かわいそうなぼくかわいい 下

1

 ぼくは昔からいじめられていた。いつからだったかすら、もう忘れた。気付いたら「いじめられる人」という立場にいたし、それが当たり前だった。

 理由は、ナヨナヨしていて、弱くて、メガネをかけているのに勉強がとても苦手で馬鹿だったから。たったそれだけの理由で?と思わなくもないが、小学生の頃はそういうやつがいじめのターゲットにされた。特に、幼馴染の嶋くんからは日々嫌がらせを受けていた。

 ぼくがいじめられている事に対して擁護する人はいなかった。肉親であるお母さんでさえ。

 お母さんはシングルマザーで、毎日くたびれた顔をしていた。そんなお母さんはぼくの事を成績でしか見てくれなかった。勉強が苦手なぼくは当然褒められる所なんて無くて、親からの愛情というものに飢えていた。そんな小学校生活を送った。


 だから、お母さんが愛してくれないなら他の誰かから愛されたいと思って、中学に入ってからはイメチェンを図った。

 かっこよくなったらみんなから好かれるだろうか、と思い、その時好きだった男性アイドルみたいな人物を目指してみた。でも、かっこいいを作るのは難しかった。1年かけても、未発達で未熟なぼくでは、かっこよくはなれなかった。だから、次は可愛くなろうと思った。

 誰を目指そうかとネットサーフィンをしていた時に、びびっときた女の人がいた。動画配信者で、いじめを受けて不登校になり、そのまま配信者になってその活動でお金を稼いでいる人。

 大きい目、たくさんのピアス、肩にかかるストレートのピンク色の髪の毛、自虐風に話を面白おかしくする力、全部がぼくにヒットした。こんな子みたいになりたい!と当時中学2年生のぼくはまさしく中ニ特有の奇抜なアイデンティティーを憧れとし、夏休みの期間を使って一生懸命身なりを整えた。

 自信がなくて伸ばしっぱなしにしていた髪の毛を彼女のようにストレートアイロンを当てて綺麗にし、今までかけていたメガネも外してコンタクトにした。今まで使っていたメガネは近視用だったため、外しただけで自然と目が大きく見えた。

 え、なんかぼく可愛いじゃん。と、少し感動した。

 髪の毛の色と長さとピアスは校則違反が怖いから、マネはできなかった。だから、せめてと思いカバンにその子のグッズをたくさんつけるようになった。


 夏休み明け、学校に行くとぼくは好奇の目で見られるようになった。

 可愛いって言われれるかと思って登校したが、現実はそうはいかなかった。

 あいつ、急にキャラかわったなとか、痛い格好しだしたなとか、更に女みたいになったなとか、あいつはメンヘラだとか。そういう事を言われた。


 ぼくが欲しかった言葉は一切貰えなかった。ちょっとでもいいから、可愛いって言われたかった。心臓が痛くなった。いつもの、いじめられている時とはまた違う痛み。

 何が駄目だったのかな、と考えていると嶋くんがやって来て、ぼくを殴った。

 怖かったし、痛かったし、なんでか知らないけど今までよりもずっと苛烈だった。殴られて「キモい、ブス」と罵倒されている間、ぼくは呆然と考えた。

 なんで、頑張ったのにこんな思いをしなければいけないのだろうか。なんで、ぼくはこんなに周りから嫌われ、殴られて、誰からも愛してもらえないのだろうか。たった一人でもいいから、ぼくの理解者がいればよかったのに。


 そう思うと、心臓が掴まれたようにぎゅーっとなり、耳元で血液がドクドクと音をたてるのが分かった。目に涙が溜まり、顔が熱くなる。

 __ああ、これだ。この、妙な胸の高鳴り。すっごく気持ちいい!

 そうか、ぼくは、可哀想なぼくが一番可愛いんだ。誰も愛してくれないなら、可哀想な自分を自分で愛せばいいんだ!


 と、中学2年生のぼくはとんでもない方向に悟ってしまった。筋が通っているようで無茶苦茶な考えだが、可哀想なぼく可愛い論に気付いた時はニヤけるのを抑えるのに必死だった。

 でも、嶋くんは何かを察してか、ぼくを見て顔をしかめ、最後にもう一発殴って去って行った。


 こうして、歪みまくったぼくが出来上がったのだった。この個性を確立してからは、かなり息がしやすかった。けれどそれと同時に、どこか自分自身を疑問に思いながら過ごしていた。


 だから、自分ではない他の人に愛されて、可愛いねって言われて、普通の人に戻って、これでよかったんだ。だって、これはもう諦めてしまっていた、昔からのぼくの夢だったんだから。


 きっと、これでよかったんだ。





2

 嶋くんにいじめられなくなった。

 それどころか、他の人からの嫌がらせも、ぼくへの陰口もなくなった。

 きっと駆光くんがいろいろ動いてくれているのだろう。表立ってぼくの事を悪く言う人が全くいなくなった。あっけないものだった。

 駆光くんは変わらずぼくを甘やかしてくれる。


「河合くん、今日も可愛いね」

「そう……?今日全然髪の毛セットできなかったけど」

「セットしてても、してなくても可愛いよ」


 そう言って駆光くんはぼくのおでこにキスした。ちなみにここは外とはいえ、学校の敷地内だ。


「ねえ!?誰かに見られたらどうすんの!?」

「大丈夫大丈夫。距離が近かっただけって言えばいいから」

「いや、誤魔化せないでしょ……」


 確かに周りには人があまりいなく、おそらく僕たちを見ていた人はいなかった。ほっと安心したのも束の間、よく見たら遠くから嶋くんがこちらを見ているのが分かった。そして、そのまま振り返って校舎の中に入っていった。


「あ〜、嶋に見られたかもね」

「……駆光くん、わざとでしょ」

「んー?そんなこと無いよ」


 きっとわざとだろう。嶋くんに見せつけるようにやったんだ。


 嶋くんは、あの日からぼくを全くいじめなくなった。そのかわり、今日みたいに何かを探るようにじっと見つめてくる事が多くなった。嶋くんから殴られなくなったぼくの体からは、痣や傷跡が薄れていった。とても喜ばしいことのはず、なのに。 

 あの日から、なにか物足りなさを感じる。

 はみ出ていたものが綺麗に納まったのに、その場所にずっと違和感を感じている。あの日以降、ぼくは駆光くんに愛情を注がれつつもぼんやりと生きていた。


「……くん、河合くん?」

「あ、なに?」

「またぼーっとしてるよ。大丈夫?」

「……うん、大丈夫。なんだっけ」

「もー……。今日、俺の家に泊まりに来る約束してたでしょ?だから、俺の部活終わるまで待ってて」

「うん。分かった」


 そうだった。今日は駆光くんの家に遊びに行く予定だった。遊びに行くだけのはずが、話が進むうちにお泊りにまで発展した。こういう友達みたいなイベントは経験がなかったので、少し楽しみにしていたのだ。


 誰からも嫌がらせを受けなくなったぼくは、それはもう何事もなく普通に授業を受ける事ができた。

 そして、放課後。教室でじっとしているのも嫌だったし、駆光くんはバレー部なので、バレー部の練習の声を聞きながら体育館裏で駆光くんを待つことにした。


 こうして一人になると、いろいろと考えてしまう。この、自分を襲っている違和感の正体について。


 前に嶋くんに殴られて切れた唇を指で撫でた。もう傷口は塞がり、かさぶたも剥がれて見る影もない。嶋くんが作った傷は、もうない。


「違うのかな」


 ぽつりと呟いた。小さな声は、すぐに空気となって消えていった。


 すると、遠くから足音が聞こえてきて、先程まで頭の中にいた人物がこちらに歩いてくるのが分かった。


「嶋くん……」


 無表情の嶋くんがジリジリとぼくに近寄ってきた。もう消えたと思っていた恐怖心がまた芽生えてしまった。

 そして嶋くんは何も言わずぼくの顔を殴ってきた。まるで、何かを確かめるように。

 ぼくはその衝撃に耐えきれず、その場に倒れてしまった。

 痛みが後から襲ってくる。顔が熱くて、心臓がどくどくと鳴った。

 そして、ぼくは身構えた。いつもなら、間髪入れずにもう一度殴ってくるからだ。

 けれど、今回は違った。嶋くんの大きな両の手のひらがぼくの首を包んだ。そして、ゆっくりとゆっくりとその手に圧力がかけられる。

 ぼくは、嶋くんに首を絞められた。


「……っ、はッ、ハッ、あ、」


 苦しいけれど、意外にも意識を保てるくらいの息はできる。嶋くんは絶妙にその力を調整しているようだ。

 上手に息ができなくて、鼓動も早くなって、血が顔に上っていって、苦しくて、ああ、思っちゃいけないのに、__凄く気持ちいい。

 苦しくて、しんどくて、嬉しい。


「やっぱりなァ」


 手がぱっと離された。

 勢い良く息を吸い込み、咽て咳が止まらなかった。


 嶋くんは蹲ったぼくに合わせて屈み、ぼくの目をしっかり見て言い放った。


「ドマゾ野郎、気持ちよかったか?」

「っ……」


 嶋くんの形のきれいな色素の薄い目が、ぎらぎらと艶めいている。


 確かに気持ちよくなってしまった。けど、違う、ぼくは、


「マゾじゃない……」

「あ?何頭悪い事言ってんだよ。マゾだろ、お前は。こんな顔しやがって」


 駆光くんは自分のスマホをぼくの目の前にかざした。インカメに写っていたのは、顔を真っ赤にさせて目を蕩けさせ、恍惚とした表情を浮かべるぼく。とてもはしたなかった。


「う、うそ、ぼく、こんな顔してたの」

「ずっとな。ずっと、俺がいじめてやる度に、こんな嬉しそうな、気色悪ィ顔してた」

「……」

「なあ河合」


 嶋くんはもう一度ぼくの首元にそっと手を添えた。あんなに強烈な痛みを与える手なのに、何故だか今はとても優しく感じる。


「もっかい首絞めてやろうか?今度は、もっと長く、もっと苦しく」


 体が、震えた。

 だって、絶対に頷いちゃいけないのに、ぼくはその先を知りたがっている。

 口がはくはくと動き、言葉にできない息が漏れた。


 嶋くんはニヤッと笑った。


「すげえ気持ちいいんだろうなァ?」


 駄目だった。ぼくは震えながら小さく頷いた。


 それを見た嶋くんは、まるで子どもの頃に見たような無邪気な笑顔を浮かべた。嶋くんのこんな顔、久々に見た。


 首に回った手がゆっくりと圧迫される。触れてている親指が先程よりも強い力でぼくの喉仏を押し込んできた。


「……ッ、う、……ぐゥ、ッ、んッ……アぅ、……ッ」

「……はっ、すげぇ顔だなぁ。正真正銘のドマゾだ、お前は」


 そう、だったのかな。ぼくってもしかして、こういう事されて喜ぶような人間だったのかな。じゃあ、可哀想なぼくが可愛いんじゃなくて、本当は、嶋くんにいじめられてただ純粋に嬉しいと思ってたのかな。ああ、だとしたら合点がいく。だって、ぼくは今、凄い満たされているような気がする。


 朦朧とした意識の中、嶋くんがぼくに語りかけた。


「俺がお前をいじめぬいてやる。お前が一番喜ぶやり方でな。だから、俺以外にそのキモい顔見せんな」


 嶋くんの顔がぐっと近付く。脳も視界もくらくらとして、焦点が合わなかった。きっと、ぼくと駆光くんの距離はゼロに等しいだろう。


「分かったか」

「__〜〜〜ッッ、かはッ!ハァ、ハッ、あ、は、ァ、ふ、ふ、ん」


 ぼくは、下手くそに息を吸いながら必死に頷いた。


 嶋くんは、微かに笑みを浮かべてぼくの頭をするりと撫でた。

 こんな事をされたのは出会って十数年、初めてだった。





3

 心臓が、止まったような気がした。


「なんで逃げなかったの?」


 駆光くんが真っ暗な瞳でぼくを問い詰めた。

 部活が終わった駆光くんは、気付かない間にぼくと嶋くんとのやり取りを見ていたらしい。

 嶋くんが去るなり、駆光くんは僕の前に姿を現して、ぼくを見下ろした。


 とても怖い。嶋くんなんかの比じゃない。表情からも声からも感情が読み取れず、それがただただ恐怖だった。


「俺だけじゃ満足できなかった?」

「違う、そうじゃなくて」

「まだ可哀想な自分が可愛い?だから嶋にあんなことされてたの?」

「ち、ちがう」

「……またこんな傷付けてさあ」


 駆光くんはぼくの唇を撫でた。さっき嶋くんに殴られた時に傷が出来たのだろう。その傷を駆光くんは撫でて、撫でて、傷口が開くくらい撫で続けた。


「嶋がいいとか言わないでよ」

「え……」

「俺がもっと愛してあげる。ちゃんと愛してあげられるのは俺だけだよ。だから、河合くんが必要なのは俺だけだよね」

「か、駆光くん、あの、あのね、」

「うん、俺だけだよ」


 駆光くんはぼくの話が耳に入っていないのか、一人で話し続けた。

 手を引っ張られ、そのままずんずんと駆光くんの家に連れて行かれた。


 ああ、お泊りするなんて予定立てなければよかった。





4

「〜〜〜ッ、ひ、うぐ、あ"あっ、あぁぁアアア"ア"ッ!!」

「きもちぃね、河合くん」

「アッ、うううっ、も、や、や、やめッ、……ンッ!?う"あ"ぁァァっ!!ヒッ、ひゥ、やだ、も、やだぁ!!」

「あは、めっちゃ締まる」


 駆光くんの家に着くなり部屋に閉じ込められたぼくは、なんの抵抗もできずに服を脱がされてベッドに放り込まれた。

 ぼくはどうやら男同士の性行為に快感を拾う素質があるらしく、初めて体の中に指を突っ込まれて前立腺を刺激されたのにも関わらず、前戯の段階でよがり狂ってしまった。駆光くんもきっと上手なんだと思う。意識が飛びかけるまでじっくりと慣らされた。


 そして今は、正常位で挿入されている。しかも、ぼくの中心をネクタイできつく縛りながら。ぼくは1回も射精できず、今まで経験したことの無いイキ方をしまくった。

 駆光くんの熱がぼくの前立腺をぐりっと刺激して、縛られて何も出せないぼくはまた変なイキ方をしてしまった。それだけでも辛いのに、駆光くはあろうことか更にネクタイをきつく結び、ぼくの中心をいじめた。先端に手のひらを当てて、円を描くように揉みこんだ。猛烈にこしょばくて何か変なのが出そうで、でも出なくて、頭に火花が散ったようだった。


「んヒッ…………ッ、ッぅ、は"ぁ"ァ、あ"!!く、い、く、〜〜〜ッッう、あ!、あ、ひっ、ひっ、」

「縛られて、先っぽだけ刺激されて、絶対男の子のイキ方できないよね。メスイキする河合くん、はあ、可愛いよ。河合くん女の子みたいに可愛いから、ぴったりだね」


 違う。ぼくは女の子じゃないしそんなイキ方したくない。そう言いたいのに、口からは不明瞭な短い喘ぎ声しか出てこなかった。

 ずっとぼくの顔をのぞき込んでくる駆光くんに耐えきれず、ぼくは顔を横にして枕に押し付けた。


「だーめ。目、逸らさないで」 

「うあ、う、う」

「ああ、本当に可愛いね。河合くん、好き、大好き。可愛い、可愛い。愛してるよ、河合くん」


 ぐいっと、優しく正面を向かされた。そのまま顔は動かすなと言わんばかりに駆光くんの腕がぼくの頭の周りを囲った。

 それから散々我慢させられ、出せないのに変なイキ方をして、やめてって言ってもやめてくれなくて、ぼくと目を合わせながら呪文みたいに好きと可愛いと愛してるを言われた。

 そしてゴリっと中のいいところが掠められた。一度変なイキ方を覚えてしまった体は言う事を聞かず、何度も何度も出さずに絶頂してしまう。しんどいのに解放してくれず、この情けない顔も隠すことができず、恥も外聞もなくぼろぼろと泣いた。


「あウウッ!も"、もう、やだぁ!!アッ、や"、やめる、やめる!!ひっ」

「やめる?やめるの?」


 駆光くんの顔がぼくの顔に近付き、至近距離で聞いてくる。妙な圧があって怖くなり、終わってほしいのに、ぼくはその質問に泣きながら弱々しく頭を横に振った。


「やめないよね。もっと気持ちよくてしんどいことしよう」


 すると駆光くんは仰向けになっているぼくの体をひっくり返し、うつ伏せの状態にした。

 そこに、覆いかぶさるように駆光くんが挿入してきた。所謂、寝バックという体勢。ぼくはネットサーフィンが好きだから人並みに、いや、人以上にこういう行為の動画を見たり画像を見たりする。この体勢は、ヤバイと見聞きした事がある。

 そして、その通り、ぼくは喚き散らした。ベッドと駆光くんの間にぎゅっと挟まれ、奥の奥の、もうよく分からない器官を突かれる。体からは鳴ってはならないような下品な音が鳴った。きつく縛られた中心は駆光くんとぼくの体重がかかり、その圧迫が苦しくてどうにかなりそうだった。でも、何も出せない。肺も潰され、息もまともにできない。声も出せずに体を痙攣させた。


「__ッ、ッ、ぅ"、ぉ、〜〜〜ッッ、ん"、ッぐ、ゥ、ゥゥ、ッ」

「ふぅ、……はぁ、あは、気持ちいね。河合くん、生きてる?俺はねぇ、」


 すっげえ生きてるって感じする!


 と、頭上で声が聞こえた。ぼくは死にそうなのに。もちろんまともに返答できるわけもなく、ただ呼吸をするのに必死だった。きっと顔の穴という穴から水分が垂れているだろうが、そんなの気にする余地もない。

 もう限界だ。ずっとイキ続けるのも、出せないのも辛すぎる。せめてネクタイを外して射精させてほしい。ぼくはなけなしの力を振り絞って顔を上げ、口を動かした。


「も"、も、ぉ、お、はずしてぇ、」

「なんで?いじめられるの好きなんでしょ。さっきのやつ、俺見てたよ。河合くん、被虐趣味があったんだ。いじめられるの、好きだよね?」

「ッ、お"ッ、そ、だけ、ど、ォ」

「じゃあ外さない。俺がいじめてあげるからさあ、嶋には関わらないで。俺のが気持ちいいでしょ?」


 気持ちいい?これって、気持ちいいのか。最早拷問だ。気持ちいいをとっくに通り越している。

 そしてもう一度、駆光くんが体重をかけてぼくの奥まで突いてきた。ぐぽっ、と音がしたが、ぼくには何の音か分からなかった。衝撃が強すぎて、最早気持ちいいのかすら曖昧だったが、とにかくぼくは喘いだ。というか、勝手に出る声を抑える力がなかった。駆光くんに潰されている体は痙攣することすら許されず、快感を逃すすべが全くない。ただ足を無様にばたつかせるしかできなかった。


「俺がたっぷり愛してあげるし、いじめてあげるからさ、俺だけにしてね。俺だけに愛されて。だって俺たち、付き合ってるんだから。河合くんには俺だけだよ。河合くんみたいな可愛くて変な人、愛してあげらるの俺だけだからね」


 すらすらと流れる言葉は、今のぼくには単語単語でしか脳内で処理する事しかできなかった。継続的に強すぎる快感を与え続けられているぼくは、一周まわってトリップしたみたいな状態になって考えた。


 あ、そうだった。ぼく、駆光くんにもっと愛されたいから駆光くんと付き合ってるんだった。駆光くんがたくさん愛してくれるから、駆光くんだけにしろって、駆光くんが言ってる。今のぼくを愛してくれるのは、駆光くんだけだって。

 でも、あれ、それでいいのかな。このままだったらぼく、これから先、ずっと駆光くんだけに可愛いって、好きって言われて、他の人からは遠巻きにされて、でももうぼくはそんな可哀想な自分を愛する事ができなくて、駆光くんは愛してくれるけど結局ぼくは自分の事愛せなくなって、あれ、あれ?


 ぼくは、どうなったら一番幸せなの?


「__ァ、あ"、……ッ、っ、ぉ、……っ……」

「あら?河合くん?」

「……」

「気持ち良すぎた?」


 ぼくは結局一度も前から出さずに気絶してしまった。








5

「……あっ、ア、はぁ、あ、ン、ン、ぅ、」

「ほら、そんなんじゃ俺イけないよ。もっと頑張って」

「あ!、あッ……ッ……」


 俺の上に跨がっている河合くんの細い腰を掴んで軽く揺すった。少しの衝撃ですら快感を拾うらしく、河合くんはまた体を震わせて前から出さずに達した。


 河合くんが気絶した後、一度もイッてなかった俺は流石にこのままお預けは辛すぎる、と思ってそのまま腰を打ち付けて彼の中に射精した。その快感によって目が冷めた河合くんは、何が起きたか分からないというような顔で俺に縋った。それにまた興奮して、今度は立場をぐるんと逆転させて、河合くんに俺を跨らせた。体力なんてとっくになく、へろへろになった体を少し支えてあげて、後は自分で動くように指示したら生温い動きで腰をへこへこと動かし始めた。めちゃくちゃ下手で微笑ましい。

 河合くんはもう抵抗する気力もないのか、意味のある言葉なんて発さないまま俺の言う事に従っている。


 ああ、河合くん、本当に可愛いな。


 初めて河合くんを認識した時もそう思った。なんて言ったって、女子と間違えたくらいだ。河合くんの見た目は散々馬鹿にされているけれど、普通に可愛いと思う。

 だって体育の時、更衣室で着替えてたら河合くんの事じろじろみる人多いし、多分盗撮とかされてた。周りのやつらも素直になれないだけで、なんだかんだ河合くんの事は可愛いと思っているのだろう。

 嶋だって、あんなに暴力的だけど人一倍河合くんに執着している。あんなの、好きな子をいじめる小学生みたいだ。


 俺は興味の無いものは全く目に入らないけど、興味を持ったらとことん追いたくなるタイプだった。だから、河合くんの事も最初は知らなかったけど、知ってからは河合くん中心の生活になった。今思うと、あんなに奇抜な格好をしているのになんで河合くんの事知らなかったのだろうな、と笑ってしまう。

 でも、河合くん、本当に変な人で、変すぎて好きになっちゃった。

 可哀想な自分可愛いってなに?迷子になった子が泣きながら親を探しているとか、捨てられた子犬が雨の中か弱く鳴いてるとか、そんな感じ?

 確かに可愛いけど、それを自分に向ける事なんてなかった。だって、可哀想な自分は、俺は恥ずかしいし惨めだと思ってしまう。でも彼はそれがいいと言った。変人すぎる。可愛いし、大好き。


 だから、河合くんに可愛いって、好きって言った。そしたら河合くんはみるみるうちに顔を蕩けさせ、俺の言葉に落ちていった。なんだ、河合くんはただ単純に愛に飢えているだけじゃん。

 俺の言葉を雛鳥が親鳥から餌を貰う時みたいに享受する河合くんはとても可愛かった。凄く良かった。

 だから、俺だけが愛を注いで、俺だけのものにして、河合くんの世界も俺だけで完結するようにしたかったのに。


「なのになあ」


 河合くんは頑張って腰を動かしていたが、それももう限界のようで、俺にへにゃりと倒れかかってきた。仕方ないので俺が動いてあげよう。

 河合くんの腰からお尻にかけてを鷲掴み、下から勢い良く突き上げた。


「____ッ、お"、ア"、ア、アッ、ぅ、ぐ、」


 河合くんが俺の胸に頬を寄せて喚いた。元気に喘ぐ気力もないらしい。なんか、動物みたいで可愛い。

 もう何も理解できないとは思うが、俺は河合くんに一方的に語りかけた。


「ねえ、もしかして可愛いとか好きって言われるより、嬲られる方が好き?嶋にいじめられてたのって、あれ、わざと?」


 河合くんはがくがくと体を震わせるだけで、返事はなかった。


「河合くんが喜ぶんなら、俺なんでもするよ。首、絞められるの気持ちよかった?俺が首絞めてあげればいいのかな?」


 __衝撃的だった。嶋に首を締められて、幸せそうな顔をする河合くん。


 なんで?可哀想な自分、もう可愛くないって言ったじゃん。なんで嶋に首締められて喜んでんの?俺の愛、足りてなかった?ああ、そうなの、被虐趣味があったの?なんでそんなの嶋が先に見つけるんだよ。河合くんと付き合ってるのは俺で、だから嶋は口出しすんなよ。河合くんも、そんな奴に頼らないで、俺がたくさんいじめてあげるから。


 俺の体の上うずくまっている河合くんの首元に両手を回した。細くて、ちょっとでも力を入れたら死んじゃいそうだ。ぐっ、と力を込めてみたが、その先にいけなかった。


 やっぱ俺はそんな可哀想な事できない!

 いじめるみたいなセックスはしてあげられるけど、こんな可愛い子の首なんて締められないや。だから、こっちでいっぱいいじめてあげる。


 俺は再度河合くんの腰をがっしり掴み、追い打ちをかけるように全体重を押し込んで、ごりごりっと奥の奥まで挿入した。結腸?って言うんだっけ。そこまで入って、ぐぽぐぽと内臓を暴くみたいな音を何度も立てた。河合くんはその衝撃に耐えられなかったみたいで、ただ意味のない母音を発しながら俺の胸に爪を立てた。

 そしてもう限界を超えたようで、咽び泣きながら俺に訴えてきた。


「〜〜〜〜〜ッッ、あ"あ"あ"ァァァッ!!ひっ、ひっ、んグッ、ぉ、う、ひっ、ウぐぅっ、ヒッ、も、も、もぉ、ォ、ゆ"、ゆうじでっ、ゆうじでぇっ」


 下手くそな発音だった。もしかして、許してって言ってる?

 頑張って持ち上げている河合くんの顔は何かも分からない液体ででろでろになっていて、表情もぐちゃぐちゃでとても愛しかった。あ、可哀想で可愛いってこういう事かな。


「ん、はァ、許してって、何を?許すも何も、俺別に、怒ってないよ。……ふ、ぅ、河合くんの喜ぶ事を、してあげてるだけ」

「お"、あ"、あ"、う、ううっ、んっ」

「ね、気持ちいいよね。俺だけ、俺だけでいいよね。こんなに気持ちよく嬲ってくれるの、俺だけだよ。可愛いって思って、ちゃんと愛してあげられるの俺だけだよ。だから、俺だけのものになって。俺の愛だけ受け取って」

「ォ、あ、ッ、ッ、……ッ、ん、ぐ、……、っ、」


 そして、河合くんは最後に不自然なくらい大きく体を震わせ、声も出さずに絶頂した。ぐでっと河合くんの全体重がかかる。また気絶したみたいだ。凄い、意識は無いのにずっと不規則に体が痙攣している。まさに身体の不思議だ。

 あ、そういえば結局ネクタイ縛ったままだった。体を横にしてあげて、ネクタイをほどくとどろっとした白濁がゆっくりと、とめどなくこぼれ落ちた。可愛い顔しても、ちゃんと男の子なんだなあ、と実感する。

 俺はそのまま腰を動かし、また河合くんの中で果てた。ずろろ、と抜くと河合くんの後孔から俺の精液があふれ出てきた。前からも後ろからも流れるその液体を見て、俺はまた体が熱くなったけれど、流石にこれ以上やったら死んじゃいそうだ。


 はあ、と一息ついて河合くんの顔を眺める。

 泣き腫らした目元は赤くなって、涙の跡が見えた。そのまま視線を下にずらすと、嫌でも唇の傷が目に入ってきた。


 そっと唇を撫でる。

 他人からつけられた傷なんか許せない。河合くんは俺のものなのに、あいつは何度も同じような傷をつけやがって。

 イライラして、その傷をかぷりと噛んで甘噛みを続けると傷口が開いてうっすらと血が滲んだ。俺はその傷口を毛づくろいするみたいにぺろりと舐めた。鉄の味がする。これで、俺が作った傷になった。もう俺の傷だ。俺はにんまりと笑って傷口に口吻を落とした。


 河合くんが可愛いって言ってほしいんならそれ以上に可愛がるし、いじめてって言うんなら嶋より上手にいじめてあげる。

 河合くんがどんな人になってもいいから、俺だけの河合くんでいて。俺だけを求めて、俺だけに愛されて。


 俺だけを選んで、俺の可愛い河合くん。








6

 学校を休んだ。

 次の日も、その次の日も、その次の日も。 


 駆光くんに犯された日、目が覚めると自分の身体はキレイになっていて、隣にはすやすやと眠る駆光くんがいた。

 そんな駆光くんを見ていると何故だか妙な焦燥感に駆られ、なんだか怖くなってこっそりと駆光くんの家から抜け出して家に帰った。


 洗面所で顔を洗って、鏡をのぞき込んだ。

 泣き腫らした目は膨れていて、唇にはかさぶたができていた。そんな可哀想なぼくを見ても可愛いと思えなかった。むしろ、普通にブスじゃん。仕方ない。だってもうぼくは、可哀想な自分を可愛いと思えないから。気を取り直し、顔を冷やして、カラコンを入れて、髪の毛をいつも通りセットして鏡を見た。


 __おかしい。何故か、ちゃんとした身なりになっても自分の顔が可愛いと思えなかった。もしかしたらそういう日なのかもしれないと思って、ヘアアレンジをしたりお気に入りの服を着てみたりもしたが、やっぱりどんな姿になっても自分の事を可愛いと思えなかった。


 そう思った途端、何故だか急に駆光くんや嶋くんに会うのが怖くなってしまった。だから、休んだ。1日だけ、と思っていたけれど、次の日も会うのが怖くて、そしたらそれが治らなかった。月曜に休んで、もう金曜日になってしまった。今日も家から出られなかった。

 お母さんはもうぼくに関心を向けていない。何も言ってこないから、勝手に休んだ。

 ケータイも、駆光くんの家から帰って以降見れていない。きっと凄い量の着信が来ているはずだけど、一切確認しなかった。

 駆光くん、嶋くん、どうしてるかな。


 一人閉じこもっている部屋でぼくはぼくの事について考えた。


 嶋くんに言われて気付いたが、確かにぼくは、被虐性欲があるのかもしれない。多分昔はそんな事なかったんだろうけど、いじめられて惨めな自分に「可哀想な自分可愛い」と、そう思い込ませているうち、防衛本能が働いて苦しい事が快感に変わっていったのかもしれない。

 だから、みんなから悪口を言われた時は心が痛くなったけど、嶋くんに殴られたり首を締められた時は嬉しくなったんだ。マゾだから、痛くて苦しい事が好き。マゾだけど、心ない言葉を言われるのは普通に悲しいし傷付く。単純な話だった。


 それに気付いて、ふと頭に考えが浮かんだ。


 あれ、じゃあ、ぼくって別に可愛くある必要無くない?


 こんな姿をしてても、大多数の人から地雷だメンヘラだ女みたいだと白い目を向けられて、傷付くだけだ。駆光くんと付き合ってからは表立ってそういう事を言われていないけど、でもどうせ裏ではいろいろ言われてるに決まっている。

 今まで自分に嘘をついて、向けられる悪口すら自分を愛する材料にしていた。でも本当は、そんな事言われたくない。

 ぼくが可愛いと言われたくて可愛くなる努力をしていたのは、誰かに愛されたかったからだ。誰かに、認めて貰いたかったから。駆光くんは生まれて初めてそんなぼくを肯定してくれた。


 確かに、駆光くんはぼくの事を可愛いって言ってくれたし、好きって言ってくれた。でも、こんなぼくを愛してくれるのは俺だけだって、だから俺だけにしろって、言ってた。

 駆光くんなりの愛なんだと思うけど、なんか、ぼくが本当に求めているものと違う気がする。このままだと、ぼくは駆光くんに愛されても、駆光くん以外の周りの人から嫌な事を言われ続けてしまうのだろう。冷静になって考えると、そんなの耐えられなかった。


 じゃあ、どうすればいい?今のぼくは、どうやったら一番幸せになれるの?


 鏡を見て自分に問いかけた。

 鏡に写っていたのは、数年間共にした「可愛い」ぼくの顔。


 __もういっそ、こんな自分、全部捨ててしまえばいいんじゃないのか。


 そう思ったぼくの行動は早かった。なんて言ったって、中学時代周りの反応や向けられる目を顧みずに見事イメチェンを成し遂げたぼくだ。まあ、成功したかどうかは置いておいて。

 今日は金曜日。次の学校の日までまだ時間はある。ぼくは人生で二回目のイメチェンをする事にした。





7

 __そして、月曜日。ぼくは、勇気をだして登校した。それも裏門からじゃない。正門からだ。


 嶋くんは辺りにいないようで、とりあえず殴られずにほっとした。殴られたらどうせ喜んじゃうはずなのに、やっぱり殴られると思うと緊張してしまう。


 怖いけれど、ぼくは足を止めずに校舎の中に入った。そして玄関には、駆光くんの後ろ姿が見えた。それもそうだ。だって、駆光くんがいそうな時間帯を見計らって登校したから。


 ぼくは息を吸い込んで、彼の名前を呼んだ。


「駆光くん」


 ぼくの声にぴくっと反応して、駆光くんは徐々に振り返った。


 ああ、1週間ぶりだ。

 駆光くんはぼくの姿を捉えると、泣きそうになりながらぼくに近寄ってきた。

 駆光くん。いっつも笑ってて、人を掌握するのが上手で、ぼくをいろんな暴力から守ってくれた。そんな人が、ぼくを見てまるで子どもみたいに泣きそうな顔をしている。


 駆光くんはぼくの前に立ち、弱々しくぼくの手を握った。


「河合くん、」

「……なあに、駆光くん」

「河合くん、河合くん……」


 駆光くんの手は震えていた。ぼくは1週間も連絡しなくてごめんね、という気持ちを込めて握り返した。駆光くんはそれに反応して、彼らしくもない情けない声で懸命に言葉を紡いだ。


「河合くん、俺の事、嫌いになった?」

「ううん、嫌いになってないよ」

「やっぱり嫌だって、俺の事軽蔑した?」

「ううん。軽蔑はしてないよ。まあ、あんな無理矢理やるのはちょっと嫌だったけど」


 ははは、と、ぼくは駆光くんを悲しませないよう、笑って返した。

 駆光くんは顔を上げ、目を潤ませながらぼくの目を見た。なんだか、いつもと違ってぼくが優位に立っているみたいだ。


「じゃあ、俺の事嫌いになったから、休んだんじゃないの?」

「うん、違うよ。ごめんね、連絡もしないで。駆光くんの事、好きだよ。待たせてごめん」


 駆光くんの目が見開かれた。そして、顔を歪ませて泣きそうになりながら笑った。駆光くんは、人目も気にせずぼくに抱きついた。


「そっか……よかった」

「ふふ、ごめん」

「……あー、本当に、生きた心地しなかった。あの後反省したんだ。絶対にやりすぎたなって」

「本当だよ。ちゃんとぼくの気持ちも大事にして」

「うん。ごめんね、今日からはそうする」


 そう言って、駆光くんはぼくから離れた。

 もう本調子に戻ったようで、いつもみたいに爽やかな笑顔を浮かべていた。

 そして、ねえ、と駆光くんがぼくに尋ねてきた。


 さあ、ぼくも新しい自分を駆光くんに見せなければいけない。


「なんでフード被ってんの?ていうか、なんかいつもと顔違うね」


 イメチェン、みんなからどう思われるか分からなくて、怖くて誰にもその姿を見られたくなくて、制服の中にパーカーを着てフードを頭に被り登校した。この姿、最初は、駆光くんに見せたかったんだ。


「……ねえ、駆光くんは、ぼくがどんな人になっても、ぼくのこと好きでいてくれる?」

「……? それは、勿論だけど……」

「はは、そっか。よかった……。これ、どうかな」


 ぼくはフードを外した。駆光くんが驚いた顔をした。


 女性配信者に憧れて長く伸ばした髪の毛はバッサリと切り、普通の男の子がやるような、今風な髪型にした。髪色も、奇抜なのじゃなくて黒色の落ち着いた色。

 カラコンや前まで髪につけていたごてごてのヘアピンも外した。


 駆光くんがあんぐりと口を開けている。


「……え」

「へ、変かな」

「いや……変じゃない……全然変じゃないけど……え?」

「そっか、よかった。……あのね、駆光くん。ぼくね、」


 見た目のイメチェン。でもそれだけじゃない。ぼくが本当に変わりたいのは中身なのだ。

 ぼくは駆光くんに向かって、はっきりと宣言した。


「ぼく、可愛い自分やめる」

「……は?」

「可愛いじゃなくて、今度はかっこいい自分になる」


 そう。ぼくは、可哀想で可愛い自分から脱却する。そして、昔諦めてしまったかっこいい自分になってみせるのだ。

 昔目指して、でもなれなかった、当時好きだった男性アイドル。彼の画像を美容室で提示して、本当にその通りに切ってもらった。そして切ってもらってびっくりしたけれど、ぼくってちゃんとすれば意外とかっこよかった。自分で言うのもあれだけど。

 かっこいいぼくになれば、きっとみんなのぼくを見る目も変わるだろうと思ったのだ。


「どう?ぼく、かっこいい?」


 ぼくは駆光くんを見つめた。

 駆光くんは暫くぼくを見つめ返して、そして保健室でぼくを手当してくれた時みたいに快活に笑った。


「うん!かっこいい!」


 ……よかった。駆光くんには受け入れて貰えた。

 だけど、ぼくはまだ駆光くんに伝えなければいけない事がある。


 一番大事な事。ぼくが一番幸せになるためのお願いだ。


 ぼくは一度深呼吸をして、駆光くんに向き合った。駆光くんは、なに?と言いたげな顔をしている。


 さあ、言え、言うんだ、河合慧。


「駆光くん、ぼくは、駆光くんに謝らなければいけない事があります」

「え?なに?」


「駆光くん。__やっぱりぼくは、駆光くんと付き合えない」


「……は?」


 さっきまでの微笑みは一転、駆光くんの目からは光が失われ、急に真顔になった。ヒィ、その顔本当に怖いからやめてほしい。思わず怯みそうになった。

 いや、屈しては駄目だ!ぼくはかっこいいぼくになる。どんなステージでも臆さないあのアイドルのように!


「だって、ぼくはやっぱりいろんな人から好かれたい。駆光くんだけじゃ満足できない。本当は、誰からも悪口なんて言われたくない。あわよくばぼくを見た全員に、かっこいいって言われたいし、好きって言われたい。だから、みんなにそう言われるよう努力するようにしたから。……だから、だから、駆光くん」


「君とは付き合えません」


 __言えた。言いたい事、全部伝える事ができた。1歩前に踏み出せたようで、ぼくは満足だった。


 と、自分を肯定して駆光くんを見ると、全く感情の読めない顔でぼくを見ていた。怖すぎて冷や汗が止まらなかった。さっきまでのかっこいいぼくは何処へやら、ぼくは矢継ぎ早に駆光くんにフォローを入れた。


「あっ!いや、ごめん!本当にごめんね!?我儘すぎるよね!?分かってる、けどもうぼくは変わりたいんだ!あの、駆光くんの事好きなのは本当に本当だからね!ただ、いろんな人に愛されたいって思っただけ!駆光くんを好きな事に変わりはないから!だからね、えっと」


 頼む、頼むから怒ったり泣いたりしないでくれ。そう思ってぺらぺらと喋りながら駆光くんを見たら、彼は意外な反応をした。


「……あはははははっ!!なにそれ、ふっ、はは、ははははっ!!」

「へ……」

「はぁ、河合くん、本当に面白いね……。なんかもう、全然思い通りにならないや。こんな事って今まであんまりなかったのになあ」

「あ、そうですか……」


 やっぱり、駆光くんはこんな爽やかな顔しときながら今までいろいろな事を自分の思い通りに動かしてきたんだろう。ちょっとゾッとした。

 ぼくはそんな駆光くんに苦笑いを浮かべると、彼はやれやれといった感じで笑いながら言った。


「まあ、いいよ。そのうち河合くんの方から付き合ってって言わせてみせるから、絶対」

「ヒィ……はい……」


 なんか怖い事を言われた気がするが、まあ、結果オーライだ。

 駆光くんは日直の仕事があるらしく、先に教室に行ってしまった。別れる前に、ちゃっかりと「河合くん、本当にかっこいいね」と、ぼくが今一番言われて嬉しい言葉をかけてくるんだから、本当に計算高い男だ。


 さて、ぼくも教室に行ってクラスのやつらをぎゃふんと言わせるか、と思ったら、周りにいた人達がぼくを見てざわついていた。そりゃそうだ。イメチェンしてかっこよくなった(ぼくはそう思っている)元地雷系男と、学校の人気者のイケメンがドラマを生んでいたんだ。確かに、みんなに見られるだろう。微かに、「え、あれって地雷?」「嘘だろ」「めちゃくちゃ良くなったじゃん」「普通にいいかも」という声が聞こえてきた。そう、これだこれ!!みんなから認められるって、めちゃくちゃ気持ちいいじゃん!!可哀想な自分を可愛がっていたあの頃とは充足感が全く違う。


 ぼくはるんるん気分になり、そのままの勢いで教室に向かおうとした。

 すると、群衆の中から嶋くんが僕の前に姿を現した。案の定、嶋くんには似合わない驚いた表情をしていた。


「は?……え、は?お前、河合か?」

「あ、うん。そうだよ。嶋くん、おはよう」

「……」


 嶋くんは驚きつつも、じろじろとぼくを見つめた。いつも顔を合わせれば1秒後には殴られていたから、変な気分だ。

 いつ殴られるのかと不安と、そして自分の性癖を自覚したため少しばかりの期待を抱いてその時を待ったが、一向に殴られなかった。

 嶋くんは未だにぼくをじっと見てる。


「……?嶋くん?」

「……あ?んだよ」

「……あの、殴らないの」

「あー……」


 嶋くんは少し考えて、腕を上に上げた。

 やっと殴られる!と身構えたが、受けた衝撃はたったのデコピン一発だった。まあまあ痛い。


「いてっ!……ちょ、え、なんで!」

「うるせえな。そんな期待されたら逆にやりたくなくなるだろ」

「え、そんな……」

「……ま、いいんじゃねえの」

「なんで……」


 嶋くんはぼくの耳元に口を寄せた。


「ドエムなお前は、焦らされて我慢した方がいじめられた時嬉しいだろ」


 ぼくは顔を真っ赤にさせた。

 それを見て嶋くんは不敵に笑った。あれ、嶋くんってこんなキャラだっけ。嶋くんもキャラクターチェンジをはかったのかな。


 嶋くんと顔を合わせてまともに喋ったのは、本当に幼稚園の時以来なくらいで、ぼくはなんだか嬉しくなって嶋くんに聞いてみた。


「嶋くん、ぼくの事嫌いじゃないの」

「……嫌い。超嫌い。お前の顔見るだけで手が出る」

「あ、やっぱり嫌いなんだ……」


 まあ、分かっていたけれど。嫌いじゃなかったらここまでいじめないだろうし。

 みんなに愛されたい計画を進めている身としては、分かっていてもその言葉に少ししゅんとしてしまった。


 すると、嶋くんはでも、と言葉を繋げた。


「まぁ、いじめてやるくらいには関心がある」

「!」

「……前より、そっちの方がいいんじゃねえの、髪」


 嶋くんはぼくの頭を乱雑に、痛いくらいにぐしゃと撫でた。

 心臓がぎゅーっと掴まれたみたいになった。あ、久しぶりだ。この感覚。


「嶋くん」

「……んだよ」

「ぼく、嶋くんにいじめられるの、好きみたい」

「……っは!今更かよ!お前、ヤベーな」

「人の事言えないでしょ」


 そして、ぼくは初めて嶋くんに殴られる事なく上手に会話ができた。


 あの嶋くんに、褒められた。

 周りもこのやり取りを見ていたようで、ざわざわしていた。そして、また新たにやって来た人がぼくをみてかっこいいと褒める。__嬉しい!


 ああ、今日はどんなかっこいいぼくが見れるのかな。

 それを考えるだけで最高の気分になれるんだ!




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