1
綺麗な子だと思った。
見た目とかではなく、心の話。
2ヶ月程、彼を観察して抱いた印象だった。
中学生と言ったら、何を想像するだろうか。
いろいろあると思うけど、俺は真っ先に『思春期』と答える。まあ、俺もその頃は中学生だったから絶賛思春期だったのだけど。
1年前までは小学生気分が抜けてなかった子達も、大人やちょっと悪いものに惹かれて、それを真似する。少し羽目を外して先生に怒られて、楽しむ。わざと見せつけるように、卑猥な会話をする。人目を気にして、格好つけたがる。身近な大人に反抗する。
これ全部、俺の周りの人達の変化だ。分かる分かる、と思いながらその人達を達観していた。
対する俺は、「そういう事は絶対にしたくない」と思っていた。
ある意味、俺なりの反抗期で、反抗の仕方なのだ。
だってなんかダサいし。
まあ、こういう思考すらも大人からしたらダサいと思われるかもしれないけど。
1年生の時のクラスはそういう人達に囲まれていた。あまり楽しくなかった。
でも、2年生に上がった時に出会ったある人物によって、俺の中学校生活は変わることとなる。
黒川旭くん。俺の一等お気に入りの子だ。
2
2年生の始業式の日。クラス替えの発表の日でもある。
教室の前に貼ってあるクラス分けの紙を見て、自分のクラスを確認した。
他のメンバーを見ても、大して何も思わなかった。
1年の時は内申点のために学級委員長をやっていた。そして、2年でも続けることにした。
2年ともなると、クラスメイトの自己紹介とかもなく、普通に授業もスタートしていった。
最初は少しばかりよそよそしかったクラスの雰囲気も、だんだん賑やかになっていき、また1年の時のようにふざけたり暴れたり下世話な話をするようなグループが出てきた。
俺はそれを横目で見ていたが、またやってるな、くらいの気持ちだった。
ただ、クラス全体を見回して気付いた事もあった。
一人だけどこにも属さず、仲が良さげな人もいない子がいる。
確か、黒川旭くんと言う子だ。
小柄で物静かで主張がない。
おまけに、生きてるのか死んでるのかも分からないような顔をしている。
もしかしたらこの子も面白いと思える事がないのだろうか。俺と一緒かもしれない。
教室の隅で一人本を読む姿はどこか寂しそうで、それが気になって、黒川くんを観察する事が日課になってしまった。
3
黒川くん。目立たない子だけど、何故かその顔を見たことがあるなと思い、そして思い出した。
大月千晶くんの幼馴染と噂の子だ。最近はそんな噂も全く聞かなくなったけど。
大月くんは有名人だ。イケメンでスポーツが得意。陽キャ、カーストトップのグループに所属している。
黒川くんは最初の頃大月くんと一緒に登下校していた。全く関わりのない俺ですら知っていた情報だ。彼はとても目立つのだ。
最近は……一緒にいる所を見かけなくなったが。
ある日の放課後、俺は学級委員の仕事で教室に残っていた。教室には誰もおらず、俺一人だった。教室の窓から夕日が射していて綺麗だった。カーテンが風に靡いていたので、留めようと思い窓際に移動した時に、ふと窓の外が目にとまった。
(お、あれは……)
黒川くんだ。花壇に水やりをしている。
確か黒川くんは緑化委員だったが、緑化委員の業務に校内の花壇に水をやるなんて無かったはず。
もしかして、自分からやっているのだろうか。なんで?
俺は好奇心が抑えきれず、教室を飛び出して黒川くんのいる所まで駆けていった。
4
黒川くんは水をやり終えたのか、花壇の花を見てボーッとしていた。俺は背後に回って声を掛けた。
「黒川くん、何してるの?」
「ひゃいっ!?」
「ははっ、ごめん驚かせちゃった」
「あ、いや……。えっと、花壇の、手入れを、」
「ほう」
黒川くんは明らかに動揺しながら答えていた。
「な、何で新井くんは、その、ここに」
「教室から黒川くんが見えて飛んできちゃった」
「え……」
「何で花壇の手入れをしてるの?緑化委員の仕事でも無いよね?」
「あ、えっと……」
黒川くんはとても答えにくそうに口をモゴモゴとさせて、そして自信なさげに呟いた。
「……し、趣味で」
「え?」
「……男のくせにって思うかもしれないけど、植物が好きで、先生に頼んでやらせてもらってる」
なんと。シンプルに趣味でやっていたとは。
「男のくせになんて思わないよ。むしろ高感度アップじゃない?」
「そうかな……」
「うん。少なくとも俺はいいなって思うけど」
「そ……、そんな事言われたの初めて」
「本当に?いいじゃん。誰に言われずともやってるんでしょ?自己満足だとしても、そういうのできるのかっこいいよ」
「……」
「……お?」
どうしたんだろうか。黒川くんが黙り込んでしまった。
暫く目をキョロキョロ忙しなく動かしていて、少し面白かった。そして、硬かった表情をへにゃっと綻ばせて小さく呟いた。
「あ、ありがとう」
「!」
「新井くんは、お花、好き?」
「……あ、えっと、どうだろう。見るのは好きかも。綺麗だしね」
「うん。綺麗だよね。俺、放課後はここで花壇の手入れしてる時が多いから、よかったらまた見に来て」
「え、いいの?」
「うん。もうこの花たちも枯れかけてるから……多分、また新しいお花、植えられると思うよ」
「そっか。楽しみだな」
なんだか少し、いや、とても嬉しい。
ずっと抜け落ちたような表情をしていた黒川くんの笑顔を初めて見た。
そういえば、と思い出して、俺は黒川くんに質問してみた。
「黒川くん、学校楽しい?」
「え」
「なんか、いつも一人でいるからさ。笑ったとこもさっき初めて見たし」
俺の発言が恥ずかしかったのか、黒川くんは下を向いて顔を真っ赤にさせた。ちょっと可愛い。
そして言葉を考えているのか、黙ってしまった。
「あー……。えっと、ごめん。別に答えなくてもいいよ」
「楽しくない」
「え?」
そう答えた黒川くんは、またいつもの表情に戻っていた。
「楽しいと思ったことなんて、一回もないよ」
5
次の日の朝、俺はいつものように教室に入り、いつものように席に着く……ことはせず、黒川くんの席に向かっていた。
「おはよう、黒川くん」
「……え、え、俺?」
「黒川くんしかいないよ。おはよう」
「お、おはよう」
まさか挨拶なんてされるとは思わなかったのであろう黒川くんは、混乱しながら挨拶を返してくれた。
今まで俺達は交わることがなかったし、尚且つお互いがどこのグループにも属していなかったので、周りの人達の目も集めてしまった。
なんだかとても気分がいい。
俺は周りに聞こえないような声で、こそっと黒川くんに質問した。
「教室で話しかけられるのは嫌?」
「え……」
「俺、黒川くんと友達になりたいんだよね。黒川くんと会うのが許されるのって、放課後だけ?」
「え?えっ?」
「俺的には、拒否されると悲しいんだけど、嫌?」
黒川くんは信じられないものを見るかのように俺を見つめていて、とても面白かった。
「あ……えっと、嫌じゃない、よ」
「やった。はい、じゃあ今日から俺達は友達ね。友達だから、朝の挨拶もするし、休み時間は喋るし、お昼は一緒にご飯食べよう」
「え、え、えっと」
「いい?」
「……う、うん」
きっと黒川くんからしたら俺は無茶苦茶な奴だっただろう。俺の矢継ぎ早な発言に混乱していたが、意味を分かってか分からずか、黒川くんは静かに頷いた。
俺は満足だった。
昨日の会話で、黒川くんに興味を持ってしまった。だからすぐに実行に移した。
俺は興味の無い事には無頓着だが、人一倍野心はある。絶対に黒川くんと仲良くなってやる。
1限が始まる予鈴が鳴った。
「じゃあね、これからよろしくね」
「あっ、……うん」
黒川くんは何か言いたげだった。
席に着いてから、黒川くんがこちらをチラチラと見てくるのが分かった。それが凄くよかった。
きっと授業中も俺の事を考えて気が気じゃなくなるんだろうなと思うと、気分が高揚した。
6
「黒川くんって下の名前旭だよね?」
「あ、うん」
「俺、新井湊だからさ、なんかいいよね、旭と湊で。いいコンビじゃない?」
「確かに、そうかも」
軽く広角を持ち上げて、黒川くんは反応した。
今はお昼ご飯の時間だ。
俺は黒川くんの隣の席を借りてご飯を食べている。
俺がコンビニの袋を持ちながら黒川くんの横に移動した時は、「本当に来るんだ」という顔をしていた。
「旭」
「っえ、」
「旭くんって呼んでいい?」
「あ、う、うん」
「俺の事も湊くんって呼んでいいよ」
「う……」
「え、嫌?」
「や、じゃないけど、……ちょっと照れくさいというか」
「なんで?下の名前で呼ぶだけだよ。ほらほら言ってみて、湊くん」
「……みなとくん」
「うん!なあに、旭くん」
俺はニコニコと、いや、ニヤニヤとしながら旭くんを見つめた。
旭くんは顔を赤くさせてわたわたとしている。
「俺、人の事を下の名前で言うのもだけど、自分の事を名前で呼ばれる事ってあんまりないから、なんか変な感じするね」
「へえ、そうなんだ。じゃあ慣れるようにいっぱい呼んであげるよ、旭くん」
「う、ん」
気恥ずかしかったのか、旭くんは俺から目線を外して下を向いてしまった。
そして、微かに声を震わせて俺に質問してきた。
「あの、なんで……み、湊くんは、その、俺と」
「友達にって?」
「う、うん。昨日も、なんで俺のとこ来たの?」
「んーそうだなあ。旭くんが綺麗だったから」
「え?」
「旭くん、昨日学校楽しくないって言ってたでしょ?俺もそれずっと思ってた」
「湊くんも?」
「うん。周りの人を見てるとなんか馬鹿らしく思えて。まあ俺より賢い人なんてあんまりいないんだけど」
「こっ、声大きいよ……」
「でもさ、旭くんはそういうのあんまり感じなくって」
「俺が?」
「そうそう。綺麗だと思ったから、友達になりたいなあって」
「……変わってるね」
「そう?」
「うん。……でも俺、そんな綺麗な人間じゃないよ」
「なんで?」
「……」
旭くんは黙ってしまった。
どうやら彼には、言いたくない事や言いにくい事は熟考して言葉を選ぶ節があるみたいだ。
「嫌な事からたくさん逃げてきたから」
そう呟く旭くんは、年相応の表情をしていなかった。
「別に、普通じゃない?」
「!」
「俺も嫌な事とか面倒な事はすぐ投げ出すよ。家の事とか、習い事とか」
「え……」
「あとは……人間関係も」
「そうなの?」
「うん。だから俺友達いないし。旭くんが中学で第一号目!」
そう言って笑いかけると、旭くんはまたあの時みたいに表情を緩めて俺を見た。
そうそう、これだ。俺はこの顔がもう一回見たかった。
「湊くんもそういう事するんだね。意外」
「そう?俺そこまで真面目じゃないよ」
「湊くん頭凄くいいし、成績優秀だから……」
「頭いいし成績優秀だけど、優等生ではないからね。幻滅した?」
「ううん。いいと思う」
そう言って笑った旭くんは、やっぱり綺麗だった。
こんなにいい子がなんでずっとひとりぼっちだったのか、と思ったが、探りは入れなかった。
その後は俺から会話を投げかけては返事を貰う、の繰り返しだったが、会話が途切れたタイミングで旭くんがあの、と俺に喋りかけてくれた。
「あの、湊くんって放課後は塾とか行ってるの?」
「ううん。前は行ってたんだけど、楽しくなくてもう辞めちゃった」
「そうなんだ。それであそこまで賢いって凄いね」
「まあ、俺勉強に関しては天才的みたいだね」
「ふふ、冗談じゃないから凄いよね。あの、俺、理科が苦手で。よかったら、分からないところ教えてほしいんだけど」
「え!いいよ。お安い御用だよ!」
「あ、ありがとう!湊くんが教えてくれると心強いね」
「でしょ?任せといて」
「よろしくお願いします!」
こうして、放課後は旭くんに勉強を教えたり、旭くんの花壇の手入れに付き添ったりするようになった。
旭くんとよく行動するようになって、気付いた事がいくつかあった。
意外と表情豊か、意外とたくさん喋ってくれる、意外と口が悪くなる時もある、冗談は割と通じる、自己肯定感が低くて卑屈、運動は苦手、勉強は得意、好きなものには勉強熱心、成長期が遅い事を気にしている。
そして__本当に俺以外に友達がいなさそう。
7
ある日の放課後、俺は植物の世話をしていた黒川くんに付き添っていた。
「これは、ホウセンカ」
「なんか聞いたことある」
「小学校とかで育ててるとこも多いかもね」
「ああ、それで聞いたことあるのかな」
「この中にね、種が入ってるんだけど、ふふ、これ押してみて」
「え?……うわっ!種飛んだ!」
「ね。面白いよね。熟して乾燥したのは迂闊に触ると弾けるの」
「へえ、そうなんだ」
「気になったからホウセンカの事調べたら、花言葉はtouch-me-notだって」
「……私に触るな?」
「うん。ぴったりだけどさ、そんなこと言われたら触りたくなっちゃうよね」
「はは、確かに。意外と花言葉って理に適ってるんだ」
「ね。俺、花言葉って好きなんだよね。存在するだけでそのものに意味があるんだよ。喋らなくても何かを伝えることができるって、羨ましいよね」
旭くんはホウセンカのまだ熟していない実を触りながらそう言った。
時々、彼は何かを比喩するように話題を出す時がある。俺はまだその核を掴めずにいる。彼のこの卑屈たる所以は一体なんなのだろうか。
「俺はさ、すごーく頭がいいし勉強に関してはすごーく容量がいいんだけど」
「あはは、うん」
「……旭くんは俺の知らない事もたくさん知ってて凄いね。旭くんのそういう所、俺大好きだよ」
「っえ、」
「どう?今の嬉しい?」
「う……」
旭くんは面白いくらいに顔を真っ赤にさせた。口をはくはくと動かしているが、言葉には出来ていない。
あー、めっっっちゃ楽しいー……。
俺はニヤけそうになる口元を必死に抑えた。
「み、湊くんって、そういう事、あけすけに言うよね」
「誰にでもじゃないよ。気に入った人にだけ」
「……お、俺の事気に入ってるの」
「うん。旭くんみたいな希少な人は大事にしなきゃね」
「希少?」
「希少だよ。綺麗だもん」
「またそれ……恥ずかしいから辞めてよ」
「嫌だった?旭くん、綺麗だよ」
「……」
パンクするんじゃないかというくらい顔が赤い。旭くんの挙動が面白くて、俺は声を出して笑った。
こんなに可愛いのにな。なんで誰もこの子を見ないんだ。
「旭くんって仲良い人俺以外にいないの?」
「え?」
「気になっちゃって」
そろそろ聞いても大丈夫かなと思い、深入りしてみた。
旭くんは何かを思い返すかのように黙っていた。
「いないよ。俺に話しかけてくれるの、湊くんくらいだよ」
「……そう」
確かに、旭くんは普段無表情で近寄りがたいイメージはあるので、話しかけにくいかもしれない。
そこで俺はあれ?と思い出した事があったので、旭くんに聞いてみた。
「旭くん、1年の始めの方とか、あの……大月くんと一緒に帰ってたり登校してなかった?仲良くないの?」
「……」
旭くんの顔が少しばかり歪んだ気がした。
もしかして地雷だっただろうか。
旭くんは小さく、ポツリと呟いた。
「昔は、仲良かったよ。多分今は俺が千晶に嫌われてる」
「え……」
そんな事初耳だったので驚いたが、呼び捨てするような関係だった事にも驚いた。
「二人はどういう関係?」
「幼馴染だよ。産まれた時から一緒だった」
「なるほど。幼馴染」
「こんなに違うのに、笑っちゃうよね」
「いや……そんなことないけど。何かあったの?」
「……分からない」
「分からない?」
「うん。多分俺が悪いんだと思うけどね」
「何でそう思うの?」
「誰が見ても分かると思うんだけど、俺達全然違うでしょ?だから、一緒にいて楽しくなかったんだと思う。もともと住む世界が違ったんだ。……小学生の頃は、クラスも一つしかなかったし、近所に遊ぶ子もお互いしかいなかったし、狭い世界しか知らなかったから、きっと仲良くしてくれてたんだ」
「……」
「今は、千晶の周りにはたくさん人がいるから……そこが本当の千晶の住むべき世界なんだと思う。千晶も楽しそうだし」
「……喧嘩別れ?」
「……喧嘩とかも、してない。まだその方がよかったかもね」
「じゃあ、自然とそうなったんだ」
「……いや、……えっと……」
旭くんは言葉に詰まらせ、はぁ、と小さく息を吐いてまた呟いた。
「……俺とは、ただ幼馴染ってだけで、別に仲良くしてるつもりはない、好きじゃないって、千晶の友達に話してるの、聞いちゃった」
「は……」
「はは……。今まで俺には千晶しかいないって思ってたのにさ……。執着してて気持ち悪かったと思う。でも、もうそれで決心ついて、千晶を避けるようになって」
秋の風がぶわっと吹いて、ホウセンカの花をカサカサと揺らした。赤々としたその鮮やかな花は、高い秋空の青さと対を成して目が痛いくらいだ。
旭くんは枯れて色素が無くなった花びらを無言でむしり、そして生きているのか、死んでいるのか分からない顔をした。
そうか。だから、いつもこんな顔を。
「……また仲良くなりたい?」
「いや、もう諦めてる」
旭くんは苦しそうに笑った。
8
俺にはお気に入りの映画がある。
昔の映画で、俺みたいな若い学生の中では多分有名ではない。
その映画の原作と言われる本が父の書斎に置いてあり、手に取って読んだことがきっかけだった。
所謂メリーバッドエンドみたいな結末だった。
主人公には思いを寄せていた人がいたが、最終的に弱った隙を付け込まれ、意中では無かった人に洗脳されて終わる。でも、主人公は誰かに救いを求める程弱っていたので、それでも幸せそうだった。
視聴後の後に残る感じが気持ち悪くて無理、という口コミもあったが、それに寧ろ美しさを感じるだろ、という支持派もいた。
俺はその気味の悪さや、洗脳する人間の巧妙な話術に惹かれ、かなりお気に入りの映画となった。
俺は家に帰ってその映画を見ていた。
(なんか……この主人公、旭くんみたい……)
終盤の感情が無くなったみたいな表情が、普段の旭くんにそっくりだった。
考え出すと、主人公に旭くんを重ねずにはいられなくなってしまった。
数日間一緒に過ごして思ったが、俺は旭くんがお気に入りのようだ。周りの人に流されていなくて、でも卑屈で、あと賢い所も好ましい。
おまけに、幼馴染とは訳アリな状況のようだ。
凄く面白い。友達になれて心底良かった。俺の審美眼は正しかった。
旭くんの意識を完全に俺へと向かせれば、もっと面白いのだろうか。
この洗脳する側の人は、最後に主人公を自分のものにできてどんな感情を抱いたのだろうか。楽しかっただろうか。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。
俺は野心は人一倍あるのだ。
9
ある日の放課後、学級委員の仕事で遅くまで学校に残っていた。旭くんは家の用事があるらしくて俺より先に帰っていた。
仕事を済ませたので帰ろうと窓の外を見たら、雨が降っていた。
ついてないな、と思いつつも鞄の中に折りたたみ傘がある事を思い出したので、自分のこういう用意周到さに思わずくすっと笑ってしまった。
玄関に向かうと、出口の前で男子生徒が佇んでいた。
(お!これはもしかして……)
大月くんだった。
きっと、傘を持っていなくてどうしようかと悩んでいるのだろう。なんていいタイミングなんだ。敵情視察だ。
俺は大月くんの横にスッと移動した。
「あちゃー、天気予報嘘つきだね」
「……え?」
「大月くん、だよね」
「あ、うん」
「傘無いの?俺も無いの。困ったね」
大月くんが目をまんまるくして驚いている。驚きを悟られないようにか、大月くんはサッと前を向いてしまった。
「旭くんさ、」
「……は」
「黒川旭くん。幼馴染なんでしょ?」
「あ……まあ」
「ふぅん」
旭くんとの名前を出した途端、大月くんは明らかに動揺した。俺は楽しくなってしまい、大月くんにジャブを打つ事にした。どんな反応をするのか。
「旭くんさ、いいよね。ニッて笑うと八重歯見えるんだ」
大月くんはそれはもう、効果音が付きそうな程のスピードで俺の方を見た。そして一瞬敵意のあるような目を向け、ぼそっと呟いた。
「……そんなん知ってる。あいつ、片方だけえくぼできるから」
「おお〜マウント返しですか」
そう来るとは!
旭くんから聞いてた人物像とかなり印象が違うな。
もしかして、大月くんは旭くんに対して並々ならぬ感情を抱いているのではないか。
「旭くんって面白いね。なんか、みんなとは違うよね。あ、みんなってのは、羽目をはずしている反抗期の人たちの事ね」
黙ってしまった大月くんなどはお構い無しに、一方的に語りかけた。
「旭くん、綺麗で可愛いよね。俺、すっごいお気に入りなんだ」
「は……?」
「俺、学校ってそんなに好きじゃなかったんだけど、旭くんと一緒のクラスになってからはそこそこ楽しいよ」
「……」
大月くんは俺を見て口を開けて固まっている。きっと返す言葉として最適な物を見つけられなかったのだろう。
大月くんをからかうのは面白いが、喋り過ぎもなんとなく旭くんに悪いので退散する事にした。
「……あ、もうこんな時間。俺お先に帰るね」
「え、傘あるじゃん」
「うん。あったね。じゃあね!」
俺は傘をさし、チラッと大月くんを振り返り、歩き出した。
__なんか、思ってたのと違ったな。
旭くんは大月くんに嫌われていると言っていたが、多分そんな事はないのではないか。本当に嫌っていたら、あそこまで俺の話を敵意剥き出しで聞かないだろうし。
悋気、焦燥、嫌悪。一瞬しか彼と話さなかったが、ひしひしと伝わってきた。
嫌われているというか、あれは寧ろ……。
どうやら、幼馴染という二人は複雑な関係性らしい。
10
2年の学期末、今日は面談の日だ。内容は、主に次のクラス替えのための生徒の交友関係把握と進路相談。自習の時間に1人ずつ呼ばれて担任と面談するスタイルだった。
休み時間になり、俺は旭くんとその面談について話をした。
「俺ね、旭くんと1番仲がいいから3年も旭くんと同じクラスにしてくださいって言ったよ」
「あ、え、」
「旭くんは?誰と仲がいいって答えた?」
「う、えっと、……お、俺も、湊くんと仲がいいって、言った……」
「……そっか!まあ、そうだよね」
旭くんは顔を真っ赤にして目線を泳がせていた。いちいちなんなんだろうな、この生娘みたいな反応は。本当に可愛いと思う。
「進路は?行きたい高校とかある?」
「うーん、まだ分からないんだよね。あんまり決めてないですって言ったら、先生から何校か提案されたよ。結構ね、レベル高そうだった。多分前までの成績だったら無理だったと思う。湊くんが勉強たくさん教えてくれたからだよ。ありがとう」
そう言って、旭くんははにかんだ。可愛すぎる。
旭くんは俺の事をあけすけに褒めると言っていたが、旭くんも大概だと思う。いきなりこういう発言をかましてくるから、たちが悪い。
そして俺は旭くんにある提案をした。
「俺と一緒の高校行かない?」
「えっ」
「偏差値は高いけど、いろんな学科あるし、多分旭くんだったらどこかしらは入れると思うんだよね。どう?」
旭くんは考え込んだ。ふと口元から「湊くんと一緒……」と溢れているのが聞こえて堪らなかった。きっと無意識だろう。
「そうだね、湊くんと一緒の高校に入れたらすっごく嬉しい。考えてみるね」
俺は想像した。
旭くんと同じ制服を着て、一緒に勉強をして、時には下校中どこかに寄って、遊んだりして。
とてもわくわくする。なんなら、高校のその先も。
大月くんの事言えないな。どうやら俺も、旭くんに執着しているようだ。
11
3年になった。そして、旭くんとは同じクラスになった。そんな予感はしていた。
だって、俺達は友達がお互いしかいないから。離してしまうと、1年の生活を踏まえて二人とも孤立しそうと思ったのだろう。俺と同じクラスになれて、湊くんはほっとした様子だった。
そして、始業式の帰りに俺は旭くんと少しいさかいに発展してしまった。
「湊くん、あのね、俺、湊くんとは違う高校行くと思う」
「え?……なんで、学力は多分大丈夫って俺言ったじゃん」
「う、うん。それは、ありがとう。でも、俺、多分そこには行けない」
「なんで?理由を教えて?」
「……」
旭くんは口をもごもごとさせ、理由を考えあぐねているようだった。
「何?言い難い事なの?」
「あ、あの……」
そうして旭くんはまた黙ってしまった。俺はそれに苛ついてしまい、八つ当たりのように皮肉をぶつけてしまった。
「あーあ、結局旭くんは俺がいなくても全然大丈夫なのね。ま、俺達ずっと一人で過ごしてきたもんね。バラバラのとこ行ったら、どうせまた俺達孤独に生活するんだよ」
そう言って旭くんの顔を見ると、きゅっと歪んでいた。あ、泣きそうかも。
そして俺はハッとした。
あれ?俺今、なんて言った?旭くんに、酷い事言ったんじゃないか。
気付いたら、旭くんは静かに泣いていた。俺はそんな彼を見て、咄嗟にサーッと血の気が引いた。
旭くんを、泣かせてしまった、どうしよう。
俺はぎこちない手つきで旭くんを抱きしめた。
「違う、泣かせたかったんじゃない、ごめん」
「ごめんなさい、あの、ちがうの、俺、おれ……」
「ううん。ごめん、ただの八つ当たりだった。ごめん、本当にごめん」
何に対して謝っているかもハッキリしていないのに、お互いごめんの応報だった。
どうしよう。今まで人間関係のごたごたや拗れを極力避けて生きてきたから、人の慰め方なんて分からない。小学生の時、通知表の「思いやり・協力」の項目は毎年○が付かなかった。こういうとこだ。
何もできず、俺はただ旭くんを抱き寄せて背中を擦る事しかできなかった。
暫くして落ち着いた旭くんはぽつりぽつりと喋ってくれた。
「あの、千晶が、湊くんが志望してる高校と同じとこ行くって、お母さんから聞いて」
背中を擦る手がぴたっと止まった。
__また大月くんだ。
「ずっと迷ったよ。今も迷ってる。湊くんと一緒のとこ行こうかなって。でも、多分違うとこに行くと思う。ごめんね、俺が弱いから」
「……そんなことない。旭くんは強いよ」
一人になってもいいと思える精神があるのだ。旭くんはとても強い子だろう。
「ありがとう……。あのね、だから、その、湊くんが嫌とかじゃないんだよ。俺、湊くん、だ、大好きだから……。だから、あの、これからも仲良くしてほしい……」
ほらまた、こういう事を言う。旭くんの方がよっぽど素直だ。
旭くんが可愛くて、俺は笑った。
好きって言われたけど、振られたような気分だった。ちょっとやそっとでは、この子を完全に俺だけに向かせるなんてできないようだ。
まあでも、その方が楽しいか。
「でも、まだ迷ってるんだよね?また勧誘してもいい?」
「うん、いいよ。湊くんらしいね」
そう言って、旭くんも笑った。
12
6月。今日は体育祭の日だ。
何故梅雨時期にやるのか、と思わなくもないが、いろいろなイベント時期を考えてのこのタイミングなんだろう。そして天気は見事に晴れた。
俺は運動は苦手では無いけど、こういう学校行事は面倒くさいと思ってしまう。
そして旭くんは運動は苦手だけど真面目に参加しようとしている。手を抜けないところも可愛い。
中学の体育祭は、殆どの競技が全員参加だ。割と序盤にあった50m走で、旭くんは既にへろへろとしていた。直射日光に当たった旭くんの生白い肌が、ほんのりと赤く染まっていた。
50mか100mかを選ぶ権利はあり、俺はもちろん50m走を選んだ。
100m走。わざわざ選ぶ人は運動が得意な人が多いだろう。
ピストルの音と共に、生徒達が一斉に走り出した。外側コースの、飛び抜けて速い人に目がいった。大月くんだ。
大月くんは同じチームの応援を受けて、更に加速した。クラス関係なく、女子達の黄色い歓声が聞こえる。
横にいる旭くんをチラッと見ると、食い入るように彼を目で追っていた。どれだけ避けていても、これは無理もない反応だろう。
そして、大月くんはぶっちぎりの1位でゴールした。クラスメイトから肩を回されハイタッチをし、祝福を受けていて嬉しそうだった。
旭くんは、何も反応していなかった。さっきまで目にうっすらと宿していた興味も消えていた。
というか、遠くの方をぼんやりと見据えていて、なんだか体調が良くなさそうだ。
「旭くん、大丈夫?」
「え……」
「顔色めちゃくちゃ悪いけど」
「……実は、気持ち悪くて」
「えっ?ヤバイじゃん。保健室行こう。立てる?」
「ごめん……」
旭くんの腕を肩に回し、半ば引きずるような形で保健室に連れて行った。ふらふらとしていて、呼吸も浅かった。
結果を言うと、先生から熱中症と脱水症状だと診断された。確かに、旭くんは全く水分補給をしていなかったので心配はしていた。
旭くんはベッドに横たわり、氷嚢で体の数ヶ所を冷やしていた。
「ごめん、俺次の競技出なきゃいけないし、お昼の時間また来るから。終わったらすぐ戻るし」
「ううん、ありがとう。こっちこそごめんね」
日に焼けた顔をとろんとさせながら、旭くんは言った。ああ、もっと早く気付ければよかったのに。いざという時の自分の気付なさに嫌気がさした。
お昼休憩になったタイミングで保健室に向かおうとしたが、生徒達が一斉に動き出したため、混雑していてなかなか動けなかった。やっと保健室に着いたと思ったら、割と時間が経ってしまっていた。
そして、中に入ろうとしたタイミングで意外な人物が中から出てきた。
「うおっ」
「お?」
大月くんだった。一瞬驚いた顔をしていたが、その後あからさまに「しまった」みたいな顔をしていた。
「なになに?御見舞ですか〜?」
「……うるさいな」
「喋ったの?」
「……」
「喋ってないんだ」
全く主語は出してなかったが、誰の事か分かっているのだろう。その時点で、何目当てで大月くんが保健室に来ていたのかが分かってしまう。
大月くんは、きっとなにも手出しが出来ず、ただ幼馴染を眺めていただけなんだろう。
「旭くんは大丈夫そうだった?」
「……さあ。今は寝てる」
大月くんはぶっきらぼうに答えていた。やっぱり、旭くん目当てじゃん。
「そっか。ねえねえ、大月くんってどこの高校行くの?」
「は?なんでお前に言わなきゃいけないの?」
「ええ、優しくないなあ。……当ててあげようか?旭くんと一緒の所に行くんでしょ?」
「!……なんで」
「噂で聞いた。旭くんには直接言ってないでしょ?」
「……」
大月くんは黙ってしまった。
旭くんは、ここからだと割と遠い場所にある高校を志望していた。そして、大月くんもその高校を考えているという噂を聞いた。きっと旭くんはそれを知らない。
「まただんまり?俺と喋るの嫌?」
「……嫌だよ。お前の事好きじゃないし」
「ははは!嫌われちゃったなあ。俺、旭くんに大月くんが同じとこ行こうとしてるよって、言っちゃおうかな」
「っ……!おいっ!それは、やめろ」
大月くんが目の色を変えた。爽やかさが売りの彼からは想像もつかないような表情だった。
「……なーんて。ま、優しいから俺も旭くんに言わないでおくけど。あ、1位おめでと」
俺は大月くんにニコっと笑顔を向け、保健室に入った。最後に見えた大月くんの顔は、俺をキッとねめつけていて迫力があった。
ベッドに横たわる旭くんを見ると、少し苦しそうにしながら眠っていた。
俺は横に座り、旭くんのおでこに引っ付いている、汗でまとった前髪を撫でつけた。すると閉じていたまぶたがふるっと震えた。そして、ゆっくりと目を開けた。
「ごめん、起こしちゃったね。体調は?」
「大丈夫……」
起きたての旭くんは眠いのか熱がまだこもっているのか、ぽやぽやとしていた。
「本当に大丈夫?とりあえず水分補給しよう」
俺はサイドテーブルに置いてあった経口補水液のボトルを旭くんに渡した。ゆっくりとそのボトルを傾け、音を立てて飲んでいた。
飲み終わった旭くんはふぅ、と一息ついて、ようやく落ち着いたようだった。
「ねえ、頭なでた?」
「あ、うん。髪の毛、鬱陶しそうだったから」
「そうなんだ。ありがとう」
旭くんは自分の頭頂部をぺたぺたと触った。俺が撫でたの、前髪なんだけどな。
そして彼はりんごみたいに赤くなった頬をふにゃっと緩めて笑った。
「なんかね、夢でずっと頭を撫でられてた気がするんだ。あんまり記憶はないんだけど、湊くんだったのかな」
「!」
__旭くん、それは。
俺には答えが出ていたが、あえて口にはしなかった。
「……うん、俺かもね」
ちゃんと話せばいいのに。
そこまで気持ちがあるのなら、ちゃんと向き合えばいいのに。なんて面倒くさい関係なんだろう、二人は。
13
あんなに退屈だと思っていた学校生活も、3年になってしまえばあっという間で、気がつけばもう3月になっていた。
3年になってからは旭くんと一緒に勉強したり、家に遊びに行ったり、夏祭りに行ったり、お泊りしたり、最後の身体計測で身長が伸びなかったと嘆く旭くんを慰めたりと、まあいろいろあったが割愛。
結局、最後の最後まで旭くんは俺と一緒の道に進むとは言ってくれなかった。仕方がない。永遠の別れではないしいっか、と必死に自分に言い聞かせた。
けれど、何よりも大月くんが旭くんと一緒の高校に進むということが悔しかった。
だって、旭くんにこれだけ執着しておきながら、一貫してあんな態度を取るんだから。俺だって、誠意を見せてくれれば少しくらいは見直したのに。まあ、わざわざ同じ高校を受けた事自体が彼なりの誠意なのかもしれない。誠意というか、彼の執念かもしれないが。
卒業式を終え、俺達はグラウンドにいた。
思い出話に花を咲かせていた。最初はこんなこともあったね、と笑い合っていたが、俺は後に親戚に顔を出さなければいけないので、お別れをほのめかし始めた時だった。
旭くんは持ち上がっていた口の角度を下げ、そして徐々に瞳には涙が溜まっていってた。
俺は、旭くんの涙には弱いんだ。心臓がぎゅうってなって、俺をおかしくさせる。
心臓が潰されるような感覚と共に、そのまま旭くんもまるで潰すように抱きしめた。
ずっと成長を気にしていた旭くんは、俺の体の中にすっぽりとおさまった。肩が震えている。俺は、最後の最後まで旭くんの慰め方が分からず、あの時と同じように背中を擦ることしかできなかった。
そして、こういう時にやはりというかズバリというか、先に素直に語ってくれるのは旭くんの方だった。
「湊くん、2年間ありがとう。湊くんがいてくれて本当によかった。……湊くんと一緒にいられて、よかった」
「うん……」
「2年生になってから毎日楽しかったよ。湊くんがいたから」
「うん……」
「本当に、ありがとう」
「うん、うん……こちらこそ、ありがとう。俺も旭くんに出会えてよかった。幸せ者だよ」
「大げさだよ」
「大げさじゃないよ。旭くん、綺麗で、可愛くて、大好き」
「またそれ!恥ずかしいからやめてよ」
旭くんは涙を浮かべながらくすくすと笑った。冗談じゃなくて、本気なのにな。
「はあ、名残惜しいけど、そろそろ時間かも」
「うん……。バイバイだね」
俺はこれでもかというくらい旭くんをぎゅうっと抱きしめた。下の方で笑いながら、痛いよ、と言う声が聞こえてきた。
ごめんごめんと言いながら優しく背中を擦っていると、視線を感じて顔を上げた。
__大月くんが、こちらを見ていた。
悔しげにこの光景を眺めている彼を見て、俺はニヤリと笑った。どうだ、羨ましいか。これは俺の特権だ。
俺が腕の力を緩めると、旭くんは腕の中から抜け出した。
「また会えるよね」
「うん。連絡する。多分中々会えなくなると思うけど、絶対また遊ぼう」
「うん!約束だよ」
旭くんはニコっと笑い、またね、と手を振って俺に背を向けて行った。
旭くんの後ろ姿を見届けてから、大月くんのもとに歩み寄った。彼は口を結び、警戒をしていた。
「卒業おめでとう、大月くん」
「……お前もだろ」
「そういう意味じゃないよ。中学のいろんなしがらみからってこと」
「……」
俺は、大月くんがどんなタイプの人間とつるんでいたが知っていた。まさしく、俺が毛嫌いしていたような人達。
そりゃあ、あの空気にのまれて旭くんの事を悪く言ってしまうのかもしれない。
「あーあ。本当は旭くんに俺と一緒の高校来て欲しかったから、最後の最後まで誘ったんだけどなあ」
「はあ!?」
「旭くん、頭いいから。俺とコースは違えどきっと受かると思ったんだよね。……でも駄目だった」
大月くんは目を見開き、俺の方を見つめた。
「……悔しいよね。2年間ずっとずっと一緒にいたのは俺だし、旭くんと仲良かったのも俺だし、旭くんが心を開いていたのも俺だったのに……」
「……」
「結局、最後は君だったよ。君との関係を断ち切りたいからって、あの高校選んでた」
「……!」
「負の感情だとしても、俺は君に負けた。ずるいよほんと、幼馴染ってだけなのに」
本当にずるいと思う。最後まで寄り添えたのは俺だったのに、旭くんが選んだのは俺じゃなくて、大月くんと離れるという自分の決意だった。
そんな大月くんが同じ学校に入学するのだから、旭くんはいったいどんな反応をするのだろうか。二人は、どんな関係になるのだろうか。
「……違う。幼馴染なだけじゃない……」
「何?違うの?」
大月くんはそれに何も返さなかった。返せないのだろう。
反論しておきながら、大月くんが旭くんに向けている感情がただの幼馴染の友愛に留まっていないという事は、薄々勘付いていた。
俺と一緒なのか、はたまたそれよりもっとドロッとした感情なのか。
いずれにせよ、爽やかな彼からは想像もできない思いの重さだ。
「ま、いいよ。今回は俺の負けだから。執念で旭くんと同じ高校を選んだ、本当は意気地なしの幼馴染くんに一旦譲ってあげる」
「は……」
「また旭くんの事蔑ろにするんなら、僕が迎えに行くから。うかうかしないでよね」
負けてしまったんだから、せめて去り際は潔く。旭くんの顔も見ずに、さっさとその場を後にした。
同じ高校になれたからといって、俺が違う高校だからといって、油断した瞬間に、俺はきっとまた旭くんの元に行くのだろう。
俺は野心は人一倍あるのだ。
旭くんを俺だけに向かせたいという願望は、まだ捨てていない。
0コメント