一周目/一年六月
ごつラブの六月のイベントといえば、体育祭。今日は体育祭当日だ。
全生徒がグラウンドに集まり、種目の準備をしたり準備体操をしていた。
「大地くん走らんの?」
金江が100m走に出るので、興味本位で俺も待機列まで着いていくと、隼土もいた。隼土はみんなとは違う格好をしていて、手にバインダーとペンを持っていた。
「走れないんだって。100mでもこういうガチなのは遠慮しとく」
「残念やなー。見たかったなあ」
「隼土も出ないの?」
「俺辞めたけど一応陸上部って扱いらしい。やからスタッフな。大地くん走るのは見れんけど、みんなの競争見れるのは楽しみやなあ」
「みんなね……」
隼土に言われて待機列を確認すると、金江以外にも泉水と春火がいた。三人は集まってぽつぽつと会話をしている。気になって俺もそこに混ざりに行くと、みんなやる気のなさそうな顔をしていた。走りたくないんだな……。
「大地は走れないんだよね」
「うん、残念だけどな。金江、運動は得意?」
「普通かな……、走るのはそんなに速くない」
「泉水は?」
「え、俺? 無理だよ。俺運動全然やってこなかったし」
「……春火は?」
「フン、運動能力だけが全てだと思うなよ」
「木葉は……いないな」
サボっているんだろう。コノミも運動会には参加しない設定だった。
ということは。
「……え、みんな、もしかして、こんなに人が集まってて、全員運動できない?」
「俺はそんなこと一言も言ってないだろうが」
「いやいや! 俺は練習すれば絶対できるようになるし!」
「あの、俺も、走るのが得意じゃないってだけで……」
「……。そうだよな……」
そうだ……コイツらは……もともと引きこもりだ……。体を動かすことに慣れていないんだ……。
みんなの必死な言い訳に笑いを堪えていると、珍しく春火が俺の元に来てこそっと耳打ちした。
「てかお前主人公兼制作者だろ、こんな意味のないイベント飛ばせよ」
コイツ、やっぱり運動苦手なんじゃん。
「いやいくら俺でも無理だって。大きいイベントはスキップできない」
「チッ……使えねえやつが」
「はぁ? お前がみんなの前で走りたくないだけだろ」
「だからそんなこと一言も言ってないだろうが……!」
「まあまあ! あ、ほら、俺達出なきゃだよ!」
俺の胸ぐらを掴み上げかけた春火を泉水が制して、三人はレーンの前に移動した。
ピストルが鳴り、走り出した三人は案の定遅かった。七人で走って、下から順に泉水、春火、金江だ。
「ふ……マジで走るの遅いじゃん」
思わず一人で苦笑した。このレースを一世紀続けていたと思うと結構面白い。
三人はゴールしてからまた何かを言い合っていた。案外仲が良さそうだ。
さて、俺はかなり暇だ。俺の出場競技の玉入れは最後の方にある。
そういえば校舎外はあまり散策したことがないなと思い、グラウンドを離れて散歩することにした。
日が燦々と照り、初夏らしい爽やかな風が吹き抜けてうっそうと生い茂った木々を揺らす。校舎裏は木陰の道が続き、ほてった頬を冷やした。これがゲームの世界だなんて夢にも思わない。自分がこのゲームを作ったとはいえ、どの部分を見ても、どうやってこの世界ができたのか分からないほど、全てが「現実」だ。
もしかして、これはゲームの世界なんかじゃなかったり。
俺達は誰かから選ばれた特別な人達で、気絶した後、何かしらの理由で誰かが作り込んだテーマパーク的なところへ運ばれてしまっていたり。
なーんて。
とりとめもないことを考えながら歩いていると、校舎に寄りかかりながら木陰の中すやすやと眠る人物と遭遇した。
ごつラブでもこの世界でも、正しくレアキャラだ。
俺が近寄ると、そいつは敏感に反応してゆっくり目を覚ました。目が合ったので、声を掛けるしかない。
「……サボり?」
「うん。大地も一緒に寝ようよ」
黒くてデカくて蛇のような男。グラウンドにいなかった木葉は、こんなところで惰眠をむさぼっていた。
「えー、大丈夫かな……うわっ」
木葉にぐいっと腕を引っ張られ、俺も一緒に寝転んでしまった。木葉は俺と位置を合わせて顔を見合わせ、うっすら笑みを浮かべた。俺はこの真っ黒い瞳に吸い込まれたかのように、全く動けなかった。
「何が?」
「い、いや、怒られたりとか……」
「誰に」
「先生とか……」
「ゲームの世界まで怒られるなんて嫌だね」
柔らかく笑っているはずなのに、どこか底の見えない冷たさを感じる。
俺だけが、この偶然に怯えているんだろうか。
聞くのは怖いけど、聞かずにはいられない。
「あのさ……俺があのコンビニの店員だって、知ってて俺と仲良くしてたの?」
「知ってたよ、ずっと」
「ずっとって、いつから?」
「ずっと前から」
「ずっと……」
“ずっと’’の意味を考えていると、木葉は俺の頭に手を伸ばした。反射的に目を瞑ったが、その後に衝撃はなく、ただそっと頭に乗った葉っぱを取ってくれた。
木葉は目を弧にして俺を見つめる。
「ずっと会いたかった」
──何故か、この先を聞いてはいけない気がした。
「あ、あー、俺、そう、この学校のこと全然知れてないから、探索してたんだ」
空気を取っぱらうかのように、俺は勢い良く起き上がってその場で伸びをした。
笑って誤魔化したが、心臓がまだバクバクと音を立てている。とにかくこの場所から離れたくて、来た方向とは逆に向かって歩いてみた。こっちのエリアは旧校舎がある、はずだ。
「き、旧校舎とかロマンあるから設定に入れたんだけど、結局生かせなかったなー。えっと、あっちとかどうなってんのかな」
「あ、そっち側は行かない方がいいよ」
「え?」
その瞬間、びゅおんと突風が俺達の間をすり抜けた。天気が安定しているこの世界では珍しい。風の音で、木葉の声は俺の耳に届かなかった。
「なんてー?」
「そっち側は──」
台風のように勢力を増す風は、俺の足を掴んでもつれさせた。後方に尻もちをついて倒れ込む。
が、手を付いた先は、まるで空気を掴んでいるかのように実体がなかった。手の先を見る。
「え……」
地面が、無い。
顔を上げると、木葉はこちらに向かって手を伸ばしていた。
いや、正しくは、木葉のようななにか。
「ババババぐぐ、ググ、グぐる、か、らララ、らららららラララ」
「っ……!?」
「ラ_■■ラ■_バ_■■■■」
顔が歪み、体はずれ、辺り一帯にはノイズのような気味の悪い線が伸びていた。
そして、三回ほど呼吸をした頃には、木葉のようなものは完全に「点だけの存在」になり果てていた。
「……なんだよ、これ……」
腰を抜かせたまま呆然としていると、ポケットに入れていたスマホが振動した。震える手を叱責し、電源ボタンを押す。画面にはこう表示されていた。
【予期せぬエラーが発生しました_セーブデータを読み込んでください】
「え、エラー……」
警告ウインドウを消すと、セーブデータ選択の画面になった。直近で俺がセーブしたタイミングは、偶然にもこの体育祭が始まった時だった。
俺はとにかく何も考えず、考えることもなく、そのセーブデータをすぐさまタップした。
脳みそをかき混ぜられたかのように、視界がぐるぐると回って気分が悪い。
■■■■■
「──大地くん走らんの?」
「へっ」
騒々しい声。砂と靴底がこすれる音。ジリジリと肌を照りつける太陽。
「いや、やから、大地くんは走らんの?」
「……あ、うん……」
「残念やなー。見たかったなあ」
目の前には隼土がいる。みんなとは違う格好をしていて、手にバインダーとペンを持っていた。
「……今何時?」
「えーっとな、十一時前。あとちょっとで100m始まるな」
「……本当に戻ってる」
「……あ? ……あー、もしかして、セーブデータ読み込んだ?」
俺は未だに放心しているのに、隼土はもう全てお見通しのようだ。とにかくこの奇妙な体験を話さないといけないと思った。
「いまっ、今っ、へんなって……校舎裏行ったら木葉がいて、で、あ、歩いてたらグニャってなって、ガーってなって、なんか景色がおかしくなって、木葉かぐちゃぐちゃになって、それで……!」
「おーおー、バグやんそれ! しかもゲームオーバーになるくらいのデカいバグやなあ! ええなあ、発生おめでとう!」
「……あ、あれがバグ……!?」
「大地くん、なんか変な行動したんちゃう?」
「してないよ! 俺はしてない!」
「俺、は?」
「……いやっ、そうじゃなくて、本当に何も……ただ、旧校舎の方に歩いて行っただけで……」
「あー、それやん。そこエリア外や」
「へ」
「こんな良くできた世界やけど、ツメが甘いとこはあるな。旧校舎って存在がある割には、ごつラブの中で特に使われることなかったやろ。やからこの世界作ったバケモンも手抜いたんかなあ。行動を想定してないエリアに入ったらバグってまうんよ」
「なんだよそれ……」
「意識ぐにゃあってなって、変な気分やろ? その場におらんかった俺はなんともないし、データが戻る前の記憶はなーんもないけど、その場におった木葉は前のデータをロードしても、バグったことは全部覚えとると思うで」
つまり、整理すると。
この世界では行動可能エリアが限られていて、そこを越えてしまうとバグが発生。バグの度合いが大きいと、前回のセーブデータを読み込まないといけなくなる。そして、その場にいた人しかバグがあったことを認識できない。ということか。
「俺は今まで三回くらいしかバグ経験してないんやけど、その内の一回が、大地くんと同じように旧校舎に入ろうとして起きてしまったバグやった。確か、その時は木葉くんもおったなあ」
「……あ、だからあの時忠告してくれてたのか」
「その忠告してくれた人がバグでぐちゃぐちゃになったんかあ! 大地くんも無情な男やなあ」
「何が起きるか分かるわけないだろ! そんなこと言うなら隼土が前もって教えとけよ!」
「んはは、そんなん言ったら、大地くんびくびくしながら行動することになるやろ。つまらんやん」
「こんなこと経験したら言われても言われなくても怯えて行動するわ!」
それでも隼土は、どのポイントでバグが起きるかを教えてくれなかった。他人にまで楽しいの追求を押し付けるな。
一周目/一年七月
「俺泳げないんだよな」
「へぇ、意外……」
「っていう俺の特性を生かしたくて、プールの授業で俺が泳げないのがバレて、泳げるキャラと夏休みに市民プールに練習しに行くってイベントが発生するようにしたんだけど」
「うん、そうだったね」
俺は目の前の水面から目を逸らし、横に座っている上裸の男体に顔を向けた。細くて長い。一瞬割れた腹筋にも見えるが、これは細いがゆえ浮いて見える筋肉だということが分かる。
無論、金江なんだけど。
「はぁ……。お前男だしなあ……」
「ごめんね……」
俺が責めるべきことではないけど、俺がため息を吐くと、金江はいつものごとく申し訳なさそうに謝ってきた。こいつの謝罪は最早お家芸に近い。
ごつラブ内で七月に特に大きいイベントはないけど、気になっている攻略対象キャラとプールに行けるという最高のラブイベントがある。なんと言っても、女の子の水着、水着、水着。
なのになあ。今目の前と隣には何も面白くない男の水着しかない。
「……あの、暑いでしょ、プール入らないの?」
「……入るよ!」
ちなみに今はプールの授業中。蝉の音が鳴り響く中、学園内のだだっ広いプールサイドにいた。
一年のプールの授業は強制イベント設定にしていたせいで、スキップできなかった。俺は泳げないからただただ苦痛だ。
泳げない俺への配慮設定になっているのか、授業内容は泳げる人が泳げない人に泳ぎ方を教えてあげるというものだった。そして運良く金江は普通に泳げるらしい。
金江に触発された俺は、意を決してプールに入ってみることにした。まずは足だけをつけてゆらゆらと動かしてみる。日差しを浴び続けた体に沁みる冷たさだ。
「大地、あの、足だけじゃ泳げないよ」
「んなことは分かってるよ!」
何だコイツ。とうとう金江まで俺を煽りやがって。
ムカついたので、座った状態のまま体を少し前に進めた。……でもこの先に浸かるのが怖い。だって、水に入っちゃったら、自由に動けなくなるんだぞ。俺は昔地元の流れるプールで体の自由を奪われて溺れかけたことがあるのだ。そのせいで、とにかく水に全身をつけるのが怖い。
「……っ、や、やっぱ、無理かも」
情けないけど、金江に顔を向けてギブアップ宣言をした。すると金江は先にプールの中に入り、俺の方に両手を伸ばした。
「大丈夫だよ、顔まで浸からないし。掴まって」
そう言って笑う金江が、なんだかいつもより頼もしく見えた。普段がへこへこ謝ってばかりだから、なんか変な感じだ。逡巡したけど、太陽を背に受け額から汗が垂れたところでようやく金江の手に掴まった。
金江がゆっくりと反対側に引っ張り、俺を水の中に誘う。不慣れな俺は身体をガチガチに固め、大きな水音を立てて飛び込んだ。想像以上の水の冷たさに、突然心臓がぎゅうっと縮こまった気がして、金江の手を握っている腕に力を込めた。
「つ、冷たいっ! 顔に水かかった……!」
「プールってそういうものだよ」
「て、て、て! 離すなよ! マジで!」
「うん」
金江は俺の情けない姿を見て楽しそうにしていた。俺は水に慣れるのに必死過ぎて、金江の態度にキレることもできなかった。
「俺大地のこと引っ張りながら歩くから、大地はちょっとずつ足浮かせてみて」
「えっえっ、無理無理、そんなことしたら溺れるじゃん」
「大丈夫だよ」
「ちょっと待って心の準備──ッだァ!」
なんでいつになくこいつは強引なんだ。金江は俺の腕を掴み直すと、俺と顔を向かい合わせたままグイグイ先に進んで行った。つまり、金江は後ろ向きに歩いている。信じられない、どういう技だ。水の中で動けない俺からしたらありえない。
金江の歩くスピードがあまりにも速いので、それに置いて行かれた俺の足はもつれ、そのまま引っ張られ続け、足が底から浮いてしまう。必死に足が地面を求めていると、金江がまた俺をグイグイ引っ張るので足が浮く。俺は死ぬ物狂いで金江の手に掴まった。
「なっ、もっ、む、無理だって! 溺れる! コレ溺れてるっ!」
「溺れてないって。大地、力入りすぎだよ。もっと楽にしないと」
「楽ってなんだ!? 溺れ死ねってことか!?」
「そこまで楽になってとは言わないよ」
普段のおっとりした態度とは別人なほど、金江は俺を爆速で引っ張って行く。水の中って動きが遅くなると思うんだけど、この痩身のどこからこんなパワーが出ているのか疑問だった。最後の方は俺ももう地面を歩けるほどの力なんてなくなり、ほぼ足が浮いていた。
「浮いてるよ、よかったね」
「……っ、は、離すなよ……」
「ふ……なんかこれ、犬の散歩みたい」
「……」
突っ込む気も起きない。俺はただただ必死に掴んでいる金江の手を一心に見つめていた。
すると何を思ったのか、金江は無情にも舵を取ってくれていた自らの手を突然俺から切り離した。ありえない。唯一の支えを失った俺は、闇雲に四肢を暴れさせ、どうにか助かろうと水の中を藻掻いた。本当に死んだような心地だった。
「おいっ! かなえっ! かなえっ……!!」
こうなってしまったら、もう元凶とも言える目の前の男を頼るしかない。
金江は今にも泣きそうな、というかもう泣いていたかもしれない俺を見ておかしそうに笑った。
お、鬼だこいつ。
「大地、足着くから大丈夫だよ」
「……。……確かに……」
その一言で完全に落ち着いた俺は、動きを止めて足を地面に着けた。立てた。じゃあ今までの必死な俺の叫びはなんだったんだよ。
思い返すと急にとんでもなく恥ずかしくなり、俺は金江の薄い胸板を拳で殴った。
「あ、痛、ごめんって、ごめんね」
「お前……結構サドだな……」
「い、いや、見たこともない大地だったから、ごめん、おもしろくて」
「俺手離すなって言ったのに! マジで許さねえからな! お前が主人公のいろんな男に掘られるゲーム作ってやる」
「ほんとごめんね……」
完全にやる気を失った俺は陸に上がり、プールサイドに座り込んで分かりやすくいじけた。金江は俺にタオルを掛け、隣に座った。
「夏休み練習しに行く? 泳げといて損はないよ」
「いや、もういい。俺は一生水場には近寄らない……次水に入る時は死を覚悟した時だ」
「ごめんね……」
「お前のごめんはもう信用しねえよ……」
金江はやっぱり笑っていた。この世界でこいつが一番怖いかもしれない。
■■■■■
七月下旬になった。すっ飛ばしまくった日々は、もう夏休みに突入しようとしていた。
休み前の最後のホームルームが終わり、いつものように金江と下校していると後ろから泉水も駆けつけた。
「八月入ったらお祭りのイベントあるでしょ。三人で行こうよー」
「お祭りなあ」
そう、ごつラブでは八月にビッグイベントのお祭りと花火大会がある。気になる子を誘ってデートができるのだ。
そんなイベントに一緒に行こうと泉水の方から誘ってくれた。男だけで行くってのもなあ。
「まあ……、楽しそうだし行くか。金江も行くよな?」
「あ、うん」
「やったやった!」
泉水は相当嬉しいのか、その場でくるくると回った。可愛い。
「浴衣着てきてよ」
「浴衣ぁ? 持ってないってそんなの」
「買えばいいじゃん」
「カウ」
「買うって言葉初めて聞いた?」
「そっか……俺って所持金使ってなかったな……」
ごつラブでは、バイトをしていなくても毎月少しずつお小遣いが溜まっていく。今俺は全く手を付けなかった四ヶ月分のお小遣いを所持しているので、浴衣を買えるくらいにはお金が溜まっていた。
「金江も着てきてね」
「えっ、俺も?」
「背高いから絶対似合うよ」
「ええ……俺が着ても多分幽霊みたいになるよ」
「幽霊」
細いからだろうか。金江は自虐していたが、俺はそんなことないと思った。金江は態度と表情がアレなだけで、堂々としていればかなりモテると思う。
「じゃ、お祭り楽しみにしてるね。ばいばい!」
別れ道に差し当たり、泉水は俺達に手を振ってニコニコと花が咲いたように笑いながら帰って行った。俺達に背を向け歩いていたが、数歩だけ歩いておもむろにもう一度振り返ってまた俺達に手を振った。
「……泉水、マジで可愛いよなー……」
「あ、うん、そうだね」
「泉水ならギリ恋愛ルートいけるんじゃないかなって思ってる」
「……………………え」
「あ、いや、この世界の中だったらってことな!?」
軽いノリで言ったら、思いの外金江に凄い表情で見られた。俺のセクハラ発言を心の中で咎めているのだろうか。
「泉水って男臭くなくて可愛いし、俺より小さいし」
「……えっ、そう……見えるの?」
「はい?」
「……大地より、泉水の方が、小さいって思ってるの?」
「は? そうですが」
「泉水、170はあるって言ってたよ」
「は? 俺だって170ありますが」
「それ自己申告だよね」
「泉水だって自己申告だろ」
「それはそうだけど……」
「おい、何が言いたいんだ……いや待て、言わなくていい」
そうなのか。じゃあ俺が一番……。あの泉水よりも……。
「はぁ。金江、浴衣買いに行くぞ」
「え、一緒に?」
「嫌なのかよ。お前どうせ彼女と浴衣着てお祭りデートとかしたことないだろ。浴衣で俺達とデート♡ できて幸せだな」
「いやっ、まあ、ないけど……大地もでしょ」
「うるさいな。お前のその幽霊みたいな浴衣姿俺に見せろ」
「怒ってるじゃん……」
ということで、夏休み突入と同時にそのまま金江と浴衣を買いに行くことになった。俺の考えたごつラブ内のマップには、大型ショッピングモールがある。そこに行ってみると、現実世界にあるイ○ンモールとほぼ変わらないような、本格的なつくりだった。店舗数も抜かりがない。そして、現実世界と同じように買い物もできる。
俺達は浴衣を売っている店に入った。入ったはいいものの、俺達は和服を選ぶ感性が全く備わっていなかったので、店内を彷徨っていた。
「何かお探しでしょうか。あ、浴衣ですか? お二人とも?」
「あっ、ハイ」
「では、こちらはいかがでしょうか。試着してみます? こちらのお客様も」
「あっ、ハイ」
モブ店員に声を掛けられた。この世界のモブは、イベント発生を促すためにかなり強引らしい。俺と金江は店員に勧められるがまま試着室に入り、スタッフに浴衣を着せられた。
浴衣なんて着たこともない。せいぜい小さい頃に親が用意した甚平くらいだ。お祭りだって、高校生の頃からほぼ縁がなかった。高校を卒業してからも俺みたいなフリーターは、お祭りの日は人が混むからと絶対にシフトに入れさせられていた。だから、ゲームの中とはいえ、友達とお祭りに行けるのは楽しみだ。
「仕上がりましたよ。どうですか? 良くお似合いですね」
「あ、そうっすか……?」
「お連れ様もご試着を終えたみたいですよ」
店員はそう言うと、試着室のカーテンを開けた。すると目の前には浴衣姿の金江が立っていた。
「あ……」
「お、おお……」
お互いがお互いの浴衣姿を眺め合い、言葉にもならない声を溢した。
本当に幽霊みたいだなと揶揄えればよかったのに、金江は思いの外様になっていて拍子抜けした。
「お前、ずっと浴衣でいれば?」
「あ、ありがとう……?」
素直に似合ってるよとは言えず。しかしこの男は、そういうことはさらっと言えるらしい。
「大地、浴衣似合ってるね」
嘘偽りのない表情で呟き、俺をじっと見つめて微笑んだ。
「あ、おー……、さ、サンキュー……」
「へへ……」
「……」
「……」
「……オイなんだよこれギャルゲーの雰囲気やめろ……!」
俺は周りの空気を殲滅するべく手で周りを仰いだ。金江も俺につられて顔を赤くしていた。だからその反応をやめろ。
一周目/一年八月
お祭り当日になった。
夕暮れ時になると、隣の家から金江が迎えに来てくれた。お祭りの会場は学園近くの神社。泉水はそこで待機しているそうなので、二人で向かうことにした。
「屋台とかもあるの?」
「あったと思うよ。でも俺がこの世界でお祭りに行ったのって、多分一周目の時くらいだったから、何があったかまで覚えてないんだ」
「一世紀前ってことか……」
現実世界の時間の流れと違うとはいえ、一世紀ぶりのお祭りってどういう気持ちなんだろう。
「金江は屋台で何が一番好き?」
「なんだろう……はしまきとか……?」
「んじゃ、屋台見つけたら一緒に食べような」
俺が提案すると、金江はほんのりと嬉しそうに頷いた。こいつも一世紀もの間主人公を続けて大変だっただろう。せめてこれからは純粋にこのお祭りを楽しんでほしい。
神社付近は客で賑わっていた。パッと見だと現実世界のお祭りの賑わいとなんら変わりない。よく見るとモブの顔パーツはないので、これだけ集まっていると少し恐怖であったりする。
鳥居の前では浴衣を着こなした泉水がそわそわしながら待っていた。そして俺達に気付くと、満面の笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってきた。可愛い。
「おお〜、泉水浴衣似合ってんじゃん」
「え、そう? へへ、大地と金江もかっこいいよ!」
「えー、泉水マジで可愛いんだけど。俺らの姫?」
「俺の時と反応違う……」
泉水が圧倒的に可愛い。ギャルゲーのくせに男しかいないせいか、相対的により可愛く見える。金江の浴衣姿もいいけど、デカいし。可愛くはない。
三人で境内を進むと、見ているだけで心が踊るほどの屋台が並んでいた。屋台特有の、どこか少し懐かしい匂いも漂っている。屋台の側を歩くと店員さんが呼び込みをしてくれて、こういうところもしっかりとリアルなのは嬉しい。
雰囲気を楽しみながら闊歩していると、泉水が俺達を引き止めた。
「せっかくお祭り来たんだし、どこかで遊ぼうよ」
「そうだな。何する? 定番は射的とか金魚すくいとかか」
「お化け屋敷行きたい」
「え」
「お化け屋敷三人で行きたい」
泉水は向こうに見える……見ないようにしていた、明らかに一か所だけ楽しみ方が違う仮設の小屋を指差した。泉水の瞳はいつも以上に輝いている。
「え〜……俺体感型ホラーはちょっと……」
「……駄目?」
「……」
いくら泉水に可愛い顔でお願いされてもこれはかなり渋る。俺はお化け屋敷は苦手だ。攻撃できないから普通に怖い。オイお前も断れよと金江の腕を小突くと、金江は「いいよ」と答えた。
は?
「やった! じゃあ行こ!」
「待て待て、俺の意思が尊重されてない」
「この世って多数決だから」
「どう考えても分母が少ないだろ」
「でも俺は行きたいんだよ。大地、行くよ」
「え、思ったより強引……」
泉水は俺達の腕を引っ張ってお化け屋敷まで歩いて行った。そういえば泉水はクエスト遂行中も時々強引な時があった。隼土と勝手な行動をして春火をよく怒らせていた気がする。
結局俺は二人の間に挟ませてもらいながらお化け屋敷内を通過した。分かりやすい仕掛けにギャーギャー叫ぶ俺と、先頭で笑う泉水と、俺の後ろで俺の叫び声にビビっていた金江。息も絶え絶えにお化け屋敷から脱出すると、泉水はニヤけ面を隠しもせず俺を見ていた。
「はぁ、はぁ……。笑ってんじゃねえよ……」
「いや、大地、自分で気付いてないの?」
「な、何が……?」
「手」
「て……」
そう言われ、自分の手元を確認すると誰かと手を繋いでいた。言うまでもなく、指摘してきた泉水の手だった。それに気付くと途端に羞恥に見舞われ、咄嗟に手を離した。
「えー、大地の方が可愛いじゃん。もっと繋いでてもいいよ」
「いやっ、え、なんで!?」
「なんでって、大地から繋いできたのに」
「してないしてない!」
「してたって。腕も絡めてきて俺に抱きついてたし」
「してねえよぉ……!」
「してたよ! だよね、金江」
「あ、うん」
「……」
「後ろにいた俺の存在にもビビってた……」
恥ずかしすぎて言葉も返せなかった。無言でスマホを取り出し、前のセーブデータをロードしようとすると、金江に慌てて止められた。
「大地、戻ってもまた泉水に連れてかれるだけだよ……」
「なんなんだよなんで二人とも全然平気そうなんだよ!」
「俺このお化け屋敷どこに仕掛けがあるか分かっちゃうんだよね」
「俺は、二人がにぎやかだったから、そこまでは……」
おかしいだろ、なんで怖がりそうな二人がこんなにメンタル強いんだよ。余裕ぶっこきやがって。
「……このままで終わるなんてナシだからな。射的やるぞ。俺は絶対に射的では負けねえから」
「お化け屋敷は別に勝ち負けとかじゃなかったけど」
「射的俺やったことない! やりたーい!」
射的をやったことのない男の子がいるなんて。これは泉水を打ち負かしなおかついいところを見せるに絶好の機会だ。
「金江は?」
「俺射的苦手かなぁ」
「フッ……」
やっぱり金江はそうだよな。オンゲーでも銃器の扱い上手くなかったし。金江はそうでないと。鼻で笑うと、金江に軽く苦笑いされて大人の反応で返されてしまった。悔しすぎる。
いざ参らんと今度は逆に俺が金江と泉水の腕を引っ張って射的の屋台まで案内すると、泉水は子どもみたいに楽しそうに着いてきた。
■■■■■
「大地マジで凄いね! 俺感動しちゃった!」
「だろ? もっと褒めてもいいぞ」
「凄い凄い! 大地かっこよかった!」
俺、ご満悦なり。
数々の景品を両手に抱えた泉水は妖精のように俺の周りを飛び回り俺を褒め称えた。何故泉水に褒められるとこうも気持ちがいいんだ。
俺が射的で当てた景品は全部泉水に譲ったので、お祭りで散財しまくる子どものようになっていた。
そして金江は自分の射的センスのなさにやる気を無くし、隣にたまたま並んでいたはしまきを見つけて買って食べていた。俺達の分も買ってくれたので、三人で食べながら花火がよく見える河川敷に移動した。
俺が作ったゲームのくせに、カップルがそこらじゅうで場所取りをしている。
「主人公の俺が女の子と恋愛できないのにモブはイチャつきやがって」
「でもでも、男三人でも楽しいじゃん」
「まあなー」
俺達も横並びで座り、花火が上がるのを待った。花火が上がるまでの浮立つ雰囲気は、現実と変わらない。俺が楽しみにしているからそう思うのかもしれない。
「俺、昔からお祭りが近くにないところに住んでたから、今日めっちゃ楽しかった!」
「そうなの?」
お祭りが近くにないとは。泉水は物凄く田舎に住んでいたのだろうか。でも俺達とマッチングしたってことは、俺達と住む地域は大体同じなはずだしな。俺が住んでいた街周辺では、小さい規模なら夏になるとそんじょそこらで地域のお祭りは開催される。
気になるけど、プライベートなことは自分から言わない限り詮索しないのが暗黙のルールなのでそれ以上は聞けなかった。
「金江は? 来てよかった?」
泉水が伺うと、金江は小さく頷いた。
「うん。お祭りって楽しいんだ」
「お祭りは楽しいんだよ」
「俺あっちの世界だと知り合いに会いそうなイベント全部避けてきたから……」
「お前って見た目の割に本当に残念だよな……」
俺も中高の同級生に絶対に会いたくないから言えたことではないけど。
「何周しても、これからもお祭り一緒に行きたいねぇ」
「何周もするってことかよ。不吉なこと言うなよ」
「ね、金江もそう思うよね」
「うん。大地が来る前は、こういうの楽しむ雰囲気もなかったから」
「そうなのか?」
「それは金江がお祭りのイベント飛ばすからでしょ。俺はみんなのこと誘ってたよ。でも金江は早く周回しようとしてたし、隼土はむらっけがあるから当日キャンセルとかあったし、春火は隼土を誘ったら絶対来ないし、木葉はそもそも俺らと遊ぶのに全然興味ないし」
「え、何、みんなオンゲーやってる時より全然協調性ないじゃん」
「そうだよ! 俺はネットであんなに長い時間一緒に過ごしたみんなとただ遊びたいだけなのに」
泉水はわざとらしく、しゅん、と顔を下げた。
「おい金江、酷いぞ。泉水にこんな思いさせるなよ」
「ご、ごめん……。でも、ほら、今は大地が主人公だから、今までとはみんなの雰囲気も違うよ」
「そうかぁ?」
「そうだよ! みんなちょっと楽しそう!」
「……そうかぁ……? 春火も?」
「春火も」
「嘘つけ」
それは流石に嘘だと分かる。あれのどこが楽しそうだよ。
「でもホントだよ。金江も楽しそうだし」
「そ、そうかな……」
「俺も楽しい! 大地が来てくれてよかった。俺二人とはずっと仲良くしたいなあ」
「泉水……」
泉水と金江は顔を見合わせて頷いた。不意打ちでじーんと心にきてしまった。絶望しきった矢先に偶然出会ったネットの友達に、俺の方もここまで支えられるとは思っていなかった。
「勿論だろ。俺の人生で考えるとお前らが一番の友達だよ」
「へへ、俺達もだよ。ねー、金江」
「うん」
状況が状況とはいえ、こうしてみんなと出会えてよかったと思った。俺達はきっとどこかで人生に躓いた経験があり、だからこそ出会うべくして出会ったのかもしれない。
「あっ、線!」
泉水は空に登っていった光の線を指差した。俺と金江もつられて空を見上げる。
振動とともに大きな輪が咲いて、火花が煌めきながら散っていく。
ドン、ドン、と、かろうじて生きている俺達の心臓にを揺らした。
一周目/一年九月
夏休みが恙無く終わり、季節は秋へと向かった。九月はごつラブ内でも大きなイベント、文化祭がある。
準備期間を終え、九月も後半の今日、文化祭当日となった。学園の中も外も、模擬店やアトラクションでカラフルに賑わっている。
現実世界では、俺はちょうどこのくらいの時期から不登校気味になったので、文化祭を友達と楽しむなんて初めてだった。だからちょっとわくわくしている。
「金江ー、どこ行く?」
「どこ行こうかな。泉水のクラスは?」
「泉水のクラスお化け屋敷じゃねえか。絶対嫌だからな」
俺は学園から配られたパンフレットに目を落とした。泉水のクラスは模擬店でお化け屋敷をやっている。前日にあの可愛い顔で来て来てアピールをされたけど、俺の名誉と精神のために断った。
ちなみに俺と金江のクラスは地域の歴史の展示だ。本当に楽で助かる。それに架空の街の歴史を調べるのはちょっと楽しかったかもしれない。
「春火のクラス、執事喫茶だって。冷やかしに行こうぜ」
「あ、でも、春火は生徒会だから、そういうのは参加しないかも」
「なんだ、つまんねえな」
春火、執事の格好似合うと思うんだけどな。メガネだしインテリだし。口は悪いけど。
「隼土と木葉のクラスは屋台出してるよ。そこ行く?」
「そうだな」
ということで、俺達はまず木葉のクラスの出店に向かった。焼きそばの屋台を出しているらしい。辿り着いたけど、案の定木葉はいなかった。ごつラブでは、コノミは隠しキャラなのでこういう行事ごとは参加しない。別に木葉に進んで会いたかったわけではないけど、なんとなく居場所を作ってあげられなかった申し訳なさを感じる。コノミももうちょっとだけイベントに出させてあげればよかった。
木葉はいなかったけど、せっかくなので焼きそばを買って金江とはんぶんこにして食べた。金江は異様に嬉しそうにしていた。上昇率は低いけど、着実に金江の好感度が上がっているのが手に取るように分かる。
そして、近くでやっていた巨大迷路にも入ってみた。金江は何度もダンボールの壁や天井に身体をぶつけていて大変そうだった。迷路を出ると、出口で待ち構えていたモブ生徒がクレープ屋のクーポン券を渡してくれたので、そのままの流れで手前にあるクレープ屋にも寄った。これも一個だけ買って金江とはんぶんこしたが、流石にクレープはんぶんこ♡ を男二人でやるのはキツかったかもと思い、意味もないプラスマイナスを考えて、ここからは金江と離れて行動することにした。それを伝えると、金江はなんとも言えない微妙な表情をしていた。どういう顔だよ。
適当にそのへんの屋台で買ったジュースを飲みながら散策していると、なんらかの資材を運んでいる最中の春火と遭遇してしまった。俺の顔を見た矢先、顔を歪められる。失礼すぎ。
「……チッ」
「あ、おい、出会い頭に舌打ちすんなよ。ホント態度悪いな」
「呑気に楽しんでんじゃねえよ」
「楽しませろよ! 滅多にない機会なんだから!」
そりゃあ、真面目にスタッフやってる身からしたら俺なんてお気楽な野郎だけどさ。春火もそんなにカリカリしないでちょっとくらい楽しめばいいのに。
このまま春火を見送るのも気分が悪いので、俺は空になった紙コップを捨てて春火の持っていた荷物に手をかけた。
「半分持つよ」
「いい。どっか行け」
「……」
ムカついたので、片手に持っていた荷物をぶん取ってやった。春火は俺を横目で睨み、無言でスタスタと前を歩いて行った。仕方ないので着いて行く。
「なぁ、執事喫茶の方はやらないの?」
「やるわけねえだろ。お前は真エンド攻略の糸口も探さず文化祭を満喫して良いご身分だな」
「それとこれとは別じゃね? 俺が文化祭を楽しんでも楽しまなくても変わらないだろ。なら楽しんだ方が良くない? 春火も真面目に働くばっかじゃなくて楽しめばいいじゃん。ホラ、やれよメガネ執事」
「殴っていいか?」
「確認してくれるんだ」
きっと手が塞がっているからだろうけど、ガラ空きだったらノータイムで殴られていたな。
春火にこのまま着いて行くと、体育館に辿り着いた。今俺たちが持っているのはステージ設営で使う資材なんだろう。春火は設営中のステージを登り、ステージ裏に進んで行った。かなり慣れた足取りだ。毎年こういうことをやっているのだろうか。
「春火、ご飯食べた?」
「後で適当に食べる」
「なら隼土のところ行ったら? お好み焼きが美味しいらしい。一緒に行くか?」
「……」
春火は盛大に舌打ちをして、その場に荷物を乱暴に置いた。俺も一応その横に荷物を置いて、春火を見上げた。苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「……お前らってなんでそんなに仲悪いの? ゲームやってる時そこまで仲悪くなかったじゃん」
「それお前に言う必要ある?」
「いや……まあ、ないけどさ……。ないけど、理由言ってくれないと俺は来年も再来年も文化祭で隼土のクラスの店行こーってお前のこと誘うかもな」
「クソが……」
こいつの口の悪さ、どうにかならないものか。
春火は俺から顔を逸らし、踵を返した。思いの外歩く速度が速かったので、早足で着いて行く。わざと喧騒に馴染ませるように、春火はぽつりと呟いた。
「……アイツは、俺が通ってた高校の同級生だった」
「……!?」
「ネットではアイツが『逆瀬隼土』って知らなかったし、アイツも俺が『橘春火』って知らなかった。残念だな、もう現実世界に戻っても前みたいに仲良くクエストなんて二度とできねえからな」
「……え、でも、同じ学校だからってそこまで……」
「……俺はアイツがずっと嫌いだったんだよ」
「あ、へぇ〜……」
衝撃の事実。とてつもなく気になる関係性だけど、一触即発な今の春火にはその理由を聞けなかった。
しかしまあ、条件を付けてマッチングした同士とはいえ、インターネットの海でよくもここまで繋がりがあるもんだ。
「じゃあ、みんなと繋がりがあるのって俺だけじゃないんだな」
「……どういう意味だ?」
「いや、実は俺も隼土とは高校の部活の大会で顔見知りだったんだよ」
「……え? それ本当か?」
「本当だよ。しかも、木葉は俺が働いてたコンビニの常連だったし」
「……マジ?」
「マジだって。なんか、偶然が二つも重なったなーって思ってたのに、お前と隼土までガッツリ繋がってたんだな。不思議だなー」
「……」
ステージ設営が続く体育館の中央で、足早に歩いていた春火の足の回転が落ちた。不思議に思い春火を見ると、足元に視線を落とし、妙に脂汗をかいていた。
「え」
「……俺はお前ほど能天気に楽しんでる余裕はない。次の仕事があるから先に行く」
「おー。これゲームの世界だからほどほどにな」
「うるさいな……」
そして春火はスタスタと歩いて体育館を出て行った。
なんだったんだ、あの反応。
「なんに、俺の話してた?」
「うわっ」
未だ体育館の中央で突っ立っていたら、いつの間にそこにいたのか、隼土が背後から声を掛けてきた。
「え、聞こえてた?」
「俺ステージ裏いたから。なんでこいつら気付かんのやって思っとったで」
「……ごめん、二人のこと深追いするつもりはないんだけど」
「いーや、ええんよ。あっちが隠したくても別に俺は隠す義務も情もないし」
隼土は笑い、春火が出て行った出口を一瞥した。
「俺もな、あのカラオケで春火くんと初めて顔合わせした時マジでビビったんや。コイツ、万年二位の、って」
「万年二位……?」
「俺と春火くんなぁ、東第一高通ってたんよ。東第一知っとる?」
「……あ、そうだった。インハイの時、その名前見たわ!」
俺が住んでいた地域周辺でその名前を知らない人はいない。東第一高校は、全国トップレベルの、偏差値が鬼のように高い進学校だ。真面目な人が勉強を頑張れば入れるとかいうレベルではなく、頭が良すぎて頭がおかしいレベルではないと入れない。生徒のほとんどが超難関大学か海外留学を目指しているそうだ。
「俺な、そこで受けてたテストずっと学年一位やったんやで」
「……マジでぇ……?」
「マジやで。そしたらな、テスト終わったら俺のことめっちゃ睨んできたり通りすがりに舌打ちしてくる男が現れたんよ。特に勉強せんのに一位の俺が嫌やったんやろうな。後で調べたらそいつはず〜っと二位の生徒やって分かったんや。ま、それが春火くんやったんやけど」
「……お前ら、実際めっちゃ頭いいんじゃん……」
「そうよ。俺めっちゃ頭いいんやで。春火くんは今どんなもんか知らんけどなあ」
「ん? あいつ二位なんだろ? 頭いいだろ」
「そん時とこの世界ではな。高一の冬くらいやったかなあ。ある日突然、春火くんは二位ですらなくなってん。下も下、コイツ勉強してないんちゃうんってくらいの順位やった。そっから学校にもあんまり来んくなったらしいな」
確か、俺達がオンゲーでマッチングしたのもそのくらいの時期だった。俺も春火も、きっと大きなものを諦めてしまっていたんだろう。
「こんな世界来ても、春火くん俺にテストで勝てんやろ。やから一方的に嫌われとるわ」
「本当に一方的か?」
「嘘やな。俺春火くんのこと揶揄うのだーいすき」
「うわ……」
「俺を嫌っとる人間揶揄うのなんて、楽しいでしかないな」
ゾッとした。隼土は飄々としながら、まるでオンラインゲームを楽しむかのごとく笑った。
「お前……かなり性格悪いぞ……」
「ははは! せやな、俺性格だけは駄目や!」
そうだな。隼土はなんでもできるもんな。マイナスになるはずの部分が全部性格にいったんだろうな……。
「んあ、俺これからシフト入っとるから、行ってくるわ」
「なんでここにいたの?」
「え、尾行」
「……」
「大地くん、俺のクラス寄ってってなー」
隼土はひらひらと手を振ってにこやかに去って行った。本当にこいつ怖い。
俺も体育館を出て、賑やかな学園内を歩きながら、春火のことを考えていた。
どれだけ頑張ってもどうしようもない障害があって、自分の気持ちに折り合いをつけられず、結局全部を手放してしまう気持ちは俺にも痛いほど分かる。
■■■■■
俺の脚の怪我は、自分の身体を全く労らなかった俺自身が悪い。
俺は小学生の頃にサッカーを習っていた。サッカーがしたかったわけではなく、サッカーが一番走り回れる習い事だと思ったから続けていた。その頃から、走ることが一番楽しいと思っていた。そして、幼い身体以上に気持ちと気力ばかりが先走りすぎて、俺は小五の頃に疲労骨折を経験した。これで負ったダメージをろくにケアせず放置してしまったから、高校生になってガタがきた。本当に馬鹿なことをしたと思う。
疲労骨折をした時は、家の近くの総合病院に二週間ほど入院していた。走り回ることが一番の楽しみだった俺にとっては、長く苦痛の日々になると覚悟していたけど、実際は結構楽しく毎日を過ごせた。というのも、病院内で友達が二人できたからだ。
骨折は安静にするのが一番と看護師さんに言われたけど、とにかくじっとしていられなかった俺は、トイレに行くついでに小児専用の共有プレイルームに顔を出した。
そこには、俺より小さい子どもとその親が何人か、それと、俺と同い年くらいの男の子が二人いた。その二人は持ち込んだゲーム機で遊んでいた。偶然にも、俺もそのゲーム機を親に持ってきてもらっていたので、慌てて病室に戻りゲーム機を手にし、不自由な脚でもう一度プレイルームに向かった。よたよたとその二人に近付いて一緒にやってもいいかと尋ねると、二人とも目を輝かせていいよと言ってくれた。
それから俺達は、時間を決めて、親がいない時間に一緒に遊ぶようになった。限られた空間と限られた時間だったからか、三人で遊ぶのがやけに楽しかった気がする。それに、その頃俺は学校の内外でいろいろあり、気の置ける友達がいなかった。だから俺のことを何も知らない子が友達になってくれたのは本当に嬉しかった。俺の脚が治っていなかったし、他の二人も身体が丈夫ではなかったから、やることといえば専らゲームくらいだったけど。もしかしたら、俺が複数人でゲームをするのが好きになったきっかけは、ここにあるのかもしれない。
俺が退院する日は、喜ばしいことにと言うべきか、残念なことにと言うべきか、もう一人の子と一緒だった。取り残されることになった方の子は、それを聞いて酷く悲しそうな顔をしていたのを覚えている。表情まで覚えているのに、二人の名前は思い出せない。ゲームばかりしていたから、お互いのことを話す時間はほとんどなかった。
退院前日、いつものようにみんなでゲームをし、夕食の時間になり病室に戻ろうとした時に、退院しない方の子が名残惜しくなって、最後だし夜も遊ぼうと提案してきた。夜に一人で病室を抜けるなんて絶対に看護師さんが許してくれない。でも、どうしても逸る気持ちが抑えられなかった。たったの一回、最後の一回だ。俺達二人はその子と顔を見合わせ、興奮気味に頷いた。
病棟が静かになった午後十一時頃。
俺はトイレに行くフリをし病室をこっそり抜け出して、いつものプレイルームに向かった。松葉杖の音が廊下に響かないようにゆっくり歩いた。到着すると、二人はすでに集合していて、ゲーム機一台の小さな光の中で、静かに会話をしていた。俺の存在に気付くと、にこにこと手を振ってくれた。もうこれで最後なんだと思うと、少し涙が出そうになった。
俺達はそこで初めてお互いのことを話した。自分の名前、どこに住んでいるか、どこの学校に通っているか、どんなゲームが好きか、好きなことは他にあるか、将来の夢はあるか。結局二人の名前は覚えていないけど、ただ会話するだけでも楽しかったのは覚えている。
でも、小五の俺には夜の十一時は大人の時間だった。頑張って起きていようとしたけど、眠くてたまらなくて、集合してから三十分ほどでその場でうたた寝をしてしまった。それは、俺以外の二人もそうだったらしい。俺が目を伏せた頃には、二人とも肩を寄せて眠っていた。
その時何故か、普段は気にならなかった大きな壁掛時計の秒針の音がやけに怖く感じた。見渡すと、いつも掛かっている壁から時計は外されていて、何故か俺達の近くの床に放置されていた。だから音が大きく感じたんだ。それが気になって、でも眠たくって、眠りこくって。薄れる意識の中で、せっかく集まったのに全然遊べなかったなあと、ふと考えた気がする。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ──……
秒針が静かな病棟に鳴り響く。
そして、俺達は、そこで不思議な体験をした。
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