自分では何も気付けない鈍感な一宮くん


激重感情の二井くん


「こたろぉ、こわいの見たから一緒に寝よ」

「怖いの? ……ああ、だからあんな番組見るなって言ったのに」

「……だめ?」

「……いいけど、別に」

「よかったぁ! ありがと、こたろー!」


 そう言って、幼い一宮は俺の母さんに挨拶をして慣れた造作で俺の部屋に入って行ったのだ。

 時刻は夜の9時。一宮の母さんは仕事で家にいないから、一宮一人で心霊特番なるものを見てしまったらしい。しかも、放送終了までしっかり。ホラーが苦手なくせに、好奇心が勝ってしまったらしい。


 当時の俺達は同じ市営住宅に住んでいた。なおかつ、俺達の家はお向かいさんだったので、夜にお互いの家を行き来するのも当たり前だった。「だからあんな番組見るなって言ったのに」と、一宮に文句垂れつつも、番組終わりに必ず来るだろうなと確信していたので、インターホンも確認せずに扉を開けたら正にビンゴだった。お気に入りのぬいぐるみを持った一宮がそこに立っていた。


「まもる、風呂は?」

「入れるわけないじゃん。お風呂セット持ってきたんだよ、一緒に入ろ?」

「絶対言うと思った」


 同じ構造の浴室なのに、他人の家の風呂に入るのが楽しいらしい一宮は、俺の部屋に入ったばかりなのに早く早く、と俺を浴室に急かした。


 ちなみに、この頃はまだお互いを下の名前で呼び合っている。いつからか、学年内で「名字で呼び合うのがかっこいい」みたいな風潮になり、それ以降名字で呼び合っているが。


「へへ」

「何笑ってんの?」

「だって、こたろー、いっつももっと早くお風呂入ってるのに、今日入ってないから」

「……たまたまだよ」

「んへへ、こたろーは俺の事全部分かるのかな」

「……わかるよ、まもるの事は。単純だから」

「単純!?」


 一宮はへらっと笑った。


 昔から俺にとっての一番は一宮だった。

 いつからかなんて覚えていない。昔から、物心がつき始めた頃から、「一宮が一番」という情報が細胞レベルで俺の体に刻まれている。

 俺には幼馴染みが4人いて、勿論みんな大事だが、一宮は特別だ。だって、俺は一宮の事全部分かるし、一宮も絶対俺を一番に頼るから。


 と、勉強しながら、毎年恒例の心霊特番を横目で見て、昔の事を思い出していた。

 今はもうお向いに一宮家は住んでいない。というか、俺の家が一戸建てに引っ越してしまったから。引っ越すギリギリまで、家族に猛反対していたのを思い出すな。


 大きめの効果音が部屋に響き、テレビの液晶に態とらしい編集画面が映し出された。

 そして暫くしてから、スマホの通知音が鳴った。


『今日、寝落ち通話しよ』


 誰か確認しなくとも分かる。確実に一宮だ。思わず笑みが溢れてしまった。


『分かった』

『話早〜 ありがと二井♡』


 その間、たったの1分。


 あの大事件──一宮慰め大会の日から、俺は再度一宮を最優先にしようと考えるようになった。こんな、たった一言二言のメッセージのやり取りでさえ。

 もうあんな思いはしたくない。一宮に話しかけても話しかけても、全く相手にされないのだ。生きた心地がしなかった。だから全部全部、本当に面白いくらい、一宮を一番に考えている。


 だって俺は、この画面に映る語尾のハートマークにさえ心踊らすくらい、一宮が好きなんだ。




 ……なんだけどな。

 一宮は驚くほど俺の気持ちに気付いてくれない。


『あんな所でさあ、バンッ! ってでかい音出したらさあ、そりゃ驚くよな? あんなんもうホラーじゃねえよ。ただの子ども騙し……二井? おーい、聞いてる?』

「ああ、聞いてる」

『なんだ。もっとリアクションくれよ。なに、ぼーっとしてんの?』

「いや、……必死に喋る一宮、可愛いなと思って」

『……なぁ、馬鹿にしてる?』

「馬鹿になんかしてない。本当に可愛いと思っている」

『……二井、最近おかしいぞ。あっ、ちょっとかっこよくなったからって、そうやって調子乗ってキザな台詞吐いてんだろ』

「は? いや、違……」

『一宮くんは許しませんからね、そういうの! おやすみなさい!』


 ブチッ、ツー、ツー……

 寝落ち通話と言ったのに、切られてしまった……。大丈夫だろうか、一宮は一人で眠れるだろうか。


 そう。このように、俺の一世一代の口説き文句は、一宮には全く響いていないのだ。


 今まで、一宮を思うだけで何もしてこなかった。最近になって一宮が好みそうな見た目を研究しだして、割とその成果は表れていると思う。

 でも、この気持ちだけは何故か伝わらない。一見単純そうな一宮の攻略が難しすぎる。


 俺は最後まで一宮と通話できなかった悔しさから、枕に顔を埋めて獣のような声を上げた。




「二井く〜ん! はい、これ! 調理実習で作ったから、あげるっ!」

「ああ……ありがとう」

「あっ、ずるい! 私も、はい!」

「二井くん、私のも貰って!」


 昼休みになり、どこのクラスかも分からない女子達が調理実習で作ったというお菓子をくれた。正直、俺は甘いものが苦手だ。でも、一宮だったら喜んで受け取るだろう。だから、俺もちゃんと貰わないと。

 俺はそのお菓子を笑って受け取った。一宮が、歯を見せて笑った方がいいと言っていたから、そうする。

 すると女子達は喜んでさらに俺に詰め寄ってきた。


「ねえ二井くん、今好きな人いないの?」

「え……」

「えっ……、何その反応! もしかして、いるの……?」

「いや、そういうんじゃない、けど……」

「ええ〜!! 同い年? 何組? どんな子?」


 しまった。油断してしまった。女子は何故かこの手の話題が大好きだから、変に隠せば隠すほど妙な噂が立って面倒だ。もういっそ思い切って言う事にした。


「……それは言えないけど、大事な人はいる」


 すると今まで騒いでいた彼女たちが静かになり、そして顔を見合わせてまたはしゃぎだした。


「きゃあ〜〜〜っ! 何それっ! すっごいいい!」

「かっこいい〜っ! 硬派、素敵っ!」

「やっぱ二井くんは王子様みたいだよねぇ〜!」


 なんとか巻けたようだ。そうやって勝手に盛り上がっててくれ……。

 そしてついでに、俺よりはいろいろ経験豊富であろう彼女達に今一番の悩みを相談してみる事にした。


「あの……、その、俺が大事だと思っているその人に、なかなか俺の気持ちが伝わらないんだけど、どうすればいいと思う?」

「えっ、二井くんの恋の悩み?」

「……まあ」

「あははっ、やば!」

「てかそいつ、こんなにかっこいい人を前にしてよく鈍感でいられるねえ」

「大物だよ」

「……とてつもなく鈍い奴なんだ」

「ふ〜ん。でもさ、そんなの簡単だよ!」

「な、なんだ? 教えてくれ」


 すると彼女はなんてことないように、さらっと言ってのけた。


「いっそ、普通に告白すればいいんじゃない?」


 目から鱗だった。


 そうか、そんな手段があったか……。

 なんと間抜けにも、告白なんてものは俺の頭の中に一文字も無かったのだ。

 俺は初めて見た英単語を読むみたいにその言葉を呟いた。


「こくはく」

「そ! あなたが好きですって」

「すき」

「きゃーーー!!」

「今の誰か録音した!?」

「してないよ! ねえ、もっかい言って!?」


 俺なんてお構いなしにはしゃいでいる女子の群れに、俺の頭を占めていた人物が割り込んできた。


「何これ〜超おいしそう」

「げっ、一宮!」

「出たよ一宮」

「一宮のお菓子は一個もないからね」

「何それ、酷くない!?」


 一宮はぷんすこと怒った。それに呆れてか、彼女達は文句を言いながら帰って行った。


 助かった。俺だけでは、ああいう人を対処しきれない。確実に昼休みが潰れるところだった。

 一宮は購買で買ってきたパンを俺の机の上に置き、そして前の席の人の椅子を借りてそこにドカッと物音を立てて座った。


 ……一宮は、とても不機嫌なようだ。


「……い、一宮。これ、食べるか」

「……いい。だって、二井が貰ったやつだし」


 なんて心の無い行為だと思うかもしれないが、俺は先程貰ったお菓子を一宮に差し出していた。彼女達への配慮とか、道徳心とか、そんなものは不機嫌な一宮を前にしてすぐさま消えてしまった。でも、一宮はお菓子が欲しくて機嫌が悪いのではないらしい。俺はどうしようかと慌てふためいてしまった。

 一宮はまた不機嫌そうに呟く。


「……だれ、さっきの子達」

「あ、いや……分からない。家庭科の授業があったクラスの人……」

「ふーん……。随分盛り上がってたけど」

「それは、あの、女子達が騒いでて」

「……二井、なんかいつもより楽しそうだった」

「いや、そんな事はないけど……」


 へえ。と、俺の顔を全く見ずに俯いてパンの袋を開けた。

 いつもは俺が女子から声を掛けられてもここまで機嫌を落とさないのに珍しいな、と思った。違う事といえば、


(一宮から見て、俺が楽しそうに見えたから?)


 だとすると、それは。


「……嫉妬した?」

「……はぁ!?」

「いや、だって。俺が、女子と楽しそうにしてるの、嫌だったんだろ」

「……」


 一度も目が合わなかった一宮は、俺の顔を見て頬を真っ赤に染めた。

 一宮の手からパンがすり抜け、机の上に落ちていった。


 あ、ヤバイ。


 俺は感情のまま一宮の手首を掴んで、そのまま一宮に近付いた。


 どうやったらこの気持ちを一宮に伝えられるんだろう。

 それはもう、一つしかない。

 恥ずかしさなんて考える隙もなく、俺は口を開いていた。


「──一宮、好、んグゥ」

「一宮ぁー、ごはんたーべよ」


 それはもう盛大に。いや、もはや豪快に。

 誰かが俺の口元を手で覆った。


「四ツ谷! 珍しいな!」

「うん。今日はここで食べる気分」

「いいよいいよ、はい、ここ座って!」


 いきなり現れたその邪悪な存在は、隣のクラスの男で俺達の幼馴染みの、四ツ谷だった。

 一宮はぱあっと顔を明るくしてせっせと四ツ谷の椅子を用意した。


 ニコニコと笑顔な一宮、黄色い悲鳴をあげる周りのクラスメイト、四ツ谷に敵意をぶつける俺、してやったり顔な四ツ谷。一宮の機嫌は直ったが、俺の機嫌は最悪だった。俺は四ツ谷を呪う勢いで言葉をぶつけた。


「四ツ谷ァ……最近お前の行動は気にはなっていたが……今日という今日は許さん」

「抜け駆けすんのが悪いでしょ。大体一緒のクラスだからって好き勝手やりすぎだから」

「は、よく言うよ。最近までぞんざいに扱ってたくせに」

「……んだと?」

「……は? やんのか?」


 俺は自分のキャラも忘れて四ツ谷に突っかかった。四ツ谷は大事な幼馴染みであるが、一宮が絡むとまた別だ。一気に鬱陶しい存在になる。


「あー! もう、なにがあってそんなんになるんだよ! よく分からんけど、喧嘩は駄目、えい」

「うっ」

「いたっ」


 一宮が俺と四ツ谷の頭をチョップした。そして、俺達の手を引っ張って無理矢理握手させた。


「はい、仲直り! ごめんなさいは?」

「……」

「……」

「ご、め、ん、な、さ、い、は?」

「ご、ごめんなさい……」

「……ごめんなさい……」

「うん、それでヨシ」


 一宮はまたにこっと笑って、その場を切り替えるように午前の授業はこうだったとか、昨日の心霊特番は最悪だったとか、そういう話をしだした。


 昔からこうだ。

 一宮は、俺達の中でいざこざが発生したら絶対間に入ってくれる。そして、なんともなかったようにいつもの雰囲気を作ってくれるんだ。


 俺は四ツ谷への怒りなんかどうでもよくなり、一生懸命話す一宮を微笑ましく眺めた。それは四ツ谷も一緒だった。普段は動かない表情筋を動かし、ゆるっと笑いながら一宮の話を聞いていた。


 ライバルではあるが、一宮を大事に思う気持ちは一緒なのだ。だから、一宮の前では優しい気持ちにならざるを得ない。


 ただし、机の下、足元ではまるでガキのように、俺と四ツ谷はお互いの足を踏んづけあっていたが。






●二井 虎太郎

一宮の言葉の綾により、イケメンになってしまった男。真面目で堅物でメガネ。弓道部。お金持ち。

秘密にしていたが一宮の事が昔から大好きで、一宮が側にいないと狂ってしまう。多分これからもっと大胆になって一宮をドキマギさせる。でも不器用だし一宮も気付かないのでうまくいかない。





三好くんは可愛いわんちゃんが好き


「なんでみんな予定入ってんだよ! 今日は川遊びしよって言ったのに!」


 ぽりぽりと棒状のスナック菓子を貪り食いながら、一宮は不満をもらした。高2で川遊びとはなんと健全な事か、と思うが、一宮はそうやって遊ぶのが一番楽しいのだろう。


「仕方ないよ。みんなもいろいろあるんだよ」

「俺にはこの4人しか予定ないのに……」


 俺以外の3人はどうしても外せない予定が見事に重なってしまったらしい。

 一宮慰め大会後は俺達も何かと一宮を気遣うようになった……というか、こんな俺達なしですぐボロボロになる一宮をほっとけないと4人で徒党を組み、なるべく一宮と一緒にいる時間を大切にしている。だから、少し前ならまだしも、最近は俺しか一宮の誘いに乗らない日は珍しいのだ。


 ああ、一宮がしゅんとしてしまった。心なしか無いはずのしっぽが垂れ下がって見える。


「……一宮〜、お散歩行こっか」

「お散歩……?」

「ウン。だってお散歩しなきゃでしょ、ワン……」

「わん?」

「……ん〜〜〜、なんでもない! 俺と外行こ! ね、俺は一宮とお散歩したいなぁ」


 あっぶな、危うくワンちゃんだもんって言いそうになっちゃった。


 一宮は何も気にしていないようで、寧ろ俺の発言を嬉しく思ったのか、元気に答えた。


「行く!」


 ぶんぶんと揺れるしっぽが見える。俺は思わず一宮の顎の下をさすった。




 俺達は外に出て、暫く歩いて本来みんなと遊ぶはずだった河原で休憩した。


「んでさ、つくしは食べれるんだよって聞いてたからその場で食べたんだけど」

「え?どうやって食べたの?」

「生で」

「んははは! え、絶対駄目でしょ!」

「うん、めちゃくちゃ不味かったからその公園で吐き出した」

「馬鹿だなあ〜」

「で、それと同じ事をドングリでもやった」

「はははは! 吐いたの!?」

「吐いたね」

「んはーっ、馬鹿すぎる!」


 河原に座り、一宮の幼少期のエピソードを聞いていた。

 一宮は馬鹿だ。俺も馬鹿だけど、俺と同レベルの馬鹿だ。だからか、一宮は俺に殊更馬鹿な話題をよく振ってくる。俺はそれが好きだったりする。


「俺はねぇ、あれやったよ、プリンに醤油かけるやつ」

「え、ウニのやつ!? どうだった!?」

「めっちゃウニの味〜!」

「す、すげ〜!!」

「あとね、ガムとチョコ一緒に食べるとガムが溶けるんだよ」

「ええー! マジで、マジで! すごっ!」


 一宮は目をキラキラと輝かせて俺を見た。

 ンー、可愛い。いっぱい撫でてあげたい。

 多分、誰よりも純粋で汚れがない気がする。一宮はいつまで経ってもこんな感じなのだ。


「よし、次みんなで遊びに来た時に俺が優勝できるように今から特訓しとかないとな」

「え、なんの?」

「水切り」

「優勝って」

「えいやっ」


 一宮は近くにあった石を川に向かって放り投げた。その石は全く跳ねず、ぽちゃんと水底に沈んでいった。


「おいおい、へたっぴちゃんですな!」

「ぐぬぬ……まだ本気を出していないだけですが」

「まあまあ、見とけって。俺の華麗な石さばきを……そいっ!」


 ぽちゃん、と俺が投げた石も音を立てて沈んでしまった。


「いや、三好もへたっぴちゃんじゃん!」

「あはは、俺達すげ〜下手だね!」


 と、俺達は笑いながら水切りの練習をしまくった。いつまでもキラキラと笑う一宮が眩しかった。一宮はずっとそうであってほしい。


 そして、日も傾き掛けてきた頃だった。

 俺はスマホを取り出して、メッセージを確認した。

 あ、やべ。この後クラスの子と予定あるんだった。


「一宮〜、俺、そろそろ帰らないとだ」

「え?」


 一宮はきょとんとした顔で俺を見た。


「あは〜、あのね、この後、予定入ってたんだぁ……てへ」

「え……」


 俺は持ち前の愛嬌で笑って誤魔化したが、一宮には何も効かない。悲しみに満ちた顔をし、肩を落とした。

 ああ、しっぽが垂れ下がっている……。だめだ、俺は一宮のそういう捨てられた犬みたいな顔に弱いんだよ……。


 そう思ったら、俺の指が勝手に「ごめん! ちょっと体調悪くなったから、今日は休むね。本当にごめんね(>_<)」と、高速でキーボードをタップしていた。そしてそのまま相手に送信した。


「一宮!」

「んえ?」

「もう一回遊べるドン」

「……え!まだ遊べるってこと!?」

「そ! 予定なくなっちゃった〜」


 一宮はまたしっぽをぶんぶんと振り、俺にハイタッチをした。


「俺さ、三好とやりたい事あるんだ!」

「え、なになに〜?」

「お菓子作り!」

「へえ、なんでまた」


 鼻歌交じりに歩き出した一宮はくるっと俺の方を振り返った。


「三好、甘いの好きだろ? あと、毎回お菓子持ってきてくれるお礼。いつもありがと!」


 そう言って、一宮はニコニコと笑った。一宮は、俺達と話す時本当に嬉しそうに笑う。

 だから俺達はそんな一宮を昔から特別に思っている。

 俺は堪らず、一宮の頭をわしゃわしゃと撫でた。けらけらと笑い声が聞こえて、それにまた頬を緩めた。俺は一宮みたいな可愛い犬が大好きなんだ。




「卵とー、ホットケーキミックスとー、チョコとー、あと、プリンとガム!」

「え、プリン?ガム?」

「うん、ウニとガム溶けるやつ、やろー」


 買い物かごにドサドサと材料を入れていた一宮は、実に楽しそうに俺の方を見た。


「いいね。夏の自由研究、やるぞ!」

「おー!」


 その後は一宮の家でお菓子作りと自由研究をやった。

 俺達5人のグループチャットに「一宮とお菓子作った♪」と、手作りのお菓子を入れたツーショットの写真を送信したら、案の定グループは荒れに荒れまくったけど、一宮は「なんでこんなにみんなレス早いの?」と訝しげにトークを眺めていた。

 一宮、なんにも分かってなくて面白いなあ。






「かなとくん、なんで泣いてるの?」

「だって、男なのにおままごとは変だって言われた……」

「変じゃないよ!じゃあ、おれと一緒におままごとやろ?」

「……まもるくん、いいのぉ?」

「うん!いいよ!かなとくんはお父さん役かな?」

「うん、おれお父さんがいい!じゃあ、まもるくんは……わんちゃんね!」

「え?」

「わんちゃん!」

「わんちゃん……」

「うん、わんちゃん!」

「え……?」

「……いや?」

「だ、だって……」

「いやなの、まもるくん……?」

「………………う、……わ、わんわん……」

「んふふ、おりこうさんだね〜! よしよし!」






●三好 叶斗

イケメン。チャラくて気さくな陽キャ。頭の出来は一宮と一緒くらい。実は家で動物をたくさん飼っている。小さい頃は天女のような可愛さだったので、昔から可愛い顔に弱い一宮は三好の言う事には絶対服従だった。次に飼うペットの名前は一宮にしようかな、と本気で考えている。






四ツ谷くんの安寧ポジション脱出作戦


「まって、おにいちゃん……あっ」

「え?」

「お兄ちゃんって……」

「わはははは! お兄ちゃん!」

「あははっ、まもるの事、お兄ちゃんって言った!」

「……っ」


 幼少期、俺は間違えて一宮の事を「お兄ちゃん」と呼んでしまった事がある。周りの奴らはそれを面白がって、俺を見てゲラゲラ笑った。引っ込み思案だった昔の俺は、恥ずかしさで涙目になりながら顔を真っ赤にさせた。

 ただ、一宮だけは違った。

 そんな俺を見てにこっと笑い、頭を撫でてくれた。


「お兄ちゃんだよ」


 一宮は俺を揶揄うでもなく、ただ優しく、赤く染まった俺の顔を体で覆って隠してくれた。

 お兄ちゃん。本当に、俺のお兄ちゃんだったらいいのにな、とか、その時は思ってしまったのだ。




 最近気が付いたけど、一宮は俺の事を未だに弟ポジションだと思っている、らしい。


 不名誉だし、本当は嫌だ。

 だって俺一宮より賢いし、運動もできるし、身長も全然デカイし。弟な要素は最早皆無だ。

 一宮は昔を引きずる節があるから、その名残だろう。

 でも、もうしのごの言ってらんない。ぼーっとしていたらみんなに、特に二井に一宮が取られてしまう。だから、この弟ポジションを利用するんだ。あくまで、利用する。そして、この弟ポジションからの脱出。これが目的。


 少し前──一宮慰め大会よりも前の話。

 俺は気付いてしまった。

 一宮は俺と歩くとき、必ずと言っていいほど車道側を歩くのだ。たまたま? それか、みんなにやってる? と思ったけど、どうやら俺だけにやっているようだった。そして極めつけは。


「ふふ、可愛いなあ」

「なにが?」

「見て、あれ」


 二人で歩道を歩いていた時、反対の歩道に園児達が手を繋いで外に遊びに行っているのが見えた。


「昔さ、ああやってよく手繋いで歩いたよな」

「……昔はな」


 俺は昔極度の人見知りから、一宮に引っ張ってもらう事が多かった。物理的にも、社交的にも。今思うとよりにもよってなんでこんなふっつーの男に……、と思わなくもないが、仕方ない。だって一宮は俺の事大好きなお人好しだもん。


 と、ぼーっと考えていた俺を一宮はじっと見つめて、こう言った。


「手、繋ぐ?」

「はぁ?」

「だって四ツ谷一人だとどっか行っちゃいそうだし」


 正直、この閑散とした田舎の道で何を言っているんだと思ったし、何よりも揶揄ったふうでもなく、ごく真剣に一宮はそう言ったので、俺は気恥ずかしくなって一宮の手を思い切りはたいてしまったのだ。


 もったいない事をした。

 でも今の俺はあの時の俺とは違う。

 今のエピソードで分かると思うが、確実に弟のようなものと思われている。しかし、それを上手いこと利用するのだ。




 俺達は今5人で河原に向かっている。

 一宮の意見で、先日果たせなかった川遊びをリベンジすることになった。

 川遊びって。遊びの発想が小学生の頃とまるで変わっていない。それでも発案者の一宮は、久々に全員が揃ったのが嬉しいのか、俺の隣でるんるんと足取り軽く歩いていた。そしてやっぱり車道側。

 俺達の前に他の3人が歩いている。俺はこいつらが見ていないうちにある行動を起こした。

 わざとゆっくり歩いてみたり、ぴたっと止まって看板を見てみたり、違う道に行こうとしてみたり。

 多分隣を歩く人がこんなんだったら、めちゃくちゃ鬱陶しいと思う。

 何度目かの立ち止まりで、一宮は小走りで俺の元までやって来た。


「もう、どうしたんだ四ツ谷」

「んー……疲れた」

「えぇ」


 すると一宮は俺の顔や首をぺたぺたと触って、鞄からペットボトルを取り出した。


「脱水症状とかじゃない? 大丈夫? 秋だからって侮っちゃ駄目だぞ」

「う、ん。それは大丈夫」

「どうせ飲み物持ってきてないだろ。はい、これあげるから」

「一宮の? 貰っていいの?」

「俺の別にあるし、それは四ツ谷の分」

「え……わざわざ?」

「うん。だって絶対持ってこないと思ってたから」


 一宮はそのペットボトルを俺にくれた。ラベルが貼ってないから、多分家で何か作ってきたんだろう。


「ほら、行こ! しんどくなったら言って」


 優しく俺の手を取って、ゆっくりと歩き出した。


 ああ、なんか泣きそうだ。

 一宮、ずっとずっと、絶対、俺の事大好きじゃん。なのに、俺は一宮の事を長い間ほったらかしにしてしまった。こんなに大事なのに。俺は申しや訳なさやら愛しさやらでどうにかなりそうだった。


 勿論全ての行動が態とだし、全然体調不良なんかではないが、俺は一宮にここぞとばかりに甘える事にした。手を繋ぎながら、こてんと一宮の肩に頭を預ける。


「一宮ー」

「ん? んへへ、どうしたん」

「俺の名前呼んで」


 もう随分前から呼ばなくなった、下の名前。中学に入ってからは、名字で呼ぶのが当たり前になっていた。でも、たしか、一宮だけは最後まで俺達の事を下の名前で呼んでくれた。


 一宮は寄りかかる俺の顔を覗き込んで優しく笑った。


「あまね」


 家族以上に馴染みのある柔らかい声が鼓膜を揺すった。声は変わっても、丸くて溶けそうな言い方は変わらない。俺は胸がいっぱいになった。

 たくさん恩返しするの、今からでも遅くないかな。

 俺はぐりぐりと一宮の肩に頭を擦り付けた。


「まもる、まもる」

「どうしたの、あまね? へへ、今日甘えたじゃん」


 一宮は俺の頭をぽんぽんと撫でる。その顔はデレデレとしていた。

 一宮は多分、っていうか絶対、俺にめちゃくちゃ甘い。一宮慰め大会以降、一宮自身も吹っ切れたのか、俺達を更に惜しげもなく愛すようになった。俺に関しては、多分弟のようなものと思われているからなんだろうが、それが癪で、でもすっごく嬉しくて、自分でもよく分からない。そうだ、今日はそれを利用するんだった。


「……まもる、俺の事好き?」

「え?」

「俺は好き。まもるの事、好き」

「……どんくらい?」

「え……。い、苺の」

「苺?」

「苺の、さきっぽのとこくらい」

「んははは! 甘いとこだ! めっちゃ好きじゃん!」

「うん。……まもるは?」

「俺も、あまねの事好きだよ」

「……どんくらい?」

「ん〜、今年一発目の桃食べた時くらい」

「……めっちゃ好きじゃん」

「うん、大好き!」


 俺は一宮をぎゅうっと抱き締めた。痛い痛い! と笑い声が聞こえる。

 はぁ、絶対失敗した。多分俺の気持ち伝わってない。


「ねえねえ、さっきからやめてくんない? こっちまで聞こえてるし、聞いてる方が恥ずかしいんだけど」

「そうだぞ。見ろよ、二井なんて……」

「……」

「もう喋れなくなってる……」


 前を歩いていた3人が振り返って、少し離れた俺達の元まで歩いてきた。三好と五藤は笑っていたが、二井だけは俺を睨みつけていた。


「あ、ごめん、歩くの遅かった?」

「いや、そういう事じゃなくて……」

「でも四ツ谷体調悪いみたいだし、ゆっくり歩いていい?」

「俺別に体調悪くないけど」

「えっ!? 疲れたって……」

「嘘ぴょん」

「なんでそんな嘘つくの!?」


 一宮はもう、と怒って俺から手を離し、一人で前に歩いて行ってしまった。


「駄目だよ四ツ谷、もっと普通に好きって言わないとあの鈍ちんは分かんないよ〜」

「なんと言うか……。四ツ谷、あざとすぎて末恐ろしいな」

「四ツ谷、お前っ……」

「あー、はいはい」

「抜け駆けすんなって言ったのはお前だろ!」

「もぉ、みんなうるさいな」

「一宮〜! 四ツ谷が反抗期〜!」


 遠くから、何してんの、早く行くぞ!と急かす声が聞こえる。


 あーあ、まだ暫くは弟ポジションから抜け出せないかも。






●四ツ谷 天音

イケメン。実は一宮が大好き。幼馴染みの前以外では表情筋があまり動かない。5人の中で一番身長が高い。一宮に甘やかされる度に不満に感じてしまうが、でも満更でもない。どれだけでもあざとくなってやろうの決意。一宮の匂いが好きで、どうにか体臭を香水にできないかと考えている。








五藤くんが本気を出した日


「はぅ〜〜〜! 啓修様……っ!!」

「……」


 一宮が蕩けきった顔で俺の事を見つめていた。

 啓修というのは、一宮が好きなゲームのキャラクター。明治時代を生き抜いた車掌で、列車の中で起きる怪事件を主人公である啓修が解決する、という話だ。一宮はこのゲームに影響されて、時々時代錯誤な喋り口調になる。

 どうやら俺はその啓修様に顔や体格が似いているらしく、それに気付いた一宮が、親戚から貰ったけど結局着なかったという学ラン、手袋、あとどこから入手したか分からない学生帽のような物を取り出してきて、俺に押し付けてきた。


「これ……着てください……頼みます……」

「ええ、面倒くさいなあ」

「何でもするから!」

「何でも?何でもって言ったな?」

「あ、うそ、それは嘘。撤回させて」

「よし、着てやろう」

「ああ〜……あ、まあ、ありがとうございます……」


 俺はその場(一宮の部屋)でさっさと着替えたが、一宮は顔に手を覆って、指の隙間から俺を見ていた。


「あ、やばい……啓修様だと思うと……見てはいけないものを見ているような……」

「えっち」

「啓修様はそんな事言わない!」

「過激派」


 そして、全てを身に纏って一宮の前に立つ。顔を覆っていた手は口元にまわり、目をキラキラとさせていた。


「け、啓修様っ……!!」

「そんなに似てる?」

「めちゃくちゃ似てる……あ、ヤバイ……」


 語彙力ゼロになった一宮は、スマホを取り出して俺を連写し始めた。


「あの、啓修様の真似、できる?」

「真似とは」

「……犯人をゴミみたいな目で見て、『車窓から投げ捨ててやろうか』ってやつ……」

「ほう」


 俺もあのゲームは一宮に借りてやった事がある。確かに、1話目でそんなのをやっていた気がする。到底主人公がやる事とは思えないが、声優が人気な人で、いい声してるんだよなあ。

 俺はその時の記憶を辿った。正座で座り込んでいる一宮の胸ぐらを掴んで、顔を近付けた。これは一宮じゃなくて、ゴミみたいな人間。こいつは犯人。


「……車窓から投げ捨ててやろうか」


 普段は使わない表情筋を使うから、顔がピクピクした。ちょっとやりすぎたかも。

 すると一宮は顔を真っ赤にして、呼吸を荒くした。口がぷるぷると震えている。


「はぁーーーっ! はぁーーーっ!!」

「!?、一宮!?」

「あわあ〜〜〜〜〜っ!!」

「一宮……!」


 胸ぐらから手を離した途端、一宮はその場にのたうち回った。まるで駄々をこねて地面を這いずる子どものように。残念な事に、これは高2の男だ。

 一宮はぜえぜえと呼吸を整え、俺を朦朧とした瞳で見つめた。正直めちゃくちゃ怖い。


「啓修様……、もっと罵ってください……」

「え」


 一宮は、俺の事を完全に啓修様だと思っている。困ったな、あんまり詳しくないのに。とりあえず思いつく限り罵っとくか、と思い、俺はその場にしゃがんでうつ伏せになっている一宮の顎を人差し指ですくった。


「よくも俺の愛車でおいたしてくれたな」

「は、はわ……」

「お前なんぞ、乗車する権利も、生きる資格も無いクズだ。すぐに豚箱に突っ込んでやる」

「ア、ア……」


 ん? こんなんだっけ? いや、多分おかしいけどまあいっか。と思って一宮の顔を見ると、面白いぐらいに恍惚とした表情を浮かべていた。

 ヤバイな。こんな一宮、二井と四ツ谷が見てなくてよかった。多分発狂してただろうな。


 俺は面白くなって、一宮の耳元に口を寄せて、さらに罵るような言葉を掛けた。


「雑魚が、脳味噌足りてるのか?」

「あああっ」

「この汚物め。消してやろうか」

「あうううう」

「お前は俺の奴隷だ」

「それは言わない」

「これは言わないんだ……」


 めちゃくちゃ厳しい。

 いきなり冷静になった一宮は体を起こして、俺の手をとってぶんぶんと握手をした


「いやー、ありがとう! 最高だよ、啓修様のコスプレ!」

「そりゃよかった」

「はぁ、本当によかった。ずっと啓修様でもいいんだぜ」

「や……そんな変わらなくない?」

「変わるよ! やっぱ似た服を着てんの全然違うし、雰囲気も超啓修様だったし」

「そうか?」

「うん。マジでよかった、かっこよかった、啓修様……」


 と、一宮は俺というよりは俺がコスプレした啓修様をべた褒めしだして、なんだかつまらなくなり、急いで元の姿に着替えた。


「ええ、着替えるの早いって!」

「……」

「……五藤?」

「……」

「え、……なんか怒ってる……?」

「……」

「え、え、ごめん、え、どうしよう、ごめん、やっぱあ、あの、何でもしますんで」


 俺は訳もわからず平謝りしてる一宮の後頭部に手をまわし、ぐいっと顔を近付けた。困惑した一宮の顔が瞳いっぱいに映った。


「ご、五藤?」

「本物の俺は?」

「え?」

「……本物の俺は、かっこよくないの?」


 ヒュッ、と息を呑む音が聞こえた。

 言葉の意味を理解した一宮は、それはもう面白いくらいに顔から火を吹かせた。


「やっ、え、ええっ」

「俺の顔好きって言ったの、嘘?」

「や、う、嘘じゃ……」


 正しくは俺達の顔、だけど!


「俺より啓修様がいい?」


 必殺、お目々キラキラ困り顔。俺達の顔が大好きな一宮は、この顔をすれば100%堕ちるのは知っている。ちなみにみんな習得済みだ。

 一宮の口から呻き声が聞こえた。


「五藤が一番かっこいい……」


 と、顔を赤くしながら実に悩ましげな顔でぼそっと呟いた。

 俺はその回答に満足し、一宮の後頭部からぱっと手を離した。


「ん、そうだよなあ」


 俺達は一宮のせいで暫く彼女が作れないんだから、せめて一宮は俺の思い通りの言葉を発言してくれないと。


 一宮は悔しそうに俺を見つめた。


「あのさあ! 俺達の中で五藤が一番怖いからな!」

「ん?なにが?」

「だから、そういう……人身掌握みたいな!」

「してないよ」

「してるし! 昔から! ……はあ、だから五藤はさあ……」


 一宮にそれ言われるとめちゃくちゃムカつくな。

 腹が立った俺はその後の一宮との格ゲーの対戦でボロボロに打ち負かしたのだった。






「くそー! うー、そら強すぎ!」

「まだまだ修行が足りないね〜」


 一宮は寝っ転がってコントローラーを放り投げた。一宮、0勝7敗。多分、これ以上やっても俺が勝ち続けるだけだと思う。


 この日は二井が塾、三好が家族と旅行、四ツ谷が親戚の家に遊び行くらしく、珍しく俺と一宮の二人だけでゲームをして遊んでいた。


「そら、もっかいやろ」

「いいけど……多分俺が勝つよ」

「いいのっ!」


 はて、一宮ってこんなに負けず嫌いだったっけ。と、その時はそう思った気がする。


「なんでそんなに頑張るの?」


 と、ぽろっと聞いてしまった。だって、勉強も運動も、一宮はあんまり頑張らない。俺とやるゲームだけ、異様に頑張る。


「……だって、俺、ゲームしかできない」


 一宮は1Pのコントローラーを操作して、キャラクター選択の画面に進んだ。


「ゲームで勝てなかったら、俺いいとこないよ」


 ああ、違う。一宮は、勉強も運動も頑張らないんじゃなくて、多分頑張るのを辞めたんだ。頑張っても、納得のいく結果が出ないから。


「なあ、次このステージにしない?そらもあんまりやった事ないステージだったら──」

「いいとこいっぱいあるよ」

「……え」

「まもるのいいとこ、いっぱいある」

「……ないよ。俺、こんなんだし」


 こんなん。一宮の言うソレは、いったい何を指しているのだろうか。

 普段は明るくてみんなをひっぱる一宮だけど、時々俺と二人になるとこうやって弱気になる時がある。多分、みんなの前で強がっているんだと思う。


「あるよ! だって、俺達のリーダーだし」

「リーダー?」

「だろ? いっつもみんなをまとめてくれるし。みんな、まもるの事大好きだし!」

「……ほんと?」

「ほんとほんと!」


 一宮はコントローラーを離して俺を見た。へにょっと安心したように笑っていて、なんだか心がウズウズとした。可愛い、って、男に対して思ってもいいのかな。


「俺はみんなの中でまもるが一番好き」

「ええ、そんな事言っちゃ駄目だよ、みんな好きでしょ」

「うん。好きだけど、まもるは一番だから」

「……そうなの?」

「そうだよ。ゲームに勝っても負けても、まもるは一番」

「いちばん……」


 一宮は、一番、という言葉を噛み締めていた。一番の称号が初めてのようだった。


「まもるの一番は俺?」

「え?」

「俺だよね」

「え……決められないよ、そんなの」


 俺はゲーム機の本体からコントローラーの線を2本とも引き抜き、コントローラーを背中の後ろに隠した。


「なにすんの!」

「俺が一番って言わないと返さない」

「ずるいよ!」

「返してほしかったらちゃんと言って」

「なんでよぉ〜」


 どれだけ抵抗しても俺がコントローラーを返さないと分かったのか、一宮は渋々と口を開いた。


「そらが、一番……」

「一番、何?」

「……一番好き!」


 俺はその答えに満足して、またコントローラーの線を刺し直した。


「なんかなー、そらっていっつもゴーイン」

「そう?」

「そうだよ! 前からずっと! だって前もさ……」


 一宮はすっかり調子を取り戻して、そして8敗目を手にしたのだった。







●五藤 空良

イケメン。サッカー部の爽やかなイケメン。いいやつだが、少し、いや、かなり物騒。意外とゲーマーでオタク。ゲームがとっても上手。そして多分演技もとっても上手。普段は物腰柔らかだが、一宮を前にするとわがままになってしまう時もある。だって一宮が空気読めないから。






自分では何も気付けない鈍感な一宮くん


〜一宮慰め大会よりも前のお話(二井イメチェンより前)〜


 ある日の放課後、俺は1人でゲーセンに来ていた。1人でだ。

 二井と五藤は部活だし、三好と四ツ谷はなんか女子とどっか遊びに行ってるし。俺は2年に入ってから帰宅部になってしまったので、1人で帰ることが多くなってしまった。

 しかも今日に限っては、家から鍵を持ってくるのを忘れてしまったので、お母さんが仕事から帰るまで家に入れないのだ。ちなみにお母さんの帰宅時間はいつもかなり遅めだ。


「はぁ……。全然取れねー」


 ぼそっと呟いた。

 永遠と取れないぬいぐるみと格闘している。そりゃあ独り言も言いたくなる。

 そもそもそこまで欲しい訳じゃないけど、何か気を紛らわせないと寂しいと思って始めたクレーンゲームだ。このまま続けるべきか、諦めるべきかを見定めていた時だった。


「もしかして……一宮守くん?」

「へっ?」


 後ろを振り返ると、他校の制服を着た男子生徒が複数人いた。

 俺に喋りかけてきた人は勿論、周りの人も誰一人として見覚えは無いし、それにとても陽キャの匂いがする。制服を着崩してるし、髪もなんだか今時だし、絶対ギャルかヤンキーだ。


「え……だ、誰ですか」

「分かるわけないよなー。俺、小学生の時カルチャークラブで一緒だった千田環だけど」

「……あ! えっ、あの千田くん?」

「そう、その千田くん」

「マジで!? ふ、雰囲気めっちゃ変わったね……」

「そう?」


 昔、俺は一時期地域の子ども向けカルチャー教室に通っていた事がある。

 俺的には生花とか茶道とか楽しそー! と思ったのに、俺の幼馴染4人は全く興味を示さなかった。だから当時は珍しく俺1人で通っていた。

 千田くんはそこにいた数少ない男の子だった。とても大人しく、男の子なのに淑やかという表現がぴったりだった。

 なのに、その千田くんがこんなにチャラくなるとは……。


「俺の事、よく分かったね」

「うん。一宮くん、なんにも変わってないからすぐ分かった」

「それは褒めてる? 貶してる?」

「あはは! 褒めてるよ。おかげでやっと話しかけれた」

「え?」


 千田くんは俺との距離を縮めた。パーソナルスペースも昔より狭くなったんだろうか。というか、やっと、とは。


「やっと……?」

「うん。昔カルチャークラブ通ってた時はさ、レッスンの間は話しかける隙も無かったし、終わった後も一宮くんすぐ帰っちゃうし。忙しい子なんだろうなーと思ったよ」


 それは、その後あの4人と遊ぶ約束を入れていたからだ。忙しいとかではない。すまん。


「ほんとは、俺一宮くんと仲良くなりたかったから、ずっと話しかけたかったんだ」

「え」

「だから今日見つけられて、超嬉しい」


 千田くんは俺の手を掴んでぶんぶんと振った。

 普通、小学ぶりの顔見知りにここまで気さくに話しかけられるものなのか?俺は友達が少ないから分からない。

 千田くんに好感を持ってもらっていたのは嬉しいけど、俺はなんと返していいか分からずに固まってしまった。千田くんは、そんな俺に臆する事なく話しかけてきた。


「ね、今暇? この後カラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」

「え、俺と!?」

「うん。人数多い方が楽しいしさ」

「で、でも」

「えー? 駄目? せっかく会えたんだから、俺、一宮くんともっと話したいんだけど」

「え、え」

「いいでしょ?」


 千田くんは俺の手を掴みながら、若干もう歩みを進めている。ああ、後ろにいた他の人達もついてきてる。

 正直怖いけど、断り方が分からない。なんせ俺は友達が少ない。もっと言うと、何故かあの4人以外に友達がいないのだ。気兼ねなく何でも言える人しか周りにいなかったから、こういう時の対処法が分からない。

 まあどうせ家に帰れないし、その間に友達作ってみてもいっか、と俺は前向きに考える事にした。


「うん、いいよ。一緒に行く」

「やったー! じゃあとりあえず外出よっか」


 千田くんが笑って俺を引っ張った時だった。


「おい、一宮」

「こんなとこにいた〜! だめだよ、勝手に動き回ったら!」

「一宮、戻れ」

「すみません、こいつ、俺らと予定あるんで」


 後ろにあの4人が立っていた。

 俺も千田くん達も立ち止まってみんなを見た。俺は驚いて目をまんまるにした。


「え!? なんでみんないるの!?」

「え、この人達誰?」

「えっと、俺の友達……」


 空いている方の俺の手を三好が取った。ヤバイ、ギャルとギャルに挟まれてしまった。またとない経験。


「ごめんなさいね〜、この子俺達と予定あんの忘れてたみたい! さ、一宮行くよ」

「え、一宮くん予定あったの? ごめんね」

「え、いや、ない、」

「……一宮」


 三好が俺の頭を鷲掴みにし、指先に力を込めた。


「ね?」


 無言の圧力。三好の顔を見てみたが、笑っているのに目が全く笑ってなかった。これなら千田くんの方が全然怖くない。


「うん……」


 そう言うしかなかった。

 千田くんは、えーっと声をあげ、不満そうに俺を見た


「じゃあ、連絡先交換しよ。また遊ぼ」

「あ、うん! ちょっと待ってね」


 スマホを取り出してメッセージアプリを開いた。すると、後ろからやって来た五藤が俺のスマホを手から奪った。


「あっ! 返せよ! 何してんの!」

「時間ないから、ほら、行くよ」


 4人は俺の腕をがっしり掴んで、そのまま有無を言わさず俺を引きずっていった。遠ざかる千田くんの顔はポカンとしていて、とても申し訳なくなった。


 俺はその後この拘束から抜けようとじたばたと暴れまわったが、4人は一向に離してくれなかった。もう、意味がわからん。だってこいつらとの予定なんて一切無かったのに。


「なあ! もう、離せよ! てか、なんでみんないんの!?」

「一宮」


 店から出て、静かで拓けた場所に出た。みんなの足はそこで止まり、俺は漸く解放された。でも、4人が逃さんぞと言わんばかりに俺を四方から囲った。


「なんでついて行こうとしたの?」


 四ツ谷が言う。普段から感情の読めない表情をしているが、今は特段イライラしているのが分かった。四ツ谷だけじゃない。どこを見ても、みんなの顔と体から怒りのオーラを感じるのだ。


「な、なんで、みんな怒ってんの」

「知らない人について行ったら駄目だろ。小学生でも分かるよ、そんな事」


 四ツ谷が真顔で俺を見た。めちゃくちゃ怖かったけど、同時に俺も怒りがこみ上げてきた。

 だって、こいつらだってよく素性も知らないやつらと俺との予定を断ってまで遊ぶくせに、なんで俺はこんなに詰められなきやいけないんだ。こいつらの強引すぎる行動のせいで、千田くんに失礼な態度を取ってしまったのも許せない。しかも、連絡先すら交換できなかった。

 俺はふつふつとした怒りから、静かに反論した。


「……知らない人じゃないし。それに、別にいいじゃん。俺が誰と遊んでても、お前らには関係ないし」

「は?」

「ハァ?」

「あ?」

「あ"ぁ?」

「ヒエッ」


 嘘です嘘です、ごめんなさ〜い! てへへ! と手のひらを返して謝りたくなった。なんだって、いつになくこいつらはこんなに怖いんだ。顔がいい大男達に囲まれて睨みつけられるの、怖すぎんだろ。さっきの強気な態度もコンマで消え失せてしまった。俺はぷるぷると震えながら涙声で呟いた。


「そ、そんなに怒らんでも……」

「あのさあ」


 と、五藤が俺の顔を掴んで、いやほんと、文字通り顔をがしっと掴んで、無理矢理顔を五藤の方に向かせてきた。サッカー部の指圧……。


「お前が俺達優先しろっつったくせに、そんな事言うんだ?」

「や、だって、それはそうだけど、別に後から予定を奪ってまで優先しろって意味じゃなくて、」

「俺達と一緒にいられなかったら、ああやってほいほい誰でも知らないやつについてく気?」

「……」


 子どもが大人に叱られているみたいだった。なんで俺だけこんな目に。俺はなんだかこの状況がよく分からなくなり、怒られた子どもがいじけながら言い訳するみたいに声を震わせた。


「だ、だって、俺、今日鍵忘れたからお母さん帰ってくるまで家帰れないし、どうせどこかで時間潰さないといけないし、せ、千田くんも、な、仲良くしてくれそうだったし」


 4人は俺の言葉を聞いて一斉にため息を吐いた。

 怒りから一転、呆れだ。なんだかみんなに見放されたようで怖くなり、俺は更に言い訳を重ねた。


「だって、だって、二井と五藤は部活あるし、終わったら二井は予備校行くだろうし、五藤も帰るか部活のやつらと遊ぶだろ。三好と四ツ谷はど、どうせ、ずっと女子と遊ぶだろうし、だから、俺、一人で過ごすしかないし。……俺がどこでどう過ごしてても、いいじゃん……」


 俺は情けなくなって俯いた。自分でこう言っておきながら、ちょっと反省したのだ。だって、確かに千田くんはかなりフレンドリーだったし昔の知り合いだけど、あの集団の雰囲気はちょっと怖かった。何かあったとしても、俺は彼らに言葉でも力でも勝てる気がしない。

 4人は無言のままだった。怖くて顔を上げられない俺は、息を吐くみたいに弱々しく謝罪した。


「ごめんなさい……」


 俺が謝っても、静寂が続いた。

 怒って、呆れて、もうどこかへ行ってしまうのだろうか。そう思うと悲しくなり、ぎゅっと肩を縮こませた。

 すると、もう一度頭上ではぁ、と息を吐く音が聞こえた。顔を上げるとみんなはもう怒っておらず、なんとも言えない表情をしていた。

 二井の手が持ち上がり、俺の頭に近付く。俺は反射的にびくっとして、自分を防御した。でも俺の頭に降ろされた手は意外にも優しく、あやすようにぽんぽんと軽く撫でた。


「今日は予備校ないから。俺の家で時間を潰すといい」

「え……」

「え〜、じゃあ俺も行こっかな!」

「じゃ、俺も」

「みんな行くんなら俺も行こうかな?」


 いつも通りのテンションで、みんなが喋り出した。驚いて、俺はみんなを見回した。


「え……いいの? みんな、予定は?」

「空いたから大丈夫!」


 と、三好が言って、他のみんなも頷き、二井の家に歩き出した。三好と四ツ谷に関しては、女子と学校から出て行ったのを見たが、本当に大丈夫なのだろうか。


 なにはともあれ、すっかりいつもみたいになってくれたみんなに安心して、俺もいつもの調子を取り戻した。


「もう怒ってない?」

「めっちゃ怒ってるけど」

「ヒィ……」

「二井の家でもう一回説教ね」


 ああ、二井の家に着いてほしくないな。 


「てか俺、ああやって誘われた時なんて断っていいか分かんなかったんだよ。お前ら以外に仲いいやついないからさ、断わる免疫が無いっていうか」

「……防犯ブザー持たすか」

「何歳だよ!」


 四ツ谷が真面目な顔でそう言った。この顔は……多分本気だ。みんながそれはいいなとか、最近は大人用のもあるぞとか、いつでも使えるようにバッテリー不要なのがいいよねとかを相談し始めて、いよいよこいつらが怖くなってきた。

 というか、俺はこの感じに既視感を抱いていた。


「ってか、俺がたまーに誰かに誘われた時、絶対お前らのうちの誰かが来てくれるような気がするんだけど、気のせい? 前にもこういう事何回かあったような……」

「……ああ」

「……あはは、気のせいだよ」

「偶然だから……」

「たまたま、だな」

「……ま、そりゃそうか」


 なんて自意識過剰なんだろう。少し恥ずかしくなってしまった。


「あーあ。俺もいざって時のために、もっと交友関係広めるべきだったな。……ていうか、なんで俺お前らしか友達いないんだ?」


 少し不思議に思った。多分、今までにさっきみたいなタイミングは何回かあったはずだ。少なかったとしても、千田くんみたいに俺と友達になってくれる人が何人かはいたと思うのに。


「なんでかな」


 俺は疑問に思ってみんなの顔を見た。すると先程まで痛いほど突き刺さすような視線を俺に浴びせてきたくせに、今度はみんなして不自然に俺から目を逸らした。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……なんで黙る!」


 あれか、やっぱり俺はみんなとは違うっていうのか。もしかして俺、話しかけにくいオーラでもあるのかな。もっと朗らかに生きてみようかな。

 俺がうんうんと唸っていると、三好が俺の背中をバシバシ叩いた。


「まーいーじゃん! 俺らがいれば十分でしょ。ゴコイチだし! ね、みんな!」

「ああ、そうだな」

「うん」

「そうそう。俺達だけで十分」


 こういう時のこいつらの一体感は、なんなのだろうか。みんなは必死に首を縦に振った。

 それがなんか可笑しくて、だんだんと俺に幼馴染以外の友達がいない事なんてどうでもよく思えてしまった。


「それもそうだな。ま、いっか。ズッ友が4人もいるなんて贅沢だよな」


 そうだそうだと賑やかな言葉が飛び交う。


 ずっと昔からこの5人で行動してきた俺達は、何を言わずともみんな同じ歩幅で歩いた。二井の家はもうすぐだ。

 両脇を幼馴染達にがっちりと固められた俺は、そこから抜け出す事も、抜けようと思う事も無かったのだった。





●一宮守

普通の人。これといって特技は無いし、頭も良くない。でもみんなの事が大好き。幼馴染みタラシ。そして、幼馴染の顔とおねだりに滅法弱い。この度、友達の少なさを改めて実感したし違和感も抱いたが、深く考えない事にした。実は幼馴染達は相当ヤバイ奴ばかりだぞ!




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