1
「オウカ?変わった名前だね」
「ミッ、ミ、ミサオくんも変わった名前だよ」
俺達のファーストコンタクトだった。
ミサオくん__輝かしい美貌を持った青年だ。
この平凡なキャンパス内を一気に華やかにしてくれる、噂の子だ。
乳白色のなめらかな肌、小さい顔、艶々と輝く黒い髪、大きな目を縁取る長い睫毛。
身体は大きくはないけど、顔が小顔なため、スタイルの良さが際立つ。
紹介文だけ読むと、まるで美少女とまごうのだが、実際ミサオくんは美少女のように可愛い。
俺の__タナカオウカの、意中の男の子である。
2
きっかけは、俺がミサオくんの学生証をキャンパス内で拾った所からだ。
誰の物か確認するために顔写真を見て、目が飛び出るくらい驚いた。
可愛すぎる。嘘だろ、現実世界にこんな美少女いるのか。ファイナル○ァンタジーのティ○ァかよ。
証明写真ですらこの完成度とは、本家は一体どれほどのものなのか。
ミサオ……。変わった名前だ。
ん?ミサオ、聞いたことがある。どこで聞いたんだっけ。後で誰かに聞いてみよう。
そして、俺はその学生証を事務に届ける事無く、ちゃっかり自分の鞄にしまいこんでしまったのだ。
3
「いや、それ犯罪だから」
「え?」
「しっかりとした意思を持って懐に隠してるよな。窃盗じゃんそれ。早く事務に届けな」
「だ、だって!こんな可愛い子、直接渡して顔みたいもん」
「もんとか使うな、気持ち悪い。ていうか、お前この学生証の持ち主知らねえの?」
「え、有名人?」
ミサオちゃんについて何か知っていることは無いか、情報通で有名な友人のカズキに聞いてみた。
まさか犯罪者呼ばわりされるとは。
「ミサオくん。大学内で知らないやつはいないと思ってたけど。俺らとタメだよ」
「ミサオ……くん?」
「うん、可愛いよな」
「待って、オス……?」
「生物学的にはそうなるな」
「この顔で……?」
「まあ、無理もないけど」
マジかよ。俺の純情を返せ!この学生証を渡して、ラブストーリーでも始まればいいと思っていたのに。
「早く届けるなり本人に渡すなりしたほうがいいと思うけど。無いと講義とかテストとか普通に困るだろ」
「そうだよな。んー、男だとしても、やっぱり顔見てみたいな。カズキ、ちなみにミサオくんの在り処知らない?」
「流石にそこまで知らねえよ。ストーカーじゃあるまいし」
「そりゃそうか。仕方ないな、届けてくるわ」
ミサオくん、有名人だったんだ。どうりで名前くらいは聞いたことあると思った。
そして、俺は事務室に足を運んだ。
「あの、すみません。落とし物を届けに来たんですけど」
「落とし物ですね。それでは、あちらで手続きをお願いします」
「はい」
落とし物窓口のような所に案内された。
そこには、他に人がいた。
どうやら、落とし物をして事務員とやり取りをしているみたいだ。
「ごめんなさいね、ここには届いてないみたい」
「そうですか……。困ったなあ」
「再発行の手続きします?新しい学生証、届くのは最低でも1ヶ月後だけど」
「はぁ、そうですよね……。お願いします」
学生証の紛失?まさか。
「あの、もしかして、ミサオくんですか」
「え?」
ドキドキと心臓の音をたてながら、その人に訪ねてみた。
振り返ったその人は、まさに、俺が会いたかった美少女のようなミサオくんだった。
なんと、実物は証明写真の100倍は可愛い。
「はい、僕ですけど」
「……あ、あの、これ」
そう言って、学生証を見せる。あまりの美貌に、緊張して手が震えてしまいそうだ。
ミサオくん、意外と声低いんだ。
「あーっ!僕の学生証!!」
「えっと、落ちてました。食堂の側に」
「あ、トイレ行った時かな……盲点だった。ありがとう!本当にありがとう!!助かったぁ〜」
「っ……。い、いえ!全然!」
ヤバイ。男と分かっていても、可愛すぎる。というか、男だからこそ可愛いまである。
「僕、2年だけど。同い年?」
「お、俺も」
「タメじゃん!名前は?」
「タナカ、オウカ……」
「オウカ?変わった名前だね」
「ミッ、ミ、ミサオくんも変わった名前だよ」
うおお。ミサオくんに名前を呼ばれてしまった。お母さん、お父さん、この名前をつけてくれてありがとう。
「本当だね。じゃ、変わった名前どうし仲良くしよ!」
「う、うん!!」
「あ、学生証、本当にありがとうね。どうしよう、今お礼できるものなんてあったかな……」
「え、いいよ!そんな、全然!気にしないで!」
天使なのか?こんな人間いる?
この時点で俺はかなりミサオくんに落ちていた。
「あ、これ!ハイ。手出して」
「ん?何?」
「はい、じゃ〜ん、飴ちゃん!」
「飴……」
「今持ってるお菓子これしかなかった。また今度お礼させて!」
「え、いいよいいよ!飴、すげー嬉しい!!ありがとう!!」
はい、確実に落ちました。今日から強火ミサオ担になります。
かつて、飴を貰ってこれほど嬉しい事なんてあっただろうか。これはファンサだ。俺は食わない。一生大事にする。
「じゃあね、オウカくん!ばいばい!ありがとー!」
「う、うん!バイバイ!!ミサオくん!!」
ミサオくんはニコニコと手を振りながら去っていった。
夢のような時間だった。俺はしばらく、手の平に転がる飴をじっと見つめていた。
「あの……仕事の邪魔なんで帰ってもらえます……?」
「アッスミマセン」
4
それからというもの、俺の毎日はミサオくんを中心とした生活になっていった。
暇さえあればミサオくんを追いかけ、ミサオくんの生活を監視し、ミサオくんの生活サイクルを把握した。
あの時貰った飴の興奮が忘れられず、ミサオくんが講義室に忘れていった消しゴムや付箋なんかを拝借するようになった。
最近では、ミサオくんを見れない時間があることが堪らなく嫌になってしまったので、見つけたらこそっとスマホで写真を撮るようにして、家なんかで眺めてたりする。
ミサオくん、どの距離から撮っても、どの角度から撮っても可愛い。大好き。俺の天使。
プリントアウトしたミサオくんの写真に頬擦りしながら、眠りについた。
5
「いや、それ犯罪だから」
「え?」
カズキに俺がミサオくん落ちした事を話した。
デジャヴか?前にもこのやりとりしたな。
「え?じゃねえよ。それはマジで犯罪だろ。お前、自分がやってること分かってる?」
「ミサオくんのファン……」
「ファンの行為逸脱してんの!お前の民度どうなってんだ」
「え、駄目なの!?」
「駄目駄目だろ!いいか、お前がやってる行為は、完全にストーカーのそれだ」
「す、ストーカー……」
「知ってるか、ストーカー」
「あの、暗闇の中、バレないように女の子とかの後をつける、あれ?」
「それだ」
「え!俺、ストーカーじゃないよ!?」
「だーーー!!だから、やってることがストーカーそのものなんだよ!!分かれよ!!」
「えええ!?俺、ストーカーだったの!?」
「そうだ!お前はストーカーだ!!」
「そうか……俺は……ストーカーだったのか……」
どうしよう。俺は知らぬ間に犯罪に手を染めていたようだ。犯罪なんて、俺には無関係だと思っていたのに。明日は我が身だな。うん。
「いや、加害者が何一人で納得してんの。マジでもうやめろよ」
「無理〜!だって、好きなんだもん……」
「ハァ……。別に好きなのはいいけどさ。てか、普通に友達になればいいじゃん」
「え?」
「そんなことしなくても、友達になってちょっと会話するくらいはできるだろ。一番潔白な関係じゃん、友達」
「と、友達なんて!そんな、恐れ多いでしょ!?」
「犯罪には手を染められる勇気はあるのに、なんだよその謎のハードルは……」
「同じ空間で息をしてるって思うだけでヤバイのに、会話なんてそんな……もう一種の性行為じゃない……?」
「うあああ、キモ、鳥肌立った。通報するぞ」
「やめてやめて!冗談だから!あっ、今イチイチまでダイヤル押したね!?」
本気で通報する気だ、コイツ。
「通報しない代わりに、約束しろ。ストーカー行為は一切やめろ」
「うう……。はい」
「ファンであることはいいけど、マナーは守れ。考えてみろ、自分がストーカー行為をされたら怖いだろ?」
「うん……」
うんとは言ったものの、あんまり想像できないな。こんな平凡な男をストーキングする酔狂なんていないだろ。
でも、もしミサオくんを怖がらせてたとしたら申し訳ないな。
やめるか……。
「……ハァ、そんな顔すんなよ。俺だって友達が犯罪者になってほしくねえの」
もうミサオくんを追えない……。出待ちも入待ちもできない……。なんて楽しくない人生なんだ。
「……俺、どうやってミサオくんを愛せばいい?」
「知らねえよ。ミサオくんと仲いい人にでも聞いてみたら」
「ミサオくんと仲いい人?そんな、どれだけ徳を積んだらそんな関係になれるんだ」
「徳を積んだかどうかは知らねえけど、ミサオくんの横に並んでも釣り合うような人だな」
「誰?」
「マナカショウ」
「マナカショウ?」
マナカショウ……。もしかして、時々ミサオくんと一緒に行動してる奴だろうか。ミサオくんしか目に入ってなくて、顔も髪型も全部薄ぼんやりとしか思い出せない。
「そ、ショウ。ミサオくんの幼馴染らしいけど、まあでも、ずっとミサオくんと一緒にいる訳ではないっぽい」
「幼馴染〜!?ヤバすぎでしょ。あんな可愛い子が幼馴染って、漫画じゃん」
「だよな。しかも、ショウもイケメンだし、かなり画になる」
「イケメンだと……。俺、絶対勝ち目無いじゃん」
「お前が勝てるとこなんて一つもねえよ。ショウにミサオくんのこといろいろ聞いてきたら?」
「マナカショウとカズキは知り合いなの?」
「ゼミが一緒。この時間だったら、食堂でご飯食べてるんじゃない?」
「マジか!おっしゃ、行ってくる!」
「本当、行動力だけは一人前だよな……」
そして、俺は食堂に向かうことにした。
おのれ、マナカショウめ。仲良くなってミサオくんの幼少期の写真とか、可愛いエピソードとか、全部吐き出させてやる。
6
食堂は、お昼のピークを過ぎてだいぶ落ち着いていた。これは見つけやすい、と思ったが、失態。どんな人なのか、顔とか身長とか全然聞いてない。
とりあえず、イケメンを探してみることにした。
……あの人だろうか。窓際で、一際オーラを放っているイケメン。というか、失礼だが、この食堂内にイケメンは見たところ彼しかいない。
少しチャラそうだ。オシャレな服を着こなしていて、モデルみたい。薄い色付きのサングラスをかけている。体格もかなりいい。
俺はその人物に近づいて行った。
「マナカショウ?」
「は?」
「あっ、しまった。マナカショウくんですか?」
「そうだけど。何?」
「やっぱり!イケメンだと思った」
うんうん、俺のイケメンセンサーに狂いは無かったな。
「いや、だから何?ってか、お前誰」
「ああ、ごめん。俺、タナカオウカ。えっと、カズキの友達」
「ふーん、なんの用?」
「ショウくんって、ミサオくんと仲いい?」
「ミサオ?……まあ、仲いいっていうか、腐れ縁なだけだけど」
「なっ!贅沢な……!あの、俺、ミサオくんの大ファンで」
「あー、そうなんだ。何、連絡先教えてほしいとか、間取り持ってほしいとかか」
ショウくんは、俺の発言に対してかなり普通に順応していた。やっぱり、ミサオくんファンはよくショウくんの元まで行くのだろうか。
「あ、そうじゃなくて、えっと……。ミサオくんのこといろいろ教えてほしいんだけど」
「例えば」
「昨日は何時に寝たとか、何食べたとか」
「……は?」
「誰と遊んでたとか、ここでご飯食べてたとか、そういうの」
「……ミサオのストーカー?」
「や!違う!え、違うくないのか?じゃなくて、ストーカー、かもしれなかったけど、心を入れ替えまして」
「はぁ」
「もうやらないって決めたから、でもやっぱりミサオくんの事知ってないと気が狂いそうで」
「ヤバイじゃん」
「そう。ヤバイの。だから、幼馴染のショウくんにいろいろ聞こうと思って」
「……まーいいけど。てか、マジでミサオのストーカーしてたの?」
「うん、知らなかったんだけどね、カズキに『それストーカーだから』って言われちゃった」
「ふはは!!お前、人畜無害そうな平凡な顔してやべーな!!何、自分のやってること分かってなかったの」
「俺、愛するものには一直線だから周りが見えなくて」
「んは、変だなお前。はー、意外と面白いな。仲良くしようぜ」
「お!やった!クエスト成功じゃん!よろしく!」
こうして、俺とショウくんは友達になった。
7
「うわっ……マジでキモいな」
「キモくない!ミサオくんの顔は世界一可愛いだろ!」
「ちげーよ。お前のこの部屋と趣味のこと言ってんの」
今日はショウくんが俺の家に遊びに来ている。「ミサオくんの事をよりよく知ろう大会」の日である。
ショウくんは部屋に入って早速、壁一面に貼られたミサオくんの写真を見て絶句していた。
ストーカー行為をやめたとはいえ、部屋をミサオくんで飾るのはやめられなかった。
「ふはは、ベッドのとこの天井に貼り付けてるのとか、アイドルのポスターみたいじゃん」
「いいでしょ!あれ、画像編集して作ったんだ」
「変な才能はあるんだな……。これは?抱き枕にミサオの写真貼ってるやつ」
「へへ、ミサオくんだと思って、毎日それを抱いて眠るの」
「へー。キモいけど、まあそういうオタクもいるよな」
「キモいとか言わない!」
「なあ、これ使ってやんの?」
「何を?」
「何って、ナニを」
「ん……?だからどれ?」
「……え?マジ?お前、こんなことまでしといて意外とピュア?」
「ほえ?俺は純粋な気持ちでミサオくんを追っているけど」
「ははは!キモい通り越して、普通にすげーよ!お前」
「いや、だからなんの話!」
全く会話が成立しない。やっぱり、根っからの陽キャとは会話のキャッチボールがうまくいかないのだろうか。
「いや〜、はは、ピュアピュアなオウカくんにいいこと教えてあげようか」
「え!何、ミサオくんの話?」
「まあ、ミサオを使う話」
「使う……?」
「これ、あげる」
「……!!これはッ!!」
ショウくんがくれたのは、ミサオくんの写真だった。しかも、これは激レアショットだぞ。
だって……多分お風呂あがりだこれ!!
「うわあああ!!え!?嘘!?エッチすぎない!?」
「ははは、銭湯行ったときのやつ」
「えー!?こんな顔が男湯に入るのですか!?」
「まあ、ついてるもんはついてるしな」
「ヒィーーー!!その時の客の記憶消したい……!!」
「ジジイばっかだったぞ、やめとけ」
この写真だけでも今日の収穫はかなり大きいな。それにしても、これを使うってなんだ?
「じゃあ、それ、その抱き枕に貼って」
「分かった……けど、俺こんなエッチなミサオくんの前で寝れないよ……」
「別に寝る時に使わなくていいじゃん」
「え?」
「貼れたら、そのままいつもみたいに抱いてみて」
「うん?……やったけど、え、いつもの寝る時と変わんないじゃん」
「やっぱり、やらねえの?」
「だから、何を!?ちゃんと言ってよ!」
「オナニー」
「っ、は?」
そう言って、ショウくんはベッドに横たわる俺の横に乗り上げ、そしておもむろに俺の腰を掴んできた。
何が起きるか分からず、思わずショウくんの方を振り返った。
「し、ショウくん?何、してんの」
「俺じゃなくて、ミサオ見な」
そして、ショウくんに強制的にミサオくんの写真の方を向かされた。
「な、何、何、」
「こうしてさ、ぐりぐりって擦り付けんの」
「う、え、あっ!?」
「キモチーんじゃない?ミサオのエッチな顔見ながらやったら」
「ま、まって、ぇ」
ショウくんが、掴んだ俺の腰をすごい力で抱き枕に擦り付けてきた。
ヤバイ。これ、これは……。
「う、うぁ、ま、まって、これ、ぇ、」
「んー?きもちい?」
「ふ、ぅ、これ、だめっ、ミ、サオくんと、やってる、みたいでぇっ」
「はは!いいっしょ。新しい使い方覚えちゃったね」
「うう、や、やだ、手、離して」
「俺もう手離してるよ」
「えっ……?」
ショウくんの発言に、血の気が引いて腰の動きがピタッと止まった。
「……俺は……なんて愚かなんだ……ミサオくんを汚して……ただの性欲マシーンじゃないか……」
「わはははは!!オウカくんおもしれ〜」
「面白がらないで!!っていうか!こ、こ、こんな、ハレンチな!!なんてことを教えるんだ君は!!」
「こんくらいもうやってると思って写真持ってきたんだけど。オウカくんってストーカーだったくせに、めちゃくちゃピュアじゃん。童貞?」
「どっ……うていですが……。いや、童貞だろうが童貞じゃなかろうが、関係ない!俺は、ミサオくんにそんな無体は働かない!」
「愛と性欲は別タイプ?でも気持ちよかったでしょ」
「……」
「満更でもないじゃーん」
「とにかく!俺が教えてほしいのはこんなことじゃないから!」
「はいはい。何聞きたいの」
「えっと〜、じゃ小さい頃のことで……」
こうして、無事にミサオくんの昔話を根掘り葉掘り聞くことができた。
が、よく考えれば俺はなんて恥しい姿を友の前で晒してしまったのだろうか、とショウくんが帰った後に後悔することとなる。
8
俺は今、絶賛凄い体験をしている最中である。
これは、俺が言っていいのか分からない。いや、言っていいのだろうが、なんというか、かなり「おまえがそれを言うか」案件だ。
……もしかして、俺、ストーカー被害に合ってる?
おかしいよな。俺もそう思う。
最初は少しの違和感だった。
バイトが終わって夜道を歩いてる時に「なんか同じルートを歩く人が最近いるな」くらいだった。
次は、持ち物だった。
筆箱からシャーペンが無くなっていた。家か、さっきまで課題をしていた図書室か?と思い、さほど気にしなかった。
数日後、3色ボールペンも無くなった。これも、最近よく物を無くすなくらいの感覚だった。
そしてまた数日後、次は、鞄のなかに入れていた薄手のパーカーが無くなった。
これは最近使ってなかったし、そもそも鞄の中から出していなかったので流石におかしいと思った。
鞄で席取りをしていた時に、誰かが盗んだのだろうか。いや、あんな普通の安いパーカー誰かが取るのだろうか。しかもこんな平凡な男の物なのに。
しかし、まだこれだけではストーカー被害に合っているなんて考えなかった。
が、ほぼ確信する出来事があった。
「?なんだこれ」
その日、ポストに一通の手紙が投函されていた。
宛名は無し、誰から送られてきたのかも分からない。シンプルな真っ白い封筒だった。
少し変わっているが、何かの広告かと思って封を開けてみた。
「え?」
そこには、数枚の俺の写真が入っていた。
バイトから帰宅して扉を開けている写真、大学に向かっている最中の写真、大学内でご飯を食べている写真。
明らかに、隠し撮りの雰囲気が漂っている。
「え、マジで?」
事の重さが全く分からず、とりあえずその写真は一旦鞄の中に入れることにした。
部屋に入り、妙に落ち着いて熟考する。
なんで俺?普通に疑問である。
大学内の写真があるから、恐らく同じ大学の生徒だろう。
もしかして、ミサオくんファンによる俺への報復だろうか。にしても、全然武闘派じゃないな。
いくら考えても検討がつかなかったので、次の日、カズキに相談することにした。
9
「……え、マジ?」
「マジマジ。写真見る?」
「うわっ……本物じゃん」
「やっぱり?そうだよね」
早速カズキに相談してみたが、やっぱりこれはストーカー行為らしい。
「ていうか、ストーカーしてたやつがストーカーされるなんて聞いたことないんだけど」
「俺も。これって報復なのかなあ」
「報復?」
「うん。ミサオくん古参ファンの人が、最近ファンになったばっかの俺に調子乗ってんじゃねーっていう感じの、報復」
「まあ……ありえなくないな。ミサオくん、非公式のファンクラブあるって言うし」
「は!?俺、そんなの聞いたことないんですけど!?」
嘘だろ……。知っていたら、もっと合法的にミサオくんを愛でれたのに……。
「ファンクラブに入ってない上、ストーカーしてたから、その報復か……。もしかしたらそうなんじゃない?」
「そうかぁ……。でもそんなの、今更ファンクラブに入っても門前払いされそうだよね」
「だろうな」
「あー。どうしよう、犯人も分かんないし、どうやって辞めてもらおう」
「警察にいえばいいじゃん」
「男のストーカー被害って、あんまり捜査してくれないらしいよ。しかも俺の被害なんて、全然小さいでしょ」
「そりゃまあ、そうだけど」
「はぁ、あんまり気にしないでおくか」
「……大丈夫か?」
「うん……。まあ、怪我とかしてないし、怖い事起きないなら大丈夫でしょ」
「本当かぁ?不安だけど……ヤバくなったら言えよ」
「うん、ありがとう」
なんだかんだでカズキは優しいな。
しばらく二人で話していたらショウくんがやって来た。
「ショウくんだ!」
「お、オウカくんとカズキじゃん」
「ショウ!あれ、今日講義あったっけ?」
「ううん。ちょっと用事があって。3人集まるの何気に初めてだな」
「だね!なんか変な感じ」
「……ショウ、ミサオのファンクラブについて詳しい?」
「ファンクラブ?」
「ちょ、ちょっとカズキ!いいよ聞かなくて」
「もしかしたらいろいろ手回してくれるかもしれねーだろ」
「ミサオのファンクラブ……あったな、そんなの。なんで?」
「こいつ、その会員からストーカー行為を受けてるかもしれないんだ」
「は?オウカくんがストーカーされてんの?」
「へ、変だよね〜はは……」
「証拠は?」
「……これ」
俺はショウくんに写真を見せた。
「……隠し撮りっぽいな」
「やっぱり?そうだよね……」
「これ、そのミサオのファンクラブのやつがやってんの?」
「かもしれないって話してて」
「……」
ショウくんは、何かを考えるように黙り込んだ。
「……被害は他にもある?」
「う、うん。物が無くなったり、あと……多分、夜とか、後つけられてる」
「完全にストーカーじゃん」
「うん……。でも、犯人分んないし、被害もそんなにないから、自然に無くなるまで諦めようかなって」
「こう言ってんだよ。なあ、ショウ、心当たりとかない?」
「うーん……。申し訳ないけど、ミサオのファンクラブの規則が厳しいとか聞いたことないな。というか、誰がファンクラブ入ってるかとかも知らない」
「そうだよね。ごめん、変なこと聞いて」
「……なあ、もしよかったら、俺が行き帰りついてくけど」
「え?」
「男とはいえ、不安だろ。二人いれば、多分犯人も追いづらいだろうし」
「い、いいの?」
「いいよ。なんか、楽しそうだし」
「た、楽しそうって……」
「だって、ストーカーしてた人がストーカーされんの、なんかの童話みたいじゃん」
「治安悪目の童話だ……」
こうして、ショウくんが大学とバイトの行き帰りについてくれるようになった。
正直、少し怖かったから安心した。ショウくんは体格もいいし、一見ちょっと怖いので、心強い。
そして、大学内でも暇があれば一緒にいてくれるようになった。
10
ショウくん効果はてきめんなようで、二人でいる時、ストーカーの気配がまるで無くなった。
ただ、どこから撮っているのか、俺の写真は未だに送りつけられる。あと、物もよく無くなる。
俺がストーカー被害に合って数ヶ月たったが、まだ犯人は見つかっていない。でも、被害はそのくらいで、俺に危険が及ぶことは無い。
そろそろ感覚も麻痺して、このストーカー被害とも上手に付き合ってきつつあった。
「ごめん!待たせた」
「ううん、大丈夫!行こう!」
待ち合わせに数十分遅れてショウくんがやって来た。
今日は、ショウくんとお出かけだ。ショウくんといる時間が長くなったので、なんだかんだ普通に仲良くなってしまった。
俺は寒がりなので、いつも鞄の中に薄手のアウターを入れているのだが、ストーカーのおかげでマジで頻繁に無くなってしまうので、それを買いに来た。
「ハァ〜。もう鞄に入れるのやめよっかな。こんなに何着も無くなってたら破産しちゃう」
「持って来なきゃいいのに」
「まあね、確かに。でも、無かったら寒くなったとき不安でさ」
「寒かったら俺が温めてやるよ……」
「やだ……ドキン!スパダリ俺様じゃん……」
ショウくんはちょっとチャラくて陽キャの台頭みたいな人だけど、意外とノリはいいのだ。
「どれにすんの?」
「え〜もうなんでもいいや、安いやつ。どうせ盗られるし」
「ふは!無くなる前提なんだ」
「だって被害を止められないもーん」
「オウカくんって、マジで謎にポジティブだよな……」
「いい性格でしょ」
「はは、うん。すげーいい。そんなオウカくんにアウタープレゼントしちゃおっかなあ」
「え!いいの?」
「うん。なんか毎回泣きながら買ってんの可哀想だし」
「あ、哀れみの精神ですか」
「オシャレなアウター買ってやるよ」
「え、いいよ。無くなるから勿体無いよ」
「いいっていいって。つかの間のオシャレを楽しみなよ」
そう言って、ショウくんは俺が普段は絶対買わないような、オシャレな薄手のジャケットを買ってくれた。
「え〜。なんか悪いなあ」
「いいって。でも、ちゃんと使ってよ」
「うん!無くなる前に、いっぱい着る!」
「ふふ、うん」
その後は、二人で今話題の映画を見たり、ご飯を食べたりした。
「あの映画面白かったけど難しかった」
「まあ、解釈は人それぞれって感じの映画だったな」
「俺、なんで最後主人公が好きな人を殺しちゃったのか分かんない」
「ん〜……そうだな」
ご飯を食べているときに、俺達は映画の感想を言い合った。
「好きすぎて、じゃない?」
「好きすぎて……」
「うん。自分のものにならないのなら、いっそ自分の手で殺して、永遠にしたかった」
「んん……。なんでそんな事するの」
「ははは、オウカくんには難しかったかな?」
「うるさいな。逆になんでショウくんは理解できんの」
「うーん……。好きな人を殺したくなる気持ち、俺はちょっと分かる」
「え……」
「……なーんてね。殺したりはしないけど」
ニコッと笑って俺をみるショウくんは、腹のうちが分からなくて少し怖かった。
「ありがとう。家まで送ってくれて」
「いーえ。いつものことだろ」
夜もそこそこの時間になったので、ショウくんが家まで送ってくれた。
「うん、いつもありがとう。……ごめんね」
「なにが?」
「だって、これ、ストーカーがいなくなるまで続くでしょ?いつ終わるか分かんないのに、ずっと行き来付き添ってもらうの悪いなって」
「いいって。俺はオウカくんと話すの楽しいし」
「無理してない?」
「してないしてない」
「……ショウくんって、顔に似合わず超優しいよね」
「あ?悪口か?」
「んむ。失言でした。じゃなくて、えーっと、ショウくん、イケメンなのに性格も良くて最高だね」
「そう、それでいい」
「てか、ショウくんイケメンなのにこんなことしてていいの?」
「こんなこと?」
「俺相手に、その、たくさん時間使って。彼女とかいないの」
「いないし、別に気にしなくていいって」
「へぇ〜意外」
「俺、今は夢中になってる子いるから」
「え、誰誰」
「んー秘密」
「なんでよ!教えてよ!」
「そのうち分かるよ、そんじゃ」
「えー……」
そう言って、ショウくんは帰って行った。
誰なんだろうか、ショウくんほどのいい男を夢中にさせる人って。
鞄から鍵を取り出して、扉の鍵穴に刺す。
「……ん?」
あれ?おかしい。鍵が開いている。
もしかして、鍵を閉め忘れて遊びに行ってしまったのだろうか。
疑問に思いながら、玄関で靴を脱ぎ自室へと向かう。
部屋の電気をつけた。
「……は、」
11
俺の部屋に飾ってあったミサオくんの写真が全て剥がされて、床に乱雑に撒き散らしてあった。
そして、その上に覆い被さるようにして俺を隠し撮りした写真が置いてある。__たんまりと。
「なんで……」
部屋に、入ってきた?
俺が外に出ている間に。
「な、なんで……」
怖くなり、ふらついてベッドになだれ込む。
「っ、え」
右手に、ぺとっとした感覚が伝った。
恐る恐る、手元を見る。
使用済みのコンドームだった。
12
「ハァ、ハァ、ハァッ、うっ、ハァ」
俺はもう恐ろしすぎて、訳が分からなくて、部屋を出て必死に走っていた。
「ふっ、ハァーッ、ハァーッ、ハァ……」
ここはどこなんだろう。体力が底を尽きて、その場に佇んだ。
(誰か、誰か……)
震える手で電話をかける。
お願い、出て!お願い……。
『はい、もしもし』
「っ、し、ショウくんっ!!」
『うおっ、何』
「ショウくん……ショウくん……!」
『……ストーカーか?』
「……ショウくん……俺、家、帰りたくない……」
『分かった。今どこ?迎えに行く』
「わかんない……」
『見える範囲に目印になる建物ある?』
「公園……今、公園にいる、と思う」
『小さい?』
「うん」
『噴水ある?』
「う、うん……」
『今から行く。動かないで』
「早く来て」
『分かった』
電話を切り、緊張が解けてその場に蹲った。
(ショウくん……)
さっきまでの楽しかった思い出もかき消されそうだった。膝を抱える手がカタカタと震える。
程なくして、ショウくんがやって来た。
「ショウくん!!」
「オウカくんっ、無事!?」
安心感から、俺はショウくんに抱きついてしまった。
「何があった?」
「……」
「言いたくない?」
「うん……」
「……俺の家、行こう」
俺はショウくんに引っ張られてショウくんの家にお邪魔することになった。
「ストーカーに会った?」
「ううん」
「部屋、入られたの」
「……うん」
「そっか……。怖かった?」
「うん……。どうしよう、俺、もう家帰れないよ。財布とか、鞄とか全部置いてきたのに」
「明日、俺と一緒に取りに行こ」
「……」
「不安?」
「うん。もし、会ったらどうしよう」
「大丈夫。そんな男、俺が退治するから」
「え、うん……」
そして、ショウくんの家に着いた。ショウくんの家は初めてだったけど、こんな形で来たくなかった。
「入って。疲れただろ。暖かい飲み物作ってあげる。あ、先お風呂入る?」
「お風呂、入りたい」
「分かった。お風呂の準備と、着替え用意してくる。リビングで待ってて」
そう言って、ショウくんはお風呂場の方へ歩いて行った。
ショウくんのお家は金持ちなのだろうか。独り暮らしにしては、贅沢な部屋だ。部屋が複数個ある。
リビングで待っていたが、じっとしていたらさっきの事を思い出し、いてもたってもいられず、リビング内を動き回ることにした。
整然と片付けられた部屋だけど、ソファの背もたれにいくつか脱ぎっぱなしの服が掛けてあるのが目に止まった。
その中に一着だけ、見覚えのあるパーカーがあった。
__俺が前持っていたやつと同じだ。
いや、きっと偶然だろう。
同じものを持っているんだ。
そう思ったが、一度浮かんだ嫌な予想は止めることができなかった。
もしかしたら、まさか、そんなことって。でも。
俺は足をもつれさせながらリビングを出て、奥の部屋に向かった。
(大丈夫、ショウくんはそんなことしない。だって、今日はずっと一緒にいたんだから)
そう自分に言い聞かせ、扉を開けた。
そこには、俺が写った大量の写真と、無くしたアウターが全て飾ってあった。
13
「あーあ」
「っ!!」
「俺、リビングで待っててって言ったよね」
「う、あ、」
いつの間にか、背後にはショウくんが立っていた。
目に光を感じられず、いつものショウくんじゃないみたいだった。
俺は声を振り絞ってショウくんに尋ねた。
「し、ショウ、くん」
「んー?」
「これ、何?」
「なんでしょう」
「……なんで、さっき、あんなにすぐ俺がいた場所分かったの、だって、ショウくんの家と反対方向だった」
「……」
「な、なんで……ストーカーが、男の人って分かってたの、お、俺、一回も言ってないよね」
「……」
「ね、ねぇ……ショウくん」
「……なあに?」
「ストーカーって、ショウくんだったの」
泣きそうな自分を叱責して、ショウくんを睨みつける。
__頼むから、嘘であって。冗談だって、笑って。
「ショウく、」
「本当可愛いよね、オウカくん」
「え、」
「最初は頼まれたからやってたんだけど、……こういうの、ミイラ取りがミイラになるになるって言うのかな、ちょっと違うか」
「な、何言ってんの」
「……俺だよ」
「!」
「俺が、オウカくんのストーカーやってた」
14
これは、悪夢だろうか。
夢なら早く覚めてほしい。
「な、なんで……俺を」
「ストーカー始めたのはオレの意思じゃないよ。でも、最近は楽しくなっちゃって」
「え?……どういうこと?」
「……オウカくんと一緒にいる内に、オウカくんのこと大好きになった」
「俺、のこと、好きなの」
「うん、大好き。だから、ストーカー続けてた」
「す、好きだからって、ストーカーやっていい理由にならないだろ」
「オウカくんだって好きだからミサオのストーカーやってたでしょ」
「っ、それは……」
「同じだよ。同じ穴の狢じゃん」
「……」
何も言い返せず、俺が言い淀んでいると、ショウくんがガッと俺の手を掴んできた。
「ねぇ、触った?」
「な、何を」
「俺のザーメン」
「__!!!」
やっぱり、あれは、ショウくんの。
「あはっ、たまんねー。オウカくんが俺のザーメン触った……」
「や、やめろ!!!離せよ!!!」
「はぁ、今日の朝、オウカくんが部屋を出て行ってからピッキングして忍び込んだ甲斐あったなあ。ベッドの匂い、最高だった」
「ヒッ……」
「可愛い。本当可愛いオウカくん。ねえ、あれからミサオの写真使ってオナニーしてんの?」
「しっ、してな……」
「してただろ?声、聞いてたよ」
「は、」
「ストーカー被害受けてたんなら、盗聴されてる可能性も考えた方が良かったね。ほんと危機感無さすぎ。まあ、そんなとこが可愛いけど」
「うあ、あ」
俺は恥ずかしさと恐怖で、もうどうにかなりそうだった。
我慢していた涙が、ボロボロと頬を伝った。
「ッヒっ、や、やめて」
「ん、オウカくんの涙おいしいね。ね、オウカくんのザーメンもちょーだい」
「や、や、やだ」
「えー?俺はあげたのに。ミサオの写真あげるからさ、いつもやってるみたいにしなよ」
「う、う、やだぁ、やらない」
「いいの?そんな事言って」
「え……」
「んー、俺の言う事聞かないなら、ミサオに何かしちゃおっかなあ」
「!!」
その言葉を聞いて、俺は力を振り絞り、ドンッとショウくんの体を突き放した。
そして、一目散に玄関まで走っていき、扉を開けて外に飛び出した。
そこからの記憶力はほぼ無い。
きっとケータイにはショウくんが特定できるGPSが付いているのだろう。怖くなり、叩きつけて壊して用水路に捨てた。
もう、誰も頼ることはできない。
そして朝になり、気が付いたら大学の前にいた。
15
運が悪いことに、この日講義があるはずのカズキとは出会えなかった。
頼むから、ショウくんに会わずにミサオくんと出会えるようにと必死に願いながら構内を探し回った。
__いた、ミサオくんだ。
休憩スペースで課題をしていた。
俺はフラフラとミサオくんに駆け寄った。
「み、ミサオくん……」
「ん?……あ、オウカくん!!久しぶりじゃん!」
「う、うん。久しぶり」
「どうしたの?何か用?」
「……えっと、その……」
ミサオくんを目の前にしても、いつもみたいにはしゃぐことができなかった。
俺はミサオくんに辿々しくショウくんには気をつけてほしい旨を話した。
「え、ショウがストーカー?」
「う、うん。それで、……言う事聞かないと、ミサオくんに何かするって、脅されて……」
「ショウがそんなこと言ったの?」
「信じない……よね」
「……」
それもそうだ。つい最近知り合って、いきなりこんな妄言の様な事を言う俺と、昔から一緒にいる幼馴染とでは信頼度が違う。
「オウカくん」
「は、はい」
「ショウ、怖かった?」
「……うん」
「そっか……。可哀想に、そんなボロボロになって。今、お財布もスマホも持ってないんでしょ?」
「う、ん」
「不安だよね。大丈夫、オウカくんの事信じるよ」
「……!!」
「大変だったね。よしよし、僕が助けてあげる」
「……う、うああぁぁ、うう」
ミサオくんの優しさに、年甲斐も無く号泣してしまった。
そうだ。今俺は、財布もスマホも所持していなくて、頼れる人もいなくて、物凄く不安だったのだ。それを理解してくれたということが本当に嬉しかった。
「う、う、ありがとう、ミサオくん……」
「ううん。学生証のお礼、やっとできるね」
そして俺は、一旦ミサオくんの家に泊まらせてもらうことになった。
16
ミサオくんの家は、ミサオくんの華やかな顔に似合わず、普通の独り暮らし専用のマンションだった。
部屋の中はとてもいい匂いがして、荒れていた気持ちが凪いだ気がした。
きっと、普段の俺なら「ミサオくんの部屋」というだけで興奮できたのだろうけど、とてもそんな気分になれなかった。
お風呂を貸してもらい、シャワーで身体を洗い流す。
一昨日ぶりのお風呂だ。走り回ったし、きっとかなり汚れていただろう。
右手を見るたびに、あの嫌な感触を思い出す。必死に何度も洗い流した。
「ミサオくん、お風呂ありがとう。あと、服も」
「ううん。やっぱり服ぴったりだね」
「うん……身長同じくらいだもんね」
「だよね。ふふ、似合ってるよ」
「そ、そう?」
疲弊した心身に、ミサオくんの笑顔が溶けていくようだった。本当に天使なのかもしれない。
「オウカくん、ここ座って。髪乾かしてあげる」
「え、いいよ、そんな」
「いいからいいから。甘えときなよ」
「じゃあ……お願いします」
凄いサービス精神だ。聖人が過ぎる。
ミサオくんがドライヤーのスイッチを入れ、俺の濡れた髪をすくった。
温風とミサオくんの手の心地よさに、思わず目を瞑った。
そうすると、自然とこれからの不安が浮かんできて、つい口に出てしまった。
「……俺、これからどうしよう」
「え?」
「あ、ううん。なんでもない」
ドライヤーの風で聞こえなかったのか、わざわざ風量を下げて話を聞いてくれた。
「どうしよう、って?」
「あ、うん……。引っ越ししないとなぁ。せめて財布と鞄、取りに行かなきゃ。でも、怖いな……」
「僕も一緒に着いていってあげる」
「や、でも、危ないし、ミサオくんが大変な目に合うかもしれない。俺、ショウくんから逃げてきちゃったし」
「大丈夫!僕、ショウの幼馴染だよ?喧嘩のときはいっつも僕が言い負かしてるんだから」
「ええ、ミサオくんが?」
「そう。だから、大丈夫。何かあっても僕が守ってあげるよ」
「ミサオくん……」
「あ、今のセリフちょっとキザだったね。恥しい」
「ふ、ふふ……ミサオくん、可愛いけど、かっこいい、ね……」
「……ありゃ、オウカくん?」
「……」
「寝ちゃった?」
一日まともに寝ていなかった俺は、ミサオくんの優しさに包まれながら眠ってしまった。
17
ふ、ん、うぁ、あ
誰の声だろう。不規則な言葉がどこかから聞こえる。
ゆさゆさと身体が揺れている感覚がある。変な夢だ。
__可愛いね、オウカくん
可愛くない。やめて、ショウくん。
__ショウじゃないよ、ミサオだよ
ミサオくん?変だよ、ミサオくんの方がずっと可愛いよ。
トクトクと心臓の音が聞こえる。
あったかくて、気持ちがいい。
気持ちよさがお腹の中をぐるぐる回って、回って、ぎゅってなって、それから。
__この気持ちよさは、何?
「あ、起きた」
「ぁ__んっ、うっ、え、?、?、なに」
「何って、セックス」
「え?__んあ"ぁ"っ!?ひっ、えっ、ンあぁっ!?」
「睡眠薬って、セックスしてる間も効くんだねぇ」
訳が分からない。朦朧とした頭で状況を考える。
あり得ないことに、俺の排泄器官に、性器が埋まっている。
しかも、
「あは、目ぐるぐるして、可愛いね。意識ある?僕の事分かる?」
「んはぁ、ううっ、や、やぁ、とまってぇ、み、ミサオくっ」
「ごめん無理〜!気持ちいいんだもん」
相手はミサオくんだった。
これは、この人は、本当に俺の知っているミサオくんなのだろうか。
俺の意識が朦朧としすぎているだけで、もしかしたら、ショウくんなのではないか。
「はぅ、うっ、や、や"、っぁぁあ!!やめてっ!!ショウくんっ!!嫌だ!!やぁっ!!」
「だからショウじゃなくてミサオだって。分かってよ」
「んいっ、?」
顔を掴まれて、正面を向かされた。何度か目をぱちぱちさせて、ピントを合わす。
「み、ミサオ、くん……」
「そう、ミサオだよ。オウカくんの大好きな、ミサオくん」
「んへ、」
「あ"〜……。動いてもいい?てか動くね」
「!や、ぁ、まって、まって、ま"ってぇ!!」
ミサオくんが、俺の奥をガツガツと穿つ。
苦しいのに、なんでこんなに気持ちいいんだ?
なんで、こんな事をしているの?なんで?
ミサオくんは、何をどこまで知ってるの。
「あ"っあっ、あ"っ、な、んでぇっ」
「なんでって、なにがっ、?」
「しっ、知らないっなんでっ、な、んで、いひっ、あ"うぅっ」
「あはは、かわい〜。バカんなってんね。気持ちいい?気持ちいいでしょ?」
「う"うぅ〜っ、わかんないっ、あっ、あっ、う」
「わかんない?それね、気持ちいいんだよっハァ……僕はすっごい気持ちいい」
「んやあ"ああ!!みみっ、みみぃ、やめてぇ」
「ん〜?耳、きもち?中、んっ、キュって締まったね」
「ん、ン、んぅ!!き、もち、ぃっ、からぁ」
「もっとやってあげるね」
「んあああァァァっ!!!や"ら"っ、や"ら"あ"」
じゅぷじゅぷと音を立てて耳の中に舌が侵入してきた。まるで脳内まで犯されているような気がして、気が狂いそうだった。
「も"、むい、ムリぃ、でる、でる、でぅぅああ」
「出そ〜?何が出るの?」
「わかんないっわかんないぃ」
「もー、おバカになっちゃったね。いっつも、ミサオくんの顔見ながらオナニーして、何出してたの?言えるよね?」
「ンっ、んあっ、はぁ"ぁ、あっ、あっ」
「こら、喘いでないで答えて」
「んひぃぃぃっ!!やらぁ!!いたいっ!!」
もうすぐイけそうというところで、ミサオくんの手が俺のものの根元をギュッと締めた。
苦しくて、気持ちよさがお腹にたまって、涙が出た。
「オウカくん、何が出そう?言わないとずっとこのままだよ」
「ヒッ、うっ、せーし、せぇし、出る、ン"っ、でます、ん、あ、ぁぁああ"あ"っ!?!?」
「偉いねー!ちゃんと言えたね。どっちも気持ちよくしてあげるね」
「あ"ああっ!や"ら"ぁっ!!どっち、もぉ!ひぁっ!!んんんんあああでる、でる、でる、でるでるでるぅぅう、、………っ、……っハァッハァッ」
「お〜、いっぱいせーし出せたね。可愛いよ、オウカくん」
「はっ、はっ、はっ」
「ちょっと、まだへばらないでよ。僕まだイってないんだから」
「え、え、まって、まっ………っ〜〜〜ぅ"あ"っ!!あっあ"っ」
「ハァッ、初めとは思えないくらいっ、感度いいね。やっぱ僕のこと好きだから、気持ちいいの?」
「ん"はぁっ、はっ、ゃあ、あっあっ、やめ、やめてぇっ」
「オウカ」
「__ッ、あっ♡」
「はは、名前呼んだら締まるね。ほんと、僕のこと大好きだなあ、ね、オウカ」
「ヒッ……ん、ン、ン、んぅ♡」
「はーっ、気持ちいいね……。ふっ、僕も、イきそー……」
「あ"っあっ、あっ、お、おれもっ、いく、いく」
「可愛い。一緒にイこっか。このまま顔見てやんのと、んっ、キスしながらやんの、どっちがいい?」
キス、キス?キスって、あの、ちゅーのこと?
なんで、ミサオくんなんかが、俺としていいの?
キスって、好きな人とするんじゃないの?
「きす、な、なんでぇ」
「え?したくないの?俺とキス」
「ンぅっ、あ"っ、す、す、すき、?おれのこと、ふあっ、すき?」
「え〜なにそれ……。可愛すぎ……。うっ、んっ、好きだよ、オウカ」
「〜〜〜ッッ♡♡あぅっ♡」
「っ、……あっ、ぶな……。ふはっ、締め付けやばー。お顔も中もトロトロだね。キスしたい?」
「うんっ、うんっ!あっ、アッ、して、きす、してほしっ」
「可愛い」
俺の唇と、ミサオくんの柔らかい唇が合わさった。顔に力がまったく入らず、口が自然と開いた。その隙間から、ミサオくんの舌が侵入してくる。
「ンッ、ンッふっ、ふ、んンッう、ぅ」
「んー…♡っはぁ、オウカ、キスする時は、鼻で息吸うんだよ。できる?」
「ハァーッ、ハァーッ、んっ、はい、できる、んっ♡」
ミサオくんがそれを言い終わると、間髪入れずにまた舌が俺の口内に入ってきた。
「ンン♡んっん、んん、、ンッ」
「ンッ……んちゅっ……」
俺の、初めてのキスだ。こんな可愛い子にファーストキスを捧げてしまった。
ミサオくんの舌が俺の舌をねぶる。その後は、上顎をでろっと舐め上げ、ゆっくりと口内を一周してきた。
気持ちよさと酸欠で、どうにかなりそうだった。
そして、ミサオくんが追い打ちをかけてきた。
「ンッ……ンんッ!?!?ンッ、ンッんっ、んっ!?」
「んっ、んっ♡」
口を蹂躙されながら、ミサオくんの腰が打ち付けられた。激しいのに、しっかり俺の良いところを掠めてくるので、最早暴力のような快感だった。俺は酸素を体に取り入れる自由すら奪われたまま、また果ててしまった。
「ン"ーーーッ、ンーーーッ、ン"ン"ンんんッ♡っ、ぶはっ、はぁーーーっ、はぁーーーっ、はっ、はっ、あっ、」
「ハァーーー、あー……すっげー気持ちよかった……オウカ、トんだ?大丈夫?」
ミサオくんが、どろどろに汚れた俺のお腹を擦ってきた。今の俺には、それすら酷い快感になってしまう。
「んあっ、あっ、や、やめてぇ、おなか、やめてっ」
「ふは、お腹も気持ちいいの?もっとやってあげる。これで最後にしよっか」
「んはぁっ、や、やらっ、あっ、んんっ、い、いく、いく、イっくっ……〜〜〜〜ッ、はぁ、はぁっ、はぁっ」
「ン、いっぱいイけたね。偉いね、可愛いよ、オウカ」
そう言って、ミサオくんはさっきのとは違う、触れるだけの優しいキスを落とした。
「__ッ♡ん、もっとぉ」
「ん〜?もっと〜?ふふ、可愛いなぁ。いいよ、もっとしたげる」
「ふ、んっ……」
そうしてたくさんキスをされ、疲れきった身体は動かす事ができず、そのまま眠りについてしまった。
18
と、いうのは夢だろうか。
俺が、ミサオくんに激重感情を寄せるあまり、見てしまった夢なのだろうか。
それか、過度のストレスで破廉恥な夢を見たとか。
「オウカくん、おはよ」
「ヒィッ!!」
「何〜?その反応、酷いな」
「あっ、ごめん……」
ミサオくん、半裸だ……。
こんなに顔は可愛いのに、意外と鍛えられている。可愛くてかっこいい。
対する俺は、……貧相な全裸。え、全裸?
もぞっと体を動かしてみる。
「おげええぇぇっ!?」
「あはは、おもしろい鳴き声〜」
下半身に激痛が走った。もしかして、もしかして……。
「あの、つかぬことをお聞きしますが」
「はい。なんでしょう?」
「……行いましたか?二人で、その、せっ、せっ、せっ、」
「セックス?」
「そう、その性行為とやら」
「やりましたよ」
「夢じゃなかった……」
夢だけど、夢じゃなかった。
サツキ〜、メイ〜。助けてくれェ。
「あっはっは、オウカくん、いっぱい悩んでておもしろいね」
「……ミサオくん、なんで、こんなことしたの」
「ん〜。ねえオウカくん」
「はい?」
「僕のこと好き?」
「はへぇ!?えっ、あの、は、はい、お慕い申しております」
「古風〜。僕もオウカくんのこと好きだよ」
「……え」
「信じない?ちゅーする?」
「えっ、いや、……え?本気?」
「超〜本気」
嘘だろ、これこそ夢じゃないのか。
「ミサオくん、俺のほっぺ抓って」
「はい」
「痛っ……いや、え、思ったより痛!!ミサオくん力強っ!?」
「夢じゃないね」
「夢じゃない……」
夢じゃなかった。
なんで?なんでミサオくんが、俺のことを。
「な、なんで、どこが、俺のこと、好き」
「え〜、そうだなあ……。なんにも分かってないとこ」
「え?」
「オウカくん、俺のストーカーしてたでしょ」
「っ、え」
「気付いてた事に気付いてたなかった?」
「……うん」
「ね、そういうとこ。可愛くて好き」
「そんな理由ある……?」
「あるの。俺にはハートど真ん中ってかんじ」
「ミサオくん、変わってるね……」
「いやいや、オウカくんも十分変わってるから」
どうやら俺達は両想いらしいが、なんだか納得がいかないし、モヤっとする。
「なんだかなぁ、変な感じ」
「まあ、こんな可愛い僕に愛されてるだけで十分でしょ」
「まあ、そうだね……。うーん。もうなんでもいいや!」
「そういうとこ〜!僕は大好き♡」
ガバッと、ミサオくんが俺に抱きついてきた。
いい匂いすぎる。めちゃくちゃ可愛い。
全てがどうでもよくなり、俺お得意のスーパーポジティブシンキングで、もう何も考えないようにした。
19
「や〜、お待たせー!!」
「おせえよ。何分待たせんだよ。重役出勤かよお前は」
「んはは、でもオウカくんは、ショウが30分程遅刻しても大丈夫!だけで返してたよ。カズキも見習いな?」
「うっせえな。アイツはほんとバカだから何も考えてないだけだろ」
「可愛いよね〜、そういうとこ」
「マジで分かんねえわ……」
「分かんなくていいよ。……さて、何を聞きたい?」
「何を、ってか全部聞きたいわ」
「えー、何から話せばいい?」
「じゃあ……うまくいったか?」
「もうバッチリ!」
「ああ、そう。じゃあ、晴れてカップルか?」
「いや、付き合ってはないよ」
「は?告白しなかったの?」
「僕もオウカくんに好きって言ったし、オウカくんも僕に好きって言ってくれたよ。でも付き合ってとは言ってない」
「それってもう付き合ってるんじゃないの?」
「いやー、オウカくんバカだからそこまで言わないと分かんないでしょ」
「じゃあなんで言わなかった?付き合ってって」
「だって、付き合う前の時間が一番楽しいでしょ」
「はぁ……」
「それに、……うん、ショウにメンタルズタズタにされて泣いてたオウカくん、可愛かったしなぁ。もうちょっとオウカくんとショウを遊ばせたい」
「……お前、マジでキモいよな」
「失礼な!この顔によくそんな事言えるね」
「ほんと、お前顔だけだよな」
「顔が全てでしょ。この顔のおかげでオウカくんも僕にイチコロだった訳だし」
「まあ、そうだけどさ。あ、ちゃんと俺に金払えよ」
「モチロン!いや〜、オウカくんにショウの事自然に紹介したくれたの、ナイスプレイだったよ!あと、学校お休みしてくれたのもありがとう!」
「ほんとだよ。金額が金額だったらこんな面倒くさいことやってないからな。てか、ショウだよショウ」
「ショウが何?」
「ショウはどこまでお前の指示で動いてたんだ?ってか、ショウの原動力は何だったんだ?俺みたいに金か?」
「いや、ショウの家お金持ちだし、お金じゃ動かないよ。女の子紹介するって言っても、ショウモテるから興味無さそうだったし」
「じゃあ何で?」
「普通に、『俺のストーカーをストーカーしてみない?』って言ったら、『面白そう』って」
「……ショウも頭おかしいな」
「流石僕の幼馴染だよね〜。ショウもさ、最初は普通にストーカー行為のこと面白いって、遊び感覚だったんだけど、……盲点だったなぁ」
「盲点?」
「うん。仲良くなるにつれてショウもオウカくんのこと好きになっちゃって」
「え、マジで?演技じゃないの?」
「うん。そう言ってた」
「本人から直接聞いたのか?」
「いや、ショウの家での事、盗聴してた」
「うわー……」
「引かないでよ。今更でしょ」
「何回聞いても普通に引くわ。え、じゃあ最初は頼まれてやってたストーカー行為も、最後の方は割とガチだったってこと?」
「まあ、そうだね。でも、俺が頼んでた"言ってほしい言葉"はちゃんと言ってくれたから、まあいっかって」
「言ってほしい言葉って?」
「『俺の言う事聞かなかったら、ミサオに何かする』ってやつ」
「……それって、結構リスキーじゃないか?ミサオ大好きなオウカだったら、ショウの言う事なんでも聞いてしまいそうだけど」
「いや、オウカくん、話を聞いてる限り良くも悪くもすっごい愚直だから、俺に正直に話して、俺のこと守ってくれるだろうなーって」
「はは、やべー策士だな。本当にその通りになったし」
「でしょ?もー、オウカくんが泣きそうな顔で俺のとこ来てくれた時、マジで顔ニヤけそうになった」
「変態と天才って紙一重だな……。てか、そんな面倒くさいことやらずとも、オウカがミサオくんのこと好きなの知ってんだから、最初の段階で普通にアプローチかければよかったのに。なんでこんな計画練って、面倒くさいことやってんの?」
「だって、僕からすぐオウカくんに行くのはなんか違うじゃん。僕が考えたストーリーで、僕が組み立てた展開通り、オウカくんがちゃんと僕のとこに来てくれてこそ最高の作品になるでしょ」
「……すげえな、お前」
「文学部だからね。こういうのワクワクするよね」
「はは、才能あるよお前。で、ショウは今オウカに縁切られたのか?」
「いや、それがさ〜!あの後、ショウがオウカくんに謝りに行ったらしいの!そしたらオウカくんが、『友達に戻ってくれるなら許す』ってさ……ヤバくない?」
「はー、お人好しもそこまでいったらただのバカだな」
「まあ、そういうとこも含めて好きになったんだけどさ」
「……そう、ずっと気になってたんだけどさ、ミサオくん、オウカのどこが好きなの?ミサオくんみたいなやつに釣り合うような男じゃないだろ」
「ん〜、そうだなぁ。最初はなんとも思ってなかったの。また俺のストーカーいるな、くらいで」
「またって……修羅場な人生歩んでるな」
「仕方ないよね、この顔だし。で、面倒くさいから放っとこうかなって思ったんだけど、……オウカくん、マジでストーカー向いてないの!」
「向いてないって?」
「気配消してるつもり?ってくらい、後つけるの下手でどこにいるかすぐに分かったし、盗撮だってシャッター音丸聞こえだし、僕の私物盗るのも隠す気無いし、マジで面白いの!こんな下手なストーカーいるんだ、って」
「ハッハッハ!!オウカらしい」
「で、なんか妙に愛しくなっちゃって、気にすれば気にするほど可愛く思えてさ。そういうとこかな」
「面白いけど、別に可愛いとは思えないし、それで好きってなるのやっぱ変だって」
「そう?でも、オウカくんはちゃんと可愛いよ。……泊まった日の夜とか、最高だった……」
「……ヤッた?」
「うん」
「うわー、オウカのそんな姿、想像したくねー」
「いや、オウカくん凄いよ。イヤイヤ言って泣いてるのも、気持ちよすぎて泣いてるのも、苦しくて泣いてるのも、僕に縋って泣いてるのも、マジで、本当に、最高に、可愛かった。……あ〜、思い出しただけで勃つ……」
「おいやめろ!萎えさせろ!てか、オウカずっと泣いてんじゃん!ちゃんと合意の上だったのかよ?」
「半分非合意で、半分合意」
「怪しいな……どうせ変な薬盛ったんだろ」
「うん、睡眠薬と媚薬」
「……絶対お前には好かれたくない」
「でもオウカくん、最後の方はもっともっとって、自分から強請ってたからね。凄い乱れっぷりだった。……あれは見ものだよ」
「ふーん……」
「……何?興味出てきた?」
「ちょっとな。俺も手出そうかな、オウカに」
「えー、今のカズキじゃ駄目」
「基準あんのかよ」
「オウカくんのことちゃんと好きになったら、手出してみてもいいよ」
「なんで」
「その方が多分楽しいし」
「……よく好きな子の寝取り勧められるな、お前。マジで狂ってるわ」
「ふはは、それほどでも」
「褒めてねえよ」
「それにしてもさぁ、僕とオウカくんの出会いって本当に運命的じゃない?ここまで作戦考えたのは僕だけど、あの出会いだけは本当に偶然だったからね」
「ああ、学生証落としたやつ?」
「そう。しかも、お互い変な名前だったしね。親近感湧いちゃった」
「確かに、オウカもミサオも初めて聞いた名前だわ」
「でしょ。……ねぇ、『名は体を表す』って知ってる?」
「ああ、物とか人の名前はその性質を表してる、みたいなやつだろ」
「うん。僕、あれかなり信じてるんだよね」
「ほお、例えば?」
「例えば……オウカくん。漢字で書くと『田中旺華』でしょ。まず、名字が田中なの、解釈一致すぎ。あんなに『田中』な顔、そうそういないよ」
「ディスってんじゃん」
「いやいや、褒めてるって。で、次に名前なんだけど、好奇心旺盛の旺に、華。前向きで、やりたいことすぐやって、明るいオウカくんにピッタリだよね。しかも、田中なんてごく普通の苗字の後に、そんな厳つい変わった名前だよ。オウカくんの外見と内面を表し過ぎじゃない?」
「考えてみれば……確かに」
「後は、そうだな。マナカショウ、『間中翔』ね。翔、って名前は、んー、なんというか、イケメンな男の子の印象あるよね」
「まあ、分からんでもないけど」
「でしょ?んで、間中……俺とオウカくんの間に入って、仲を深めてくれた人、かな」
「美化させすぎだろ。お前にとってはそうかもしれないけどさ」
「まあまあ。で、カズキね。そういえば俺カズキの苗字知らないな」
「……しらべ、だ」
「しらべって言うの?どう書くの?」
「辞書で調べるの、調」
「おおっ!それでそれで、名前の漢字は?」
「数字の数に、己で数己だけど」
「『調数己』ってこと!?うわっ、もう、めちゃくちゃその通りじゃん」
「なんで」
「カズキの情報通のイメージにピッタリだよね、調って。あと、他人のことをただ自分の有益になる個体としか思ってなさそう、相手の情報全部自分のモノにしそうって感じがまさに、数己」
「……ほぼ悪口だけど言い返せないな」
「ね、こういうのって、やっぱり生きていく中でだんだん名前に寄っていくのかな。それか、言葉の魔力みたいな感じで、名前を付けた瞬間にそういう魂が宿るのかな」
「俺は魔力とか目に見えないものは信じないから完全に前者だと思うけど」
「ロマンが無いなぁ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「僕?」
「ミサオ。どうやって書くんだ。俺も、お前の名字知らないぞ」
「ああ、そっか。……僕はね、『イヌカイミサオ』って言うの」
「イヌカイ……」
「そ、漢字はねぇ、」
『犬』を『飼』って『操』るって書くの。
僕って、そんなイメージかな?
番外編↓
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