同担拒否厄介オタクの話

⚠注意⚠

ゴコイチのアイドルパロです。

アイドルですがアイドル活動らしいことはしてないです。

こいつらなに?





1

「お疲れ様ー。次までにフリある程度覚えといてね」


 汗がだらだらと流れる。筋肉と体力が追いつかず、ペットボトルを床に置いたついでに自分自身も床に倒れ込んだ。


「一宮〜、大丈夫?」

「だいじょばないかもしれない……」


 新曲発表が近付き、日に日にダンスレッスンがハードになっていく。もともとフリ覚えの悪い俺はついていくので精一杯だった。

 レッスン終わり、完全にバテている俺を見て三好が声を掛けてくれた。


「マジで体力ないよね。俺達先帰るね〜」

「……ご飯とか行くの?みんなで」

「……いや?別に」


 俺以外のメンバー4人が身支度をし始めた。なんとなく、なんとな〜くそういう雰囲気がしたのでそう聞いてみたけど、かわされた。三好はじめ他のみんながぴくっと微かに肩を震わせた。絶対嘘じゃん。絶対ご飯行くじゃん!何故か俺はみんなからよくハブられる。今回も駄目だった。


「じゃ、先帰るね。あ、1人で帰ったら駄目だよ!十倉さん事務所にいるらしいし、送ってもらいなよ」

「俺、もうガキじゃないし!大丈夫だから」

「まともに電車の乗り継ぎ出来ないくせに強がんないの」

「……」


 それについては何も言い返せないけど!

 俺は寝そべったまま頬を膨らませた。そのまま床の冷たさを感じていると、四ツ谷が側に来て俺の顔を覗き込み、口をぱかっと開けた。


「?」

「あー」

「……あー?」


 つられるように、俺も口を開く。すると、口の中に何かを放り込まれた。口を閉じてそれを味わうと、重い甘さが広がった。


「飴?いちごミルクだ」

「うん。俺もういらない」

「あ、ありがと」


 残飯処理かよ。

 四ツ谷は全く表情を動かさず、俺の頬をむにむにと揉んで、みんなと一緒に部屋を出て行った。四ツ谷の行動はいつもよく分からない。


 重い体を持ち上げ、俺はレッスンスタジオの横に併設されている事務所まで足を運んだ。

 三好にはあんな事を言われたが、俺はどっちにしろ十倉さん__俺達のマネージャーに相談したい事があった。





2

「十倉さん、お仕事終わった?」

「うん。帰る?送るよ」


 事務所に顔を出すと、十倉さんがデスクで作業をしていた。今日は休日のはずだけど、俺が「相談がある」と連絡したら、ついでだから、とわざやざ休日出勤をしてくれた。献身的な社畜だ。

 十倉さんの車の助手席に乗り込む。車の知識はあまりないけれど、多分この車は高いやつだろう。なんか黒くてツヤツヤしている。

 発進して程なくして、十倉さんの方から話題を振ってくれた。


「相談って?」


 とてもスマートだ。かっこよすぎる。真似してみたい。安心と信頼の十倉さんの前ではするりと言葉が出てくる。


「あのね……、俺って、なんでソロの仕事全然こないんだろう」

「あー……」

「やっぱり人気ないから?」

「まあ人気はないよね」

「ど直球……」


 俺、一宮守、17歳。見た目も中身も平凡だけど、なんとアイドルとして活動している。


 もともと小さい頃、親が興味本位で履歴書を芸能事務所に送った所からスタートした。子役の時から細々と名もつかないような役を続けていたので、知名度なんて無に等しかった。続ける理由はなかったが、かと言って別に芝居は嫌じゃなかったため辞める理由も無く、そのままずるずると事務所に所属していた。それが数年前に突然アイドルグループを作ると事務所が言い出し、同じ事務所所属の違う畑のイケメン4人と何故か俺が引っ張りだされて今に至る。

 普通にグループとしてデビュー出来たし、グループ自体も大人気だ。俺としては、今でも信じられない。だって俺、普通の男なのに。


「俺、歌もダンスも頑張ってるんだけど、やっぱりみんなと比べるとスタートライン違うじゃん。だから、多分まだまだ追いつけないから今の実力が精一杯だし、顔も……もうこれは整形するしかないから、どうしようもないんだけど」

「やめてよー。整形禁止なんだから」

「うん、分かってるけど……。てか、なんで俺が選ばれたの?俺みたいなのがアイドルやってていいの?」


 信号が赤になり、車は止まった。そして十倉さんは俺を横目で見つめて、ふっと笑った。


「1人くらい、一生懸命頑張る普通の男の子がいた方がいいでしょ」

「そんなもん?」

「うん。それに、ニから五まで集まったら、あとは一が欲しくなるのは当たり前じゃない?」

「確かに。……確かに?」

「ね、だからさ、一宮くんは選ばれた男の子なんだから、自信持っていいよ」


 十倉さんの異名、敏腕マネージャーの名は伊達じゃない。大体俺のメンタルはこの十倉さんが持ち直してくれるのだ。十倉さんも昔芸能活動をしていたから気持ちが分かるのだろう。


「じゃあ俺、どうやったらもっと人気出ると思う?」


 ちなみに俺はメンバーの中でもぶっちぎりファンが少ない。理由は分かりやすい。顔も実力も普通だから。

 だから握手会とかお渡し会の時とかも俺の列だけ短いし、1人に割り振られる時間も長い。たった1人でも担降りされると死活問題なくらい、ファンが少ないのだ。

 今でこそまだマシになったが、デビュー当初は他メンバーのファンの子達から酷いバッシングを受けたりもした。なんでお前みたいなのが?と。分かる、その気持ち。俺もそう思うもん。だから今俺はファン1人1人をめちゃくちゃ大事にしている。名前も言える。それくらい本当に俺のファンは少ない。

 別に社長から何を言われているわけでもないが、いつ首を切られるのかとビクビク怯えている。

 無理やりアイドルにさせられたのにこんなに自分の立場が危ういなんて、可哀想な俺。


 十倉さんはシフトレバーを上げバックをしながら、うーんと考え込んでいる。いつのまにか俺の住む寮に着いたようだ。


「もう一宮くんの力だけでファンを増やすのは今の所難しいんじゃない?」

「そんなっ……」


 十倉さんの裏切り者!そんなに薄情な人だとは思わなかった。いやまあ、言葉の節々にそういう思い切りのよさとか冷徹な部分とかは感じていたけど。

 それにしてもあんまりだ。俺は車を停め終わった十倉さんの左腕に縋りついた。


「マネージャーとして、そんなんでいいの!?」

「もう、最後まで話聞いてよ」


 十倉さんは俺を押しやってスマホを取り出し、先日行った配信のアーカイブに書き込んであるコメントを見せてきた。


「一宮くん以外デビュー当初から凄い人気だけどさ」

「言い方」

「最近二井くんと四ツ谷くんが更に人気になってんの、知ってる?」

「……えっ、そうなの!?」


 その画面をスクロールして見てみる。確かに二井と四ツ谷に対するコメントの多さが目をひいた。へえ、知らなかった。


「……あ、だから2人のラジオとかバラエティ出演とか増えてんの?」

「うん、そう。俺が営業してんのよ、2人を推して」

「へえー。なんで?」

「あの2人のコンビが注目されてるし、人気が高いからだよ」

「……え?」


 俺はきょとんとしてあの2人を思い出した。……いや、なんでまた。ありえないだろ、特にあの2人は。


「ナイナイ。だってあの2人仲悪くないわりにバチバチだもん」

「それ!」

「え?」

「それがウケるんだよ」

「ハァー?意味が分からん」

「世間のお姉様たちはね、そういうの大好きだから」

「ええ……。わかんないなあ、ファンの人の気持ち。俺だったら三好と五藤のコンビのがいいと思うけど。可愛いのとかっこいいので、なんか良くない?」

「十分分かってるじゃん。そこも人気だよ」

「え……そうなの……?」

「そう。他にも、いろんなコンビが人気だけどね、今一番熱いのは二井くんと四ツ谷くんの2人なの。ちょっと前に配信でしょうもない言い合いしてたでしょ?2人で」

「ああ、あのどっちが我慢強いかみたいなやつ」


 あの時は珍しく馬鹿だったなあ、2人とも。

 きっかけは俺が「最近サウナにハマったんだけど、サウナ仲間を作りたい。出来れば長く居座れる人がいい」とポロっと呟いた事だった。それから何故か2人が「いかにどちらが我慢強いか」みたいな小競り合いをやり出し、そのあまりのくだらなさに二井と五藤はゲラゲラ笑っていた。


「あれで火がついたよね」

「あんなんで!?」

「もともとあの2人のコンビって綺麗でいいねって言われてたんだけどね。2人が一緒に画面に収まると風格が凄いみたい」

「まあそうかも……」


 と、ここまで話していて、俺はハッと気づいた。


「俺は?」

「そうなんだよね」

「俺のコンビ、ないじゃん!」


 恥ずかしながらこの一宮守、未だにメディア露出に慣れていない。カメラがまわっている状況で普段通りの振る舞いなんて出来るはずもなく、他のメンバーと仲良くお喋りする余裕なんてなかったのだ。常に自分の事でいっぱいいっぱいだった。というか、何故か撮影や収録中に他メンバーから俺に会話を振ってくることがあまりない。気付いたら他のみんなで会話が回っているのだ。しかも、なんか俺ハブられてるし。


「コンビ、とまで定着しなくてもいいと思うけど、まあ簡単に言うとメンバー同士の絡みってファンの子も大好きだから、誰かとよく絡めばいいと思うよ」

「絡む……でも俺、多分みんなから嫌われてるから、ベタベタしても嫌な顔されると思う」

「……え?」

「やっぱり俺がアイドル向いてないからかな?もともと4人でデビューするとこに俺が後から入ってきたから?」

「え、一宮くんはみんなに嫌われてると思ってんの?」

「うん」


 そうなのだ。もともとは俺以外で組まれていたグループに、あとづけで俺が加入して、そこから程なくしてデビューが決定したのだ。最初はもういたたまれなさすぎて何回も泣いた。みんな「なんで?」みたいな顔するし、歌もダンスも未経験で足を引っ張ってばかりだったし、みんなと全然仲良くなれなかったし。唯一、二井は奇跡的に昔同じ団地に住んでいたという共通点があったが、別に友達な訳でもなかったので会話も弾まなかった。

 今でこそグループ全体で仕事やライブもしてきてみんなとそこそこ仲良くなれたと俺は思っているが、実際はどうか分からない。何度も言うが俺、ハブられてるし。いや、仲良くなれたと俺が思いたいだけ。思い込みかもしれない。あー、なんか考えてたら泣きそう。


 すると気を落とした俺に気付いて、十倉さんが優しく肩を揺すってくれた。


「だーいじょうぶだから。もっと自分からみんなに近寄ってみたら?」

「うん……」


 十倉さんがそう言うと本当に大丈夫な気がする。まずは噂の二井と四ツ谷についてSNSでチェックしてみるか。


「……あ、くれぐれも変なエゴサーチしないでよ」

「変って?」

「……分かんないならいいよ。一宮くんはそのままでいて」


 十倉さんの言っている事はよく分からなかったが、俺は答えが見えた事によりかなり心がスッキリした。シートベルトを外し、鞄を肩にかけて降りる準備をする。


「十倉さん、ありがとう。十倉さんのためにも、俺頑張るね」


 俺達の仕事が増えれば十倉さんのお給料だって良くなるはずだ。いつまでたってもみんなに仕事を任せきりだと申し訳ない。そして、早く独り立ちして俺1人でも仕事出来るようにならなければ。これ以上みんなに迷惑かけたくない。


 すると、十倉さんは俺をじっと見て広角を上げ、運転席から身を乗り出し、俺の耳元に口を近付けてこう言った。


「一宮くんが頑張ってくれたら、俺も頑張ってあげる」

「へ……」

「じゃあね。汗かいただろうし、早くシャワー浴びなよ」


 十倉さんは颯爽と去って行った。

 頑張るって何を?俺の仕事獲得をか。とりあえず今日はいろいろ勉強してみよう。いろいろと。





3

 次の日。今日は雑誌の撮影があり、海に来ていた。機材トラブルと時間の関係でかなり空き時間ができてしまい、俺達は普通に砂浜で遊んでいた。俺が離れた所で1人で砂の山を作っていたらみんなも参戦し出し、気がつけば立派な城を建設していた。バッキンガム宮殿と万里の長城を繋げるらしい。アホだ。

 ペタペタと水で固めた砂を叩きながら、俺はみんなに昨日勉強して気になった事を聞いた。


「ヨツニイっていうの?お前ら2人のこと」

「ブーーーッ!!」


 うわ、二井が吹き出した。四ツ谷も城壁を破壊してる。三好と五藤も凄い顔をして俺を見ている。え、俺なんか悪い事言った?

 えっと、と五藤が上ずった声を出す。


「どこでそれを?」

「いんたーねっと」

「……ハァ、ついにエゴサを覚えたか……」

「え?」

「まあまあみんな、2人がヨツニイで括られてるのは結構もう広がってることだし、それくらいは一宮が知っててもいいじゃん」


 なんだか馬鹿にされている気がする。俺は躍起になってさらに質問をしてみた。


「でもよく分かんないんだ。#ヨツニイ と #ニイヨツ の違いってなんだ?」

「ゴホッ、ゴホッゴホッ!!」

「何も飲んでないのに二井がむせてる……」

「一緒じゃないの?なんで文字の順番が違うんだ?違うと何か変わるのか?」

「一宮……頼むからもうやめて……」

「?」


 四ツ谷がへろへろと俺の肩を掴んだ。二井はなんか撃沈してるし、五藤は苦笑いしてるし、三好はずっと笑ってる。


「ひぃ〜……。一宮の口からメンバーのカップリング名が出てくんの、破壊力あるな……笑っちゃった」

「かっぷ……?」

「いやいや。一宮、それはね、あんまりみんなの前で言わない方がいいからね。気をつけようね」

「え?なんで?」

「なんでも。ていうか、どうしたのいきなり」


 俺はみんなに昨日十倉さんと話した事を伝えた。


「だから、俺もっとみんなと絡む事にした」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……や、なんで……無言……?」


 いや、よく聞くと無言じゃない。みんな一様にブツブツと何かを言っている、


「本人がこう言ってるんだぞ!?」

「えっ、どうする?」

「ついに……」

「何してもいいって事?」

「大事な所隠れてれば大丈夫」

「ファンにマウント取ってもいい?」

「そもそも今までが我慢しすぎた」

「でもこれで人気出たら俺達の取り組みが」

「シッ!それは秘密」

「一宮がこう言ってんだから、やるべきだろ」

「どこまでオッケー?」

「大事な所隠れてれば大丈夫」

「絡むって…がっぽり?」

「がっぽり」

「肉体的に?」

「順序は踏むべき」

「大事な所隠れてれば大丈夫」


 分かんない分かんない!みんな何言ってんの!?呪文!?


 俺がこの4人に対して眉をひそめていると、三好がニッコリ笑って顔を上げた。


「じゃあこれからいっぱい絡もうね!」

「お、おう」

「あ、撮影準備出来たみたいだよ。行こっか」


 みんなが立ち上がり、撮影場所に向かって行った。最後にもうひと仕上げと、軽く砂の城を叩いた。あいつら4人が作っていた橋の部分はぴくりとも動かず、本当に砂で出来ているのか疑わしいレベルだった。


 っていうか、俺の事嫌じゃないの?





4

 その日の撮影は珍しく二井と2人だけだった。当月の雑誌のテーマが、愛と本能。17歳の普通の男の子の俺には難しすぎる。というか、17歳にこのテーマの表紙を飾らせるの、何?

 十倉さんに聞くと、新しいファン層の獲得と勉強、と言っていた。でも、よりにもよってなんで俺?いや、二井っていうのもよく分からない。

 二井なんて理性と生真面目の塊みたいな男だし。他の人のがいい気がする。いやまあ表紙を飾れるだけの美しさはあるが、本当に、相手がなぜ俺なのかが分からなさすぎる。正直二井とどうやって仕事していいか分からない。

 今までのその雑誌の表紙を見て勉強してみたが、やっぱり俺はどういう顔をしてどういうポーズをすればいいのかが全く分からなくて、不安なままスタジオ入りした。横を歩く二井は、ただただ無表情で怖かった。こいつ、いまどんな気持ちなんだ?


 俺達はまだまだ未熟だが、やっぱり撮影スタッフはプロばかりなわけで、カメラマンやディレクターの指示通りに従っていると、それなりの画にはなった。どう考えても二井が中心なので、ちんちくりんな俺はダシにされている感が否めないが。


 モニターを見ておお、二井かっけーな、と心の中で呟いているとカメラマンがうーんと不満気な声を漏らした。


「本能だよ本能。二井くん、もっと好きな子を前にした顔をしてほしいな」

「……オ」


 ……オ?どういう反応だよ。二井はカメラマンを見て固まっている。いやでも可哀想だな、相手が俺で。作ろうにも気持ちを作れないだろう。


「一宮くんもねぇ、もっといけるよ」


 いけるとは?それが分からないから困っているのに。


「じゃあもっかいやろっか」


 撮影スタッフがまた準備をしだした。グリーンバックの前まで移動しようとしたら、二井がカメラマンに引き止められ、耳打ちでこそこそ何かを伝えられていた。そして、二井は何か決意したみたいに、さっきとは表情を変えてポジションについた。


「もっと2人近寄れるー?」

「え?もっとですか」

「うーん、もう少し、そう!」


 目と鼻の先に二井の顔がある。近すぎる。アップに耐え得る顔だ。なにも嫌悪感がない。でも、男同士でこれだけ近付いて、喜ぶやつっているんだろうか?

 と、いろいろ雑念が頭をよぎっていると横から小声で「一宮」と俺を呼ぶ声が聞こえた。

 軽く顔を二井の方に向ける。こんな時に雑談か?二井にしては珍しい。


「なに?」

「好きだ」

「………………ハ、ァ………………?」


 斜め上から、切れ長な目が俺を射止める。俺も目線をそこに合わせる。今コイツ、なんて言った?


「一宮、好きだ」


 人間、本当にびっくりしたら声も出ないらしい。その代わり、言葉の意味を理解した途端急に心臓がバコバコと音を立てた。好きって、あの好き?二井が、俺を?え?嫌いじゃなくて?

 バコバコバコバコ、音が鳴り止まない。俺今、どうなってる?どんな顔してる?

 二井の顔を見る。どうしよう、なんかいきなり緊張してきた。二井の顔なんてグループか一緒になってから何回も見てきたはずなのな、急にかっこよく感じてくる。こいつこんなに男前だったっけ。

 二井の体に添えていた手に力を込めた。顔が熱い。


「イイねーっ!二井くん、目線はこっち!一宮くんはそのままで!……最高っ!」


 へ、え、え?このまま?俺、このままでいいの?大丈夫なの?というか、二井に告白されるだけされて、このまま撮影終わるまで放置?


 結局その後も何度かポーズを変え、俺は妙に二井を意識し続けながら撮影された。


 その後、またモニターを確認して撮られた写真を見てみた。俺は目を見開いた。

 二井はこちらを見て、まるで獲物を射止めるような顔をしている。二井、こんな顔できんの!?

 対して俺は……。


「なっ、なっ……に、このかおォ……」

「うふふ、生娘の初夜みたいでイイねぇ」

「「キッ……ショ……!?!?」」


 文字の組み合わせとして最悪だが、俺と二井は声を揃えて叫んだ。そして俺達は顔を見合わせ、お互い赤面をする。そうだ、俺、二井に告白されて、そうだった!!

 そんな俺達を見て、カメラマンはニヤニヤと笑った。


「愛と本能じゃん」


 んぎゃあーーー!!と叫んで、俺は碌な挨拶も出来ずにスタジオを飛び出し楽屋に飛び込んだ。程なくして、二井も勢い良く入ってくる。


「一宮っ!あの、違うくて!」

「わーっ!わーっ!!別に俺っ!意識したからああいう顔になったとかじゃなくて!」

「一宮、あの、さっきの好きって言ったのは」

「あ、ああ??す、すすす?」


 二井がこちらに近付いてきた。ガシッ!と肩を掴まれて、咄嗟に体が震える。心臓が!おかしい!撮影じゃないのに二井の顔が近い!二井、何だその顔!!


「おれおれ、おれっ!!アイドルっ!これでもアイドル!恋愛禁止!!!!」

「違う!!さっ、撮影のため!カメラマンに、言われた、事、だから……」

「……ほえ」


 俺は間抜けな表情で二井を見上げた。二井は顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。え、じゃあさっきの告白は嘘……?


「……ハアアアアァァァァ、なんだぁ……」


 ほっと一安心した。まあ、そりゃそうだよな。俺嫌われてるし。撮影のため、二井がちょっと一肌脱いでくれただけだったんだ。なにも問題もない。なのに、二井は何故か顔を両手で覆い、「俺の馬鹿、意気地なし」とぶつぶつ呟いていた。

 すると、また楽屋の扉が開く。


「意気地なしでよかった」

「四ツ谷!?」

「二井は根っからのチェリーボーイだから…」

「そう言ってやんなよ」

「え、三好と五藤も?なんでここに?」


 何故かこの撮影に関係ない3人まで楽屋に揃ってしまった。確か、オフだった気がするけど。


「実は影でこっそり撮影見てたよ」

「なんで!?」

「いやあ、二井も男だね」

「殺してくれ……」


 どうやら揶揄われたらしい二井は、ニヤニヤと笑う三好を見て項垂れた。

 そんな二井を見て四ツ谷はふん、と鼻を鳴らし俺のもとまで来て、俺をぎゅっと抱き締めた。え?


「え、四ツ谷?」

「ねえ一宮、俺らともっと絡むんでしょ」

「え、あ、うん」

「二井はもういいでしょ?今日は俺といっぱいしよ」

「言い方ァ!!」


 項垂れていた二井が鬼の表情をして声を荒げた。

 なんだ、四ツ谷めっちゃ協力的じゃん!何考えてるからよく分かんないし雰囲気も怖いけど、意外と優しい。グループの事を考えて、嫌いなメンバーのためにも動いてくれる。

 俺は嬉しくなって、四ツ谷に抱きつき返した。


「うん!俺の人気出ますように!」

「私欲丸出し」


 すると、カシャリ、とシャッター音が聞こえてきた。音の鳴る方を見ると、いつの間にか十倉さんがそこに立っていて、抱きつき合う俺達をスマホで撮影していた。


「これはファン増えるぞ〜」

「十倉さん!」

「よし、SNSにアップしたから」

「十倉さん!?」


 大丈夫!?俺、四ツ谷ファンに殺されない!?


「え〜、ずるいよ、俺も!」

「ンギュッ」

「えー、じゃあ俺も」

「ンゴッ」


 続けざまに三好と五藤が俺に抱きついてきた。五藤、力の強さがゴリラなんだよ。

 十倉さんはまさにビジネスチャンスと言わんばかりに次々と写真を撮り、惜しげもなくSNSにアップしていた。十倉さんが(暗黒微笑)みたいな笑みをこぼしている。


「こんなんで、本当に人気出るの、俺……?」

「大丈夫大丈夫、ポテンシャルあるから一宮くんは」

「ポテンシャル……?なんの……?」

「ド受けの」

「ど、う……?」

「コラーーーッ!!うちの子に変な事吹き込まないでもらえます!?!?」

「ほ???」


 五藤が俺の両耳を塞いで、何やら4人対十倉さんで言い争いをしている。十倉さんは余裕綽々といった感じで、耳を塞がれてる俺を見てニッコリ笑った。


 そして俺は気付かなかったが、その瞬間SNSのお姉様方が大騒ぎをしていたらしく、机に置かれた十倉さんのスマホは震えっぱなしだったらしい。





5

「しゅごい……」

「よかったねぇ」

「しゅごい〜……!!」


 今日は新シングル発売のイベントで握手会が開催された。なんと、なんと!!いつもの2倍以上は俺の列に人がいた!普段と違うファンがたくさんいたので、緊張でほとんど喋れなかったけど、それはまあ仕方ない。


「うう……嬉しいよぉ……」

「よかったねぇ」


 俺は十倉さんの手を握ってぶんぶんと振った。敏腕マネージャーの言う事を聞いておけば間違いなかった。


「最近誰かと一緒にメディアに出るの増えたもんね」


 あの雑誌の撮影以降、俺と誰かでの撮影やバラエティ出演が増えた。そして、みんなが積極的に俺と絡んでくれるようになり、俺と誰かのコンビを応援?する人も増えた。今までのハブられは何だったんだ?というくらい、いっそ態とらしすぎないか?というくらい、絡んでくれるようになった。

 ファンも増えたし、メンバーとも多分仲良くなれたし、一石二鳥だ。


「うん!十倉さんのおかげだね」

「いえいえ」


 十倉さんは俺の頭をわしゃわしゃ〜とかきまぜた。


「あっ、十倉さん、そろそろ俺ソロの仕事やってみたいよ」

「んー……」


 そう言うと、十倉さんはかなり言い淀んでしまった。


「え、まだダメ……?」

「んん、ダメ、ではないんだけどね……」

「……仕事こないの?」

「いや、来てないわけでもないんだけどね」

「じゃあいいじゃん!」

「んんん〜……」


 何がそんなに躊躇うことがあるのだろうか。

 俺はねえねえ!としつこく十倉さんに問い詰めると、大分渋い顔をして俺から距離をとった。


「はあ、まあ考えとく」


 あやすように、最後にもう一度ぽん、と頭を撫でられた。そのまま十倉さんは他のスタッフと喋りに行ってしまった。俺はその背中を未練がましく眺める。頼む、仕事をくれ!と。


「一宮〜。お疲れ様」

「わっ」


 後ろから、三好ががばっと覆い被さってきた。


「一宮、ファン増えたね」

「うんっ、うんっ!みんな効果!」

「……増えちゃったな〜……」

「……え?」

「や、なんでもない」


 三好は俺に体重を預けて、ため息をついた。そしてインカメにしたスマホをこちらに向けて、勝手にぱしゃりと1枚写真を撮った。

 

「握手会おわり、一宮と、っと」


 俺達はグループのSNSアカウントの他に、三好と五藤が個人でアカウントを持っている。

 三好は自分のSNSに俺とのツーショットをアップした。前とはうってかわって、俺とガンガンに仲良くしてくれる。ありがたいし嬉しいけど、それが不思議でならなかった。その疑問が、つい口をついて出てしまった。


「三好、俺の事嫌いじゃないの?」

「ナンデェ!?!?」

「だって、俺だけみんなとのご飯あんまり誘われないし、収録とか配信も会話あんまり回してくれなかったし」

「ンンン」

「俺、みんなと違って後から入ってきたし、全部初心者だったから、嫌われてるのかと思ってた」

「そんなことないよ!?」

「そうなの!?……でも、俺がここに入ったばっかの頃、みんな俺の事無視、してたし……」

「それは……ごめん、否めないけど……」


 やっぱり!あの頃の4人といえばかなり排他的で、俺へのあたりがきつかった気がするが、それも気のせいではなかったようだ。もともと4人は幼い頃から仲がよかったらしいから、そりゃあ赤の他人の俺がいきなり加入したら嫌だと思うだろう。


「本当は、今も好かれてないって思ってた。だから、最近みんなと仲良くできた感じして、嬉しい」


 へへっと笑う。背後から抱きついている三好の顔は見えないが、気恥ずかしかったのでそれでよかった。


 すると俺の体からミシミシミシッ!と音がなった。絞められた。こんな華奢な腕のどこにそんな力が。


「イダダダダダ!?!?」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"俺"ら"の"馬"鹿"ァ" !!!!」

「ヒエ……」


 断末魔レベルの叫びだった。それを聞きつけて、他の3人がなんだなんだと集まってきた。


「ううう……ごめんな一宮……俺らが愚かで……」

「え、え?」

「うえええぇぇぇ……」

「どういう状況?」

「さあ……?」


 ぐでぐでに溶けきり液状化した三好はみんなに抱えられ、会場を去って行った。新ジャンル、溶けるアイドル。





6

「第32回、一宮について語ろうの会」

「今日はなんの後ろめたさもなく集まれたな」

「でもさあ……今頃一宮1人で収録してんだよ」

「はあ、不安すぎる……」


「「「「世間に見つかる……」」」」


 俺達は口を揃えた。全員同じ顔をしている。


 今俺達がいるのは、個室の焼肉屋さん。大体月1、2ペースで開催されるこの会は、いつもこの店を使わせてもらっている。

 初手、四ツ谷がぐびっとウーロン茶をあおり、ダンッ!と机の上に置いた。


「二井、ずるいと思う」

「本当にね」

「あの表紙話題になったもんな」


 愛と本能がテーマの雑誌の表紙。

 俺達の発言を聞いて、二井はニヤッと笑った。解釈違いだ、とファンが荒れそうな表情をしている。

 

「幼馴染の特権だ」

「は?一切交流なかったくせに。自意識過剰。妄想乙」

「そんなんだからムッツリスケベって言われんだよ」

「めちゃくちゃヘタレだったしな」

「告白嘘だったって知って一宮もほっとしてたし」

「脈ナシ」

「うるさいっ!!」


 口々に二井の悪口を言う。二井が今にも乱闘を起こさんばかりの勢いで立ち上がったので、横にいた五藤がまあまあと肩を掴んでたしなめた。


「ちょっとみんな、今日は喧嘩するために集まったんじゃないよ。一宮の今後について話し合わなきゃ」


 俺がそう言うと、みんなは一気に静まり返った。


「……最近、一宮の人気が急上昇してしまっていますが」

「クゥッ……」

「嬉しい、けど…」

「そう、嬉しいけど」

「……複雑」

「だって……」




 一宮の人気、出てほしくない!!!!!




 そう。俺達は一宮の成長を応援しつつも、世界中の誰よりも一宮の厄介オタクで同担拒否なのだ。


 俺は猛スピードでスマホの画面をタップする。


「ちょっと前までエゴサしても一宮の事呟く人ってあんまりいなかったけどさ……」


 俺は机の上にスマホを置き、様々な検索結果を3人に見せた。


『二井くんと一宮くんは昔同じ市営住宅に住んでたらしい ニ一最高』

『三一が至高。飼い主と犬みたいで可愛い。一宮くんが小型犬すぎる』

『四一の体格差ヤバすぎる でかいのとちいさいの可愛い』

『五藤くんあんな優男のフリして絶対ドSだと思う。特に一宮くんの前では… 五一たまんね〜』


「__世間が、段々一宮の"良さ"に気付き始めた」

「俺達がデビューしてから今まで隠し続けていたけど、もう隠し通すのが厳しくなってきたな……」

「嬉しいけど、嬉しいど……!」

「これ以上一宮の厄介オタク増えてほしくない……」


 一番の厄介オタクは俺達だという意見は置いておくとして、俺達4人と一宮は非常に複雑な関係だった。


 もともと、ぶっちゃけると俺達は一宮の事を煙たがっていた。既に俺達4人で結成されていたグループに、後から加入した一宮は「プロデューサー、気が狂ったか?」というくらいごく平凡な男だった。しかも別にアイドルになりたいという意志も感じなかったし、歌もダンスもてんで初心者だった。おまけに頭も良くなさそうだし、何も考えてなさそう。俺が言えた事ではないが!


 だから俺達はそんな一宮を快く受け入れていなかった。多分、一宮はその時のイメージが今でも俺達に対して色濃く残っているのだろう。

 デビュー当初は各メディアに出ても一宮以外で会話を回してたし、一宮に俺達から絡みに行く事はなかった。これに関しては一宮を嫌っているから、というよりは、「こいつ絶対なんかやらかす!」という不安要素が大きかったからだ。一宮自信もどれだけ場数を踏んでもカメラを前にすると物凄くテンパっていたし、これは仕方がなかった。

 そして一宮がなにかやらかすたびに「一宮について語る会」を開催して、どうすればお荷物にならずにサポート出来るかをみんなで話し合っていた。そう、当初はこの会はそういう目的だった。


 のだが。


「あっ……でもこの子、俺達の絵描いてくれてる……。あ、めっちゃいい……この一宮可愛い……。五一だって!ハッハッハ」

「他カプ地雷なんですけど……。四一も人気だし、四一のイラストが一番多い」

「こっちは立派に表紙を飾ってるから、公式が最大手だろ」

「……」


 今では全員が強火一宮担となってしまった。しかも自分とのカップリングじゃないと気が済まない、非常に厄介なオタクだ。何がきっかけでこうなったかは、長くなるからここでは割愛。

 なので、「一宮について語る会」の目的は、当初の"一宮の愚痴と問題点の傾向と対策を言い合う"から、徐々に"今更表立って可愛がれないから、裏でめいっぱい一宮を可愛がろう"に変わっていった。最近ではどうすれば一宮に変なファンがつかないかを話し合っていた。


 そう、一宮には変なファンが多い。まあ俺達4人が間違いなく世界で一番厄介オタクではあるが、一宮のファンは俺達メンバーの中でも殊更厄介オタクが多い。

 理由は、あの握手会とファンの少なさとメディア露出の少なさが原因だろう。

 一宮にハマる人はみな一様に「私(俺)が見つけてやった」感が凄い。このメンバーの中からわざわざ一宮を推すのだから、まあその気持ちも分からなくもない。そして、握手会ではファン1人1人の持ち時間が長いおかげで一宮と会話できる時間も長くなる。しかも一宮は今の所、握手会に来た一宮ファンの名前全員分言えるのだ。親しみやすさと認知されてる喜びから、非常に愛の重い厄介オタクが多いのだ。


 だから、これ以上一宮の厄介オタクを増やしたくないからSNSへの写真投稿を控えたり、あまり注目されないため、カメラに抜かれないように俺達4人で会話を回していたのだ。

 いつしか俺達のこの行動は、「一宮のやらかしをメディアに公開しない」という目的から、「一宮のバカみたいな可愛さをお茶の間に届けない」という目的に変化していった。

 きっと、一宮が自分から「みんなともっと絡みたい」と言わない限りはずっとこういう__ある意味では嫌がらせともとれる行動を続けていただろう。いや違う、これは愛ゆえの行動だ。


 一宮にいろいろ思いを馳せたところで、芸能人の自覚はあるのか?というくらいみんながぎゃあぎゃあ騒いでるのに気付き、俺は本題に持っていくことにした。


「脱線しすぎ!みんな、そんな余裕ぶっこいてていいの?」

「どういう事?」

「一宮、俺らから嫌われてると思ってるらしいよ」


 ガシャン!!と3方向で音がした。ぱっと横を見ると、二井がジョッキを机の上に落としていた。ぼたぼたとオレンジジュースが衣服にかかる。随分可愛らしいものを飲むんだな。

 前の2人__四ツ谷は持っていたトングを落とし、五藤は皿を落としていた。大合奏である。


「ななななななななんで」

「そりゃそうだよねえ……。最初の頃は俺達も一宮の事避けてたもん」

「そ、そ、そ、ソースは?」

「言ってたよ、本人が」

「……マジか」


 俺は無言で頷く。さっきまでの賑やかさは一転、重たい空気が漂った。


「……だから、楽屋とかでも全然話しかけてくれなかったの……?」

「撮影の空き時間とかも俺らと距離取ってたのって、そういう事……?」

「俺達と喋るの恥ずかしがってたんじゃないの……?」


 こいつらは本当に、自分のいいように解釈しすぎだ!いや俺も人の事言えないけど!


「一宮、俺達が最近仲良くしてくれて嬉しいって……笑ってた……うう」


 俺はあの時の一宮を思い出し、心が痛くなった。一宮は気付いてないかもしれないが、斜め上から一宮の横顔をガン見していた。

 それはそれは、溶けきった表情だった。今まで俺達に向けた事のないような顔。一宮が大好きな十倉さんくらいだと思う、あんな顔を見れるのは。


「ッ……!嫌いな、ワケ、ないだろォ!?!?」

「誰だよそんなやつ!?」

「俺らなんだよ!!」

「クソッ……!拗らせすぎた……!」


 その自覚はあるんだ!よかった!

 二井と四ツ谷の拗らせ具合は本当に酷かった。初期の頃、一宮に最も当たりが強かったのがこの2人だった。普通に無視してたし、失敗するたびに睨んでたし、暗に「あいつ嫌い」的な事を俺達に言っていた気がする。

 それがこれだよ。嫌いな物が食べられるようになったらそれにどっぷりハマってしまうかのように、2人は激重感情を一宮に向け出した。

 だからこそ、素直に一宮に好意を伝えられないのだろう。


「……多分、一宮は俺達が距離を詰めてくれるのを待ってるよ」

「……」

「ちゃんと言ったほうがいいんじゃない?」


 ま、俺も表立って一宮の誤解を解いてないから偉そうに言えないけど。でも、やっぱり一宮のあの時の顔を思い出すと、ちゃんと言葉で伝えてあげないと駄目だなと感じる。


「明日みんなで撮影だし、とりあえずまあ初めてのソロのお仕事頑張ったねって労ってあげよ」


 みんなは口を結んで頷き、景気付けるように肉を食べ出した。

 いつか気兼ねなく一宮とご飯に行けるようになればいいけど。





7

 翌日、俺達は撮影のため楽屋に集まっていた。

 楽屋入りする順番は大体いつも二井が最初で、一宮が時間ギリギリな事が多い。多分、早くに入ると気まずいからだろう。


「それにしても遅くない?メイクさん来ちゃうよ」

「十倉さんもまだだし、もうすぐしたら一緒に来るんじゃない?」


 十倉さんは一宮に激甘だ。どんなに短い距離でも送り迎えをしているイメージがある。多分俺達が頼んでもここまで何度もやってくれないだろう。


 暫く待っていると、楽屋のドアが開いた。入り時間前ギリギリだ。おはよう、遅刻ギリギリじゃん、と言おうと思い扉の方に顔を向け、ぎょっとした。

 そこにいたのは十倉さんと一宮で間違いないのだけれど、驚いたのは十倉さんに背中を擦られている一宮の目が真っ赤に腫れていた事だった。


「え」

「エッ」

「は……」

「……十倉さん、やったか……?」

「いや俺じゃないから!」


 俺達は真っ先に一宮を囲った。この目は泣いたに違いないだろう。でもなんで?


「一宮、どうしたの?」

「……」


 一宮は黙ったままだった。言いたくないのだろう。横にいる十倉さんのスーツの裾をぎゅっと握りしめて、まるで親に縋る小さい子どものようだった。十倉さんは一宮の頭を軽く撫でた。


「お仕事、あんまり上手くいかなかったみたい」


 ああ、そういうことか。


「ごめん、俺打ち合わせ行ってくるしよろしくね」


 十倉さんはこの可哀想な子どもを置いて、楽屋を出て行った。


 俺は両手を広げ、一宮に体を向けた。勿論一宮はそれを見て戸惑っている。嫌われていると思っていたやつがいきなりハグをしようとしているのだから、無理もない。

 俺は怖がらせないようになるべく優しく微笑みながら、じっと待った。すると、一宮はおずおずと俺に近寄り、天使みたいな力加減で俺に抱きついてきた。 


「ン"ッッッッッ……ンンッ」


 およそ人が出してはいけないような鳴き声を上げそうになったのを、咳払いという所作に変えてなんとか誤魔化した。

 力なく俺の体に頭を預ける一宮は、ぽつりと呟いた。


「全然うまく喋れなかった……。話振られても、言葉出てこなくって、俺、ダメダメだった」


 容易にその姿が想像出来る。大物芸能人に囲まれて萎縮した結果、テンパって何も喋れなくなったのだろう。

 一宮は俯き、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で小さく呟いた。


「俺、1人じゃ駄目だ……みんながいないと」


 瞬間、俺達は一斉に息を呑んだ。体中に血液が一気に送り込まれ、極度の興奮状態に入ってしまった。


「ヤ"ッ……!!ウオ、ウォォォッ……!!」


 最早、この気持ち悪すぎる叫びが誰のものなのかが分からない。

 言葉にはしないけど、きっと俺達が思っている事は1つ。




((((1人で何も出来ない一宮最高〜〜〜〜〜ッ!!))))




 もう一度言おう。俺達は一宮の拗らせ厄介オタクだった。

 解釈大一致。俺達の一宮はそうでないといけない。俺達に助けられないと、何も出来ない無力な男であってほしい。


 俺は広角が大気圏突破しそうなのを鬼の理性で抑え、より強い力で一宮を抱きしめて背中をさすった。


「よしよ〜し。これからは俺達が一緒にいるからね。もう1人で頑張っちゃ駄目だよぉ」


 何が、『とりあえずまあ初めてのソロのお仕事頑張ったねって労ってあげよ』だ。頑張ったねと褒めるどころか、もう頑張るなと窘める言葉しか出てこない。


 一宮は小さく頷き、鼻をすすってぎゅっと俺を抱きしめ返した。ンーーーッ、可愛い、食べたい。

 ふと顔を上げて周りを見ると、みんな口元を手で覆い、必死に何かを堪えていた。アイドルとは思えないほど凶悪な顔をしている。


 そぞろにみんなが一宮に近付いていき、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。そして、犬を扱うようにわしゃわしゃと撫でる。

 突然の行動に一宮は目を点にして、え、え?と不安そうに俺達の顔を見回していた。

 五藤が一宮と目線を合わせて、ニッコリと笑った。


「一宮、俺達チームなんだし、もっと俺達の事頼ってよ」

「……でも、俺……」

「ん?もう当分1人で仕事しちゃ駄目だよ?」

「……」


 五藤の有無を言わさない圧力に負けたのか、一宮は黙ってこくりと頷いた。


 そして四ツ谷がおろおろと一宮に声をかける。


「あ、あの、一宮……俺の事、キライ?」

「え……」

「俺は、一宮の事キライじゃない、よ」

「……………………エッ!?」

「エッ!?」


 一宮と四ツ谷はお互いに目を合わせて驚き合っている。そして、今までのわだかまりが消えた一宮は、それはもう全部の表情筋を緩めてでろでろに笑った。


「よかったぁ〜……」

「グゥ〜〜〜〜ッッッ!!」


 四ツ谷が窓際に逃げ、窓を開けて物凄い勢いで酸素を吸い出した。こっちは大丈夫じゃない。

 そして、それに対抗する男が1人。


「一宮!あの時の言葉、嘘じゃないから!」

「え……どれ?」

「あの、す、す、す」

「酢?」

「す、好きって、やつ……」


 公開羞恥プレイ。二井が顔を真っ赤にしてもじもじしだした。大男がもじもじするなよ、怖いんだよ。この男、この流れに乗じて告白した!

 しかし一宮はきょとんとした顔をして、ああ、と笑った。


「あれのおかげで、あの表紙うまくいったな!ありがとう」


 違う、そうじゃない!焦点はそこじゃない。

 1度キャンセルした告白を、一宮は全く信じる事はなかった。

 二井はがっくりと項垂れた、一宮に寄りかかった。小声で項垂れる。


「……俺も一宮の事嫌いじゃないし」

「そーだったの?よかった!」


 これは信じたみたいだ。一宮はメンバーから嫌われていなかったと知って、赤く腫れた目を細めて笑っている。


「俺、まだ独り立ち出来なさそうだから、またみんなと頑張る」


 俺達ははぁ、と安堵の息を漏らした。それでいい。というか、そうあるべきなのだ。俺達がそうなるように仕向けている。


 いつの間にか楽屋に戻っていた十倉さんは丸く収まった(?)この状況を見て、あーあ、と呟き、複雑そうに笑みを浮かべた。





8

 本当に可哀想な男の子だな、と思う。


「十倉さん、なんで一宮にソロの仕事与えたんですか!?俺達の相談も無しに!」

「全部断ってって言ったのに!」

「あーもう、うるさいなあ君達は」


 一宮くんにソロの仕事が入ったと聞きつけて、他のメンバー4人がわざわざ事務所にまで来て俺に詰め寄ってきた。


「だって一宮くんにおねだりされたから」


 あんなに何も分からずただ俺のアドバイスのまま頑張る一宮くんを応援しないほうが難しい。

 もともと、一宮くんが望めばソロの仕事は入れてあげようと思っていた。仕事のオファーが来てないわけでもなかったし。


「だってじゃないんですよ。どうするんですか、共演者が一宮の事を変な目で見始めたら」


 大袈裟だな、と言い出せる雰囲気もなかった。


 実は一宮くんの仕事は、このメンバー達に大分管理されていた。可哀想に、いくら仕事が欲しいと願っても自分の知らないところで遮られていたのだ。そりゃあ、経験も積めないからトーク慣れもしないだろう。


「はいはい、とりあえずこの仕事だけはさせてあげようよ。一宮くんも意気込んでたんだし。その後はみんなで話し合いでもしなよ」


 自分で言ったものの、何をどう話し合うのだろう、と疑問に思った。一宮くんの事が大好きで堪らないし目の届く所に置きたいからソロの仕事は引き受けないようにしてね?つまり簡単に言うとそういう事だろう。


 みんなは渋々と俺の意見を受け入れ、事務所を出て行った。


 あーあ、こんな人達に囲われて可哀想に。一宮くん自身も、周りの人がこんなんだとはミリも思わないだろうな。間違いなく、一宮くんを変な目で見ているのはあの4人だった。

 初期の頃はこのグループを纏めるのが物凄く大変だったけど、今はまた別ベクトルで大変だ。


 作業していた手を止め、ふとスマホに目をやった。噂の一宮くんからメッセージがきていた。


『独り立ち出来たら、みんなも喜んでくれるかな?』


 逆なんだよなあ。でも面倒くさいので、適当に返す。


『みんな喜ぶと思うよ』


『だよね。俺頑張るね。終わったら十倉さんとご飯行きたいな』


 俺はふっと笑った。どうだ羨ましいだろう、とあの4人に見せたくなる。


 あの5人は一言では表せない複雑な関係だけれど、俺は暫くこのままでもいいんじゃないかと思う。俺が楽しいしね。

 俺は軽く伸びをして一息つき、美味しそうなお店を探し始めた。








①一宮 守

望んでもないのにアイドルになっちゃった。歌もダンスもあまり上手じゃないけどとても一生懸命。一宮は知らないけど本当にヤバイファンが一定数いるので、十倉さんがこっそりしょっぴいている。この世界線の一宮は十倉さんが大好き。


②二井 虎太郎

インテリアイドル。チェリーボーイやらムッツリスケベやら言われて可哀想。一宮と同じ市営住宅に住んでいたのに全く交流していなかった事を悔いている。最初は一宮の事を良く思っていなかった。一宮担同担拒否過激派。握手会の時、本当は自分が一宮のレーンに並びたい。


③三好 叶斗

可愛いアイドル。一宮に対しては比較的最初から物腰柔らかだったので、一宮はまだ懐いている方。ファンが喜ぶ事とか他のメンバーの事とかは大体分かるけど、一宮だけは本当に何をしでかすか、何を考えているか分からない。多分後に一宮のスマホにGPSを把握できるアプリを入れると思う。


④四ツ谷 天音

大きいアイドル。正直まだ一宮への力加減をはかりかねてる。そのうち潰してしまいそうで怖い。実は四ツ谷も厄介ファンが多い。最初は一宮の事を良く思っていなかった。一宮担同担拒否過激派。お誕生日に貰えるファンクラブ限定のポストカード(一宮ver)を大事にしている。


⑤五藤 空良

爽やかアイドル。爽やかだし特に何もしてないじゃん、と思うかもしれないけれど、一宮の仕事選びは大体五藤がやってた。ド級の過保護。正直十倉さんのポジションが羨ましくてしょうがない。時々一宮にダンスを教えてあげているので、一宮からは「いいやつだな」と思われている。


⑩十倉さん

マネージャー。昔自分自身もアイドルだった。「また社長が変なアイドルグループ作ったよ」と思ったけれど、本当に変だった。初期の頃は仲間割れ辞めてくれよ、とヒヤヒヤしていたが、今はいつ痴情の縺れが発生するのかと面白がっている。一宮にとても懐かれている自覚があるし、一宮の事は可愛い。


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