イタくても可愛いものは可愛い


ゴコイチの中学の話です。

それぞれの中2のあり方と、何も変わらない一宮。

割と三好メインなので長めです。

ゴコイチの中では(これでも)氷河期です。

そういう時期の男たちを書くのが一番楽しいですね!





1.二井と一宮


「委員長だわ」


 クラスの委員長にそう言われてから、俺のあだ名は委員長になった。

 中2の時の委員長は、所謂カーストトップの男がやっていた。周りから推薦されて、ノリでやるような男。

 その男は俺のなりを見て、俺より委員長じゃん、と言って以来、俺がみんなから委員長と呼ばれるようになった。


「いんちょ、福原先生が呼んでた。職員室来てだって」

「……お前までそのあだ名やめろよ」

「嫌なの」

「別に嫌ってほどじゃないけど、いい気分はしない」


 その時四ツ谷は俺と同じクラスだった。隣のクラスには一宮と五藤がいて、そしてその隣のクラスには三好がいた。小学校はクラスが2つしかなかった上に先生達が大分配慮をしてくれたから、全員が同じクラスの時が多かった。今では奇跡的な確率を引かない限り、俺達5人は全員で同じクラスになれない。


「先生に呼び出しって何したの?珍しい」

「さあな。お前じゃあるまいし」

「俺は呼び出されるんじゃなくて捕まるだけ」

「どっちも同じだ」


 四ツ谷は身だしなみの事でよく先生から注意を受けている。四ツ谷はその言葉を面倒くさそうに聞くが、格好を変える気はないらしい。


 その日の放課後、俺は言われたとおり職員室に向かった。福原先生とはほとんど関わりがない。ただ知っている情報は、生徒会執行部の顧問だという事だった。


「来期の生徒会に入ってみない?」

「はあ、俺がですか」

「うん。二井くん成績も申し分ないし、風紀も素晴らしいし、ぴったりだと思うんだけど」

「俺じゃ力不足です」

「そんな事ないよ!2年の先生はみんな二井くんがいいんじゃない?って言ってるし。生徒会に入れば、内申にも良い影響があるよ」

「ああ……」


 表情は変えなかったが、内心はげんなりとしていた。

 勉強は苦手ではない。将来のためにやるし、決められた校則があるのならそれに従うけど、俺はそういう役回りを買って出るタイプではない。周りの人からはさんざん意外だ、とは言われるけど、元からこの性分だった。

 真面目で成績がいいとよくこういう事がおきる。誰もやりたくないという状況だと、尚更断れなくなるから自分でも損な評価だなと思う。自分本位に生きた結果真面目であったが、他人のために真面目でありたくなかった。俺は、そういう人間だった。


「ありがとうございます、検討しておきます」


 一礼して、職員室を出る。もう既に体のいい断り文句を探していた。


(そもそも今の生活で生徒会なんて入ったら、もっと一緒にいられなくなる……)


 頭に浮かんだその男は、もうとっくに帰っただろか。


 2年の校舎に戻って自分のクラスの扉を開けると、そこには委員長(本物)と、同じような雰囲気の友達数人が残っていた。特に何をしている訳でもないのだろう。新しい話題を出してはゲラゲラと笑っている。


「おっ、委員長じゃん。なにしてたの」

「福原先生に呼び出されていた」

「なんで?」

「生徒会の事で」

「ふーん。入んの?ぴったりじゃん」


 委員長は手元に視線を戻すと、あっと言って周りの友達にひそひそと話し始めた。


「いやいや、やめとけって」

「委員長には刺激強いだろ、委員長なんだから」

「いやでも気になるだろ」


 俺はさっさと準備をして教室を出ようとしたが、委員長にねえ、と呼び止められてそちらを振り返った。


「これ見て」


 委員長の手にはスマホが。それを遠くから見つめる。


「携帯の持ち込みは禁止だ」

「いいから見てって」


 音は響かないように消してあるのだろう。画面に映っていたのは、女の人がベッドに組み敷かれていて男の人に無体を働かれているシーン。直接的に言うと、AV。


「どう?」

「どうって……何を言えばいい?」

「んだよォ!つまんねえ!」

「委員長そっちタイプかよ」

「もっと恥ずかしがってほしかったのに」

「もう帰っていいか?」


 何も楽しくない。目を細め、もう一度委員長を見た。わざわざ学校で見る意味が分からない。期待通りのリアクションがなかった俺に対して委員長は不満を抱いたのだろう。揶揄うよに嘲笑しながら口を開いた。


「委員長って性欲あんの?」


 ああもう、うざいな。うっとおしい。これはなんのための時間なんだ。

 ガラではないけど、普通に文句を言いそうになった時だった。


「二井いたっ!待っててよかったー。帰ろ?」

「一宮……」


 もう帰ってしまったと思っていた男が、扉を開けてひょこっと顔を出した。固まっている俺を見て一宮はずんずんと教室の中に入っていき、俺の元までやってきた。

 自分でも驚くくらい、心臓が落ち着く。一宮が近くにいるだけで俺の情緒はどうとでもなってしまうらしい。


「? なにしてんの」

「いや、なんでもない。帰ろう」

「おー、一宮じゃん。久しぶり」

「げっ!」

「げってなんだよ、酷いな」


 一宮は委員長を見て顔をしかめた。1年の時2人は同じクラスだった。多分、その時あまり相性が良くなかったのだろう。

 関わらせるだけ無駄だ。早くこの空間から脱出しようと思い、出口の方へ足を向けたら委員長がとんでもない事を言い出した。


「一宮、これ見てみ」

「ん、なになに」

「楽しいやつ〜」


 コンマ1秒。俺はその邪悪な媒体の元へ駆け出し、勢い良く画面を手で覆った。そして鬼の形相で委員長を見る。


「絶ッッッ対やめろ……」


 はぁ、と息を荒らげる。俺の必死さに流石の委員長でも言葉が出ないようで、目をぱちくりさせて無言でゆっくり頷いた。


「……一宮、帰るぞ」

「えっ!なんだったんだよ!」

「しょうもないやつだ。さっさと出るぞ」


 一宮の腕を引いてそそくさと玄関に向かう。後ろから、なんだよなんで見せてくんないんだよ気になるだろとギャンギャン吠える声が聞こえるが、全て無視した。それでもうるさかったので給食で残したゼリーをあげたら黙ってくれた。行儀悪く、一宮はそれを食べ歩きしながら不満をもらした。


「もーみんな捕まんないの。マジで薄情。俺が親だったら親不孝者って泣いてる」


 一宮の言うみんな、とは幼馴染の事だ。中学に入ってから招集率が悪い俺達に対する愚痴をよく聞くようになった。


「五藤は部活だし、三好と四ツ谷はなんか反省文書かされてたし」

「あのアホ共は置いておくとして、五藤は仕方ないだろう」

「そうだけどぉ〜……。五藤、最近彼女できたし」

「ああ、そういえば」

「二井はこのあと暇?」

「俺は塾がある」

「……二井はこうだしなぁ」


 一宮は1つ溜息をついた。


「中2ってこんなもん?なんかみんなどんどん変わってく」

「こんなもんだろう」

「おかしい。俺はずっと変わらんのに、周りだけが変わってく」

「いいだろ、別に」

「そうだよな。二井と俺は変わらないぞ。俺達がおかしいんじゃなくて、周りがおかしいんだ。自然派の方がのびのびと育つに決まってる」


 自然派とは。

 チラリと隣にいる一宮を見下ろす。コイツは本当に変わらない。多分過去の俺が今の一宮を見ても特に違和感を抱かないと思う。それくらい変わらない。


「どうしよっかな、俺」

「どうって?」

「……いろいろ。みんなの事」


 一宮には俺達以外の友達がいない。俺も人の事はいえないけど。でも一宮は、人一倍俺達に執着している。少しずつ離れていこうとするみんなの事について悩んでいるのだろう。


 みんながこの関係を抜け、最悪俺と一宮2人だけになっても別にいいんじゃないかと思うけど、でも一宮はそれを嫌がるのだろう。離れていった人間に心を寄せられるくらないなら、やっぱり5人揃っていた方がいい。


「大丈夫、なんとかなるだろ」


 なんとかなる。俺達はしょっちゅう誰かと誰かがケンカしたり言い合いになるけど、今までずっとなんとかなってきた。多分、大体は一宮が仲直りさせてきたから。だから俺達の中心に一宮がいる限り、どうとでもなるだろう。


「ん」


 一宮はこくりと頷いた。ずっと変わらないまろく滑らかな頬がふるっと揺れる。


「可愛いな」

「ん?」

「ン"ン"ッ、間違えた。なんでもない」

「んん?」


 一宮は俺があげたゼリーを食べ終え、満足そうにしていた。そういえば、と呟く。


「今度お母さんとクッキー作るからさ、食べに来てよ。俺の誘いに乗らない薄情なあいつらには内緒な」

「ああ」


 目を細めてうししと笑う。こんなの手放せるわけがない。

 一宮が変わらないんなら、俺だって変わらないし、変われない。








2.五藤と一宮


「マジでないの?親ウザいって思ったり、妹うるせえって思ったり」

「ないない」

「親とか先生に反抗した事は」

「ないって」

「どういう教育の賜物だよ〜」


 項垂れるクラスメイトに、適当にありがとうと相槌をうつ。保健体育の授業後の休み時間だった。丁度第二次性徴のあたりをやっていた。だからだろう、こういう話題を振られたのは。


「五藤聖人説」

「いやいや」

「その顔で運動できて別に頭も悪くなくてちゃんとグレてないの、本当にズルい。ちょっとはグレとけよ」

「別にグレるような出来事ないし」

「カーッ」


 俺の横にいたクラスメイトは面白くないとでも言うように、眉をひそめた。


「いや、そんな事言ってさ。こんだけ人当たりいいけど、どうせ内心は俺らみたいななんの取り柄もない凡人の事下に見てんだろ」

「んなことねえよ」


 愛想笑いを振りまく。本当に、そんな事はない。


(そうやって俺の事決めつける人間は下に見るけど)


 確かにグレてないし、反抗期も今の所ない。

 両親は共働きで忙しいし、ワガママでやんちゃな妹がいるし、尚更俺は両親に迷惑をかけてはいけない。そう思ってから大きな反抗とかはしなくなったけど、変わりに言いたくても言えない事は心の中に留めておくことにした。




「は?その気がないのに?」

「言い方悪いな。ちょっとはあるよ、俺に好意を寄せてくれてるんだし」

「そんなこと言ったら五藤に告白した人間誰でも付き合えるじゃん」

「いや、俺もちゃんとワンクッション挟んだぞ。部活に専念するけどって。そしたらそれでもいいって言うから」

「……だから付き合ったと。ふむ。……ハァ?」


 珍しく部活がオフの日の放課後、俺は誰もいない教室にて一宮から説教を受けていた。


「初彼女だよな」

「まあ、うん」

「マジで五藤嫌い」

「そんな事言うなよ。人の幸せを喜べる人間になれ」

「嫌いだバカ、そんな気持ちで付き合うんなら俺にくれよ、相手に失礼だ」

「どっちが失礼だよ」


 一宮は頭を抱えて大きく息を吐いた。

 時々コイツの事を羨ましく思ってしまう。なんでもかんでも素直に言えるところ。


「放課後と土曜日は大体部活で忙しいだろ。んで日曜日は彼女とデートするんだろ。ないじゃん、俺らとの時間。ゼロじゃん」

「ちょっとはあるだろ」

「信用できん。だってどうせ五藤は彼女に頼まれたら断れないだろ」

「……」


 それは、そうかも。

 告白ですら断れなかったんだ。それに、現在進行形で断りたくても断れていない用事がある。


「はあ。まあいいや。もう帰ろー。二井に愚痴るからな」

「そういうのって影でコソコソやるもんだろ。宣言すんな」

「バレたら陰気臭いって怒るくせに」


 一宮は席を立ち帰る支度をし始めた。するとふと手を止めて俺を見た。


「あ、そういえば、なんか言いたい事あったんじゃないの?」

「え?」

「なんか言いたげだったけど」

「……え、いや……」

「ふーん。じゃあ俺三好見に行ってくるし。ばいばい」


 そう言って教室を出て行く寸前、くるっと振り返った。そしてびしっと俺に指をさす。


「手繋ぐの禁止!」


 今度こそ本当にとたとたと歩いて行った。


 言いたげ。俺が?いつ?そんな顔をしたのか?自分では分からなかった。




 断りたくても断れなかった用事、それは初デートの約束だった。別にデートそのものが嫌だったわけではない。問題は日程だった。


『明日、10時に駅前で待ってるね』


「はぁ……」


 スマホの画面を見て溜息をつく。

 明日。ずらそうと思えば日にちをずらしてくれたはずだ。でも、もしなんでと聞かれたら面倒な事になりそうだった。『そんなもののために?』なんて言われたら自分でもなんと返してしまうか分からなかったので、その予定を受け入れるしかなかった。


 あれこれコレクションしてある棚をチラリと見る。本当は行きたかったのだ。今ハマっているゲームのキャラクターのフィギュアが、近所のグッズショップで数量限定で販売されているらしい。明日にでも行かないともう売り切れてしまうだろう。

 別にこういう趣味を隠しているわけではない。知られたら別にそれでいいけど、でも自分から進んで言おうとも思わない。どういう顔されるか分かっているし。

 そんなんでデートすんのか、と言わんばかりの一宮の表情がチラつく。ええ、やってやりますが。

 とはいえ、やっぱり俺の頭の中は限定フィギュアの事でいっぱいだった。誰かと付き合うとは、こういう事の連続なのだろうか。




「ごめんな、待った?」

「ううん!全然待ってないよ」

「……」

「あは、嘘……。緊張して30分前からいた……」

「えっ!暑かっただろ、ごめん」


 初秋とはいえまだまだ暑い。汗を流す彼女__伊藤さんを見て、罪悪感に襲われてしまった。


「いや!あの、全然!私が勝手に早く来ただけだから、気にしないで」


 慌てて手を振る。伊藤さんは普通に可愛いし、いい人だと思う。あまり人となりをよく知らないけれど、悪い噂は聞かない。


 伊藤さんは緊張してるし、俺は気の利いた話題も振れなかったし、特に会話が盛り上がる事もなく目的地に向かった。水族館だった。伊藤さんからチケットを入手したからどうかと誘われたのだ。


「水族館って久しぶりだ」

「うん、私も」


 館内に入って順路に沿って歩いた。暗い空間に光る水槽と泳ぐ魚。言葉数が少なくても許される空気。デートの雰囲気としては申し分ないのだろう。楽しかったのは事実だけど。


(あー……。もう売り切れただろうな。フィギュア……。一宮にでも頼めばよかったかも。いやでも、俺にはパシらせて自分はぬけぬけと楽しんでいいご身分だなとか言われるだろうな、絶対)


 もうどうしようもないとはいえ、いろいろと後悔がよぎる。水槽の中で泳ぐ魚を眺めながら、俺は完全に違うところに意識を飛ばしていた。伊藤さんは横で静かに目を泳がせている。


「五藤くん、あの、ちょっと休憩しない?ここに売ってるアイス美味しいんだよ」


 これは俺の様子を見て伊藤さんがいろいろと気を利かせてくれたのだろう。流石に、本当に申し訳なく思った。謝罪の意もこめて伊藤さんの分のアイスクリームもおごって手渡した。ありがとうと笑う顔は素直に素敵だなと思った。横並びに椅子に座り、少し休憩をする。

 アイス、食べるの久しぶりだ。気を抜くとすぐに太ってしまう体質なので、中学生ながらお菓子類は控えていた。いつぶりだろうか。

 小学生の時、二井の両親とみんなで緑地公園に遊びに行った事がある。一宮が屋台で売っているアイスが食べたいと二井のお母さんにおねだりをして、結局全員分買ってくれた。一宮は途中まで食べたところで手に虫がとまって、驚いてそのままアイスを自分の服の上に落としてしまった。どろどろに汚れた服と、無駄になったアイス。それだけで一宮はわんわんと泣いて二井の両親を困らせていた。


 と、いうエピソードを思い出し、思わずふっと笑ってしまった。


「なにか面白い事あった?」

「あ、ううん、なんでもない」


 デート中になにを思い出すんだと自分に喝を入れ、俺達はまた歩き出した。


「……カニ」

「……カニだな」


 少し藻で汚れた水槽には、大きなカニが数匹いた。間近で見るとこの大きさはかなり怖い。ゆっくり動いているが、まるで置物のようだった。


「す、凄いね。なんか、ここまで大きいとちょっと気持ち悪いかも」

「分からなくもないな」


 カニなんて冬に時々食べるくらいで、動いているところを見る機会なんで早々ない。こんなに強そうな見た目をしてても、中身はあんなに柔らかくて美味しいんだよな。


『すげー!この大きさだったら3人前くらいない!?お腹減ってきた!カニカマ食べたい!知ってる?カニカマってカニ入ってないんだぜ。……え、知ってんの?なんで?俺、最近初めて知ったんだけど。すげー裏切られた気分!今日のご飯はカニだよってカニカマ出されてた俺、めちゃくちゃ騙されてんじゃん。じゃあカニカマで売るなよ。カニ風味かまぼこ(カニは入ってません)で売れよって思わない?……いや、長いか。そりゃカニカマで売るよな……。カニカマ……。なあ、カニカマってずっと言ってるとなんか良くない?マカロニみたいな。俺、マカロニって言葉好きなんだよ。響きが可愛いだろ?……あ、なんかグラタン食べたくなってきた……』


「ふはは!」

「え、何!?」

「ごめん、なんでもない……」


 俺の中のイマジナリー一宮が勝手に喋って勝手に腹を空かせていたので、奇妙にも何もないところで笑ってしまった。伊藤さんから訝しげに見られる。


 いや、なにしてんだよ俺。いやむしろ何してくれてんだよ一宮。俺今デート中なんだけど。


『思い出し笑いするやつってスケベらしいぞ』


 うるせぇな、イマジナリー一宮。そろそろ黙ってくれよ。


「……次行こっか。ペンギンのとこ……」

「う、うん」


 伊藤さんにバレないように深呼吸をして、足を進める。すると、自分の左手に少し湿った熱を感じた。__伊藤さんの手だ。手、繋ぐの、禁止。


「っ!」

「あっ……」


 咄嗟に左手を振り上げてしまった。伊藤さんを見る。彼女は目を点にして俺の手を見つめていた。自分が何をしたか理解した途端、尋常じゃないほど冷や汗をかく。


 ……最悪だ。俺、人として、男として最低だろ。


「……ごめん」

「いや、あの!ううん!えっと、私の方こそごめんなさい……」


 彼女は顔を真っ赤にして両手と首をぶんぶんと振っていた。いたたまれない。申し訳なさすぎて、どうにかなりそうだった。


 そのまま会話なんてできるはずもなく、2人して無言で歩き、ペンギンのエリアまで到達した。柵に腕をついてもたれながらよちよちと歩くペンギンを見ていた。伊藤さんは何かを言いたそうにそわそわとしながら、何も言わずにどこかを見つめていたが、意を決したように口を開く。


「……あの、なんかごめんね。無理やり誘っちゃったから……」

「っえ、いや、全然。そんな事ないよ」

「ううん、なんか五藤くん、ずっと考え事してたし……」

「いや、そんなことは……」


 ……ある。ない、と言い切れなくて、黙ってしまった。


「……ごめん、本当に」

「いや、私だってごめん。無理に付き合ってもらって。本当は五藤くんの彼女なんて大それたものになれるなんて思ってなかったんだ」

「え……」

「1年の時から、ずっとかっこいいなって思ってたけど、どうなんだろう。……私のは好きっていうより、憧れみたいなものに近かったのかもしれない。……って、今日思ったんだ。好きのドキドキっていうより、ほんと、ずっと緊張しちゃって」

「それは……」

「失礼かもしれないけどね、周りの友達にすっごい後押しされて勢いで五藤くんに告白したんだ。自分の気持ちも整理できないまま」


 伊藤さんは俺を見た。少し気まずそうにしている。でも、堂々としていた。


「ごめんね。ここまで付き添ってもらったのに。無理言って告白もOKしてくれたのに。あの、やっぱり、友達に戻ってもいいかな」


 あ、俺今、振られたんだ。振られたのだろう。でも、何故か少しほっとしたのも事実だった。


「……うん。俺も、本当にごめん」

「ふふ、何が?」

「いや、その……中途半端で」

「そんなの私もだよ。でも五藤くんは他に好きな子いるのかなって思ったよ」

「……え?……え、何故……?」

「なんとなくね。誰が好きなの?」

「……いや、ちょっと、待って……」


 思わず頭を抱える。思い当たる節がない。


「いない。いないです……」

「あらっ、勘が外れたかな?」

「マジでいないからね」


 いもしない対象人物にドキッとした。誰だよそれ。なんて勘違いされるんだよ。本当になんで。


「じゃ、帰ろっか」

「うん……」


 お互いに気持ちが無い事を知った俺達のデートはここで終わった。なんというか、かなりあっけない初彼女、初デートだった。仕方ないとはいえ、幼馴染達からネタにされる事が確定したなと心の中で苦笑いをするしかなかった。


 集合した駅前に着く。予定よりもかなり早く終わってしまった。伊藤さんは最初の緊張感はなく、どこかスッキリした顔をしていた。


「学校でも普通に話しかけてもいい?友達として」

「うん、もちろん。俺もそっちの方がありがたいから」

「ありがとう」


 また学校で!と笑って、伊藤さんは反対方向に歩いて行った。


 自分、いろいろかっこ悪かったなぁ、と反省をしながらとぼとぼと歩く。まだ日は高い。

 軽く汗を拭って前を見ると、遠くからこちらに向かって歩いてくるよく見知った姿があった。

 そいつは俺に気付いたようで、急いで俺の方に駆けてくる。


「五藤ーーー!ナイスタイミング!」

「一宮じゃん、なんでここに?」

「これこれっ!俺知らなかったんだけど!」


 そう言って一宮は俺にスマホを見せてきた。例のグッズショップのアカウントが写真を添え、数量限定販売、残りわずか!と呟いている。


「! これ!」

「五藤今これハマってるって言ってただろ?俺もなんだけどさ、もう買った?俺今日知ったんだよ!」

「あ、ああ、まだ行けてない……」

「五藤、今から暇?」

「え」

「行こっ」


 俺の返事も聞かず、一宮は俺の手首を掴んで店の方に引っ張っていった。楽しげに語る後ろ姿を見る。寝起きなのか、くるくるの髪の毛がさらに乱れていた。


「……残ってるといいな」

「んー、残ってるだろ!」


 一宮は振り返ってにっと笑った。


 あーなんか、この楽さと安心感を覚えてしまったら、俺はもう駄目なのかもしれない。俺、これから先彼女出来るのかな。








3.四ツ谷と一宮


 めんどくさいか、めんどくさくないか。

 生活の事はほとんどこの2択で決めている。

 めんどくさいから、部活に入らない。めんどくさいから、ある程度勉強はしておく。めんどくさいから、人付き合いはそんなにしない。


 こんなタッパだし、こんな風貌だし、他人からいろいろ求められるけど大体は俺の力不足で幻滅される。本当に対人嫌い、他人嫌い。そう思ったらいきなり大体の行動がめんどくさくなってしまった。だから、なるべくめんどくさくない方に動く。そういう生き方を覚えてしまった。

 中学2年生の俺は、その字のごとくこの時期特有の病気を抱えていたわけで、ほとんどの人間が嫌いだった。




「反省文ってどうやって書けばいいの?」

「知らない。文章変えたごめんなさいを何回も書けばいいんじゃない?」

「ごめんなさいだけびっしり400文字書いてもいいかな」

「多分書き直し要求される」


 放課後、俺と三好は1つの教室に集められてサラの原稿用紙と向き合っていた。嘘、向き合っていない。椅子にふんぞり返ったりシャーペンを転がしたり、三好は原稿用紙を紙飛行機にして教室に飛ばしていた。


「めんどくさ……。なんのために髪型のルールがあるんだよ。なんで髪伸ばしたら駄目なんだよ」

「ホント、なんで眉毛剃っちゃいけないんだろ」

「……フ、三好のそれは普通に止めといた方がいい」

「なんでよ!?かっこいいでしょ」


 三好は中学生になって、かっこいいの方向が大分ズレてしまったらしい。今では立派にヤンキーの真似事みたいな身なりをしている。


「四ツ谷、こんな不毛な居残り嫌いでしょ。好きでやってんじゃないんなら髪の毛ばっさり切ったら?」

「……好きでやってるとかじゃなくて、視界が良すぎるのが嫌だから伸ばしてるだけ」


 俺達が反省文を書かされている理由。それは、あまりにも服装検査で引っかかるからだ。次、身だしなみ整えてこなかったら反省文書かせるからな、という体育教師の言葉は本気だったらしい。今日の集会後の服装検査で俺と三好が捕まってしまった。精一杯俺達を睨んで、放課後反省文な、と。 


「ふーん、イケメンなのに勿体無い。俺だったらその身長と顔を存分にアピールするね」

「別にどうでもいい。特にいいことなんてないし」

「一宮の前で言ったら殴られるよ、それ」


 昔から、顔を見られるのが苦手だった。もっと言えば、他人と目を合わせるのが大嫌い。だから服装検査にひっかかるというめんどくささよりも、顔がはっきりと出てしまう嫌悪の方が勝ってしまう。

 目にかからない襟足を伸ばさない耳は見えるようにする。この校則になんの意味があるのだろうか。


「三好も三好だろ。変わりすぎ。正直イタイよ」

「んだと!?この良さ分かんないの!?」

「百歩譲ってその格好は許せたとしても、人付き合いは考えた方がいい。あんなのとつるんでても後でめんどくさい事が起きそうだし」

「……先輩の事悪く言うのやめてもらえる?三好くんでも怒っちゃいそ〜」

「もう怒ってるじゃん」

「怒ってねーよ。……はあ、クソ根暗のくせに口は達者だな、四ツ谷は」

「俺も怒っちゃいそー」

「怒ってないじゃん」


 三好がグレてから(?)は割と久しぶりの会話だったので、ああこんな感じだったなと緩く歓談していると、廊下からドタドタと足音が聞こえた。その人物は開いている廊下側の窓からひょこっと顔を出した。


「んっ!2人もいる!レアじゃん」

「おー、その低めの位置からの声は一宮」

「それで分かってたまるかよ!2人ともなにしてんの?」

「反省文カキカキ大会。一宮も参加する?」

「わあ、楽しくなさそう!不参加でお願いします」


 一宮は俺達の元に来て、一文字も書かれていない原稿用紙を見下ろした。


「なんのやつ?」

「服装検査」

「ンフフ、お前らはそうやって一生反省文書いとけばいい」

「一宮は特に何も考えてなくても服装パーフェクトでいいね、おこちゃまが」

「ほんといちいち余計な言葉付け足すよな」


 一宮はぷくっと頬を膨らまして俺達を睨みつけた。全然怖くない。そういうところがおこちゃまなんだよ。


「なんにも書けてないじゃん。持ち帰りできないの?」

「できませーん」

「えっ、じゃあ一緒に帰れない?」

「かえれませーん」

「もー!!ほんと集まり悪い!集団下校厳守!この不良どもが!!」

「おこちゃまは1人で帰ると危ないもんね。保護者の二井クンとでも一緒に帰っとけば」

「キィーーーッ!!」


 一宮は漫画みたいにぷんすこと怒り、文句をぶつぶつと呟きながら教室を出て行った。


「……なんで一宮ってずっと変わんねえんだろ」

「……ね、俺も本当にそれは思う」




 三好は変わった。見た目も、人付き合いも、俺達との距離感も。五藤も変わった。俺達とつるむ以外に力を注ぐものができた。二井……はほとんど変わんないけど、ちょっと変わったと思う。重くなった、一宮に対して。そして俺は。


(あー……なんか、とてつもなくめんどくさい……)


 変わった。間違いなく、悪い方向に。


 国語の授業中、自分でも驚くほどやる気が出なくて机に伏した。規格に合ったこの机と椅子がもどかしい。俺にとってこの居場所は、物理的にも精神的にも窮屈で仕方がなかった。


 ここ最近ずっとこんな感じだ。中学に入ったあたりから一気に身長が伸び、多分その頃からいろいろな事が億劫に感じるようになった。特に最近は酷い。ほとんどノートがとれていない。まあいいのだ。授業態度が悪くてもテストの点数が良ければ。そのためにテストの点数は下げないようにしている。


「授業終わったらノート回収なー。ちゃんと板書してるかチェックするから」


 げ、まじかよ、という不満の声が教室のあちこちから上がる。心の中で舌打ちをした。出しても出さなくても怒られる事は確定している。


「よ、四ツ谷くん、ノート出してもらっていい?」

「……はい」

「あ、ありがとう、ございます……」


 今日の日直がびくびくと怯えながら俺からノートを受け取る。びゅん、とすぐに逃げた後、遠くの方からこえー、という声が聞こえた。このナリだしこの性格だしクラスだと二井以外とはほとんど喋らないし、つまるところ俺は怖いらしい。


「睨んでやるな、馬鹿」

「睨んでねえし」


 側にいた二井が呆れたように話しかける。


「そろそろ一宮と帰ってやれよ。最近の話題がお前らの愚痴ばっかりになってきた」

「はいはい。用なければね」

「用なんてないだろ、どうせ」


 一宮、いつまでたってもなにも変わらない男。俺からすればそれが羨ましくもあり、そして同時に鬱陶しくもある。俺達は確かに幼馴染だけど、でもずっと一緒にいなければいけないという理由にはならない。一宮は意図してかそれともなにも考えていないのか、必要以上に俺達を繋いでおきたがる。単純に俺達の事が好きで執着しているのだろうけれど、それにしても小学生かよ、と思う時もある。




「どういう事だ?四ツ谷、ノートとってないよな。今日だけじゃない、ずっとだ。なんでノートとらないんだ?」

「……すみませーん」

「すみませんじゃなくて、理由を説明しろ」


 放課後、俺は国語教師に捕まって見事に説教をくらっていた。早かったな、見つかるの。早速放課後の予定ができてしまった。


「なんでって言われても、やる気がでなかったからですが」

「……それが許されると思うのか?」

「別にノートとらなくてもテストの点数とれるんで」


 中学2年生の俺は間違いなく反抗期だったのだろう。真面目に授業を受ける事もなければ、素直に謝る事もできなかった。勿論教師は俺のこんな態度を見て青筋を浮かべた。


「なんだ、その顔は……。大人をなめるのも大概にしろよ」


 体罰が、とか言われない時代だったら俺はおそらく胸ぐらを掴まれていただろう。教師の鋭い眼光が俺を刺した時、横から俺を覆う衝撃がやってきた。


「あっ、あのっ!こいつ、もともとこんな顔ですから!」


 突然現れた小さいその男__一宮は、短い腕を俺の胴にまわし、ぎゅっと力を込めた。俺は目を見開いてそれを見る。いつからいたのかも、なんでこんな事をしているのかも分からない。一宮は慌てるように矢継ぎ早に口を開く。


「すみません、こいつ体デカイから!いっつも家で食べるご飯だけじゃエネルギー足りなくてぼーっとして、授業集中できなくなるんです!」

「は」

「四ツ谷、このあと俺と勉強する予定あるんで許してください!失礼します!」


 目の前にいる教師がなにか言おうとしていたのを無視し、一宮は俺の腕を掴んで逃げて行った。


 とたとたと2人ぶんの足音が廊下に響く。窓から射す西日が眩しい。玄関に向かいながら、なんで俺はこんなに大人しく連れられているんだろうと思った。


「……ないけど、そんな予定」

「俺だって勉強したくないよ。するわけないだろ」

「俺ってそういう症状だったの」

「さあな。でも四ツ谷給食前死にそうな顔してるし」

「まもる」

「んー?」

「俺っておかしい?」


 下駄箱の前でぴたっと止まる。

 運動部の声がグラウンドから聞こえてきた。みんな一生懸命なんだろう。なのに俺は、それをうるさいとしか思えない。授業をする教師の声だって、ひそひそと噂する誰かの声だって、全部うるさい。


 一宮はくるっと振り返って俺の手をもう一度握った。身長が伸びない一宮と、伸び続けた俺の差は広がるばかりだ。


「なんにも!」


 俺を見上げて目一杯笑う。よく通る声なのに、一宮のはうるさくない。


「んなこと誰かに言われたのか?俺が退治してやる」

「殴り返されるでしょ」

「俺最近カンフー映画見て真似してるから。1ターンくらいはいける」

「……フフ」


 そう言って一宮はよく分からないカンフーの動きをした。全然かっこよくない。でも本人はいたって真剣だ。


「あまねはおかしくないぞ。なんにも」


 なんてことないように言って、一宮は下駄箱から靴を取り出した。俺も反対側の下駄箱に移動する。そして数秒俯いた。なんとなく、顔を見られたくなかった。


「今日俺やりたいことあるんだよ。ペットボトルロケット」

「……やんの?今から」

「うん。四ツ谷も強制参加な」

「えー……めんどくさ……」

「やるぞ。やるったらやる!」


 めんどくさい。ガラじゃない。

 でも一宮は俺をめんどくさい方へひっぱってくれる。嫌だって言えないけど、別に意外と嫌じゃない。








4.三好と一宮


 中学の頃……というか、中1から中2にかけての事はあまり思い出したくない。まあ、誰が見ても黒歴史だからだ。


「いや、あのね!すっごく嬉しいんだけど、……自分より可愛い人と付き合うのはちょっと……しんどくなりそうだし、三好くんのことはあんまりそういうふうに見れない、かなーって……」


 俺の家は完全に女性主権で、圧倒的にお母さんとねーちゃん達の力が強かった。昔からずっとそう。俺の事すぐこき使うし、暴言吐くし、俺で遊ぶし。だから、女の人って怖いものだと思ってた。俺が初めて恋して告白したのは中学に入って、根っから優しそうな女の人もいるんだと知った頃だった。意外とウブだったのだ。


 で、思い切って告白した中1の夏、そんな理由で振られた。


 そこから俺は面白いくらいに秒でグレた。何が原因かと言われればやっぱりこの顔のせい。俺の顔可愛すぎるから振られるって、そんな事ある?

 成長してからは自分の顔を武器にできるようになったけど、当時の俺はこの顔を心底恨んだ。俺の初恋はあっけなく終了し、そしてその瞬間に生まれ変わろうと決意した。


 絶対かっこよくなってモテモテになってやる、と。




「うす三好、今日の放課後暇?」

「六さん!お疲れ様です。空いてますよ」

「前言ってたとこ行くぞ」

「……あ、あの廃ビルっすか?」

「そー。タカがソファー持ち込むって」


 中1の夏以降、俺は当時中3の先輩達とよくつるむようになった。その筆頭が六川先輩。六さんと呼んで仲良くさせてもらっていたけど、学校の中で知らない人はいない不良だった。

 不良も不良、校則を破るなんて当たり前の事で、割と法に触れるような事もしていた。その時の俺は勘違い野郎だったので、そういう人がかっこいいと思ってその背中を追っていたのだ。


「ふはっ、その髪型いいじゃん」

「! ありがとうございまーす!!」


 かっこいい風貌はまず髪型から、と思って元ヤンの姉ちゃんに髪型を作ってもらった。前髪は流してサイドだけコーンロウで編み込んで、もともと色素が薄かった髪の毛もキンキンにして。六さんに褒められた俺はそれをずっと続けていた。今思えばあれは頑張って不良ぶろうとしている俺を笑っていたんだと思う。


「どーする?俺今から行くけど。三好も来る?」

「え?……いやぁ〜……。俺そろそろちゃんと授業出ないと。目つけられてるんで」

「マジメくんだなぁ、三好は。ま、後で来いよ」


 マジメくん。そう言われてしまった。不良ぶりたい人間が一番言われたくない言葉。こんなんじゃ駄目だ。もっとグレてやらないと。もっと、教師の言う事がなんだ関係ねえくらいの勢いでやっていかないと。


 その後は授業中爆眠をかまし、休み時間と昼休みは他の先輩のとこに遊びに行き、学校に授業を受けに来たというよりはサボりに来たという不真面目さで1日を終えた。

 放課後、さっさと出て待ち合わせしていた廃ビルに行こうとした時、ぱたぱたと廊下を駆ける音が聞こえた。


「三好三好三好三好」

「うおっなに」


 むぎゅっ!と何かが俺のお腹に絡みついた。顔だけ後ろの方に向けると、一宮が必死な顔で俺を見ていた。


「……びった〜。なに?一宮」

「今日!遊ぶ約束だったぞ。さっさと帰ろうとするな」

「え?そんな約束した?」

「した!前の時、先輩と遊ぶからって言って断っただろ。だから次は絶対って」

「あーーー……?」


 確かに言ったような言わなかったような。その場しのぎの発言だったので自分でもよく覚えていなかった。


「ごめんごめん」

「ん、じゃあ一緒に帰るぞ」

「じゃなくて、俺今日もパスで」

「はぁ!?」


 一宮は口を大きく開けて眉毛をきゅっと吊り上げた。怒っている。全然怖くない。


「なんで?」

「先輩のとこ行かないといけないもん」

「俺のが先約」

「目上の誘いは断りたくないでしょ」

「ぐぬ……」


 1年の時俺と同じクラスだった五藤は部活に行くのに急いでいたらしく、俺達の顔をチラッと見ただけで何も言わずに教室を出て行った。俺も出ようかなと鞄を肩にかけると、一宮が諦めたように呟いた。


「もー。次は絶対」

「はーい」

「……また俺の約束破ったらその髪型やめて。可愛い時のに戻って」

「えー、死ぬほど嫌」

「なんで、可愛いのに」

「可愛いから嫌なんだよ」

「そんなに嫌なら約束絶対な」

「分かった分かった。次は絶対、ね」


 俺の目の前に小指が差し出される。ああはい、と俺も緩く小指を出して目の前の指に引っ掛け、お互い適当にぶんぶんと上下に振った。一宮の小指ちっせー。もぎとれそう。


「んじゃ俺先行くから」

「おー。ばいばい。あ、危ない事すんなよ!」

「しないよ」


 多分。

 心の中で呟いて、俺は教室を出た。




 中2になった。

 その時点で大きい変化は特になかった。俺だけみんなとクラスが離れたという事以外は。

 始業式の時貼り出されていたクラス分けの表を見て、「あー、こんなもんか」と冷静に思い、自分でもこんなに何も思えないんだ、と心の中で嘲笑したのを覚えている。


 六さん達は卒業したけれど、当時の俺はまだ関係が続いていた。同学年に仲の良い人なんていなかった。


「三好、あの、クラス別になっても昼休みとか遊びに行くし」

「んー、はーい」

「……今日五藤と格ゲー大会するぞ。三好もやろうよ」

「んー、俺パスで」

「またあの先輩のとこ行くの?」

「行くけど?」


 クラスが分かれて直後の休み時間、一宮は同じクラスになった五藤を引き連れて真っ先に俺のクラスにやってきた。気を遣っているんだろうけど、その時の俺には全てが嫌味に聞こえた。自分から孤立しようとした上に物理的にもみんなと離れてしまった。そのせいもあって、一宮が遠くの存在に思えてしまった。


「……や、やめとけよ。あんまり……」

「……は?」

「あの人いい噂聞かないし。三好が危ない事になってからじゃ遅いから」

「……一宮に何がわかんの?」

「わっ、分かんないけど、よくない人ってのは分かるもん」

「はぁー……。俺が優しい男でよかったね、一宮。慕ってる先輩の事悪く言われて、俺今気分最悪かも」

「……ごめん。でも、」

「あーもう、はいはい。その先は俺が危ない事になったら聞くから。ほっといてくださーい」


 授業は何も始まっていないけど、とても学校にいる気分にはなれず俺は授業をサボって学校を抜け出した。



「……五藤、黙ってないで三好なんとかしろよ」

「え、俺?」

「そうだよ。不良の先輩ボコりに行って」

「いや無理だって。そんな事したら俺部活謹慎くらうだろ」

「でも、そうでもしないと三好帰ってこないもん」

「……ほっとけ、どうせ三好は不良になりきれねぇよ」




 俺達が去年から溜まり場にしている廃ビルに入ったら、中がやけに賑やかだった。


「お疲れ様でーす」

「おーす」


 各々が勝手に持ち込んだソファー、テーブル、棚なんかが置かれていて、既にちゃんとした部屋と化している。この廃ビルの管理者は既に亡くなっていて、貰い手が全く現れず数年間放置されている。実際、驚くほど俺達以外誰も立ち入らない。


 賑やかだった理由は先に集まっていた先輩達がDVDプレイヤーで映像を見ていたからだった。


「何見てんすか?」

「AV。三好も見る?」


 どこで入手したんですかとか、何やってんですかとか、そんなあっさりした顔で見るもんじゃないでしょとか、いろいろひっくるめて苦笑いを浮かべた。


「やー、見ないっすけど……そんな事言っても無理矢理見させるでしょ」

「ハハハ!俺、お前の嫌がる顔だーい好き」


 六さんにぐいっと肩を組まれてそのままソファーに座らせられる。この映像を見ている先輩達の反応はいろいろだったけど、六さんはまるでつまらない映画でも見るような顔をして、俺はその横でぼーっと眺めていた。

 俺にとっての女の人って三好家の怖いやつらか、俺の事振った人のイメージしかない。だからこういうのを見てもそれのイメージが上回ってなんだか気持ち悪くなってくる。


「すっげー……名演……」

「もっといい感想あるだろ」

「六さんこそもっといい顔して見てくださいよ」

「これ、ハズレだったな」


 そう言って六さんは手元にあったタバコに手を付けて、煙をふかした。未成年喫煙。普通にアウトだ。でもめちゃくちゃかっこいい。無造作に伸ばされているのに全くダサくない髪、切れ長の目、高1と思えないタッパ。六さんの横顔をちらっと見て、改めてかっこいいと思った。俺みたいに作ったものじゃなくて、ナチュラルボーンでこんな雰囲気を出せるのだろう。俺の視線に気付いたのか、六さんがふとこちらを見る。


「……何、お前も吸う?」

「吸いませんよ」

「依存先があんのはいいぞ」


 ほれ、と六さんから新品のタバコとライターを渡される。一瞬考えたが、俺は首を横に振った。


「ははっ、カワイイなぁ」


 六さんは俺がそれを言われるのが一番嫌だと分かっていながら愉快そうに笑った。


「このビル半年後に壊されるらしいぞ」

「え……」

「次どすっかなあ。国道んとこの元釣具屋行くか」

「……いや、あそこ他のチームいるじゃないですか」

「潰すか従わせる。俺の後輩が使ってんだよあそこ」

「潰す……喧嘩ってことですか」

「それ以外にある?」


 ふ、と鼻で笑った。タバコの煙が視界を覆う。


「来るか?」


 俺は、六さんに着いていきながら喧嘩なんて一度もした事なかった。毎回同じように来るか、と誘われながらやんわりと断っていた。六さんはそんな俺に執着はないようで、特に何も言ってこなかった。意気地なしとか不良やめろとか、そういう事を言われなかった事が嬉しかった。


 これは六さんの最後の誘いだろう。ただいつもと違うのは、これを断ったら多分もうこのチームにはいられないという事だろう。きっと新しい拠点の敷居をまたぐ資格なんてもらえない。


「……ちょっと、考えます」


 俺はどうするべきか。結局その日はちゃんとした答えが出なかった。




 昼休み、屋上でぼーっとしていた。扉には立入禁止と書いてあったが、こっそり持ち出した鍵で扉を開けた。今後どうしようか考えようとしたのだ。

 本当はサボってそのまま家に帰ろうとしたが、玄関を出る直前で何故か心が屋上に向いてしまい、そのまま向きを変えて階段を登って行った。


 転落防止のため十分に高さのあるフェンスにもたれかかり、向かい側の空を見上げていた。


 自分なりのかっこいいを求めてこんな事になったが、俺は喧嘩がしたくて不良になった訳ではなかった。痛いの嫌いだし、血を見るのも怖いし、誰かに暴力振るなんてやりたくない。殴られた時の痛さはねーちゃんの拳だけで十分だった。

 でもあれを断ったらもう六さんに着いていけなくなるのだろう。あの時俺に問いかけていた顔は、まるでガキはガキのまますっこんでろ、と暗示しているようだった。


 普段使わない頭を使ってなんだか疲れてしまった。甘い物でも食べようと鞄を手に取って中を確認すると、新品のタバコとライターが入っていた。いつの間にか六さんが入れたのだろう。

 英語で書かれた銘柄を眺める。これを吸えば俺はまだ六さんと一緒にいられる。なんだかそんな気がして、無意識の内にそれを手に取った。

 その瞬間、屋上の扉がキィ、と微かに音を立てた。視線だけをそちらにやり、先の人物をじとっと見る。


「……なーんで来たの」

「こっちのセリフなんだけど。立入禁止って書いてある」

「一宮も立ち入ってんじゃん。先生に言っちゃお〜」

「一緒に怒られるんなら別にいいよ」


 つまんねえ返し。一宮はこっちは必死に探したんだぞ、とぶつぶつ文句を言いながら俺の目の前に膝をついた。


「何、なんか用」

「トーク見てないだろ?今日は俺んち集合って」

「俺パスで」

「それ、何回目か分かる?」

「何回目だろー。ごめんね」

「15回目。15回も約束破った」

「数えてんの?怖っ」

「俺、約束破ったら可愛い時のに戻ってって言った。ちゃんと約束した、指切りもした」

「戻れって?」

「うん。15回分可愛くなって」

「……ははは、無理だよぉ」


 無理だって、今更。なんで分かんないかな、こいつは。可愛いのが嫌だからこうなったんじゃん。


 俺は鞄を手にして立ち上がった。もう一宮とは喋りたくなかった。すると一宮は俺の右手首をぐっと掴んだ。手にしていた箱のフィルムが薄っぺらい音を鳴らす。


「駄目だぞ、それは」


 結局開ける前に一宮に妨害されたそれは、所在なさげに俺の手元から離れて地面に落ちた。一宮を見る。曇りがなさすぎて、本当嫌になる。


「……うるさいなぁ、関係ないでしょ」


 本心だった。もう昔みたいに俺らは全員で1つじゃない。好きな事も生活も人間関係もクラスも、全部バラバラになってしまった。いいよな一宮は、お前らは。俺は誰ともクラス一緒じゃないし。教室にいてもなんにも楽しくないし。俺がどこで何をしたって関係がない。


「……関係あるもん」


 もう一度手に力を込めて、俺の手首を握った。眉が下がり、悲しそうな顔をする一宮。

 居たたまれず、返す言葉も見つからず、俺は床に落ちたタバコをもう一度拾い直し、屋上を後にした。




 学校を後にした俺はそのまま廃ビルへと向かっていた。俺の中でもう答えは決めていた。


 ビルの中に入ると他の人はいないようで、ただ唯一六さんだけがソファーに座っていた。足音に気付いたのか、首だけをこちらに向けてあくびを噛み殺しながら口を開いた。


「よぉ。早ぇな」

「お疲れ様です。寝てました?」

「んー。やる事なさすぎて暇で」


 六さんは軽く頭を掻いた。この人が暇じゃなくなる時なんてなかなかない。多分、次の大きな喧嘩くらい。それ以外に心を満たせるものがないこの人をなんとなく可哀想に思うけど、今の俺も同じようなものだろう。


「俺も参戦します」


 何が、とは言わなかった。六さんはそれだけで理解したようで、広角を上げた。


「へぇ。やれんの」

「さあ〜……?でも運動は得意なんで」

「ま、運動音痴よりマシか」


 六さんはソファーから立ち上がり、俺の目の前に歩み寄った。高い視点から俺を見下ろす。


「タバコ。見つけた?」

「チョコ探してたら見つけました。無言で入れんのやめてください」

「教師に見つかって面白い事になればいいなって思ったんだよ」

「ほんと性悪」

「吸った?」


 俺は鞄からそのタバコを取り出した。シワが寄っただけで、結局未開封のままだった。

 六さんはそれを掴み、フィルムを外して中からタバコを1本取り出した。そしてそれを俺に差し出す。


「依存先があんのはいい、特に人じゃない方が。お前みたいに不安定なヤツはいっそう、な」


 黒くて何を考えているかよく分からない瞳が俺を覗く。俺はゆっくりと右手を持ち上げ、そのタバコを指の間に挟んだ。恐る恐る口にくわえると、六さんはライターを手にしてカチッと点火した。


 あ、俺、このままじっとしてれば喫煙しちゃうんだ。タバコって苦いんだよな、俺苦いの嫌いなんだよな、あと匂いも嫌い。あー俺、もしかしたらこんな嫌悪してるものに依存しなきゃ生きていけなくなんのかな。

 と、頭で考えながら動けずにじっとしていると、背後からパリ、と欠けたガラスを踏む足音が聞こえた。それは段々速度を速めていき、そして物凄い勢いで俺の手元からタバコを奪った。


「本物だよな!?駄目っ!ココアシガレットじゃないなら駄目!!」


 何故かこの場にいきなり現れた人物__一宮は奪ったタバコを床に叩きつけ、ぐりっと足で踏んだ。そして、自分で踏んづけときながら「あっ!環境破壊も駄目!」とそれを拾いだした。


 勿論六さんはそいつを唖然と見つめている。そして俺も。


「………………あのさぁ」

「ダメダメ、タバコなんて百害あって一利なしだ。あと不法侵入!」

「……一宮もだから。いや、じゃなくて……は?なんでいんの」


 一宮はハッとして、改めて姿勢を正して六さんを見上げた。六さんは査定するかのように一宮を眺める。


「誰?迷子?」

「迷子じゃないです。三好の友達です、幼馴染です」

「へえ」


 六さんは視線を俺にずらしてニヤニヤと笑った。俺は頭を抱える。


「ここ、君みたいなちびっこが入って遊ぶようなとこじゃないけど。三好、保護者なら連れてって」

「ちびっ……俺も三好と同い年ですが!?」

「うっそ、小学生じゃないの」


 目を見開きもう一度一宮を眺め、そしてケラケラと笑った。


「なに?今メンバー募集してないんだけど」

「違います!三好にこういう事すんのやめてください!三好はタバコも喧嘩もしない。少なくとも今はしない、絶対しない!」

「ええ」


 君が決めつけるんだ、と六さんはまたおかしそうに笑った。もう辞めてくれ、と俺は一宮の口を塞ごうとするが、どこから出てくるのか謎のパワーで暴れ、俺の拘束を解く。


「困るなー。俺、三好お気に入りなんだよね。可愛いし、程よく遊び相手になってくれるし」

「三好が可愛いのは分かりますけど」

「一宮……頼むから黙って……」

「でしょ?三好がいなくなったら俺悲しいな。それとも何、君が一緒に遊んでくれる?」

「え?」


 俺と一宮は同時に呟いた。六さんを見る。飄々としているけど、嘘ではなさそう。え、ちょっと待って。六さんが、こいつと?遊ぶって、なに?


 一宮は数秒間きょとんとしながら考え、そしてにかっと笑った。


「え?え!う、うん!そんなんでいいの?なにして遊ぶ?俺、ここじゃ嫌だよ。不法侵入になるし、川とか公園とかのがいい」


 一宮ーーーーー!!!!!


 なんで、こいつ、ほんと、なんにも分かってねぇ!!マジで遊ぼうとしてる!!


 俺はもう口を開けて絶句するしかなかった。

 六さんも一瞬ぽかんとし、そして俺が見た事ないくらい腹を抱えて爆笑した。


「アハハハハハッ!ヒィー……。あー、カワイイなぁ。じゃ、いいよ。三好と君……一宮くん?交換ね。どこ行こっか」

「俺んちは駄目だよ。狭いし、片付けてないし」

「一宮くんの部屋散らかってそう」

「なんで初対面でそんな事分かんの!?」


 一宮が六さんに引っ張られてこの廃ビルを出て行こうとした。一宮も特に文句も無しに着いて行っている。

 いや待って、俺はどうなるの。勝手に進めんなよ、てか一宮はどうのなんの、一宮は、おい、遊ぶって、なにすんだよ。なあ、


「待ってよ!!!!!」


「ッそぉい!!!おらっ!!!」


 俺でも、一宮でも、六さんでもない謎の声が響く。

 一瞬すぎて、すぐには何が起きたか分からなかった。


 俺が見たのは何故か吹っ飛ばされそのまま倒れ込む六さんと、慌てる一宮と、あとやっちゃったー、たいな顔をしてそこに佇む五藤。五藤??


「は……………………?」

「あー!!あーーー!!マジでごめんなさい!本当にごめんなさい!!でも学校には言わないで!!謹慎だけは!!!」

「五藤!やりすぎだ!飛び蹴りしろとまでは言ってない!」

「危なくなったら殴り込めって言ったの一宮だろ!」

「まさか本当にするとは思わないじゃん!」

「__いや、なに……?俺なんで蹴られたん……?」


 六さんは殴り返しもせず、その場で蹲りながら五藤を見た。怒りというより混乱の方が大きいのだろう。それに六さんは一般人には手を出さない。……これを一般人と言っていいのかは分からないけど。


 五藤はもう一度平謝りして、俺と一宮の手を掴んで走り出した。何故か俺は振りほどきもせずそれに着いて行く。後ろを振り返っても、六さんは別に追ってきていなかった。それがなんだか少しだけ悲しかった。

 あの廃ビルから大分離れた所まで行き、俺達はぜぇぜぇと息を整えていた。五藤の足が速すぎて、普通に疲れてしまった。


「はぁ……、なに、なにしてんの……マジでさぁ」

「特大ブーメランどうも」

「……」


 五藤は俺をじっと見つめている。なんだよ、今更。

 俺達が睨み合っていると、一宮が間に割って入った。


「なんでケンカすんの!なしなし、ケンカなし」


 そう言って慌てる一宮は、さっきの六さんと話している堂々とした態度とは別人みたいだった。どれだけの人か分かっていないのだろうか。

 はぁ、と俺が深くため息を溢すと、一宮は申し訳なさそうに口を開いた。


「勝手にやったのはごめん、だけど。危ない事なってからじゃ遅いから」

「危ない事って……正に一宮がそうなろうとしてたんだけど」

「ほ?」


 なにが、と顔を顰めた。本当に一宮分かってない。コイツになにも起きなくて良かった、と頭をガシガシと掻いてもう一度ため息を吐いた。


「三好がまだあの先輩とつるむんなら俺が変わりに遊ぶから」

「あーもう、分かったから……。それだけはやめて」

「ほんとか?ほんとにやめる?あの先輩とつるむのやめる?不良やめる?」

「不良やめる……まあ、はい」

「じゃあその格好もやめる?」


 一宮はぴ、と俺を指差した。俺はとてつもなく苦い顔をする。


「あーーーーー……」

「約束!言っただろ、戻すって」

「なんでぇ。別に誰に迷惑かけてるわけでもないじゃん」

「逆になんでそんな嫌なの?」

「俺がカワイ〜くなっちゃうから」

「……今でもそこそこ可愛いけど」

「あ?」

「いや。可愛いの嫌なのか?」

「……ウン」


 一宮はふむ、と考えた。そして素朴な疑問をぶつけるように純粋な瞳で俺を見る。


「なんで?可愛いのって1番かっこいいだろ」


 え。


「逆に逆になんで?」

「可愛いと、かっこいい時に普通の人のかっこいいよりスーパーかっこよくなるだろ。可愛いとかっこいいはアレだ。りょ、リョーリ、リョーリ?イッタイ」

「表裏一体ね」

「そう、それだ」


 五藤がすかさずフォローを入れる。俺も分からなかった。


「……なるほど」

「な?だから可愛い人は可愛いまま、こし……こっ……タプタプみたいなやつ」

「虎視眈々ね」

「そう、それだ。コシタンタンとかっこいいタイミングを待てばいい」

「俺コシタンタンの意味知らない」

「そうだった!三好、俺よりバカだった!」

「ハァ〜〜〜?どっこいどっこいだと思いますが〜〜〜?」


 腕を組んで、得意そうに自信満々にしている。四字熟語なんも合ってなかったけど。


 でも、いろいろ不安定だった俺にはそれだけで、その言葉だけで十分だったらしい。


「あーもう……。はは、なんかもうどーでもよくなってきた。俺帰るわ」

「華金だぞ、華金。二井んち行ってお泊り会しようぜ」

「んー、俺パス」

「はい断った!16回目!」

「勘弁してよ、今からちゃんと髪の毛戻して来るから」

「……!」


 一宮はキラッと顔を輝かせた。俺はなんだか気恥ずかしくなって、すぐに歩き出した。姿が見えなくなるまで一宮はぶんぶんと大きく手を振っていた。


 依存先があんのはいい、特に人じゃない方が。


 そう言った六さんの言葉がふと頭に浮かんだ。








5.一宮とみんな


「いやー、みんな丸くなったよな」


 ペラっと分厚いページをめくると、修学旅行の写真のページだった。どこを見ても俺という存在がない。顔立ちのハッキリしている4人はいくつか写っている。

 視線を感じで手を止めると、みんなが俺を見ていた。


「中学の卒アル見てんの?趣味悪……」

「あのアレな、四ツ谷が人殺したみたいな顔してるやつ」

「……撮影のおっさんウザかったんだよ。笑顔を強要してきて地獄だった」

「なに、懐古厨?」

「丸くなるって、俺尖ってた頃ないですけど〜」

「どの口が……」


 現在、二井の部屋で俺達はテスト勉強……だったはずの時間を過ごしている。


「今更どうしたの」

「俺が呼べばみんなちゃんと来てくれるだろ。一時期もうゴコイチ解散しようか迷った時もあったけど……元サヤだ元サヤ。結果オーライ」


 みんなの肩がぴくっと揺れた。今まで無言で勉強していた二井が口を開く。


「……いつ」

「中学ん時と、お前らがモテだした時と、彼女つくりだした時」

「オリンピックより頻度高いじゃん」

「三好と四ツ谷がグレたからなぁ」

「俺グレてないし」

「俺も一瞬ちょっとだけヤンチャしてただけですけどぉ〜?五藤だって秒で彼女と別れてたじゃん」

「もうその話はいいって」

「俺は関係ない」

「そうだぞお前ら、二井の揺るがなさを見習え。これが日本男児だ」


 俺が二井の横に移動して腕を肩に回すと、その対面にいた他の3人が二井に視線を向けて顔を歪めた。多分、二井が凄い顔をしたんだと思う。ちょっと俺も見たかったぞ。


「三好更生企画、本当に大変だったんだからな。俺がどんだけ足繁く三好のクラスに通ったか」

「も〜!その時の話やめよやめよ!俺もイタかったって分かってるから!」

「俺は嬉しいんだよ、かわゆい三好に戻ったから」 


 次は三好の隣に移動し、色素の薄いふわふわの軽くウェーブがかかっている髪の毛をおもむろに撫でた。三好はそれが恥ずかしいようで、はにかみながら「ア゜、へぇ!?」と甲高い声を発した。俺の事はわしゃわしゃと犬のように触る癖に、俺が突然やり返すとこうなる。最近知った。


「なんだかんだ俺達は5人で1つなわけだ。多分なにか特別なことでもない限り永久不滅だ。……また一斉に彼女つくるとかがあったらちょっと暴れるかもしれないけど」

「彼女つくるのは一宮も許可したじゃん」

「そうだけど、彼女ばっか構って俺の扱いをおざなりにするんだったらマジで許さないし永久追放する」

「重」

「まあでも、女の影ないし。俺が許可した途端みんな彼女つくらなくなったし、やっと俺らと一緒にいる楽さに気付いてくれたんだなって、俺も精力的に活動してよかった!ンハハ」

「はいはい……」


 二井以外の3人の肩をバシバシと叩くと、口々に苦笑いが溢れた。

 そしてふと、とある事が頭をよぎった。


「……もし次解散の危機があるとしたら、なんだと思う?今のうちに芽を摘まないと」

「ケンカ?」

「もうさんざんしたし、今更だろ」

「物理的に距離が離れる、とか」

「今はないなー。高校卒業後は分からんけど」

「一宮に彼女が出来る、とか」


 シーン、と静まりかえった。発言者の三好はスマホを触りながら鼻で笑っている。


「いやいや、ないな。自分で言ったけどないわ」

「絶対ない」

「できるわけないだろ」

「ゼロに近い」

「失礼にも程があるだろ!!出るとこ出るぞ!!」


 冗談でも腹立つ。たしかに、たしかにさあ!今まで非モテ道を歩んできたけども、寄ってたかってこんなのあんまりだろ。


「分かんねーだろ!言ってる間にもうすぐできるかもしんねえだろ!」

「そもそも好きなやついんの?」


 ぎゅん、と全員の顔がこちらを向く。なんでそんな、ミリも笑ってない顔。突然の恋話に恥ずかしくなり、俺は必死に手を振った。


「いないけど!でも、そんなの分かんないじゃん、モテ期がきて告白されるかもしんないし、告白されたら付き合うかもしんないし」

「は?告白されたら誰でもいいの?」

「俺の事言えねえな」

「別にそんな事言ってないだろ!」

「俺には相手に失礼だとかなんとか言ってたけど」

「だから誰でも付き合うとかそんな人聞き悪いように解釈しないでくれます!?」

「どうだか、一宮チョロいしなー……」


 クソ、五藤。マジでネチネチと。本当にこいつは根に持つタイプだな。全然爽やかじゃないという事を全校の女子に教えたい。


「チョロくないです〜ちゃんと俺に相応しい子見定めますが〜?」

「どの立場?」

「人選んでる余裕あんの?」

「どっちだよ!手のひら返しやがって!」

「いや、さっきから告白される前提だけど絶対ないからね」

「なんでそう言い切れんだよ!」


 案外真面目にテスト勉強をしていた四ツ谷がこちらをチラとも見ず、問題集を解きながらぼそっと呟いた。


「ガキだし」

「全国の低身長に謝れ、あとそれはモテない理由にはならない」

「俺別に身長の事言ってないけど」

「なんで俺墓穴掘ったん??は??」


 四ツ谷は俺の頭からつま先までをじっと見つめ、画家がサイズ感をはかるときみたいにシャーペンを俺にかざし、「145」と言って笑った。この野郎、163だボケ。 


「まあ一宮が女子から告白される事はないな」

「ないない」

「絶対ない」

「ゼロ」

「ゼロに近いからゼロに落とすなよ!!」

「一宮、テスト勉強しないとヤバイんじゃない?そんなんで頭も悪かったらマジでモテないよ」

「なんでそれ三好に言われないといけないの?」

「俺は勉強できなくてもモテちゃうから」

「殴りて〜〜〜」

「おい、三好もちゃんとやれ。起きろ、ここはお前が寝る部屋じゃない」

「二井めっちゃ厳しいじゃんウケる」

「二井ママ、五藤くんが勉強に飽きてスマホ触ってます」

「ちょ、もー。ログボだけくれよ」

「ねぇちょっとうるさいんだけど、帰っていい?」

「帰ったら駄目!俺か三好の勉強見てくんないと」

「めんどくさ……」

「とか言ってぇ、どうせ教えてくれるんでしょ」


 そうこうしているうちに俺の彼女できるできない問題は流れていった。その日の夜布団に入って一連の流れを思い出してまたムカつき、絶対自分磨きをしてやろうと思った。

 翌朝、まずは身長をと思って冷蔵庫を開けたけど牛乳がなかった。そういえば俺の家の冷蔵庫に牛乳が置いてあった事がほとんどない。お母さんに聞いたら「私、牛乳嫌い」と俺の意見には全く耳を傾けてくれなかった。幸先が悪い。幸先が悪いしそもそも自分磨きってなんだ、なにをすればいいんだ、俺みたいに懐が広くて魅力的な人間が身長以外で伸ばせるところなんてもうないんじゃないか、と考えると宇宙の真理にたどり着きそうだったので思考をやめた。結局俺にはあの4人で十分だった。








①一宮 守

昔からずっとみんなのことがだ〜〜〜いすき!一生一緒にいてくれや、と思っている。


②二井 虎太郎

一途すぎて凄い。割と利己的。委員長経験は全く無い。AVに特に興奮しない不健全な男。常に一宮エピソードマウントを取る準備をしている。


③三好 叶斗

イキってても可愛かったらしい。ねーちゃんが3人いる。1番上は美容師。六さんに一宮が連れてかれそうになった事件から、マジでコイツ危機管理能力クソだと思って過保護になったし、過保護の輪が広がった。


④四ツ谷 天音

ちゃんと反抗期があったし世の中のほとんどの事が嫌いだった。モテたけど友達はいなかった。一宮の事を下の名前で呼ぶ時は甘えてるぞ!


⑤五藤 空良

反抗期がないのを引き換えに腹黒くなった。でも妹には奴隷にされてる。練習なしで飛び蹴りできるポテンシャルはある。一宮の事は根に持つ。



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