バレンタインそれぞれ

1. 斜森と付き合っている場合のバレンタイン


「ほい」

「え」


 仕事が定時になったので帰る支度をしていたら、斜森はまだ残ってやる事があると言っていたので斜森を置いて先に帰った。そして、遅れて俺達の部屋に帰ってきた斜森はハンガーにコートをかけて、そのままの流れで俺に四角い箱を渡してきた。数秒考えて、それがバレンタインのチョコだと理解する。


「え……斜森ってこういう事するんだ」

「駄目かよ」

「いや、ちょっと意外だったから……ありがとう」 


 ほとんどの時間を一緒に過ごしているのに、いつの間に用意したのだろう。斜森はこういう所がある。

 中を開けると、6つ種類の違う美味しそうなチョコが並んでいた。あまり詳しくないけど、多分有名なお店のチョコだろう。


「多分美味しいと思うけど」

「斜森も食べる?」

「ううん、お前のために買ったし、俺はいい」

「……」


 なんだか恥ずかしくて何も返せなかった。こんないいものを貰ったのに、俺というやつは。


「……どうしよう、俺なんにも用意してない」

「いらねえって」

「や、だって俺……前も記念日って、斜森がいいとこ連れてってくれたのに、俺あの時もなんもしてない」

「いいってそういうの、勝手にやっただけだし」

「で、でも、俺、すごいかっこ悪い……」

「いや、そんなことないけど……」


 普通に考えて、ホワイトデーにお返しすればいいだけの話なんだろうけど、俺はいてもたってもいられずにオロオロとどうすればいいのか考えた。そして、あまり冷静ではない頭だと普段思いつかない様な事も出てくるらしい。


「あっ、きょっ、今日の夜ご飯、俺が作る」

「え……」


 本当に情けない事に、俺は料理の才能が全くないので、ご飯も斜森に作ってもらっている。俺より遅く帰ってくる日も、なんの文句も言わずに夜ご飯を作ってくれる。挙げ句の果てには、疲れただろ、もう風呂入って寝ろと洗い物も他の家事も全部やってくれる時もある。付き合うまで知らなかったけど、斜森は釣った魚に特大の餌ともてなしをするタイプだったみたいだ。


「いっつも作ってくれるし、たまには俺がやるよ。バレンタインだからってわけじゃないけど、今日くらいは」

「……あ、……えっと、ありがとうだけど、やらなくてもいいよ、マジで」

「え……?」

「あーーー……。いや、お願いしようかな……」


 何かを諦めたかのように斜森は目を逸らした。俺はすぐさま冷蔵庫に向かい、扉を開けて中を確認した。だけど普段料理をしない人間は、今ある材料で何が作れるかを逆算できない。長い時間迷って、結局ネットの力を借りて肉じゃがを作る事にした。

 早速材料を台所に運び、そしてあまり手にしたことのない器具……ピーラーを持ってじゃがいもの皮を向いた。


「あっ、え、……こうかな……あ、痛っ……」

「あー、あー……大丈夫か?」

「な、斜森は座ってて……テレビでも見てて」

「すげー不安なんだけど……」


 俺が1人で苦戦している様子が気になったのか、斜森が顔を出してきた。でも俺は謎の意地のせいで絶対に斜森の手を借りずに作ってみせようと決意していた。


「……」


 1時間後、完成したソレを器によそう。

 なにコレ……。


「……ごめんなさい」


 とりあえず斜森に平謝りをする。

 出来上がった肉じゃがになる予定だったものは、ぐちゃぐちゃなのに焦げ付いていて、原型がほぼ無かった。じゃがいも、どこにいったんだろう。

 まさか自分がここまで料理出来ないとは思わなかった。俺、何も出来ないポンコツすぎる。情けなさすぎて、着ていたエプロンを握り締めて俯いた。


「何か頼む?ピザとか……」

「いや……ふふ……駄目だな」

「え?」


 頭上から微かに笑い声が聞こえる。顔を上げて斜森を見ると、口元に手を当てて笑っていた。


「求、可愛すぎる」

「はえ……」


 これで……?

 普段やらない事をやって、こんなに食材をめちゃくちゃにして、お腹が空いた中1時間も待たせて、出てきたのが結局これで、本当に?

 斜森、懐が広すぎるのか、それとも感性がかなりバグっているのか、とにかく俺にはよく分からなかった。


「あの、ごめん。やっぱ何か新しいの用意しよう」

「いや、じゅーぶん」


 斜森は俺を引き寄せて、そして俺のおでこに優しくキスをした。


「ありがとな」


 そう言って、愛おしそうに俺を見た。


 斜森、本当にズルすぎる。なにも敵わない。






2. 高見と付き合っている場合のバレンタイン


 高見くんはイベント事とかなにかの記念日とかが大好きなので、彼に今年のバレンタインはチョコを交換し合おうと言われた。


(チョコ……なに、何あげればいいんだ)


 こういう事に、本当に疎い。何を買えば高見くんが喜んでくれるのかが全然分からない。ネットで検索すると、近くの百貨店でチョコ販売の催事をやっているとの情報を掴んだので、休日に高見くんに内緒で買いに行く事にした。


 そしてバレンタイン当日、一緒にご飯を食べ終え、リビングで改まったように対面して正座していた。


「はい、どーぞ!」


 高見くんは自信があります、と体現したかのような顔で、リボンで封が結んである袋を俺にくれた。猫の絵が描いてあって可愛い。きっと手作りなのだろう。それを考えて、また更に顔が緩んだ。


「ねえ早く開けてよ!」

「うん」


 外装を写真に収めていると、高見くんは恥ずかしそうに俺に催促してきた。

 中を開けると、可愛い色のチョコマカロンが何個か入っていた。思ってもみなかったチョイスに目を丸くする。


「え!凄い、これ、高見くんが作ったの?」

「そうだよ、凄いでしょ。マカロンって作るの難しいんだって。お菓子作り慣れてないと失敗しちゃうらしいから、上級者向けですって書いてあった」

「高見くん、お菓子作り得意なの?」

「ううん、ほとんどやったことないけど」

「あえてこれにしたの!?」

「うん。出来るかなーって。完璧に出来ちゃって、俺もビビった」


 高見くんのポテンシャルの高さに驚く。凄いけど、こんなに頑張ってくれなくてもいいのに。


「なんでわざわざマカロンにしたの?」

「え?え……」


 さっきまであんなに意気揚々としていた高見くんはいきなり口をまごつかせ、ごにょごにょっと恥ずかしそうに呟いた。


「……だって、凄いって言ってほしかったから」


 可愛い、可愛すぎる!高見くん、可愛すぎるんだよ!


「うん、へへ、高見くん凄いね、凄い、嬉しいな。可愛い、大好き」


 俺は体を持ち上げ、高見くんを抱きしめた。高見くんがかっこいいのに可愛い。高見くんは嬉しそうにへへっと笑っていた。


「求さんのは?」

「あ、俺はね……お菓子作りとか出来ないから……」


 先日買ったチョコを高見くんに渡す。高見くんはそれを見てぎょっとしていた。


「え、これ、すげー高級なやつじゃん!?しかも超並ぶでしょ、ここのチョコ」

「うん、あの、でも全然詳しくなくて分かんなくて、種類とかもいっぱいあって、店員さんにおすすめ聞いたんだけど、でも分かんなかったから……えっと、合わなかったらごめんね」

「合わない訳ないじゃん!どんだけ並んだの?」

「えっと……このお店は30分くらい?他の出店してたお店もいっぱい回ったんだけど、ほんと、全然決められなくて、何周もして、あの、一番人が並んでるとこに……ごめんね、ちゃんと決められなくて」

「えぇ……俺のためにいっぱい探して並んでくれたの?もー、好き〜……」


 次は高見くんが俺の事をぎゅうぎゅうに抱きしめた。しきりにありがとうと言ってこめかみや首筋にキスを落とす。それがくすぐったくて思わずクスクスと笑った。


「来年は一緒に周ろうね。美味しそうなの、いっぱい買お。俺が全部持つよ」


 まるで褒めてとせがんでるみたいで、それがまた可愛くって高見くんをいっぱい撫でた。


「じゃあ来年は俺も一緒にお菓子作ってみたい」

「あーーー、もう可愛いよーーー」


 可愛いと言ったら、可愛いと返される。

 多分俺らって傍から見たら凄く気持ち悪いんだろうな。でも高見くんは可愛いので仕方ない。






3. 王野と付き合っている場合のバレンタイン


 王野は多分、他人とちょっと感覚がズレている。1は2だし、赤は青いし、嬉しいは不安だ。


「どれがいい?」

「これ……え?」


 家に帰ると、リビングの床には大量のチョコが散らばっていた。それもスーパーとかで買えるようなものではなく、この時期じゃないとなかなか買えないだろうなというブランド物ばかりだった。数を数えようとしたけど、果てしなさすぎて諦めた。


「ど、どうしたの、これ?誰かから貰った?」

「ううん。いっぱい取り寄せたよ。求に買ったの。どれが好き?どれでも、何個でもいいよ」


 唖然とした。いつの間にこんな事を。総額いくらなんだろう。きっと王野はそんなの1mmも気にしてないんだろうけど、相当するはずだ。

 その空間に立ち入るのも躊躇われて、この場で佇んだ。王野は首をかしげて俺を見る。


「あ、お酒の、嫌だった?求お酒弱いもんね。アルコール入りのもあるけど、嫌だったら食べなくていいよ。これとかどう?賞獲ったとこのチョコだよ。多分美味しいよ」

「や、えっと……」

「面白いのもあるよ、口紅の形のチョコだって。これ、可愛いね。あとこれもね、求好きそう。動物の形、可愛いでしょ」

「う、うん」

「……あ、もしかして、ここにないのがよかった?……どうしようかな、今すぐ取り寄せられないかな……。迷って買わなかったチョコもいっぱいあるんだ。どうしよう、ごめん」

「いや、違うよ!」


 王野は俺の返しを聞かず、すぐにスマホを取り出してここにないチョコを注文しようとしていた。俺は慌ててそれを止める。


「いい、いいよ、王野、そこまでしなくて大丈夫」

「なんで?求、チョコ嫌いだった?」

「嫌いじゃないよ。嫌いじゃないけど……」

「じゃあなにが駄目だった?どこが駄目だったの?」


 王野は不安そうに俺を見た。王野は他人とちょっと感覚がズレている。そのズレは、分かりやすく教えてあげないと理解出来ない。


「えっとね、あの……ありがとう、嬉しいよ。いっぱい買ったんだね」

「うん」

「ありがとう。でも、こんなにたくさんじゃなくても、十分だよ」

「……いらない?」

「いらなくないよ」

「でも、ほしくないんじゃないの?」

「ううん、いらないとかじゃなくて、ほしくないとかじゃなくて」

「俺、どうすればよかった?」


 一度、王野と離れようとした事がある。王野の目は、まるでその時みたいにゆらゆらと揺れていた。


「こうやって用意してくれるのは嬉しいけど、何もしなくても嬉しいよ。バレンタインだなって、それで、間接的に俺の事考えてくれるだけで、嬉しいから」


 王野は納得いってないようで、俯いて足元に散らばっているチョコを眺めていた。


「求はいなくならないでほしいから、俺はなんでもしたい」

「うん」

「……こんなんじゃ足りない」

「……そっか」


 俺は帰宅したまま肩にかけていた鞄の中に手を入れて、1つ小さな箱を取り出した。


「王野、はい」

「え……」

「俺のは、そんなに高いやつじゃないけど……」


 ハッピーバレンタイン、と言って王野にチョコを渡した。ずっと不安そうだった王野は、それを受け取ってやっと少し笑った。


「……嬉しい、ありがとう」

「もっといいのが良かったとか、もっとたくさん欲しかったとか思う?」

「ううん、思わない」

「もし俺がチョコ用意してなかったら、王野は怒る?」

「……ううん、怒らない」

「俺もだよ、それと一緒だよ」


 俯いていた王野の顔を両手で持ち上げ、目を合わせた。疲れてるのかな、若干隈が出来ている。


「俺はいなくならないから、なんにもしなくてもいいよ」


 顔を近付け、柔らかく唇を合わせた。顔を離して王野を見て、その顔がなんだか面白かったのでもう1回キスをする。


「今日は一緒にお風呂入って一緒に寝よっか」

「うん」

「チョコは……えっと、賞味期限近いのから、ちょっとずつ食べていこう。王野も一緒に食べよ?」

「……うん」


 子どもみたいに鼻から抜けた、甘えた声で小さく頷く。王野は他人とちょっと感覚がズレているけど、そのズレは愛情の大きさだと思えば、愛おしいかもしれない。



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