末廣くん恐慌


お題:チョロい受と遊び半分だったのにのめり込んじゃう攻


※になる未来がある、という感じです。

※攻がかなりクズでお前が言うなを一生体現しているけど、ヤバい方は受




1


 俺と同学部同学科、友達の奥田に新作の長編アニメ映画を見に行こうと誘ったら、それは彼女と観に行く予定だと断られた。引っかかるところがあり、俺は眉をひそめた。


「……あれ、お前男と付き合ってなかったっけ」

「あー、それ一週間前の話」


 どうやら奥田はほんの一週間前に付き合っていた男と別れ、隙も与えず今は女と付き合っているらしい。


「なんで?」

「そりゃ、女子に告白されたらそっちいくよ」

「うわ」

「てか別に俺はあいつと付き合ってたつもりはないし」

「うわー」


 クズ。最低のクズ。このように、奥田は気持ちが良いくらいクズなので、映画に誘ってくれるような友達は俺しかいない。

 俺がこいつと友達でいるのは、なんせ俺もクズだから。


 奥田は構内ラウンジの椅子に深く腰を掛けながら、しきりにスマホを触っていた。新しい彼女とやり取りでもしているのだろう。

 奥田がバイだとは知っていたけど、これでは流石に相手の男が気の毒すぎる。


「男ってさ、誰と付き合ってた? この中の人?」

「あれ、浅井に言ってなかったっけ。末廣栄作だよ。環境科学の」

「スエヒロエイサク。厳つい名前」

「知ってんだろ。ヒロって難しい方の漢字な」

「ああ、あの犯罪県知事の!」


 意外すぎる名前を聞き、思ったよりも大きな声が出てしまった。少ないけど周りに他の学生もいる。今更だけど、俺は咄嗟に口に手を当てた。


「ごめん、いくら親がアレでも子に罪は無いよな」

「いーや、アイツもなかなか変人だったよ」

「……末廣くんってさ、めちゃくちゃ普通の男だよな。なんで付き合ったんだよ」

「だって、すげー財布楽だったから」

「は?」

「末廣くん、仲良くなった人に超貢いでくれるんだよ」

「うわ……」


 終わりが最低なら、付き合っている道中も最低だな。


「結局金かよ」

「いや、お前も末廣くんと仲良くなってみろよ? 末廣くんの凄さ分かるから。金欠の時とかオススメ」

「うわ〜……。いくらなんでも金欠だからって近付いてもすぐには仲良くなれないだろ」

「なれるんだよ。アイツ高校の時ぼっちだったし、大学デビュー頑張ろうとしてるから、自分に話し掛けてくれた人全員に尻尾振りながら金払ってくれるんだよ」 

「末廣くんに話し掛けただけでなんか奢ってくれんの?」

「うん」

「それ本当だったらチョロすぎんだろ。頭のネジおかしい」

「恋人になったら割増で金払ってくれるぞ」

「はあ」


 それが目当てで奥田は末廣くんと付き合ったのか。もう掛ける言葉も無い。お前がキングオブクズ男だ。


「浅井もさ、末廣くんに手出すのはいいけど、俺が今の彼女と別れた時は末廣くん返せよ」

「お前のクズっぷりには頭が上がらねえわ」

「末廣くん警戒心ゴミカスだから、俺の友達って言えばすぐ仲良くなれると思うぞ」

「普通元彼の友達って警戒するだろ」

「末廣くんはしないんだよ。心の作りが他人と違うから」

「へー……」


 犯罪県知事の一人息子、末廣栄作くん。話し掛ければすぐに仲良くなれ、なんでも奢ってくれる。恋人になればもっと貢いでくれる。

 興味が沸かない訳がなく。






2


 俺の今までの人生と言えば、イージーモードだと自分でも評価できる。

 現在大学一年生。今まで生きてきた中で頑張ったことと言えば、大学受験くらい。それも特別に勉強を頑張らなくてもいい圏内で入試を受けたので、本気とも言えない。願掛けにすら行かなかった。どうせ合格できるだろうと思っていたところ、その通りこの大学に合格した。

 家庭環境も家柄も悪くない。中の上といったところ。勉強はそこそこ、それなりに遊んできたし、それなりに彼女もいた。


 そんな俺とは対象的に、末廣くんは噂を聞く限りかなりハードな人生を送ってきたようだ。

 末廣くんのお父さんは、かつて有名な県知事だった。バラエティー向きな性格をしていて、見た目も華やかで、県知事だけどテレビ番組にもよく出演していた。

 が、二年ほど前に逮捕されて表舞台から姿を消した。理由はなんだったか、横領、不正受給、汚職、やらせ、裏社会との繋がり、セクハラ、パワハラ……。確か、そんな感じだったと思う。罪状は一つだけではなかった。

 なまじ知名度が知名度だったため、このニュースは世間で話題の的になった。政治の話に疎い俺でも知っている。あの頃はほとんど毎日末廣元県知事のニュースが報道されていた。

 その、末廣元県知事の一人息子が例の末廣栄作くん。

 末廣くんのお母さん──末廣元県知事の奥さんは、末廣くんがまだ幼い頃に離婚して家を出たらしく、それ以降は男手一つで末廣くんを育てていた。そういうのも相まって末廣元県知事の好感度は高かっただけに、失脚後のバッシングは凄まじかった。ちなみに末廣元県知事はまだ牢屋の中らしい。

 そして、保護者がいなくなった末廣くんは、末廣元県知事のお兄さん──つまり末廣くんの叔父さんが一時的に面倒を見ている。叔父さんは独身で、大人であればみんなが名前を知っているほどの大企業の社長だ。

 これでひとまずよかったね、とならないのが末廣くんの人生だ。叔父さんは仕事以外に全く興味が無いので、末廣くんを預かる身であるけれど、大人として末廣くんの生活を気に掛けたことは全く無いらしい。お金は渡すから自分で勝手に生きなさいスタイル。

 叔父さんと末廣元県知事の兄弟仲は元より最悪だったらしく、ただでさえ良く思っていなかった弟が犯罪者になり世間を騒がせたことが拍車を掛けた。弟とは絶縁したと記者の質問に応えていた。

 だけど、そんな弟の息子を預からなければいけなくなった。叔父さんも末廣くんのことをどう扱っていいか分からないらしい。


 一般人の、末廣くんと一言も会話したことなかった俺ですらこれだけの噂を耳にしている。

 とにかく、末廣くん自体は一見普通の男だけど、良くない意味で有名人ではあるのだ。




(お………)


 奥田が引っかからなかったので、一人で映画を観ようと映画館に行くと、発券機を後にし近くにあったソファーに座る末廣くんがいた。本当に偶然だ。


 別に、奥田ほどではない。奥田と末廣くんの過去のように卑しい関係になろうとは思っていない。

 ただちょっと、ほんの少しだけ、今の俺には余裕を持って遊ぶお金が足りなかった。

 つい最近まで働いていたバイト先は、人間関係のゴタゴタがあり揉めたから面倒くさくなって辞めた。最低限度の仕送りはあるけど、遊ぶには貯金を切り崩さなければいけない状態だった。

 だから、ナイスタイミングというか、末廣くんからしたらバッドタイミングというか。俺の不純な動機に好奇心がプラスされて、話し掛けてみることにした。


「末廣くん?」

「はい?」


 末廣くんは俺に顔を向けた。目を丸く見開いている。

 黒い髪の毛、細身の身体、普通の服、普通の男。お父さんの悪評さえなければ、どこへ行っても埋もれてしまいそうな一般人。

 奥田は金のためとはいえ、これほどなんの変哲もない同性と付き合うフリをしていたのか。


 俺は不躾に末廣くんを一瞬上から下まで眺めたが、末廣くんも俺を少しの間観察していたようで、慌てたように口を開いた。


「あ……えっと、ごめん、えーっと……タダヨシくん」

「……俺ら初対面だよ」

「あ、ああ? そうなの、ごめん」


 誰だよ。どこのタダヨシだよ。誰と間違えてんだよ。俺も失礼だったけど、末廣くんもなかなか失礼だな。


「あー……俺、奥田の友達なんだけど」

「奥田……」

「奥田ヒカル」

「ああ、光くん」


 奥田の名前を口にし、末廣くんは笑った。

 つい一週間ほど前に振られたというのに、どうしてそんな顔で笑えるのか。


「これ、奥田と観に行こうとしてた?」


 俺が壁に掛かっている長編アニメ映画のポスターを指すと、末廣くんは頷いた。


「うん。予定なくなったけどチケット代勿体無くて観に来た」

「うわ……」


 あいつ、映画観に行く予定まで立てておきながら末廣くんのこと振ったのか。しかもその映画を新しくできた彼女と観に行くって。マジでクズだな。


「もしかしてチケット二人分買ってた?」

「うん」

「せっかくだから俺が奥田の席で観ていい?」

「え?」

「チケット代は払うし」

「え?」

「俺、前から末廣くんのこと気になってたんだよね」

「……えっ! 俺ぇ!?」

「うん」


 末廣くんは勢い良く立ち上がり、ぽかんとした顔で俺を見た。膝に乗せていた末廣くんのトートバッグが床に落ちる。

 嘘は言っていない。前からってのはちょっと嘘だけど。


「それに、この映画もちょうど観たかったんだよね」

「……あっ、だったら、チケット代とかいいよ! 全然いいし、一緒に観よ!」

「あ、おお……どうも……」


 早速奢られた。しかも食い気味に。奥田が言っていたことは本当のようだ。


「ところで、名前は?」

「あ、浅井成秋(なるあき)。奥田と同じ学科」

「成秋くんね」


 今まで名乗らなかった俺もアレだけど、俺の素性を知らずにここまで話を進めた末廣くんも凄いな。警戒心ゴミカスの一抹を見た気がする。

 末廣くんはにこにこと笑み、よろしくと言った。


「何飲みたい? ポップコーンいる?」

「あ、それも奢ってくれるの?」

「うん」

「……じゃあ、ジンジャーエールと、塩味で……」

「光くんと一緒の組み合わせだねー」

「……」


 この……こいつ……なんというか……いろいろ大丈夫か。

 本当に一週間前に奥田と別れたばかりなのか。

 酷い振られ方をされただろうに、傷口が全く見えない。






3


 件の映画館での初対面以降、俺と末廣くんはちょくちょく会うようになった。大学内でも、わざと末廣くんとお昼の時間を合わせるようにしている日が多い。絶対にご飯代を出してくれるから。


「奥田、お昼は?」

「彼女とご飯行く。お前は?」

「末廣くん」

「ははあ」


 学内カフェと大学の出口は同じ方向なので、授業が終わった後に奥田と歩いていた。

 奥田はニヤニヤとうざったい笑みを浮かべながら俺を肘で小突いた。


「浅井も行動が早いよな」

「うるさいな。奥田が勧めてくれたんだろ」

「な、末廣くんだいぶ羽振りいいだろ」

「……羽振りいいってか……。レジがある場所に帯同させれば絶対支払ってくれる。おかしいよな」

「末廣くんはおかしいんだよ。感謝しろよ」

「お前も過去の末廣くんにちゃんと感謝しとけよ」


 末廣くんはおかしい男だという共通認識。お金の使い方がとにかくおかしい。

 金の出処は、自分のバイト代と、叔父さんから渡されているクレジットカードかららしい。カードは使用金額の上限が決められているけど、逆に範囲内であればいくら使ってもいいそうで。

 でも末廣くんはほとんど自分に使わない。俺や友人(仮)に貢ぎまくっている。

 失礼だけど、末廣の血筋は全員おかしいんだと思う。


 カフェの入り口付近には、既に末廣くんが待機していた。俺を見つけて軽く手を挙げる。

 俺の横にいる奥田にも気付き、ほのかに笑う。奥田も末廣くんを見て揶揄うように口角を上げた。


「光くん」

「おー。末廣くん久しぶり」

「光くんも一緒に食べるの?」

「いや、俺は彼女と」

「そっか」


 信じられないと思うが、この二人はつい数週間前まで一応付き合っていた。そのはず。奥田が配慮に欠けすぎる発言をかましているのは置いておくとして、どうして末廣くんは奥田に対してここまでフラットでいられるんだ。

 とりあえず奥田とは別れ、俺達二人はカフェの中に入った。お昼時は学食の方が断然混むので意外と空いている。

 レジに向かい、いつも通り注文を頼む末廣くんに俺の希望メニューを伝えた。勿論末廣くんの奢り。最早財布からクレジットカードを抜き取る末廣くんがかっこよく見えてくる。

 ドリンクとフードを受け取った俺達は、窓際の席に座った。外ではちょうど奥田が彼女と合流したようで、ここからだと二人の背中がよく見える。

 俺がそれをまじまじ見てしまった影響か、末廣くんもその二人を眺め始めた。横目でチラッと末廣を伺ってみたが、既にカフェオレを飲み始めていた。多分なんとも思っていない。でも俺が勝手に一人で気まずくなり、話題を探した。


「あー、昨日のコントハウス見た? 懐かしすぎたんだけど」

「……コントハウスって?」

「マジかよ」


 末廣くんはコントハウスを知らないようだ。

 コントハウスとは、俺らが小学生の頃に放送されていたコント番組で、学年の9割9分の生徒が視聴していた。それほど有名なコント番組だ。その後、放送局自体が社内刷新を図った影響か数年でこの番組は終了してしまったけど、人気は高かったと思う。それが、昨日一夜限りで復活していた。

 そして、末廣くんは世にも珍しい、9割9分からあぶれた1人らしい。


「コントハウス見てなかったの?」

「テレビ?」

「テレビだよ。何、名前も聞いたことない?」

「うん」

「……へー……」


 県知事の息子は、ろくにバラエティーも見せてもらえなかったのか。県知事本人がバラエティーに出ていたくせに。それか、普通に末廣くん自身がマジでそういうのに興味が無いのか。数週間経っても末廣くんのパーソナルな部分が掴めない。末廣くんの中身が未だにお金以外に見当たらない。

 俺が若干引いてしまったのを感じ取ったのか、末廣くんは誤魔化すように口を開いた。


「あっ、でも、最近の番組は知ってるよ。ド○ゴンゲートのやつとか」

「……プロレスだよな。それ最近じゃなくない?」

「あ、そうなの?」

「てか末廣くんプロレス見るの?」

「光くんが見てたから。面白いから見た方がいいって言われて、俺も見てた」

「ああ。奥田の影響ね……。面白かった?」

「……分からなかったけど、光くんが面白いって言ってたから、面白いって思うようにした」


 貢がされて、無理やり感情も刷り込まされて、可哀想に。可哀想なんて思ったら駄目か。末廣くんがそれを自分で選んでるんだもんな。


「あと、競馬の番組とか」

「奥田って馬とか好きだっけ」

「あ、これは光くんが教えてくれたんじゃないよ。シュウマくん」

「誰だよそれ」

「あれ? 成秋くんと同じ学科だと思う」


 末廣くんは好んでか、仲良くなった人を下の名前で呼ぶけど俺はそうではないので、いまいちピンとこない。奥田のフルネームを言うので精一杯くらいだ。


「誰だ」

「えっと……い、井川……? 柊真、くん」

「ああ、井川くん」


 井川柊真。たしかにそんなヤツいたな。俺や奥田と違って品行方正そうだから、入学してから三言くらいしか喋ったことがない気がする。


「井川くんと末廣くんって仲良かったの?」

「うん。前に付き合ってたんだ」

「はぁ? ……え、マジで?」

「うん」

「……」


 ケロッと言ってのける末廣くんにビビる。今しがた品行方正そうと評価した井川くんと、末廣くんが?

 末廣くんが誰彼構わず尻尾振ってるってマジだったんだ……!


「ごめん、ちょっと言葉アレだけど、末廣くんって男が好きなの?」

「そうなの!?」

「は? そうなの、じゃなくて、俺が末廣くんに聞いてんだよ」


  あまりにも他人行儀な良いリアクションすぎて、あなたって末廣くんで合ってるよねと伺いそうになった。


「……考えたこともなかった。でもそういうのは無いよ。俺は俺のこと好きになってくれた人を好きだから」


 性別関係なく来る者拒まずの恋愛か。碌な恋愛観じゃないな。


「じゃ、井川くんが末廣くんのこと好きって言ったんだ」

「うん」

「奥田も」

「うん」

「……末廣くん、大学入って何人と付き合った?」

「えっと……8人?」

「……わぁ、モテモテじゃん……」

「うん、なんでか知らないけど俺モテるんだ」

「はっ!」


 わ〜、こいつ痛〜〜〜〜〜〜。

 そういうこと言うタイプなんだ。

 入学してから8人って、1ヶ月に1人くらいの計算だよな。

 いやもう、分かれよ。

 全員末廣くんのこと金ヅルにしてんだよ。

 たまたま金欠の時に、たまたま末廣くんが空いてたから付き合おうって言ったんだよ。

 なんでか知らないけどモテる? 面白いけど、こいつ正気で言ってんのか? 本当に偽の好意でも告白を受け入れてんの? 何も理解せず?


「……じゃあさ、もしも末廣くんに告白してきた人が、あ、この人俺のこと全然好きじゃないのに告白してるなーって分かっちゃったら? それでも付き合うの?」

「え、付き合わないよ!」

「なんで?」

「だって、俺のこと好きじゃないんでしょ? じゃあ付き合わないよ! 俺のこと好きじゃないのに付き合うのはおかしいから」

「……あー……」


 至極真っ当な意見を言う末廣くん。発言者が末廣くんでなければ真っ当だったのに。


 正直、揶揄い半分だった。

 俺は最低男の自覚があるし、どっちに転んでも面白い。

 この目の前にいる、未知の生物で遊んでみたくなった。


「……俺さ、末廣くんのこと気になってたって言ったじゃん」

「うん」

「あれ、恋愛対象として好きだなーって意味だったんだけど」

「……えっ!?」


 末廣くんが手にしていたサンドイッチから中身が溢れる。トマトが皿の上にべちょりと落ち、末廣くんの眼球は俺とトマトを行き来した。若干トマトの方が割合多め。

 こういう時って、そっちにも視線いくものなの。俺落ちたトマトと同等?


「末廣くん今フリーなんでしょ? 俺と付き合わない?」

「え、うん、うん」


(は、即答かよ!)


 末廣くんは頬を赤らめながら何度も首肯した。

 それを見て、俺は大笑いしそうになったのをぐっと堪える。

 こいつの判断力終わりすぎ。

 何が俺のこと好きじゃない人とは付き合わないだよ。告白すればマジで誰でもいけるじゃねえか!


「はは……じゃ、今日から俺たち恋人だね」

「うん!」


 大きく頷いてさ。何がそんなに嬉しいんだよ。俺のこと何も知らないくせに。

 とりあえず今一旦の俺の目的は果たせたので、心の中でほくそ笑み、俺もサンドイッチに手を付けた。どう食べたらこの中からトマトだけすり抜けるんだ。


「俺帰りにドラスト寄るけど、成秋くん何か買う物ある?」

「奢ってくれるの?」

「うん」

「今更だけど、なんでこんなにお金出してくれんの? 普通仲良くなってもここまでしないでしょ」

「だって、持ってる人が持ってない人に与えるのって当たり前でしょ」

「うわ」


 これを無感情でサラッと言ってのけるんだ。こんな朴訥な顔して、普通の人間のフリして。

 つまり、俺は持ってない人間だと。末廣くんは持ってない人間に告白されて速攻で首を縦に振ったのだ。


 末廣くん、マジで変な人。クズ男を飼うの頑張ってね。






4


 末廣くんと付き合って2ヶ月頃。


「で、全部末廣くん持ちで温泉旅行?」

「最高だった」


 久しぶりに奥田と予定が合ったので、奥田の買い物に付き添った。彼女の誕生日が近いらしい。

 俺の方といえば、末廣くんと豪遊していた。正しくは、末廣くんの力を借りて豪遊していた。つい先日は末廣くんと野沢温泉に行っていた。2泊3日、スキーもした。交通費宿泊費食費さらにはお土産代まで全て末廣くんが払ってくれた。怖くてトータルいくら掛かったのか聞いていない。

 流石の奥田も俺がここまでダメになるとは思っていなかったのだろう。まさか奥田にこれほど呆れた視線を向けられるとは思っていなかった。


「なんだかんだお前の方が楽しんでんじゃん。このクズが」

「あー、もうクズでもなんでもいいよ。何言われても俺には末廣くんがいるから」


 今なら財布が楽と言っていた奥田の気持ちが分かる。隣に末廣くんがいれば財布すらいらない。


「てか温泉旅行って……。ヤッた?」

「んなわけねえだろ。俺男は絶対無理だから」

「じゃあマジで普通に二人で温泉旅行楽しんだだけ?」

「そうだって。ウノとトランプと人生ゲームしたわ」

「ハッ」


 奥田はケタケタ笑った。奥田がこれだけ笑っているの見たのは久々かもしれない。


「はー……。なんだよ、普通に仲良しじゃん。超仲良しじゃん」

「別にそんなことねえよ。デカい財布を隣に置いてるだけ」

「どうだか。あんまり末廣くんにハマんなよ」

「は?」

「別れた時辛いぞー」

「ハマるとかマジで無いから冗談でもやめろよ。末廣くんお金はあるけどそれだけだから」

「じゃ、浅井は普通に可愛い女の子に告られたら末廣くんと別れてそっち行くんだな」


 なんだその質問。愚問すぎる。


「そりゃそうだろ。お前もそうだっただろ」

「そうだけどさ。俺今結構後悔してるから」

「え?」

「あんなに都合の良すぎる男を手放したことを……」

「……お前も、やっぱり相変わらずクズで安心したわ」




 とある日の午前、俺は末廣くんにスニーカーを買ってもらった。

 他のブランドとコラボしているから数量限定販売でプレ値の商品。発売日初日の朝に末廣くんも連れて来て店頭に並ばせた。


「やー、マジでありがとう。本当に嬉しい」

「ううん。買えてよかったね」


 俺が手に提げた紙袋を見て、末廣くんも自分の事のように喜んだ。

 買ってくれたのは末廣くんだけどね。

 末廣くん、付き合ってからは本当になんでも買ってくれる。俺はいっこも彼氏らしいことしてない。友達と変わらない。肩書が変わっただけで、本当に何もしていない。末廣くんの思う恋人の存在とは一体、と思わなくもないが、俺としては今の関係が楽すぎるから何も言わない。恋人らしいことしたいと言われても困るだけだし、そうなったらいよいよ別れるしかなくなる。


「あ、俺の家、冷蔵庫の中本当に何もないよ」

「調味料は?」

「うーん、あったかな……」

「分かんないなら買っとこ。いつ買ったか分かんないやつなんて捨てればいいから」

「うん」


 末廣くん負担の出費なので、俺はいくらでも無責任に言える。末廣くんも特に反論しない。無駄遣いという言葉を知らないようだ。

 今日はこの後予定が無いから、このまま末廣くんの住むマンションに行く。そして、俺が適当に昼食を作る。

 これほどまで奢ってくれて、流石の俺でも罪悪感が全く無い訳ではない。これは普段のお礼も兼ねている。

 どうやら末廣くんは一切料理をしないらしく、ほとんど外食で済ませるということで、たまには俺が作ろうかと提案すると物凄く喜ばれた。ただし食費は全て末廣くん持ちだ。


 スーパーで買い出しを終え、末廣くんの家に上がる。どれだけ豪華な部屋に住んでいるのかと想像したが、意外にも俺や奥田が借りている一室と変わらない。普通のマンションだった。

 そして、生活感はまるで皆無。本当に必要最低限の家具家電しか置いていない。角に置かれた棚には、かろうじて小物や雑貨が置いて……積まれていた。末廣くんとは縁が無さそうな、知らないアニメの缶バッジやアクリルスタンド。多分ランダムグッズの残骸だろう。


「末廣くんこういうの好きなの?」

「え? ああ、それはタダヨシくんから貰った」

「うわ、タダヨシだ。誰なんだよタダヨシ」

「前に付き合ってた人」

「タダヨシって元彼かよ」


 絶対推し引きできなかったから末廣くんに押し付けたんだろ。末廣くんもこんなの捨てるかフリマサイトに出せばいいのに。興味が無いのに物を捨てられないのも考えものだな。


 ……ってか、俺、末廣くんと初めて会話した時、タダヨシって言われたよな。

 え、この人、もしかして元彼の顔忘れてる?

 この大学入ってからだろ。まだ一年も経ってないじゃん。そんな訳無いよな。

 ただ単に俺がタダヨシに激似なだけ? それにしたってタダヨシの名前が出てくるまでかなりラグあったよな。

 え?

 もしかして本気でタダヨシのこと忘れかけてる?

 え?


「あの、俺、包丁絶対握りたくないし、熱いフライパン触りたくないから、それ以外だったら手伝うよ」

「あ、ああ……。いや、何もしなくていいよ。特に切るのとかもないし」


 衝撃的な思考に至った結果、末廣くんの発言に触れることをスルーしてしまった。包丁は握りたくないしフライパンすら触りたくないらしい。どれだけ料理嫌いなんだよ。

 末廣くんは料理はしないけど、俺の調理風景は見たいらしく、俺の横に立って作業を見守っていた。しかも手料理と言っても普通の焼きそばだ。具材もカット野菜だし、料理らしい料理はしていない。それでも末廣くんは成秋くん料理できて凄いねとしきりに褒めていた。


「金があるからしなくていいのは分かってるけどさあ、絶対ちょっとくらいは自炊した方がいいよ」

「そうかな」

「いつか生活習慣病になりそう。どうせ野菜もそんなに食べてないだろ」

「多分俺が自炊しても炭水化物と加工肉と卵しか調理しないよ」

「……ま、そーだよな……」


 末廣くん、食とか栄養バランスとか興味無さそうだしな。学食も、メニューを見ずにいつも日替わりを頼んでいる。本当になんでもいいんだろうな。


「包丁とかフライパンとか一応揃ってたけど、末廣くん料理しないのになんで持ってるの?」

「あ、それね、柊真くんが使いたいって言ったから買ったんだよ」

「あー……?」


 井川くん。この家は元彼の品ばっかだな。


「アイツ、ここで飯作ってたの? なんで?」

「え? 分かんないよ。普通に料理したかったんじゃないのかな」

「わざわざ末廣くんの家で?」

「う、うん」

「井川くんの手料理食べた?」

「食べたよ」

「美味しかった?」

「うん」

「へー……」


 きっしょ。末廣くんのこと金ヅルにしてたくせに、なに気まぐれにエサやってんだよ。アイツも顔に似合わず意外とグロい性格してんな。


 ……。


 俺はそういうんじゃないからな。


「はい、完成」

「目玉焼き乗ってる!」


 取り分けた焼きそば2皿をリビングのに持って行くと、後ろから末廣くんも着いて来た。普段はもっと美味しいものを食べているだろうに、目玉焼きの乗った焼きそばで目が輝いていた。


「作ってくれてありがとう」

「いや……これくらいなら」


 俺の労力なんて、末廣くんの支払い能力に比べれば微々たるものだ。こんな簡単な焼きそばくらいで喜ばれると、俺のほのかに残っている良心が少しばかり震える。

 末廣くんはいただきますと手を合わせ、焼きそばを一口食べた。


「美味い?」

「美味いっ」

「学食のやつとどっちの方が美味い?」

「成秋くんが作った方が美味しい」

「はは」


 言わせてしまった感は否めないが、末廣くんは本当に美味しそうに食べていた。


「井川くん、何作ってくれてたの?」

「ん?」

「ご飯」

「ん、えーっと……、えー……、あの、なんだっけ……」

「……覚えてない?」

「いや、覚えてるよ。……多分、なんか、中華系の、やつ」

「……」


 覚えてないじゃん。


「なんで井川くんと別れたの?」

「えー? 他に好きな人ができたって」

「その相手って女?」

「うん」

「はは……」


 その後に奥田と付き合って、奥田とも同じ理由で振られたのか。

 末廣くんは、一体どういう心持ちで恋人と決別できるんだ。

 結局女に負けたとか、ただ貢がされて終わったとか、そういう悔しい気持ちはないんだろうか。


「井川くんも奥田も、別れるの嫌じゃなかったの?」

「嫌だったよ」


 末廣くんは食べ続けながら頷いた。

 俺の記憶では、奥田は末廣くんと別れた時に揉めたとか喧嘩したとかは一切聞かなかった。


「嫌だって言わなかったの?」

「だって、もう他に好きな人いるって言われたから。そんなのもう、仕方ないし。今更俺が何言っても振り向いてもらえないし」


 正しい考えだとは思うけど、少し諦めが良すぎないか。


「じゃあ、あ、好きな人できたってのは嘘だろうなって思ったら?」

「え?」

「自分と別れる建前で、好きな人できたって言ってるんだなーって分かっちゃったら?」


 末廣くんはええ、と困ったように眉を下げた。


「嫌だって言うよ! 本当に好きな人ができたわけじゃないんなら、俺とまだ付き合えるじゃん。嫌だって言う!」

「はっ!」


 吹き出しそうになり、焼きそばを啜ることによって慌てて誤魔化す。

 奥田なんて今の彼女に告白された時、別に好きではなかったけど末廣くんより女の子の方がいいし、で付き合ったとか言ってたぞ。

 オイ、末廣くん、気付けなかったのか。どうせ奥田のことだから、不誠実な振り方をしただろうに。嫌だって抗議してもよかったのに。気付けなかったんだな。

 末廣くんは俺を笑わせるのが上手いな。






5


 春休みに入る前の日。

 講義が終わった後に、違う学科の子から告白された。男性陣の中では、可愛いと話題になっていた子だった。


「なんで俺?」


 答えの前に思わず聞いてしまった。

 俺とこの子は今まで一言も喋ったことがないと思う。


「一目惚れで……」

「……マジ? なにで?」

「前にウインタースポーツサークル入ってたでしょ?」


 確かに俺は一瞬だけそんなサークルに入っていた。

 名前通りウインタースポーツをするサークルなので、冬が始まるまではただの飲みサーだったし、付き合いとかが面倒くさくてすぐに辞めた。


「実は最初の飲み会に私もいて、そこで……」

「あ、ごめん、話したことあったっけ」

「なくて、あの時は緊張して喋れなくて」


 その子は俯き気味に顔を赤くした。

 可愛いな。やっぱり女子って可愛い。しかも控えめそうな子だ。いつも付き合うような子とは逆のタイプ。


「あー……、ありがとう。ちょっと考えさせて」


 一旦保留にした。

 確かに俺は末廣くんのお金を湯水のように使うドクズだけど、浮気というものは一度もしたことがない。期間が被りそうなったら、ちゃんと今の相手と別れてから次の人と付き合うようにしている。だからちゃんと末廣くんに伝えないといけない。


 ……俺、末廣くんと別れるのか。

 4ヶ月くらいか。短かったな。まあでも元々女子に告白されたら末廣くんと別れるつもりだったから、そのタイミングがたまたま今だったってだけだな。というか、どっちみち俺は男とは恋人関係を続けられないから、末廣くんとはいずれ別れないといけなかった。

 奥田も同じことを言っていたが、末廣くんのような都合が良すぎる人、別れるには少し惜しいが、仕方がない。

 末廣くん、結構俺に懐いていたけどショックを受けたりしないだろうか。






6


「ごめん、他に好きな人ができたから別れてほしい」

「うん、分かった」

「は?」


 いや、言ったんだけど。

 俺がそう言ったんだけどさ。


「なんで?」

「え、え……? なんでって?」

「いや」


 末廣くんは戸惑ったような表情をしている。

 が、俺だって戸惑っている。

 俺が振ったのに、あっさりしすぎじゃない?

 だってそんな、ノータイムで許諾されると思わないじゃん。


「いいの? 本当にいいの?」

「え?」

「だから、俺と別れるの」

「え……うん」

「……なんで?」

「だ、だから、なんでって、なんで?」

「なんでって」


 なんで。

 確かに、なんでとは。


「……一応さ、俺ら4ヶ月くらいは付き合ってたわけよ。4ヶ月って恋人関係でいた期間で言うと、世間一般的には短いかもしれないけどさ、この……1年のうちの1/3なわけじゃん。結構長くない?」

「う、うん」

「で、その、意外と長いとも思える間付き合ってたら、湧くでしょ、情的なやつ」

「情」

「うん、そう、だから、情が湧いたら、離れるの寂しくなるよね」

「うん」

「……じゃあさ、なんか、もっと、こう……あるよね」

「あ、あるとは」

「……」


 末廣くん、本気でなんとも思っていない顔をしている。嘘だろ。


「あのさ、俺って彼氏なんでしょ」

「うん」

「別れたら、俺彼氏じゃなくなるんだよ」

「うん……」

「それでいいの?」

「いいよ。仕方ないもんね」

「仕方ないって……」


 え、なんだこれ。これって俺の方がおかしいのか。


「もっかい聞くけど、別れたら、俺末廣くんの彼氏じゃなくなるんだよ。俺みたいな割と顔整いの恋人もう後にないかもしれないよ。次いつ恋人できるか分からないんだよ? なんでそんな簡単に手放せるの?」

「だって、あの、予約の人3人いるから」

「は? 予約?」

「うん」

「……予約? なんの?」

「え、付き合う、の」

「は?」


 なんてことない顔で人道を踏み外した発言をする末廣くんに頭を抱える。


「いや……え? 何、えっと、キープってこと?」

「キープじゃないよ、キャンセル待ち」

「キープじゃん」

「キープじゃないって。同時進行じゃないし。終わったら、次のが0から始まるから」

「待ってください……え?」


 頭が痛くなってきた。なんだこの化物は。


「……そんな感じじゃなかったじゃん」

「そんな感じ?」

「末廣くんが……なんというか……え、遊び人? みたいな」

「え!? 俺そんなんじゃないよ! ただモテるだけで……」

「……」


 唖然。

 こいつヤバい!

 ヤバいという自覚がないのもヤバい! とにかくヤバい!

 末廣くんの本当のヤバさに触れ、たった4ヶ月程度じゃ末廣くんのことを何も理解できていなかったことと、本人がヤバさに気付いていない恐ろしさを前に、顔を両手で覆った。


「てか待って、あのさ……」


 恥を忍んで、俺は末廣くんに聞かないといけない。俺はここで簡単に解散してはいけない気がする。


「嫌って言うんじゃないの?」

「え?」

「だから、俺が『他に好きな人ができたから別れよう』って言ったんだよね」

「え、そうだね」

「あのさ、そういう時は嫌だって言うんじゃなかったっけ」

「え、そうなの?」

「そうなの!?」


 そうなのってなんだよ!


「もしかして覚えてない? 本当に好きな人ができたわけじゃないのに、自分と別れる建前で好きな人できたって言われたのに気付いたら、嫌だって言うんでしょ?」

「えっ、成秋くんちゃんと他に好きな人できたんでしょ?」

「あ、いや」

「じゃあ仕方ないよ。別れないと」

「……」


 末廣くんは本当にいつもの、なんてことない顔で、グループワークで意見を言うくらいの感覚で言ってのけた。

 この、俺の、誰が見ても嘘だと分かる振り文句を、こいつは本気で信じてるのか?


 は?

 こいつ、全然駄目じゃん。

 俺が付き合うって言った時も、別れようって言った時も、何一つ俺のこと理解してない。俺というか、もう、人間のこと分かってない。察しが悪いとか、コミュニケーション障害とかそういうレベルじゃない。

 考える能力が全く無いんだ。

 自分で他人の考えを考える力が全く無い。

 決められた言葉だけに反応するロボットと一緒だ。

 だから今の人と別れたら記憶し続けられないんじゃないか。タダヨシの顔を忘れ掛けているのも、井川くんが作ってくれた料理を全然思い出せなかったのも、当時別れたばかりの奥田ですら苗字を言われてもピンときていなかったのも、そういうことか。

 じゃあ、俺と別れたら、俺の顔とか名前とか、俺と映画観に行ったこととか、俺と野沢温泉行ったこととか、俺が目玉焼きを乗せた焼きそばを作ったこととか、全部忘れられるのか。


 末廣くん、ヤバい。たかが他人だけどこれは流石に不安しかない。

 これ、俺よりもっとクズに当たったらどうなるんだ?

 元彼の影響で全く趣味じゃないプロレスも競馬も見るくらいだ。スカスカな頭はスポンジくらい吸収率が高いだろうし、恋人の言う事ならなんでもハイハイ聞くだろう。もしかしたら、簡単に体を差し出したり、暴行されたりするかもしれない。それでも末廣くんはきっと何も反抗したり反論もしないし別れたいとも言わないだろう。悪いことをされているという考えにも及ばないから。

 お金をふんだんに所有している、どんな命令でも聞いてくれる、告げ口もしない都合の良いロボット。

 そんな男が、俺以上のクズと付き合ってしまったら……。


「あの、ごめん」

「うん?」

「取り消し。別れようってのは嘘」

「取り消し?」

「うん。恋人関係持続しよう」

「なんで? 他に好きな人できたんでしょ?」

「ごめん、嘘。人には好きすぎて思いっきり反対の感情を叫びたくなる瞬間があって」

「え?」

「だから、俺達やっぱり寄りを戻そう」

「え? うん」

「……」


 うんってさ……。

 いや、俺が言ったからね。言ったからそれでいいんだけど。

 なんでさ、付き合うのも別れるのも寄りを戻すのも、ノータイムなんだよ。なんで別れるのを許諾する時と同じ顔してんだよ。

 末廣くんの意思ってどこにあるの?


「末廣くん、そのキャンセル待ちの3人に断っといて。当分空きは出ないって」

「なんで?」

「なんでって……だから、俺と恋人続けるから!」


 なんだこいつ、なんでじゃないだろ! 分かれよ! 本当に腹立つな!


「……分かった」

「……なんでそんな微妙そうな顔してんだよ」

「だって、申し訳ないし」

「誰に!?!?」

「キャンセル待ちの3人に」

「はあ!?」


 それさ、俺の前で言うかな!?


「俺がメッセージ送ってやるから。スマホ貸して」


 俺が若干苛立ちを含めながら手を出すと、末廣くんはこれまた微妙そうな顔をしたまま俺にスマホを渡した。


「どいつ?」

「えっと、亮くんと、弘樹くんと、柊真くん」

「全員男かよ」

「うん」

「……おい、今柊真つった? なんで井川くんがいるんだよ。もう別れただろ」

「うん。でももう1回って」

「……」


 井川くんが俺以上のクズ説が出てきたな。


「とにかく、井川くんはマジで最低男だからもう関わらない方がいい。絶対に」

「え、そうなの?」

「うん、絶対に駄目。奢ったりしなくてもいいから。奥田もな。奥田にせびられたり、次に付き合おうとか言われても絶対断って」

「え?」

「え、じゃないの。あのさ、……あー……。とにかく、付き合うのも、金出すのも、俺だけね。いろいろ言われたら、俺が駄目って言うからって言えばいいから。末廣くんの恋人は俺だけで、みつが……奢られる権利があるのも俺だけだから。分かった?」

「うん」


 だから、こいつは、なんでノータイムでうんが言えるんだ……!

 いや、言ってほしいんだけど! 言えばいいんだけど!


「末廣くん、俺さ、半分はめちゃくちゃなこと言ってるんだよ」

「は、半分」

「恋人ってそういうんじゃないだろ、もっと、こう……なんかね、そう、いやいやおかしくない? って、ちょっとくらいは、反論してよ。反論していいから。おかしいよって言っていいから。2泊3日全費用俺持ちおかしいでしょって、言っていいから。いや、ありがたいんだけど。その説はめっちゃありがとうなんだけど。俺も今更半額支払うとかしようと思ってないけど。意図があってお金出すのと、全く考え無しにお金出すのって、違うから」

「は、はい?」

「……だから、……あー……もう……。いや、俺も悪いんだけどさ、悪いし、全然末廣くんにこれからも奢ってもらおうと思ってるけどさ、末廣くんは普通じゃないことをしている自覚を持った方がいいよってことで。だから、そういう普通じゃないことは、不特定多数にやらなくていいよってことで、だから、俺だけにしなよってこと」

「成秋くんだけだね」

「……うん、あのね、俺だけに、なんなのか分かってる? 言ってみてください」

「あの、付き合うのと、奢るの」

「はい……そうです……」


 圧倒的不安。

 俺は自分で、自分がめちゃくちゃで最低な発言をしていると分かっている。

 なのに、この、なんだ、全く響いていない感覚は。

 被害を受ける側が加害する側に説得されているこの状況をおかしいと思ってくれていない。俺のことを悪い人だとも良い人だとも思っていない。


「末廣くん」

「うん?」

「俺のことどう思ってる?」

「え?」

「なんでもいいから」

「……あっ、眉毛と目の幅狭いよね。最近気付いた。外国人みたい」

「なんでもいいって言ったけどさ」


 この状況で、この質問で、返す答えそれ?

 末廣くん、マジでおかしいかも。いや、おかしい。確定でおかしい。


「俺のこと嫌じゃないんだよね?」

「うん。恋人だもんね」

「……因果関係が逆な気がするけど、まあいい。それは置いておくとして、じゃあ、いいんだよね? 末廣くん、俺と恋人でい続けるんだよね? 本当にいいね?」

「うん。よろしくね!」

「っぅうううううん」


 なんか違うんだよ。全部。なんか違う。リアクションが。

 どうすればいいんだ、この化物。


「分かった。俺は末廣くんのためにも当分は別れないし、今までだったら他の人に流してたお金も、窓口を俺一つに集約するからね。いいんだよね!?」

「うん!」

「ッンンンン元気のいい返事っ」


 不安だ。この男は、ちゃんとした人間になれるのだろうか。俺が責任を持って観察しておかないと。








※一年後、成秋くんは末廣くんに嫌だ別れたくない俺がこれからずっと末廣くんのこと養うからと泣きながら末廣くんを軟禁します。





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