2024.05.05 08:01バレンタインそれぞれ1. 斜森と付き合っている場合のバレンタイン「ほい」「え」 仕事が定時になったので帰る支度をしていたら、斜森はまだ残ってやる事があると言っていたので斜森を置いて先に帰った。そして、遅れて俺達の部屋に帰ってきた斜森はハンガーにコートをかけて、そのままの流れで俺に四角い箱を渡してきた。数秒考えて、それがバレンタインのチョコだと理解する。「え……斜森ってこういう事するんだ」「駄目かよ」「いや、ちょっと意外だったから……ありがとう」 ほとんどの時間を一緒に過ごしているのに、いつの間に用意したのだろう。斜森はこういう所がある。 中を開けると、6つ種類の違う美味しそうなチョコが並んでいた。あまり詳しくないけど、多分有名なお店のチョコだろう。「多分美味しいと思うけ...
2024.05.05 06:00呼び水 泥水は底に溜まったままだった。誘い出すための水すら周りになかった。 彼と同じ苗字になった日から、その名を誇れと言われてきた。トップであり続けろ、他の上に立て、周囲を支配するんだ。出来ない人間は王野を名乗るな、と。 前の父親は暴力で俺を支配していた。次の父親は、言葉で。俺の父親になる人はそういうものだと思っていた。だから、そうなるように努めるのは当たり前だった。それだけが生きる道筋だった。逆らったら、きっと昔のように俺から大切な物が消えていくんだと思い込んでいた。その時にはもう大切なものなんて既に1つも残っていなかったのに。 だから、本当に大切にしたいものが出来た時、俺はやっと生きていけると思った。俺を汲み上げてくれるのは昔からずっと、1人しかいない。...
2024.05.05 05:58字が下手って言われました。だから練習で日記を書きます。7月1日(月)字がへたって言われました。 だから練習で日記を書きます。字がきれいに書けたらお父さんもほめてくれるかな。7月2日(火)今日はきゅう食でカレーが出ました。家のカレーは少しからいので苦手です。学校のはあまくておいしいです。7月3日(水)この日記は持って帰れないから、じゅ業がおわってから学校で書いてます。教科書とノートは学校においていったらおこられるけど、日記はだいじょうぶかな。7月4日(木)きのうの夜の事を書こうと思ったけど、わすれました。今日は理科の実けんで、虫めがねを使って紙をもやしました。おれのまわりが虫めがねだらけじゃなくてよかったです。7月5日(金)きのうの夜の事またわすれた。うでのいたい所、ナナがなめてきました。ナナはビーグルの女...
2024.05.05 05:47サクリファイス・マイ・メシア 丞(下)18 なにしてるの、と声が聞こえる。 誰の声かも、誰に問いかけているのかも分からずただ佇んでいたけれど、再度なにしてるの、と聞こえてきた。声のする方に顔を向ける。目線を下げると、男の子がいた。その子は俺をじっと見ている。「……子ども?」「何言ってんの?お前も子どもだろ」 そう言われて、ああ、そうだったと自覚した。俺とその子の目線はおんなじ位置だった。 その子は腕にうさぎを1匹抱えている。何故だろうと思い足元を見下ろすと、他にもうさぎが複数匹いた。掃除された後なのか、餌だけが撒かれていて地面は綺麗だった。「こいつ、弱ってんだ」 その子に抱えられているうさぎを見ると、じっとしていて大人しく、弱々しく呼吸をしていた。「元気ないの?」「エサ、全然食べない」 う...
2024.05.05 05:33サクリファイス・マイ・メシア 丞(中)13「はいみんなお疲れ様〜!上半期は売上も大幅達成して、よく頑張ってくれました。コンテストの方もうちの支社から入賞者が複数人出てくれて、嬉しい限りです。えー、まだ新卒と十分に交流出来ていないメンバーもいると思うので、この会で思う存分話してください!今日は無礼講で!では、乾杯!」 俺が初めてボーナスを貰った月に、グループ会社内で行われていたコンテストの打ち上げと銘打って飲み会が開かれた。 正直、本当に行きたくなかった。入社したての歓迎会では苦手なビールを半ば強制的に飲まされたし、雰囲気が怖い上司からはもっと気合を入れろとどやされるし、いい思い出がなかったからだ。 ただ、その時マシだったのが、俺の横に斜森がいた事だった。あの頃はまだ斜森も嫌々ながら仕事を続...
2024.05.01 15:12サクリファイス・マイ・メシア 丞(上)1 今でこそかなり人数は減ってしまったが、新卒の頃俺の同期は20人ほどいた。その年は採用人数を例年より大幅に増やしたらしい。キラキラして若々しいパワーに囲まれながら、俺はなんて場違いな職場に就職してしまったのだろうと後悔していた。 俺は就活がうまくいかなかった。だから、手当り次第いろんな会社の面接を受け、何度もお祈りメールを見てきて、やっとの思いで奇跡的に受かった会社だったから俺の方が選り好む余裕なんてなかった。 入社初日、先輩達の前で自己紹介をした。俺は緊張とたくさんの人の目でどうにかなってしまいそうだった。昔から、注目される場面が苦手だった。言葉を詰まらせながら、当たり障りのない挨拶をする。両隣どころか、俺以外の人からはやる気や明るさやこれからの抱...
2024.05.01 14:43サクリファイス・マイ・メシア 袷(下)9 お腹が減ったと思い、オフィス内の時計を見ると既に13時を超えていた。休憩にしようと腰を上げると、入り口付近から賑やかな声が聞こえた。「戻りましたー、お疲れ様です」「おー、お疲れ。どうだった?」「なかなかいい感じっす」 外回りから帰ってきた高見くんが笑って先輩に報告をしていた。彼がいると雰囲気が明るくなるのは立派な長所だろう。 財布を持ってその場から離れる。すると高見くんが足早にこちらまで来て慌てたように話しかけてきた。「求さん!木曜日ですよ!」「あ……」「ご飯食べに行きましょ。俺お腹空いたよ」「あ、う……」 高見くんにちゃんと話しかけてもらったのが久々で、喉が引きつってしまった。俺はあれ以来高見くんを避けてしまっている。高見くんだけでなく、周りの人...
2024.05.01 14:43サクリファイス・マイ・メシア 袷(上)1 言葉を選ばずに言えば、俺は彼の事が怖かった。「それでは、我が部署に入社してくれた新卒達に期待を込めて……乾杯!」 たしか、3年ほど前の新人歓迎会。強制参加だったため断る事もできずに、俺は自分自身を浮いた存在だと認識しながらその場にいた。誰よりもお荷物な自分が新卒の子と喋る事なんて一つもない。 新卒が入社して1週間ほどが経ったが、最初の挨拶以降、俺は新卒の子達の誰一人として会話をした事がなかった。「おい求、先輩なんだから新卒ともっとコミュニケーション取れよ」「あ、は……はい」「高見なんて凄いぞ、あいつ自分からガツガツ先輩に話しかけてる」 自分の横にいた先輩に至極真っ当な事を言われて曖昧な返事をしていると、その先輩は目線を遠くにやった。その先には、今年...
2024.05.01 14:28サクリファイス・マイ・メシア1 どく、と心臓が鳴った。 一度朧気に呼吸をするも、俺の脳と心は正常に戻る事は無かった。 このドアを開けてしまえば、また生きながら死んでいるような1日が始まってしまう。かと言って、このまま引き返してしまう程の勇気なんて持ち合わせていなかった。 ドアノブの手前で手を止めてしまった俺の背後から、朝にぴったりの清々しい声が聞こえた。「おはよ、[[rb:求 > もとむ]]。入んないの?」 俺の同期である、[[rb:王野 > おうの]]が笑顔を向けてきた。「お、おはよう。入るよ」 俺の言葉を確認すると王野はドアノブに手を掛け、おはようございます、と言ってその空間に入って行った。入り口で立ち止まった彼が振り返り、俺に視線で訴える。入らないの?と。 すう...