なんでお前らモテんのに彼女作らないんだ?あ、俺のせいか!


1

 本当に、なんとなーく、思うままに、軽はずみで言っただけだった。


「なんでお前らモテんのに彼女作らないんだ? あ、俺のせいか! わはは!」


 そう言ってしまった直後、この空間が静まり返り、すぱんすぱんとバトミントンのシャトルを打ち返す音だけが俺達の間に響いた。


 体育が1・2組合同になり、俺達5人は固まって他の人の試合を見ていた。が、俺は体育館という健全な場を一瞬にして戦場にしてしまったようだ。俺を見ている4人の目がみるみるうちに光のないものへと変わっていった。何がそこまで気に障ったのか分からんが、これは流石にヤバイ、と感じ取る事は出来た。


「……って、えへへ、じょ、ジョーダンですぅ……。マイケル・ジョーダンだけに、ね……」

「それはバスケ選手、今やってんのはバトミントン。馬鹿?」

「あはは、そうでした……」


 俺の渾身のネタも誰も擁護してくれない。いや、それはいつもの事だけど。その場の空気を変えようと無理矢理明るく振る舞ってみたが、面白いくらいに不発に終わってしまった。むしろ体感温度は下がる一方だ。そして漸く口を開いた者がいた。四ツ谷だった。


「一宮がさぁ、俺達に言ったんだろ? 彼女つくるな、俺達5人でいる事の方が大事だって」

「ゆ、ゆった」

「俺達が彼女作んないの、一宮のせいなんだよ。ちゃんと守ってんの、俺達はちゃーんと一宮の言う事全部真に受けて守ってやってんの」

「は、はい」

「それをさ、言い出しっぺの本人は覚えてないわけ? 俺達の事そんな軽く見てたわけ? は?」

「や、え、えーっと」


 冗談ですやん! 忘れるわけないですやん! と笑い飛ばしながら言いたい。しかしながら、そんな事言おうものなら俺がバトミントンのシャトルになってしまう未来しか見えない。だって、めちゃくちゃ怒ってる。普段あんまり喋らないし表情も動かない四ツ谷がめちゃくちゃ怒ってる。

 俺は助けを求めるようにチラッとその後ろにいる他3人を見たが、二井はびっくりするくらい拳を握り締めていたし、三好は見えないくらいの速度で床を指でトントンしていたし、五藤はスコアボードの点数のところを破りそうなくらい引っ張っていた。絶対みんな怒っている。


 四ツ谷の後ろにいた二井が今までにないくらい冷たい目で俺を見た。


「一宮の中で、俺達はその程度なのか」


 何言ってんの、この人達。いや俺も悪いよ?俺も悪いけどさ、なんでそんな真に受けるの!?


「なんでそんな話になんの! いや、だから冗談って言ったじゃん!」

「冗談でそんな事言えるくらい、俺達に向けてた彼女作んなって発言はどうでもよかったって事?」


 三好が真顔で言った。普段笑ってるやつが真顔になるのすげー怖いんだよ。


「そんな事、言ってないじゃん……」


 あまりにもみんなから詰められすぎて、俺は弱々しく発言するしかなかった。そして更に畳み掛けるように五藤が言葉を挟んできた。


「一宮のせいで何人の女子振ったと思ってんの? 一宮がああ言ったから、俺らちゃんとこの5人でいんのを優先してるんだけど」

「それは……」


 あれ、おかしいな。本当に冗談で言っただけだったのに。なんでこんな大事になるんだろう。


「──一宮は、俺達に彼女ができても別にいいんだ」


 そんな事言ってない、って咄嗟に言い返せればよかったのに。

 なんでか、間抜けに口を開ける事しかできず、授業を終えるチャイムが鳴った。





2

 そんなこんなで、俺のお手軽に投げた爆弾によって、俺達史上一番のケンカ週間が始まってしまった。俺達、というか、俺vs4人なのだけど。というか、あんなんであそこまで怒るの、こっちだってめちゃくちゃ遺憾の意なんですけど!


 と、俺は憤懣を表情に出しながら、頬杖をついて廊下を見た。

 なんで言ったそばから彼女作ってんの? え、彼女って1日で作れるモンなの? 昨夜錬成した?


 廊下にいたのは、五藤と、その横に見知らぬ可愛い女の子。そしてその後ろに三好と、可愛い女の子。そしてその後ろに四ツ谷と、可愛い女の子。1組所属の俺の幼馴染は見事3人して可愛い女の子と並んで歩いているのだ。それも、わざわざ2組──俺のクラスの前で見せつけるように。正確には彼女かどうかは分からない。でもあの女の子達の照れ具合と空気感、完全に彼女のソレだ。

 俺のクラスの二井は、というと。まあ、二井なんて顔はいいけど、確かに俺がめちゃくちゃ好みな顔ではあるけど、なんて言ったってついこの間まで俺みたいな凡人で、生真面目すぎる陰キャだったのだから、早々に彼女なんて作れるわけねえだろ、と思っていた俺が間違いだった。

 二井、めちゃくちゃにモテてる。どういう技を使ったが知らんが、面白いくらいに机の周りに女の子を侍らせている。だってこの距離から二井の顔見えないもん。


 俺は歯ぎしりをするしかなかった。最初この光景を見た時は開いた口が塞がらないとはこの事かと言わんばかり、俺は口をぱかりと開け、愕然とした。今は視覚情報を整理したため、だんだん怒りの方へ感情がシフトチェンジしていった。


 おかしくない!? ケンカってこういうモノなの!? こんな大掛かりに俺への嫌がらせすんの!?

 分からない。なんせ、いっつもケンカするのは俺の周りの奴らで、大体俺が間に入って仲直りさせるから、まさか4人全員を敵に回すとこうなるとは思いもしなかった。たまに出るあいつらの行動力、一体何なんだよ。


 勿論そんな4人に俺が声を掛けられるはずもなく、みんなに彼女が出来て、俺が一人になって、数日が経ってしまった。

 そう、一人。俺ってば、何故か友達が幼馴染のあいつら4人しかいないせいで、こうなってしまってはマジで孤独になってしまう。そして、俺は大の寂しがりやだ。あいつらには言ってないけど、本当は一人で生活するとすぐ泣きそうになってしまう。高校2年生にもなる男が何を、と思うかもしれないが、これだけは昔から成長しなかった。


 しかし、寂しいけど俺も変にプライドはあるため素直に謝る事も出来ない。じゃあ、どうすれば寂しくなくなるのだろう? と考えた結果、辿り着いた答えは、あいつらと同じ“彼女がいる”という立場に立てば全く寂しくないのでは? というものだった。

 「俺だけ一人」という立場からの脱却、更に念願の彼女もゲットできて、一石二鳥だ。だから、彼女を作ればいいんだ。

 でも困った事に俺は非モテ歴=年齢な故、モテ方……即ち彼女の作り方が分からない。

 どうすればいいのか一人で唸っても分からないだけだ。じゃあ、モテる誰かにモテ方を聞けばいいんだ。





3

「……と言う事で、モテ方を教えてくれると嬉しいんだけど」

「馬鹿なの?」

「お前に言われたくねーよ!」

「そういう意味じゃないんだよ! なんで俺に聞くのってことォ!」


 俺は早速次の休み時間に1組に行って三好を呼び出し、質問してみた。三好といえば、俺達の中で一番柔和でコミュ力もある。いいタイプのギャルだ。だから相談には格好の相手だろうと見込んだが、当の三好はめちゃくちゃ呆れた顔をしていた。分からん。


「だって、二井は顔はかっこよくなったけど明らか奥手だろ。四ツ谷は雰囲気だけでモテてる。真似できん。五藤はスポーツマンだからモテてんだろ。俺は運動嫌いだから駄目。ってことで、三好」

「いやだからさぁ、そういう事を聞いてるんじゃないんだって……本当に一宮馬鹿……」


 む。馬鹿に馬鹿と言われた。この前のテストでは、若干数点俺の方が上だったのに、そんな三好に馬鹿と2回も言われるなんて、心外である。でもまあ、本質はそこではない。


「なあ、どうすれば俺モテんだよ! 教えろよ〜!!」


 三好の腕を掴んで揺さぶると、冷ややかな目でこちらを見下ろした。訂正、見下した。そして、目と同じ冷たい温度でハッキリ答えた。


「知らない。他のやつにでも聞けば?」





4

 俺の心は玉砕し、とぼとぼと自分のクラスへ帰って行った。

 怒ったら1番怖いのは五藤だと思っていたけど、三好もすげえ怖かった。普段へろっと笑っているくせに、まさかあそこまで徹底的に冷たい顔を作れるなんて。まもるくん、と天使のような顔で笑いかけてくれたあの三好は何処へ。

 ってか、なんであんなキレてんだよ。温厚な三好にあそこまで突き放されるとは思いもしなかった。


 他のやつに聞くって言ってもさ、俺あいつら以外に友達いねえんだよ……。俺の今のテンションと度胸では、流石に二井、四ツ谷、五藤に話しかける事なんて出来ない。

 そこでぱっと頭に思い浮かんだのは千田くんの顔だった。

 千田くん、前に小学以来の再開を果たし、そして連絡先の交換すら断念せざるを得なかった幻の人物。幼馴染達のせいで俺と千田くんは無情にも引き剥がされてしまった。ほらもう、あの時連絡先交換しておけばよかったじゃん。今から友好的な関係をいち早く築けるとしたら、彼しかいない。

 でもどうやって探す? もういっそ千田くんがいる学校に行って出待ちとかしてみようか。……意外とありかもしれない。幸い、千田くんの着ていた制服でどこの高校に通っているか特定は出来る。それに、このままひとりぼっちな日を無駄に過ごすくらいならちょっと勇気を出して友達を作った方が俺のため、ひいては未来の俺の彼女のためになる。


 そう思うといてもたってもいられず、みんなに謝れないくせに違う所で行動力を見せてしまった俺は、見事千田くんと邂逅する事となる。





5

 俺の高校から千田くんの高校まではバスで30分ほど。放課後行っても多分千田くんには時間的に会えないだろうなと思ったので、仮病を使い早退をして早めに動くことにした。俺はそれくらいはやれる程度の不良なのだ。気分が悪いと嘘をついて保健室に行く俺を二井はじっと目で追っていたような気がしたが、怖くて見れなかった。


 千田くんの高校前で不審者よろしく出待ちをしていたら、生徒達がちらほらと下校を始めた。そわそわと落ち着き無く待っていると、やけに雰囲気のある賑やかそうな集団がやって来た。その先頭には、千田くんがいる。見つけたのはいいものの、なんと声をかければいいのか全く分からず、ただただ挙動不審に手足を動かしていたら、その奇行が千田くんの目に止まったらしい。


「あっ、えっ、一宮くん!?」

「う、うん! そう!」


 相手の方から気付いてくれた事に安堵し、俺は驚いて固まっている千田くんの元まで近付いた。


「あの、えっと、久しぶり!」

「え……、何か用があってここにいるの?」

「えーっと……その……、千田くんに会いに来た……」


 千田くんはぽかんとした表情で俺を見た。そりゃそうだ。いきなり連絡先も交換してない顔見知りが待ち伏せしているのだ。普通に考えて怖いよな。でも千田くんは数秒後にとても嬉しそうな表情に変わり、俺の手を握ってぶんぶんと振った。


「えー、何それ! めちゃくちゃ嬉しいんだけど! え、え、これから俺達と遊ぶ?」


 俺はチラッと千田くんの後ろを見た。俺達、というのはこの人達も含むんだろうな。改めてこの集団に混じっている俺を想像してみたけど無理すぎる。俺はおずおずと小声で口を開いた。


「えっと、二人がいいんだけど……ダメ?」

「え? 俺と二人って事?」

「うん」

「……」

「……あ、ダメならまた違う日に……」

「いやいや、いいよ。うん、二人で遊ぼっか」


 千田くんはお友達に「俺、この子と遊ぶからパルクールパスで」と言って彼らと別れた。

 ぱる……? 聞き間違いでなければ、あのパルクールだろうか。もしかしてあの人達と遊ぶという選択をしていると俺もああいうのをやる事になっていたのだろうか。思わず心の中でヒエ……と呟いた。


「ごめんね、なんか……せっかくの予定無しにさせて」

「いやいや。あいつらとはいつでも遊べるから。……はぁー、嬉しいな」


 千田くんは横に立つ俺をチラッと見て、顔を綻ばせた。


「嬉しいの?」

「うん。前、連絡先交換できなかったからね。もう一生会えないと思ってた」

「ああ……。そうだよね、ごめんね、なんか……」

「いや、一宮くんは悪くないでしょ。それよりあいつらなんだったの? 何者?」


 あいつら、というのは勿論俺の幼馴染4人の事だろう。俺と千田くんがもう少しで連絡先を交換できる、という手前であいつらのせいで強制送還させられたのだ。


「あー……。お、幼馴染」

「ふーん。幼馴染ね。なんかヤバイね」

「やっぱり? あの時失礼だったよね、ごめんね」

「いや、……まあ、失礼だったんだけど、そういう事じゃなくて、もっと根本的にヤバイというか」

「へ?」

「うーん、まあいいや。それよりさ、なんで俺に会いに来たの?」

「あ、それはね」


 モテるにはどうすればいいか教えてほしくて!


 なんて馬鹿な事言えね〜!

 考えなしに千田くんに会いに来たが、こんな無茶苦茶な理由をしょっぱなで言える訳がなかった。それこそ千田くんに失礼だ。だから俺はやんわりと、嘘ではない理由を言った。


「……千田くんと友達になりたくて」


 すると千田くんくんは更に俺と距離を縮め、俺の肩に手を回し、ニヤニヤと笑った。


「ふーん、そーなの。嬉しいなあ」

「え、えへへ」

「で、本当は?」

「ホヘェッ」

「めっちゃ目泳いでたよ」


 この俺の正直者め!


「え〜……そのぉ、か、彼女が欲しいのですが」

「は?」

「モテるには、どうすればいいのかなーって、千田くんに聞きたくて……」

「……え、そんな事のためにわざわざここまで来たの?」

「うん、あはは」


 千田くんはツボに入ったようで、ひぃひぃと笑い出した。


「そんなんで! ってか一宮くん、多分モテてんじゃん」

「ハ!? いつ!? 誰に!?」

「一宮くんの取り巻き……幼馴染って言ってたあいつら」

「んへ」


 それこそ俺は千田くんの背中をバシバシ叩いて笑った。


「うははははっ! 幼馴染にモテるも何もないでしょ! ってか男だし!」

「んー、いやー、あはは。君の幼馴染達も難儀だねえ」

「ん?」

「いや、なんでもないよ」


 千田くんは俺を見て苦笑した。


「ていうか、俺よりも幼馴染に聞くほうが早いんじゃない?あいつら、モテるでしょ。かっこよかったもん」

「あ! そうなんだよ。俺実は今あいつらとケンカ中で」

「ほう」

「俺vsあいつらで」

「ん? うん」

「俺以外のやつらが一気に彼女作り出したから、俺も作らないとってなって」

「?」

「で、あいつらのうちの一人にどうすればモテるんだ? って聞いたら突き放されちゃって」

「へぇ」

「俺友達いないから、千田くん探そうって」

「え、それで俺の事待ち伏せしてたの?」


 俺はこくりと首を縦に振った。千田くんはまた快活に笑って、すごいねえ、と言った。


「だから俺のとこ来たの?」

「うん、だって千田くんモテそうだし」

「え、俺モテそう?」

「うん、……えっ、もしかして非モテの方ですか……?」

「や、モテるけど」

「クソッ! 少しでも信じようとした俺が馬鹿だった!」

「ふは、分かった。じゃあこれから毎日俺が教えてあげる」

「え、毎日!?」

「うん、こういうのって一朝一夕で出来ないでしょ?」

「まあ、確かに……」

「それにさ、俺、前に一宮くんと連絡先交換できないまま別れたのすっごい悲しかったんだよねぇ。だからいいでしょ?」


 千田くんはオヨヨ、と泣き真似を始めた。こうやって女の子の事を落としているのだろうか。


「う……分かった、よろしくお願いします……」

「ん! じゃあ早速連絡先交換しようね」


 やっと千田くんとの連絡手段を確保出来た。という事は、これはもう名実ともに幼馴染以外の、初めての友達なのではないか。


「ねえ! 俺、幼馴染以外の友達初めて作った!」

「え、本当?」

「うん! 千田くん、俺の1号目だ!」


 十数年に渡って積み重ねられた友達いない歴だが、この日を境に終止符を打つ事が出来る。俺は嬉しさのあまり千田くんの手を無理やり掴んで握手を交した。千田くんは何か言いたげに俺を見つめていたが、テンションが上がった俺はそれに目もくれなかった。


「あっ、俺今日期限切れの課題やらないといけないんだった! ごめん、帰るね!」

「……ああ、うん、また後で連絡するね」

「……! うん! 待ってるねー!!」


 また後で連絡するねって、あいつら以外に初めて言ってもらった。もう普通に友達じゃん!


 俺は意気揚々とバスに乗り込み、車窓から千田くんが見えなくなるまで手を振り続けた。

 その時、千田くんが口を動かしていたが、勿論俺には何を言っているのか聞こえる訳はなかった。




「俺、何を教えるとは言ってないけどね」





6

 そしてその翌日から、俺達は本当にほぼ毎日放課後は会うようになった。

 でも、俺も千田くんもあんな事を言ったくせに、普通に一緒に映画を観に行ったり、ファストフード店に寄ったりと、モテとか関係なくただただ遊んでいるだけな気がするけど、まあいい。一人で過ごすよりよっぽどマシだ。


 そして今日俺達はゲーセンで遊んでいる。


「ああああ!!」

「ん、どうしたの?」

「これっ! 俺が好きなゲームのキャラ! グッズ出てたんだ!」


 俺が筐体の中にある、とあるぬいぐるみを指差した。あまり有名では無いと思っていたけど、まさかぬいぐるみがあったなんて。

 千田くんは目を輝かせる俺を見て、ちょっと待ってね、と言って筐体に100円玉を数枚投入した。


「え、やるの?」

「うん。ちゃんと取れるといいけど」


 と言った数分後、ものの3ターンで見事そのぬいぐるみを取り出し口に落とした。


「うおおお!! すげ! すげっ! マジですげーーー!!」


 俺が興奮気味に褒め称えると、千田くんははにかんでそのぬいぐるみを俺に渡してきた。


「はい、あげる」

「えっ、いいの!?」

「うん。俺クレーンゲーム割と得意なんだよ」

「え、そうなの!?」

「まあ俺の友達あんま興味無いっぽいから、やる機会もあんまりないんだけど」

「そんな、勿体無いよ! 俺、クレーンゲーム好きだけど下手だから一緒にやってくれる人ずっと欲しかったんだ!」

「そうなの?」

「うん! すげーかっこいい! 嬉しい! ありがとー!」


 俺はコツ教えて! と隣の筐体に向かった。千田くんはその場に立ち止まったままで、俺の事をぼんやりとした顔で見ていた。


「千田くん?」

「……あは、あー、いいね、一宮くん」

「? なんか言った?」

「いや、なんでもないよ」


 千田くんは俺に近寄り、コツを伝授してくれた。


「これはね、アームの強さ的に一発じゃ取れないから、まずこの穴に近づけるの。で、あの首と顔のあたりを挟んだほうがいいよ」

「ここ?」

「んー、もうちょっとこっちかな」


 と、千田くんはレバーを握っている俺の手を上から握ってきた。俺はそれにびっくりして、アームではなく千田くんの手をまじまじと見つめてしまった。


「ん? どうしたの?」

「……女の子と遊ぶ時も、こうやってやればいいの?」

「え?」

「なるほど。こういう普通に遊んでる時から技を盗めばいいのか。参考になります」

「……」


 そして俺は真似するように更にその上からもう片方の手を乗せた。あ、なんかこういう遊び、昔したな。自分の手が下になったらアウトみたいな、謎のゲーム。

 俺はそれを思い出して笑っていたら、千田くんは決定ボタンを押して、それから何かを考えるようにじっと俺を見た。


「一宮くんって、いつも“そう”なの?」

「え?」

「調子狂うなあ。幼馴染達が変なの、君のせいか」

「?」


 千田くんは一人で何か納得し、そして次のターンで無事に景品を獲得出来た。そんな千田くんを、俺は師匠……! と羨望の眼差しで見つめた。





7

「あっ」

「……」

「お、おは、オハヨウ!」

「……」

「あ、あのさ、昨日の課題やった? や、二井は勿論やってんだろうな。俺、昨日ワーク開いたらいつの間にか寝ちゃってさあ、あはは、よかったら見せてくんない?」

「……」


 ガン無視。こいつに人の心はないんか。

 朝、登校中にばったり二井と会ったので勇気を出して話しかけてみたのに、ピクリとも反応せずにスタスタと歩いて行かれた。今までこんな事ってなかったのに。よりにもよって、二井。俺は悲しみというより、いっそ怒りの方が勝ってしまい、恨めがましく二井の背中を見つめ、縮まることの無い距離のまま歩みを進めた。


 最近まで朝は誰かと一緒に行っていたけど、それは出来なくなってしまった。俺は校門付近で立ち止まり、チラリと前方を見た。

 三好、四ツ谷、五藤の1組のやつらが、女の子と隣り合って歩いている。女の子の方は、あいつらの方を向いて楽しそうに話している。きっと彼女だ。彼女は、とても幸せそうに花を飛ばしていた。

 俺はむんずと足を踏み鳴らしてそいつらの横を通った。みんなの顔を見る気はとても起きなかった。だって、めっちゃ幸せそうな顔してたら嫌だし。というか、早く教室に行って課題をやらないと先生に怒られてしまうので、さっさと移動しないと。


 痛いくらいの視線を背中で感じた気がしたが、多分気のせいだ。





8

 チャイムと同時に、教室がワイワイと賑やかになった。お昼の時間だ。二井は女子に囲まれているし、1組のやつらはどうせ彼女と食べてるだろうし、俺はまたぼっち飯をキメる事になったけど、別にいいもん。なんと言っても、ここ数日時間が空くとずっと千田くんと連絡し合っている。

 俺は廃部になった天文部の部室前にせっせと移動して、お弁当を食べながら千田くんから来ているメッセージに返信した。


『今お昼?』

『うん』

『午後何?』

『科学。嫌だよー』

『最悪だね。俺は体育!ラッキー』

『は? 体育ってラッキーなの?』

『え? ラッキーじゃないの?』

『千田くんに俺の気持ちなんて分かるわけがない』


 これだから運動のできる陽キャは!

 その後、すかさず画像が送られてきた。


『ごめんね』


 誰かに撮ってもらったのか、両手を合わせて片目を瞑って舌をぺろっと出している。あざと……。


 そうやって千田くんとやりとりをしていると、なんだかんだ昼休みが潰れた。いい気分転換にはなる。

 新しいお昼の過ごし方にちょっと、ほんのちょっと寂しさを感じるけど、俺の方から謝るなんて情けなくてプライドが許さない。というか、ケンカするにしても絶対ここまでやる必要ないと思うし、寧ろあっち側が俺に謝るべきだ。と、俺はどうにも出来ないこの感情を無理やり正当化して意地を張るしかなかった。




9

 その日の放課後は千田くんが委員会があったそうで、会えなかった。『今日遊べなかったから、明日はちゃんと遊ぼ』とメッセージが届いていたが、もうモテ方を教えてくれるという話は忘れてしまったのだろうか。それか、やっぱり見て盗めみたいなやつかもしれない。どっちにしろ、千田くんと遊ぶのは楽しいからまあいっかという考えに収まっていた。


 そして次の日のお昼、大事件が起こった。


 いつものように天文部部室前に移動してご飯を食べようと思っていたら、視界の端で二井がそそくさと教室を出ていく姿がチラッと見えた。別になんてことない行動だろうが、二井はお昼ご飯は絶対お弁当派だから購買に急ぐ理由もないし、二井の周りを囲う女子達もどこ行ったの? とぽかんとしていた。

 怪しい。絶対なんかある。

 俺はいけないと思いつつも、こっそりと二井の後をつけた。が、俺のストーキング能力があまりにも低すぎて、二井の姿を見失ってしまった。どこだと校内を探していたら、女子達が何やら黄色い声を上げているのが聞こえた。


「ねぇ、見た? 中庭の」

「見たよ! ヤバイよね」

「イケメンパラダイス……」

「ほんと目の保養なんだけど……」

「流石に声かけられないよね、あのオーラ」


 イケメン、という言葉を聞き逃さなかった俺は、もしかして……と思い、噂されている中庭に移動した。そこで俺は、やつらを見てしまった。


「は……?」

「あっ」

「え」

「おっと」

「あー……」


 なんと、俺以外の4人──二井と三好と四ツ谷と五藤が、まるでピクニックをするかのように輪になって集まっていた。そう、俺以外の4人が。

 みんなはしまった、みたいな顔を一様にして、口々に驚きの声を上げていた。


「え、なんで、え?」

「い、一宮、違うんだこれは」

「なんで、お前らだけ集まって……え、俺は? なんも聞いてないんだけど……」

「いや、そういうんじゃなくて……」

「……俺、おれだけ……」

「……」


 なんで、誰も何も言ってくれないんだ。

 これなら彼女と幸せそうに一緒にいる所を見る方がまだマシだった。なんで、よりにもよって、俺だけ。だってそんなの、もうケンカとかじゃないじゃん。今まで、こんなあからさまに俺だけ除け者にされる事って無かったのに。


 俺は心の中にとめどなく湧き上がる言葉を全部ないまぜにしてぐっと堪らえようとしたが、全然出来なかった。気付けば、また情けなく大粒の涙をボロボロと溢していた。


「な、なんで、なんで、俺だけ……」


 いきなり泣き出した俺をみんなはぎょっとした目で見つめたが、やっぱり何も言ってくれなかった。俺はそれに耐えかねて、ガキのように泣き叫んでしまった。


「俺だけ……俺だけハブるなんて! ううぅぅ、うあああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!! もう知らない、本当に知らない!!」

「一宮……!?」


 4人が一斉に慌てふためき出し、俺の方に近寄ってきた。もう知らん。今更フォローしても遅い。俺のこの荒れる感情を止める事は出来ない。


「マジで絶交だ! 嫌い! みんな嫌いだ!!」


 俺は中庭に響き渡るくらい大きな声を出して、そのまま午後の授業なんてお構いなしに学校を飛び出した。





10

 勢いのまま外に出たはいいが、学校の敷地を抜けた所で力尽き、減速して死ぬほどゆっくりと歩いた。とぼとぼと歩く俺の姿は哀愁が漂いまくりで、さぞ滑稽だろう。

 そうやって足を引きずりながら歩いて、先程の4人が集まって完全な画となっている光景を思い出しては、また泣きそうになった。ああして4人で並んでいると、本当に息苦しくなるくらいイケメンばかりで改めて俺の不純物さを思い知ってしまった。

 ああそうだ、今日は千田くんとゲーセンで特訓する日だった。俺はゆっくりとゲーセンに向かい、時折鼻をずびずび鳴らしながら千田くんの事を思い出していた。気が付けば午後の授業の時間全部を使ってゆっくり歩いていたようで、俺がゲーセンに到着した頃には既に千田くんが待ち合わせ場所に立っていた。


「あ、一宮くん、遅かったねっ……、!?」

「せ、千田くん〜〜〜〜〜っ!」


 俺はいつもと変わらずゆるっと笑う千田くんを見て、思わず泣きついてしまった。


「どうしたの!? なんで泣いてんの!?」

「うああ、うっ、う、ハブられた、俺だけぇ……、絶交、絶交してきた……」

「え……幼馴染と?」


 俺はこくりと頷いた。千田くんは訳が分からず顔をしかめていたが、俺を宥めようとセーターの袖で涙を拭ってくれた。ふわっと甘い香水の香りがして、なんだか妙に安心してしまった。

 こういう時のために、友達作っておいてよかった。多分一人じゃ耐えられなかった。もう、あんな薄情な奴ら知らん。


「俺、もう千田くんだけでいい……」


 と、ぽつりと呟くと、千田くんは俺の涙を拭っていた手をピタッと止めた。見上げると、表情の読めない顔がそこにはあった。


「……マジで言ってる?」

「う、うん。あと、彼女……」

「ふはは! こんな時でも逞しいね」


 千田くんはああそうだ、と思い出したように呟いた。


「そろそろ教えなきゃ」

「モテの秘訣!?」

「うーん、そうかもしれないし、そうじゃないかも」

「へ?」


 千田くんは俺にぐっと近寄って来た。


「親しい人が踏み込んでいい距離って、ここくらいから。不快に思われなかったら、親密な関係って言えるね」


 そう言って、俺との距離を更に縮めた。


「恋人とかは、このくらいの距離でも許されるの。触って愛情を確認するから」


 見上げるとすぐ近くに千田くんの顔がある。近さを実感すると、自然と鼓動が早くなった。千田くんがゆっくりと俺に問いかけてきた。


「俺の事、嫌?」


 嫌っていうのは、この距離の事だろうか。だとすると、ドキドキはするけど嫌悪感は無い。


「……ううん、嫌じゃない」

「そ、よかった」


 すると千田くんはだらんと垂れ下がっている俺の手を胸のあたりまで持ち上げ、手を繋いだ。俺の体温より、ほんのり冷たい。


「これは?」

「嫌じゃない……」


 そして指と指を絡ませ、所謂恋人繋ぎをしてきた。不慣れな感覚に指の間がもぞもぞする。千田くんは、目で訴えてきた。


「い、嫌じゃ、ない」


 これはなんだ? 俺は今、何をされているのだろう。

 モテが分からない俺には一切理解できない。こうやってやれって事なのかな。


 俺が一生懸命頭の中でぐるぐる考えていると、千田くんは更にぐっと近付いてきた。千田くんの吐息がかかる。


「これは?」

「い、い、嫌じゃ、ないけど、近くない? これって、モテるとか、に、関係あるの?」


 千田くんはふっと口元を緩めて笑った。


「うん、そうだね」


 顔がどんどん近付いてきた。焦点が合わず、千田くんの綺麗な顔はぼやけて写った。は、と小さく息を吐く音が間近に聞こえる。口、なんか、あったかい空気を感じる。近くてどうなってるのかよく分からない。


「──これは?」


 掠れた千田くんの声が聞こえた。

 口を動かしたら、触れちゃいそうだ。

 俺は千田くんにしか聞こえない小さな声で呟いた。


「い──」





11

 嫌だわ流石に! と言おうとしたその瞬間、頭上でスパーーーンッ! と華麗な音がした。どこから? 俺の頭から!


「っ………………たぁぁぁぁぁ!!」


 俺の千田くんへの返答は、痛みの表現に変わってしまった。どうやら何者かが何かで俺の頭をスパンと叩いたらしい。

 あまりの衝撃に後ろを振り返ると、あの4人──二井と三好と四ツ谷と五藤がいた。何これ、デジャヴ?

 五藤が右手を絶妙な角度で構えていたので、多分この手が俺を叩いたのだろう。このゴリラが。


 俺は何故か叩かれた事と、いるはずもない4人がここにいる事でパニックになり、そのまま呆然と彼らを見た。

 そして千田くんはそんな光景を見てにやりといやらしく笑い、敵に向ける態度で話しかけた。


「あーらあら……この間はどうも、幼馴染さん方」


 4人は無言だった。怖すぎて顔が見れず、思わず千田くんの方に逃げようとしたが、そんな俺を見てすかさず五藤が、猫の子を親猫が連れて行くみたいに俺の襟元を掴んだ。咄嗟の事に、潰れた蛙のような声が漏れた。

 なんで怒っているかも分からないけど、怒りのオーラをひしひしと感じる。俺くらいの幼馴染マスターになると、喜怒哀楽のある程度の感情は空気感で分かる。これは絶対怒っている、しかも4人とも。


 でも千田くんはそんな4人に臆する事は無かった。


「ねえ、一宮くん離してあげて。今俺と遊んでんの、分かんない?」


 俺を離すどころか、むしろさっきよりも力を込めて襟を握り締められた。殺生与奪の権が五藤にある気がして、冷や汗が止まらなかった。そこで冷たすぎる温度の四ツ谷の発言。


「一宮」

「ひゃいっ!」

「コイツと、遊んでるの?」

「う、う……」


 怖いし、みんなが何に怒って何故千田くんを目の敵にしているか分からないが、この状況で俺に嘘をつく勇気はない。だって、この期間千田くんとめちゃくちゃ遊んだ。


「あ、遊んでる」


 すると俺の横にいた三好が場違いな程明るい声でこう言った。


「一宮ぁ、帰ろっかぁ!」


 ニコニコと笑うその顔は、この時にに限ってはただの恐怖でしかない。

 そのままずるずると引きずられそうになったのを、俺は大声で引き止めた。


「か、帰らないっ! 俺、せ、千田くんと、遊ぶから。まだ、今日ちゃんと遊んでないし……」


 尻すぼみに言うと、4人は狂ったように笑いした。怖……。なに、なんでこんな事になっちゃったの。

 そんな中、五藤が目を黒々とさせ俺の方をぼんやり見た。


「一宮、俺達より、そいつを選ぶの?」


 これにはそう、ともそうじゃない、とも答えにくい。俺がまごついていると、ただならぬ雰囲気を感じ取った千田くんが乾いた笑いを溢した。


「はは……、そうだよ。一宮くん言ってたよ、俺だけいればいいって。君達、振られちゃったね」


 千田くんがそう言うと、みんなが一斉にドサッとスクールバッグを落とした。五藤と二井に至っては、多分踏んづけている。グシャッ!と凄い音がした。大丈夫か。

 4人は先程までの怒りは何処へやら、次は可哀想なくらい顔を真っ青にして震えていた。


「一宮……? 何馬鹿な事言ってんだ……? 嘘だよなぁ、なあ……?」


 怖くないこいつらなら勝てる! と俺は謎の対抗心を燃やし、震える彼らに徹底的に反抗した。


「嘘じゃない! だって、みんな俺をハブる!!」

「いや、違うって! あれはそうじゃなくて……ああ、もう!」

「ほら、言えないんじゃん!!」


 なんであの時俺以外のみんなで集まっていたのか、一向に喋ってくれない。きっと、俺以外のみんなで楽しい事してんだ。俺以外のみんなで!

 その事を考えれば考えるほど許せなくて、口をついて出たのは、高校生とは思えないような否定の言葉だった。


「そんなみんななんて、大ッキライ!!」


 力任せに言ってしまった。俺、今日だけでこいつらに何回嫌いと言ったのだろう。言ったはいいものの、流石に言い過ぎたよな、と思ってチラッとみんなを見ると、生気の抜けた顔をしていた。そして直後。


「うああああァァァァ……!!」


 4人が叫び出した。俺はぎょっとして、静まるように必死に彼らの口を押さえつけようとしたが、どう考えても人間の手は2本しかなかったので無理だった。控えめに言ってもうるさすぎる。多分もうこのゲーセンは出禁だ。

 そしてそのまま4人は俺をかっさらって、有無を言わせずにゲーセンを叫びながら飛び出していった。なんという疾走感だ。千田くんは一周回って面白くなったのか、大笑いしながら遠ざかる俺の事を見ていた。それでいいのか。

 なんで俺このゲーセンに行くとこんな目に合うの……。





12

 そのままのスピードで引きずられながら移動していく姿は、さながらだんじり祭りのようだった。最初こそ抵抗していたが、本当に俺の言葉が届いていないようだったのでもう諦めることにした。

 やっと一息ついた頃には近所の公園にまで来ていた。

 引きずられていたとは言え、俺もこいつらの速度に合わせて走っていた事には変わりないので、俺はぜぇはぁと情けなく息を整えていた。対して周りがあまりにも静か過ぎる、と思って顔をあげると、息してる? というくらい、体だけ見れば落ち着いていた。体だけ見れば……。


「ちょっ……はぁ、みんな、呼吸、シッカリ……」


 呼吸シッカリて。多分この場で俺が一番呼吸出来ていない。でもみんなの返答はだいぶちぐはぐなものだった。


「いち、いちみや、うそ? うそ?」

「きらい、だいっきらい……うそ?」

「ヒェ……」


 言葉習得したての原始人……もしくは壊れたロボットみたいになっていた。とにかくみんなの様子がおかしいのは分かった。


 二井はぶつぶつと呪詛のような言葉を吐き、三好は真っ黒な瞳のまま笑顔で地面に木の枝を突き刺し、四ツ谷は蛇口から出る水をひたすら眺め、五藤は凄いスピードで雑草を刈っていた。


 ヤバイな、これ。


 俺らの中で数々のケンカを乗り越えて来たが、4/5が奇行に出るこのパターンは初めてだ。とりあえず嫌いという言葉を否定しないと。


「みんな! う、嘘だよ! 嫌いになる訳ないじゃ〜ん! みんな、真に受けすぎだゾ! マニー・パッキャオだけに!」


 最早全然関係の無い人物だ。

 うわー、絶対調子乗んな馬鹿ってげんこつ食らう〜、と思っていたら、返ってきた言葉は意外なものだった。


「ほんと、ほんとに?」

「うそじゃない?」

「きらいじゃない?」

「ほんとう?」


 みんなが口々に言い出した。その姿があまりにも必死過ぎたので、俺はそれを見てなんだか気が抜け、今までのケンカの原因とか何もかもがどうでも良くなってしまった。


「う、ん。本当だから。みんなが一番だから、一番好きだから」


 あんなに片意地を張っていたのに、無意識に謝る時は実にあっけないものだった。するっと口から言葉が零れ落ちた。


「えっと、ごめん。なんか、いろいろ酷い事言って。みんなの事大好きだよ」


 言ってしまえば簡単なもので、なんで俺らケンカしてたんだろ、と思えるほどだった。

 そうだった、昔から俺が謝ったり俺が間に入ればすぐどうにでもなるケンカばっかだったな。今回もそうじゃん。


 どんな反応するのかな、とみんなの顔を見て俺は5度見くらいした。

 額から汗を、目から水を、鼻から血を、口から吐瀉物を一斉に流し出していた。こんな事ってある? 正に地獄絵図、阿鼻叫喚だった。B級ホラーも泣いて逃げるくらいのトラウマレベルだ。俺が言葉を失っていると、苦々しくも二井が力を振り絞って喋った。


「すまないっ……俺達も、すまない、本当にすまなかった、一宮の事世界で一番大切だからっ……だから、……おえっ」

「ちょ、もういいから! 喋んなもう!!」


 俺は嗚咽を溢しながら字のごとくオエしてる二井の背中を擦り介抱してあげた。


「頼むから嘘でも嫌いとか言わないで、こうなるから……」

「うん、分かった……」


 目を真っ赤にさせた三好がそう言った。俺は術者か何かかよ。自分の力が怖くなってきた。

 多分、みんなこの顔に生まれてきたから嫌いとか言われるのに慣れてないんだろうな。免疫が無いからダメージが大きいのか。

 みんな子どもだなあと手のひらを返し、やれやれと肩をすくめた。


「俺もあんな事言って悪かったけどさあ、俺だけハブるみたいな嫌がらせやめろよ。流石に落ち込むだろ」

「いや……ハブってるとかじゃなくてアレは……」

「ん、何? なんなの」

「……」

「やっぱり言えないんだ」


 結局最後まであの集まりはなんだったのか、誰も教えてくれなかった。目を合わそうとしてもみんな目を逸らす。


「……やっぱ俺だけ仲間外れだったんだ。あーあ、みんな彼女も作るしさ、……はぁ、俺、ぼっちな事には変わりないじゃん」


 仲直りしたからと言って、前のようにずっとみんなと一緒みたいな生活が出来ると思ってはいけない。寧ろケンカ中の状態とさほど変わらないだろう。そうなると遊ぶ相手は一人しかいない。


「千田くんと遊ぶか……」


 と、ぼそっと呟いた。


 すると五藤がとてつもない力で俺の肩を掴んできた。


「マジでやめろ本当にそれだけはやめろ俺ら彼女なんていらねえし別れるから」


 一息長文だった。やっぱり隠れオタクは違うな。というか、数ヶ月前まで俺の発言にあんなにとやかく言っていたのに……。


「いや、いいよ。そんなの相手に失礼だろ。もう彼女作んなとか言わないからさ、自由にやりなよ」


 俺は持ち前の寛大な心で彼女を作る事を許してやった。いや、冷静に考えて今までがおかしかったんだ。青春真っ盛りの華の高校生が、同性のただの幼馴染に恋愛を禁じられるなんてトチ狂っていたな。意外にもみんなそれを律儀に守っていたが、きっと我慢をしていたはずだ。

 俺からの呪縛が解かれてさぞ嬉しいだろうな、と思ったが、想像していたものとはかけ離れた表情をしていた。なんというか、突然迷子になってしまった子どものような顔だった。


「え……? じゃあ、一宮はどうなるの……?」

「ええ……? うーん。俺も彼女作るよ。いや、彼女できるか分からんから努力くらいはする。ってか、そのために千田くんと会ってたし」

「ハ?」

「いや、三好にどうやったらモテるか聞いたら他のやつに聞けって言われたからさあ、それで千田くんと会ってた」


 まあ、結局俺がちゃんと習得できた事なんて一つも無かったんだけど。それは置いておくとしよう。


 二井、四ツ谷、五藤は一斉にギュンッ! と三好の方を見た。当の三好は、口をあんぐりと開け、「オレノセイ……?」と、常人ならほぼ聞こえない周波数で何かを喋っていた。三好を責めるのは後にしたみたいで、四ツ谷は必死に表情筋を動かして俺に訴えた。


「なんでそこでアイツになんの!? 俺らに聞けばいいじゃん!!」

「いや、だって……みんななんか怖かったし。それにどうせ聞いても三好みたいにあしらってただろ」

「いや……はぁ、それは俺らも悪かった。で、そいつ……千田には何教えて貰ってたの」

「んー? ……そういえば何も教えて貰ってないじゃん!」

「え、……本当に?」


 そんな俺の言葉を聞いて、ああそれはよかった! と一同に安堵しだした。が、その後の俺の発言でまた厄介な事になる。


「あ! 違う。さっき、やっとモテの秘訣みたいなのを教えて貰ってる最中だったんだよ! 結局よく分かんなかったけど……続きも気になるし、また会って聞こうかな……」


 どうせまた暇になるし、と言うと、突然みんなが目を血走らせて俺の肩や腕を掴んだ。そして五藤がまた早口ノンブレスで喋り出した。


「一宮! ああ〜〜〜、や、あの、俺ら、ほんとあれ嘘なの! 彼女とかいない! いないから、俺達フリーだから! 一宮も彼女作る必要なんて無いと思うぞ!」

「え!? あの女の子達は……? さっき別れるって……」

「え? そんなんいた?」

「えぇ……絶対いたじゃん……さっきそう言ってたし……」


 彼女の存在を否定する人間なんて、こいつらか浮気を疑われた人しかいない。彼女の噂すらまとわりつかない俺にとっては贅沢過ぎる否定の言葉だ。

 そしてそこで加勢するように三好が割り込んできた。


「まぼっ、幻かな! 俺らマジで彼女なんていないって!」

「え……あれ彼女じゃないの? 明らか彼女の距離感だったけど……」


 俺がチラッと見ていたみんなの記憶を辿っていると、珍しく目が爛々としている四ツ谷が俺に近付いてきた。


「四ツ谷、どうした」

「彼女ってのは、こう、こんくらいの距離で……」


 四ツ谷がぐっと距離を詰めてきた。


「手、とか、繋ぐ」


 と、俺と四ツ谷の指を絡めてをぎゅっと握ってきた。あれ? こういうの、つい最近やった気がする。あまりにも覚えがある光景に呆けていると、四ツ谷の整いすぎている顔が更に近付いてきた。


「近いよ、四ツ谷」

「……ウン、彼女にはこれくらい近付くよ」

「そーなの?」


 めちゃくちゃ近い。だってもうこの距離って、


「ちゅー出来そう!」

「オイコラ四ツ谷ァ!!!!!」


 俺達は二井にべりっと剥がされた。二井とは思えないほどの乱暴な言葉で、思わず耳を疑ってしまった。

 1度舌打ちしたのが聞こえたが、四ツ谷はそれに動じず、冷静に続きを話した。


「……だから、あの人たちは彼女じゃない」

「そうなのか……? ああでも、確かに千田くんも同じ事やってたし、そうなのかも」


 ピキッ! と、その場が凍りつくのが分かった。もう、これ何回目だよ。俺は一体いくつの地雷を踏めばいいんだ。千田くん、なんでこんなに危険ワードなんだよ。


「一宮、本当に俺達彼女いないから。安心しろ」


 と、二井が言った。二井が言うと何故か説得力と真実味があり、俺は妙に信じ込んでしまった。


「わ、分かった」

「だから、一宮も彼女作るなよ」

「わかっ……んん、まあ、分かった……」

「そして千田とはもう絶対会うな」

「わかっ……いや、それは嫌だよ! せっかく友達になったのに!」


 俺の初めての、幼馴染以外の友達なのに。漸く一人出来たのに、こいつらのせいでまた失うなんてもうこりごりだ。


「友達ねぇ……ただの友達なら俺達も考えるけど」


 なんで友達作るのにこいつらの許可が必要なんだ。というか、ただ者じゃない友達って何? と思ったが、よく考えれば俺もこいつらに彼女作る事を禁じていたので人の事言えないなと思った。


 だとしても、やっぱり唯一の友達は失いたくない。懇願するようにみんなを見上げると、う、という声が聞こえてきた。効いてる効いてる。


「……どうしても会いたいんなら俺らのうちの誰かを呼べ……」


 お許しが出たと思ったらコレだ。モンペかよ。


「ええ……嫌だけど」

「守れなかったら監禁するから」

「!?」


 二井も冗談を言えるようになったんだな。俺は感動したよ。ただ、冗談を言う時はもっと朗らかに笑って明るく言ってほしい。一気に“本気感”が出ちゃうからな。





13

「じゃあ、はい」


 一旦その場が落ち着き、いや、血や涙を流している相手を前に落ち着いたと言えるか定かではないが、とりあえず俺はみんなの前に手を差し出した。4人は何か分かっていないようで、俺の顔を見た。


「何?」

「いやー、ケンカしちゃったから、仲直りね。あのさ、改めてごめん。やっぱみんながいないとすげー寂しかった。嫌いとか本当に嘘だから、仲直りしてくれる?」


 改まって言うのが気恥ずかしくて、俺ははにかんだ。久しぶりに、こいつらの前でちゃんと笑えた気がする。すると他の4人もつられるように笑って、俺と握手を交した。


「俺達もごめん。ちょっとムキになりすぎた」

「ちょっと……?」


 俺はこいつらの基準に若干引きながら、横一列になっている真ん中、二井と四ツ谷の間に無理やり割り込んだ。身長の高い皆に囲まれるの、案外嫌いじゃないし、この圧迫感も守られてるみたいで安心する。


「はぁー、やっぱりここだよな。俺、やっぱりこの場所じゃないと駄目だ。ふへへ」


「「「「あーーーーー」」」」


「は?」


 タイミング合わせた? と思うくらいにみんながぴったりと叫び出した。今日、この人達本当におかしくて怖い。そしてみんなはまた口々によく分からない事を言い出した。


「死んでも離さん」

「マジでこの生物普通に大丈夫?」

「やっぱり監禁した方が……」

「え?」

「警備レベルを上げるか」

「ん?」


 マジでみんななんの話をしているのだろう。あれか、やっぱり4人でこそこそと何かを企んでいるんだろうか。

 俺はそれに異を唱えようとしたが、それより先に三好が提案をして来た。


「じゃあ今日は一宮の家でパーティーね!」

「えっ! お泊り!? お泊りする!?」

「うん、しよっかな〜」

「わーーーっ! めっちゃ楽しみ!」


 俺の狭い部屋にはいくつも布団を敷けないし、どうせ雑魚寝になるんだろうけど、それが楽しいんだ。高校生になってからみんなとお泊りは初めてだ。お泊り、なんていい響きだろう。


「俺っ、俺な! 新しいゲーム買ったからみんなでやろ! やろっ!!」


 俺はまるで小学生の頃と変わらず、キラキラと目を輝かせてみんなを見た。ケンカしてた事なんてもうとっくに忘れた。やっぱりみんなと一緒にいられるのが一番だ。






「一宮、このぬいぐるみ何?」

「んとねー、千田くんが取ってくれたやつ! 千田くん凄いんだよ。クレーンゲーム得意でさ、コツとかたくさん教えてくれたんだけど、めっちゃかっこいいん………………あっ……」

「……一宮、ちょっとここ座ろうか」







①一宮 守

散々な目に合う普通の人。とても馬鹿だと思う。

今回の件で幼馴染達の過保護レベルがカンストした事を本人は知らない。

みんなに彼女出来てもいいやと思いつつも、いないと分かった途端とっても安心した。自覚は無いが、幼馴染に置き去りにされると癇癪起こしちゃうレベルで依存しちゃっている。自然とそうなったのか、それとも誰かが仕組んだのか…。





──あの時、こちらでは。




「なあもう一宮全然謝ってくんないんだけど! なんのために彼女作ったんだよ俺達!」

「もうこっちが観念して謝ったほうが早い気がする……」

「いや、まだだ。一宮の事だ。絶対一人に耐えかねて俺達に泣きつくはずだろ」

「そりゃそうだけど……。でも最近おかしいんだよ一宮」

「一宮がおかしいのはいつもの事だろう」

「そうなんだけど! 昼休み、多分一人でご飯食べてんだろうけど、全然寂しくなさそうだし、それに放課後さ……このGPSの追尾見て」

「……何これ、めっちゃいろんなとこ行ってんじゃん」

「ゲーセンとかカフェとか映画館とかさあ……。一宮、絶対一人じゃ絶対行かないのに」

「……」

「……」

「いや、一宮にそんな相手いるはずないでしょ」

「そりゃそうだけど。まあ一応? 一応今日の放課後は後を追ってみるか。一応な。前科もあるし」

「そうだね。そろそろ、これ以上意地張んなって怒ってやらないとね」


 と、特大ブーメランを発言し、みんなで笑ったその日に、俺達は汗をかき号泣し血を流し吐瀉物をぶちまけながら一宮に縋り付く事になるとは思いもしなかった。







②二井 虎太郎

嘔吐したイケメン。一宮に奥手と思われているが、一宮にはグイグイいく。女は侍らせていたが、彼女はやっぱり作れなかった。初めての彼女は一宮と決めているので。

同じクラスにいながら一宮を無視し続ける事に、かなりストレスが溜まっていた。一宮不足でそろそろ気が触れそうだった。いや、最後は触れた。

一宮は死んでも離さん…。


③三好 叶斗

号泣したイケメン。一宮が他でもない自分を頼ってくれたのは嬉しかったが、状況が状況だったのでシンプルに呆れてしまった。しかし、その時の何気ない発言のせいでずっと守ってきた一宮の幼馴染以外の友達ヴァージンを破られてしまった事に酷く己を責めたし、5日間くらい悔しくて眠れなかった。

ゴコイチのGPS担当(何がとは言わないが)。一宮、こんなに可愛いのに野放しにして大丈夫?


④四ツ谷 天音

血を流したイケメン。ケンカの期間中、一宮吸いが出来ない事が無理すぎてロック画面にしている一宮の写真に何度も頬擦りをしたし何度も話しかけた。

あの時、二井に引き剥がされてなかったら多分ちゅーしてたね。でも微塵も意識してくれてなかったのはちょっと悲しかった。

そろそろ一宮を監禁した方が精神衛生上いいと思う。


⑤五藤 空良

汗を大量に流したイケメン。一宮を物理的に制御する時は大体この人。一宮には怒ると一番怖いと思われている。普段は穏やかにゆっくり喋るが、一宮絡みでノンブレスオタク喋りを披露してしまう時がある。なんでも要領良くこなすけど、一宮はトリッキーすぎるのでいつだって必死。

一宮を一人で歩かせるの不安すぎるから、将来警備会社でも立ち上げるべきでは?






↓ゴコイチ番外編

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