1
「両替して!」
「は……?」
お目当てのガチャガチャを背に、極上のイケメンを前にして、手を合わせてお願いをする。なんの説明も無しに今まで話したこともなかった男が金銭のやり取りを要求してくるのだ。この反応は無理も無いだろう。
これに至る経緯を説明すると、俺が最近ハマったアニメから始まる。
『うさにゃんエイリアンず』という、今期放送しているゆるアニメに俺はハマってしまった。うさぎなのか、ねこなのか、よくわからない宇宙生物『うさにゃん』が地球を侵略しにくる話。
俺はそのシュールさとキャラクターのゆる可愛さに惹かれてハマってしまったのだが、今期アニメなのに全く話題にされておらず、俺の友達の斉藤と鈴木にも驚くほど刺さらなかった。
そのうさにゃんエイリアンずのガチャガチャが、なんと家の近所のスーパーの飲食スペースに陳列されていたのだ。まさかこんなグッズがあるなんて。というか、グッズ化されてたんだ。これは回さねば!と思い、財布を取り出した。小銭のポケットを開けると入っていたのは1円、5円、10円、50円、500円。なんでだよ。1000円札はあるものの、この空間に両替機は無い。なんでだよ。そしてこのスーパーのレジは両替禁止だ。なんでだよ!
俺はほしい!と思ったものは衝動的に買いたくなる質だ。仕方ない、この1000円札を崩すか、と思ったが、よく考えればこのお金は母から「卵と玉ねぎを買ってきて。お釣りは返してね」と言われて渡されたお金だった。どうしようもない。
仕方ないので、諦めて一旦家に帰り100円玉を持ってもう一度スーパーに行くか、と決めた時だった。
「なにしてんの?」
背後から声をかけられ、びくっとした。
後を振り返ると、俺と同じ学校の制服を着たイケメンが立っていた。こいつは知っている。こいつはこいつと同じような雰囲気のやつらとかたまり、女の子達にキャーキャー言われている、漫画みたいなやつだ。斉藤と鈴木は彼らをこう呼んでいる。
「一軍っ!」
「イチグン?」
一軍の陽キャ。それ以外の名前は知らなかった。そう呼んで思ったが、話したこともないやつに変なあだ名で呼ばれるのは大変失礼なのではないか?と思い、バッと口元を手で覆った。
しかし、イケメンはさして気にもしていない様子だった。無表情だったが、その無表情ですらイケメンだった。ミルクティーみたいな色のふわふわの髪の毛、眠たげな大きな目、よく通った鼻、口元のほくろ、全ての要素がイケメンと呼ばれる所以を形成していた。
「山本だよね」
「えっ!俺の名前知ってんの?」
「うん。俺の名前は知ってる?」
「い……ごめん、知らない」
一軍、と言おうとしてやめた。彼は少し驚いた素振りをみせた。
「柳田。柳田楽(がく)。俺の知名度もまだまだだな」
「あ、ごめん。でも有名人だから存在は知ってたよ!」
「それはよかった」
やなぎだがく。音の響きまで芸能人みたいだ。そして彼の名前を知った所で、俺はハッと気付いた。
「両替して!」
「は……?」
柳田くんに両替を頼んでみたが、もちろん怪訝な顔で見られた。すると柳田くんは背後のガチャガチャの陳列を見て、ああ、と一言溢した。
「いいけど。100円玉あったらね」
「本当!?」
柳田くんはスクールバッグから財布を取り出して中身を確認した。
「6枚ある」
「え、マジで」
俺は500円玉1枚と50円玉2枚持っていたので、丁度両替ができる。それらを柳田くんに渡し、100円玉6枚を見事ゲットした。うおお、これで2回まわせる。俺は満面の笑みで感謝の気持ちを伝えた。
「柳田くんっ!ありがとう!」
「……いーえ」
柳田くんは何故か若干の無言を挟み、微笑んで言葉を返した。
300円を入れてレバーを回す。出てきたカプセルを開けて中を見てみると、主人公のうさにゃんのフィギュアが入っていた。
「うさにゃん!やった!」
「なんだそれ」
「知らない?うさにゃんエイリアンず」
「知らないな……」
「面白いよ。それに可愛いでしょ?」
「可愛いか?これ」
むむ、どうやら柳田くんにも刺さらなかったようだ。この世に俺以外のうさにゃんファンはいるのだろうか。
そしてもう一度300円を入れてレバーを回した。次のカプセルには、人間でありながらうさにゃんと共に行動することになるマイちゃんのフィギュアが入っていた。
「マイちゃん!被らなかった!」
「よかったね」
「幸先いいねー。よし、明日もやろ」
「え、まだやんの?お目当てのやつでもある?」
「お目当っていうか、俺こういうの全部揃えないと気が済まないんだ」
「収集癖?」
「うん、そう。収集癖あんの。俺の部屋の棚凄いよ」
「ふーん。見てみたいな」
いや、イケメンの目に映せるようなものではない。収集癖はあるのに片付けるのは下手なので、とにかくごちゃごちゃしているのだ。
それはそうと、一旦の俺のガチャガチャ欲は柳田くんのおかげで満たされた。
「さて!俺お母さんに買い物頼まれてるし、もう行くね。本当にありがとう!じゃあね!」
「うん、どういたしまして」
俺達は手を振って別れた。
その後は普通に買い物をして家に帰ったのだが、帰って今日の戦利品を棚に並べてふと思った。
何で柳田くんは俺の事知ってたんだ?
2
翌日、いつものように斉藤と鈴木と共に休み時間を過ごしていた。斉藤、鈴木、そして俺山本の3人は普段一緒に行動している。顔も名前も成績もみんな尽く平均的なので、クラスの誰かから『凡3』と不名誉なグループ名を付けられたこともあった。そして斉藤と鈴木は俺よりもっと陰キャでオタクだ。
斉藤が次の授業の準備のためロッカーが設置されている廊下に出ていき、そして暫くしてやけに焦った顔で俺の方に急いで戻って来た。
「おい!なんかお前呼ばれてんぞ、一軍陽キャに!」
「え?」
「え……山本、なんかやった?」
「え!やってない!やってないよ!」
何事かと思い、二人に見送られながら廊下に出ると柳田くんがいた。
「柳田くんじゃん!」
「よ」
柳田くんが、爽やかな今日の朝にぴったりの微笑みを浮かべて俺に挨拶をしてきた。心なしか窓の外の木に鳥たちが集まってきたような気がする。
ちなみに昨日が俺達の初めての会話で、学校で交流した事は一切無かった。なんの用だろうか。
「どうしたの?」
「悪いけど、電子辞書貸してくんない?忘れちゃって」
「いいけど、なんで俺?他に貸してくれる人いなかった?」
「あー、……まあ、そう」
「そっか。全然いいよ。昨日助けてくれたし」
俺はロッカーから電子辞書を取り出し、柳田くんに渡した。
「サンキュ。昼休み返すわ。英語の授業ない?」
「うん。午前はないよ」
「よかった。じゃあ、また後で」
「うん、ばいばーい」
そして柳田くんは帰って行った。廊下を通るだけで、周りにいた女子がきゃあ、と反応していた。
俺は教室に戻り、席に着いた。するとすかさず教室に残っていた二人が反応した。
「え、なに、お前ら友達だったの?」
「んー、友達……なのか?」
「貸し借りする仲って、相当仲良いでしょ」
「へ?そんなもんなの?」
「はぁー、お前は俺らと違って何故かコミュ力と度胸だけはあるからな……」
「そう?でも俺柳田くんとは昨日初めて話したけど」
「お前……いつの間に抜け駆けしやがって!お前は俺らみたいな陰キャと一生一緒にいろ!」
「別にそんなんじゃないって!」
「斉藤は本当に陽キャ恐怖症なんだから」
抜け駆けってなんだ。俺はこの可もなく不可もなくみたいなポジションにいるのが楽だから、別に斉藤に言われなくてもずっといるつもりだけど。
そして昼休みになって、それはもう凄いスピードで、寧ろチャイムなる前に絶対授業抜けてきただろという早さで、柳田くんは電子辞書を持って教室の前で待っていた。
「ありがとう、助かった」
「ううん。どういたしまして」
「メシまだ食べ始めてないよな?」
「うん、まだだけど」
「お礼に購買のパン奢るからさ、一緒に食べない?」
「え?別にいいよ、そんな気遣い」
「いいから、奢られとけって」
「……うーん、じゃあ、ごちそうさまです」
なんと、柳田くんとお昼を共にする事となってしまった。先程までの事を思い何となく言い辛いが、二人に報告しに行くことにした。
「ごめん、俺お昼柳田くんと食べる」
斉藤がコンビニで買ったパンを、鈴木がお弁当のフタをポロッと机の上に落とした。二人は同じ顔をして俺を見つめた。
「何故……?」
「なんか、電子辞書のお礼でパンくれるって」
「優しいじゃん」
「お前っ……!さっきはそんなんじゃないとか言ってたくせにっ……!」
「いや、だからそんなんじゃないから!本当に!」
「あ〜、斉藤の事はほっといていいから。山本、行ってきな。一軍待ってるよ」
「ありがとう鈴木!斉藤も、また後で!」
「うん。いってらっしゃい」
俺は柳田くんの元へ向かって行った。斉藤の悲痛そうな表情が少し心苦しかったが、まあ仕方ない。そして残された二人の話題は俺達でもちきりだったそうだ。
「柳田……あいつ一体なんなんだ?」
「うちの子に興味を持つなんて、変わった子ねぇ」
「全くだよ、本当に……。おい、変な設定やめろ」
3
購買でパンを買ってもらい、柳田くんに連れられてやって来たのは屋上だった。屋上なんて初めて来た。斉藤も鈴木も「あそこは俺達が行っていいような場所じゃない」と言って、一度も来たことが無かった。
「え?柳田くんの教室で食べないの?」
「俺の友達に囲まれてる中で食べるの、流石に気まずいだろ」
「うーん、そんなもんか」
「……山本って意外とコミュ力あるよな」
「そう?」
「だって話したことも無かった俺に両替頼んできたし」
「確かに……もしかして失礼だった?」
「ううん、別に。寧ろ……いや、なんでもない」
「?」
柳田くんは何かに引っかかり、言い淀んだ。しかし俺はさして気に留めなかった。
そして話は俺の収集癖の話題になった。
「今までどんなのにハマってきたの?」
「えっと、小さい頃は昆虫採集とか、バトルカードとか。後はバンドと、アニメと、あ、あと男性アイドル!」
「男性アイドル?」
「うん。知ってる?ベイビースタッツ」
「あー、ベビスタ?」
「うん、そう!センターの子が昔好きで、ずっと追いかけてた」
「今は?」
「今はうさにゃんエイリアンずを追ってるから、ベビスタはそんなにかな」
「落差凄くない?」
「そうかもね。俺、熱しやすくて冷めやすいんだよなー」
「……そ。そのアイドルにハマってた時は何してた?」
俺は俺の好きな事についてたくさん聞かれるのが好きだ。俺も嬉しくなり喜んで話したが、何故柳田くんはここまで興味を示しているのだろうか。
「えっと、まず動画とか配信とかは欠かさず見てたし、画像も全部保存してフォルダ作ってた。あと雑誌とかグッズももちろん全部買ってたし、ライブも総力使って絶対毎回行ってた!」
「凄いじゃん。なんで好きだったの?」
「えっとね、ちょっとやんちゃでワイルドな感じなんだけど、メンバー思いなんだよ!んでね、ファンサも超丁寧なの!俺、ファンサしてもらえたライブの方が多いよ!」
「ファンサって何?」
おお、そうか。このイケメンはファンサを知らないタイプの人なのか。それなら俺が1から教えてやろうではないか。
「例えば、こういう……バーンってして、みたいなうちわ見たことある?」
そう言って俺はスマホを取り出し、過去に自分が作ったライブ用のうちわの画像を柳田くんに見せた。
「ああ、なんとなく。姉ちゃんが作ってた気がする」
「そうそう、多分それ。これをライブに持っていってね、例えば推しているメンバーの顔が貼ってあるうちわとか、メンバーカラーのペンライトとかと一緒に持つとね、運が良ければそれを見つけた推しから、バーンってしてもらえるの」
俺は人差し指をくいっと持ち上げ、バーン!のジェスチャーと共に柳田くんに説明した。
「それがファンサね」
「そうそう。でね、そのファンサを見ると、わー!俺だけにやってくれた!この国民的アイドルが、俺のためだけに!って思えて、超嬉しくなって、好きーってなるの!」
「……ふうん、なるほどね」
柳田くんは何故だか妙に納得していた。
「ありがとう、参考になった」
「はい?」
参考?参考とはなんだ。柳田くんも何かアイドルにハマろうとしているのだろうか。
そこで昼休み終了を告げるチャイムがなり、お開きとなった。
4
それからというもの、柳田くんは俺と廊下ですれちがったり登校中に会うたびに声をかけてくれるようになった。しかも、よっ、とか軽いやつじゃなくて、ちゃんと手を振ってくれたり、こちらまで来て肩をぽんっと叩いてくれたりするのだ。
そのたびに斉藤と鈴木に凄い目で見られるのだが。ついでに柳田くんの友達にもなんだ?みたいな顔で見られるので、少し居心地が悪い。
そして昼休み、ご飯を食べ終わり何気なくふと窓の外のグラウンドを見た。そこにはサッカーをして遊んでいる人たちがいた。よく見ると、その中に柳田くんもいる。思わず目で追ってしまった。
暫くその様子を眺めていると、柳田くんが顔を上げてこちらの方を見た。俺は反射的にびくっと体を震えさせてしまった。
もしかして俺、柳田くんと目合ってる?
すると柳田くんは(恐らく)俺を見ながら片手を上げて人差し指をこちらに向け、くいっと手首を上向きに動かした。
これは……もしかして、バーン!じゃないか!?
昔参戦したライブで推しにファンサしてもらった時の記憶が蘇り、俺はその場で大興奮してしまった。
しかも、これはヤバイ。柳田くんみたいなレベチのイケメンにやられるとマジでアイドルにファンサされたみたいだ。
俺はこの興奮をどうにかして形に残したいと収集癖を発動してしまい、グラウンドにいる柳田くんにジェスチャーと口パクでもう一回!とアンコールを促した。それに対し柳田くんは両手で大きく丸を作った。OKということだろう。
そして俺はすぐにスマホを構え、カメラアプリを起動させた。数秒後に柳田くんはもう一度バーン!をしてくれて、その瞬間をバッチリ捉え、バババッと連写で撮影した。
俺はそれに大満足し、サムズアップのポーズを取り、ありがとー!と口パクで伝えた。柳田くんもそれに応えるように同じようにサムズアップを返してくれた。
(うわ、……うわ〜!!)
はからずとも、アイドルのグッズのような写真が撮れてしまった!
別に何にする訳でもないが、俺はほくほくとした顔で画像を見つめた。
斉藤と鈴木はその一連の流れを見てめちゃくちゃ訝しげな顔をしていた。
「だから、君たち本当になんなの?」
5
そしてその日の放課後、俺はクラスの女子達に何故か囲まれていた。チャイムがなって帰る支度をしていると、わらわらと女子が俺の周りに集ってきて、ついに俺にもモテ期が!?と思ったが、全くの糠喜びだった。
「ねえ、昼休みの時にちょっと画面見えちゃったんだけど、柳田くんの写真撮ってなかった!?」
「え、まあ、撮ったけど」
「ねえ!それ見せてよ」
勝手に人様の写真を見せるのはどうなのか、と思いつつも女の子多数の圧には勝てず、写真を見せた。
「うわ〜……完全にカメラ目線じゃん」
「こんな顔見たことない。アイドル?」
「超カッコイイんだけど。私の事指差してるみたい」
「確かに!えー、レアショットじゃん」
ふふん、どうだ。これは俺のためのファンサの写真だぞ。そりゃ、レアショットに決まっている。
と、女子達の意見にうんうん、と深く頷いていると、あるお願い事をされた。
「ね、この画像ちょうだい?」
「エッ」
「私も!待受にしたい!」
「そんなん、いいのかな、肖像権的に……」
「秘密にするからさ!お願い!」
「山本!お願い!お菓子あげるからさあ〜」
お菓子で釣れると思われているのは些か心外だが、普段女の子にお願いされることなんて滅多にないから、俺はとうとう押しに負けてしまった。
「……わかったよ。本当に、秘密だからね!」
「やったー!ありがとう山本!」
「お前は平凡の中でもいい平凡だよ」
「それ褒めてんの?」
そして俺は女子達に柳田くんの写真を転送した。本当に良かったのかなあ。
「これからも頼みますよ、山本カメラマン」
「ええ、まだやんなきゃいけないの」
「だってさ、見てよこの表情!このポーズ!……私達じゃ絶対撮れないからね」
「山本、才能あるよ」
「……マジで?」
「うん、マジで。次回作も期待してるから」
「……はあーい」
未だかつて、これほどまで誰かに求められたことがあっただろうか。無断で人の写真を転送するという罪悪感のある行為をしたのにも関わらず、俺は満更でもない気持ちになった。
そして俺は持ち前の収集癖を活かし、柳田くんのアイドルのような写真をたくさん撮ってはファンの子に渡すようになっていった。数週間も経てば罪悪感は一変して使命感に変わっていった。柳田くん、ごめんな。
6
その週の休日、例のスーパーに行ってうさにゃんエイリアンずのガチャガチャを回した。出てきたカプセルの中を確認して、俺は目を輝かせた。
(やっと全種類揃えられたーーーっ!)
シークレットの激おこうさにゃんのフィギュアをゲットし喜び、そして全種類揃えられた事により虚脱感が俺を襲った。もうアニメも終わったし、人気が無かったため極めて少なかったうさにゃんコンテンツも更新が途絶え、追うものが無くなってしまった。流石にもう飽きてしまった。
じゃあ、次は何をコレクションする?……もちろん柳田くんだろ!!
既に複数のグッズ(写真)は持っている。何故か柳田くん自身も俺にファンサをする事にノリノリだし、格好のターゲットだろう。今までも写真をたくさん撮らせてもらっていたが、更に俺の収集癖が火を吹きそうだ。
7
「柳田くん!そのまま……目線だけこっち!」
「ほい」
「……いいねえ!かっこいい!」
「どーも」
とある放課後、屋上にて俺は自分と柳田くんファンのために一生懸命シャッターを切っていた。なんで柳田くんの方もなんの抵抗も無く被写体になってくれるんだよ。とは思いつつも、俺は遠慮なく柳田くんのオフィシャルグッズ(写真)を作成していた。ちなみに、ファンに画像を配布していることは柳田くんには言っていない。これは罪に値するのだろうか。
あらかた撮り終わり、後で加工と厳選をしてファンの子達に配ろうと思った時だった。
「山本」
「んー?」
「そろそろハマってくれた?」
「何に」
「俺に」
「え?」
???
言っている意味がよく分からず、頭にはてなをたくさん浮かべた。柳田くんは俺のアホ面を見て笑っていた。
「ハマる?ん?」
「俺の沼にハマった?」
「どこでそんな言葉覚えたの」
「山本だけど」
「俺か……」
柳田くんと会話するようになり、オタク用語を知らぬうちに吸収させていたみたいだ。
「というか、え?柳田くんは俺にハマってほしいの?」
「逆にハマってないの?」
「え?なんで?」
「だってそんだけ俺の写真撮ってるし」
「あ〜……」
まさか、これは自分の収集癖を満たすためのものと、ファンの子達に配るためのものですなんて言えない。俺は言い淀み、柳田くんの言葉に従った方が面倒くさくないかと思ってとりあえず肯定しておいた。まあ、ハマっているっちゃハマっているしな。
「うん、柳田くんにハマった」
「……」
「……?」
「ふーん……」
すると柳田くんは少し、いや、かなり耳と頬を赤くさせた。……何だその反応は。いや待て、これはかなりレアショットなのでは?と思い、スマホを構えようとしたら、柳田くんがこちらに向かってきた。なんだなんだと思ったら、いきなり柳田くんが俺を抱きしめてきた。めっちゃいいにおいする。じゃなくて、え?
「え?え?え?柳田くん?これは?」
「……これはファンサだから」
「こんな過激なファンサ見たことないよ」
サービス精神豊富どころではない。寧ろここまでやるなら有料コンテンツだろ。そしてすぐさま柳田くんは俺から離れ、やけに満足げな顔をしてその場を去って行った。縁起のいい初夢?
8
昼休み、いつものように斉藤と鈴木とご飯を食べていた。ふと今日中に画像の選別を終わらせないといけないんだったと思い、スマホを取り出して画像フォルダを開いた。隣に座っていた斉藤が一面、どころかどれだけスクロールしても柳田くんの画像しかない画面を見てドン引きしていた。鈴木はあらあら、という謎のリアクションをしていた。
「お前さ……」
「なに?」
「この一軍の事好きなのか?」
「へ?まあ、嫌いじゃないけど」
「……よく言うよ、こんだけやっといてさ」
「でもこれ俺だけのための写真じゃないから」
「え?」
「ファンの子達にも配ってる。みんなもっと欲しいって言うし、仕方ないよ」
斉藤と鈴木は顔を見合わせて眉をひそめた。
「一軍はそれ知ってんの?」
「いや、言ってない。罪悪感あって」
「……駄目じゃね?」
「うん、駄目だね」
「……やっぱり、駄目だよねえ?」
やっぱり誰が見ても駄目な行為だったか。
「分かってるんだけど、俺もう柳田くんファンの中じゃ隊長みたいに扱われててさあ、めちゃくちゃ気分がいいんだよね、女の子に褒めてもらえるし。だから、やめられないというか……」
斉藤は深くため息をつき、鈴木は苦笑した。
「お前、痛い目みるぞ。いいか、女ってのは、秘密にするから!とか言っときながらすぐ言いふらすぞ。しかもデジタルの画像なんて転送しやすいからな。もしかしたら凄い人数がこの写真を持っているかもしれない」
「え……」
そんな可能性を考えたことがなかった。確かに、放課後俺に新たな画像を求める女の子は少しずつ増えている気がする。もし柳田くんのクラスの女の子の手にまで渡っていたら、柳田くんにバレるのも時間の問題だろう。
「……もしかして、俺、まずい?」
「もしかしても何もないだろ。早く足を洗ったほうがいい」
「罪人扱い」
「罪深いだろ。自分の画像が知らないところで出回ってんの想像してみろ、めちゃくちゃ嫌だろ」
「確かに」
そしてお昼終了のチャイムがなり、俺達は解散した。
どうしよう。もうやめるべきなんだろうか。
9
……とか思っていた時期も一瞬ありましたが、やっぱり女の子にちやほやされる行為には抗えません!
俺はその日の放課後、いつものように女子達に柳田くんの画像を配布し、これで最後、これで最後、と思いながら、みんなにもう足を洗います宣言をいつ言おうかタイミングをはかっていた。
「いや〜、やっぱり山本は天才だよ!」
「へ」
「山本と柳田くんって仲良かったんだね。コレとか完全に親しい人に向ける顔だもん」
「ね。この画像もさ、なんというか……恋人みたいな顔してる。たまんないよ」
「私達の柳田くん欲を満たせるのはあんたしかいない。最高の男だよ君は。これからも期待してるよ」
そう言って女の子は俺の背中をバシバシと叩いた。
天才、あんたしかいない、最高の男。なんということだ。こんな褒められ方、今までされた事がない。こんなに褒められて、女子達からも必要とされて、ここでもうやめます!なんて言うのはかなり酷じゃないか?と、先程の考えとは180度向きを変え、画像配布続行の意思を固めた。
__それに、俺自身も、柳田くんのこんな姿をみんなにちゃんと見てもらいたいと思っていた。
そして俺がみんなからの賛辞をデレデレした顔で受け取っている時だった。
「山本」
「っ、へ?」
背後に聞きなれた声が聞こえ、顔を上げて振り向くと柳田くんがいた。女子達と会話が盛り上がりすぎて、全く気が付かなかった
やばい、この画像見られたのでは?と思い体の表面にも心臓にも汗をダラダラ流しながら必死にスマホを隠した。
周りの女子達は、推しの登場に脳天気にキャー♡と叫んでいたが、こちとらいろいろピンチなんだよ。
そして柳田くんは机に置いてあった周りの子たちのスマホの画面を見て、顔を歪めた。
まずい。俺が柳田くんの画像を配ってんの、完全にバレた。
俺はもう女子達の黄色い声も耳に入ってこず、気が気じゃなかった。
すると柳田くんは少し悲しそうな表情をして、たった一言呟いた。
「山本のためにやってたのに」
「え」
「帰る」
「え、ちょ、ちょ、待って!」
柳田くんは俺に用件を伝えることなくすぐ背を向けて帰って行ってしまった。
ヤバイ!柳田くんを怒らせてしまった。あれ、絶対怒ってたよね!?これはもう俺の死活問題だ。俺は周りの目も気にせず叫んだ。
「うあああああ〜〜〜どうしよぉ〜〜〜」
斉藤の忠告通り、さっそく痛い目を見てしまった。俺は茫然自失のまま、周りになんの挨拶もせずフラフラと教室を出て行った。
「……柳田くん、山本のためって言ってたよね」
「言ってたね……」
「……この画像のこのあっまい顔、山本に向けてるんでしょ?」
「フム……柳田くん、絶対山本の事好きじゃん」
「……ヤナヤマ?」
「ヤナヤマだな」
「楽しくなってきたな……」
10
それからというもの、俺は柳田くんに避けられまくった。俺を見つけてはどこかに遠くに行くし、目線は逸らすし、メッセージも未読スルー。こうやってあからさまに避けられる事は生きてきた中で初めての経験だったので、俺はかなり傷付いた。
こんなんでもちろん新規の画像配布なんてできるはずもなく、ファンの子達にしばらく配布はできませんと謝った。怒られる!と思ったけれど、意外や意外、みんなから生温かい目で見られ、「頑張れ、応援しとるぞ」と慰められた。
なので、俺がやるべき事はただ一つ、柳田くんに勝手に画像配ってごめんなさいと謝る事だ。
きっとみんなに渡ったデジタルデータを全て消すなんてできないと思うので、絶交されるのは覚悟のうちだ。……でも、自業自得だけど、もし絶交されたら、せっかく仲良くなれたのに、悲しいな。
柳田くん、一軍陽キャだけど俺の話たくさん聞いてくれるし、俺にめっちゃ優しいし、俺の事大事にしてくれるし、俺といる時なんかずっと笑ってるし。ここまで柳田くんの長所を並べて、一人でいや、彼氏かよ!とツッコミを入れた。勘違いしてはいけない。彼はこの学校のアイドル的ポジションで、みんなの彼氏なのだ。
さて、どうにかして柳田くんを捕まえようと思って昼休みに柳田くんの教室に向かった。すると柳田くんは教室にはいなかったが、普段柳田くんと一緒にいる一軍陽キャのお友達はいたので、話しかけて見ることにした。
「あの、柳田くんどこにいるか知ってる?」
「あ?……あ、お前、うさにゃんの」
「エッ!?うさにゃん知ってんの!?」
「いや、全然知らんけど」
「なんで知ってんの!?ドマイナーだよ」
こんな陽キャの口からうさにゃんなんて単語が飛び出てきて、思わず目を丸くした。
「いや、楽がお前の事、うさにゃんの子うさにゃんの子ってうっさいから」
「え?」
「楽、お前から貰ったうさにゃんのガチャガチャ、大事そうにスクバにつけてた」
「!」
「アニメも見たみたいでさ、うさにゃんのここがいいとか、意外と面白いからお前も見てみろとか、あとうさにゃんは少しお前に似てるとかめっちゃ語ってきてたぞ」
「え……」
そうだったんだ。何も知らなかった。
俺達は最初に出会ったあの日から、何度か一緒にあのスーパーに訪れてうさにゃんのガチャガチャを回した。被りが出たときは、布教も込めて柳田くんにあげていたのだ。あげるたびにそのフィギュアを眺めて、にっこりと微笑んでいたのを思い出した。
「楽なら多分屋上にいると思う。最近食欲ねーんだって」
「え、大丈夫?」
「……ケンカしたんだろ、お前ら。さっさと仲直りしてこいよ」
「あ、ありがとう」
喧嘩というか、全て俺のせいなんだけど。
柳田くんのお友達に背中を押され、俺は屋上に向かう事にした。
11
屋上の扉を開けると、仰向けになって床に寝そべり、顔に芸能雑誌を載せている柳田くんがそこにはいた。
その表紙には、ベイビースタッツのセンターである、かつての俺の推しが写っていた
俺はそんな柳田くんを見て、なんだか愛しいような、苦しいような、とにかく言いようのない何かで心がいっぱいになってしまった。
恐る恐る柳田くんに声をかける。
「……柳田くん」
「……」
「柳田くん、起きて」
柳田くんはピクリ、と反応したが、たったそれだけだった。俺の方から雑誌を取り上げて目を合わせる事もできるが、それはなんか違うと思った。俺は柳田くんの隣に座り、ゆっくりと話しかけた。
「柳田くん、うさにゃんのアニメ見てくれてたんだ。……この雑誌も、俺がベビスタのセンターの子が好きって言ったから見てたの?」
「……」
「……ごめんね、俺、勝手な事してた。柳田くんは俺のために写真撮らせてくれてたんだよね?それを、俺は……勝手にいろんな人に配って」
「……」
「ごめん、ごめんなさい……。許して欲しいなんて言わないから、ちゃんと謝ろうと思って」
「……」
柳田くんは終始無言だった。ああ、もうこれは関係修復できないな、と思い、失意のままこの場を後にしようと思った。
「ごめんね、もう関わらないから」
立ち上がり、屋上の扉に向かおうとした時だった。
「__待って」
柳田くんが起き上がり、俺の腕をぱしっと掴んだ。
顔に乗っけていた雑誌はそのまま床に落ち、風でパラパラとめくれ上がった。止まったページには、『今はもう会えない人に、ありがとうとごめんなさいを言いたいです』と書いてあった。俺の推しだった子のインタビューだろう。
柳田くんの顔を見ると、目が赤くなっていた。
「柳田くん、」
「……関わらないとか言わないで」
「……」
「……俺、山本の事、ずっと前から見てた」
「え」
「前に山本が廊下歩いてたときに、すっげー楽しそうに友達になんかを話してて、それで、何の話なんだろうって気になって、……初めて話した時も、たまたまスーパーに入っていく山本を見つけたから、一緒に入っていった」
「そ、うだったんだ……」
だから、柳田くんは俺の事を知っていたんだ。
柳田くんは潤んだ瞳を震わせて、鼻をズビっとすすった。
「……俺にハマったの、嘘だった?ファンサ、嬉しくなかった?」
「そっ__そんなことないっ!!」
確かに、柳田くんの写真を撮り始めた当初はただ自分の収集癖を満たしたり、ファンの子達に喜んで貰うためにやっていた。だけど、最近は俺も少しおかしくなっていた。
「あのね、本当に俺の勘違いなんだけどね、最近の柳田くんの写真見てると、……俺だけにこんな顔向けてるんだなって、思っちゃうようになって、……でも、柳田くんはみんなのものだから、俺だけのものじゃないから、それで、勘違いしないように、みんなのものだよって、みんなに画像配ってた」
柳田くんの、レンズ越しに俺を見つめる瞳が、表情が、まるで俺一人だけに語りかけているみたいだった。それを必死に否定しようとして、俺も躍起になってファンの子達に画像を配布していた。
「ファンサも嬉しかったよ。バーンってやつも、……ぎゅってしてくれたやつも」
「……!」
「あの、だからね、柳田くん……」
俺はぐっと手を握りしめて、柳田くんの顔を見た。
「俺、柳田くんにすっごいハマってる」
そう、俺は紛れもなく、正真正銘、柳田くんにハマってしまった。もうこの沼から抜け出せそうにもない。
すると柳田くんはポカーンと言う表情がまさしくお似合いの顔をし、目を丸くして俺を見つめ、暫くして盛大に笑いだした。
「あはははははっ!あー、そっか、よかった……」
「へ……」
「まあ、そうだよな。……とりあえず、ちゃんと俺にハマってくれてたみたいでよかった」
「や、柳田くん?」
すると柳田くんは先程の悲しげな表情はどこへやら、満面の笑みを浮かべて俺を抱きしめた。あの時と同じ、いいにおいがしてドキドキした。
「ふぁ、ファンサですか?」
「うーん?うん、でも山本以外にしないから」
強い。こんな事推しにされたら、推し変できなくなってしまう。
何故かそのまま抱きしめ続けられて、昼休み終了間際になった。
柳田くんがそういえば、と口を開いた。
「別にこのまま俺の写真撮ってもいいし、女の子達に画像配ってもいいよ」
「え、本当!?」
「なんかあの時の山本、すげー生き生きとしてたし」
「う……その通りなんだけど」
「でも、両替してくれるなら」
「え、両替?」
両替?あの時のように両替すればいいのだろうか。俺はたまたまポケットに入っていた財布を取り出した。
「ああ、違う。お金じゃなくて」
「お金じゃない?」
「うん。俺と付き合って」
「…………………………へっ?」
付き合う。この場合の付き合うとは、いったいどういう意味だ。
「あの、どこか付きそう的な、アレっすか」
「ベタだなあ。違う、恋仲的なアレで」
「え、な、な、な、な、」
「な?」
「なんで」
「なんでって、」
山本が好きだから。
柳田くんはさも当然というような顔だった。訳が分からなかった。
じゃあ、俺だけに向けていたみたいなあの甘い顔も、全部本当に俺のために向けていたの?俺は、それをわざわざいろんな人に公開してしまったのか?
俺はパニックになり、顔が真っ赤になった。
「俺と付き合うなら、今まで通り布教活動?やってもいいよ。むしろお得なんじゃない?ね、[[rb:悠生 > ゆうせい]]」
「あ、あ、えと、え、え?」
この状況で下の名前呼ぶなんてズルい!!
柳田くんは俺の腕を掴んで、じりじりと扉横の壁まで追いやった。所謂壁ドンというやつだ。お〜、これはファンも発狂ものじゃないのか?……じゃなくて!!
俺がなんの意味も成さない母音ばかり発音していると、昼休み終了を告げるチャイムがなった。一応5限目スタートのチャイムはその5分後になるのだが、さして5分だ。屋上からだと、急いで帰らなければ授業に間に合わないだろう。
そんな中、柳田くんは俺に追い打ちをかけてきた。
「早く答えないと授業遅れるよ?俺、答えてくれるまでこの手離さないから」
「え、え、えっと、」
「早く、早く」
「う、ああ、ああああ〜〜〜……」
俺は目をぐるぐるさせながら、必死に頭を動かした。なんて言えばいい?俺はどうしたい?どうすればこの場を丸くしておさめられる?
そして俺は、なにもまとまらなかった考えを柳田くんに向かって必死で叫んだ。
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