タイムフライズ,クリスマス!

1.1 week ago


 ポストを開けると、その中には可愛らしいポストカードが1枚入っていた。


『24日、二井の家でクリスマスパーティーをしますので絶対に予定を空けるように。クリスマスプレゼントは3000円くらいの!』


「相談なしに決定事項かよ……しかも俺の家」


 このバランスの悪い字。差出人の名前は書いてないけれど、誰のものかすぐ分かった。今日はクリスマスイブまであと1週間という日だった。

 ポストカードを眺めていると、ブブッとスマホが振動した。


『三好:急なんだけど〜』


 メッセージの後に、同じポストカードの写真が送られてきた。


『俺に言われても』

『多分みんなも招集されてんだよね、これ』

『多分』

『二井の家なの?』

『そうらしい』

『勝手に決められたんだ』


 やれやれ、というスタンプ。一宮はいつだって急だ。


『予定入ってたらどうするんだよね、ホント』

『予定入ってるんなら断った方がいいぞ』

『そうとは言ってないじゃん』


 まあ、知っていたけど。

 別にあらかじめ言われているわけではないけど、毎年この日はなんとなく予定を空けている。多分、俺達全員。








2. 10:00〜12:00


「おじゃましまぁす!」

「あー、二井んちあったけぇ……」

「外雪降ってきたよ」

「明日積もるかな」

「いいじゃん!かまくら作ろ!」


 俺の家にわらわらと男達が入ってきた。みんなの頭にほんのりと雪がかかっている。ホワイトクリスマスのようだ。

 みんなの声を聞いて、俺の母親が玄関にやってきた。


「いらっしゃい!寒かったでしょう」

「ううん、大丈夫!」

「一宮だけでしょ、子ども体温なんだから」


 元気はつらつな一宮の横で震えている四ツ谷が、横目でじとっと一宮を見た。そういえば一宮は小学生の時ずっと短パンで過ごすようなやつだった。


「こたママ、コート着てる。出かけるの?」

「うん、パパと一緒にプチ旅行に行ってくるの。家は好きに使っていいからね」

「えっ!いいの?」

「危ない事はしないでね」


 あざーす!とみんなが口々に言う。そんな事を言ったら本当に好きに使われるから軽率に言わないでほしいのに。俺の親はあいかわらずコイツらに甘い。


「俺、こたママとこたパパにクリスマスプレゼント持ってきたよ。はい!」

「あら、ありがとう。……なあに、これ?」

「この前海で見つけた綺麗な石」


 母親、爆笑。律儀に父親の分まである。男子高校生の渡すプレゼントとは思えない。一宮のプレゼントセンスは昔からこうだ。


「ありがとう!お土産買ってくるね」

「いいの?やった!」


 母親がデレデレと目尻を下げている。一宮に殊更甘い。二井家に許されすぎている存在だ。母は父を呼んで守くんからプレゼント貰ったよ、とその石を手渡した。寡黙な父はそれを見てニヤッと笑って、一宮にペコリと頭を下げた。一宮も一礼返す。これだけ長い付き合いがあっても、一宮は俺の父に対しては未だに緊張すると言っていた。


「じゃ、戸締まりしっかりね。火使うときは気をつけて。みんな、素敵なクリスマスを!」

「メリクリ〜」


 両親は俺達に手を振り、出かけていった。


「こたママとパパ、あいかわらず顔つえーな」

「……強い?」

「ねー、ホント。あんな綺麗な両親なかなかいないよ」

「二井、あの父と母の時点でもう遺伝子が強い」

「そうそう……、いや、みんなもだろ。昔から授業参観の時お前らのいるクラスだけオーラ違ったもん」


 喋りながらリビングへ進む。俺より先に扉を開けた一宮がわっ!と声を上げた。


「なにこれ、なにこれ!?ホンモノ!?」

「あ、ああ。本物らしい」

「すげー!このために!?」


 みんながその木を囲って子どものようにはしゃいでいる。リビングの中心に飾っているのは、もみの木だった。


「オーナメントいっぱい置いてあるけど、これ俺らが飾り付けしていいの?」

「むしろ親はやってくれって」

「フゥー!!」


 一宮と三好がハイタッチをした。なんだかんだ四ツ谷と五藤も嬉しそうではある。どうなんだろう、普通の男子高校生はこういうので喜ぶのだろうか。俺はこいつらしかほぼ関わらないから分からないけど、意欲が湧くものが小学生の時と何ひとつ変わらない。

 床に置いてあるオーナメントを早速手に取り、みんなが吊るし始めた。俺の横にいた五藤がすげえな、と呟く。


「これ、どうやって手に入れたの?」

「よく分からないけど、クリスマスパーティーやるらしいって親に言ったら、昨日届いてた」

「マジで絵に描いたような金持ちだな」


 飾り付けをしていると、パシャパシャと音が聞こえる。三好がスマホで写真を撮っていた。


「アップしていい?インスト」

「いいよ」


 俺はSNSの類をほとんどしていないのでよく分からないけど、三好のインストはそこそこフォロワーが多いらしい。この前投稿を見せてもらったけど、ほとんど俺らの写真だった。

 一宮がそういうのを始めたら俺も始めようかなとは思うけど、一宮も開設する気は今のところないらしい。


「一宮〜、こっち向いて」

「んん?」

「ははっ!ブサカワ」


 パシャリ、と三好が1枚。三好が飼っているペットによく言うやつ。むぎゃー!と一宮が怒っている。……可愛い。あとで画像貰おう。


 どうせぐちゃぐちゃになるだろうと思っていたツリーだけど、意外と絶妙なバランスで飾り付けられた。飾りが最後の1つ残っている。五藤がそれを手にした。


「俺星付けたい!五藤ちょうだい」

「ああ、はは、はい」


 五藤は苦笑いをしながら、ツリーの1番上につける星を一宮に手渡した。一宮はそれを受け取り、精一杯右腕を伸ばした。伸ばした、けど。


「……オイ……おかしいだろ……US規格かよォ……」

「……」


 背伸びしても届かない。絶妙に届かない。少しその……無様な感じが面白かった。一宮以外の全員がぷるぷると震えている。この前の身体計測で身長伸びたって言ってたのにな。

 一宮は顔を赤くしながら俺らを睨みつけた。


「伸ばせ、俺の身長」

「は?」

「四ツ谷、伸ばせ」

「は?」


 一宮が顎で指す。四ツ谷は面倒くさそうに近よると、一宮からその飾りを剥奪した。そして真顔でツリーのてっぺんに手を伸ばす。


「違う違う違う!俺が付けるって言った!」

「もう、なんだよ」

「察しろよ!」


 と憤慨し、一宮は四ツ谷に向けて両手を広げた。四ツ谷は重たい前髪から目を覗かせ、ぴしっと固まる。俺はそんな2人を見て考えるよりまず先に体が動き、四ツ谷と一宮の間に割り込んだ。


「い、一宮、俺が伸ばす、ぞ」

「なんで?」

「……非力だし、四ツ谷」

「はァ?こんなちんちくりん持ち上げるの余裕なんですが?そういうのは俺より身長高くなってから言って」

「んだと……」

「今サラッと悪口を」

「あーあー……」


 口論に発展しそうな俺達を見て三好と五藤が軽く宥めた。四ツ谷はその隙に一宮を持ち上げ、俺を見てべ、と舌を出した。コイツ、本当に馬が合わない。一宮が絡むと尚更。

 一宮はツリーのてっぺんに星を飾り付け、満足そうに手を叩く。


「付けた!四ツ谷ありがと」

「……いいえ」


 四ツ谷は微かに笑って一宮を降ろした。クソ、こうなるとは。台くらい用意しておけばよかった。








3. 12:00〜13:00


「いやクリスマスにラーメンて」

「オツだろ」

「乙か?」

「俺最近気付いたんだ……なんだかんだ冬に食べる袋麺が1番美味い」

「俺醤油が良かったんだけど」

「や、塩でしょ」

「うるさいな!買ってきてやったんだから文句言うなよ」


 大男達(一宮は除く)が一斉にキッチンに並んでいる。昼はどこか食いに行くか、と聞いたら一宮がもう用意してあると言ってスーパーの袋からインスタンスの袋麺を取り出した。俺の家では滅多に出てこない。


「野菜マシマシね」


 温められたフライパンの上にカット済みの大量の野菜が放り込まれる。普段よく料理をすると言っていた三好がフライパンを握っている。いや、こんなの炒めて茹でるだけでしょ、と言っていたけど、多分三好と一宮以外は本当にフライパンすらほぼ握った事ないのだ。


「二井、デカい鍋ある?」

「あるんじゃないか?多分……これとか」

「ワハハ!でけぇ!給食かよ!」


 それは盛りすぎだけど、大きめの寸胴鍋を収納スペースから取り出すと一宮はそれを見て笑った。俺の母親は料理が趣味なので3人家族にしては大きすぎる鍋もある。一宮がその鍋の中に水を入れて火にかけた。


「沸騰するまで時間かかるからさ、その間なんかテーマ決めて話そう」

「テーマ?何を」


 一宮がふふん、と広角を上げる。

 

「暴露話」

「はぁ?嫌なんだけど」

「メリットが全くない」

「なにがメリークリスマスだよ」

「言い出しっぺがどうぞ」

「お前らなんで否定しかできないの」


 でたよ、一宮の突拍子もない発言。大体がいい方向に傾かない。暴露話?……絶対に嫌だ。


「沸騰するまでだから!運良ければ言わなくていいし」

「先に言い損じゃん」

「じゃんけん」

「いや一宮が言い出したんだから一宮がお手本見せろよ」


 4人で一斉に一宮を詰める。一宮はいろいろと反論していたが、観念したのか、あー!と大声を上げた。


「分かったよ!俺からね!じゃあ次言う人も俺と同じレベルの暴露しろよ!」


 一宮は顎に手を当てて何を言おうか考えていた。鍋の中の水はまだ湯気すら上がっていない。


「あ、じゃあアレかな。……いや、パンチ弱いかも」

「いい、いいって、弱くていいからホントに」

「え?いい?言うぞ?」


 まあどうせしょうもない事だろうな、と一宮以外の全員が期待をせずに耳を傾けた。ジュースのお金借りたまま返してないとか、漫画借りパクしてるとか。いやむしろ、そのレベルであってほしかった。

 んだけども。まさか、こんな事言われるとは。



「俺この中の誰かに夢でエロいことされた」


「は?」

「え?」

「へ?」

「ん?」


「ちょっと可哀相だからここでは名前は伏せるけど」


「いや待って」


「起きたら……出てた、下着汚れてた」


「だから待ってって言ってるんですけど!?!?」


 中止、中止だろこんなの!だれかホイッスルを鳴らせ!!退場させろコイツを!!


「ねえちょっとさ!?暴露ってか爆弾発言ですが!?」

「でも悪い事したとか面白い話隠してたとかじゃないからパンチないだろ」

「アリアリですが!?右ストレートだろ!!」

「パンチだけに?」


 三好が頭を抱え、四ツ谷がガチガチに固まり、五藤が小刻みに震えている。俺はもう何も言えなかった。


「ごめん、ご飯前にする話じゃなかったかも」

「うん……そういう倫理観はあるんだね……」


 一宮はリンリってなんだ?と首を傾げている。本当に阿呆。心臓に悪いからとりあえず今は黙っていてほしい。……相手は誰なんだ。


「はい、じゃあ次俺以外の誰かね。じゃんけんして」

「この後に暴露とか地獄かよォ」


 怖すぎる。俺達は固唾を飲みながら拳を出した。じゃんけんでセンターを決めたらしいアイドルもこれくらい緊張したのだろうか。


「はい、じゃんけん……ぽん!」

「……お」

「ウッシャ……」

「はぁ……」

「……マジかよ……おい、マジで嫌なんだけど」


 1人負けした五藤が本当に本当に嫌そうな顔をした。申し訳ないけど笑えてくる。鍋の中は、底から若干泡が沸いている程度だった。


「このまま黙ってれば沸騰するよな」

「駄目だって、早くしろよ」

「早く早く」

「お前ら……自分の番になったら嫌がるくせに……」


 五藤は軽く舌打ちをして、少し考え込んだ。


「……なあ、本気で言わないといけない……?」

「言わないと全裸に剥いて外に出す」

「怖……」


 五藤はため息を吐き、仕方なさそうに呟いた。


「ちょっと……いや、かなり悪い事したけど」

「お、なになに。そういうのが聞きたい」

「……はぁ。……中学の修学旅行さ、カメラマンが撮った写真が貼りだされて、欲しい写真の番号を選んで買うっていう制度だったじゃん?」

「うん」

「写真、何枚か剥がれて無くなってただろ」

「……うん?そうだったかな」

「そういえばそうだったね」

「よく覚えてるな」


 本当に、よく思い出せたなというくらい小さい記憶だった。一宮に関しては1mmも思い出せていない。


「あれ、俺がやった」

「……へぇ」

「……」

「……」

「……え、それだけ?」

「そうだけど……」

「いやパンチないですが!」


 一宮はがっかりしたように五藤を見た。五藤は笑って浮かない顔をしている。……本当に、単純にそれだけなのだろうか。五藤の事だ。絶対に裏があるに決まっている。確かに貼りだされた写真の中に、3ヶ所ほどぽっかりと空いたスペースがあった気がする。でも、剥がれ落ちたか誰かがいたずらで剥がしたのかと思っていたけれど、まさか五藤だったとは。

 そして一宮がその時の事を思い出して、ふと呟いた。


「ていうかあれさ、俺修学旅行本当に行ったんか?ってくらい俺の姿写ってなかったんだよな、確か」

「__ん?」

「俺、カメラマンに識別されないくらい影薄かったのかな」

「……」

「……」

「……」


 俺達3人は一斉に五藤を見た。五藤は気まずそうに笑いながら俯いていた。なるほど。全部見えた。


「おい、窃盗罪」

「五藤マジで怖いな」

「流石の三好くんでもそれはちょっと」

「いや、撤収された時にちゃんと返したから!ていうかGPS追える三好に言われたくねえよ!」

「は?ほ?」


 何もついていけてない一宮だけ、眉間にシワを寄せて俺達を見渡していた。


「でもよかったんじゃないの、他人にその写真選ばれるかもしれなかったし」


 ……それを言われてしまったら、俺達は何も返せない。五藤は爽やかな顔をして本当に強かで策士だ。


「……えー、はい、じゃあ残り3人でじゃんけんしてくれ……」

「もおおお超嫌なんですけど〜!?」

「五藤のぶっこみが割とガチだった……」

「なんでまだ沸騰しないんだよ……」


 俺、三好、四ツ谷の3人は渋々拳を出した。なんだか、凄く嫌な予感がする。


「じゃんけん……ぽん!」


 三好、パー。四ツ谷、パー。俺、グー。


「ああああ……ああ……ああ……」

「マジ嫌がりじゃん」


 最悪だ。本当に最悪。

 鍋は若干しゅわしゅわと音を立てている。もういいのでは?チラッと目で訴えると、全員首を横に振った。なんでこんなところで団結してるんだよ。


「クソッ……俺はこんな事をするためにお前らを家に上げたんじゃない」

「でもこたママが好きに使えって」

「好きに使うの使い方がおかしいんだよ」


 どうすればいいんだ。2人があんな事を言った後で、何を言えばいいんだ。この空気感だと、しょうもない事を言ってもどうせやり直しさせられるんだろう。正直俺が言える暴露話なんて、1つしかないのに。


「……」

「なんだよ、言えよ二井〜」

「……一宮、に……」

「……えっ、俺!?」

「……」

「え、なになに黙らないで怖い」


 本当に言うべきか?こんなところで。散々躱された俺の、一世一代の告白を。

 目の前の一宮を見下ろす。期待と不安が入り混じったような顔をしている。緊張しているのか、口がほんの少し開いている。ああなんだよ、何してても可愛い。俺が喉元をごくりと鳴らすと、一宮以外の3人が何かを察したのか一気に騒ぎ始めた。


「えっえっ、言うの!?言うのか!?」

「ちょ、俺見てらんない」

「え?え?なに?なんでみんな分かんの?」


 周りはうるさいのに、一宮だけ本当になにも分かっていない。そんなきょとんとした顔をしないでほしい。いや、もういい。何をどう伝えても伝わらなかった男だ。いっそこれを機にストレートに伝えて少し意識くらいさせてやったほうがいいのではないか。どうなってもいい。どうにかならなかったら無理やりどうにかさせる。

 俺は改めて一宮に向き直り、その目を見据えた。


「一宮」

「はいっ」

「俺、出会った時からずっと、一宮の、こと__」


 カンカンカン!!


 と、甲高い音がなった。俺達は音のなる方へ振り返った。そこにはおたまを持った四ツ谷と、ぐつぐつと煮えている鍋が。


「……沸騰しましたけど」

「わっ、いつのまに!麺入れよ!」

「……」


 一宮はIHの方に飛んでいき、袋からインスタント麺を取り出して鍋の中に入れた。四ツ谷は無表情で俺を見ている。ほんと、コイツ。


「四ツ谷、毎回毎回俺の邪魔して……」

「五藤が見てらんないって言ったから遮っただけですが」

「俺のせいにすんなよ……ケンカなら2人でやって」

「やーんもう、俺ドキドキした〜」


 麺を箸で解している一宮は俺達の方を振り返り、ケンカか、ケンカはだめだぞ!と嗜めた。このやり取りも何回すればいいんだ。


「残念だけど、二井の暴露話は来年な」

「……それまでに片付ける」

「だからなにを?」








4. 13:00〜15:00


「お腹いっぱーい」

「味噌にはバターだよなやっぱ」

「四ツ谷なんで野菜食わないのに身長高い?」

「遺伝子」

「ちゃんと食ってる俺に分けろよ、腹立つな」


 昼食を食べ終えた俺達はリビングでくつろいでいた。これじゃあいつもと変わらない。カーペットの上で横たわっている三好が同じく横になっている一宮に近付いた。


「一宮、こっち向いて」

「んん〜」

「はははっ、ブサ……」

「せめてカワまで言えよ!!」


 ケタケタと笑って写真を撮っている。そう言いつつも三好の顔は砂糖を吐きそうなくらい甘い。 


「犬……飼いたいね、一宮」

「俺ぇ?俺んちペット禁止だし」

「違うよ、一宮って名前の犬、飼いたいんだよ」

「イチミヤって名前の犬いるの!?」

「んふふ!馬鹿だよね、一宮!」

「は?三好にだけは言われたくない」


 三好はよく分からない。俺は一宮が好きだし、四ツ谷も多分そうだし、五藤はいろんな感情を通り越して過保護だとは思う。でも、三好は一宮の事をどう思っているのかがいまいち分からない。まあ明瞭にならなくてもいいのだけれど。


「次何する?」

「ゲーム!」

「最近のゲーム機なんてうちにないぞ」

「昔のやつでいいじゃん、アレやろうよ、格ゲー。まだある?」

「とってあるぞ」


 俺は自分の部屋から、かなり昔の世代の据え置き型のゲーム機とソフトを持ち出した。みんなが口々に懐かしい、と呟く。


「線の繋ぎ方とか覚えてるもんだな」

「ね。ちゃんと動くといいけど」


 セットし終え電源ボタンを入れると、ちゃんと画面が起動した。懐かしい映像が流れる。


「あー……こんなんだったな!うわ、ちょっとテンション上がる」

「1対1の総当りね。五藤、やろ」

「俺?」

「五藤が1番強かったし」


 一宮と五藤がコントローラーを握った。確かに五藤はゲーム全般強かった記憶がある。今も家でゲームはよくやると言っていた。

 お互いキャラクターを選択し、バトルが始まった。なんともノスタルジーな光景に、外野もかなり盛り上がった。結果、五藤が圧倒的に強かった。


「なんでそんなコマンド覚えてんの?」

「さあ?多分刷り込まれてんだと思う」

「顔出しゲーム実況とかしたら多分すぐ儲けられるよ。やったら?」

「しないよそんなの」


 俺と三好も何度かやり、五藤以外は大体同レベルの実力だった。一人を除くが。


「……」

「あー……えっと、惜しかったな!うん、惜しかった……」

「……もっかい」


 身長180越えの男がふてくされている。四ツ谷は意外に昔からゲームが不得手だった。でも負けず嫌いではあるらしい。


「も、もっかいね。次誰やる?三好やる?」

「よ、よし。じゃあ俺やっちゃおうかな」


 四ツ谷以外の人がお互いを見渡してアイコンタクトを交した。ほどよく手加減しろよ、と。

 でも四ツ谷はそれ以上に弱かった。四ツ谷の方の画面にLOSEと文字が映し出される。みんながコソコソと三好に向けておい!とジェスチャーを送る。三好も慌てたように四ツ谷に話しかけた。


「……あ、あ〜。最後にやったのだいぶ昔だもんね!慣れないよね!もっかいやる?」

「……もういい。つまんねえ、ゲームやめる」


 本格的に拗ねて床に倒れてしまった。何歳だよこいつは。時々四ツ谷はこうなる。でも一宮はそんな四ツ谷を見て目を輝かせた。


「ンッ……かゎぃぃ……」

「はあ?」

「よしよぉし!可哀想にな、みんなにボコボコにされて……」

「一宮だってボコってただろ」

「ゲームなんて不平等なものやめだやめ。映画でも見てゆっくりしよ」

「一宮がゲームやろっつったんだろ」


 一宮は四ツ谷の側に寄り、わしゃわしゃっと頭を撫でた。これのどこが可愛いんだよ。四ツ谷も満更でもなさそうだし。羨ましい。今日は四ツ谷に取られてばかりだ。軽く歯ぎしりをした。








5. 15:00〜17:00


 一宮がレンタルショップで借りてきたDVDを再生した。アレだ。往年の名作、海外の子どもがクリスマスに1人家に取り残される映画。

 

「何回か見てもやっぱ忘れてるもんだな。多分俺ら昔クリスマスパーティーした時もこれ見たよな」

「見たね。多分その時も二井んちでさ……同じようなイタズラが仕掛けられるのかってやったよ」

「やったやった!こたママにめちゃくちゃ怒られたやつな!」


 あの年は最悪だったな。片付け大変だったし。でも母親はやるんなら先に言いなさい、と言っていた。言うんならいいんだ、と思った。うちの親は本当にこいつらに甘い。


「もしもさ、今実際に泥棒入ってきたらみんなどんな行動とると思う?」

「殴る、急所を」

「怖えよ!そんな度胸あんの五藤くらいだろ」

「じゃあ俺は目を狙おう」

「四ツ谷、リーチ長いからやりやすそうではあるけども」

「俺は写真撮って証拠残そうかな」

「だからなんでみんなそんなに冷静でいられるんだよ」

「ホームセキュリティ入ってるからそれが作動する」

「結局二井家の裕福さが1番強いじゃん」


 おお〜、と声が上がる。実際これが作動した事は一度もない。俺達の街は至極平和だった。


「サバイバルで死ぬ順番選手権」

「初手一宮だろ」

「一宮しかいない」

「初期の段階で死ぬアジア人」

「あのさぁ!?」


 一宮は映画そっちのけでぷんすかと怒っていた。クリスマスだからと言って特別な話題が上がるわけでもない。いつも通りの、数分後には忘れているような話。


「五藤と二井は多分主人公ポジションでギリギリ生き残る」

「……そうか?」

「四ツ谷は敵ポジションだったけど味方になる。で、1番死んでほしくないところで死ぬ」

「俺死ぬんだ」

「三好は最後に裏切る、多分。そのまま闇に消えていく」

「なんでよ!そんな事しないよ俺!」


 くだらないけど、言い得て妙な気もする。


「まあ実際にこういう事が起きたらパニくって何もできない気がする」

「1番最初に殴ってくれるはずの五藤が駄目だったら俺達もう共倒れだよ」

「え?俺いるじゃん」

「……一宮こそ何もできないでしょ」

「そんな事ないですが?」

「1番最初に死ぬアジア人が何言ってんの?」

「お前ら、俺のケンキョっぷり知らないの?」

「は?謙虚?」

「ううん、検挙。悪い人捕まえる方。まあ俺謙虚ではあるけど」


 どこがだ。


「なに?信号無視しようとした低学年の子止めたとか?」

「そんなの検挙って言わねえよ!マジのだって」


 でたでた、また始まったよ、と周りが肩を竦めた。三好が惰性で付き合うかのように口を開く。


「いつ?」

「中学の修学旅行の時。あの、俺が全然写真撮られなかったやつ」

「……どこで?」

「夢の国で」

「……ほう」


 興味無さそうにスマホをいじっていた全員がぴくっと顔を上げた。その話が大きいか小さいかはさておき、一宮の中学時代の修学旅行の情報はほとんどが初耳なのだ。なぜかというと、俺達は中3の時みんなそれぞれ違うクラスだったから。違うクラスなので、自由行動の時間ももちろん俺達はバラバラに過ごした。だから、俺達の知らない間に一宮が経験した事はみんな興味があるのだ。


「夢の国楽しくなかった、って言ってたのと関係あんの?」

「それは関係ない。結局終始1人で行動してたのが楽しくなかっただけ」

「泣きそう」

「一宮俺ら以外の友達いないから……」

「は?いますし?千田くんはお友達ですが」

「おいその名前を出すなよ」

「あんなやつ友達って呼ぶな」

「だから千田くんに対する嫌悪なんなの?」


 俺も人の事言えないけど、一宮は俺達以外に友達がいない。千田?そんな名前は知らない。それは置いておこう。

 そういえば一宮は、その時作った班はあまりものみたいな人達でかためられた、と言っていた。ほとんど喋らなかったとも。あながち、カメラマンに存在を忘れられていた説は正しいのかもしれない。


「なんか事件とかあったっけ?特にニュースとかも報道されてなかったと思うけど」

「ううん、別にそういうのじゃなかったけど」

「ここ撮影禁止ですって注意したとか?」

「そんなんでもないよ」


 クイズ大会のように口々に答えてみるも、何も当たらない。なんだか俺達は嫌な予感がした。なんとなく、長年の勘が告げていた。


「……変な人に連れてかれそうになった、とかじゃないよな」

「うおっ、正解!すげ〜」

「……」


 俺達は暫く目を丸くして、そして長いため息を吐いた。すげえじゃないんだよ。


「……詳しく聞こうか」

「多分俺がマップ見ながら突っ立ってた時だと思うんだけど、その時に……大学生?もっと大人の人?か分かんない、男の人達に声かけられて」

「……」

「迷子?って言われて」

「……」

「ムカついたから、迷子じゃないです、道に迷ってるだけですって言って」


 道に迷ってる子どもは間違いなく迷子なんだよ。


「なんか知らないけど笑われて」


 そりゃそうだろ!


「で、一緒に遊ぶ人いないなら俺達と遊ぶ?楽しくて悪い事いっぱいできるよって」

「アゥ」

「ちょ……」

「びっくりしたんだよ、そのまま引っ張られそうになったから」

「待って待って」

「だから俺、優等生なんで悪い事はできないです!って大きい声出して逃げた」

「ちょ、もう、も……も〜〜〜!!なんでそんな大事なこと隠してたの!?」

「今思い出した」

「本当に馬鹿、馬鹿……馬鹿というかなんで今まで生きていけたの……なんで死んでないの……」

「ちくちく言葉やめろよ」

「ていうか検挙してねえし」

「あ、確かに」

「もーーーーー」


 一宮以外の全員が頭を抱えた。迂闊がすぎる。なんだこの数%のラッキーだけで生き延びているような人間は。俺達がいなかったら既に何回かは死にかけているだろうし、実際俺達がいないところではおもしろいくらいに事件に巻き込まれるし。あと馬鹿だし。本当に、一宮には俺達がついていないと。


「あーあ、全然見てないのに映画終わっちゃったな」

「いや正直映画とかどうでもいい」

「ちょっと一宮くん、修学旅行の事いろいろ聞かせてもらおうか」

「えー、別に他に聞かせられることないけど。あとはなんかよく分からない会社の人から名刺渡されたくらい」

「トドメ刺さないで」








6. 17:00〜20:00


「夜ご飯こそなに食べんの?」

「餃子!」

「クリスマスパーティーってなんだっけ」

「二井ー、ホットプレート出してー」

「……はいはい」


 我が物顔だな。まあ別にいいけど。


「お前ら4人でじゃんけんして」

「なんで」

「いいから」


 一宮に指示され、理由も聞かされないままじゃんけんをする。負けたのは俺だった。


「今日弱いな」

「たまたまだろ。なんのじゃんけんだ?」

「買い出し!俺と行くから、今から」

「……!」


 ガッツポーズ。見えないように、背中に隠してやった。なんとなく四ツ谷を見る。すぐに目を逸らされた。今回は俺の勝ちだ。

 上着を着てリビングの扉を開けると、三好が声を掛けた。


「寒いから気を付けてね〜」

「大丈夫!カイロあるから」

「そんなん持ってきてたっけ」

「二井んちにあったやつ」

「お前……勝手に使うなよ……」


 行ってらっしゃい、と言った後にシャッター音が聞こえた。三好のスマホは俺達を向いている。……後で画像貰おう。


 玄関を開けて1歩外に踏み出すと、俺達を寒波が襲う。地面が微かに雪で覆われていた。


「雪、積もるかな」

「今年は去年より降るらしい」

「やった!かまくら作って、雪合戦しよ!」

「もう高校生だぞ」 

「まだ高校生だろ」


 一宮がにっと笑った。きっとこういう事をいつまでも言い続けるんだろう、一宮は。


「俺さー、俺……中3の時、みんなとクラスバラバラだったのすげー嫌だったんだよな。休み時間とか昼休みは会えたけど、それだけじゃん?授業も、給食も、体育祭も、修学旅行もみんな違うところで動いてて、ムカついた。仕方ないけど」


 それは、俺も同じだった。別に1人でいる事は苦手ではないけれど、それよりも、あいつらの誰も一緒の空間にいない事の違和感の方が大きかった。


「今もクラス離れてるだろ。三好と四ツ谷と五藤。それもすげー嫌なの、本当は」

「……」

「だからさ、二井が一緒のクラスでよかった」


 そんな、いきなり。2人になったタイミングで。そんな事言われると、一気に気持ちが溢れてしまう。一宮は馬鹿だけど、ずるい男だ。


「でもイメチェンしすぎだ」

「え」

「そんなんになるとは思わなかった」

「いや……え、ま、前の方が良かったのか」

「……いや別に、そうでもないけど」

「なんだよ……。嫌ならすぐ戻す」

「なんでそんな極端なんだよ!別にいいって!」


 一宮は横に並びながら、俺の顔を見上げた。目が合う。街灯のせいか雪のせいか、やけにキラキラして見えた。


「今のままでいいよ。俺に見せるためにかっこよくなったって思うと、気分いいしな」

 

 と、一宮は言った。


「もう付き合ってるだろこれ」

「なんて??」


 咄嗟に口を手で覆う。危ない、無意識に声が出ていた。何回でも言いたい。もう俺達付き合ってるだろ、これ。


「はぁ……こういう時に言えばいいのに……言えない」

「何を?」


 きょとんとした目で見てきた一宮を、思わず睨んで返す。一宮は何も悪くないけど、俺達が向けている感情に何も気付かないこの能天気さに、コイツの事が羨ましくなる時がある。


 スーパーに到着し、入店すると思った以上に人がいた。あまりスーパーに行かないので、これが多いのか少ないのかは分からない。


「肉、ひき肉……みんなどれくらい食べるかな」

「多分めちゃくちゃ食べるんじゃないか」

「だよなあ。四ツ谷とか五藤とか大食いだしな」


 申し訳ないけど俺は料理に関しては全く知識がないので、具材選びは全て一宮に任せた。


「皮どっちがいい?大きいのと小さいの」

「どっちでもいい」

「どっちでもいいナシ!」


 困った。俺は何も分からないのに。分からないなりに大きい方を指差した。一宮はへへ、と笑ってそれをカゴに入れた。

 いや、可愛くないか?凄く。とてつもなく。こんな普通のスーパーで、2人で夜ご飯の買い物して、今の俺達は物凄くそれっぽいのでは。


「一宮、カゴ持つぞ」

「ん、ありがと」


 一宮が手にしていたカゴを受け取る。一宮の右手と、俺の左手は空いている。絶対ないだろうけど、いつ繋いでもいいように準備をしてみる。


「こうやって誰かと買い物して、みんなとご飯作るの、すげー楽しくない?ずっとこれでいい」

「……そうだな」

「誰か、俺と一緒に暮らしてくれないかな。将来的に」


 それはもう、凄い勢いで一宮を見た。


「俺、俺だ俺、俺だ」

「詐欺?」

「俺がいる」

「……マジで?」

「マジだ」

「二井と一緒かー。悪くはないけど」

「なんだ、その煮えきらない……」

「二井家事できないじゃん」

「……す、する。分担だ」

「ほんと?料理とか洗濯とかちゃんとする?」

「する」

「じゃ、いいよ」


 一宮は棚に陳列された飲み物を選び出した。そんな軽々しく。どこまでが本気なのかが分からない。俺はいつだって本気だ。


 一通り食材を選び終えたらしく、レジに並んで会計をした。俺の親が使えと渡してくれたお金だ。いつかは自分で稼いだ金で支払いたい。高校生である事をもどかしく感じる事がある。

 スーパーを出ると冷たい風が吹雪いていた。行きより寒さを感じる。


「さむ、さむ、うぅー、こんなのがあと数ヶ月続くと思うと嫌になるな」

「……」

「……二井?」

「……寒くて……ちょっと答えられない……」

「なんでそんな薄いコートで出てきたんだよ」

「みくびってた」

「もー」


 時々ぬけてんだよな、と一宮は言って、そして。


「っえ、」

「やっぱカイロ持ってきて正解だったな。片方でもあったかいほうがよくない?」


 俺の左手を繋いで、自分の上着の右ポケットに突っ込んだ。俺の手と一宮の手の間の空間にカイロが挟まれる。確かにあったかいけど、あったかいとかそういうレベルではない。


「な、な、な、なにっ」

「あ、嫌だった?」

「嫌ではない、ぜ」

「語尾どした」


 とんだ僥倖だ。気まぐれがすぎる。なんだこれ、絶対に離さない。俺は強く一宮の手を握りしめた。




「ただいまーっ」

「おかえりー」


 玄関に入り、軽く雪をかぶった一宮がぶるぶると頭を振った。出迎えた三好がそれを見てくすくすと笑う。


「犬だ」

「どこ?」

「ここ」


 三好は一宮を指す。一宮はその指を見てじっと考え、ぱかりと口を開けた。


「わん」


 どしゃ、とスーパーの袋を玄関の床に落とす。

 え?なんで今日そんなに可愛いんだ。ちょっと、狙ってやってるとしか思えないほど可愛い。

 三好も三好で、それを見てぷるぷると震えている。


「なに、え、そんっ……え?」

「そういうことか。イチミヤって犬、俺じゃん。わん」

「あ、……あ、かわっ……え……な、なる?うちの犬に……」

「ん〜アリかも」


 三好はフラフラと一宮に近寄り、混乱しながら外気で冷えきった体を抱き締めた。


「ええ……どうしよう、三好姓でいい……?」

「いいよー」

「いいわけないだろ!!!!!」


 強制的に2人を引き剥がした。何をしているんだ。冗談にしても笑えない。俺は笑えない。一宮も一宮だ。どういうつもりで答えているんだ。


「もう、二井はケチだな〜」

「ケチではないし、ケチとかそういう問題じゃない!」

「必死な男はモテないぞ?」

「うるさいな!!」


 三好は玄関に落ちたスーパーの床を拾い、わははと笑ってリビングに入って行った。


「一宮、ああいう冗談は真に受けないほうがいい」

「え?あれ冗談だったの?俺真面目に答えたんたけど」

「……!?犬になるのかっ!?三好のっ……!」

「三好んちの犬、楽しそうだろ」

「絶対にやめておいたほうがいい」

「なんで?」

「なんでもだ!それに三好の犬になったら、俺っ……俺と一緒に、暮らせなく、なる……」

「……んっ!あれ本気だったのか!?」

「なんでそっちを冗談だと思うんだよ!?」

「え!だって、だって!本当に一緒にいてくれんの!?」

「だから、そう言って__」


 ガラガラ!と、勢い良く扉が開いた。


「作ろ、餃子」


 五藤がリビングから顔を出す。一宮と、俺の顔を見てうっすらと笑った。一宮はあったけー、と顔を緩めながらリビングに入って行く。ひとつため息をついて、俺も中に入ろうと入り口に寄る。すると五藤が俺の耳に口を寄せた。


「抜け駆け?」

「……」

「ずるいな、俺も混ぜろよ」


 __は。


 と、聞き返す前に、五藤に肩を組まれて無理やりリビングに連れられた。


「みんな仲良く!な。さー、作るぞ」

「……」


 五藤はいつも通り笑って、みんなの元へ向かった。


 はあ、ほんと、あいつもどうしようもなく俺達の幼馴染だな。


「四ツ谷キャベツ切ってみる?」

「……え、俺がやんの?」

「やってみたら?意外とできるかもよ」

「指切るよ」

「切る前提なんだ」

「……一宮が教えてくれるんならやる」


 キッチンに立っている四ツ谷は、包丁を垂直方向に持って横にいる一宮を見た。怖い。四ツ谷は器用そうに見えて案外不器用な所もある。


「いいよー!可愛いな、もう」


 一宮は笑って答える。はあ?どこが。そんな事を言うのなら、料理できない俺も可愛いはずだが。

 後ろ姿だけで分かる。四ツ谷は花を飛ばしていた。なんとなく雰囲気で分かる。


 暫くして、俺達は完成したタネを皮に包んでいた。


「俺包むのは下手だわ」

「一宮の入れすぎなんじゃない?」

「ええ、そんな事ないと思うけど。三好なんでそんなうまいの?」

「俺、勉強以外はなんでもできるから」

「頼むから馬鹿のままであってくれよ」


 三好と一宮がぎゃいぎゃいと騒ぎながら形を作っていた。その横の四ツ谷は無言で皮と向き合っている。真剣そうだ。五藤も黙々とやっているが、上手いうえに割と早い。こいつこそなんでもできるタイプの人間なのではないか。そして俺は。


「……二井」

「……なんだ」

「あの、味は一緒だから……無理してヒダ作らなくていいよ」

「……」


 なんというか、不得手だったらしい。諦めて、本当に包むだけの餃子を作った。


「120個、マジで作っちゃった」

「すげーなこの量。食べきれる?」

「食べきるまでケーキおあずけね」

「待って、ケーキもあんの?」

「流石に男子高校生の胃液を持ってしてもこの量は厳しいかもしれない」

「やる前に弱音を吐くな!とりあえず焼くぞ!」


 テーブルの上に乗せたホットプレートに油をひいて熱する。無造作に餃子を並べたけど、大体誰が作ったものか分かってしまう。


「羽つけたい!」

「めんどくさい、却下」

「水まだ入れない?」

「焼色ついたらね」


 三好が慣れたように指示している。俺達……俺と四ツ谷は何もできずに両手を膝に置いたまま椅子に座っていた。


「はい、オープン〜」

「やーーー!!」

「おお、うまそ!」


 出来上がった餃子が、誰の合図も待たずにそれぞれの取皿に運ばれていく。なんとなく、一宮が作ったであろう物を取る。一宮は俺の作った物を掴んだ。別に他意はないのだろうけれど、普通に嬉しい。


「んまいっ!」

「ハズレがねえな」

「美味しいねぇ。第二弾焼きたいから早くみんなさらって」

「終わりが見えん」

「みんなどんどん食べろよ!ケーキ食えないぞ!」


 焼き上がった餃子をもはや作業のように食べていく俺達。単純計算、1人24個。


「ん、ふ……」

「……なに」


 一宮が四ツ谷を見てこそこそと笑った。


「すげー。気持ちいいくらいキレイに口の中に入ってくもん。コピー能力使えそう」

「四ツ谷、普段の口数の少なさからは考えられない程口デカイからな」

「……気にした事なかったけど」

「グルメなレース流すか」

「1番早くいっぱい食べた人が勝ちな」

「1人でやってよ」


 誰に頼まれてもないし誰が参加した訳でもないのに、一宮は1人でせっせと口の中に餃子をつめこんだ。ないはずの頬袋が見える。可愛い。食べ進めていくうちに、最初は良かった勢いがどんどん失速していった。そして遂に手を止めた。


「……ケーキ食わね?」

「はぁ〜?一宮が餃子食べ終わらないとケーキいけないって言ったんじゃん」

「食えよ、限界まで」

「ほら、俺が取ってあげるから」

「順番!しょっぱいのの後に甘いので胃を拡張させる!甘いののあとはしょっぱいのいけるから!ケーキ挟も、ここでケーキ!」

「誰ですか?こんだけ餃子の皮買ってきたのは」

「一宮が1番食べてないんじゃない?」

「焼き待機してる餃子が可哀想だろ」

「二井っ!おい!二井、ケーキ出せ!!」

「はいはい……」


 うるさいテーブルを離れ、言われるがまま冷蔵庫からケーキを取り出す。この重さ、嫌な予感がする。


「え?これさっき買ったの?」

「いや、俺の親が今朝買ってきた」

「美味しいとこのケーキじゃん」

「二井、開けてみて」


 ケーキの箱をぱかりと開ける。やっぱりそうだ。


「ホールだ……」

「ホールじゃん……」

「え、……これ5等分?」

「しかもデカいサイズだろこれ……」

「なー!5等分ってどうすれば上手くいくの?」


 想像していた以上のケーキの大きさに俺達は固まっていたのに、一宮だけ呑気に切り分ける事を考えていた。


「6等分して余ったのは食べれる人が食べればいいんじゃない?」

「よし。じゃあ俺切るな」

「……大丈夫?上手に分けられる?」

「ダイジョーブイ」


 一宮は包丁を手にし、ケーキにゆっくりと入刀した。


「ん……。……んん?……あっ……」

「……ちょっと」

「……ごめん、少しだけ個体差が」

「だいぶあるけど」

「よくあんな自信満々に言えたな」

「文句あるなら食うな!俺は食うぞ」

「さり気なく1番苺乗ってるの取るなよ」

「と、取ってないし。いただきます!」

「あー、もう。三好、大きいの食べて。甘いの好きだろ」

「好きだけど、俺こんな食えるかな」

「無理になったら餃子を挟めばいける」

「一宮、胃袋の事無限機関だと思ってる?」


 一宮は誰よりも早くケーキを食べ始め、完食し、そして背もたれに体をあずけながら、ただただ虚無を見つめていた。


「……フゥ」

「お腹いっぱいの人間の呼吸じゃん」

「ビッグマウスが過ぎるだろ」

「一宮のぶんの餃子残してるから食えよ」

「ちゃんと食え。全ての農家と畜産農家に感謝しながらちゃんと食え」

「もう少し俺に優しい言葉かけられないの?」

「優しい言葉かけてほしいんならそれなりの言動をしろよ」

「一旦食事中断で、プレゼン交換しない?休めばいける、マジで。マジだから」

「むちゃくちゃじゃん」








7. 20:00〜21:00


 休憩がてら、俺達はリビングに集まってプレゼントを用意していた。テーブルには誰も手を付けていない餃子と、食べきれなかったケーキの欠片が残っている。絶対後で全部食わせる。


「なに、四ツ谷のデカすぎて笑うんだけど」

「プレゼントは大きい方がいいでしょ」

「大きさじゃないから。大事なのは気持ちだ気持ち」


 一宮がそれらしい事を言ったが、俺達4人は全員同じように一宮をじとっと見つめた。


「……え、なんだよ」

「……いや、なんでもない」


 みんなの言いたい事は分かる。いくら俺らの一宮といえど、毎年一宮のチョイスするプレゼントは割と……最悪なのだ。

 予算全部使って手に入れたクレーンゲームの唯一の景品、と言ってコインチョコ複数枚渡された年は心で泣きながら笑うしかなかった。


 なので、俺達の思う事は1つ。


(一宮のやつは絶対回避する……)

(一宮のプレゼントはすぐ次に回そ)

(流石にもう謎のお菓子はいらない)

(本人は至って楽しそうなの腹立つな……)


 俺達は火花を散らし合った。一宮のが欲しい、ではなく、一宮のだけは避けたい、という無言の宣戦布告だった。


「公平を期すために上から違う袋で覆ったから。四ツ谷の以外」

「四ツ谷のすぐ分かるな」

「四ツ谷、このデカイの1人で買って1人で持って帰ったの?」

「……まあ」

「超可愛い!」


 一宮がまた四ツ谷の事を可愛がっている。真剣に問いたい。こんな大きいだけの男、どこが可愛いんだ。


「タイマーセットするな。適当に時間決めたから。音なったらストップで!」

「こういうのって大体音楽流すんじゃないの?」

「無音で、いつタイマーが鳴るか分からない緊張感ほしくない?」

「一宮のクリスマスパーティー像全体的にズレてんだよな」

「変化球あってもいいだろ。じゃ、はい、スタート!まわせ!」


 一宮の合図を皮切りに、俺達は手にしていたプレゼントを横に回した。ランダムにするため、自分以外の誰かのプレゼントを持たされてスタートしたので、これでは本当に一宮のものがどれなのかが分からなくなってしまった。

 俺達は無言でとにかく腕を横に動かした。


「……」

「……」

「……一宮ぁ」

「ん、なに三好」

「一宮、何買ったの?」

「言うワケないだろ!馬鹿!」

「ヒントちょうだいよ」

「はぁ?なんで」

「俺、一宮のプレゼントほしいから♡」


 はい嘘、絶対嘘!三好が嘘つく時の顔をしている。でも一宮は気付かない。それどころか堪えきれないとばかりに顔をニヤつかせている。


「えー、えーっ、言ってほしい?」

「聞きたい聞きたい♡」

「んふ!しょうがないなぁ。んー、四角い箱のちょっと重いやつ!」


 そして俺はハッと気付く。絶対、今俺が手にしているやつだ。悟った瞬間、俺の手は素早く横の五藤の方向に動いていた。が、五藤がなかなか受け取ってくれない。


「……おい、さっさと受け取れよ」

「そんな焦らなくてもいいじゃん」

「次詰まってるんだよ!受け取れ!」

「いい、いい!五藤、受け取らなくていい!そのままキープして!」

「おいなにしてんだってみんな!手ちゃんと動かせよ!」

「よく分からないけど俺やっぱりこの安全牌っぽい四ツ谷のでいいわ」

「趣旨違うぞ!ちゃんとプレゼント回せよ!」


 なんて言い合いをしているうちに、無情にもタイマーが鳴った。五藤に向けていた手をゆっくりと自分の体に戻す。全員からの憐れみの視線が嫌だった。


「じゃあ俺から開けるな。……じゃーん!なんだこれ」

「あ、俺の」


 一宮が貰ったプレゼントは五藤のものだった。一宮は嬉しそうに包装紙をめくる。


「ん?工作?」

「そ、木製の立体パズル」

「なにこれ宇宙船!?」

「うん」

「すげー!これができんの!?」


 パッケージに写っていた完成品を見て目を輝かせる。五藤はプラモをよく組み立てているので、この選択は五藤らしい。


「パーツめっちゃ細かくない?こんなのできるかな、俺」

「あー、……今度一緒にやる?」

「やるやる!」


 俺達は顔を上げて咄嗟に五藤を見た。


「いや、なんか今のやり口やらし〜」

「俺んち犬飼ってるけど見に来る?と一緒じゃん」

「そうやって女を堕とすんだな」

「俺のイメージダウン図るのやめてもらっていい?」


 俺のプレゼントが一宮に当たればよかったのに。まあ仕方がない。


「次、俺開けます!四ツ谷のでけープレゼント」


 かなり大きい袋に入っているそれは、恐らく70cmくらいの長さだった。三好が袋を開けると、中からペンギンの顔が飛び出す。


「えっ!可愛い、ペンギン……」

「抱き枕」

「え〜〜〜!嬉しいこれ!」


 三好はその大きなペンギンを取り出して抱き締めた。四ツ谷はその抱き枕をぽんぽんと触り、肌触りを確かめていた。奥からゥグ、といううめき声が聞こえた。一宮だった。


「いや……なんでそんな……絵面可愛すぎじゃん……」

「え、俺可愛い?」

「2人と1匹まとめて可愛い」


 一宮、なんでもかんでも可愛いと思いすぎだ。三好もそんな改まってあざとい顔をするな。四ツ谷も狙ったように抱き枕に擦り寄るな。一宮も写真を撮るな!


「四ツ谷、開けてみてよ。誰の?」

「……これは?」

「あっ、俺の俺の!」


 四ツ谷が当たったプレゼントは、三好のものだった。控えめサイズな箱の中に、英字で書かれた容器が詰め込まれている。


「何これ」

「ロクシ○ンのハンドクリーム!」

「女子力じゃん」

「女子力だ」

「三好、俺らの事女の子だと思ってる?」

「関係ないです!今は男子もちゃんと保湿をする時代」


 四ツ谷はちゃんと使うのだろうか。当の本人は頭にはてなを浮かべながらありがとうと言って袋の中にしまった。


「じゃあ次は俺だな。……本?二井だな」

「ああ。オススメの3冊」


 五藤には俺が用意したプレゼントが当たった。


「今年の受賞作だ。全部面白い」

「へぇ。全然知らなかった」

「五藤ラノベばっか見てるからな」

「いい機会なんじゃない?」

「たしかに。自分では買わないから結構嬉しいかも」


 そう、意外かもしれないけど五藤は割としっかりめのオタクなのだ。顔や立ち振る舞いからは想像できないけど、普通に自室がオタクな部屋だったりする。案外ぴったりの人に当たったのかもしれない。


「二井、開けてみてよ」

「お、俺のだな!」

「早く見せて」

「いいねぇ、一宮のプレゼント」

「……」


 ……覚悟を決めるか。俺は袋の中に手を入れて、その四角くて重みのある箱を取り出した。ぱっとそれを見る。意外すぎて目を丸くした。


「マグカップ……?」

「え?まともじゃん」

「普通っていうか……」

「コインチョコじゃない……」

「まともって、失礼だな!今年はお母さんと選んだの!」

「ああ、だから……」

「ほんとは喋るサボテンと迷ったんだけど」


 ちょっと気になるけど。遂に母親も介入するレベルか。よかった。普通に使えるものだったので、拍子抜けしてしまった。


「あ、それ俺とお揃いだから」

「え」

「え?」

「え……」

「……お揃い……?」

「そ。ペアマグ!それ、猫の耳ついてるだろ?俺の、犬の耳ついてんの!」


 可愛いだろ、と一宮のマグカップが写った写真を見せてくれた。マグカップを持つ手が震えた。だってまさか、そんな、異常がないプレゼントであった事すら奇跡なのに。こんなのもう、事実上アレだ。


「……俺達、やっぱり付き合ってるだろ……」

「なあ!?ちょっとズルいんじゃないですか!?今年だけこんなちゃんとしたプレゼント!!」

「自分の力でちゃんと選べよ!二井だけずるい!!」

「一宮は喋るサボテン買っとけばよかったんだよ!」

「フ……お前ら、負け惜しみか?醜いぞ」

「んだよその顔ォ!正妻の余裕みたいな顔しやがって!」


 嬉しい、嬉しい、どうしようか、凄く嬉しい。絶対一生使う。大好きだ。

 一宮はぎゃいぎゃいと騒いでいる外野を見て、なんでそんな盛り上がってるんだ?と呟いた。何も分からなくていい。暫くは。








8. 21:00〜


 その後残った餃子とケーキを無理やり詰め込み、もう限界、とみんながまたリビングのカーペットの上で寝転んでいた。


「おい四ツ谷、四ツ谷ー?」

「ん……」

「あまねくーん」

「……」

「駄目だ、四ツ谷良く寝る子だ」

「夜はこれからなのに」

「まあどうせやる事もないんだけど」


 四ツ谷は一宮の横で丸くなって寝ている。大体俺達が集まって四ツ谷が寝落ちする時は、一宮の横で寝ている。安眠できる匂いだと言っていた。夜はこれからと言っていた三好も眠たそうな顔をしながら、ゆっくりとした動作で次の映画を再生させた。さっき見た映画の続編。


「クリスマスらしい事って、この映画見たのが1番じゃない?」

「いや、ほとんど見なかっただろ」

「あは、そういえばそうか……」

「俺2見た事無いかも」

「うん、俺も」

「そう?俺は2の方が好き」


 三好は瞼を重たそうにしぱしぱと瞬かせながらテレビを見ている。またケビンが主人公か、と呟きながらSNSを起動させた。


「のせとこっかな、最後に」


 三好はほぼ屍のように寝転がっている俺達の写真を撮って、そのSNSに投稿した。満足げな顔をしている。


「明日なにする?」

「考えてないなぁ」

「雪積もったら雪合戦しよ!あとかまくら!」

「うん、いいね」


 嬉しそうに話す一宮を見て同じように笑い、そして気がつけば三好も静かに寝息をたてていた。


「寝ちゃった」

「三好、実は今日が楽しみで寝られなかったって言ってたから」

「可愛いなオイ」


 五藤は俺があげた本の1冊を寝転びながらパラパラと読んでいる。


「めちゃくちゃ面白そうだな、これ」

「だろ?四ツ谷は今年読んだ本の中で1番面白いって言ってたぞ」

「なんだかんだ仲いいよな、2人」


 別にそんなことはないけど、とは敢えて言わなかった。まあ、別にそんなことはないけど。


 五藤は途中まで本を読み進め、段々と眠くなって来たのか完全にページをめくる手が止まってしまった。顔を覗き込むと、すやすやと寝ていた。


「一宮、五藤も寝たぞ」

「……」

「……」


 ついでに一宮も寝ていた。仰向けになって、微かに口を開けて寝ている。食材を無理やりつめ込んだお腹が少し膨れていて、それも含めて全部が愛おしかった。俺達以外には分からないかもしれないけれど、一宮は本当に可愛いんだ。顔がとか、性格がとか、そういうのではない。存在が本当に可愛いのだ。


 俺は立ち上がり、その場に1枚しかなかったブランケットを一宮の体にかけた。みんなには申し訳ないけど、明らかな贔屓だ。

 ついでにテーブルの上の惨状を見てため息をつき、皿やホットプレートをキッチンに持って行った。一宮は俺の事家事ができないと言っていたけど、洗い物くらいできる。

 なかなか汚れが落ちないホットプレートと格闘していると、水の音に反応したのか一宮がよたよたと俺のもとまでやって来た。眠そうに瞼をこすりながら口を開いた。


「片付け、ありがとー」

「ああ」

「でもやらなくていいよ、明日みんなでやろ」

「うるさかったか?すまない」

「ううん、二井ももう寝よ」

「え、ちょ……」


 一宮は俺の腕を引っ張って、またリビングに送還させた。元いた場所に戻り、ブランケットにもう一度丸まって、そして横のスペースをとんとんと手で叩いた。


「……え」

「寝ないの?」

「……ね、寝ます……」


 思わぬお誘いに、ぎこちなく体を動かす。一宮の横に体をおろし、一緒にブランケットの中に入る。一宮の体温と匂いが近くて、心臓が飛び出そうだった。昔はここまで緊張しなかったのに。歳を重ねるにつれて、この鼓動の速さはどうにもできなくなってしまった。

 顔だけ横に向けると、一宮と目が合う。この心音が聞こえてしまわないか不安になった。


「んー……去年、できなかっただろ、クリスマスパーティー」

「え、あ、ああ……」

「今年は絶対やりたかったから、やれてよかった」


 俺達は一昨年受験生だったから、クリスマスパーティーはしなかった。そして、去年も。今年のはしゃぎっぷりを見るに、相当楽しみにしていたのだろう。


「5人でこんなことするの、あと何回できるかな」

「……」

「俺は最後の2人になるまでずっとやるぞ」


 微睡みそうな目尻を下げ、ふにゃっと笑う。愛おしい、可愛い、大事にしたい。一宮は俺にとって一言では表せない存在だ。親のように愛情を与えたくなるし、兄のように可愛がりたいし、子どものように愛情を与えてほしくなる。


「……俺は、最後までずっといる。ずっと、毎年やろう」


 一生俺の味噌汁を作ってくれ、と何ら変わりない。気付くだろうか。多分、一宮は気付かない。それでも、ほんのひとかけらだけでも伝わればいい。


「うん、へへ」


 そのまま、ゆっくりと瞼が降りる。その間際、一宮が静かな声で、俺にしか聞こえない音量で口を開いた。


「暴露のなー……。夢の中でされた、ってやつ……」

「……お、おう」

「あれ、二井なの」

「__っえ?」

「すげー、んふ、大胆だった……」

「…………………………っ、ちょ、っと待って……」

「……」


 寝た!!コイツ!!はぁ!?

 待って、一宮が夢の中でエロいことされたって、相手、え、嘘だろ。そしてなんでこのタイミングで寝るんだよ!隣で寝かされた俺の気持ちを考えろよ!考えないんだよな、一宮はそういうやつだよ!!


「ハァァァァァ〜〜〜……なんでそんな夢見るんだよ……なんで俺なんだよ……教えろよ……」


 返事はない。気持ちよさそうにすやすやと寝ている。本当にコイツは。

 とんだ爆弾発言、とんだクリスマスプレゼントだ。俺の手に有り余る。神様、どうかコイツがその夢で俺の事を意識する日が来ますように。

 



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