怖いと思うだけだった。


 俺は虹汰くんにじっと見つめられ、まともに働かない思考を巡らせた。


 多分、虹汰くんは俺のケツの中を洗浄してくれたんだろう。しかも、突っ込むって、言ってたような。虹汰くんが、汚いとこに、突っ込みたくないって……え?


「……」

「……」


 最悪の答えが閃いた。虹汰くんはニコニコと笑っている。俺はその瞬間に勢い良く体を持ち上げた。


「__ッ!!」

「えへ、はい、落ち着いてね、逃げないで」

「おっ、おっ……おかしいんじゃないの!?なんで!?おかしいっ」

「おかしい?そうかもね」


 すぐさま逃げようとしたが、またもや虹汰くんに体をホールドされて、逃げ損ねてしまった。俺は床に押し倒され、目の前には逆光で光の当たらない虹汰くんの顔が。


「ハッ、ハッ、ハッ……」

「いいよ?逃げても。でも俺、茜さんに逃げられたらいろいろイタズラしちゃうかも」

「い、いたずら……」

「うん、SNSとかで、この店の店員にビールぶっかけられました、って言ったり。……どうなるかなあ?」

「!!」


 俺は顔を青ざめさせた。__それだけは駄目だ。俺の失態如きで、お世話になっている店を炎上させる訳にはいかない。


「俺の“相談”、ちゃんと乗ってくれるんならそんな事しないよ」

「そ、相談、って……」


 目を細めてにやっと笑った虹汰くんは、俺の頬にぴたっと右手を当てた。ファンからしたら卒倒もののシチュエーションだろう。いや、ある意味俺は卒倒しそうだが。


「アイドルってさあ、超疲れんだよ。体力的にもだし、……精神的にも。普段の生活も気を張らないといけないんだよ?プライベートなんて殆どないよね。行動も制限されるし、恋愛禁止だしさ、全然いいもんじゃないよ。どう思う?俺はこんなに顔もいいしチヤホヤされるしまだまだ若いのに、一番遊びたい年頃なのに、ずっと右手が恋人なんだよ?俺よりもランク低いやつが可愛い女の子と付き合ってセックスできんのに、俺はこんなに人気者でみんなから愛されてるのに、一人で性欲処理するしか許されないんだよ。ねえ、ほんと、どうしよっかなあ、茜さん?」

「ど、う、どうしよう、って……」


 なんか、「ベイビースタッツの無邪気な最年少コウタ」のイメージをぶち壊すような単語が次々と溢れ出たような。

 虹汰くんは俺の頬に添えていた右手を動かし、そしてさっきまでその手で弄っていた俺の後孔にぴたっと指を当てた。


「ひっ……」

「女の子と付き合うのもダメ、風俗もダメ。でも、男はダメって言われてないんだよね。抜け道見つけたーって。本当は俺も柔らかい女の子の方がいいんだけどさ、でも男の中も気持ちいらしいし、気持ちいいんならまあいっかって。女の子とは恋愛解禁の年になったらいくらでもやれるし。だからさあ」


 ぐ、と指に力を込められる。カタカタと足が震えた。


「俺の相手してよ、茜さん」


 虹汰くんは形の良い唇を俺の耳に寄せ、わざとらしく熱っぽい息を吐いた。


「良い事しかないよ?推しとセックスできるし、お店にも迷惑かけないし、気持ちいいし。断る理由、ないよねえ?」

「…………………………」


 ああ、俺の背後にいる生霊たち。もうお前らでもこの際構わないから。

 どうにかして、俺の過去最悪の更新を止めてくれよ。





8

「俺さー、ベンキョー熱心だから、ちゃんと学習したの。ゲイビ見て、どんなことすんのかなーって、気持ち悪かったけどいっぱい見て、いろいろ学んだから。だから安心して!」

「安心できるかよ!!!!」

「んははっ!いいね、茜さんそっちの方がいいよ。畏まらないで」


 お風呂場から引っぱりだされた俺は、虹汰くんに連れられるがまま寝室へと移動した。齢二十歳にしてキングサイズのベッドに一人で寝ているとは恐ろしい。俺は半ば放り投げられるようにしてそのふかふかのベッドに沈み込んだ。このまま寝られたらどれだけ幸せなことか。


「ぬるぬるしてる方が気持ちいいんだって。冷たいの嫌でしょ?だから俺、温感のやつ買ってきたから。はい、ドバっと」

「あっ!?」


 押し倒された俺の体に、虹汰くんは躊躇なく温感ローションを垂れ流した。ヒヤッとしたのは一瞬で、虹汰くんに塗り広げられたらじわじわと体が熱くなってきた。


「ひっ、あ、な、なあ!?いいからっ、やるんならさっさとして!」

「俺もさ、どこまで自分が男を気持ちよくさせられんのか気になるんだよなー。だから興味本位。嬉しいでしょ?推しが気持ちよくさせてくれるんだよ。俺も後で茜さんの体使って気持ちよくなるし、良い事ばっか!えいっ」

「ふ、ぁ、ああッ!?」

「はははっ!意外と他人のちんこ触んの楽しいかも!あったかくてぬるぬるで気持ちいいでしょ?」

「〜〜〜〜っぉ、あ"、ああッ!!」


 ヤバイ、ヤバイ!確かに温感ローションは気持ちいいが、これは、何よりも視覚的に参る。キラッキラの笑顔で、かっこよくて可愛いあの顔で、俺をまじまじと見つめながら俺のを扱いている。


「流石に3擦りじゃ無理か。何回でいけるかな?よーん、ごー、ろーく」

「やっ、……うううっ!!こ、うたくぅ、ああッ」

「なーな、はーち」

「ん"ッ!?!?」

「きゅ……え、へぇ!?」


 虹汰くんの人差し指と親指が亀頭をぎゅっと包み、力強くそこを擦った。その瞬間、パタッとドロドロした液体が虹汰くんの手にかかる。我慢なんてしている暇もなかった。


「……あは、もうイったの?あー、他人の精子熱〜!茜さん、先っぽのとこ弱いんだね。10擦りも耐えられなかったんだ」

「ハーッ、ハーッ……も、虹汰、くん、頼むから、これ以上、遊ばないで……」

「えー、嫌」

「ン、あ"ああっ!?」


 そのまま間髪入れずにまた俺のものを扱き始めた。次は、絶妙な力加減で。フェザータッチと言うのだろうか。ギリギリで触っているくらいの圧力で。これはこれで辛すぎる。俺の竿は性懲りもなくまた元気に復活してしまった。


「ンあれー?茜さんも溜まってたの?そんなに気持ちい?彼女とかいないの?いないかあ、いたらこんな簡単に俺に体弄らせないよね。彼女いたことある?童貞?」

「うるっ……さいなッ!!ハッ、あ、ァァ、くそっ!童貞じゃ、ないっ……は、ぁ!」

「えーっ!!俺童貞なのに!?茜さんに負けちゃった!悔しい〜!」

「ンぉ……ッ、あッ〜〜〜〜〜!!」


 もどかしすぎる快感が腹をぐるぐる巡る中、虹汰くんの片方の手は俺の乳首へと向いていた。温感ローションに塗れた指は既に少し出っぱっている乳首をぎゅっと摘み、ローションを染み込ませるようにしつこく擦り付けた。


 駄目なんだよ、俺、訳あって乳首が弱いんだよ。


 乳首も一緒に触りだした途端、更に膨張した俺の中心を見て虹汰くんはまるで面白い物を発見したクソガキのようにニヤニヤと笑った。


「へえ!きもちいんだ!男のくせに、おっぱい気持ちいいの?なんで、なんで?」

「う、うるさ、い、っン、ぅ、アアッ!」

「うるさいうるさいって、そればっかだね。気持ちいいって言ってよ」

「ハ、あ、あう、う"ぅ"ぅぅ!!」


 ぎゅ!っと音が出そうなほど強く摘まれる。イッた。絶対、軽くイッた。でも何も出てないし萎えてもいない。怖い!なんだよこれ。


「素質あるじゃん、やったね茜さん!俺達相性バッチリかも。中でも気持ちよくなろうね」

「んあああッ!?」


 ローションを纏った虹汰くんの指が躊躇なく孔の中に入ってきた。既にこの指を受け入れた俺の肛門は麻痺したのか、最初よりも抵抗感がなかった。オイ馬鹿、ちゃんと危機感を持て俺の孔!こんな所まで主人に似たのか!?


「さっきよりも入りやすいかも……分かる?今2本入ってんだよ。気持ちいい?」


 ローションのせいで余計にいやらしい音を立てて虹汰くんの指が出入りする。こんな、ただ内臓を行き来するだけのものが気持ちいいはずが無い。


「き、気持ち悪い……」

「えーっ、ショック。負けてらんないなあ」


 いちいち言葉遣いがおかしいんだよ!


 虹汰くんは上下に行き来するだけの動きはやめ、指をぐるりと回転させて、まるで何かを探すかのような動きになった。


「ここらへんにね、気持ちよくなれるところがあるんだって。ほんとかな?でもゲイビの男たちはここ掘られてアンアン言ってたし、嘘じゃないっぽいけど。ん、ここ?」

「ぅ、……ヒ……、?、?」


 虹汰くんの指がある一点を押し込んだ。なんだかびりびりと鈍い電気が走ったような感じがした。


「おっ、ここっぽい。ここじゃない?」

「お"っ、あ"、あアッ、ま、まって、まっ……て、ぇ!!」

「絶対ここじゃん!わー、俺セックスの才能もあるんじゃん。やっぱり俺は天才かのかもしれない!あははは」

「ふ、う"、う"ぅ"ぅ"〜〜〜〜〜ッ」


 おかしい、おかしい!!

 小さい電気が今は酷く大きな快感のようなものになって俺の体を巡っている。何かが出そうで、出ない。でも身体は必死に何かを出したいと訴えている。俺はみっともなくビクビクと腰を震えさせた。


「でもこんなちっせえ孔で俺のはいんのかな?3本目入れるね、頑張ってね」

「は、はあ、はあ、ああ、……あ、あ"あ"ああ」


 一旦抜かれた指は更に質量を増やしてまた俺の中に侵入してきた。俺は勘弁して、と涙ながらに虹汰くんを見た。


「ん?ああ、こっち寂しい?」

「ヒイッ!?あ"あああッ!!バカ!やめろ!ア"ア"ア"ッ!!」


 空いているもう片方の指が俺の敏感な乳首をまた捏ねくり出した。孔の中のへんなボタンみたいなところを押されれば乳首がジンジンするし、乳首をぎゅっと摘まれれば中のとこが切なくなるし、なんだよこれ!こいつら一蓮托生かよ!


「や"、めろっ、ンあっ!やめろっ!!」

「はいはい、気持ちいいねぇ。でももうちょっと頑張ってね、痛いのより気持ちいのがいいでしょ?……あ、痛いのが好きならそうするけど、どう?」


 俺は顔を歪ませながら必死に首を横に振った。虹汰くんはふっと笑う。


「じゃあもうちょっと我慢して、ね?お願い」

「〜〜〜〜〜ッず、っ、ズルい……」


 こてん、と首をかしげてきゅるんと瞳を潤ませる虹汰くんは、間違い無く世界で1番可愛かった。こんな状況じゃなかったら。

 しかしまあ、こんな状況であっても許してしまいたくなるくらい、顔がいい。俺は諦めて脱力し、虹汰くんのされるがままになった。


「聞こえる?すげー音。男の体なのに、こんな音するんだ!」


 虹汰くんはさっきよりも激しく指を出し入れし、回転させ、俺の中を掻き回した。ぐぽっぐぽっとあまりにも下品な音が鳴る。


「ろッ……ロー、ションッ……あ"、は、ぁッ!使ってるからっ!こうた、くんの、ンッ、せいだろ!」

「えへへ、音たてるの楽しくて。“いかにも”って感じしていいね、これ」

「う"、うう、ん、あ"あ"っ」


 熱い、何だこれ。温感ローション、肌より粘膜の方がもっと熱く感じる。絶えずローションを壁に纏わせるように動かす虹汰くんの指は、だんだんと広がっていき、最後にぐぱっと3本の指をいっぱいいっぱいに広げた。熱かった中に外気が入り、今度は逆にスースーする。


「すげー!広がるもんだね。……おー、ぐねぐね動いてる。へへ、気持ちいいかな?ここに突っ込んだら」

「…………」


 苦しいし疲れたし未だに現実味無いしで、俺はもう返す言葉も無くベッドに体を沈めていた。

 すると、きゅぽんと指が引き抜かれたので情けなくもほっと一安心してしまった。これからが始まりだと言うのに。


「茜さん、目開けてよ」


 疲労困憊で落ちかけていた瞼を開ける。目の前には、不敵に笑う虹汰くんと、既に臨戦態勢である虹汰くんの虹汰くんが。ムードもへったくれも何もなく、俺は目を見開いてソレをガン見した。


「え……?……?え?デカ……いや、じゃなくて、え……あー……?虹汰くん……」

「んー?」

「お、俺で勃つの?」

「たったね!」

「あ、そう……」


 童貞って言ってたのに、まるで迷いがない。し、立派すぎる。本当に童貞なのか?というか、このビジュアルで童貞なのか……へ〜……ふーん……。


「んじゃ、いれるね」

「いや待って待って待って待って」


 躊躇なくぴと、と先端を後孔にくっつけられ、俺は慌てて体を起こし虹汰の体を掴む。


「何!いちいち!」

「いや、あのね!?待って!本当にそれでいいの!?初めてでしょ!?初めてって1回しかないんだよ、記念すべき1回目なんだよ!?ほ、本当に俺でいいの!?」

「え?別に誰かに報告する訳じゃないし良くない?それにこれから何回もする予定だし。記念とか、初めてとか、そんなのいちいち考えるの面倒でしょ」

「…………………………」


 俺は唖然として虹汰くんを見た。


 走馬灯のように俺の頭をかけ巡ったのは、虹汰くんがまだ中学生だった頃、テレビに出始めた時の姿だった。


『晴山虹汰、14歳です!えっと、特技はないので、これからいろんな事に挑戦して見つけていきたいです!』

『フレッシュでいいですね〜!テレビ初パフォーマンスですが、今の気持ちはとうですか?』

『えっと、えっと、凄く緊張してるんですけど、精一杯頑張ります!』

『はい、ありがとうございます!見どころいっぱいの新星アイドルの初パフォーマンスです!それではスタンバイ、お願いします!』

『はい、よろしくお願いします!』


 あー、あの頃の虹汰くん、本当に可愛かったな。無垢で、頑張り屋さんで、宣言した通りいろんな事に挑戦して歌もダンスもめきめき上手になって。丁度俺はその頃から大学をよく休むようになって、ボロいアパートの部屋に引き篭もって、よく虹汰くんの動画をいっぱい見たっけ。

 虹汰くんは、明るくて無邪気で一生懸命がウリなのだ。


 __なのに、なんで、こんな事に。

 

「そんなくだらないもののために、律儀に禁欲したくないよね?俺今、気持ちよくなりたーい!ってすげー思ってんの。だから俺はそれに従うし、誰が相手とかどうでもいい。……女の子に手出さないの、褒めてほしいくらいだよ」

「………………ッ!クソ、クソガキ……」

「……あはっ!俺のファンでも、そんな顔するんだぁ。楽しいね!」


 この状況が?俺の態度が?何が楽しいんだ。絶対におかしい。この虹汰くんは、俺がずっと見てきた虹汰くんじゃない!


「なあ、本当にもうやめろ!こんな事していいと思ってんのか!?若くて活躍してて未来しかない虹汰くんみたいな人が、こんな__ッア"ッ!!」

「あ"〜〜〜、ふ、……なあに?……続けて?」

「お"、おァ、アア、あ"あ"あ"っ!!」


 俺の合意なんて無しに、虹汰くんの大きく張った中心が俺の中へと入っていった。ミチミチと実際に音がなっているのか、これは俺の幻聴なのか、今にも破裂しそうな音が聞こえてくる。指なんかじゃ比にならない。あれが可愛く思える程、苦しさと痛さでいっぱいになった。

 ゆっくりと挿入され、やっと動きが止まった所で虹汰くんはあまりにも男臭く息を吐いた。


「ッは、あぁぁ〜〜〜っ。すげっ……きもちい〜!!ヤバイよ茜さん、は、ァ、動かなくてもイけそう……はは、茜さんは?気持ちい?」

「ゥ、〜〜〜〜〜ッ……!!」

「顔真っ赤……生きてるー?」


 抜け!気持ちよくない!痛い、苦しい!生きていない!という気持ちを込めて、俺は必死に首をぶんぶんと横に振った。虹汰くんはそんな俺を見て楽しそうに笑った。


「大丈夫!苦しさの先に気持ちよさがあるはず!頑張ってね、茜さん!」


 このクソサイコパス野郎!!!!!


「じゃあ動くね。えー、どうしよう!俺のほうが3擦りでいっちゃうかも」

「ま、マジで……ゆ、ゆっくり……」

「うん、できたら、ね!」

「____ッ、グ、ァ、アアッ!!あっ!あっ!ひっ、ひっ、ん"ん"ん"ん"ッ〜〜〜!!」

「はぁ、はっ、はっ、ヤバッ、最高ッ!気持ちい、気持ちいい!」


 もちろんゆっくりされる訳もなく、虹汰くんは自分の本能のままにピストンを繰り返した。ヤバイ、めくれそう。脱肛しそう。なんか入り口がヒリヒリする。でも、痛いとか苦しいとかだけの方がまだマシだったかもしれない。


「アッ!!お、あ、あっ、アッ、ああっ、んっ、んっ、ンンッ、ンウウウッ!」

「ふ、へ、あは、どうしたの?唇噛み締めて。血出ちゃうよ、やめなよ」

「ンッ!?……ッゥあぁ!?ぉアッ!あ"あ!はぁっ、ウア!あ"あ"あ"っ!!」

「噛まないでね、この手でマイク握るんだから」


 虹汰くんは固く閉じた俺の唇に指を這わせ、それを凄い力で俺の咥内に入れ込んだ。ぐにぐにと指を動かされるたび、口の端からぽたぽたと唾液が零れ落ちる。

 俺の肛門の事は一切気にかけないくせに、どんなタイミングで俺の体を気遣ってるんだよ!絶対にわざとだ!


 あの変なボタンみたいなところ……訳もわからず気持ちよくなってしまうところを、虹汰くんは狙ったかのように何度も何度も大きく張ったカリで引っ掻いてくる。これがもう、正気を保っていられなくなるほど気持ちよかった。これがアレか。苦しさの先の快感。知りたくなかった。


「ォ"、ア"、アアアアッ、アッ、ア"あ〜〜〜ッ」

「ん〜〜〜ッ、はぁ、いきそ、ねえ、このまま出してもいい?んっ、いいよね?」

「ッ、ア!?」


 腰を打ち付けるスピードが更に早くなった。そういえばコイツ、ゴム、してない!

 咥内の主導権は完全に虹汰くんに握られているため、俺は首を左右に振ってやめろと懇願した。それを見た虹汰くんはむ、と顔を顰める。


「いいって言って」

「お"っ____?ァ、あ、あ!あ"あ"あ、ア"ァ!!」


 ガツ!と腰を打ち付けられながら、両乳首をぎゅっと押しつぶされた。配慮もなにもない。双方をただ力任せに、もはや暴力のように快感を叩き込まれて、俺は生理的な涙をポロッと零した。


「いいよね?じゃないと俺、ずーっと茜さんのモロ感乳首いじめるよ。……あはっ、締まった!気持ちい、これはこれでいいかも」

「ア"、あ"、あ"、あ"っ!!」


 そんなみっともない事されたくない。最悪だ、こんな人間に、物理的に弱い部分を晒してしまった事が俺の1番の失敗だった。

 俺はこの涙を止める事もできず、顔を真っ赤にして悔し紛れに虹汰くんを睨みながら小さく頷いた。

 虹汰くんは俺を見てにやっと笑いながらはあ、と熱い息を吐く。


「茜さん最っ高♡じゃ、いただきまーす!いや、いただきますは茜さんの方か!」

「っア"ア"!?」


 ずろっと引き抜かれた熱い塊を、次は壊すくらいの勢いで奥に打ち付けられた。呼吸を整える間もなく、もう一度、そして次はもっと速度を速めて。これを何度も何度も繰り返された。辛くて苦しくてでもこんな快感を味わったことがなくて、終いには俺はもう声も出せなくなっていた。


「__ッ、ァ__ッ……、オ"__ア"ア"ぁ……」

「ん、はッ、出すね、……聞いてないか」


 どちゅ!と腰を穿ち、虹汰くんの体が静かに震える。やっと動きが止まったと思った直後、内臓の中にはじんわりと生温かくて気持ちの悪い液体が広がっていくのを感じた。


「ふ、う、ぅぅぅ、う……」


 ずろろ……と熱が引き抜かれ、孔から液体が零れてくる。意識を飛ばしかけた時、ぺちっと俺の頬を叩く手があった。薄っすらと目を開けると、たらっと汗を流して不自然なくらい綺麗に笑う虹汰くんが目前にいた。虹汰くんは嬉々として口を開く。


「はーっ!気持ちよかったね、最高だね!あー、俺、いい人見つけたなあ!」

「……………」

「これからよろしくね、茜さん」


 揶揄うように、戯れるように、俺のおでこに軽く口づけを落とした。俺はそれに何も返せず、ただぼんやりと焦点の定まらない瞳で虹汰くんを見ていた。

0コメント

  • 1000 / 1000