1
文化祭も終わり、あっという間に時が過ぎ、12月になった。
今はテスト期間の最中なので、部活の無い千晶と一緒に下校している。
「でさ、朝練早すぎて授業中寝ちゃって、気付いたら終わってて、そいつに『ノートとれてないうえに字読めないんだけど!?』って怒られてさ」
「ははっ、古典って普通に授業受けるだけでも眠たくなるから仕方ないよね」
「だよな!?あのおじいちゃん、喋り方もすげーゆっくりだしさ……」
どうやら千晶の授業態度はあまり芳しくないようだ。勉強の方は大丈夫なのだろうか……。
この後、俺達は一緒に俺の部屋でテスト勉強をする予定だ。
俺達は、文化祭で中学3年間のわだかまりを解消して、仲直りすることができた。
かと言って、何かが大きく変わったという訳では無かった。
もう俺達は高校生だし、俺も昔みたいに千晶に付いて回るということも、べったりくっつくということもない。
ただ、少し変化した事もある。
今日みたいにお互いの家にお邪魔する事が増えたり、千晶が俺を遊びに誘ってくれる事が増えた。
それくらい。
「ん?何?」
「……ううん、何でもない」
今は、それだけで十分だ。
2
「おじゃましまーす」
「はい、どうぞ」
入学して2日目の日は、千晶はあんなに緊張気味に俺の家に入っていたのに、今ではもうそんな様子を全く感じられない。
「先部屋言ってて。飲み物持って来るから」
「ん、ありがと」
先に千晶を俺の部屋に通し、俺はキッチンに行って飲み物を用意した。
冷蔵庫を開けると、いつもは絶対に無い、豊富な種類の飲み物が置いてあった。そして、テーブルには大量のお菓子が。
お母さん、千晶が来るって絶対分かってたな……。
俺はその中から適当に何個か選んで、部屋に持って行った。
「なんか……。これ、多分お母さんが、千晶にって」
「え!マジで?いいの、こんなに」
「うん、ってか、もっとあるから、いっぱい食べて」
「ふはっ、ありがと」
扉を開けると意外な事に、既にローテーブルの上に問題集を置いて勉強する態勢になっている千晶がいた。
俺はその前に座り、飲み物とお菓子を置いた。
「……これ、おばさんチョイス?」
「うん。いっぱいあったから、俺が下から適当に持ってきたんだけど……あんま好きじゃない?」
「や、じゃなくて、全部俺が好きなやつだからさ。これとか、小さい頃よく食べてた」
「あ、確かに」
「おばさんも旭も、俺の好きなの意外と覚えてるよな」
無意識に選んだものだったけど、確かに、全部千晶が好きだと言っていたものだった。
お母さんも昔よく千晶のために買っていたので、思い出したのだろう。
「ほんと、俺の親、千晶の事大好きだよね……」
「ん?そう?」
「そうだよ。だって千晶来る日とか遊ぶ日だけなんかテンション高いし……家族ぐるみで愛されてるよ」
「はは、嬉しいな……」
そう言うと、千晶は手を止めてチラッと俺の方を見た。
「旭は?」
「……え?」
「その家族ぐるみの中に、旭は入ってんの」
「……」
「ん?」
旭はニコッと広角を上げて、俺をじっと見つめてきた。
自分の顔に、熱が集中するのが分かった。
なんでだよ。ただ普通に答えればいいだけなのに。なんでこういうのは恥ずかしくなるんだ。
「……うん」
大丈夫だろうか。そっけなかったかもしれない。もしかしたら、声小さくて聞こえなかったかも。震えていたかもしれない。
言ってからいろいろとマイナスな事ばかり考えたけれど、どうやら千晶にはちゃんと届いていたみたいだった。
千晶は破顔させて笑った。
「はははっ!ごめん、分かってて聞いた」
「や、やめてよ。こういうの、苦手なんだから……」
「ふ、ごめんって。勉強しよ?」
千晶はまた問題集に意識を落としていった。気持ちを切り替えて、俺も勉強する事にした。
「ん〜、これ分からない……」
「あ、これは……、えっと、ここまで合ってるから、もう一個別で考えて、で、ここに代入して……」
「……お!なるほど、そういうことか。出来た」
「出来たね」
「ありがと!」
千晶は授業中寝ちゃったりするが、もともととても容量がいいので、勉強もちゃんとやればすぐに覚えられる。羨ましい限りだ。
「旭、教えるの上手だよな」
「……そう?」
「うん。俺、勉強は1回も旭に勝てたことない」
「そうだっけ?」
「そうだよ。小学校の少テストも、全部旭の方が点数上だった」
「よく覚えてるね」
「覚えてるよ。満点取った時の旭、すげー嬉しそうだったし」
「なんか恥ずかしいな」
俺の満点エピソードはさておき。
千晶は天才型なので、本気を出せばきっと俺なんかより賢くなれるんだと思う。
それでも、千晶に勝てるものなんて今の所勉強しかないから、今まで頑張ってきた。中学の時は惰性で勉強していたまであるので、今こうやって二人で勉強できる事は純粋に嬉しい。
「……」
「……」
お互い、集中して勉強を進めていた。
少し前までは無言の時間がかなりしんどかったけど、今は特にそんな事も思わない。俺もいい加減、今の千晶に慣れてきたみたいだ。
千晶はどうなんだろう。俺の事、今はどう思っているのだろう。
俺達が仲良かった、小学生の時と同じ気持ちで接しているのだろうか。
じゃあ、千晶の中で中学3年間の事は無かったものとしているのだろうか。
「旭、これは?」
「えっと、これはね……」
千晶の事は、勉強よりも分からない。
3
テストも終わり、またいつもの日々に戻っていった。
今回の俺の成績は苦手な科学が足を引っ張ってしまったけど、概ね納得のいく結果だった。
一方千晶はちゃんと勉強したおかげで前の順位よりもかなり上がったらしい。
千晶は「旭のおかげ!ありがとう!」と言っていたけれど、数問解き方を教えただけだったので、やっぱり元々賢いんだと思う。
そして早いもので、今日は冬休み前日の日だ。
12月23日。つまり明日はクリスマスイブ。
心なしか、クラス全体がクリスマスの話をしているような気がする。
「おはよう!黒川くん」
「おはよう、瀬戸くん」
瀬戸くんが満面の笑みで俺に挨拶をしてきた。きっと明日からの冬休みが楽しみなんだろう。
瀬戸くんはクリスマス何かするのだろうか。
「瀬戸くんって、クリスマス何かする?」
「もちろん!家族とクリスマスパーティーやる!」
「へえ、楽しそうだね」
「うん。うち、妹と弟がいるからさ、そいつらが毎年親とケーキ作ってくれんの。可愛いよ」
そう言って瀬戸くんはスマホのフォルダを探って、去年のクリスマスパーティーの画像を見せてくれた。妹と弟がケーキを挟んで笑っていて、とても可愛い。
「いいねえ。可愛い」
「黒川くんは?クリスマスなんかするの?」
「え、俺?」
「うん。あんまそういうのに乗り気なイメージ無いけど」
俺は……去年まではどうしてたんだっけ。
たしか、去年は受験生勉強してて、その前は……。
あんまり思い出せない。
「乗り気じゃないこともないけど……、どうかな。俺も多分家族と過ごすと思うよ」
「へ〜〜〜〜〜……」
「……なにその反応」
「いや、大月くんは?」
「っえ?」
「てっきり、大月くんと一緒に過ごすもんだと思ってた」
「……いやいや、」
いやいや。
考えた事も無くて、瀬戸くんの発言で俺の目は点になった。
「千晶は関係ないよ」
「なんで?……あ、大月くん、もしかして彼女いるとか?」
「えっ??」
考えた事も無かった案件がまたもや勃発した。
千晶に、彼女?
確かに、いて当然だ。中学の時は彼女がいたらしいし、高校に入ってからも俺は女子と千晶の橋渡しを何度かやった。
あんなにかっこいいし、スポーツも出来るんだから、むしろ彼女がいない方がおかしい。
何で今まで気にしなかったのだろう。
「……し、知らない」
「え?そうなの?黒川くんなら知ってると思ってた」
「……」
千晶に、彼女……。あんなにかっこいい人、誰も放っておくはずがない。いるはずだ。
だとすると、俺は……。
ぐるぐると考え始めてしまった。
いろいろ考え始めた俺を察して、瀬戸くんが必死に謎のフォローをしてきた。
「あ、あ〜……。ま、大月くん部活忙しそうだし、そんな余裕ないかもね。噂とかもあんま聞かないし!」
「……」
「あああ〜……。だ、大丈夫!女の子と歩いてるとこあんまり見たことないから!」
「あんまり……?」
「アーーーーー。ううん、全く!全く無い!あっ、チャイム鳴った!じゃあ!」
チャイムと同時に、猛スピードで瀬戸くんは席に着いて行った。
クリスマス、予定、千晶、彼女。
俺はその事だけで頭がいっぱいだった。
4
「お、今から帰る?」
「あ……。うん。千晶、部活は?」
「今日は無し。一緒に帰ろ」
「うん」
ホームルーム終わりに、千晶が教室にやって来た。どうやら、部活は無いらしい。
先程の事もあってか、瀬戸くんが遠くから野次馬のようにチラチラと俺達を見てきた。
絶対楽しんでいる。
「早く帰ろ」
「え?おう」
俺は千晶を引っ張ってそそくさと学校を後にした。
家に着くまでに、俺が聞くことは2つだ。
俺は意を決して千晶に質問することにした。
「千晶」
「ん?何?てかそんな引っ張んなくても着いてくから」
「……」
「何よ」
立ち止まって、千晶の方を向く。千晶は何故かニヤニヤとしている。
「あのさ、クリスマス」
「……うん」
「……予定あるの?」
言った。言えた。何て返ってくるのか。
「あー……。ある」
「……え?」
え、予定あるの?
クリスマスに予定を入れるって事は、もしかして、
「……か、彼女?」
「ん"っ!?」
「彼女と、過ごすの?」
「え!?」
千晶はいきなり慌てふためきだした。
なんだよその反応。
まさか、本当に彼女なんじゃ……。
「やっぱり彼女が……」
「いや違うから!!なんでそうなるの!?俺彼女いないし!!」
「……え?」
「部活!普通に2日間部活だから!」
「!……ああ……。そういう……」
そうか。彼女じゃなかった……。
のはいいが、俺は千晶をクリスマスの日に一緒に過ごそうと誘えなかったうえ、いもしない彼女の存在を必死になって聞いてしまった。
めちゃくちゃ恥ずかしい。何をやっているんだ、俺は。
俺は羞恥心から、必死にその場を取り繕った。
「く、クラスの子に聞かれたから。ごめん、忘れて。さ、先帰る!」
「え、おい!」
耐えられなくなり、千晶から逃げるようにその場を去ってしまった。
千晶に彼女はいなかったけど、どうやら寂しいクリスマスを過ごしそうだ。
5
何年前か忘れたが、小さい頃のクリスマスイブの日の話だ。
「見て!俺、飛行機貰った!旭は?」
千晶がサンタさんから貰った飛行機のおもちゃを、破いた包装紙を握ったまま俺の家に持って来ていた。すぐに俺に見せたかったのだろう。千晶はとても嬉しそうだった。
対する俺は、千晶のおもちゃを寂しそうに見つめた。
「俺……今年貰えなかった……」
「えっ!なんで!?」
「分かんない……。俺、いい子じゃなかったのかな」
朝起きて枕元を確認しても、どこにもプレゼントが置いていなかった。お父さんとお母さんに泣きながらその事を伝えたら困ったように笑いながら、「もうちょっと待ってみたら?」と言ってきた。
それでも、その日の朝プレゼントを開けることを楽しみにしていた俺は、もしかしたら今年は貰えないのではないか、と子どもながらに絶望してしまった。
プレゼントを貰えた千晶が羨ましくて、不満気な顔でじっと千晶のおもちゃを眺めていた。
「旭はいい子だったよ」
「でも、プレゼント、貰えなかったよ。忘れ物多かったからかな。お花の水やりも、時々忘れちゃったから、悪い子だったのかな……」
「そんなことないよ!!」
すると千晶は、飛行機のおもちゃが包んであった包装紙をいきなり四角く破った。
「多分、サンタさんがちょっと忘れてただけだよ。旭、ペン貸して」
「う、うん」
千晶にペンを渡すと、包装紙の裏側に【あさひはいいこにしてました】と書き綴った。
「旭はいい子でした!ってアピールしなきゃ。これ、ツリーに吊るそ」
そう言うと、千晶はリヒングに飾ってあったクリスマスツリーの葉の先端に紙をぶすっと突き刺した。
「大丈夫!クリスマスの本番って、明日なんだよ。今日の夜、サンタさん来るよ!」
「……!うんっ」
千晶の言葉にだいぶ救われた俺は、その日は千晶と一緒に飛行機のおもちゃで遊んだ。
次の日の朝、枕元に綺麗にラッピングされたプレゼントが置いてあった。
中身は車のおもちゃだった。千晶は飛行機で俺は車ね、と欲しいプレゼントを話していたのだ。
俺は嬉しくて嬉しくて、すぐに千晶の家に行って報告しに行った。千晶も一緒になって喜んでくれた。
今思うと、クリスマスイブかクリスマス、どちらの日にプレゼントを貰えるかのささいな違いなだけだとは思うが、千晶が俺のために動いてくれたことが嬉しかった。
6
今日は12月25日。クリスマスの日だ。
昨日は両親ともに仕事も遅かったため、俺は一人でいつも通りの休日を過ごした。
外に出なかったら、クリスマスイブだということも忘れていたので、案外寂しくはなかった。
今日は両親が休みなため、お母さんも張り切って料理を作っていた。久しぶりに家族で過ごせるクリスマスが楽しみなようだった。
俺はなんと、瀬戸くんの妹たちに触発され、クリスマスケーキを作ってしまった。市販のスポンジにクリームをぬって苺を配置しただけのシンプルなものだったのに、両親は「凄い!上手!可愛い!」とべた褒めで恥ずかしかった。
瀬戸くんにケーキの写真を送ったら、負けじと瀬戸家のケーキの写真も送り返してくれた。
『上手だね』
『黒川くんのも上手だよ』
『ありがとう。クリスマスパーティー楽しんでね』
『ありがとう!黒川くんも!メリークリスマス』
瀬戸くんが、サンタがメリークリスマス!と喋っているスタンプを送ってきた。
そしてその数分後、また瀬戸くんからメッセージが届いた。
『大月くんと一緒?』
恐らく数分間聞こうかどうか迷った挙句、好奇心の方が勝ってしまったのだろう。
その瀬戸くんの態度に笑いを堪えながらメッセージを返す。
『一緒じゃないよ。部活だって』
『あ、部活か!よかったね』
……よかったとは?
それ以降、瀬戸くんからメッセージが来ることは無かった。
家族で食卓を囲み、ご飯を食べているうちにクリスマスプレゼントの話になった。
「ごめんね、クリスマスプレゼントとか無いんだけど」
「いや、いいよ。もう高校生だし……」
「そんなこと言って、旭は中1までサンタさん信じてたよなあ」
「いいからその話は!」
「本当にねぇ。私としてはずっと信じてても可愛いのに」
「高校生になってもサンタさんからプレゼント貰ってたらヤバイでしょ」
「でも普通に高校生になっても家族とか友達からプレゼント貰える家もあるだろ?お母さんと、旭にプレゼント何か買おうか?って話してたんだけど、何が欲しいか分からなかったからさ……。欲しかったら来年また頼んでくれ」
「はあ……、ありがとう……」
うちの親、俺に甘すぎないか。
それはそうと、クリスマスプレゼントか。
中1までサンタを信じ続けていた事が恥ずかしくて、次の年からは親に必死に「プレゼントいらないから!」と猛抗議してしまった。それ以来、クリスマスプレゼントとは縁がない。友達も一人しかいなかったから、プレゼント交換なんかもやったことが無かった。
いつか俺もやったりするのだろうか、プレゼント交換。
7
ご飯を食べ終えて、俺が作ったケーキをお母さんが切り分けようとした時だった。
チャイムの音が聞こえてきた。
「あら?宅配かしら。旭ごめん、出てもらってもいい?」
「うん」
リビングを出て玄関に向かう。一気に体が冷気に包まれた。
「う〜、さむ……」
腕を擦りながら廊下を移動し、玄関の扉を開けた。
すると、そこには千晶がいた。
「え、千晶!?なんで」
「よ。突然ごめん」
「あれ、部活は……」
「終わった。そのままここに来た」
千晶は部活のジャージを着ていた。
鼻は真っ赤になっていて、外から吹き込む風はとても冷たかった。
すると千晶は鞄から何かを取り出して俺に差し出してきた。
「はい、これ。クリスマスプレゼント」
「え……え?」
「開けてみて」
そのプレゼントは、大きめの紙袋に包まれていた。
封を開けて中に入っている物を取り出すと、大きな本が入っていた。
「……!これ、俺が好きな写真家の写真集!」
「合ってた?よかった」
なんで知ってたのだろうか。
言った覚えは無いから、多分俺の部屋の本棚を見て察したのだろう。
どこまでも出来た人間だ。
「い、いいの?こんなの……」
「もちろん。……旭、メリークリスマス!」
じわりと目頭が熱くなった。
プレゼントは勿論だけど、クリスマスにわざわざ千晶が来てくれた事が嬉しかった。
まるで、サンタからのプレゼントみたいだった。
「俺、いい子にできなかったのに」
「え?」
「ううん」
俺は千晶から逃げ続け、それでも結局逃げられなかったから、高校に入りたての頃も千晶を必死で遠ざけようとした。
それにも関わらず、千晶は諦めずに俺の手を掴んでくれた。
一瞬の静寂の後、千晶が口を開いた。
「旭はずっといい子だったよ」
「……」
「いい子じゃなかったら、俺は今ここにいないから」
何でそんな事を言うんだ。
思わず泣きそうになり、ぐっと顔に力を入れた。
誤魔化そうと思い、必死で他の事を考えるようにした。
そうだ、お返し、何かしないと。
「……っあ!ち、ちょっと、待ってて!」
「え?うん」
俺はバタバタとキッチンに戻り、手作りのケーキを一欠片お皿に乗っけた。
「旭?誰だった?」
「千晶!」
「ええ、千晶くん!?」
「お、千晶くんか!!」
親二人も嬉しそうに反応し、俺より先に玄関に向かって行った。
そして扉を開けて俺の親と千晶が会話をしていた。
「あら〜!千晶くん!部活帰り?」
「あ、はい!こんばんわ」
「おお、千晶くん!久しぶり!」
「おじさん、お久しぶりです!」
「クリスマスなのに遅くまで部活で大変ねぇ。わざわざ来てくれたの?」
「はい、旭に会いに……」
「まあ!よかったらご飯ちょっと食べてく?あ、でも帰って食べられなくなったら駄目ねぇ」
「もう!二人ともいいから!ちょっと外出るからね!!」
俺は無理やり間に入って、外に出て玄関の扉を閉めた。
「うう〜!!寒い!」
「ははは!!そりゃそうだろ、そんな薄着!」
「だって!うるさいもん」
突発的に外に出てしまったが、冬の気温は普通の部屋着には全く適していなかった。
すぐに済ませようと思って、手に持っているものを千晶に渡した。
「はい、これ……俺からのお返し」
「え、ケーキ?」
「うん。ごめん、俺、今こんなのしか用意できない」
「……これ、手作り?」
「あ、うん……。そうだよ」
「旭が作ったの?」
「う、うん」
「……」
もしかして美味しくなさそうなのだろうか。
俺が手にしているケーキをじっと見つめて、千晶は固まってしまった。
「あ、あの、無理にとは言わないし、嫌だったら、また違うプレゼント用意するから……」
「や、違うくて!そうじゃなくて……あー、ごめん」
千晶は口元に手を当てて、暫くしてから耐えきれんばかりに言葉を溢した。
「やばい……めっちゃ嬉しい……」
「え……」
「だって旭が一人で作ったんだろ?」
「いや、あの、市販のスポンジにクリーム塗っただけだよ……。そんな、大したものじゃない」
「ううん、俺にとったら十分だよ。これ、本当に食べていいの?」
「うん……」
千晶の口から飛び出したのは、意外な言葉だった。
俺はほっとして、思わず表情が緩んだ。
すると千晶はぐいっと俺に顔を近づけて口をぱかっと開けた。俺は反射的に少し後ずさってしまった。
なんだ?
「あーん、してよ」
「……は!?」
耳を疑った。
千晶は楽しそうに口を開けて待っている。
「俺、今日部活頑張ったんだよ。ベストタイムも出したしさ」
「え、凄い」
「まあね。だから、いいでしょ?」
「……」
そうだ。千晶はこの二日間、クリスマスの中誰とも遊ばず、彼女と出かけることもなく(いないけど)、部活を頑張っていたんだ。千晶が望むのなら、これくらいやってあげてもいいだろう。
それに、ただ口にケーキを運ぶだけ……。
「わ、かった」
「!」
「口、あけて……」
「ふはっ、うん」
「あ、あーん……」
寒さのせいか、はたまた恥ずかしさのせいか手が微かに震えた。
それを見て千晶がくすっと笑った。
一口フォークですくったケーキを千晶の口に運ぶ。千晶はフォークが口に入ったのを確認したらぱくっと口を閉じ、俺はフォークを口から抜いた。
千晶がもぐもぐと咀嚼している。
「……すげーうまい」
「……そう?よかった」
「うん。今まで食べたケーキの中で一番おいしい」
「そんな大げさな!」
千晶ははにかんで笑った。
千晶の顔は鼻だけじゃなくて、耳もほっぺも全部赤くなっていた。
この赤さは俺にまで移っているかもしれない。
こんな簡単な安いケーキ一欠片で、千晶はまるで世界一幸せかのような顔をしている。
俺はそれがおかしくなり、声を出して笑ってしまった。
「ふ、ははは!うちのお母さんより嬉しそうにしてる!」
「そりゃそうだよ!だって嬉しいもん」
「そんなに?ふふっ、それに、こんな玄関の外でケーキ食べさせるの、絶対おかしいよね、ははは!」
「ん、ふふ、最高じゃん。忘れられないクリスマスになるだろ?」
「うん、そうだね」
「まだケーキ残ってるから、全部食べさせてよ」
「え!?まだやんの!?」
「うん、最後までやってよ」
「え、嫌だよ。自分で食べて」
「ケチだな」
「ケチとかじゃないでしょ!てか寒いから早く食べて!……いや、もう部屋入る?」
「……え、いいの?おばさん達は……」
「こっそり入ろ。多分バレないよ」
「んはっ、わかった。おじゃまします……」
「静かにね……!」
俺達は音を立てずに扉を開けて、静かに自室へと移動した。
自室の扉も気を遣って、ゆっくりと閉めた。
「ふぅ……。ね、バレなかったね」
「はは、うん。これでゆっくりケーキを食べられるよ」
「うん。どうぞ」
なんだかイタズラをしているみたいで心がわくわくとしてしまった。
千晶の手には俺の作ったケーキが、俺の手には千晶から貰った写真集が。
早速、プレゼント交換が出来てしまった。
千晶はいつも俺の欲しいものをくれる。物も、言葉も、行動も。
「千晶」
「ん?」
「メリークリスマス」
「……うん、メリークリスマス!」
来年も一緒に過ごせたらいいな。
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