一宮家の様子がおかしい5兄弟


お題:ゴコイチ兄弟パロ


※みんな一宮姓。下の名前で呼び合っているので頑張って覚えてね

二井→虎太郎 三好→叶斗 四ツ谷→天音 五藤→空良

※みんな一宮家の兄弟なので、元の世界線のそれぞれのきょうだいはいない設定(三好のお姉ちゃんたち、五藤の妹、四ツ谷のお兄ちゃん)

※特別裕福な家というわけではないので、二井もこの世界では一般的な男の子です

※一宮(22)、二井(20)、三好(18)、四ツ谷(17)、五藤(15)の年齢設定になっています

※一宮のお母さんがとにかく凄い人ということで






1


 世の中にはありえない家族がいる。例えばうちのことである。

 まずうちのお母さん、一宮宮子。初手嘘みたいな名前だけど本名だ。19歳で、俺──一宮守を産んだ。かなり早い方だと思うし、実際授業参観や運動会で友達のお母さんと比べてみても誰よりも若そうな気はしていた。

 お母さんは俺を産んだ時、結婚をしていなかった。お母さんが身篭ったことを知って、その相手、つまり俺のお父さんに当たる人は逃げたらしい。それでもお母さんは俺のおばあちゃん・おじいちゃんと協力し、たくましく俺をちゃんと産み育て、そしてどこにそんな時間と余裕があったのか、次の年には新しい相手と結婚して子どもを産んだ。俺の弟で、名前を虎太郎と言う。その時のお父さんは二井と言う名前だったので、俺の苗字も一瞬二井だったらしいけど、勿論記憶はない。

 そしてその二井さんともすぐ離婚した。お母さんはこれに懲りず、また新しい人を見つけて結婚した。三好さんという男の人だったらしい。その人との間にも子どもができ、見事に健康な子を産んだ。俺の2番目の弟で、名前を叶斗と言う。

 が、歴史は繰り返す。お母さんは三好さんともすぐ離婚し、次は四ツ谷さんという男の人と結婚した。その人との子どもも産んだ。俺の3番目の弟で、名前を天音と言う。

 このお母さんのパワフルすぎる人生はあと一回再婚を、あと二回離婚を行う。最終的に五藤さんという男の人と結婚し、その人との間にも子どもを授かった。俺の4番目の弟で、名前を空良と言う。この辺りのお父さんたちは一瞬だったけど、ちょっとくらいは顔を覚えている。

 でも結局お母さんは五藤さんとも上手くいかず。離婚し、それ以降は旧姓の一宮に戻り息子5人を女手一つで育ててくれた。子どもを産み育て、なおかつ短スパンで新しい恋人をつくり、結婚離婚の手続きもしていると考えると、世界で一番タフなんじゃないかとすら思う。

 まとめると、一宮宮子はバツ4である。そして息子5人は全員お父さんが違う。

 一宮家は根本的な部分から普通ではないのだ。そしてというか、だからというか、俺の弟たちも少し風変わりだ。






2


 現在俺は22歳。ごく普通の社会人だ。

 今日はお母さんの仕事が遅番の日だから、俺が夜ご飯を作らないといけない。仕事が終わり次第急いでスーパーに寄り、買い物をして、すぐに我が家へ向かった。

 玄関からただいまと声を掛けると、リビングの方から二人分の声が返ってきた。それも、んあーみたいな、そういう返事。

 リビングに入ると、ソファにもたれ掛かりながら叶斗と天音がくつろいでいた。二人とも制服のままだ。

 叶斗は俺に目を配ることもなく、スマホを触りながら口を開いた。


「今日のご飯なにー?」

「時間無いから中華丼」

「えー」


 そのえーはなんだ。どういう意味だよ。


「嫌なら作らないぞ」

「嫌とは言ってないじゃん」


 ホントこいつムカつくな。


「空良は?」

「部屋ー」


 どうやら空良は部活から帰って来て、即部屋に篭ったらしい。最近新作のゲームを手にしたばかりだ。

 虎太郎は今大学の授業が終わったところだろう。目標は虎太郎が帰ってくるまでに食卓にご飯を並べることだ。

 俺はとにかく料理だけに集中し、三十分ほどで中華丼とみそ汁を完成させた。でもこれだけでは運動部の中3一人と男子高校生二人と成人男性一人分の胃袋を満たせるはずがないので、昨日の残りの副菜と出来合いの唐揚げを大皿に盛り付けた。栄養バランスとかは知らない。量が少ないと文句を言われるので、何も言われなければもうそれでいい。


「叶斗ー手伝ってー!」

「えーいやー」

「いやってなんだよ」

「俺今動画見てるし」

「……」


 このクソガキ!


「じゃ、天音」

「天音寝てるよ」

「今の今で!?」


 さっきまで起きてたじゃん。背中しか見えなかったけど、天音の頭は叶斗の右肩に乗っていた。仲がいいのは結構だけど。


「空良ぁー!!」


 空良の部屋に届くようにできる限り大きい声を出すと、数十秒後にちゃんとやって来てくれた。


「あい……」


 空良は制服姿ではなかった。眼鏡に、俺のよく知らないキャラクターの萌Tシャツに、ダルダルのジャージ。こんな姿、同じ学校の人が見たらびっくりするだろうな。


「ごめん、お皿とかお茶とか用意してくれない?」

「ん」


 空良は俺の言う事を素直に聞き入れ、慣れた手つきで卓上の準備をし始めた。

 こいつは良いも悪いもやりたいとも嫌だとも言わない。反抗期が無いと言えば聞こえがいいけど、それが、かえって不安にもなる。


「あー、意外とおいしそー」

「動画見てたんじゃなかったのかよ」


 ご飯の匂いに誘われて、叶斗が早々に席に着いた。そして叶斗に寄り掛かって寝ていた天音も目をシパシパさせながら椅子に座った。


「二度寝すんなよ。このまま食べるぞ」

「うん」


 天音は高校生にもなって、食事中にうたた寝をしてしまう時がある。平日は学校に行く、食べる、寝る、以外の行動をほとんどしていない。

 準備が整ったので空良に礼を言って座らせると、ちょうどのタイミングで玄関から虎太郎が帰って来た音がした。自分の手際の良さに感動しつつ、玄関に顔を出す。


「おかえり!」

「ただいま……」


 虎太郎はふい……と目を逸し、着ていたコートをハンガーラックに掛け、手を洗いに洗面所へ向かった。

 相変わらず冷たいな。


「もうご飯できてるからな」

「ああ」


 この弟たちは、ご飯を作ってくれてありがとうの一つも無いのかと思わないではないが、今更すぎるな。俺だって家事を手伝うようになるまでは、お母さんに感謝の一言も伝えたことがなかった。

 リビングに虎太郎が入ると、みんなが口々におかえりと言う。いや、嘘。うーすとか、おーとか。こいつらは家庭内でまともな挨拶をしないな。

 虎太郎も自分の椅子に座ったところで、俺は号令を掛けた。


「んじゃ、いただきまーす」


 俺が言うと、みんなも口を揃えていただきますと言い、料理に手を付けた。これだけは15年間欠かさずやれている。






3


「ただいまぁ〜」

「おかえりー」


 時刻は夜の22時頃。

 一人で洗濯物を干していると、お母さんが遅番から帰って来た。ヘロヘロとソファーに向かい、顔面からダイブする。だいぶお疲れのようだ。


「ご飯食べる?」

「ちょっとだけ」


 遅番の時は夜の摂取カロリーを気にしているらしい。いつもお子様ランチくらいの量を出している。

 残した中華丼を温め直して机の上に置くと、お母さんはのろのろと起き上がって席に着いた。いただきますの声はハッキリと言い、中華丼を一口食べ、鼻から長いため息を吐いた。


「あー、守がいてくれてホントよかった〜。ありがたい、ありがたい」

「そんなこと言ってくれるのマジでお母さんくらいだからね」


 弟たちもこの気持ちでいてくれるんなら、もうちょっと料理も頑張ろうと思えるんだけど。


「他の家事も手伝ってくれてさー。めちゃくちゃ助かってるんだよ。ちょっと前までこんなに小さかったのに、もうすっかり成人しちゃって……」


 そう言って、お母さんは左手の小指を立てた。


「いや俺流石にもうちょっとあったから」

「守ももう22でしょ。いい人とかいないの?」

「へぇ?」


 思わぬ角度から話のタネを投げられ、気の抜けた声が出てしまった。


「だって仕事と家事しかやってないでしょ。まだ若いんだし、彼女とかつくって遊べばいいじゃん。お母さんなんて、ほら、昔は凄かったから」


 それは重々承知だけど。


「……いやー、だって、それどころじゃないし。父親不在でこの家にはデカい男が4人もいるんだよ」

「そんなこと言ってたら、一生この家から出られないでしょ」

「そうだけどさ。……何、お母さんは俺が出てってもいいの?」

「それは困るな。せめて天音が高校を卒業してから」

「でしょ? いいよ、そういうのは、当分」

「別に今すぐ結婚しろとは言ってないから。彼女くらい作ったらー? って」

「カノジョ……」

「そろそろ守には弟離れしてもらって」

「……ええ? なんで俺がブラコンみたいになってんの」

「じゃ、弟4人にはお兄ちゃん離れしてもらって」

「ナイナイ。離れも何も、もうあいつら俺にくっついてこないから」

「何言ってんだか……」


 彼女か……。自分も家計を支えようと決めてからは一度も考えたことがなかったな。

 彼女ってどうやってつくればいいんだ。






4


 こうしてお母さんに触発され、俺は出会いを求めて動いてみることにした。

 とは言っても異性との出会いがその辺にあるわけがない。俺の働いている工場は男ばかりだし、女の人はほとんど家庭を持っている。学生時代仲の良かった子も特にいない。女の子を紹介してくれるような男友達もいない。

 そうなると頼るべきはもうマッチングアプリのみ。俺は早速マッチングアプリを入れてアカウントを作ってみた。

 まずプロフィールの画像選びに苦戦した。まともな写真がない。何かいい写真は無いかとフォルダを見返していると、兄弟の写真ばかりが出てきて普通に懐古してしまった。目的を忘れて十分ほど経ったところで我に返り、ここから探すのは諦めて今この場で自撮りをした。多分写りは良くないと思う。

 自己紹介文は無難な感じで登録し、やっと肝心のお相手探しに突入した。条件に合った不特定多数のプロフィールが出てくるので、気になった人にはこちらから♡を送る。そして相手からメッセージが返ってきたら、そこから交流が始まるらしい。

 困ったことに、俺には画面に出てくる女の子は全員いっしょくたに可愛く見える。全員可愛いけど、差も分からない。女の子ってみんな可愛いんだな……と、会社でも家でも男に囲まれる生活を送っている俺には新感覚だった。


(お……。この子可愛い。しかも俺より10cm以上低い)


 151cmの女の子。黒髪ボブで目がぱっちりした子だった。俺は男の中でもかなり身長が低い方なので、女の子側も小さくないと俺の面目が立たない。

 どうしようかな。この子に♡送っちゃおうかな。送るだけタダだし送ってみようかな。こういうのは数打たないと当たらないよな。


 と、迷っていると、物凄い力で俺のスマホが剥ぎ取られた。


「……こいつ絶対男グセ悪いよ」

「っやめろよ!!」

 

 天音だった。

 背後から俺のスマホを取り上げ、それを高く持ち上げる。これをされると、俺は台に乗らない限り取り返せない。台に乗っても届くか分からない。無駄な悪足掻きは早い段階で諦めたが、俺がマチアプに勤しんでいるのが弟にバレてしまって普通に恥じた。


「こういうのが好きなの」

「いや、まあ……」

「へぇ」


 天音はその女の子をちらっと見て、そして俺をじとっと見下ろした。気まずい。


 一宮天音。一宮家の四男。四ツ谷さんと一宮宮子の息子で、現在高校2年生。

 いつの間にか、半分は俺と同じ血が流れているとは思えないほど縦に伸び、随分と男前に育ってしまった。

 昔は俺にべったりだったのに、背が伸びるにつれ世に人に反抗するようになった。一年くらい前までは、守の下着とか服と一緒に洗濯機回さないでと言われていた。ありえない。それって思春期の娘がお父さんに言うやつじゃないのか。

 最近はまだマシになった方だ。三回に一回くらいなら俺の言うことを聞いてくれる。でもこの態度は俺にだけなようで、お母さんの言うことはちゃんと聞く。何故お母さんより俺に反抗するのか。こういうのって大抵は親に当たるもんだと思ってたのに。


「……スマホ返してくれませんか」


 懇願すると、天音は高く上げた腕をゆっくり下ろし、そして俺のスマホをソファにそっと投げた。いや俺に渡せよ。 


「今更頑張ったところで何になんの?」

「お前なあ……」


 俺のマチアプに対しての意見だろう。慈悲も応援も何もない。キレてもいいだろう。


「あのな、お前らに囲まれてるからこの家でジジイ扱いされてるだけで、俺まだ22だから。ピチピチの22なの。分かる? 大学行ってる人はまだ大学生なの。それくらいの歳。今更じゃないから。今からだから」

「今まで女子とまともに会話すらしたことないのに」

「……」


 なんでそれを知って……。てか、だからなんだよ! そんなの今から頑張ればいいじゃん!


「なんだよ。俺に突っかかるくらいならお前も彼女つくれよ。説得力ないぞ。お前ならすぐつくれるだろ」

「……うるさ。ホントそういうとこ。うるさい、黙ってほしい」

「ハ、ハァ〜?」


 天音は俺の顔も見ずリビングから出て行った。

 うるさいとか黙ってほしいとかなんだよ。あいつの方から俺に絡んできたんだろうが。






5


 仕事が終わり更衣室に向かおうとすると、同僚に声を掛けられた。


「今日これで終わり?」

「うん。残業ナシ」

「予定ない日勤の人らで飲みに行こってなってんだけど、お前も行く?」

「あー」


 飲み会は嫌いじゃない。職場はいい人たちばかりだし、先輩がいるとよく奢ってくれたりもする。魅力的な話だけど、予定はあるので断ることにした。


「ごめん、今日はちょっと」

「えー……? なんだよ、やっと女か?」

「いや、今日弟バイトだし、迎えに行くから」

「……えぇ?」

「え?」


 同僚は俺を見て思いっきり顔を歪めた。


「バイト始めた弟って、大学生の弟だよな」

「え、うん。大学2年生」

「……迎え……?」

「え?」

「何、場所遠いから車で迎えに行くとか?」

「いや、俺車持ってないって。弟がバイトしてるとこも家から近いし」

「ヤバイって」

「え?」


 何が、とは聞けなかった。俺は過去にも俺の弟関係でこいつをビビらせた経験がある。


「なんか、うん、妹とか、年離れてるとかなら分かるけど、二十歳の男だろ」

「まだ二十歳じゃないよ。二十歳の代」

「一緒だろ。迎えいらないって」

「……いやでも、だって……」


 だって、あの虎太郎だぜ。

 いくらしっかり者とは言え、家事をやらせれば家電の方が壊れるか自分が怪我するかの二択しかないくらい、超不器用な弟だ。そんな虎太郎を一人で社会に送り込むなんて不安すぎる。バイトでとんでもないミスをして落ち込んで帰って、失意のままに道路に飛び出して車とかに轢かれたらどうするんだ。


「ダメダメ。命を落とすかも」

「は、はぁ……?」

「タイミングが合ったら絶対迎えに行くって約束しちゃったし。約束は破れない」

「……」


 同僚は弟に関してそれ以上は何も言わなかった。ただ俺の肩に手を置いて、「俺は絶対嫌だけど、そういう人生も、まあ、アリだよな」と言った。

 何が?




 一宮虎太郎。一宮家の次男。二井さんと一宮宮子の息子で、現在大学2年生。

 最初はお母さんや俺が何も言わずとも、お金のことを考えて大学進学を諦めようとしていた。

 それが虎太郎の人生において勿体なさすぎる選択だと言うことは、頭の弱い俺とお母さんですら分かっていたので、なんとか虎太郎を説得しようと試みた。お金のことは本当に心配してほしくなかった。積立もあったし俺もお金を出そうと思っていたし、何より虎太郎のお父さんが離婚してからも結構……かなりな額の養育費と生活費ををお母さんに振り込んでいたから。お金のことなんて気にしなくていいと言っても虎太郎は遠慮したままだった。

 しかし、当時の高校の教師たちが俺やお母さんと同じ考えだったらしく、必死になって動いてくれて、特待生制度での大学入学を薦めてくれた。これがうまくいったので、虎太郎は入学費授業料免除で大学に通うことができた。

 教師たちが口を揃えて言っていた。虎太郎は神童だと。普通の高校からこんなに頭のいい生徒が生まれるなんて、と。

 半分は俺と同じ血が流れているとは思えない出来の良さだ。

 

「おかえり、おつかれー」


 家の近くの喫茶店に到着し、裏口に回るとバイト終わりの虎太郎が出てきた。

 俺の顔を一瞬見てぎこちなく動きを止め、そして視線を逸した。


「た、ただいま」


 何故かここ数年でこの弟は俺に対してぎこちなくなった。理由は分からないけど、多分俺が何かしてしまったのだろう。

 虎太郎は自分の鞄の他にビニールの袋を手に提げていた。


「それ何?」

「貰った」


 中を開いて見せてくれた。ニンジンとさつまいもが入っている。


「わー、ラッキー」


 虎太郎が働いているこの喫茶店では、時期によってマスターの親戚が育てている野菜を使って料理を作っているらしい。そして、こうして時々スタッフにも分けてくれる。


「……これは?」


 さつまいもやニンジンに押しつぶされながら、ビニール袋の端っこに追いやられている封筒のようなもの。引っ張り出してみると、土で少し汚れていた。


「客から貰った」

「ラブレターなんじゃないのこれ」

「え? いや、見てないから分からない。多分違うと思う」

「女の子だった?」

「え? あ、ああ」

「……」


 この、ハートのシールで止められた封、可愛くて丸くて小さい字で書かれた一宮くんへという文字。

 いや絶対ラブレターだろ。なんで分からないんだよこいつは。鈍感にもほどがあるだろ。

 しかも、こいつは、それを、こんなむき出しで土が付いた食材と一緒の袋の中に……しかも透明のビニール袋だぞ……。


「アレだな。なんか、そうだな。お前、道徳に成績が付かなくてよかったな。特待生なれなかったかも」

「え?」


 俺が歩き出すと、不思議そうな顔をしながら虎太郎も着いてきた。

 ちなみに虎太郎がバイトしているこの喫茶店は、虎太郎が働くようになってから店の売上が跳ね上がったらしい。この前迎えに行った時にマスターがそう言っていた。

 流石に虎太郎の不器用さでキッチンは任せてもらえないだろうけど、ホールスタッフでこれが出てきたら、立派な客寄せになるだろう。

 虎太郎は、一宮家の出とは思えないほど品がある。雰囲気だけで言うと、一宮家のようなごく一般家庭じゃなくて、もっと上層階級にいてもおかしくない。この顔で美味しいコーヒーを出されたら、そりゃ通い詰めたくなるよな。


「バイトどうだ?」

「まあ、ぼちぼち」

「大学は?」

「普通だな」

「ふーん。まあ、良かったな」


 何が良かったかは分からないけど、全く会話が弾まなかったので適当に返事をしておいた。

 虎太郎は大学のことを普通と言っているけど、多分普通ではないと思う。地質学の勉強をしていて、鉱物に含まれるなんちゃらかんちゃら……の勉強をしていて、採掘? に行ったりしている。よく分からないけど、この前価値のある鉱石? を見つけたらしい。そんなことってあるのか。


「勉強忙しいだろ? バイトしなくてもいいのに」

「いや、俺もお金入れたいから」

「んん……。ま、無理はすんなよ」


 俺は社会人だからいいけど、虎太郎はまだ学生だ。自分のために働いているんじゃなくて、家にお金を入れるために働いているので、正直俺はあまりいい気をしていない。俺が家計を手伝っていることに引け目を感じているのだろう。もっと自分のことにお金を使えばいいのに。下の弟三人のように。

 虎太郎は堅物で真面目な次男に育ってしまった。


「……守」

「ん?」

「恋人をつくりたいのか」

「アッへぇ!?」


 唐突過ぎて変な声が出た。

 今、虎太郎がなんて言った。


「誰がそんなこと……」


 いや、天音だな。

 昔から俺のプライバシーなんてあったもんじゃない。いつもどこかで筒抜けだった。


「つくりたいというか、俺ももう22だし、そういう努力くらいはしようと……」

「……俺はおすすめしない」

「彼女をつくるのを?」


 虎太郎はまっすぐ前を向いたまま頷いた。

 お、なんだ。お兄ちゃんが取られるとでも思っているのか。可愛いとこあるじゃん。


「というか、守にはできないと思う。一生」

「ハァ〜〜〜!?!?!?!?」


 前言撤回。可愛くない。


「できないってなんですか」

「……あ、いや、その、言葉通りの意味で」

「言葉通りの意味が一番嫌なんだよ!」


 虎太郎の目には、どうやら俺は一生彼女がつくれないように写っているらしい。最悪。


「いいよなお前は! 歩いてるだけで向こうから寄ってくるもんな!」


 苛立って皮肉を言うと、虎太郎はハッとしていきなり慌て出し、野菜の入ったビニール袋の音をシャカシャカ鳴らしながら手を横に振った。


「すまない、そういう意味じゃなくて」

「世の中顔だけじゃないってこと、俺が証明してやる」

「あ……」


 ぐしゃ! と音がした。

 見ると、コンクリートの上にはついさっきまで虎太郎が手にしていたニンジンとさつまいも、あとラブレターが散乱していた。


「あーもー」


 虎太郎が慌ててそれを拾って袋の中に入れる。俺も手伝った。汚れてぐしゃぐしゃになったラブレターを拾った時、虎太郎と目が合ったが、やっぱりすぐ逸らされた。

 どいつもこいつも。お兄ちゃんのこと馬鹿にしやがって。






 6


 その日の夜中、トイレから部屋に戻ろうとすると、空良の部屋の電気がまだ煌々と光っていることに気付いた。

 現在夜の3時。しかもまだ平日だぞ。毎日遅くまで部活して、帰ってからもこんな時間までゲームをしているのに身体を全く壊さないのだから凄い。お母さんのタフさはここに受け継がれたのかもしれない。

 部屋の扉をノックすると、んー、と声が返ってきたので、扉を開けた。空良はベッドの上で転がりながらゲームをしていた。その横には美少女キャラの抱き枕、天井にはまた別の美少女キャラのポスター。学校にいる時の空良と比べると、ギャップで失神するレベルだ。


 一宮空良。一宮家の五男で末っ子。五藤さんと一宮宮子の息子で、現在中学3年生だ。

 サッカー部の元キャプテンで、他の3年生の部員が引退した後も部活に参加している。理由は、サッカーのスポーツ推薦で高校に受かったから。受験勉強しない代わりに卒業するまでは部活をしないといけないらしい。

 サッカー部のキャプテンらしく爽やかオブ爽やかな笑顔、端整な顔付き、それを塗り替えるほどの圧倒的オタク魂。学校ではオタバレしてないらしいので、うまくやっているようだ。空良は顔も良いしサッカーもうまいが世渡りもうまい。半分は俺と同じ血が流れているとは思えない。


「寝ないの?」

「んー、眠れなくて」

「そんなんしてるから眠れないんだよ」

「いや……いろいろ考えてて」


 空良は画面から視線を外さずに答えた。


「悩みごと?」

「まー、そんな感じ」


 珍しい。空良は今まで反抗期が全く無かった代わりに、自己開示も全くしてくれなかった。家族の俺ですら本心が分からない時もある。だからこそ、いつか爆発してしまう時が来たら怖いんだけど。

 だから、こんなふうに空良が悩みを抱えている時に、俺に相談してくることも無かった。これは兄としては嬉しい限りだ。


「よし、お兄ちゃんに相談してみ」

「解決できんの?」

「助言してあげる。俺空良より7つも上だし」

「ふうん」


 空良はゲームの画面を切って、のそりと上体を起こした。俺は空良のベッドに腰掛け、悩みを話してくれるのを心待ちにした。ワクワクしてはいけないけど、どうしてもワクワクしてしまう。こんなこと滅多にない。なんだろう。人間関係のことか、高校への不安とかか。


「どうすれば人を囲っておけるかって」

「え?」

「物理的じゃなくて……物理的でもいいんだけど。でも一応今は仕事して家計支えてもらってるし。どうしても社会に出なきゃいけないから、精神的に囲うのがいいと思う」

「え?」

「だから俺が将来それよりももっと稼ぐようになって、ぬるま湯に浸かりながらリッツパーティーするくらいの生活をさせてあげて、恋人の側とかよりもここが一番楽に生きられるって思わせられたら一生離れなくなると思うんだけど」

「リッツパーティー?」

「でも俺、大学行く気だし。そうなったらあと7年以上はかかる。その間どうすればうまく囲えるのかって考えてた」

「ごめん、お兄ちゃんは何も助言できなさそうだ」


 何を話しているかさっぱり分からなかった。最近末の三人の会話の内容や使う言葉が今時すぎてついていけない時がある。それに似たものを感じた。


「解決できないんじゃん……ザコ……」

「ちょっと、上二人の悪影響受けてるんじゃない?」


 お兄ちゃんに向かってザコとか言っちゃいけない。まったく、高校生組に関わるとろくなことが起きないな。


「っていうか本当はもう眠たいんだろ」


 空良はあくびをしながら目を擦っていた。眠そうな時の顔は小さい頃と全く変わらない。眠たいから頭が少しおかしくなっていたんだな。


「もー、今すぐ寝なよ」

「ん……」


 空良がゲーム機を充電器に挿したのを見て、俺も部屋に戻ることにした。すると、手首を掴まれた。


「え、どこ行くの」

「どこって、寝に帰るんだよ」

「自分の部屋じゃないんだろ」


 バレてる。

 空良の言うとおりで、俺はさっきまで虎太郎のベッドで一緒に寝ていた。

 一宮家の変なルール、俺が兄弟の誰かの機嫌を損ねたら、夜は一緒に寝る。このルールは何故か俺にしか適用されない。

 野菜とラブレターをコンクリートの上にぶちまけてからの虎太郎は、何故か異様に落ち込んでいた。ずっとだ。帰ってからもご飯を食べている時もお風呂に入った後も。俺が怒ったのそんなに怖かったかなと思い、お詫びに一緒に寝ることになった。

 虎太郎は俺と目を合わせてくれないし昔に比べて大層クールになったけど、一緒に寝るのだけはやるらしい。

 二人で布団に入り眠りにつくまではどうともなかったが、トイレに行きたくて目が覚めた頃には、俺の体は虎太郎の長い四肢によってガチガチに拘束されていて、抜け出すのに必死だった。もうすぐで漏らすところだった。


「起きて俺いなかったら虎太郎びっくりするし、戻るよ」

「なー、俺もちょっとイライラしてんだよね」

「それは自分でどうにかしろよ」

「お兄ちゃんのせいって言ったら?」

「……」


 俺のせいでイライラさせてしまったのなら、ルールが適用されてしまう。つまり空良と一緒に寝なければいけない。


「はぁ……俺、無神経すぎるのか……。ごめんけど空良をイラつかせた原因が思い当たらない」

「別にいいよ。謝ってほしいわけじゃないし、お兄ちゃんのせいでイライラしてるの俺だけじゃないし」

「え?」

「じゃ、寝よ」


 空良は俺の意見を聞かず、俺の腕を引っ張ってベッドに潜った。ちゃんと半分のスペースを空けられたので、俺も仕方なくそこに寝転がる。部屋の電気が消えて1分後には、俺達はすやすやと寝ていた。


 翌朝、案の定俺と空良は虎太郎にぐちぐち文句を言われた。






7


「よし、よし……!」


 マッチングアプリを始めて2週間ほど。

 アプリ内で知り合った女の子と、ようやくデートにこぎつけたぞ!

 プロフィールを見て可愛い子だなーと思い♡を送ると、その子からメッセージが来た。趣味もテンション感も意気投合し、そのままサクサクとデートの約束までいけた。

 決戦は明日の土曜日だ。

 てか、デートて。

 俺女の子とデートなんて初めてなんだけど。


「お兄ちゃん、ニヤニヤして何見てんの?」


 ゲーッ。一番見られたくない人に見られた。


「いや、別に」


 リビングで無防備に佇みながらスマホを見ていた俺も悪いな。

 俺の気付かないうちに、俺の目の前には叶斗がいた。急いでポケットにスマホを隠す。


「てかなんでお前もニヤニヤしてんの?」

「いやー? 別に」


 叶斗の方こそ、にんまりと口角を上げながら俺を見ていた。


 一宮叶斗。一宮家の三男。三好さんと一宮宮子の息子で、現在高校三年生。

 受験生のくせにのらりくらりとしているが、AO入試で既に合格を貰っているので問題無し。四月からは美容系の専門学校に通う。

 今でこそこんなに可愛い顔をしているが、中学時代叶斗は荒れに荒れまくっていた。不良の真似事をしては、日夜家を抜けて仲間と遊んで補導されるような生活を送っていた。まあ、その時も顔はずっと可愛かったけど。

 俺が辛抱強く叶斗の面倒を見た甲斐もあり、ちゃんとここに戻ってこれた。一番激しい反抗期があった弟は叶斗かもしれない。


「お兄ちゃん、今日は天音と寝てあげなよ。めっちゃ拗ねてて面倒くさいから」

「ハイハイ……」


 どうやら天音は、俺が昨日虎太郎と空良と寝ていたことを内緒にしていたのが気にくわなかったらしい。朝からずっと拗ねている。今朝虎太郎に文句を言われたせいでバレてしまった。

 なんで反抗期を経由した結果、みんな兄と寝たがるんだよ。普通逆だろ。


「あ、お兄ちゃん、明日暇?」

「えっ?」

「明日一緒に犬カフェ行こうよー」


 叶斗が溶けるような笑顔で提案してきた。俺の顔は引きつる。弟からの誘いは嬉しいけど、よりによって明日か。


「明日は……駄目だ。絶対駄目だ。来週にしない?  来週だったら空いてるし」

「えー」


 代替案を出すと、叶斗は口を尖らせた。


「明日何があるの? なんで? なんで?」

「なんでもいいだろー」

「なんで教えてくれないの? 俺に教えられないようなことするの?」

「そんなんじゃないって……」

「じゃあ明日なんで俺と遊べないのか教えてよ」


 こいつしつこい! なんで!


「だから、なんでも! てか俺がお前らにどこ行くとか何するとか聞いても何も教えてくれないくせに。俺だけ詰められるのおかしいだろ」

「いや、お兄ちゃん以外に聞かれたらみんなちゃんと答えてるよ」

「……なんで!?」


 俺って一体。俺一応長男なんだけどな。なんで俺はこうもみんなからハブられているんだ。


「てか教えてくれないんならもーいいよ。あーあ、俺お兄ちゃんのせいで機嫌損ねたー」

「……」


 ここまでハッキリと不機嫌アピールをしてくるのもこいつくらいだな。全員の性格を足して4で割れればいいのに。


「今日天音と寝るから、明日ならいいよ……」

「や、一緒にお風呂入ってくれるんなら許してあげる」

「ええー……」 


 他人の家は知らないけど、この歳になっても兄弟と一緒にお風呂に入るのは普通なんだろうか。なんとなく非難されそうで怖くて、会社の同僚にはここまで言っていない。


「やだよ。叶斗すぐ細いとか、……ち、小さいとか言ってくるじゃん……」

「言わないから。ね?」

「んーんんん……」


 そんな可愛い顔で手を握られてしまったら、流石に断れない。


「はぁ……。分かった、みんなには内緒な。最後に入るぞ」

「うんっ」


 一緒にお風呂に入ろうと誘ってくるのは、今はもう叶斗か空良くらいになったけど、このお風呂を一緒に入ったというのが他の兄弟にバレると後々面倒くさい。みんなから凄く嫌な視線を浴びるのだ。


 俺、デートの前日に弟とお風呂入って弟と一緒に寝て、なにしてるんだろ。






8


 翌日、デートの日。

 待ち合わせ場所の商業施設前で待機していた。現在13時半。待ち合わせ時間まであと30分はある。今日のデートの予定は、カフェでお茶してすぐに解散。初回なのでこれくらいのラフさでいこうとなった。

 緊張してかなり早く着いてしまったので、勿論相手の子はいなかった。

 あと30分もそわそわし続けながらここで待機するのは緊張を更に加速させてしまいそうだったので、中に入って適当に時間を潰そうと考えた。

 が。


「……何やってんの……?」

「あ、お兄ちゃんじゃーん」

「ん」


 アパレルショップの前に、凄く……物凄く目立つ二人組がいるなと思ったら、うちの弟達だった。叶斗と天音がサングラスを試着して談笑している。今だけは本当に会いたくなかった。


「な、なんでここに……」

「なんでって、休日だから買い物してんだよ」

「それは分かるんだけど」


 これ、偶然なのか?

 偶然にしてはタイミングが良すぎる。


「あ、あー、じゃ、俺、用事あるし。バイバイ」

「守」

「へぇっ」


 何も見なかったことにして、大人しく集合場所で待機するかと踵を返そうとした瞬間、天音に引き止められた。昨日一緒に寝てあげたじゃん。なんでそんなに不機嫌そうな声色なの。てかサングラス外してほしい。


「30分も早く来て、そんなにデート楽しみだった?」

「は……なんで知ってんのぉ……?」

「分かるよ。守のことは」


 天音にはマチアプしてることがバレていたけど、今日がデートの日だとも待ち合わせ時間のことも何も伝えていない。

 呆然としていると、背後から聞き馴染みのありすぎる声がこちらに向かって来た。嫌な予感しかしない。


「お前らはなんでサングラスしてるんだ」

「や、ただ待ってるのも暇だったから。見て、天音マジでこえー」

「二人とも掛けてみてよ」

「俺似合わなさそー」

「空良がサングラスするとなんか……ちくちく言葉のつもりはないけど、湘南感が……」

「それちくちく言葉のつもりだろ」

「……ッ!?」


 聞き馴染みのある声の正体は、虎太郎と空良だった。虎太郎はバイトに、空良は部活に行ったと思っていたのに。何故、この空間に5兄弟が揃っている。何故こいつらは当たり前のようにそれを受け入れているんだ。何故全員サングラスを掛けるんだ。


「じゃ、お兄ちゃんのために、俺らも一緒に待機しますか」

「いや! いいよ! 帰れよ! なんでだよ!!」


 もしも集合場所にこいつらがいたら、確実にこいつらの方に気がいくだろ! みんな顔いいし!


「だってさ、相手が来なかった時一人で帰るの寂しくない?」

「なんで来ないの前提なんだよ!」

「俺達の優しさなんですが」


 このクソガキどもマジで。お兄ちゃんのこと下に見すぎだろ。


「今何時?」

「今?」


 唐突に空良に聞かれたのでスマホを確認した。

 いつの間にか、既に集合時間になっていた。


「ヤバッ!」


 慌てて集合場所に戻る。これじゃ早く来た意味が全く無い。俺の後ろには弟達も律儀に着いて来ていて、思わず舌打ちをしそうになった。しかも全員サングラスを掛けたままだった。


「おい! 窃盗だぞ! 戻れよ!」

「お兄ちゃんが買ってくれたー」

「変なとこで甘やかすのやめな!?」


 叶斗の言うこのお兄ちゃんとは虎太郎のことだ。虎太郎を見ると、気まずそうにしながら目を逸らされた。この弟達は……苦学生に変なお金の使い方させやがって……。


「そんなことより、相手来てないんじゃないの」

「あれ……」


 天音に言われて辺りを見渡したが、それらしき人物がいなかった。


「遅れてるのかも」

「じゃ、俺らも待つか」

「いいって……本当にいいから、頼むからみんな帰ってくんないですか……?」

「あと10分な」

「え?」

「あと10分したら帰るし、10分経っても相手の人が来なかったらお兄ちゃんも帰って」

「……なんの権限がお前らにあるんだよ……」


 しかもこれを提案してきたのは空良だ。こいつ末っ子のくせに。ていうか冴えない普通の男が4人のサングラスを掛けたデカい男に囲まれてるのはどう考えても怪しすぎるだろ。第三者目線だと、俺がカツアゲされてるか闇バイトを斡旋させられてるとしか思えない。

 そんなこんなで10分待ってみたが、相手はやって来なかった。


「ほら、来ないんだよ」

「うるさいな……。電車が遅延してるとかかもしれないだろ」


 相手から連絡が来てないかを確認するため、マッチングアプリを開いた。俺達はこのアプリ内のチャット機能でやり取りをしていた。ここになにか連絡が入っていないか確認をしてみた。

 しかし、このアプリ内で想定外のことが起きていた。


「……えっ!?」


 無い。その子とのやり取りが、跡形もなく消えていた。履歴が全く無い。血眼になってその子のアカウントを探したが、アカウント自体が無くなっていた。


「は……なんで……?」


 何を聞かずとも俺の状況を察したのか、叶斗が俺の肩に手を置いて残念そうに呟いた。


「そういう人もいるんだよ。会う直前に怖くなってアカ消しして逃げる人とか、イタズラでこういうのやっちゃう人とか」

「イタズラとか……しそうな子じゃなかったもん……」

「ハイハイ」

「……お、俺が駄目だったのかな……」

「駄目だったんじゃない?」

「……」


 慈悲、ナシ。嘘っていう優しも時々必要なことを、この弟は分かっていない。


「じゃ、お兄ちゃん時間空いたねー」

「……あ?」

「一緒に犬カフェ行けるね」

「……えぇ……今から……?」

「傷を癒やすのは動物が一番だよ」


 ……。

 全てが、何かに引っ張られて動いている気がする……。

 でも今の俺は、女の子に逃げられたことがただただショックで何も考えられなかった。


「……はぁ。そうだな……行くか……」

「うん!」


 足取り軽く前を歩く叶斗に着いて行く。そして何故かみんなも着いて来る。男5人、そのうち4人はサングラスで犬カフェ……?


「あーあ……」

「あの」


 肩を落としている俺に、虎太郎が遠慮気味に声を掛ける。


「その……守に、恋人ができないっていうのは、今日みたいな……のが、あるからであって……」

「……あー、うん……。そうだな……。結局顔が全てだったな……」

「いや、ちが……」

「俺を救ってくれるのは犬のみ」

「……」


 結局虎太郎の言いたいことはなんだったのか聞かないまま。叶斗の後を追うと、今度は虎太郎に腕を掴まれた。反射的に振り向くと、虎太郎はハッとしてすぐさま手を離し、じわじわと顔を赤くさせた。


「なんでもない……」


 なんだよ。せめて慰めろよ。てかサングラス外して。





 ちなみに以降一年間ほどマッチングアプリを続けてみたけど、何故か毎回同じように相手の子にアカ消しされて逃げられてしまったので、5回目あたりで流石に自分が怖くなり、こういうので彼女を探すのは諦めることにした。







●一宮 守(22)

ちゃんとお兄ちゃん。

弟がいるとこんなにしっかり者になるらしい。

自分が相当ブラコンであることに気付いていない。

弟達が信じられないほどお兄ちゃん大好きなのも気付けていない。


●一宮 虎太郎(19)

二井虎太郎ではない。一宮家の次男。大学2年生。

家族以外には別に優しくない。

ラブレターの中身を読んでもラブレターと気付けないほど恋愛を知らない。

数年前くらいにやっと実の兄が好きだということを自覚し、ただでさえ恋愛ビギナーなのに近親+同性の二重苦で、自分でももうどうしていいか分かっていない。でも弟達もなかなか同じ状況なのは察しているので、このまま兄弟ごと地獄に落ちるしかないと思っている。あと数年もすれば腹を括る。

お兄ちゃんのことを守と呼ぶ。


●一宮 叶斗(18)

三好叶斗ではない。一宮家の三男。高校3年生。

姉が三人いる三好叶斗は姉達からこき使われ、立派な家事男子になっていたけど、一宮叶斗はお兄ちゃんが全部やってくれるので自由気ままにわがままに暮らしている。ヤンキー時代はとにかくお兄ちゃんのことが鬱陶しくてしょうがなかったけど、お兄ちゃんを振り払った際に、床に転んだお兄ちゃんの骨が折れかけた(弱すぎる)のを目の当たりにして、ヤンキーを辞めようと決意した。ヤンキーを辞めてからはお兄ちゃんをペットにしている。

そんなことよりネカマが大得意。

お兄ちゃんのことをお兄ちゃんと呼ぶ。


●一宮 天音(17)

四ツ谷天音ではない。一宮家の四男。高校生2年生。

高2になってもまだ思春期を抜け出せていないので、お兄ちゃんのことが好きだと素直に認められていない。でも取られるのはとにかくイライラする。本当は自分もお兄ちゃんと一緒にお風呂に入りたいけどそんなことは口が裂けても言えない。

一つ上の兄(叶斗)とは比較的仲がいい。大体いつもこの二人で協力してお兄ちゃんのプライバシーを侵害する。お兄ちゃんの飲み会に迎えに行って、その圧でお兄ちゃんの同僚をビビらせたことがある。

お兄ちゃんのことを守と呼ぶ。


●一宮 空良(15)

五藤空良ではない。一宮家の五男。中学3年生。

反抗期はない。反抗したいという気持ちはないけど、支配したいという気持ちはあるので超厄介。

この先の人生トントン拍子に進むので、野望通りお兄ちゃんより稼いでお兄ちゃんを目一杯楽させてあげる兄孝行(ただし自由は与えない)。

中学ではたくさんの女の子に告白されてるらしいけど、「でもお兄ちゃんより料理上手くないだろうしな」「お兄ちゃんより家事しないだろうしな」「お兄ちゃんより俺のこと支えてくれないだろうしな」と、令和の中学生とは思えない価値観で品定めして全員断っている、お兄ちゃん至上主義。

お兄ちゃんのことをお兄ちゃんと呼ぶ。


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