優しさ2割友情3割下心5割

お題:休日に黒野・漆・夜差・木闇が出会くわしてそのまま過ごす


(※時間軸は本編後くらいです)




1


「おじゃましまァーす」

「!」


 高二夏休み、リビング、麦茶にて水分補給中。

 その声の周波数がどうも脳と心にひっかかり、コップを台所の上に置いて咳き込んだ。最悪の予感。俺は最悪を予感するのだけは得意だ。


「お前んち相変わらずホラーハウスだよな」

「うるせえなそれ親の前で言えよ」


 玄関から扉を隔ててもここまで聞こえてくる無遠慮な声。両親がいなくてよかったな。両親がいないからこそこれだけ失礼になれるのか。ちなみに俺の家は古い市営住宅で、近所の人からクロユリ団地と呼ばれているから、こんなに失礼なことを言われる理由も分かる。

 ここで重要なのは、最悪の気配を察知したからと言って、慌てず騒がずその場でじっと待機すること。どうせ今はどこにも行けない。狭い家なので、俺と弟の部屋は相部屋となっている。逃げ場なんてない。

 どうにかさっさと部屋に行ってくれと、息を殺しながら願っていると、俺の願いも虚しくリビングの扉を乱雑に開ける音が響いた。俺の最悪はことごとく当たってしまう。祈るだけ無駄だったな。


「あー、お兄さんじゃないっすか。おじゃましてまーす」

「あ、……す」


 その客人は俺を注視してにやっと笑った。

 ズカズカと俺のいる台所にまで立ち入ってくる、マナーも遠慮もなにもない弟と弟の友達。類は友を呼ぶ。弟がこんな見た目と性格なので、そのお友達も同じ雰囲気がある。俺はこの二人が大の苦手だ。単体でも苦手なのに、それがダブルになってマシマシに大の苦手だ。特にこのお友達。苦手というか、普通に嫌い。俺は昔コイツに怖い思いをさせられたことがある。


「チビ、何飲んでんの?」

「……お茶」

「俺らにも淹れて」


 俺の弟、善志(ぜんじ)が俺に命令する。兄に頼みごとをする態度として全てが不正解。信じられないけど、俺の弟の名前は善い志と書く。本当に信じられない。名付け親の顔が見てみたいものだ。

 この最悪に最悪を塗り重ねた態度の頼みごと、まだコイツだけなら反抗できた。が、この凶悪なお友達もいる前でジタバタしても全く意味がないのは分かっているので、俺は苛立ち始めた心臓をなんとか抑え、無言でコップに麦茶を注いだ。


「お兄さん優しいなー。俺もお兄さんの弟になりたかったなー」

「やめといた方がいいって。こいつ何もできないし自慢できるところもないから」

「……」


 怒らない怒らない。ここで怒っても得することは一つもない。

 俺はコップ二つをトレーに置き、目配せもせず自分が使っていた空いたコップを洗った。  


「ふ……。お前いるとこいつマジで喋んねえわ」

「えー、俺そんなに嫌っすか? 仲良くしましょうよぉ」


 背後から受ける圧。この究極の居心地の悪さ。分かるだろうか、俺のこの呼吸の苦しさが。惨めだし情けないし怖いし嫌だし無性に泣きたくなる。


「……お、俺、用事あるから。鍵掛けとくな」

「用事? いつものオタクくん?」

「……」


 あいつらは陰キャだけどオタク呼ばわりできるほどオタクではないと思う。こいつみたいなのからしたら、ああいうのは全部オタクで括られるんだろう。

 俺はすぐさま台所を離れ一秒で支度をし、家を飛び出した。

 本当は予定なんて何もない。多分弟にも気付かれているだろう。





2


 さて、慌てて外に出た俺の装備と言えば、スマホと財布の入ったトートバッグのみ。そして財布の中を確認したが、残金は300円程度。お小遣い前だった。

 ここで留意しなければいけないのが、今が真夏の真っ昼間だということ。暑い。めちゃくちゃに暑い。最近の夏は全生態系を殺しにかかっている。

 この300円を使ってまず自販機で水を買うとして、それだけで半分くらい持っていかれる。そうなるとバスや電車でどこかに行くこともできない。ちなみに俺の住処であるクロユリ団地は郊外にあり、田畑が広がっている。つまり田舎である。そして田舎者高校生の必需アイテムである自転車は今パンク中だ。お母さんには何度も直しに行かせてくれと頼んでいるけど、(自分の小遣いを使って)勝手に行けと言われる始末。お小遣いの残金300円苦学生では厳しいのだ。


 ……これが善志だったら、お願い聞いてくれるんだろうなとか、少しは考えてしまう。

 うちにはいろいろあるのだ。再婚によって子や親への対応がこじれたまま生活している淀んだ空気が。


 閑話休題。

 行く宛もなく真夏のアスファルトを歩いていると、ド田舎畑を前に、しゃがみ込んで何かをじっと観察している男の姿があった。

 ……あの頑丈そうな背中。頭皮に撫で付けられたような真っ黒い髪の毛。後ろ姿だけで分かってしまう。確実に漆だった。


「……なにしてんの?」

「おお、黒野」


 背中に声を掛けると、漆は俺を振り返った。黒々とした目。言葉の割にピクリとも動かない表情筋。太陽の真下だというのに暑そうな表情を一切見せない。時々漆の五感が正常に働いているのか不安になる時がある。


「この葉っぱは何かと思って」

「はぁ……」


 そんなこと意識したこと一回もなかったな。

 きっと答えが出ないと漆は動かないだろうから、スマホで漆の見ていた農作物の写真を撮り、それを画像検索してみた。


「枝豆だって」

「そんな便利な機能があるのか」

「お前のスマホでもできるよ」


 漆は、いろいろ調べたがるわりに文明に疎い。漆の家はこんなところよりも遥かに田舎なので、電波が届かない時が多い。よって俗世にも疎く少々浮世離れしている。


「ていうかなんでここにいるんだよ」


 漆の家から俺の家まではだいぶ距離がある。真夏の中散歩で来れるような距離ではないし、こんな辺鄙なところ来たくもないだろう。


「黒野に会いに行こうと思って」

「は? ……なんで?」


 問うと、漆にじっと見つめられた。続く無言の間。この真っ黒い瞳で見られるとどうにも居心地が悪い。気まずくなって目を逸らした。なんで理由言わないんだよ。


「……いや、こんなとこにいても暑いだけだし……」

「黒野の家は?」

「うちは駄目だ」

「じゃあ夜差の家に行こう」

「お前夜差の家をなんだと思ってるんだ」

「軽井沢」


 つまり自分の別荘だと……。

 ちなみに夜差の家は、想像する別荘くらいの大きさはない。並の家だ。別荘地帯の例えとして軽井沢しか思いつかなかったのだろう。

 夜差の家は俺の家から学校に向かうまでの道中にあり、なおかつ学校に限りなく近いところに位置する。好立地だ。ギリギリまで寝れるので羨ましい。


「でも今夏休みだからな。夜差だって家にいるか分からないぞ」

「じゃあ聞いてみる」


 漆はスマホを取り出し、すぐさま夜差に電話を掛けた。俺もこれくらい図太く無神経に生きてみたいものだ。


「あ、夜差。今から家に行っていいか? ……ああ、そうか。はあ。だって外暑いし。……そうは言ってもな。ここから俺の家に帰るよりお前の家に行く方が近いし。……なんでだよ。お前が損することはないだろ。あ、言い忘れてた。黒野もいる。……ありがとう、今から向かう」


 恐らく相手が電話を切るのを待たずして、漆はすぐさま電話を切って俺に顔を向けた。


「いいって」

「ほんとか……?」

「だいぶ渋ってたな。黒野の名前を出せば一発だ」

「ほんとかぁ……?」


 まあ……なんとなく漆単体を家に上げたくない気持ちは分からんでもない。なんとなく嫌な予感がするからだ。

 ということで俺達は、炎天下の中を歩いて夜差の家まで向かうことにした。時間で言うと徒歩二十分くらいか。


「……なんか、アレだな。木闇も呼ばないと後々怖いよな」

「そうか?」

「一応連絡だけしとくか」


 夏休み、お前の知らないところで三人だけで遊んでましたなんて木闇に知られたら、木闇の機嫌が地の底に落ちて一ヶ月ほどはめんどくさいことになるのは目に見えている。別に来なくても全然いいけど、念のため木闇に「夜差の家で遊ぶから暇だったらおいで」とメッセージを送っておいた。

 めんどくさいよな、木闇って。こういうとこ女子みたいで。


「黒野」

「ん?」

「手を繋ぐか」

「んッ」


 横に並んで歩いていた漆は、急に俺にそっと手を近付けた。真面目に言ってるからこそなお怖い。


「は? なんで?」

「知ってるか、俺の手のひらは他人より五度くらい低いらしい」

「それもう人間じゃないんじゃない?」

「熱中症対策にどうだ」

「……いや、いいよ……。五度低いところでぬるいのを纏わせるだけだし……」

「そうか」


 直後、漆は俺の手を無理やり鷲掴み、指の間に指を絡ませた。何がそうかだよ。


「いやお前ほんとなにしてんの……離れねえ!」


 多分りんごくらいなら素手で破壊できる漆。俺の手をゴリゴリゴリ! と握りしめ、骨を鳴らした。


「痛い痛い痛い痛い! 馬鹿! 痛えよ!!」

「ドキドキするか?」

「恐怖で!」

「おかしいな。手を繋ぐともっと優しい気持ちになれるはず」

「優しい力加減にできないやつが何言ってんだよ!」

「吊橋効果ということか? 今俺が黒野に告白したら成功するか?」

「何、本当に何、こいつめっちゃアホ」


 いくら腕をぶんぶんと振っても漆の馬鹿力によって繋がれた手は解けず。炎天下の中無駄にエネルギーを消費しただけだった。本当にちょっと体温が低いのも腹立つな。






3


「えっ、えぇ……? なんで手繋いでんのぉ……?」

「なあ……俺もこれどうすればいいか分からないんだ教えてくれ……」


 玄関先で出迎えてくれた夜差は、俺達の奇妙な繋がりを見てドン引きしていた。

 俺はぜえはあと呼吸を整えているが、漆はいつもどおり真顔のまま夜差を見ている。俺と手を繋いだまま。


「く、黒野くんの指先赤紫になってるよ……」

「そうなんだよこれどうにかしてくれよ……」

「漆くん、そんなことしてたら漆くんだけ中入れないよ!」


 それ、つまりは俺も道連れになるのでは。


「それは嫌だ」


 夜差の一言で漆はパッと手を離し、俺や夜差には目もくれず、冷房がガンガンに効いた玄関の中にスタスタと入って行った。壊死しかけていた指先にどっと血液が送り込まれる。


 コイツ……。マジで………。


 途轍もなくイライラしたが、他人の家なのでぐっと堪えた。


「あの、黒野くんもどうぞ?」

「ああ……。おじゃまします」


 夜差に迎え入れられ俺が玄関で靴を脱いだ頃には、漆の姿はもうなかった。この家の住人を差し置いて部屋に向かったようだ。夜差はそれについて何も言わない。もう慣れたのだろう。いつもは加えて木闇もいるし。世のマナーを知らない二大巨頭だ。


「あ〜、生き返るー。夜差の家はいつ行っても快適だな」

「外暑かったでしょ」


 夜差の部屋に入ると、はい、と汗拭きシートを手渡された。なんてホスピタリティーの高い男なんだ。

 先に夜差の部屋で正座をしていた漆は、ここぞとばかりに俺も、と立ち上がって汗拭きシートを強請っていた。夜差はちょっと嫌そうだった。


「たまたま俺が家にいたからよかったけどさ。なんで俺の家来ようと思ったの?」


 若干答えづらい質問だ。俺に関しては家族が絡んでいるし。


「俺はちょっと、家にいるのが気まずくて、それで外に出たら何故か漆が家の近くの畑を見てて……」

「え? なんで漆くんは黒野くんの家の近くにいたの?」

「黒野に会いに行こうとした」

「なんで? そういう約束があったの?」

「ないよ。漆が勝手に来てただけ」

「なんで漆くんは黒野くんに会いに行こうとしてたの?」

「だから、会いに行こうと思ったから会いに行っただけだ」

「だからなんで?」

「なんでもなにもない」

「いや、あるでしょ。漆くんに限ってなんとなくとかないでしょ」

「……漆も暇してたんだろ」


 平行線の会話ほど聞き苦しいものはない。漆は言わなさすぎるし夜差は聞きすぎる。なんで夜差はここまで知りたいんだよ。


「ま、いいや。漆くん飲み物何飲みたい?」

「お茶でいい」

「馬鹿。人ん家にいる時はお茶『が』いいって言うんだよ」

「お茶がいい」

「はい、お茶ね」


 漆のこういう社交能力の無さ、時々不安になる時がある。社会人になった時先輩や同期からいじめられないだろうか。


「黒野くんは何がいい?」

「ありがとう。何がある?」

「お茶と水とオレンジジュースとコーラとカルピスとサイダーとコーヒー牛乳と……」


 夜差の家の冷蔵庫どうなってるんだ。


「あと、ホットチョコレート」

「、っえ」


 と、俺を見つめてニコニコ笑う夜差。

 ……わざとだな。


「何がいい? 俺のオススメはホットチョコなんだけど」

「……な、なぜでしょうかね」

「暑いから誰も消費しないんだー」

「だ、だからゲストの俺に消費させたいと」

「ねえ黒野くん、なんで俺がホットチョコって言ったらこんなに動揺してるの?」


 夜差は俺に顔を寄せ、ついでに制汗剤の匂いをすんっと嗅いだ。やめろ。


「してないし……」

「……黒野くん、前のこと覚えてるの?」

「なんのことでしょうな……」

「覚えてるよね?」


 そのままぐいぐいと顔を寄せてくる夜差。近い近い近い!


「何をだ?」

「!」


 すぐ側には漆がいたことを完全に忘れていた。漆は真っ黒い瞳を俺達に向けている。別にホットチョコがどうとかあの日何があったとかを説明したわけでもないけど、急に恥ずかしくなって顔に血が上った。漆の視線が気持ち悪く居心地が悪い。


「なんだと思う?」


 俺の内心の焦りなんて気にもせず、夜差は俺の右腕に抱きついてきた。

 すると漆の方は少しばかりムッと口角を下げ、反対の俺の腕を取った。両手に男で最悪すぎ。何も嬉しくない。


「黒野、ホットチョコが、何」

「え、いや……」

「えー、言わないよー。だって漆くんすぐ真似しちゃいそうだし」

「真似?」

「だーあーあーあーあー」


 秘技、フル無視で現実逃避。

 両側からいろいろ何かを言われているが、二人よりも更にうるさい声で叫んでいると、部屋のドアがバターン! と勢い良く開いた。


「は?」

「あ」


 木闇だった。木闇が扉を開けるポーズのまま、俺達を見て固まっている。うわ最悪。というか、他人の家の部屋の扉こんなふうに開けるヤツいないだろ。


「え? 木闇くん、なんでいるの?」

「お前ら……ハァ??」


 漆と夜差は嫌悪感にまみれている木闇の顔を見て、俺の腕からするすると手を離した。

 最悪のタイミングかも。いや、助かったからバッチリのタイミングなのか。

 木闇は未だ差別的な視線を崩さず、俺達に人差し指を向けた。


「お前らマジでそういうのやめろって言ってんだろ!? きっしょいな!!」


 正常な感性────。


「チッ……」

「あ゛? てめえ今舌打ちしたか」

「してない」

「しただろうが……」


 本人はそう言い張っているが、漆は珍しく舌打ちをし、バレた木闇に胸ぐらを掴まれていた。が、その木闇の手首を漆はギチギチに掴み返し、木闇は「痛えな!!」と叫んでいた。木闇の方が圧倒的に喧嘩慣れはしているけど、漆は大自然が育てたナチュラル特大フィジカル男だ。純粋な力比べでは木闇に勝てるらしい。あー、怖い怖い。木闇が怖くて目も合わせず一言も喋らなかったあの漆はどこへ。


「木闇くん、勝手に入ってこないでよお。ピンポンした?」

「したわ!! お前らの方から誘っといて誰も出ねえのが悪いんだろ」

「え? 俺達誘ってな……」

「あーあー、俺が誘った! 俺が!」


 馬鹿夜差! 誘ってないとか言うと拗ねるだろうが!


「あ、黒野くんね」


 夜差は俺をじとっと見つめた。家主に報告もなしにこんな野蛮人を誘ったのは悪いけどさ。もうちょっと歓迎してやれよ。


「は? なんだよ喜べよ変態ども。お前らがどうだろうと黒野は俺と遊びたくてしょうがなくて俺を誘ったんだよ」

「そんな誘いはしてない……」

「ごちゃごちゃうるせえな。で? 今日は何やるんだ。俺も別に暇じゃねえんだ。時間を有効に使わせろ」

「暇だから来たくせに……あだっ」


 容赦なく木闇に頭を叩かれた。何をどう育ったらこんなにすぐ手が出る子になっちゃうんだよ。


「お前は本当に俺をイラつかせるのが得意だよなァ……」

「ぅ」


 両頬を木闇の大きな片手で挟まれ、半ば強引に木闇の方を向かされた。


「ぅいあんぁぉ……」

「……」


 木闇は俺の顔を見下ろしたまま動かなかい。睨んではないんだろうけど、美人の真顔は普通に迫力があって怖い。美人の真顔は怖い理論で言うと、俺は木闇以上の美人を今のところ知らないので、木闇の真顔が世界で一番怖いということになる。


「ぉぃ……」

「……」


 一向に木闇が喋らない。

 は? なんだよこの時間。

 顔をホールドされたまま狼狽えていると、徐々に木闇の顔が迫って来ているのが分かった。



「え」

「グェ」


 潰れた蛙のような鳴き声。

 発したのは木闇で、どうやら木闇は漆に首根っこを掴まれて引っ張られたらしい。木闇は体を震わせて咳き込んだ。

 こ、怖……。


「あっ、木闇くん、じゃあゲームしよゲーム!」


 場違いなほど明るい声の夜差。気を遣って空気を変えようとしているのだろうけど、このちぐはぐさが恐ろしくもある。


「ああ漆うぜえなひっぱんなクソが!!」

「だって、黒野と顔が近かった」

「ああ!? 近くねえよ!!」

「近かった。もうちょっとだった」

「何がだよ!! うぜえんだよいちいち!!」

「ねーあーもー、ゲームでいいでしょ」

「……」


 なんただこいつら……。






4


 ちなみに言っておくと、木闇はゲームが得意ではない。俺らがゲームをするから無理やり入ろうとしているだけで、高校に上がるまではゲームと触れ合ったことがほとんどなかったそうだ。木闇は意外とお坊ちゃんなのだ。


「ッだーーーっ、クソ、このコントローラーぶっ壊れてんじゃねえのか!?」

「ちょっと! コントローラーのせいにしないでよ、叩きつけないでよぉ」


 他人の家の扉を豪快に開けるに続く野蛮な行為、他人の家のゲームのコントローラーを床に叩きつける行為を順当にこなし、木闇は不貞腐れて背後のベッドに頭を預けた。

 今やっていたのは有名な対戦ゲー。木闇はゲームが上手くないうえに負けず嫌いなので、負けるたびに何度も再戦するけど大体夜差と漆にボコられて終わる。そして最終的に、このようにヤケになって物に当たる。絶対に家に呼びたくない。これを何度もさせてあげている夜差は優しいというより、木闇に対してのセンサーがもう何かしら壊れているのだと思う。


「やってられっかよこんなクソゲー」

「木闇くんが下手なだけだよ……」

「あぁ……?」


 何戦もして木闇も流石に疲れたのだろう。ろくな抵抗もキレ芸もせず、天井を見つめて目を休ませていた。

 ふと部屋の壁掛時計を見ると帰るにはいいくらいの頃合いになっていたので、俺達はお暇することにした。


 帰り際、玄関まで見送ってくれた夜差は俺に笑顔を向けた。


「黒野くん、おうち嫌になったらいつでも来ていいからね」

「……おー。サンキューな」


 夜差の優しさに感謝し、俺達は夜差の家を出た。

 そして俺達のやり取りを見て何かを納得したらしい木闇が、帰路を歩いている途中鼻で笑った。


「ッハ、お前いつまで弟にビクビクしてんだよ」

「してねえよ……。ただ嫌いなだけで……」

「はははっ!」


 木闇は珍しく破顔して笑った。どこに笑う要素があったんだ。こいつは人の不幸でしか笑えないのか。


「まー、あんなドクズで性格悪いクソガキ家にいるとストレスで頭おかしくなるよなあ」


 誰がそれ言ってんだと喉まで出かかったが、なんとか口を噤んだ。


「お前がそれを言えないだろ」

「あ゛?」


 漆が言っちゃったよ……。

 すぐさま木闇がそれに反応し、漆の胸ぐらを掴み上げようとしていた。何番煎じだよこれ。木闇も学習しろよ。漆も言わなくていいことは言わないということをそろそろ学んでほしい。


「あーもう……。暑いからさ、頼むからこんなとこでケンカやめて」

「で、ホットチョコレートってなんだ?」

「……ここでその話題出す? おまえおかしいよ……」


 漆は胸ぐらを木闇に掴まれたまま、顔だけをギュン! と俺の方に向けた。漆の顔でこんなのされちゃったら、怖くて泣いちゃうよ。


「なんだよホットチョコレートって」


 訝しげな木闇の視線も浴び、非常に居心地が悪くなったのでかぶりを振った。


「もういいって。なんでもないから。ってか木闇こっちじゃないだろ」

「……こっちに用があんだよ!」


 夜差の家からは、俺・漆と木闇とでは帰る道が真反対だ。そういえば木闇が謎にずっと俺達に着いて来ている。俺らの家のある方向の方が、木闇が住んでいる地区より遥かに田舎なので、用があるはずなんてない。

 漆は木闇に掴み上げられていた腕を簡単に引き剥がし、ぽつりと呟いた。


「絶対ないだろ。俺達と別れるのが寂しいんだろ」

「誰もそんなこと言ってねえだろうがボケ!! 少なくともお前と別れるのはなんとも思わねえよ!!」

「じゃあ黒野と別れるのが寂しいのか」

「……そんなことも言ってねえよ!! ぶっとばすぞ!!」

「だからケンカやめろってぇ……」


 くだらなさすぎるケンカを聞くこっちの身にもなれと思うけど、このケンカを見ている間だけはなんとなく全てのモヤモヤを忘れられる気がするので、俺は夕日を見ながらなんとも言えない気持ちになった。


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