6【もっと大切にできますように】

1
「初詣行かない?」
「初詣……」
「あ、人多いの駄目?」
「ううん。大丈夫……行きたい」

 今日は1月1日。朝からお母さんとお正月の特番を見ていたら、千晶から電話がかかってきた。
 初詣のお誘いだった。俺は一緒に行くことにした。
 千晶と喋るようになってから1年弱ほど経ち、俺も前よりは素直に千晶に反応できるようになった。人混みが嫌という理由で千晶からの誘いを断った時が懐かしい。
 1時間ほど待つと千晶が家に来てくれた。

「おはよ!あけましておめでとう。今年もよろしく」
「あ、あけましておめでとう……ございます。今年もよろしく……お願い、します」
「ふはっ、改まってる」
「だって、こういうのあんまり言ってこなかったから……」
「丁寧でいいと思う……ふっ」
「笑わないでよ」
「ごめんごめん。行こっか」

 俺達の家から最寄りの神社までは歩いて30分ほどかかる。
 小さい頃は近くに神社が無かったため、第二公園に行っていろんなお願い事をしていたのだ。
 ざくざくと軽く積もった雪を踏みしめながら歩く。年越しは何してたとか、この番組が面白かったとか、駅伝は今年ここが強いとか、そういう他愛のない会話をしていた。

 1年前の俺だったら、こんな未来考えられなかっただろう。
 千晶との仲を願わなくなってから、今の関係になった。捨てる神あれば拾う神ありな気がする。

 神社の近くまで来ると、元旦ということもあって初詣に来ていた人がたくさんいた。大きい神社なので、境内や鳥居付近で屋台が並んでいてお祭りのようだった。
 鳥居をくぐると人で溢れていて、とても混雑していた。

「人、凄いね……」
「大丈夫?……おっと、そっち危ない」
「あっ、」

 前から隙間を通って走ってくる子どもに気付けずにいたら、千晶がぐいっと俺の腰を引き寄せてくれた。

「あ、ありがとう」
「ううん。……手繋ぐ?」
「繋がない!」
「ふふ、ごめん」

 ……なんだか最近、千晶のイケメンの底力をとことん見せつけられているような気がする。
 多分、女の子がやられたらイチコロなのだろう。
 人混みに揉まれ、やっと拝殿までたどり着いた。お賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らす。二礼とニ拍手をして、目を瞑って願い事を頭に思い浮かべた。

(もっと大切にできますように)

 去年は、俺にとって大事な物がたくさん増えた年だった。今年はもっと大切にしていかなければいけない。
 お願い事も終わり、最後に一礼してちらっと横を見ると、まだ目を瞑って願っている千晶がいた。
 凄く長い。どれだけお願いしてるんだろう。
 10秒ほど待っていると、千晶も目を開けて一礼したので階段を降りて外に向かった。

「何お願いした?」
「……勉強の事とか」
「十分賢いのに」

 正直に話すのは恥ずかしかったので、嘘をついてしまった。

「千晶は?」
「うんー?秘密」
「ずるいよ!」
「だって人に話すと叶わないって言うし」
「じゃあ聞かないでよ!」
「ははは!ごめん!大丈夫だって、旭は神頼みしなくても勉強できるから」
「だからってさ……」

 軽々しく願い事を言わなくてよかった!
 千晶は時々こういう事を普通にしてくるから少し怖い。

 それにしても、千晶があんなに長い事願っていた内容ってなんだったのだろうか。

「いいにおいだね……」
「だな。なんか買ってく?」
「買おうかな」

 参道を歩いていると、屋台に目が止まってしまった。お昼ご飯をまだ食べていないので、ちょうどお腹も空いてきた。
 どれを買おうか迷っていた時だった。

「あれ?……千晶じゃん!」
「あっ!本当だ!!」
「えっ、千晶!?」

 遠くから声が聞こえて、一気に鼓動が早くなった。

「え……!?ああ!久しぶりだな!」

 数人くらいの男子が千晶の元に走って来た。

 __中学の時に千晶と仲が良かった人達だ。

 俺は咄嗟にじりじりと後ろに下がり、距離を空けてしまった。
 あちらが俺に気付いていないのを確認し、すぐにその場から逃げ出した。
 鳥居を抜け、社号標の辺りで足を止めた。

 なんでこんな事をしてしまったんだ。
 千晶、絶対心配するのに。

 千晶にメッセージを送ろうと思いスマホを取り出そうとしたら、手が微かに震えているのが分かった。

「……」

 何で怖がっているのだろう。何が怖いのだろう。 
 咄嗟に行動したから、それすらも分からなかった。
 俺は、何に怯えているんだ。

「旭!はぁ、よかった、いた……」
「……ご、ごめん。人多くてはぐれちゃった」
「ううん、こっちこそごめん。……帰ろっか」
「うん」

 暫くすると、千晶が走ってやってきた。
 きっと、彼らと積もる話もあっただろうに、すぐにここまで来てくれた。

 高校生になった千晶は、俺が千晶から離れる度にこうして俺を探して見つけてくれる。
 なのに俺は何も変わらない。

 千晶が来るのを待つだけで、逃げてばっかだ。


2
 2月になった。
 2月といえば、そう、バレンタイン。

 お母さんがどうしても一緒に見に行きたいと言ったので、百貨店でやっている特設イベントにやって来た。いろいろなチョコのブランドが一同に介していた。

「お父さんのどれがいいかしら?」
「どれでも喜んでくれるでしょ」
「そうだけど!もー、真剣に選んでよ」
「はいはい……」

 お父さんとお母さんは未だにラブラブなので、毎年のチョコ選びも時間をかけている。ちなみに去年は手作りのものを渡そうとしたらしいが、納得したものが作れなかったらしく、今年は諦めたらしい。
 何周もいろんなブースを周り、1時間くらいかけてやっとお父さんへのチョコを買えたらしい。俺の分と思わしきチョコも持っていた。
 一段落ついたところで、お母さんが俺に質問してきた。

「千晶くんの分も買ったら?」
「え?なんで?」
「別に、最近は女の子が男の子にチョコを渡すだけの日でもないでしょ。いつもありがとうってチョコを渡す人も多いじゃない」
「だからって変だって……」
「何を今更躊躇ってんの!クリスマスにはケーキあげてたじゃない!」
「うう……」
「私も一緒に選んであげる!あ、これとかいいんじゃない?」
「ち、ちょっと……」

 お母さんのおせっかい焼きスキルが発動してしまい、半ば強制的に千晶の分のチョコを買わされた。
 今、俺の手にはちょっとお高めの小ぶりなチョコのパッケージが乗っている。
 どうしよう、これ。


3
 そしてバレンタイン当日になった。
 この日の朝は千晶も朝練が無いため、一緒に登校した。
 
 どうせ千晶はめちゃくちゃにチョコを貰うんだろうな、と思っていたら案の定だった。
 学校に着いて早々、千晶の下駄箱の中には複数個のチョコが入っていた。

「凄い……漫画みたい」
「……漫画みたいだけどさあ、こんな所に入れてほしくないよな」
「贅沢言わないの」

 千晶、そんなに嬉しくなさそうだ。
 きっと下駄箱に入ったチョコを見ての顔なんだろうが、ますます俺は千晶にチョコを渡し辛くなってしまった。
 そもそも今日の朝一番に、なんてこと無いようにさっさと渡してしまおうと思ったが、できなかった。
 きっと帰る頃には義理チョコ・本命チョコを含めて凄い量のチョコを抱えているだろう。
 そんなタイミンクで渡せるのだろうか。

 昼休み終わり間際、移動教室のため廊下を歩いていたら、瀬戸くんが窓の外を見ていきなり「おわっ……」と声を出した。

「え、何?」
「いや!!なんでもない!早く美術室行こ!遅れちゃうぞ!」
「何?外になにかあるの?」
「わーーーーー!!」

 何故か瀬戸くんが必死に窓の外を隠そうとしていた。窓の面積に対して瀬戸くんの守備はガバガバだったので、俺は瀬戸くんの腕と体の間から外を見た。
 そこには千晶がいた。女の子もいる。
 千晶はその子からチョコを貰っている。
 それだけじゃなく、きっとあの雰囲気は……告白されているのだろう。

 こういうことが起きるのは分かっていたけど、実際見るとなんとも言えないモヤっとした気持ちになった。

「……」
「あわ〜……。あ、えーっと、やっぱりモテるねえ!大月くんは!」
「うん……」
「黒川くん!ささっ!授業に遅れちゃうよ!早く行こう!」
「……」

 かなり余裕をもって移動したのに、瀬戸くんは俺の腕を引っ張って急かしてきた。
 授業中もモヤモヤが晴れることは無かった。そのせいで、造形の授業ではなんだかとんでもなく気持ちの悪い粘土の塊を作ってしまった。瀬戸くんはそれを見てゲラゲラと笑った。
 そもそもなんでこんなにモヤモヤしてるんだ?
 モテる千晶が羨ましいから?
 俺とは違うと改めて感じさせられるから?
 それとも、千晶が取られるかもしれないという、小学生のような独占欲?
 自分の気持ちなのに、何も分からなかった。


4
 放課後、花壇の水やりをしていた。
 すると、いつものように部活の休憩時間に千晶がやって来た。

「あと1時間くらいで終わるし、待つの嫌じゃなかったら一緒に帰ろう」
「うん、一緒に帰る……」

 俺は千晶を見上げたまま、黙ってしまった。

「……ん?どうした?」

 あの子とはどうなったんだろうか。
 可愛かったな、あの子。
 OKしちゃったのかな。聞きたいけど、聞きたいけど……。

「あの、千晶」
「あっ!ヤバ!ストップウォッチ持ったままだった!ごめん、返してくる!」
「あ……うん」
「迎えに行くから!教室で待ってる?」
「う、うん」
「分かった!教室な、じゃあ!」
「あ……」

 聞けなかった。
 いや、そもそも部活中に聞こうとするなんて空気が読めなさすぎるだろ。俺の身勝手すぎる。
 俺がうだうだと考えている間に、千晶の部活も終わって、教室まで迎えに来てくれた。
 二人で並んで帰宅する。
 千晶は両手に手提げの紙袋を下げていた。中にはたんまりとチョコが入っている。

「凄いね」
「……え?ああ……、ほとんど友チョコだよ」
「……」

 俺はその友チョコですら1個も貰えなかったのだが。

「それ、全部食べるの?」
「うん、まあ、せっかく作ってくれたし」
「飽きない?」
「飽き……るだろうな。ちょっとずつ食べるよ」
「変なの混じってないといいね」
「え?はは、怖いこと言うなよ」
「……」

 何で俺はこんな意地の悪い事しか言えないんだよ!もっと言うことがあるだろう。
 本当にモヤモヤする。
 自分にも、千晶にも。

 駅に着き、俺の家に向かう。
 千晶の家の方が駅から離れているので、いつも千晶が俺の家まで送ってくれる。
 結局何も聞けないまま、チョコも渡せないまま俺の家の前まで来てしまった。
 いつもは別れの挨拶もさっと終わらせてすぐに家に入って行くが、今日はそれができずに佇んでしまった。

「……」
「……や、どうしたのさっきから」
「何も無いけど……」
「……何もないなら帰るけど」
「……」

 俺は無言のまま、千晶の持っているチョコがたんまり入った紙袋の手提げの紐をギュッと摘んだ。

「ふ、何?チョコほしいの?」
「違う、そうじゃなくて……」
「何よ」
「うっ……」
「……いいよ。なんでも言って?」

 千晶が俺に目線を合わせて笑ってきた。

「……ひ、昼の」
「昼の?」
「……昼の、告白されてたやつ」
「……えっ!見てたの!?」
「み、見る気なんてなかったよ!ただ、瀬戸くんが反応するから……」
「はぁ、やっぱり瀬戸くんか……」
「……なんて、返事したの……」
「へっ?」

 俺はもう千晶の方を見ることができず、紐を掴んだ手はそのままでうつむいてしまった。
 手のひらからじんわりと汗が吹き出しているのを感じた。
 なんだかもういたたまれない。何でもいいから早く言ってくれ。

 すると、頭上でフッと息が漏れるのが聞こえた。

「旭」
「……」
「旭、顔上げて」
「嫌だ」
「……旭は、俺が誰かと付き合ってもいい?」
「っえ」

 思わず顔をあげて千晶を見てしまった。
 自分でもどんな顔をしているのかわからない。

 千晶と目が合った。

 千晶は目尻を下げて笑い、まるで子どもの返事を待つみたいな顔をしている。

 旭が、誰かと付き合う。
 中学の時は、千晶が誰かと付き合っているという噂を聞いても何とも思わなかった。
 いや、思わないようにしていた。

 でも、今は……。

「……い、い、嫌だ」
「……なんで?」

 なんで?俺だって分からない。
 たくさん考えながら、頭に浮かんでは消えていく言葉を必死に紡いだ。

「あの、せっかく、ま、前みたいに、なれたのに、また千晶が……千晶と話せなくなるのは、嫌だ」
「……」
「ごめん……」

 そうか。俺はただ単純に、千晶と離れるのが嫌なだけだ。
 こんな子どものわがままみたいな訴えが恥ずかしくなって、振り返って家に入ろうとした。

「待って」

 千晶が俺の腕を掴んだ。
 千晶は俺の顔を見て言葉を考えているようだった。
 そしてハッキリとした口調で答えた。

「……付き合ってないよ」
「え……」
「付き合ってたら、今日旭と一緒に帰ってないよ」
「……な、なんで、断ったの?」
「俺も旭と一緒だから」
「一緒、って」
「今は旭を一番大事にしたい」
「__!!」
「……って言ったら嫌?」

 一気に体に熱が込み上げてきた。
 はくはくと口を動かす。

 だって、そんなの、まるで。

「……い、嫌じゃない……。けど、そういうこと、あんまり言わない方がいいよ……」
「なんで?」

 この無自覚タラシが。
 こういう言葉も何も考えずとも出てくるのだろう。
 何ともないみたいな顔で言っている千晶を見て俺は妙に拍子抜けしてしまい、今日遂行する筈の本来の目的を思い出した。
 俺は鞄のなかから綺麗に包装されたチョコを取り出す。

「はい、これ」
「えっ……」
「あげる」

 俺が差し出したチョコを見て、千晶は何故か目をきらきらとさせていた。

「……これ、何チョコ?」
「え……何チョコって……いつもありがとうチョコ?」
「……」
「あ……そんだけ貰ったら、もう今更欲しくないと思うけど……」
「いや!貰う!大事に食べるから!」

 千晶はバッとチョコを手に取り、鞄にしまった。

「えっと、多分千晶いっぱいチョコもらうと思って……甘くないやつにしたから」
「そっか。ありがとう。すげー嬉しい」
「……うん」

 すると千晶は俺の頭にポンっと手を乗っけてニヤニヤと笑い出した。

「ははーん。だからあんなにずっと考え込んでたんだ」
「!」
「ほんと可愛いやつだな」
「なっ……!別に千晶の事だけ考えてたわけじゃないから!さよなら!」

 俺はすぐに家の中に入って行った。

 ……なんだよ俺は!ツンデレのテンプレートみたいな事言ってしまった。恥ずかしい。
 そして玄関の扉に背を預け、ずるずると座り込む。
 さっきの言葉が頭から離れない。

『今は旭を一番大事にしたい』

 よくあんなセリフ言えるよ。

「フフ、フフフ……」

 俺は暫くその場から動かず、ずっと一人で思い出してはニヤニヤするのを繰り返していた。


5
 3月になった。今日は卒業式だ。
 上級生と特に関わりのない俺には、あまり関係の無い行事だ。
 今は卒業式もその後のホームルームも終わって、俺はぽつんと一人で教室に残っている。多くの人はお世話になった先輩の元に挨拶しに行っているみたいだ。俺は陸上部で集まっているという千晶を待っている。瀬戸くんも3年生の棟に行っているらしい。
 瀬戸くんは部活に所属していないのに、持ち前のコミュニケーション能力のおかげか、先輩たちからも好かれている。

(暇だな……)

 多分ちょっとやそっとの時間では帰ってこないだろう。用務員の佐藤さんのお手伝いでもしに行くかと思った時だった。

「クロカワアサヒ?」
「えっ?」

 俺の名前を呼ぶ声が聞こえたので入り口の方を見ると、知らない男の生徒が立っていた。

「お前が黒川旭?」
「え、あ、はい……」

 誰なんだろう。なんで俺の事を知っているのだろう。
 少し釣り上がった目、薄っすらと持ち上がっている広角、耳に光るピアス、一軍のような雰囲気。
 その生徒は俺に近寄ってきてこちらを選別するかのような目でじっと見つめてきた。

「ふーん……」
「あ、あの……?」
「思ってたのと違うねえ」
「え」
「なんにもない。じゃあね、ヨワヨワくん」
「よわ……え?」

 そう言って彼は去って行った。なんだったんだ今のは。
 ぼーっと佇んでいるといつのまにか長い時間が経っていたようで、千晶が教室にやって来た。

「ごめん、お待たせ」
「ううん。……泣いた?」
「いや、泣きそうになっただけ」
「ふ、目赤くなってるよ」
「なってねーよ……。多分結構待たせたと思うけど、暇じゃなかった?」
「暇じゃなかった……あ」
「ん?」

 そういえば、と思い千晶にさっきの事を話した。

「なんか、知らない人に話しかけられた」
「え?生徒?男?」
「うん、学年は分からなかったけど……。お前が黒川旭?って」

 すると千晶はぴくっと反応した。

「……ツリ目の軽薄そうな男?」
「え、あ、多分そうかも」
「やっぱりあいつか……。大丈夫か?嫌な事言われなかった?」
「嫌な事……」

 訳が分からなさすぎて、そんな事言われたかどうかも覚えていない。

「うん、多分大丈夫だったと思う」
「それならいいけど……。あいつにはもう関わるなよ」
「え?」
「何か言われても無視しろ」
「何で……」
「いいから」
「分かったけど、結局誰なのあの人」
「……小野田海斗。俺らとタメだよ」

 どうやら千晶の知り合いのようだった。

「一緒のクラスの人?」
「いや、隣のクラスなんだけど……よくうちのクラスに遊びに来る」
「仲いいの?」
「仲……別に良くないけど、すげえいろいろ聞いてくる」
「それは、千晶と仲良くなりたいんじゃないの?」
「そうなのかな」
「……嫌なの?」
「別に嫌じゃないんだけどさ、あいつなんかちょっと素性が分かんなくて怖いっていうか……あんまり近寄りたくないんだよ」

 確かに、あの時の俺を見定めるような目は少し怖かった。
 それにしても、誰とでもすぐ仲良くなれる千晶がここまで言うのは珍しい。本能的に何かを感じているのだろうか。

「はぁ……、2年になったら絶対あいつと同じクラスな気がする」
「なんで?」
「俺文系選んだんだけど、あいつも文系って言ってたし……可能性高いんだよ」
「ああ、そうか……」
「って、こんな失礼な事言ったら駄目だな。別にヤバイ奴って決まってる訳じゃないし」
「うん、そうだね」

 うちの高校にはクラス替えがあり、2年からは特進コースと進学コースの中でそれぞれ文系と理系でクラスが別れるようになっている。俺も文系を選んだ。

「クラス替えか……」

 ぽつりと呟く。

「旭も不安?」
「いや、ううん。瀬戸くんも多分一緒だし、大丈夫」
「瀬戸くんなあ。ま、それは安心か。……あーあ、俺も旭と一緒のクラスになれたらよかったのに」
「あっ、えっ」
「コース違うから絶対無理だけどさ。……一緒のクラスだったのが懐かしいな」
「う、うん……」

 俺は千晶からスッと目線を外した。気まずかったのだ。
 千晶とまた仲良くなれるって知っていたのなら、中学の時、あんな事言わなければよかった。


6
 中学1年の終わりの頃の、今くらいの時期の事だった。
 俺の通っていた中学では、学年末、担任の先生に誰と仲が良いかとか誰かに嫌な思いをされてないかとかを言うような面談があった。
 その面談の意図は公表されていなかったが、恐らく次のクラス替えの参考にするためなのだろう。当時の俺は仲良くしている人も全くいなくて孤立していたので、担任の先生も心配してくれていた。その人は若くて教師になりたての女の人だった。

「黒川くん、今のクラスで休み時間とかによく喋る人いる?」
「いないです」
「そっか。他のクラスは?」
「……いないです」
「そう……。もし何か嫌な事されたなーって思ったら何でも言ってね」
「……あの、」

 特に嫌なこともされてないし、別にどんなクラスでも良かったけど、一つだけ叶えてほしい願いがあった。

「ん、どうしたの?」
「あの……。千晶……、5組の大月さんと、違うクラスにしてほしいです」
「えっ……」

 この面談の場は、誰とよく一緒にいるかや誰と相性が悪いかを担任が知るために設けられているので、本来ならこんな我儘は挟んではいけないのだろう。
 でも俺は、千晶と一緒のクラスは絶対に嫌だと思っていた。
 いつもは大人しくて主張が無い俺がハッキリと自分の意見を言ったのが珍しいのか、担任の先生もこの時ばかりは驚いていた。

「えっと……。もしかして、嫌な事されたりした?」
「あっ、いいえ!そんな事はないんです。あの……。大月さんは、悪い人じゃないです」
「そっか。違うクラスにしてほしいの、何でか聞いてもいい?」
「……」

 何と言おうか迷った。

 俺が千晶に嫌われているから?
 千晶の周りの人が怖いから?
 もう仲良くなれないのに、一緒のクラスにいるのが心苦しいから?

 こんな事、正直に先生に言えるはずがなかった。

「……け、喧嘩して、その、ずっと前に……。絶交したので、顔を合わせたくないです」
「は……」

 5割くらいのウソをついてしまった。

「あの、子どもっぽい理由かもしれないですけど、俺にとっては大事な理由なんです。クラス離れている方が、全部の事が安心できるんです。我儘言ってごめんなさい。お願いします……」

 俺は椅子に座ったまま頭を下げた。
 先生も初めての経験なのか、おろおろとしていたようだった。

「えっと、顔上げて!うーん、そっか……。喧嘩……。黒川くんは、大月くんと仲直りしたいと思う?」
「……いいえ」
「そっか……。うん、そういう関係もあるよね。もう中学生だもん」
「……」
「今までの話は考慮した上でクラス分けは考えるけど、生徒達一人一人のお願いを全部聞くことなんてできないからね、絶対ではないよ。でも参考にはするね。話してくれありがとう」
「はい……。ありがとうございます」

 今思うと、俺なんかの話や我儘をしっかり聞いてくれて、意見を通してくれた良い先生だったなと思う。

 そうして俺達は3年間同じクラスになることなく中学を卒業していった。
 一度も一緒のクラスにならなかったのは、偶然でも何でもなく、俺がそう仕向けてしまったのだ。

 もしも俺達が中学の時に同じクラスになれていたら、あの時の関係性も少しは変わっていたのだろうか。
 俺のこの卑屈な性格も変わっていたのだろうか。


7
 という中学のクラス替えの事を思い出してしまったけれど、流石にこんな事は千晶に言えない。
 もう一生千晶と同じクラスになる事はないと思うと、罪悪感でいっぱいになった。
 千晶の用事も済んだようなので、俺達は帰ることにした。
 いつものように千晶が俺を家まで送ってくれ、玄関の扉を開けようとした時だった。

「あ、旭、待って」
「ん?」
「はい、これ。ちょっと早いけど、バレンタインのお返し」
「えっ」

 そう言って千晶は俺に可愛いロゴが入った小さな手提げの紙袋をくれた。

「い、いいのに。お返しなんて……」
「いいから。あ、旭甘いもの大丈夫だよな?」
「うん。大丈夫だけど……」

 中を見てみると、そこには4個入りのちょっと高そうなマカロンが入っていた。

「……マカロン?チョコじゃないの?」

 すると千晶は、あー……と呟いて、なんとなくばつの悪そうな顔をした。

「……ホワイトデーにチョコを返すのは、その、相手からの気持ちは受け取れない、みたいな意味があるらしくて……」

 え……?

「……えっ!?いや、俺別にそういうつもりで渡したんじゃないっ……」
「いや!分かってるけど!分かってても、その意味を知っててわざわざチョコ返すのも嫌だなって……」
「ああ……。まあ、たしかに。じゃあマカロンにも意味があるの?」
「……」

 千晶がまたまたなんともいえないような顔をしている。心なしかうずうずしている気がする。
 絶対意味あるな。

「あるんだ……。どういう意味?」
「……まあまあ。自分で調べた方が楽しいんじゃない?」
「えー……。まあいっか。どうせ食べるのには変わらないし。ありがとう」
「……うん」

 千晶は若干顔を赤くしながら帰って行った。

 まさかお返しをくれるなんて思わなかった。
 こんなに可愛いお菓子を千晶が一人で買いに行ったのだろうか。だとすると少し面白い。
 俺は上機嫌で家に入り、千晶から貰ったマカロンを夕食後に大事に食べようと思い机の上に置いて、そして夕食後にはすっかり忘れて、そのままマカロンの意味なんて調べる事なく食べきってしまったのだった。

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